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02:サイバースペース──対面から体現へ | 田中浩也
Cyberspace- from Envisioning to Embodying | Hiroya Tanaka
掲載『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) pp.78-83

二〇〇〇年夏、アメリカ各地のデジタル系建築家、建築や空間にアプローチする情報系研究者の取材を行なった。コンピュータによって作り出される情報空間(この論では広い意味で捉えてサイバースペースと呼ぶ)を形態生成シミュレーションの場とする試みではなく、いかにして現実空間にサイバースペースを組み込み、その相互連動によって新しい機能を持った時空間──広義のアーキテクチャーを設計しうるのか、その実例を数多く体験しておくことが目的であった。サイバースペースを用いた建築の「設計方法」、あるいは「設計プロセス」の拡張可能性はすでに出尽くしているように思われる。言うまでもないことだが、この一〇年は、設計方法の拡張がCAD等による「手の拡張」から「脳の拡張」の段階へと推移した時代である。サイバースペースという語は、次の『imidas(イミダス)』の記載からも明白に読み取れるように、「空間性」と「社会性」という二重の意味を持ち、それぞれ人間の右脳的側面と左脳的側面を拡張する役割を果たしてきた。

「サイバースペース」
(1)電脳空間。コンピューターグラフィックスなどで表現され、疑似体験できる空想上の空間。
(2)コンピューターネットワーク上に作り出される仮想的な世界。 (『imidas』[集英社、二〇〇〇])


第一の意味のサイバースペースは、「没入ジャックイン」する三次元仮想空間を意味し、設計における右脳的側面の拡張──すなわち、新しい感覚的イメージの探求へと建築家を駆り立てた。いわゆる「生成派」と呼ばれる建築家は、コンピュータを用いて折り紙的に形態を操作したり、人工生命のプログラムを用いて自動発生させることを試みた。人間の想像力を超える多様な造形を得るため、あるいは周辺の環境条件から論理的に形態を導き出すための場としてサイバースペースは機能する。第二の意味のサイバースペースは、「接続」没入ジャックインする電子社会空間であり、左脳的側面の拡張──ネットワーク上での情報伝達や知識共有、遠隔地コラボレーション、コミュニケーションの可能性を開いた。「共有脳」を新しい創造の出発点としようとするこの方向性は、ヒエラルキーの解体、非作家性、横つながりのユニット体制が志向される時代ともよく通じ合う。この大きな二つの流れは、まず設計対象を従来の物質的建築とする前提で捉えられてきた。さらに別の次元の試みとして、サイバースペースそのものを建築の場と捉える「サイバーアーキテクチャー」の構想がある。多様な解釈が可能なこの語であるが、これまでのところ、前述の二つの意味の「サイバースペース」の合流点、すなわち無限に広がる電子社会空間に「没入ジャックイン」し「操 作ナビゲーション」するためのアーキテクチャーの設計(多くの場合は三次元インターフェイスの設計)という意味で捉えられてきた感がある。
(情報分野には、ほぼ同義の「インフォメーション・アーキテクチャー」という語があるが、微妙にニュアンスが異なる)。

現在「サイバースペース」の意味を再定義するならば、それはもはやモニターの向こう側だけに存在する空間ではない。光ファイバーで結ばれるネットワーク家電、あるいは携帯電話に代表されるワイヤレスなネットワークによって、情報は空気のようにわれわれを包み込み、環境の一部となっている。大仰な装置を介して「没入ジャックイン」する必要すらないほど、サイバースペースは物理空間を包み込んでいる。サイバースペースにおける建築を提唱するマーコス・ノヴァックは、かつて「将来的に人間と情報の現在の関係が逆転して、人間は情報空間内部に含まれる」★一と述べた。であるがゆえに「サイバースペースの問題は建築の問題である」★二としたのである。ここ数年の携帯電話やGPSの発展によって、それは十分に実感できる段階に達したのではないだろうか。サイバースペースと物理的空間が同時にわれわれの身体を取り囲んでいる以上、それらを独立のものと考えず、二つの空間の連携を図ろうとする試みが必要となろう。建築の側から言うならば、「光や水、風といったものと等価な要素としてサイバースペースを捉え、建築そのものにサイバースペースを取り込むこと」である。かつてアーキグラムやアーキズーム、スーパースタジオらが構想した「サイバネティックな環境(見えない建築)」。テクノロジー的にそれらがすべて可能となった現代、さらなる未来形を思考し実践することが、建築家にも求められるだろう。

相互補完する物理的建築とサイバーアーキテクチャー──二〇〇〇年七月二日、ニューヨーク、アシンプトート

サイバースペースとのインターフェイスを四つに分類して建築的試行を報告してみたい。ひとつは、固定されたモニターのような、対面分離型。二つめは、空間的なスクリーンが身体を取り囲む、没入型。三つめは、視覚以外の感覚に訴えるアンビエント型。最後は、モバイル・ウェアラブル・コンピュータのような、移動携帯型である。建築家ハニ・ラシッドが主宰するニューヨークの建築事務所アシンプトートは、物理的建築とサイバーアーキテクチャーを一対のものとしてデザインし、それぞれに相互補完する機能を持たせることを試みている。《ニューヨーク証券取引所》[図1・2]では、実在の建築空間のなかに、多数のモニターが配置されており、そこには証券取引所の内部を再現したモデルに、本来不可視である情報の流れや人間の活動が立体的に可視化されて重ね合わされている。証券業務は、サイバースペースにアクセスし、情報検索を行ない、示される誘導ルートを参考に実空間を移動することによって行なう。サイバースペース上では過去のデータ調査や、将来予測など、時間を横断して情報にアクセスできる。さらにすべての情報が実空間の位置と対応して表示されるように仕組まれている。これにより、ユーザーの知覚を媒介として二つの空間が連動し、全体の機能が発現する。これは第一のタイプのインターフェイスを空間的に配置して利用した例である。物理空間の設計も、インターフェイスを組み込むことにより、機能的制約から解放され、移動の自由度を高めるようにできたという。クライアントは、物理空間とサイバースペースのデザインすべてを建築家に依頼することを、計画の初期から決定していたそうである。これは建築家が新しい空間的情報循環システム、広義のアーキテクチャーに取り組んだ例ともいえよう。
続くプロジェクトである「ヴァーチュアル・グッゲンハイム美術館」も、まもなくオープンする[図3・4]。このような、物理的な空間機能の一部を代替するコンピュータ・システムは、現在、軍事・経済関連施設をはじめ、世界中の図書館・美術館・学校で導入され始めている。これらを独立に設計するのではなく、物理的建築と呼応させるための職能は、今後も必要とされるであろう。

1、2──《ニューヨーク証券取引所》 〈Virtual Trading Floor-NewYork Stock  Exchange〉Asymptote作成  出典=http://www.asymptoto-architecture.co. /digital.htm

1、2──《ニューヨーク証券取引所》
〈Virtual Trading Floor-NewYork Stock
Exchange〉Asymptote作成 
出典=http://www.asymptoto-architecture.co.
/digital.htm


3、4──ヴァーチュアル・グッゲンハイム美術館〈Guggenheim Virtual Museum〉Asymptote作成 ともに出典=http://www.asymptoto-architecture.com/digital.htm

3、4──ヴァーチュアル・グッゲンハイム美術館〈Guggenheim Virtual Museum〉Asymptote作成
ともに出典=http://www.asymptoto-architecture.com/digital.htm

身体性を持った視覚の外転装置──二〇〇〇年七月一日、ニューヨーク、ハイパーサーフィス・システムズ

建築の壁面そのものを巨大なスクリーンとしようとする試みは、皮膜や表層の表現に集中していくタイプの建築の派生形とも捉えられよう。すべてのキャラクターに焦点が合った、コンピュータのデスクトップのような視界を「スーパーフラット」と呼ぶならば、渋谷の駅前の視界は、すべてのスクリーンが平面的に見渡せる状態にあり、スーパーフラット・ランドスケープの典型例である。日本は、現在このような平面的巨大スクリーンの設置が各地で進んでいる状況にある。一方で、コロンビア大学のステファン・ペレラは、「ハイパーサーフィス・アーキテクチャー」の概念を提唱する。この概念は、同じスクリーン建築を主題としながらも、「スーパーフラット」とは正反対の展開を見せている点が興味深い。ペレラは、スクリーンを曲面化して建築に組み込むことを試みる。来訪者は、曲げられ捻られたスクリーンに向き合っても、映し出された情報を一瞥で捉えることができない。そこに新しいアフォーダンスが発生し、自発的な身体移動や探索が促される。建築がスクリーン化されると同時に、スクリーンが建築化されるのである。現実空間とサイバースペースは対置されるのではなく立体的に交差する。表示される映像は、曲面の形状とスケール、人間の知覚速度と運動速度に応じて変化する。これは、スクリーンをそのまま巨大化して設置するのとは、まるで意味が異なるといえよう。ペレラは、自らの概念を、石の多重性によって陰影を強調された《サグラダ・ファミリア》、チタニウム曲面によって風景を乱反射させ、時間とともにダイナミックに表面が変化する《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》等、建築の表面に深度を与えようとする試みの延長上に位置付ける。複雑な反射・屈折・透過や、無限の凹凸のなかに実在の風景を拡散させていこうとする方向性をさらに押し進め、「すべての表面が窓(視覚の外転装置)となる」状態にまで昇華せんとする。事実、ニューヨークのタイムズ・スクエアには、長年の都市計画のもと多数のスクリーン建築群が建設されたが、そのほとんどが曲面であり、敢えて一定の方向を向かないよう配置されている。

視覚から触覚へ、流体から気体へ、見えない建築──二〇〇〇年六月二九日、ボストン、MITメディア・ラボ──二〇〇〇年七月七日、ロサンゼルス、マーコス・ノヴァック

「ハイパーサーフィス」のキーワードは、建築の外部ではなく内部をスクリーン化しようと試み、すなわち第二のタイプのインターフェイスも同時に射程に収める。例えば、オランダのカス・オーステルハイスは、自由に変形するフレキシブル・スキンを用いたスクリーン空間をデザインし、人間と人工物の共同進化を掲げる[図5・6]。空間全体をサイバースペースで包み込もうとする試みは、さらに視覚以外の全感覚的な装置へと進行している。第三のインターフェイスの代表例として挙げられるのが、MITメディア・ラボの「アンビエント・ルーム」である。光や音、風や水をサイバースペースからの情報出力装置として用い、身体全体に「情報の気配」を感じられるようにデザインされている。証券取引の状況、メールの着信量、他者の訪問等、情報がすべて非物質として環境のなかに溶け込むことによって、全感覚を通じてサイバースペースが触知可能となる。マーコス・ノヴァックが、二〇〇〇年のヴェネツィア・ビエンナーレで行なった「インヴィジブル・アーキテクチャー」というインスタレーションは、不可視なものを最も新しいマテリアルとして提案し、赤外線センサーやカメラによって「見えない建築」を生成する試みである。見えない空間は、ユーザーとの音響的・触覚的なインタラクションによって知覚可能となる。この「インヴィジブル・アーキテクチャー」は氏の提唱する「トランスアーキテクチャー」の発現のひとつであるという。ノヴァックはこう述べている。

最初に、トランスアーキテクチャーは、情報空間となじみの物理空間の両方の内部に存在するために、二重化する。第二に、それぞれの分岐は、見えるかたちと見えないかたちに再二重化する。サイバースペースの内部では、トランスアーキテクチャーの可視的な側面が、空想性を秘めたかたちで活性化されてきた。(…中略…)トランスアーキテクチャーの可視的な側面は、われわれが普通住まう建築と等しいものだ。一方、不可視な側面は、物理的な容器を何倍にも増やして創造し、活性化させる。それは検知し、知的に振る舞い、そしてわれわれを他の物理的空間あるいは仮想空間に連結する、空間の区域を確立しながら行なわれる★三。


このインスタレーションでは、見えないかたちへと分岐したトランスアーキテクチャーが、空気のような「知性を持った容器」となって具現化された。その容器の動態は、もはや設計されたものではなく、利用者が自由に呼び出し、変形し、消すこともできる生成的なものである。ノヴァック、クリスチャン・メラーらを始めとする一部建築家は、テクノロジーによって操作可能となった非物質、不可視のマテリアルを建築言語に組み込み、より多変数な「空間の様態」の提案を続けている。

5、6──〈Space Station Module〉Kas oosterhuis作成 出典=http://www.oosterhuis.nl/flashsite/index.htm

5、6──〈Space Station Module〉Kas oosterhuis作成
出典=http://www.oosterhuis.nl/flashsite/index.htm

携帯ネットワークが生み出す心理的空間──二〇〇〇年七月一一日以降、日本

取材旅行を終えて帰国した後、筆者が関わったほとんどのプロジェクトで共通に上がった話題が、第四のインターフェイス・携帯端末についてであった(アメリカでは普及度がまだそれほど高くない)。われわれは地上のケーブルラインに制約されることなく、衛星を経由したワイヤレスなネットワークによって、地球上のどの位置からでもサイバースペースにアクセスできる。すでに物理空間と情報空間のすべての位置は電子的に接続されている[図7・8]。ケーブルラインのネットワーク──例えば鉄道等の交通空間──が、二点間の「接続関係」と「時間的距離」によって構成されるヴェクトル空間であるのに対して、ワイヤレス・ネットワークは「接続関係」とユーザー個々の「心理的距離」によって形成されるトポロジー空間である★四。この場合の「心理的距離」とは、「興味」や「関心」、「欲望」と言い換えてもよい。また、「サイバースペースにアクセスしない」といった情報拒否の状態も含まれる。現在、建築の領域では「場」のデザイン、「状況」のデザイン、「時空間」のデザインといった言葉が頻繁に語られる。しかし、人と人・人と空間の流動的な関係を対象とするには、もはや固定的な容器だけでは不十分な場合も多い。家族の器は、住居から携帯ネットワークへ、オフィスもSOHOからモバイルで結ばれたネットワーク上へと移行しつつある★五。住居やオフィスが無くなるというわけではない。携帯で結ばれるネットワーク空間に、仮想住居のようなものを作ることも無意味だろう(われわれはサイバースペースでは眠らない)。必要とされているのは、携帯ネットワーク上に、新しい心理的空間──人と人を包み込む「見えない容器」、あるいは「繋がり」のようなもの──をデザインすることだと思われる★六。それは、従来の住居を補完し、新しいコミュニケーションやインタラクションの原理をも内包する、アーキテクチャーとも言えよう。新しい空間は、つねに新しいコミュニケーションと不可分であり、一方が一方を導く関係にある。携帯ネットワークを含め、非ユークリッド・非連続空間での、コミュニケーションやアーキテクチャーは、今後のデザインの対象として重要性を帯びてこよう。

7、8──〈Transmigration City〉筆者作成 出典=http://www.spacetimedesigns.org/jpg/t1.jpgおよび http://www.spacetimedesigns.org/jpg/t2.jpg

7、8──〈Transmigration City〉筆者作成
出典=http://www.spacetimedesigns.org/jpg/t1.jpgおよび
http://www.spacetimedesigns.org/jpg/t2.jpg

多変数空間、多次元時空間──二〇〇〇年一〇月一五日、日本

四タイプのインターフェイスに分類して現状を報告し、サイバースペースのデザインが、単なる「視覚的なイメージの追求」を超えた段階で、建築の問題と不可分であることを述べた。さらに別の角度から、今後探求されると思われる三つの方向性を整理したい。第一の方向性は、視覚を含めた、聴覚、触覚、臭覚など、全感覚的な刺激を与えるアンビエントな空間の設計である。五感の探求は、もはやそれぞれを独立して捉えることは不可能である。「視聴覚」のみならず「触臭覚」、「視臭覚」など、あらゆる感覚の再統合化と原理の再構築が不可欠である。ヴァーチュアル・リアリティの分野では、このような人間の身体感覚についての再考が進められているが、建築家が空間の快適性を追求する際にも見逃せない領域となろう。第二の方向性は、時間と空間を連続的に捉え、広く居住可能性、適応性、コミュニケーション、インタラクションに働きかける「アルゴリズムそのもの」の設計である。「関係性」や「機能」のデザインと呼んでもよいだろう。時間軸と空間軸の差異は、移動が一方向のみか双方向可能かという点にしかない。両者を横断した四次元時空間におけるデザイン言語、表記法(ノーテーション)の体系化が必要であろう。これは「コンピュータ・アーキテクチャー」におけるダイヤグラム、ヴィジュアルプログラミングの方向性とも共鳴する。第三の方向性は、サイバースペースによって発生する、新しい知覚と認識の探求である。サイバースペースは、もはや「スペース」という語では括りきれないほどに、通常の三次元ユークリッド空間からはかけ離れた性質をもつ。であるがゆえに、われわれに新しい空間認知の可能性を開いていく。仮想の空間ではなく、ネットワーク上に発生した空間を論じなければならない。例を出そう。サイバースペースが本質的に「多次元空間」であることは度々指摘されてきた。マイケル・ベネディクトは、「三次元以下の空間に分割して畳み込む(展開法)」という多次元の視覚化方法を提案した。三次元世界に住むわれわれには、そのように日常に引き戻して理解するしかない、というのが現在のところの通説である。しかし、サイバースペースの可能性はそれを超える。筆者の個人的な研究であるが、およそ二つのステップにより、人間は多次元空間を直接知覚できる。まず、多次元空間を三次元に分割することなく、全次元が同等に射影された状態としてサイバースペースで体験すること(高次元から低次元)。次に、二次元から三次元へ移行する際の挙動を参照しながら、三次元から四次元、四次元から五次元、とボトムアップ的に理解範囲を拡張していくこと(低次元から高次元)。二次元の影を見て、その実体である三次元物体を連想する能力が、さらに高められるのだ[図9]。その際に重要なのは、「次元間」に何が発生するかを見極めることであろう。「次元間」とは極めて建築的なテーマでもある。これまで建築は二次元と三次元の往復で語られてきた。しかし空間的四次元は、三次元空間の諸関係を完全に整理し、再統合する。サイバースペースは、新しい意識のトレーニングと経験の場でもある。さらに五次元、六次元……へ向けて、人間の認知と創造性は拡大されていくだろう。

9──〈心理的距離のプロセス化〉筆者監修

9──〈心理的距離のプロセス化〉筆者監修


10──4次元迷路 野中洋志作成 出典=http://www.vector.co.jp/soft/win95/game/se076734.html

10──4次元迷路 野中洋志作成
出典=http://www.vector.co.jp/soft/win95/game/se076734.html

新しいアーキテクチャーに向けて──二〇〇〇年六月一六日、日本

この論で扱った範囲を「サイバースペース」という語で括るのが適切かどうかは、もはや分からない。ネーミングの問題はさておき、いまわれわれにできることは(少なくとも私にできることは)、可能な限り多くのプロジェクトとして、新しく発生した情報空間のイメージとその空間におけるアーキテクチャーの具体像を示すことである。取材旅行に前後して、ある建築グループ★七に参画する機会を得、実在の大学をベースとしたヴァーチュアル・ユニバーシティの提案を行なった。その内容は、およそ次のようなものである。
(1)、大学のあらゆる構成要素(人、コミュニティ、情報、場所等)にアカウント(STAR=Space-Time Account for a Resident)を与え、これらの時空間の集合体が新しい大学(UNIVERSE=Ubiquitous, Networked and Interdisciplinary Virtual Environment for Research, Study and Education)となる。これは人間・情報・時間・空間を総合的に扱うコミュニケーション・プラットフォームである。
(2)、ユーザーは「時空間スケジューラー」によって、過去から未来に至る自分の時空間を、まるで地図を描くように、あるいは作曲するようにデザインすることができる。情報を共有しあうことで、新しい活動や協働の機会を生み出し、大学生活を自由にカスタマイズできる。このスケジューラーは携帯端末上でも動作する。
(3)、大学の機能は物理的なキャンパス内だけでなく、サイバースペースや都市空間に浸透する。都市全体が大学となり、サイバースペースの大学は、アクティヴィティの高まりとともに、ネットワーク上に無限に広がっていく。

「公立はこだて未来大学」では、この提案と共通する試みがすでに実行に移されている。また、コミュニティ・カフェ、ポータブル・カフェの増加は、サイバースペースによって可能となった、新しいコミュニケーションや時空への意識が、実空間へのリンクとして顕在化したものとも捉えられる。二〇世紀の総括がほぼ終わった今、必要とされるのは未知の領域へ向かう想像力と実践であろう。サイバースペースは仮想ではなく、つねにわれわれの周りにある。

註 
★一──マーコス・ノヴァク「サイバースペースにおける流体的建築」(マイケル・ベネディクト編『サイバースペース』NTTヒューマンインタフェース研究所+鈴木圭介+山田和子訳、一九九四)。
★二──前掲論文。
★三──マーコス・ノヴァック「トランスアーキテクチャー──思惟のふちを建てること」(五十嵐太郎訳、『10+1』No.6、INAX出版、一九九六)。
★四──「ベクトル空間」には〈距離〉が存在する。この場合の〈距離〉とは〈物理的距離〉には限らない。鉄道の場合は〈移動時間〉が距離となる。「トポロジー空間」は一定の距離を持たない。私は無限の伸縮可能性を持つ〈心理的距離〉をパラメーターと考えた。
★五──家族、オフィスの変化については「トランスネットワークシティ・サバイバルミーティング#1・SOHOとケータイ──散開するワークスペース」(日本建築学会主催、二〇〇〇年五月九日)で議論された。URL=http://myu911.myu.ac.jp/tnc/。
★六──★一に同じ。
★七──松本文夫(プランネット・アーキテクチャーズ)、中西泰人(電気通信大学)、脇田玲(慶応義塾大学)、松川昌平(ゼロスタジオ)、倉持正之(ゼロスタジオ)、筆者と他一名で構成される。このチームでの活動が、今回の論のすべての土台となった。

[お詫びと訂正]
キャプション誤記の観取にあたり、以下の訂正を行ないました。

誤:9──〈心理的距離のプロセス化〉筆者作成
正:9──〈心理的距離のプロセス化〉筆者監修

誤:10──4次元迷路 野中洋志作成、筆者監修
正:10──4次元迷路  野中洋志作成

つきましては、関係各位にお詫びいたしますとともに、改めて訂正版を公開させていただきます。

>田中浩也(タナカ・ヒロヤ)

1975年生
慶応義塾大学環境情報学部准教授、国際メディア研究財団非常勤研究員、tEnt共同主宰。デザインエンジニア。

>『10+1』 No.22

特集=建築2001──40のナビゲーション

>マーコス・ノヴァック

建築家。サイバースペースにおける建築、アート作品を発表。。カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授。

>アーキグラム

イギリスの建築家集団。

>スーパーフラット

20世紀の終わりから21世紀の始まりにかけて現代美術家の村上隆が提言した、平板で...

>アフォーダンス

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが創出した造語で生態心理学の基底的...

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年 -
建築史。東北大学大学院工学研究科教授。

>松本文夫(マツモト・フミオ)

1959年 -
建築家。東京大学総合研究博物館特任准教授、プランネット・アーキテクチャーズ主宰、慶應大学非常勤講師。

>中西泰人(ナカニシ・ヤスト)

1970年 -
慶應義塾大学環境情報学部准教授。

>松川昌平(マツカワ・ショウヘイ)

1974年 -
建築家。000studio一級建築士事務所主宰。慶応義塾大学SFC環境情報学科非常勤講師、東京理科大学工学部建築学科非常勤講師。