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アルゴリズム的思考と建築の「新しいリアル」 | 伊東豊雄+フロリアン・ブッシュ+柄沢祐輔 聞き手
Algorithmic Thinking and "The New Real" in Architecture | Ito Toyo, Florian Busch, Yuusuke Karasawa
掲載『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) pp.82-93

セシル・バルモンドとのコラボレーション

柄沢祐輔──伊東さんはロンドンの《サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン》などのセシル・バルモンドさんとのコラボレーションを経て以来、構成に独特のルールを与える方法を展開しているようにお見受けするのですが、セシルさんとのコラボレーション以後、創作の方法にどのような変化があったのでしょうか?
伊東豊雄──セシルと初めて会ったのは一二年ほど前、ドイツのあるコンファレンスに僕もセシルもスピーカーとして参加したときです。そのときに彼は僕のレクチャーを聴いていて、流動的な空間をつくりたいという建築のコンセプトに非常に興味を持ってくれたのです。そのレクチャーの最初に水の流れのCGを紹介して、水の流れの中に一本の杭が打たれると、杭の背後に渦ができる。その渦のような建築をつくりたいという話に共感してくれたのです。その時彼がアルゴリズムを使った自分の設計例を見せてくれました。ひとつは実現しなかったドイツのケムニッツ・スタジアム。それとダニエル・リベスキンドの《V&Aスパイラル》ですが、それをみて僕はこんな解析ができる時代なんだと非常に驚きました。以来、直接仕事をする機会はしばらくなかったのですが、彼とは親しくなりました。
セシルから二〇〇二年に《サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン》を一緒にやらないかと誘われ、それがきっかけで一気に僕のイメージと彼の方法がひとつのものとして実現したのです。僕が最初に幾つかのイメージを提案し、セシルはそれに対してそれをアルゴリズムを使って解くという逆提案をしてきました。実現した案の前にも多少の試行錯誤はありましたが、正方形が回転するというアルゴリズムによって流動性を持った不安定な空間が実現することになったのです。
柄沢──二〇〇一年のUNシティのコンペティションでセシルとコラボレーションをなさっていますね。ここでは、レム・コールハースとアメリカのディヴェロッパーと伊東さんのチームで、セシルが構造解析を行なってさまざまなスカイスクレイパーのタイポロジーを提案されています。そのときも大きな刺激を受けられたのでしょうか。
伊東──あのときは、僕は脇役でした。アメリカのKPFとレムがやり合わなくてはいけないので、レムが僕をそばに置いておくとやりやすかったのですよ(笑)。何かにつけて今の中国のCCTVで実現する案のベースになるようなものをレムは盛んにやりたがっていて、これはいいよね、といって僕に相槌を求めてくる。だからコラボレーションといってもやや変形です。あのときもさまざまな構造的なアイディアを出したのはセシルでした。彼が主導的な立場だったといってもいいかもしれませんが、しかしアルゴリズムで解いていくような類いの建築ではなかったと思います。不安定なスカイスクレイパーという言い方はできると思いますが。
柄沢──伊東さんはセシルの思想を、彼の著書『informal』の序文において「ル・コルビュジエに匹敵する構成の論理」だと絶大な評価をされています。彼の思考方法が、ル・コルビュジエに匹敵するほどのものであるとはどのような理由からなのでしょうか。一般には正確に理解されているとは言い難いセシルの「informal」というコンセプトの持つ可能性と意味について、伊東さんの解釈をお伺いできたらと思います。
伊東──二〇世紀の建築はル・コルビュジエとミースに代表されるといってもいいと思いますが、とりわけそのル・コルビュジエが純粋幾何学こそ至上のものだと言って、それに従ってつくられたものが最も美しいという言葉に象徴されて二〇世紀の建築が展開されていきました。それに唯一対抗できるマニフェストはヴェンチューリだと言われていたのですが、これは表層的なレヴェルで終わってしまったと思います。それに対してセシルは「幾何学は点の軌跡である」とまでつきつめた定義をすることによって、建築の幾何学がユークリッド幾何学だけではなくて、非線形の幾何学で成立しうることを明快に言ったわけですね。その意味で二一世紀的なマニフェストだと思いました。実際そのように不安定で複雑な運動の過程をルール化して形態に置き換えていくという意味において、二〇世紀とはまったく違った建築が出始めていると言えるのではないでしょうか。

建築を決定する新しいルール

柄沢──いわば近代を構成していた線形幾何学、純粋幾何学に対して、非線形幾何学がセシルによって提示されて、それによって多様な構成の論理が切り開かれている状態だと言えるということですね。伊東さんはそのなかで「ルール」というものが重要だとおっしゃっていまして、ルールによって新しい建築の構成の論理のようなものを建築に与え、それによって多様な建築の創作を近年展開されているように見受けられます。多摩美術大学の図書館、高円寺の会館、ゲントや台中のオペラハウスは、別々にルールが定義されています。そのルールが建築のキャラクターを構成しているというような、独特な創作の方法を行なっていると思うのですが、事務所のなかでそのルールをどのように展開されておられるのでしょうか。またどのようにルールは毎回発見されているのでしょうか。
伊東──確かに《せんだいメディアテーク》、とりわけサーペンタイン・ギャラリー以後、アルゴリズムに基づいて運動のルールを規定して形態化し建築的な形態に置き換えていく方法を意識的にやるようになりました。その背景には世界中の建築家がコンピュータを使って設計をするようになり、三次元曲面が日常的に現われるようになった。この時に曲面をどこでルール化していくかという規範が何もなくなってしまったのです。自分でも曲線、曲面を操作していて、本当にこれでいいのだろうかがわからなくなるという状況に陥ってしまったのです。そのときにもう一度新しいコンフィグレーションを成立させるルールが必要ではないかと思い始めました。だからここ数年事務所でやっているプロジェクトもすべてがアルゴリズムでできているわけでもなくて、ネットワーク的なストラクチャーでできていることは確かだし、複雑で不安定なものであることはすべてのプロジェクトに共通していますが、そのなかでアルゴリズムを操作しながら展開していくものとそうでないものが混在した状況です。スタッフのフロリアン・ブッシュさんが関わってくれているプロジェクトはそのなかでアルゴリズムで解決するようなプロジェクトばかりです。彼はAAスクール出身で、その後私の事務所に来てくれて幾つかのプロジェクトに関わってくれているのですが、アルゴリズムを操作しながら建築的な解決を見出していくという点で卓抜した技術を備えています。
柄沢──ゲント市文化フォーラムでいろいろ案を提案されたというお話を伺っておりますが。
フロリアン・ブッシュ──この話をする前に、なぜそんなことをするのかということを議論すべきだと思います。数年前から建築界はある意味で過渡期にきていると思います。今お話があったように、二〇世紀はミース、ル・コルビュジエのような純粋幾何学で定義されていましたが、二一世紀の直前から、このような純粋幾何学の限界と、そこからの再出発が見えてきました。ただし、純粋幾何学を超越するだけではなくて、その新しい幾何学をどのように定義できるか、何によってコントロールするか、といった問題点を考えなければなりません。そのなかのひとつの方法は、ジェネティック・アルゴリズムだと思います。要するに、建築は本来のトップダウン・ヒエラルキーと正反対に、ボトムアップのプロセスから展開していく。あるアルゴリズムによってシンプルなルールから豊かな複雑さへ発展していくのです。しかし、それはただのランダムな複雑さではなくて、ルールからできた、秩序だと思います。アルゴリズムのプロセスを走らせれば走らせるほど、その秩序が隠れて感じるかもしれません。例えば、《サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン》を見たとき、「不思議」という印象があるかもしれないけど、見るとだんだんそこに隠れた、自然のなかにも観察できる原則が見えてきます。
ゲント、そして今、台湾でやってるオペラハウスでも同じく、(ジェネティック・アルゴリズムまでいかなくても)シンプルなルールをベースにして、そのルールを生かし周りの影響に柔軟に反応する多様な複雑さが空間になっています。実際つくっていくプロセスのなかにルールによる厳密さ(rigour)がなければ、このようなスケールのプロジェクトを処理できないと思います。九〇年代の「ブロッブ・アーキテクチャー」のほとんどの例と違いますね。ただコンピュータで可能だからといってランダムで複雑な形をつくることに僕はまったく興味がありません。厳密なプロセスが意味するのは、不安定な多様性、流動的な空間に潜在する可能性だと思います。
伊東──なぜ複雑や不安定なものが求められるのかというと、建築と環境あるいは自然の関係をより曖昧にしていくというか、自然・環境に対して建築はもう少し開いていく必要があるのではないかということだと思うんです。純粋幾何学でつくられた建築はそれを目指してきたとはいえ、あまりにも完結的でした。完結的であればあるほど美しいという思想の下で建築がつくられてきたわけで、これをもう少し別の思想に変えていかないと、これほど建築が巨大化し、かつ膨大な建築が建てられる時代にはエネルギー問題で地球が破綻してしまうことが明らかになってしまった。しかし自然エネルギーの活用と皆言いながら、建築はますます閉じる方向にいっているのが現実です。それを別の秩序によって環境との関係を捉えなおすのがアルゴリズムを用いた建築の大きな目標としてあるのではないかと思っています。
柄沢──内部と外部の関係性だったり、外部環境と内部空間の関係が伊東さんの近年の作品のなかではかつてない形で提示されているように思います。《多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)》や《TOD’S表参道》のVIPルームなどにはそのような空間が現われていると思います。また、伊東さんは以前《TOD’S表参道》のVIPルームの空間性のユニークさについて言及されていましたが、私は写真しか拝見していないのですが、何か内部と外部が入れ替わったような身体感覚を写真を見て感じます。
伊東──そうですね。最近のわれわれのプロジェクトのほとんどが、システムとしてはどこまでも延長していけるシステム、言い換えればミースの均質化グリッドというのはそういうものでしたが、それと同じ種類のことをまったく違うシステムでやろうとしていて、どこまでも延長していけるわけですが、現実的な問題としては敷地の条件やヴォリュームの制限があるので、それをあるところでカットした断面があったり、アルゴリズムを規定しているラインが境界になっていたりするケースが多いですね。ですからこだわっていた内/外の概念はもはやない。物理的にはもちろんあるのですが、概念的にはないということです。それはミースの均質なグリッドと同じイメージですね。

アルゴリズムによって生み出される身体感覚

柄沢──多摩美術大学の図書館の内部空間には非常に衝撃を覚えました。それは非常に濃密な肉体性といいますか、身体感覚が生み出されているように感じまして、その感覚は今までの身体感覚とか肉体性とはまったく違う印象を受けました。それを伊東さんは根源的な空間性という言葉で表現されていると思うのですが、いわばルール、アルゴリズムによって、新しい身体性、空間感覚が生み出されているような印象があります。
伊東──それがアルゴリズムによってかどうかは定かではないですが、多摩美術大学の場合にもアルゴリズムといっていいかどうか、あそこの曲線の操作は必ずしもオートマティックに決められたわけではなく、かなり恣意的なところがあります。それ以上におそらく二〇世紀的な幾何学から解き放たれたときにすごくプリミティヴなイメージにまで遡ることができて、プリミティヴな空間のイメージをもう一度建築として形式化する、実現するときに、それがミース的なグリッドになるわけでもなく、ル・コルビュジエのような純粋幾何学になるわけでもなくて、もう少し自由度のある形式に落ち着いていったのだと思います。そのプロセスの操作、そこが一番変わってきたところではないでしょうか。今まで何か二〇世紀的な、全体像をあるパターンとして一挙に決定してしまう方法でつくっていたのですが、ルールのみを規定しておくことによって、全体像は操作しながら次第に見えてくるように変わりつつあるのです。
柄沢──アルゴリズムやルールによって、例えば藤森照信さんの場合ですと、ある種の素材感だったり物質性によって何か根源的なものや近代とは違う秩序を現実化させようとしていると思うのですが、伊東さんはそれに対して抽象的な構成のルールで、近代の論理によってではなく、根源的なものと繋がる新しい秩序が構築可能だという道を切り開かれようとしてのではないかと思います。
伊東──そうですね。例えば洞窟というイメージが最近割と多くて、これはある意味では僕が建築をはじめた頃から、《中野本町の家》をはじめとして、胎内思考というか洞窟的なものを求める空間思考は僕のなかにはあったんです。洞窟には内部しかなくて外部はない。でも建築は、外部と内部が同時に存在することが建築たる条件であって、建築を外部化する方法を持たないというジレンマを繰り返していって、内部の持っているエネルギーや自分の官能性をどう形式化しうるかが自分にとって最大のテーマとなってきたのです。それをただテクスチャー等に頼るのではなく、より理性的な方法を用いながらそれを解決することがいかに可能なのかが最も興味深い今日的テーマのような気がしますね。ですからある場合には、例えば台中でやっているオペラハウスなんかも、グリッドから出発して、それを洞窟に置き換えるような逆のプロセスを辿った場合も、形式とプリミティヴな室内の中間的なレヴェルでシステムが成立しているという言い方もできます。

伊東豊雄氏

伊東豊雄氏

フロリアン・ブッシュ氏

フロリアン・ブッシュ氏

「新しいリアル」

柄沢──近代の抽象性を乗り超える手法として、ある種多様な秩序を内包した状態の建築が定義可能だということを伊東さんは「新しいリアル」として説明されています。ルールやアルゴリズム的思考はそのような様態を生み出す契機なのでしょうか。また、ある種人間が人為的に構築された複雑性を超えた複雑性を定義して、そして新しい秩序を生み出していく可能性を見出しているということでしょうか。
伊東──わかりやすく言えば人間の身体を描く時に、今まではシンメトリーな静止状態にある身体しか描けなかった。建築を描くこともまったく同じです。それをもっとある運動体として不安定でアンバランスな状態での一瞬のバランスを、そのままストップモーションのように建築化できるようになった。それが非常に複雑な力学を可能にした。スピード感や運動状態を描くことは興味深いですね。
柄沢──アルゴリズムを使ってある種の動きを幾何学が表現することによって、建築にも別の位相が生じた?
伊東──僕自身はコンピュータを操作する人間でないので、これはブッシュさんに聞いたほうがよいのですが、僕はアルゴリズムという言葉が運動のルールを定義化すると考えています。だからセシルは幾何学は「運動する点の軌跡」なんだと言ったのだと思います。ですから、円や正方形はその軌跡の特殊解にすぎないのです。かくしてより広い幾何学のなかに建築空間が投げ出されたのは非常に魅力的だと思います。
柄沢──運動自体が内包された幾何学を生み出しているのが、新しい非線形幾何学のひとつの特徴だと思うんです。それによって建築をつくったときに、まったく新しい躍動感や流動感や複雑性が建築に与えられるように可能性が出てきたということでしょうか。
伊東──その通りでしょうね。ある点がどの方向に動くかというのは無限の軌跡があるわけですが、それをあるルールによって規定することにより、従来にはなかったダイナミックな空間が生まれるのは当然なことだと思います。その意味ではもはや最適解はなく、現代建築には無限の解答があるといってもいいのではないでしょうか。
柄沢──先ほどの質問と重なるのですか、ある種動きでしたり、定義するルールを建築のプロジェクトに導き入れていく際に、そのようなルールはどのようにして発見されるものなのでしょうか。例えば伊東さんのプロジェクトは最初のスケッチを拝見しますと、きわめて斬新で抽象的なイメージが最初にあって、そのイメージをあるスタディの過程のなかである瞬間にルールに変換される過程があるように見受けられるんです。そのルールが浮上して、発見されていくときにはどのような状況なのでしょうか。
ブッシュ──われわれの事務所では、もちろん最初にスケッチが出て「こうしなさい」というやり方はないですね。まず、何がこのプロジェクトのテーマなのか議論しながら、それぞれ自分の机に向かって案をつくり次の打ち合わせで議論をする、その繰り返しです。それ自体もある意味ですごくインタラクティヴなプロセスだと思います。
伊東──しかしこの時フォルマリズムに陥ってしまっては身も蓋もないのです。われわれは単に植物や動物のオーガニックな形態を追随するわけでもない。ですから建築は二〇世紀と同じように、人間は集まったり本を読んだり、いろんな行為をするためのものであって、そこはたいして変わらないのです。その意味では、ここでどういう人間がアクティヴィティをどのように起こすのかみんなで話し合って、それが台中の場合は言語からスタートするわけです。道の延長でストリート・コンサートを聴くようなホールが建築の中でもできないだろうか、というところから「道の延長」という言葉をみんなで共有しながらそこにある構造形式を発見しようということでさまざまな試行錯誤を経た結果、あのような構造体が発見されたのです。最初から複雑なことは考えていません。単純なところからスタートしてそれが複雑に変わっていくということが大切なのです。
ブッシュ──その通りですね。最初はそれぞれのプロジェクトの概念を簡単なモデルで把握しようとします。そのコンセプトモデルを分析しながら、そこに隠れている原則を探し始めます。この段階で見つけてくる原則がデザインプロセスのdriving factorになる場合が多いですね、要するに、もともとのコンセプトに基づくルールを基本にして、そこから改めて、空間のシステムのスタディが始まります。そのスタディ・プロセスの段階からアルゴリズムによるデザインが中心になります。ただし、私は建築をつくるプロセスというのはアルゴリズムで形をつくるだけではなく、ソーシャル・プロセスであると認識しています。簡単なルールから多様なものができるアルゴリズムを使って、オートポイエーシスのようにたいへんレスポンシヴなシステムをつくっていくんです。
柄沢──まさに閉鎖系にして開放系というオートポイエーシスの命題を、建築のあり方と制作のプロセスにおいて実現されるということですね。
ブッシュ──最終的に、建築は開放系だと思います。八〇年代にオートポイエーシスを社会学に紹介したニコラス・ルーマンというドイツ人の社会学者が同様のことを考えていました。先ほど運動とおっしゃっていましたが、おそらく時間とも言える。建築と時間。建築はけっしてただ自己に言及するのではなく、周りの環境とのインタラクションによって展開していくオープンなプロセスだと僕は思っています。
柄沢──それによって閉ざされた幾何学が開放された非線形幾何学に変わり、構成のルールも多様に変わり、アクティヴィティも容認する建築に変わっていくということですね。
伊東──そこで機能という概念が僕たちがつくる建築にはなくなってきましたね。機能という言葉の定義にもよると思うのですが、二〇世紀的にある人間のアクティヴィティを機能に抽出して、その機能に対応する空間を一対一で対応させていく概念はもはやまったくありません。人の集まり方は多様ですが、それに対してさまざまな場所を用意すれば十分というような建築に変わりました。だから《せんだいメディアテーク》において図書館はあの階にある必要はないし、多摩美術大学の図書館も中のアクティヴィティはどのようにも置換可能であると言えるのではないかと思います。
柄沢──それは従来のプログラム論が存在しなくて溶け出したような状態でしょうか。そもそも建築は何らかのプログラムが与えられてそのプログラムに構成を与えていくようなプロセスが不可避的に存在するかと思うのですが、その差異において何かジレンマのようなものが生じるのでしょうか。
伊東──スケールとか機能というよりアクティヴィティに対する適正、不適正のようなものがあると思いますね。人が大勢で集まる集まり方と静かな集まり方の違いに対応した場所のあり方というのは、建築内の問題というよりは周辺環境との関係のほうが大きいので、その意味でも建築が開いていかざるをえないのではないでしょうか。
柄沢──最初に機能が定義されてそれからプログラムに転化して、そこに実体化を与えているわけではなく、もっと抽象的な場のようなものを設定して、その抽象的な場に、認知科学の言葉で言うとアフォーダンスのようなものを喚起するような状況をスケールのさまざまな大小関係をもとに定義、用意されている印象がありました。
伊東──アフォーダンスという概念は非常に重要だと思いますね。人間はルーズな存在ですから。
柄沢──そうすると、人がそれぞれ機能を見出していく感覚を喚起していく建築に向かわれているわけですね。それが翻って広義の近代的な建築のあり方とはまったく違う建築の創作方向でもあり、目指している方向だという印象があります。
伊東──われわれはそうだと思っています。

準最適解という「ゆるさ」

柄沢──『けんちく世界をめぐる一〇の冒険』(伊東豊雄建築塾編著、彰国社、二〇〇六)で、アルゴリズムを使った創作の特徴として「準最適解」という言葉を用いられています。近代の論理がある種の最適解だったり一定の規範性で回収されるのに対して、それをふくらみを持った多様性のあるあり方へと、準最適解という言葉を使って建築をゆるくされたような状況を提起されていると思うのですが。
伊東──すべてにわたってゆるいということが非常に重要なのではないかと思っています。日本の社会を見ていても、いろんな物事がタイトすぎる。それが人間をすごく窮屈にしているし、余裕のない社会にしていて、もちろん建築もコンサートホールひとつとってもこれがベストだというあり方はありえなくて、いろんな価値観がありえるわけだから、性能というのはある程度存在すると思うけれども、これが最適だという解答はありえないと思います。それは与条件を限定して、絞りに絞って新幹線のようにどれだけ安全に速く走るかということだけを取り出した時にはじめて新幹線の定義ができるのと同じで、電車の乗り方にはもっとさまざまないろんな可能性があるわけだから、特に建築の性能は非常にゆるいのではないかと思うのです。それをあたかも最適解があるかのように言われていたこと自体が不思議だと思いますね。
柄沢──先ほどおっしゃっていた、曲線を用いた時に単なる決定不能性と結びついていくような、多種多様なヴァリエーションの乱舞でしかないという状況とは違う状況を、アルゴリズムに基づく建築は、実現可能な論理として見られておられるのでしょうか。アルゴリズムは、ヴァリエーションと秩序が同時に存在する状態を生み出すものだと思うのです。
伊東──そうですね。わかりやすい例ですが一〇〇本の木があったら、同じ種類の木だったとしても、全部形が違うでしょう。でも木が成長していくルールは基本的には非常に単純なルールでできていて、周りとの関係のみによって形が変わっていく。自分自身のバランスの問題もあるし、周りとの関係もあるし、あるゆるさのなかで木が育っていくわけです。そしてその一〇〇本のどれが美しいかを言うことはけっしてできない。無理している木もあるかもしれないけど、どれも美しいと言えるし、それはあるルールのなかでの多様性が実現されているわけで、そういう建築は魅力的ですね。
柄沢──伊東さんの今までの創作の流れのなかで、今のような考えは、より大きく推移していく流れなのでしょうか。
伊東──それは《せんだいメディアテーク》をやってからですね。《せんだいメディアテーク》である種のゆるさが実現された結果、利用者が楽しんでくれているのが、大きな自信になりました。ゆるい、別の言い方をすれば、図書館で本を読んでいれば下階の声が聞こえてきたり、子供が走ったりするわけですね。でも静かな閲覧室よりも楽しさ、別の快適さが生じているのです。それを人々が受け入れてくれたことに勇気づけられました。それまでは図書館は静かであるべきだと思われていましたから、実際オープンするまで不安だった。今の人たちはすぐにクレームをつけるでしょう(笑)。本を読む場所に多様性を与えれば人はそれぞれの場所に適応することがよくわかりました。
柄沢──そのような建築のヴィジョンに対して、建築を取り巻く状況ははるかに遅れていると思うんですね。生産システムもしかりですし、ディヴェロッパー、不動産などの状況はそれにたどり着いていないと思います。そうした状況に対して『けんちく世界をめぐる一〇の冒険』のなかで、今は徹底的に消費化してしまった状況で、そういう状況のなかで建築をどのように定義していくかが自分の興味だというふうにおっしゃっていましたね。
伊東──社会的な存在としての建築が存続し続ける土地は、次第に狭まってきていて、日本に関して僕はきわめてペシミスティックになっています。グローバリゼーションの波に押しつぶされないという点で、ヨーロッパは残された最後の土地だと思っていたのですが、それですら危ういという危機感はあります。それに伴って建築家もかなり危うい存在になりつつあって、例えばフランク・O・ゲーリーザハ・ハディドのやっていることは消費の波に乗っているにすぎないのではないでしょうか。ザハのカーヴは一見きれいなんだけど、何の理屈もないただの曲面の残像のような気がしますね。
柄沢──伊東さんの目指されているものは単純な消費の論理ではなく、それをさらに広げていくような、それを超えた多様なアクティヴィティを可能にしたり新しい人の行動を可能にするような場の提案の構築を目指されているのでしょうか。
伊東──今までは消費ということに関して批判的にやってきたつもりですが、そうやって世界のほとんどが消費の海に浸されてしまって、わずかな孤島だけが残っている状況になってしまった。そういう時に沈んでいく島にただ立ちすくんでいるだけではつまらないと思っていて、もうひとつ大きな論理、ポジティヴな論理を構築しなければいけないと考えているのです。例えば僕が評価している建築家のひとりはレム・コールハースで、彼は資本の流れのなかに立ちながら、他方で資本と大立ち回りしているようなポーズを取って建築をつくっています。そういうある種の戦略が必要なのでしょうね。
柄沢──一方で準最適解という言葉に代表されるようなアルゴリズム的な思考がありますね。準最適解という言葉を解釈しますと、多様な与件だったり条件を含みこむ建築の創作の方法論だという気がしました。
伊東──そうですね。自然をどう残していけるのか、あるいは自然と建築、人間の住む環境との関係を考えざるをえない。このことは人間にとって大命題ですから、そういうところに立ってどういう論理が可能なのか、論理を拡張する方法はありうると思うし、そこまでいかないとアルゴリズムと言ってもはじまらないと思いますね。
柄沢──大きな歴史的な流れのなかで自然と人間の関係性がより望ましく最適化されることが求められている。そこに建築が何を定義できるかにおいても、アルゴリズム的思考が有効であるということですね。
ブッシュ──自然と人間の関係性が最適化されることが求められているとは思っていませんが、建築の範囲のなかではアルゴリズムに基づいた論理によって展開するストラクチャーがおそらく最適化に近いものです。最適化にはもちろんたくさんの種類がありますが、すぐ思い浮かぶのは構造的な効率です。ただし、自然と人間の関係性の最適化の話ならば、もっと幅広く考えていきたいですね。要するに、建築は自然のもののように周りの環境に最初から反応して展開していく。構造、環境、経済などのパラメータはお互いに影響し合い最適化される。その結果生まれた建築というのは、自然が建築になった建築だと思います。
柄沢──自然と人間の関係が再定義されようとするなかで、そこで目指しているのが自然と人間の間の境を柔軟にしていくということでしょうか。以前でしたら、自然と人間が区分けされていた意識的な境界が建築の拘束力に現われてきたりとか、プログラム論に現われていたものが、その境がなくなって、人間と自然の関係性が、融合ではないし、自然が取り込まれているかたちでもない、新しいかたちでの人間と自然の関係性の定義というものが目指されていると思うのですが。それはバリアがないような状況でしょうか。
伊東──人間は自然の部分であるという言い方がありますよね。かつて人間は今より謙虚でした。建築も同じで、自然の部分だったわけですね。かつての日本の木造住宅なんかは、けっして直角の幾何学ですべて構成されているわけではないですね。微妙なカーヴを入れながら自然との関係をつくり出してきたわけだし、建築も自然の部分だったわけですが、それが完全に自然から自立した存在となってしまった。人間も不遜になってしまった。どうやってもう一度自然の部分としての人や建築という思想を生み出していけるのか、これからのテーマはそこに尽きると思います。

Les Halles(レ・アル)のコンペティション

柄沢──人間は自然の一部であるということを再確認する方法論としてルールやアルゴリズムという方法論がありうるということでしょうか。
伊東──そうですね。少し具体的な例を見ていただいたほうが面白いでしょう。
パリのポンピドゥ・センターから二ブロック離れたところにレ・アル地区の公園があります。昔は市場だったのですが、七〇年代に再開発され、さらにもう一度再開発しようということで三年前にマスタープランのコンペティションがありました。今回はこの公園の一部に建築をつくるコンペティションが行なわれました。最終的には一〇組、七組がフランスチーム、外国チームが三組でのコンペティションで、われわれは最後の二つまで残って負けました。
ブッシュ──Les Hallesはフランスで最も利用者の多い駅です。ルーヴルとポンピドゥの間にあるシャテレ・レ・アル駅では、毎日約八〇万人が通っていますが、ほとんどの人は地下から出てこない。Les Hallesは、一八〇〇年代、エミール・ゾラに「パリの腹」(Le ventre de Paris)と言われた場所です。そのときからパリの食品のマーケットでした。パリの人々のためのほとんどすべての食品はここで売られたのです。二〇世紀に入り、パリの人口が増えたためこのマーケットはほかの場所に移動し、一九六〇──七〇年代に取り壊されて再開発が始まりました。地下五階をつくって、そこにまず地下鉄数本と郊外に繋がる電車数本の駅が建設され、そして、六万平方メートルほどのたくさんの商業施設や文化施設が入り組んだ猥雑な迷路のような場所になりました。ちなみに、その商業施設の一年間の利益を比較すると、リヨン市全体と同じだそうです。ただし、七〇年代のプロジェクトの楽観的な案は三〇年間で「パリの穴」に変わりました。地下に八〇万人が蠢いているのに、上の建物や特にその延長にある公園は誰も入りたくない状態になってしまった。要するに、周りにあるパリの一区と四区のシックな界隈はこの「パリの穴」とどんな関係も持ちたくない状態になってしまった。そのため、三年程前にコンペがあり、マンジャン(David Mangin)氏が勝ちました。ただし彼の案は、マスタープランとして認められただけで、具体的な建築はもう一度考えましょう、という審査でした。彼の案は地下を触らず、現在垣根をめぐらした公園をひとつの大きな公園として周囲に開くとともに、今回のコンペの敷地の上にひとつの屋根を掛けるという提案でした。そういう文脈のなかで、今回のコンペがでてきたわけです。
コンペの要件は地下部分を一切触らず、一日も営業をストップせず、上の部分だけをつくり直すというものでした。六、七年間のスパンで考えられているプロジェクトなので、いくつかのフェーズに分けて進める戦略を考えなければいけませんでした。構造的にもかなり厳しい条件で、既存の七〇年代にできた地下の一六メートル×一一メートルの均質なグリッドを利用しなければいけませんでした。
われわれが最初から考えたのは、この場所の二分法的な「地上/地下」関係を連結することと、与えられたグリッドを、より自由な、流動性を持った空間へと開放することでした。
一万八〇〇〇平方メートルぐらいの敷地にだいたい同じ面積のプログラムが要求されていました。市民のための音楽学校(conservatoire)、図書館、ダンスやペインティングのスタジオ、そして、ウェルネス・スパ、カフェ、オーガニック・フードショップなどのさまざまなプログラムでした。そういった機能は今でも部分的に地上にありますが、地下との関係性がまったくなく、地上からのアクセスもわかりにくいのです。
要するに、地下に存在する均質なグリッドを上へ延ばし、徐々に揺らしながら上と下とを結ぶという考えです。敷地は周りの街や公園の延長にあり、地階で街の流れを止めたくない。そのためほとんどのプログラムを上部レヴェルのキャノピーのようなストラクチャーに持ち上げました。もちろん、このコンセプトに基づくやり方にはいくつかの作戦があったけれど、結局地下のグリッド・ポイントから選択した何点かの上に短い水平線を置き、その線を水平に回転させながら上方へ持ち上げた。上にいけばいくほど、その線が長くなるので、帆船のセイル(sail)に似た形態ができる。基本的にこの提案はひとつの単純なエレメントが複数集まってできる建築です。それぞれのセイルは線織面であるため、実際の施工にあたっても合理的です。構造的に一枚のセイルは弱いのですが、三枚、もしくは四枚がお互いに助け合う強いレシプロカル(相補)・ネットワークになってる。一番上のレヴェル(一四・七メートル)ではそれぞれのセイルが隣合う三、四枚のセイルとひとつの点で繋がっています。
柄沢──これはエキスパンド・メタル・メッシュにコンクリートを吹き付けるという方法ではないのですか。
伊東──そんなことはないですね。現場でコンクリートを打ちます。一四、五メートルくらいの高さで、約三層ですね。
ブッシュ──プログラムはそのセイルとセイルの間に嵌った水平スラブの上にありますが、その水平システムもセイルの論理からできています。ある高さで上昇してきた線を水平に延ばすとそのレヴェルでのレシプロカル・ネットワークが構成される。そのレヴェルのネットワークはスラブのベースになります。下まで光を落とすため、全体で一万八〇〇〇平方メートルのプログラムを三レヴェルのスプリットレヴェルに分けて、たくさんのオープンな場所をつくりました。下のレヴェルでは短く上に向かうほどで長いので、一階はオープンで大きな流れの空間になります。上へいけばいくほど徐々により分節された、プライヴェートな空間になります。ただし、セイルが捩れているので、区別されている空間の連続性がよりよく感じられています。それは今回要求されたプログラムのさまざまな半パブリック/半プライヴェートの機能を考えると、とても有利です。
伊東──これは最優秀案で、われわれが最後に負けたわけですが、ある意味ではわれわれが《ぐりんぐりん》でやった人工の自然をつくっていますね。われわれはもうそのような素朴さから脱してアルゴリズムに基づく案を提案したのです。
柄沢──勝者の作品を見ると非常に不自然な人工的な物体という印象があります。
伊東──新しいという感じはまったくしません。
ブッシュ──われわれは負けたのであまり悪いことはいいたくないですが、今回は、ちょっと、ひどかったですね(笑)。
柄沢──まったくビルディングタイプ、プログラムは関係ない、抽象的なシステムという印象がありまして、何でも適用可能でどんなアクティヴィティでも逆説的に取り込めますね。
ブッシュ──そういうわけではないと思います。基本的にかなり柔軟なシステムですが、もちろんそれぞれの空間が、そこでできるプログラムに向いているか向いていないとの区別できるはずですね。ですが、何でも適用可能という考え方より、このようなプロセスから出てくる今までにない空間と、そこで行なうアクティヴィティの新しさがここの議論では面白いし、大事なポイントだと思います。
伊東──そういう意味では昔のユニットをつなげて何かをつくるというやり方とはずいぶん違いますね。フレキシブルなシステムだと思います。
柄沢──多様性に対して適用できるということですよね。お話のなかでスタディにおいて社会的なプロセスというお話がありましたが、それがこのようなスタディがされたときに相互的に批評しあっていくというかたちなのでしょうか。それとも意見がだんだん集約されていくという感じなのでしょうか。
伊東──今回のテーマは与えられたプログラムから判断すると、この公園の建築に求められている社会的な要請はきわめてはっきりと理解できました。下のショッピングセンターに来る人は郊外からやってくる人が多くて、地下鉄からショッピングセンターに出て、地上には一度も出ずに地下で買い物をして帰ってしまうわけです。空気が汚くて、日本でもこんなに汚いショッピングセンターはない。食べ物も買えないなといううす汚れた地下街にどう穴を空けて清浄化しつつ、そのエネルギーを上部まで持ち上げてくるかでした。現在地上は公園になっているのですが、公園も荒れていて、夜は怖くて歩けないような場所です。公園の延長として自然に入っていけるような半外部的な建築をつくりたいということが下敷きにあって、このプランが提示されました。
柄沢──お話を伺って、上のほうに人を誘導しなければいけないというようなアクティヴィティのイメージがあり、それをリアライズして形式化していく過程でこのような空間の創成システムが生まれるのが非常に面白いと思いました。最初に抽象的なアクティヴィティについての土台があってそれは最初は形式化できないものだけども、それになんとか形式を与えていく過程でまったく新しい形式がルールという媒介を介して立ち上がっていくという印象を受けました。アルゴリズムが生み出す新しい建築の創造プロセスの可能性を垣間見たという気がします。今日はありがとうございました。
[二〇〇七年七月三一日、伊東豊雄建築設計事務所にて]

Les Hallesのコンペ案
伊東豊雄建築設計事務所

1──敷地周辺図

1──敷地周辺図

2──Les Halles全景。公園面積は約4ha。中央奥のドーム状の建築が「旧商工会議所」

2──Les Halles全景。公園面積は約4ha。中央奥のドーム状の建築が「旧商工会議所」

3──+0.0m平面

3──+0.0m平面

4──南北断面

4──南北断面

5──「セイル」(帆)をその基本要素として組まれたネットワークは動的にリンクされたスペースをつくり出し、訪れる者に無数の発見を提供する。セイルは3つ、もしくは4つを1組として最上部で相補的に組み合わされるreciprocal networks(相補ネットワーク)である。ゆえにそれぞれの相互依存関係は構造的に独立している。そこから延びるラインは隣り合うセイルとさらなる相互関係を形成し、包括的な相補ネットワークへと発展していく。空間の多様性と複雑性は単純な規則に基づいている。既存の構造グリッドの加重条件を考慮に入れて選択されたポイントがゆっくりと旋回上昇しながら手を伸ばし、新たな連携を生み出すネットワークへと展開する。セイルそのものは施工が容易な線織面(ルールド・サーフェス)である。Les Hallesは旋回上昇しながら各階のレヴェルで構造的に有効な相補ネットワークを形成するラインのフィールドである。Les Hallesの敷地既存のデカルトグリッドは空へと向かって旋回上昇し、次第に新たな流動的関係へと融解していく。

5──「セイル」(帆)をその基本要素として組まれたネットワークは動的にリンクされたスペースをつくり出し、訪れる者に無数の発見を提供する。セイルは3つ、もしくは4つを1組として最上部で相補的に組み合わされるreciprocal networks(相補ネットワーク)である。ゆえにそれぞれの相互依存関係は構造的に独立している。そこから延びるラインは隣り合うセイルとさらなる相互関係を形成し、包括的な相補ネットワークへと発展していく。空間の多様性と複雑性は単純な規則に基づいている。既存の構造グリッドの加重条件を考慮に入れて選択されたポイントがゆっくりと旋回上昇しながら手を伸ばし、新たな連携を生み出すネットワークへと展開する。セイルそのものは施工が容易な線織面(ルールド・サーフェス)である。Les Hallesは旋回上昇しながら各階のレヴェルで構造的に有効な相補ネットワークを形成するラインのフィールドである。Les Hallesの敷地既存のデカルトグリッドは空へと向かって旋回上昇し、次第に新たな流動的関係へと融解していく。

6──すべての構造は、30度回転と60度回転の2つのタイプのセイルから成り立つ。一定の軸に沿って旋回、上昇する直線から成り立つセイルは、単純な規則に則った線織面である。この幾何学の単純さは施工にとても有利である。

6──すべての構造は、30度回転と60度回転の2つのタイプのセイルから成り立つ。一定の軸に沿って旋回、上昇する直線から成り立つセイルは、単純な規則に則った線織面である。この幾何学の単純さは施工にとても有利である。

7──11──さまざまなパースから内部を見る(8、9はダンス・スタジオ、10はデッキとカフェ・エントランス、11は南側テラスからスパを見る)。 CG制作 kuramochi+oguma

7──11──さまざまなパースから内部を見る(8、9はダンス・スタジオ、10はデッキとカフェ・エントランス、11は南側テラスからスパを見る)。
CG制作 kuramochi+oguma

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12──セイルと呼ばれる構造体は最上部で連結されている。

12──セイルと呼ばれる構造体は最上部で連結されている。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年生
伊東豊雄建築設計事務所代表。建築家。

>柄沢祐輔(カラサワ・ユウスケ)

1976年生
柄沢祐輔建築設計事務所。建築家。

>『10+1』 No.48

特集=アルゴリズム的思考と建築

>セシル・バルモンド

1943年 -
構造家。ペンシルヴァニア大学教授、オブ・アラップ・アンド・パートナーズ特別研究員。

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>藤森照信(フジモリ・テルノブ)

1946年 -
建築史、建築家。工学院大学教授、東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。

>オートポイエーシス

自己自身の要素を自ら生み出し、自己を再生産する自己組織化型のシステム。神経生物学...

>アフォーダンス

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが創出した造語で生態心理学の基底的...

>グローバリゼーション

社会的、文化的、商業的、経済的活動の世界化または世界規模化。経済的観点から、地球...

>フランク・O・ゲーリー(フランク・オーウェン・ゲーリー)

1929年 -
建築家。コロンビア大学教授。

>ザハ・ハディド

1950年 -
建築家。ザハ・ハディド建築事務所主宰、AAスクール講師。

>ポンピドゥ・センター

フランス、パリ 展示施設 1977年