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「空洞幾何」断章──展覧会《空地・空洞・空隙》前後 | 鈴木了二
Fragments of a Hollow Geometry-Before and After the Exhibition "Vacant Land,Voids,Intervals" | Suzuki Ryoji
掲載『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) pp.18-31

私の指の上には彼の指がのっていた。
私の手はざらざらとした紙の上を動き回った。
それは生まれてこのかた味わったことのない気持ちだった。
──R・カーヴァー「大聖堂カテドラル」(村上春樹訳)


斜めに回転した直交座標の原点の近傍に、絡まるように大小四つの円が見える[図1]。われわれがこれまで得たうちでかなり典型的な、したがって比較的理解しやすい「空隙モデル」である。No.2にあたるあるこのモデルは、一九八七年に竣工した複合商業ビル「麻布EDGE」に現われたものである。
と、言われてもなんのことかわからないひとのために、「空隙モデル」について若干の説明を加えよう。
「空隙モデル」とは、都市モデルとよばれるような何かの「規範=モデル」ではない。また、建築計画の「手法」でもなければ「方法」の指針でもない。創造に先んずるデザイン上の「イメージ」や「インスピレーション」の類でもない。もちろん「コンセプト」などでもまったくない。なぜなら、「空隙モデル」であることの第一条件は、現実の「建築」に対してそれらが決して先行するものではないという点にあるからである。言い換えれば、ア・プリオリなのは「モデル」ではなく「建築」のほうなのである。
したがって「空隙モデル」が意味をもつのは、それが「建築」にかかわるものであるとしても、しかしその根底には、「建築」がわれわれ人類にとって了解ずみのコントロールできるような事柄ではいささかもないということ、それどころかむしろ「人類」外的な得体の知れなさ ──人類が深くかかわっていることによってますます人類から逸脱する不可解さ──こそが「建築」のもっとも奇怪な特性であるとする思考基盤においてである。
だからわれわれは、なんらかの適当な「空隙モデル」を設計のはじめの段階で想定し、これを利用して建築を構想したことはこれまで、当たり前だが、一度もない。それは、建築の設計が完了し全貌が現われたそのあとにいつもやってくる「ミネルヴァの梟」のようなものである。もっとも、ウィルソンの霧箱の中で感光板上にその痕跡を残す素粒子の散逸運動にしたって、あらかじめおのおのの描くべき軌跡を図示して、後からそれを忠実になぞって粒子が飛ぶわけではないのであるから別に驚くにはあたらない。
したがって、これもまた当然のことながら、われわれの携わる建築には、まるで何かのわざとらしい約束ごとでもあるかのように必ず「空隙モデル」が見られる、ということにもならない。そこで、

命題1:「『空隙モデル』はかならず『建築』よりも遅い」

1──「空隙モデルNo.2」、物質試行20「麻布EDGE」(1987年)から得られたもの

1──「空隙モデルNo.2」、物質試行20「麻布EDGE」(1987年)から得られたもの

はじめての「空隙モデル」である「空隙モデルNo.1[図4]」が見つかったのは、一九八五年の物質試行13「杉並の住宅」においてである。それは直交する二本の直線と一本の斜線、そしてたったひとつの円からなるほとんどバカバカしいほどのもので、これを「モデル」などと呼ぶことには当時われわれもさすがに気が引けた。だからそのときはこの現象を、建物自体の固有性として起こったその場所での一回限りの「偶然」とする考え方で理解していたようである。
「半径一七メートルのRが、偶然、この住宅の敷地の内部を通過した、とする」。一九八四年の「SDレビュー」のための覚書のはじめにそう書いている。「半径一七メートルのR」とは、この住宅のほぼ中央を縦断するように空けられた吹き抜けにたつ、二層分のゆるく湾曲した壁の曲率のことなのだが、しかし普通、建築家がこんな言い方をするといささかヘンな感じを与えるものらしいのである。自分でやっているくせに、いくらなんでも「偶然通過した」はないだろう、というわけだ(そう言いたくなるのもわかる)。
しかし、この「偶然」の概念は一般によく誤解されているような気儘な思いつきでもなければ単なるデタラメでもない。というより、この建築がほかでは絶対に起こりえない唯一無二のものであるということは、つまり「必然」なのである。ここで「偶然」はその反対概念である「必然」に必然的に重なってしまうのである(困ったことに)。
だから、ここではむしろ「偶然/必然」のような確率論ではだめで、「大域/局所」の幾何学の問題とするべきであった、ように今にして思う。
とはいえそのように問題が進化したのは、その後、物質試行20、物質試行24、物質試行25、物質試行29、物質試行33の中にトビトビではあったが「空隙モデル」が発見され、それらを順次「No.2」「No.3」「No.4」「No.5」「No.6」というふうにタイトルをふって登録してからのことであったから、ここで残念がってもしようがないのである。
むしろ、はじめは冗談のような一見馬鹿げた事柄であったものがかなり重大な問題に深化発展する場合があるのは、別に数学や物理学に限ったことでなかったことを素直によろこぶべきである。

「空隙モデルNo.2」を、七つの種類のスケールで段階的に描き直したものが図2である。すでに述べたように、四つの円(あるいは軌道)と、約四五度に回転した直交座標軸とが識別できるすべてであるが、それはもうおわかりのようにこの建築には四種類の曲率の違った壁が含まれていること、そして曲面以外の壁の通り芯は直交するX軸とY軸のどちらかとに平行な直線に限っていること、から得られている。
しかしそのこと自体は、ここでは差し当たり問題ではない。注目すべききわめて興味深い点は、単体の建築(ここでは「麻布EDGE」)ではそのほんの一部分しか使われていない円弧(あるいは軌道)の断片を、縮尺を高めつつ周辺にまで延長し、ついには円に完結する描像を得たときにはじめて把握されるある種の性質である。
この七つの図を、スケールの高いほうから低いほうへ順に素早くコマを送るように目を移すと、座標の原点のあたりから幾つもの円がつぎつぎに生まれ、まるでズレた波紋が揺らめきながら拡がっていくかのように見えてくる。あるいは、はるか上空から地上めがけて激しく落下する過程で、感じられるかもしれない空気の歪んだ振動のようでもある(落ちたことがないからなんとも言えないけど)。C・イームズの傑作フィルム『パワーズ・オブ・テン』の感じでもある。まあほかにもいろいろな感想がありそうだが、それらすべてに共通するのは「運動」という性質にちがいない。
ほかのタイプの「空隙モデル」についても同様である。。それぞれの見え方は千差万別だが、どの「空隙モデル」にも唯一共通しているのは、どこか「映画」のフィルムを思わせるその「運動」感である。しかしそれは雰囲気だけには止まらない。定義としても「映画」に近い。
というのも、「空隙モデル」とは、「建築」を、X、Y、Zによる座標系がつくる「三次元」=「空間」から、ひとつの変数Zを時間tに置き換えてX、Y、tによる座標系へと認識の枠組みを変換することだからである。注意深く見れば、それは「変換」というよりもむしろ「分解」と言うべきであろう。つまりX、Yによる座標系すなわち「二次元」=「平面」と、tすなわち「時間」=「運動」とに、である。したがって、

命題2:「『空隙モデル』は『建築』を二次元化する」
命題3:「『空隙モデル』は『建築』を、『平面』の『運動』として記述する」

2──七段階のスケ─ルの変動に伴って独特の動きを見せる「空隙モデルNo.2」

2──七段階のスケ─ルの変動に伴って独特の動きを見せる「空隙モデルNo.2」

3──三つの異なるタイプの「空隙モデル」。左から、No.2、No.4、 No.6。──No.2は前述、No.4は物質試行25「本駒込の住宅」(1988年)、No.6は物質試行33「耕雲寺」(1991年)

3──三つの異なるタイプの「空隙モデル」。左から、No.2、No.4、 No.6。──No.2は前述、No.4は物質試行25「本駒込の住宅」(1988年)、No.6は物質試行33「耕雲寺」(1991年)

4──「空隙モデルNo.1」、物質試行13「杉並の住宅」(1984年)から得られたもの

4──「空隙モデルNo.1」、物質試行13「杉並の住宅」(1984年)から得られたもの

「空隙モデル」を「都市」(「空隙モデルNo.2」の場合は青山から西麻布、六本木周辺)の上に重ねてみる[図5]。するとふたつの問題が浮上するようだ。
第一は、「空隙モデル」がひとつの「形式」としての「モデル」、つまり「認識の定規」となることによって把握しやすくなる「都市」の定量的、定性的な性格であり、第二は、それとは逆に「都市」のほうが「認識の基盤」となることによって把握される「空隙モデル」の「運動」的な性質、もっとストレートにいえば、「建築」そのものが本来もっている能動、もしくは衝動である。

東京の〈地・図〉を作ってみること。だれでも思いつきそうなのにこれまでだれもやらなかった理由が(うすうすそんな気がしてはいたものの)自分たちで試みて今ハッキリとわかる。というのも、東京のどこを塗ったところでたいした違いはないのである。何処も彼処もひたすら細かく寸断され粉砕された黒い破片が、ただ延々と続くだけ。そこに、コーリン・ロウが西欧の都市から得たような、街区と道路と広場と庭園とが描きだすクッキリとした「構造」とか「システム」を読み取ろうとしてもまったくの無駄である。現われるのはせいぜい道路地図か住宅案内図ぐらいのところだ。われわれは「空隙モデル」に対応するいくつかの場所について──商業地区、オフィス街、住宅地、等々──〈地・図〉を試みたが、それぞれを識別できるようなアイデンティティの違いをほとんど発見できなかった。つまりコーリン・ロウ的な観点からすれば東京を「塗る」ことはまるっきり徒労なのである(やれやれ)。
しかし、徒労といえども、われわれに何ももたらさないわけではない。どれもよく似た〈地・図〉の砂漠のようなその「局所」的な違いには関心が向かわないにしても、しかしコーリン・ロウが相手にした「都市」すべての「集合」と、われわれが相手にしている「東京」という全体「集合」との「大域」的な違いについては、明らかになにごとかを汲み取れるだろう。
その違いとは、「都市」=「世界」を解析し理解しようとするうえで最適な幾何学は一体なにか、といったレヴェルでのきわめて大きな問題ではないのか。たとえばリーマン、ロバチェフスキー、ペンローズ、ウィッテン……少なくともスタティックなユークリッドの幾何学だけで見るなら「東京」はまるで分が悪い。つまり退屈ということだ。「東京」にとってどの幾何学が適当かは専門外のものにはよくわからないが、可微分多様体トポロジーについての「コボルティズムの理論」(なんのことか、もうまったくわからない)で知られるルネ・トムあたりなら気が向けばあるいは判断してくれるかもしれない。
では、数学でなければ、突飛だが、絵画ではどうか。幸いなことに、コーリン・ロウ自身が「都市」や「建築」の解析に「キュービスム」絵画の手を借りているではないか。かれの「透明性」の場合が「キュービスム」だったなら、不透明の微細な集積である「東京」ならさしづめ「アンフォルメル」絵画である(といい、と思う)。それも、もっとも徹底的なジャクソン・ポロックのドリッピング。
その絵画の「場」を支えているのは「形象」性でもなければ「空間」性でもない。どこまでもオールオーヴァーに折り重なって拡がる絵の具の夥しい飛沫、その間にビッシリと畳み込まれた不意打ちの「空隙」が織りなすマチエール。あくまでも「平面」=「二次元」としてコンパクト化された多層世界、というか二次元多様体。
あるいは、画布=「平面X、Y」と、身体=「運動t」との関数として記述された世界。
ところで、注意するまでもなくこれはほとんど命題2および命題3と同義である。とすれば、

命題4:「『東京』とは『二次元多様体』である」
命題5:「『東京』は『空隙モデル』の作動可能なアルゴリズムである」

5──同一スケ─ルの航空写真(ここでは西麻布、六本木周辺)に重ねられた「空隙モデルNo.2」

5──同一スケ─ルの航空写真(ここでは西麻布、六本木周辺)に重ねられた「空隙モデルNo.2」

「東京」は「空隙モデル」が何重にも降り積もりその痕跡すら失われた世界ではないか。そしてわれわれがときおり観測する「空隙モデル」とは、建築そのものが何かのキッカケでふと動く微かな記憶の振動ではなかろうか。建築の「大域」性がその記憶だ。だから、限りなく均質に近いひび割れに覆われた「空隙都市」の中に、建築の「局所」的表現としてうっすらと固有の軌道を記録する「空隙モデル」とは、言葉にならない記憶、沈黙の脳波なのかもしれない。つまりは固有の曲率をもつ。というわけで、

命題6:「任意の『建築』はそれに対応する固有の『大域』的幾何学をもつ」
命題7:「『空隙モデル』とは、『建築』の『大域』的幾何学を『局所』的に『曲率』によって記述する」

なんだか難しくなってきたが、直観的にわかりやすく言うなら、「空隙モデル」が常に「建築」をはみ出していることが、抑圧の限界を超えて拡がろうとする「建築」の衝動を感じさせる、と同時にわれわれの採集した「空隙モデル」につきまとうどこか湾曲した感じが、非ユークリッド的な(リーマン幾何でもロバチェフスキー幾何でもよいが)「大域性」の存在を予想させるということである(そんな感じだと思う)。そしてこれらの命題からすぐに、

命題8:「『空隙モデル』の無限集合が『東京』=『ポロック場』である」


「16の空隙都市」──《空地・空洞・空隙》(ギャラリ─間)に展示された16枚の写真。都心の密集する建物と建物の間に律儀に残された奇妙な「空隙」、切れ切れに裁断され打ち捨てられた「空間」なき空間、「光」と「闇」とを縫い合わせる「縁」、または東京唯一の誰のものでもない開放ネットワ─ク、そして来たるべき「都市」の16のタイプ

「六点の空地絵画」──《空地・空洞・空隙》に展示された6枚のアンフォルメル・タブロ─1200×1200変形50号。この写真では見え難いものもあるが、一見自由そうに見えて実はどの絵にもそれぞれ厳格なシステムが強制されている。たとえばグリッド、ピッチ、ストライプ、リズム、等々。気侭な逸脱と強制的な制限、果てのない拡がりと機械的な反復、自由と権力、TV画像と走査線……。つまり現代のわれわれに与えられた「空地」の風景画。あるいは「閉曲面」のマチエ─ル・サンプル

一昨年の夏、「ギャラリー間」で展示した物質試行35《空地・空洞・空隙》に展示した家具〈アンジェリコ〉はその名前が示す通り、サン・マルコ修道院にあるフラ・アンジェリコの宗教画《最後の審判》に起源を持っている。その「絵画」の中央部分に描かれた、おそらく墓地だと思うが、四角の開口が反復する不思議に新鮮な建築性に惹かれて、これを「模型」=「モデル」化しようと考えた。そのためには、この絵画から建築の部分のみ抽出し、それが一点透視法によって記述された世界の「写像」であることを逆利用して平面上にもう一度変換し直す必要がある。その手続きがこの図6〜9である。
これが、モデルとして作りたくなるほどの新鮮さ(あるいは「モダン」といってもいい)をわれわれに対して放射しているのはどうしてなのか今もってまだうまく言語化できないが、しかしこの絵を見たときに直観したことは、「アンジェリコ」が未だ「空間」の立ち現われてこない時代、「未だ建築が『建築』になってはいない歴史なき時間」に所属しているということだった。
その感覚はモティーフのイコン的意味からもたらされたのではない、時空を超えた一種の「大域」的共振としてである。というのもその宗教的含意もよくわからぬうちにいち早く反応し、そして同時に気づくのは、われわれの所属する現代とは「すでに建築が『建築』ではなくなった時間」ではないのかということである。「未だ」と「すでに」を変換すればあとは同じだ。
空間が「空間」ではなくなった時代といってもよい。ほとんどバロックにその起源があり「人間」という概念とともにあった双対概念「空間」。空間が「空間」でなくなること、ドゥルーズならこれを「消尽する空間」というだろう。「空間を尽くすことは、あらゆる出会いを不可能にしてその潜在性を減衰させることである」(G・ドゥルーズ『消尽したもの』宇野邦一訳)。そこで、

命題9:「歴史の幾何学において『アンジェリコ世界』と『現代』とは同値同相である」

6──フラ・アンジェリコによる宗教画《最後の審判》の墓地の部分から、開口および蓋のみを抽出しリライトしたもの

6──フラ・アンジェリコによる宗教画《最後の審判》の墓地の部分から、開口および蓋のみを抽出しリライトしたもの

7──蓋の位置と形態および厚みについての解析図

7──蓋の位置と形態および厚みについての解析図

8──開口部の比率と消点との関係解析図

8──開口部の比率と消点との関係解析図


9──一点透視の座標系に落とされた「写像」(図6〜図8)から逆算して得られた平面解析図。これが家具〈アンジェリコ〉上面のディテ─ルを決定している

9──一点透視の座標系に落とされた「写像」(図6〜図8)から逆算して得られた平面解析図。これが家具〈アンジェリコ〉上面のディテ─ルを決定している


両側面図

両側面図

両側面図

両側面図

蓋を閉じたときの平面図

蓋を閉じたときの平面図

蓋を開けたときの平面図

蓋を開けたときの平面図

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政


写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

写真:藤塚光政

家具〈アンジェリコ〉、《空地・空洞・空隙》に展示。長さ5m20cm、幅2m60cm、高さ1m20cm。これと同じ高さに強化ガラスを水平に敷きつめ、外部のスペ─スいっぱいに〈アンジェリコ〉の水準を延長している。フラ・アンジェリコの「絵画」=二次元多様体から、「建築」=三次元空間への座標変換(図6〜9参照)、したがって、これは「家具」であると同時に、「世界モデル」であり、「都市モデル」であり、「建築モデル」でもある。

家具の上面はアンジェリコのプランに忠実に従えばよかったが、側面および内部については地面の中に埋まっていて何の手掛かりもなかったので、われわれがアンジェリコのつもりで設計するしかほかにやりようがなかった。だからこの内部こそわれわれがもっとも関心をはらった部分であり、また苦労したところでもあったが、作ったものはスミからスミまで効果的に見せたがるその頃の時代風潮に逆らって、会場では蓋は閉じたまま中を見せずに展示したのであった。
家具〈アンジェリコ〉の「表面」を分解してそれぞれ抽象的に表現してみる[図10]。すると〈アンジェリコ〉はふたつの「表面」と、これらを張り合わせる「ヘリ」(上面に空けられた二八個の穴の縁)からなることがわかる。ここでいう「ふたつ」という意味は、形が違うとか、空間のプロポーションが異なるとか、色やマテリアルが違うといったレベルの問題ではない。それは「世界」の違いを示す。その違いはロートレアモンの「ミシン」と「こうもり傘」の比ではない。出会うことすらあり得ない絶対的「違い」。だから、それははるかにヒルベルトの「テーブル」と「ビールジョッキ」の水準である。
もう少し具体的にいうと、そのひとつであるAは〈アンジェリコ〉の外側をとぎれなく覆っている「閉曲面」F1であり、もうひとつのBは〈アンジェリコ〉の内側(蓋の中にあって見えなかった部分)をとぎれなく覆っている「閉曲面」F2である。「閉曲面」F1及びF2は、どちらの「表面」の上をいくら辿っていっても決して出会うことのない別々の拡がりであって、一方がもう一方に切り込むことはない。
これまでの「建築パース」的、「アクソメ」的な目でウカツにこれを見ると、〈アンジェリコ〉の側面を貫通している幾本かの「空隙」部分を「閉曲面」F1及びF2が共有しているように思われるかもしれないが、各々その部分ではたしかによく似た形状をトレースしているもののあくまでも裏と表で行き違っており、一方の面が相手の面を突き破って飛びだしたりはしていない。実際に少なくとも板の厚み分は離れているのだ。
さて、ところで蓋に空いた開口部にあたるCは、明らかにどちらの「閉曲面」にとっても「穴」つまり「ヘリ」である閉曲線によって囲まれたものだ。ということは、「閉曲面」F1と「閉曲面」F2とは「ヘリ」であるCによってピッタリ張り合わされて(縫い合わすというほうがわかりやすいか)いることになる。
ついでに間違えないようにもうひとつ注意しておくと、「閉曲面」とは面が途切れずに連続的に繋がって全体が閉じていることを言うのであって、視覚的にグネグネ曲がっているとか曲がっていないとかではない。ここでの「曲面」とは世界が中断されずにどこまでも「滑らか」に拡がる状態のことだ。面がそこでたとえ鋭角で折れ曲がっても「滑らか」な角である場合は十分あり得る。また反対に、視覚的に同一面に見えてもそこに「ヘリ」があれば「滑らか」とはならない。で、

命題10:「ふたつの『閉曲面』を、二八の『ヘリ』によって張り合わせたものが〈アンジェリコ〉である」

10──家具〈アンジェリコ〉表面分解解析図。下から「閉曲面」F1、「閉曲面」F2、28個の「ヘリ」

10──家具〈アンジェリコ〉表面分解解析図。下から「閉曲面」F1、「閉曲面」F2、28個の「ヘリ」

ところで蓋の中に隠されていた「内部」にあたる「閉曲面」F2は、いわば「闇」である(「内部」という言葉もこうしてみると随分漠然とした概念だ、と思う)。
アンジェリコ自身もタブローの中で、リズミカルに反復する四角い開口部の中に垣間見えるその部分を真っ黒に塗り潰している。アンジェリコが考えたその世界は「最後の審判」に呼び出される人々(それは死者たちであり、そしてきっとわれわれだろう)の棲む、漆黒の「闇」に包まれたガランドウの「空洞」だったかもしれない。この図像学的な意味についても興味は尽きないがここでは美術史家にまかせて先を急ぐ。
そこで、いきなり飛躍するようだが「建築・闇」仮説というものがある。これについては最近「白日の闇」というタイトルでミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パヴィリオンに則してやや詳しく書いてみたので(『みすず』一九九三年一〇月)、興味のあるかたは面倒だけどそっちを読んでもらうことにして、今は直截にここの文脈にそって要約すると、バルセロナ・パヴィリオンの示す世界とは、「闇」と「光」とを、ほかならぬこのバルセロナ・パヴィリオンそのものを「ヘリ」にして背中合わせに貼りつけたものだ(ということになるんだけど難しいか)。
では少し不正確になる覚悟でやさしくいうと、建築には、建築以外のほかのものには見出せない能力のひとつに「闇」を作り出せるというのがあり(絵や音楽や文学や映画にそれを頼んでもフィジカルにはまず無理だろう)、建築が「在る」のは、実は見ることのできない「闇」においてであって、この「闇」=「建築」はいつもは「ヘリ」が無くどこまでもとめどなく拡がっているものだ。つまり「大域」的である。そして「光」が、この無限定な「闇」に「ヘリ」を与えることによって、言い換えれば「局所」化することで逆説的に「闇」の、すなわち「建築」の「大域性」をわれわれに予想可能にするのである。
この「建築・闇」仮説のメリットは、「光」と「闇」とをパレットで混ぜ合わせてゴテゴテと一枚のタブローに仕上げる感じがしない点だろう。それは絶対に混ざらない「異質性」としてある。一見浸透し合っているかに見えてもミクロではそれぞれ別次元にコンパクト化され合体することのない「闇」と「光」の独立した裸の微粒子。
そしてバルセロナ・パヴィリオンという「建築」の奇跡は、「建築」そのものが「光」と「闇」の「ヘリ」となっていることだ。それがどういう状態かは今のレプリカでも構わないからバルセロナに行って見てもらうしかないが、そこで経験するのは一言でいえばすべてがヒックリ返った感じである(この気分はなかなかうまくいえないけど)。
ここで命題10を思い出すと、それは「ふたつの『閉曲面』を『ヘリ』によって張り合わせたものが〈アンジェリコ〉」なのであったから、これに「闇」と「光」とを「閉曲面」のF1 とF2に代入すれば、

命題11:「『アンジェリコ』は『光』と『闇』とが『ヘリ』で張り合わさったものと同値である」

「閉曲面」はデカルト的幾何学のもとで認識されるような「形態」には定義上、すこしも左右されない。そこで〈アンジェリコ〉から得られた「閉曲面」をトポロジストがよくやるように、伸縮自在のゴムの膜でできた浮袋か水枕のようなものと仮定して変形を加えてみる。すると家具〈アンジェリコ〉の側面に空いている十字形、H型、□型、〇型、等々の断面形状の異なる「穴」は、どれも同じ断面形状の「穴」にしてしまうことができるだろう。また面を破らない限りどこにその「穴」を移動させようと自由である。
しかし「穴」それ自体を無くしてしまうことは絶対にできないのだ(これだけハナシをルーズにした上で数学者たちが断言するこの「絶対に」はかなりスゴイ、と思う)。
その調子で書き直したのが図11、12である。これが〈アンジェリコ〉だと思うとヘンな気もするが、しかしどこか同じようにも見えるから不思議である。そこから、

命題12:「『形』『比例』『部位』『材料』によっては分節化されない世界が『閉曲面』である」

11──「閉曲面」F1──「光」の概念図。種数52のト─ラス。分散する「穴」の位置を段階的に移動させひとつの面に集めて、位相の様子をわかりやすくしている

11──「閉曲面」F1──「光」の概念図。種数52のト─ラス。分散する「穴」の位置を段階的に移動させひとつの面に集めて、位相の様子をわかりやすくしている

12──「閉曲面」F2──「闇」の概念図。種数8のト─ラス。「穴」の形状がル─ズに変形している(ただし図11、図12とも、「閉曲面」自身の「穴」に限定し、それぞれの「閉曲面」の「ヘリ」になっている蓋に空けられた28個の「穴」は除く)

12──「閉曲面」F2──「闇」の概念図。種数8のト─ラス。「穴」の形状がル─ズに変形している(ただし図11、図12とも、「閉曲面」自身の「穴」に限定し、それぞれの「閉曲面」の「ヘリ」になっている蓋に空けられた28個の「穴」は除く)

13──物質試行36「プロジェクトK2」(1993 年)に見られる「閉曲面」。下から順に、「閉曲面」での局所的な「面」の繋がり具合。建築の座標系に埋め込まれた状態での「閉曲面」。建築から概念的に取り出された12の「閉曲面」。

13──物質試行36「プロジェクトK2」(1993
年)に見られる「閉曲面」。下から順に、「閉曲面」での局所的な「面」の繋がり具合。建築の座標系に埋め込まれた状態での「閉曲面」。建築から概念的に取り出された12の「閉曲面」。

こうしてみると形や部品や材質に惑わされてそれほど注意していなかった「穴」の数に関心が向く(アンジェリコの《最後の審判》を見て、いきなり墓地に描かれている夥しい穴の数をシッカリ数えるひとがどのくらいいるだろう)。
あちこち空いている「穴」を、「閉曲面」を変形しながら数えやすくひとつの面に集めてみる。ただし「閉曲面」自身の「穴」に限って勘定し、「閉曲面」の「ヘリ」になってしまう蓋の「穴」は考えない。すると「閉曲面」F1には明らかに二種の「穴」があって、一種類は内部の「闇」部分の「空洞」を貫いているもので八個、もう一種類は脚部に列柱状に空いた「穴」で左右二二個づつ合わせて四四個である。分かりやすく図のようにひとつの面にそろえてしまうと両方合わせて全部で五二個である。
またもう一方の「閉曲面」であるF2の「穴」は合計八個である。
こうしてF1は種数五二のトーラス、F2は種数八のトーラスであることがハッキリする。トポロジー的には、この種数すなわちジーナスの違いが決定的で面白いらしいが、われわれにはまだその実感が湧かない(そのうち急にワクかもしれないけど、いまのところはあんまり感じない)。
でも、

命題13:「『アンジェリコ』はそれぞれ二八個の『ヘリ』をもつ、種数五二の『トーラス』と種数八の『トーラス』からなる」

これを言い換えるとちょっと面白い。

命題14:「『アンジェリコ』は五二個の『穴』の空いた『光』と、八個の『穴』の空いた『闇』からなる世界である」

14──東京における〈地・図〉(青山、西麻布周辺)

14──東京における〈地・図〉(青山、西麻布周辺)

むしろ「建築」的にこの変貌過程の図が面白いのは「空隙」部分を滑らかな「場」の中の「穴」として考えると、その「閉曲面」の中身がソリッドであろうとヴォイドであろうと、もはやなんの関係もなくなることである。滑らかな「場」に在ること、それは「表面」そのものの上で考えることだ。つまり観測者は隔りの次元を欠いており、あるのはどこまでも目の眩む圧倒的な「間近さ」だけである。したがって識別できるのは「表面」が連続か不連続かであって「表面」が作りだす全体を、高みから神のように観察することはできない。
それは手さぐりの「表面」上の移動だ。疾走する「盲目的次元」といってもよい。ここでもまた次元数をひとつ欠いて、その代わり「運動」を獲得した「平面」が現われる。そこで、

命題15:「『閉曲面』もまた『建築』を『平面』の『運動』によって記述する」

ついでにここで命題3を呼び出して「『閉曲面』と『空隙モデル』は位相同値である」といきたいところだが、残念だがそうはならない。というのも、最近「閉曲面」が、われわれにとって明らかに「建築」がまだハッキリしない段階で早くもやってくるからである。
つまり「閉曲面」は、認識のための「空隙モデル」=「ミネルヴァの梟」と違って、その反対に、ものごとのはじめからわれわれの「判断力」に働きかけるのだ。したがってここは経験的に、

命題16:「『閉曲面』はかならず『建築』よりも早い」

「滑らかな場」が「表面そのもの」の繋がり具合いだけを問題にするなら、「空隙」はなにかの「充実」を貫通してくり抜かれた開口であろうと、なにもない「空洞」の中を横切る梁やダクトであろうと同相なのだ。
この考え方を拡張すると、われわれが習慣的に理解しているようなネガとポジとで完結する単純な空間世界ではなくなり、たとえば「空洞」に別種の「空洞」を埋め込んだり、「空隙」に異種の「空隙」を差し込んだり、また「内実」の中にまるっきり異質な「内実」をねじ込むことも可能だろう。というわけで、

命題17:「『閉曲面』は『空虚ヴオイド』/『充実ソリツド』の二項対立公理から自由である」

なにもないこと。それを「不在」とか「空虚」とかシニカルに言ってみせるのはたやすい。しかしそれではあまりに漠としてただ空気を悪くするだけだ。その代わりこれをポジティヴに、具体的に、即物的に、つまり「物質」的に取り出すことは思いのほか困難である(いやまったく)。だからこの断章は、いってみれば「次元差の物質試行」とでもいうべきそのほんの端緒にすぎない。

15──「佐木島プロジェクト」(現在進行中)に見られる「閉曲面」の四つのタイプ

15──「佐木島プロジェクト」(現在進行中)に見られる「閉曲面」の四つのタイプ

>鈴木了二(スズキ・リョウジ)

1944年生
早稲田大学教授(芸術学校校長)。鈴木了二建築計画事務所主宰。建築家。

>『10+1』 No.01

特集=ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容

>コーリン・ロウ

1920年 - 1999年
建築批評。コーネル大学教授。

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>ミース・ファン・デル・ローエ

1886年 - 1969年
建築家。