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日本人と結婚式教会 | 五十嵐太郎
Japanese and Wedding Chapel | Igarashi Taro
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) pp.25-27

最近、東海圏の結婚式教会をまわっている。例えば、五一メートルの高さを誇る豊橋のサン・パトリス大聖堂(二〇〇一)、南フランスのエズ村をイメージした風景に囲まれた岡崎のセント・ソレイユ(一九九九)、名古屋ウエディングビレッジのラ・プラス・ルミエ教会(二〇〇二)などだ。案内してもらうついでに、スタッフにたずねると、ほとんどがここ数年に登場したもので、目ぼしい教会は一九九〇年代後半以降につくられたと考えてよいだろう。ちなみに、結婚式教会とは、筆者の造語であり、信者をもたず、結婚式のためだけに建設された教会のことを意味する★一。現在では宗教的な機能をもつ本物の教会が、過去の建築様式にこだわらずに設計され、街にうもれているのに対し、結婚式教会は多くがゴシック様式を採用し、周囲からも目立つ存在になっているのは興味深い。
やはり郊外では敷地に余裕があることから、マリエール小牧のサントゥール大聖堂のように、建物が巨大化している。もっとも、実際のヨーロッパにある大聖堂に比べれば、信者を収容する必要性がないせいか、広場もないし、建物の全体的な規模は小さい。マリエールの系列では、単体としての教会だけではなく、実在のヨーロッパの街をモチーフにした建築群をまわりにつくり、テーマパーク的な空間に仕上げている。設計も、一貫してアトリエHOMMAに依頼しているようだ。また高砂殿グループでは、岡崎や豊田にも、同じデザインのエル・カミーノ・リアル大聖堂を建てており、デザインが規格化されている。一方、都心では、名古屋パルコの屋上にあるガーデンチャペル(屋上神社のようではないか!)や、定食屋が隣接するセント・ジョージ教会のように、大聖堂をめざすことがなく、最初から小さな建築として構想されている★二。ヨーロッパでは、大都市の中心部にこそカテドラルを建設し、郊外は小さな教会になることを考えると、逆転した現象が起きていると言えるだろう。
それにしても、なぜ結婚式教会が求められるのか。
結婚式をどうするかについて、女性が主導権を握るようになり、『ゼクシィ』などの結婚情報誌がイメージの商品化を加速させているのではないか。『日本人のみたキリスト教』(オリエンス宗教研究所、一九六八)によれば、昔はキリスト教の信者でも女性だと、結婚相手によって教会で式を挙げられないこともあったらしい。現在はその反対で、信者でなくとも、女性が望んでキリスト教的な結婚式を選択する。『けっこんぴあ』が二〇〇三年から二〇〇四年にかけて実施した読者アンケートにおいて、結婚式でこだわりたいものを六〇〇名が複数回答したところ、以下のような結果だった。一位が四一パーセントで会場、二位が三七パーセントで挙式のスタイルである。なお、ドレスは二一パーセント、ハネムーンは一二パーセント、新居は九パーセントだった。「美しい空間」に憧れて、会場を選ぶという。それがヨーロッパ風の教会であり、キリスト教の挙式なのだ。ところが、日本では人口の一パーセントしかその信者が存在しない。しかも最近の教会がヨーロッパ風ではないために、需要に対して圧倒的に供給が不足する。また信者でない者の結婚式を拒む牧師もいるらしいが、こうした考え方は宗派を厳格に区別しすぎだという日本的な批判もあるかもしれない。そこで、非信者のための結婚式専用の教会がつくられるのだ。
なるほど、結婚情報誌は、見方を変えれば、教会のカタログだ。海外もその対象になっており、ハワイ、タヒチ、オーストラリアなどの教会がリスト化されている。興味深いのは、『けっこんぴあ』では、海外の教会のリストにおいて、すべてその建造年が示されていること。逆に国内の結婚式教会は、歴史が浅いこともあり、そうしたデータの記述がない。海外教会のリストを注意深く観察すると、二〇世紀前半よりも古い建築で、日曜午前の挙式不可となっているものは、本物の教会のようだ。一方、ここ数年に建てられ、ほとんど年中挙式可能な物件は、ホテルの敷地内などに存在する結婚式教会と思われる。中国でも、日本人の挙式のために、結婚式教会が建設されているという。三和銀行の調査によれば、一九九五年に結婚したカップルは、婚約から、挙式、披露宴、新婚旅行、新生活の準備まで、一連のイヴェントに平均七九四万円を使う。先進国における結婚式の費用を比較すると、日本はずば抜けて高く、アメリカやイギリスの三倍だという。これだけの産業になっているから、その舞台装置となる建築も簡単に建設されるのだ。
森永卓郎は、現在、一人の相手を一生愛するのが最も尊い愛のかたちであるという「オンリーユー・フォーエバー症候群」が女性に広がっているという(『〈非婚〉のすすめ』[講談社、一九九七])。産めよ増やせよの国策のためでもなく、企業戦士のための安定した家族を確立するためでもなく、二人のために結婚すること。そして、これが戦後日本に再び入ってきたキリスト教の影響ではないかと指摘している。結婚式教会では、死が二人を分かつまで、一緒にいることを神の前で誓う。神道や仏教の結婚式では、二人だけではなく、どうしても家族同士が向きあう場としての意味が大きくなる。確かに、日本では、さまざまな年中行事が混在しているが、伝統的なイヴェントは家族向けであるのに対し、クリスマスやバレンタインなど、恋人向けのイヴェントは、キリスト教絡み、あるいはヨーロッパ的なものだ。日本はこれまで、江戸時代は国民を仏教徒化し、近代は神道のイデオロギーを浸透させて、執拗にキリスト教を排除してきたが、恋愛というファクターを通し、奇妙なかたちで教会が増殖している。
結婚式では、ウェディングドレスを着たいという花嫁の願望も少なくないはずだ。とすれば、その舞台は神社や寺院、あるいはホテルの室内にしつらえられた不十分なチャペルではなく、独立した建築としての教会であるべきだろう。実際、名古屋の聖グロリアス教会の場合、車で数分ウエディングドレスを着用して、記念写真を撮影することが大きな目的になっている。筆者が見学しているときも、そうした場面に幾度か遭遇した。撮影用の高級車が準備されていることも少なくない。したがって敷地に高低差がなくとも、教会の入り口には、写真のステージとして、わざわざ階段がつく。また同時に高齢者の参加者を配慮したバリアフリーも売り物にするために、教会の横にスロープが設置されている。隣にパチンコ屋があったり(聖グロリアス教会)、道路の向いに倉庫があったり(アルカンシエル)、すぐ近くに電柱や鉄塔がたっているなど(セント・ソレイユ)、日本的な風景に囲まれているのだが、写真ではきれいにトリミングされ、記憶のなかでは消去されるだろう。結婚式教会の内部では、記録用のビデオをどこに置くかについても細心の注意が払われているようだ。
坂井妙子『ウエディングドレスはなぜ白いのか』(勁草書房、一九九七)によれば、一八四〇年にヴィクトリア女王が結婚したとき、白サテン製のドレスを着用したことが、一時的な流行を超えて、現在のウェディングドレスのイメージを普及させる大きな契機になったらしい。しかし、当時の白サテンのドレスは値段が高かったために、上流階級の女性の特権であり、通常は質素な色物で実用性を重視したドレスに妥協を強いられていた。またヴィクトリア朝のイメージとしては、詩のなかで純白のドレスとベールで包まれた花嫁が登場することは、無垢なものを意味する常套句であったという。ゆえに、社会的な地位が高くても、再婚や処女でない花嫁は白いドレスを着てはいけないとされていた。やがて一九世紀末までに、イギリスでは中産階級も裕福になり、白いウェディングドレス、ヨーロッパへのハネムーン、ウェディングケーキなどが大衆化し、メディアを通じて結婚式も画一化する。こうした動向を受けて、上流階級は差別化をはかり、わざと地味な衣装を選んだり、個性的な挙式を行なったらしい。
日本でも、一九七二年に西郷輝彦と辺見マリが軽井沢の教会で式を挙げたのが、教会の結婚式を増加させたきっかけになったと言われている。おそらく、そうしたタレントや上流階級への憧れや純真無垢のイメージゆえに、ウェディングドレスや結婚式教会が支持されるのだろう。一九八〇年代であれば、チャールズ皇太子とダイアナ、松田聖子の結婚などが思い出される。アンディ・ウォーホールではないが、結婚式では誰もが一日だけスターになれるのだ。そして一九九〇年代以降は、一般人も簡単にヨーロッパ風の教会で結婚を体験できる時代に突入する。こうした流れと差別化するかのように、同時代のタレントの結婚式はさらに変わったのではないか。ともあれ、結婚式教会のデザインにおける様式の誤用や、それを紹介するメディアの建築に関する説明のいい加減さは、特筆に値する。レストランで料理がまずければ、客は確実に減るはずだが、結婚式教会は建築を売り物にしていながら、そのデザインについてはかなり無頓着なのだ。様式をなめるな、と言いたくなるようなひどい代物も存在する。前者には批評があり、後者にはそれがないからだろう。近世の教会とは、しばしばその地域のトップ・アーキテクトが設計するものだった。けれども、キリスト系挙式の大衆化の挙句、結婚式教会は誕生し、それを設計する建築家の側も大衆化してしまっている。

1──豊橋のサン・パトリス大聖堂

1──豊橋のサン・パトリス大聖堂

2──岡崎のセント・ソレイユ

2──岡崎のセント・ソレイユ


3──名古屋のラ・プラス・ルミエ教会

3──名古屋のラ・プラス・ルミエ教会

4──小牧のサントゥール大聖堂

4──小牧のサントゥール大聖堂

5──聖グロリアス教会 すべて筆者撮影

5──聖グロリアス教会
すべて筆者撮影


★一──拙論「結婚式教会の誕生」(『一冊の本』二〇〇四年八月号、朝日新聞社)。
★二──拙論「時評:都市型の結婚式教会」(『住宅特集』二〇〇五年三月号、新建築社)。

*この原稿は加筆訂正を施し、『「結婚式教会」の誕生』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること