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デジタル・コピーされる結婚式神社 | 五十嵐太郎
Digital Copy Wedding Shrine | Igarashi Taro
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) pp.37-39

前回の「日本人と結婚式教会」において、筆者は、ここ数年、各地で増加している結婚式専用の教会について論じた。これは新宗教建築研究の延長として位置づけているテーマだが、気になっている問題がある。はたして結婚式神社というものが存在するかどうかだ。少なくとも東海エリアの結婚式場をまわったときは、発見していない。なぜだろうか。
そこで筆者は、結婚式神社がない理由として、以下のような仮説をたてた。
第一に、神前式のシェアが減少し、キリスト教の結婚式が流行していること。そもそも巷の結婚情報誌は、教会式の紹介に終始している。教会式と神前式の両方を遂行できる式場だとしても、前者の写真ばかりが掲載される。写真一枚のスペースしかなければ、例外なく、チャペルを選ぶ。見積表やモデルプランの事例も、教会式に偏る。結婚情報誌のドレス特集は、実質的にウェディングドレスの紹介であって、和服の写真はわずかだ。表紙のモデルも同様である。ちなみに、東海圏のテレビでは、かなりの頻度で結婚式教会のCMが放映されている。だが、これでは結婚式神社が存在しない理由にはならない。第二に、神社における神前式を望んだとしても、すでに多くの神社が存在しているから、わざわざ式場の敷地内に独立型の神社を建設する必要がないこと(もちろん、フロア内にビルトインされた神社はすでに存在する)。一方、日本の人口の一パーセントしか信者がいないキリスト教は、需要と供給のバランスからいって、教会が圧倒的に不足している。そして第三に、日本人に関係が薄い教会なら許せるが、結婚式のためだけの神社をつくるのは、どこかはばかられること。宗教心の問題なので証明しにくいが、逆に欧米で結婚式教会が少ないのは、こうした理由によるものだろう。アメリカの場合、ラスヴェガスにウェディング・チャペルが集中しているのは、カジノ中心の人工都市が例外的な状況を許容するからではないか。
だが、最近、結婚式神社の存在も確認した。今春、中部大学から東北大学に異動し、仙台駅の近くを歩いていたときである。パレスへいあんを通りかかると、都心型の結婚式教会をもつだけではなく、屋上に巨大な神社がのっているではないか。教会は双塔のゴシック様式だが、神社は神明造のようだ[図1・2]。切妻平入りの形式で、屋根に千木と堅魚木がのっている。デパートやビルの屋上に小さな神社はあるけれど、パレスへいあんは大きな結婚式神社を建てているのだ。ホームページを調べると、「神前式(独立型)」とはっきり記されている。ともあれ、インテリアだけの屋内神社は数多いが、外観をもった神社は初めて遭遇した。ただし、結婚式場のデータをチェックすると、「独立型」の「神殿」を謳う式場としては、ほかにもウエディングリゾーツ閣南柏、「ひむか殿」を備えた福岡のウエディングリゾーツ・マツヤウィング、日本庭園に面して神社をもつブライダルホール白山、最上階のドームに建てたホテルモントレ仙台を確認できた★一。教会を優先的に紹介するせいか、ヴィジュアルは必ずしも掲載されていない。ゆえに、外観の分析はできないのだが、結婚式教会に比べると、結婚式神社は圧倒的に少ないと言えるだろう。
結婚式については、「提携神社」や「提携教会」という制度が存在し、最寄りの宗教施設を使えるホテルやレストランもあるようだ。『けっこんぴあ』二〇〇四年三月号のデータ・ファイルによれば、「ホテル・式場」が二三六件(独立型教会をもつ会場も含む)、「ウエディング・チャペル」が七件、「挙式のできる教会」が一二件、「挙式のできる神社」が一六件、「個性派ウエディングスポット」が六件(客船やヴィーナスフォートの広場を利用)登録されている。そこで挙式のできる教会と神社を比較したい。教会の場合、「挙式条件」として、初婚であること、牧師のオリエンテーションやカウンセリング、結婚準備セミナーにふたりで参加すること、礼拝に出席すること、直接来会して申し込むことなど、いくつかの項目を要求している。宗派別に見ると、やはりプロテスタントはゆるく、カトリックのほうが厳しい。例えば、建築関係者もたまに結婚式に使うことで知られる東京カテドラル聖マリア大聖堂では、「原則としてふたりとも初婚であること。結婚講座を四回受講すること」と記されている。つまり、キリスト教の信者でない希望者には、最低限クリアすべき儀式が設けられているのだ。一方、神社には「おすすめプラン」やオプション料金の詳しい説明はあっても、「挙式条件」がまったくない。万人に開かれているというか、お金さえ払えば、いつでも誰でも使える。また明治神宮や神田明神では、本格的な結婚式場も併設している。教会と神社が設ける「挙式条件」の差は、手続きが簡単な結婚式教会の増加をうながすだろう。
それぞれの紹介の文章を読んでみよう。「挙式のできる教会」は、「賛美歌の調べに包まれながら、バージンロードを静かに歩んでいく。神聖な教会で、少女の頃からの憧れをかなえよう」と書かれている。もともと結婚情報誌は女性向けの内容だが、女性をターゲットにしていることがはっきりと示されている。男性が主導で挙式を行なう場合、神社を選ぶことが多ければ、西洋志向の女性と日本志向の男性を対比的に位置づけられるので、ジェンダー論としても興味深いが、現時点ではそれを裏づけるデータも否定するデータも入手していない。さて「挙式のできる神社」は、伝統性を強調する傾向をもつ。例えば、芝大神宮では「二〇〇五年九月に鎮座一〇〇〇年を迎える」こと、神田明神は「縁結びの神様として約一三〇〇年の歴史を持つ」こと、明治神宮は「伝統を今に守ってきた厳かな挙式」、大宮八幡宮は「平安時代より鎮座九四〇年の歴史を持つ社で行う神前式」、大國魂神社は「西暦一一一年創立と歴史は古く、挙式は古式に従った厳粛なもの」、根津神社は「江戸時代の重文の社殿で挙げる荘厳な婚儀」と記されている。日本では近代以降に定着したキリスト教に比べ、神社では挙式を通じて歴史と一体化することを謳う。あたかも古代から神社での結婚式が継続されてきたかのようだ。しかし、実際は教会の結婚式の方が昔から存在しており、神社がそれに影響を受けてはじめたものである。
『日本宗教事典』(弘文堂)のような宗教関係の事典を調べても、神社の役割として各種の祭祀はあっても結婚式には触れていない。神前式は、皇室を通じて新しく創造された伝統である。近世以来の結納から里披きまでの婚礼は、宗教とあまり関係がなかったという。高木博志によれば、ヨーロッパの王室の影響を受けて、天皇と皇后の一夫一婦制を提示するために、一九〇〇年に神前結婚式が創出された。言うまでもなく、欧米のカップルはキリスト教を背景にしている。以下に、高木の議論を紹介しよう(「初詣や神前結婚式のルーツを探る」[『神道の謎を解く本』洋泉社、一九九三])。近代の外交により、天皇と皇后がそろって外国人に応対する場面が発生し、皇后は家庭における女性の理想像になっていく。一八九四年三月九日の明治天皇大婚二五年祝典は、天皇と皇后のカップルを国内外に儀式として示した最初の出来事だった。一八九八年、宮内省が刊行した『英独両国皇室例規概要』は、ウィンザー城に王宮と教会を設置するイギリス王室の結婚式を紹介しており、皇居の宮殿と賢所の関係に擬せられるという。そして一九〇〇年四月二五日、皇室婚嫁令において、大婚の礼を賢所大前で行なうことが定められ、神前結婚式のスタイルが創造された。大正天皇の婚礼がこれを採用している。帝室制度調査局の細川潤次郎も、一八九九年の『新撰婚礼式』によって、イザナギとイザナミの二神の前での神前結婚式を社会に普及させた。その普及は戦後に本格化するが、皇室への憧れも後押ししただろう。なお、高木は、初詣も江戸時代にはなく、鉄道会社があおりながら近代に広がり、神前結婚式とともに、明治期の神社の財政難を助けたことを指摘している。
東海圏の事例をもとに、教会式と神前式の比較を続けよう。両方が可能な式場の場合、挙式料金の単価は二倍か五倍の差がある。もちろん、教会式の方が値段が高く、独立型のチャペルを建てているぶん、コストがかかるだけに差は大きい。神前式は二─七万円、教会式は一〇─二〇万円が相場のようだ。最低だと神前式は無料、最高で六倍の開きがあった。また列席人数では、教会式の方が倍くらいの収容力をもつ。例えば、HANA CLUB華王殿は館内の神前式四四名、独立型チャペル着席一〇四名、シティホテル美濃加茂は館内神前式五二名、館内教会式八〇名、アイリス愛知は館内神前式四〇名、館内教会式八〇名である。神前式は人数をしぼり、両家が向かい合うために、家族の結びつきに重心を置くのに対し、多くの友人も参列しやすい教会式が好まれるのだろう。ちなみに、ハウスウェディング系は、基本的に神前式の施設がない。
通覧すると、教会式が天井の高い大空間をもち、スペクタクル性が強く、フォトジェニックな舞台であることが改めてよくわかる。一方、神前式は外観のある独立型の施設をつくったとしても、絵にならない。そもそも大聖堂は都市部の中心にあって、人に見られることを意識した建築であるのに対し、神社の本殿は拝殿の奥に控え、垣根や回廊に囲まれることで隠されるものだ。こうした来歴も、デザイン的に結婚式神社を成立させにくい要因だと思われる。興味深いのは、マリエ・カリヨンIZUMODENN、浅山ガーデンIZUMODEN、名古屋イーストサニーガーデンIZUMODENなどでは、出雲大社の御分霊をまつることだ。つまり、結婚式教会が形態や様式の類似性に頼るのに対し、多くの館内神殿は、分霊のシステムによる正統性の誇示を行なう。分霊とは、通常の神社の創建にも行なわれており、無限に増やせる。分けても減らないし、靖国神社のように合祀すると除去ができない。仏舎利の分骨が塔を増やすとしても、モノを想定している以上、レコードのように磨耗するイメージをもつのに対し、神社の分霊は劣化することがないデジタル・コピーに似ていよう。
ところで、グリーンオアシス豊橋IZUMODENは、挙式場として「イタリアン・ゴシック様式の独立型大聖堂、出雲大社の御分霊を奉る神殿」を装備している。神仏習合ならぬ、神道とキリスト教の併置。あけすけな折衷主義。これこそ日本的な宗教空間のあり方かもしれない。

1──パレスへいあん、屋上の神社 筆者撮影

1──パレスへいあん、屋上の神社
筆者撮影

2──同、ゴシック様式の教会 筆者撮影

2──同、ゴシック様式の教会
筆者撮影


★一──結婚式神社の神殿の写真は、以下のURLを参照。
http://zexy.net/idx_s/box_0475539001_08/
http://zexy.net/mar/party/navi3/tmpl.cgi/mar/party/navi3/BOX00300?sys_next_p=BOX&SPONCER_CD=0493193061&DHAN_CD=02

*この原稿は加筆訂正を施し、『「結婚式教会」の誕生』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間