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村野藤吾 (ムラノ・トウゴ)

1891年生まれ。建築家。

(最終更新:2009年3月31日)

> 10+1 DATABASE内「村野藤吾」検索結果 (16件)

[インタヴュー]

堀口捨己 モダニズムから「日本的なもの」への転回 | 磯崎新日埜直彦

Sutemi Horiguchi: Turning from Modernism to "Japan Style" | Isozaki Arata, Hino Naohiko

...に受容したかにありました。吉田五十八さん、村野藤吾さん、堀口捨己さん、それから少し年齢が下が... ...ムでスタートした世代が捨己さんたちだった。村野藤吾さんはそれよりも前の人だと思います。 そのよ...

『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.187-197

[対談]

建築の新たなフレームの構築──表現・技術論、近代主義批判を通して | 岡崎乾二郎中谷礼仁

The Structure of New Architectural Frameworks: Expression a Critique of Theories of Technology and Modernism | Okazaki Kenjiro, Nakatani Norihito

...数寄屋の巨匠と呼ばれる後の二人、堀口捨己と村野藤吾はそちらの方と考えていいと思います。僕はど... ... 岡崎──僕も個人的趣味から言えば吉田よりも村野藤吾の方に向いている。村野の方が好きなくらい。...

『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.197-210

[CONCEPTUAL 日本建築 5]

第五章──関西普請編 | 黒沢隆

Ages of KANSA'I School of Architecture: SAMURAI culture had been grown in far east part of Japan, which fruited to SHOIN Zukuri style, and popularized over Japan under the TOKUGAWA Despotism. However, it was to be swallowed by western (KANSA'I) culture, towards modern ages. | Takashi Kurosawa

... 昭和の時代を背負って立ったような大建築家・村野藤吾(一八九一─一九八四)に、数寄屋を教えたと... ...村野自身が泉岡の教えをまとめたものだ(村野藤吾村野藤吾和風建築集』新建築社、一九七八[大川...

『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.306-319

[建築を拓くメディア]

オープンハウスという経験 | 保前信英

Experiencing Open House | Homae Nobuhide

...といった考え方もある。そうした言説を晩年の村野藤吾から直接聞かされたときのショックは、いまだ... ...も住宅作品に焦点を絞った『和風建築秀粋──村野藤吾の住宅建築撰集』(和風建築社+吉田龍彦企画...

『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.126-127

[東アジア建築世界の二〇〇年]

一九世紀の波、二〇世紀の風 7:第六章 都市と建築の「直接継承感」 | 村松伸

Series: 19th-Century Waves, 20th-Century Winds 7: Chapter 6: City and Architecture's Modernity | Muramatsu Sin

...が強い石本喜久治の《白木屋》(一九三一)、村野藤吾の《十合デパート》(一九三五)、さらに、《... ...が強い石本喜久治の《白木屋》(一九三一)、村野藤吾の《十合デパート》(一九三五)、さらに、《...

『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.212-224

[フィールドワーク]

タウトが歩いた東京 1933-1936 | 斉藤理

Bruno Taut, Walking in Tokyo 1933-1936 | Tadashi Saito

...銀座と隈なく回った様子が伺えるが、とりわけ村野藤吾の《森五商店》と吉田鉄郎の《東京中央郵便局... ...)単純で強い表現。 『婦人之友』1933年11月号 3村野藤吾《森五商店》[図4] 大阪の村野氏の設計した...

『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.179-186

[批評]

二元論と反復と逸脱の作法──戦後建築ジャーナリズムに見る建築批評の構図 | 田中禎彦

Forms of Binarism, Reiteration, and Deviation: Architectural Criticism in Post-War Architectural Journalism | Sadahiko Tanaka

...た★七。 こうした西澤の建築に対する作法は、村野藤吾、白井晟一、谷口吉郎、大江宏といったある系... ...収録。 ★二──しかし、一九五七年に竣工した村野藤吾設計の《有楽町そごう》の扱いをめぐり、編集...

『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.95-97

[技術と歴史 5]

近代建築における素材について──伝統と革新 | 安田幸一

On the Material in Modern Architecture: Tradition and Innovation | Koichi Yasuda

素材と技術革新 安田──今日お話しすることは「ものづくり」の経験から得た素材に関連した話です。これまでさまざまな建築に出会って大きな影響を受けてきましたが、影響...として、林は屋上庭園を提案しています。当時村野藤吾さんが《大阪ビル》で屋上庭園をつくり、東西...

『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.212-221

[インタヴュ―]

廃墟、空白、生成──一九五〇─七〇を俯瞰する | 磯崎新日埜直彦

Ruin, Vacuum, and Genesis: Looking Back over the 1950s to 1970 | Isozaki Arata, Hino Naohiko

はじめに 日埜直彦──このインタヴューも残念ながら最後ですから、これまで伺ってきた五〇年代終わりから六〇年代の流れをまとめつつ万博のお祭り広場へと話を繋げ、五〇...が民衆論の議論のさなかに、吉田五十八さんか村野藤吾さんの住宅だったと思いますが、そうした和風...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.263-276

[会議4日目「国土改造」]

討議4:ディスカッション──先行デザイン宣言をめぐって | 藤森照信岡崎乾二郎連鎖都市研究会環境ノイズチーム清水重敦

Discussion4: Discussion: Over "Manifesto of Preexisting Design" | Fujimori Terunobu, Okazaki Kenjiro, Enviromental Noise Element, Shimizu Shigeatsu

清水──本日のレヴューでは、まずそれぞれのチームのデザイン手法について議論し、その後、最も大きいスケールの問題提起である四日目の会議「国土改造」で提案した「Fu...要だ」ということを言い続けた。分離派宣言は村野藤吾さんの「様式の上にあれ」とそっくりですよ。...

『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.146-161

[論考]

モダニズム建築の保存はなぜ難しいのか? | 倉方俊輔

Why is It Difficult to Conserve Modern Architecture? | Kurakata Shunsuke

《都城市民会館》(一九六六)[図1]は、ぎりぎりのタイミングで残されることになった。菊竹清訓の構想力の大きさを印象づけたこの建築も、新たな市の総合文化ホールの建...育館》(一九二四)、「民都」大阪を象徴する村野藤吾の《大阪新歌舞伎座》(一九五八)や《新ダイ...

『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.114-115

[日本]

39:宮本佳明:カタスタシスの建築 | 大島哲蔵

Katsuhiro Miyamoto: Geometrical Fetish: Architecture of Catastase | Oshima Tetsuzo

1961年兵庫県生まれ。1987年東京大学大学院修士過程修了。1988年アトリエ第5建築界設立。現在、大阪芸術大学助教授。作品=《Open-Air Kinder...とはよく覚えている。宝塚南口で降りて教会(村野藤吾作)のカタツムリの角のような尖塔を横目に見...

『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.172-173

[論考]

戦前の建築評論家の建築観 | 藤岡洋保

The Prewar Critic's View of Architecture | Fujioka Hiroyasu

一 「建築評論家」の登場 建築批評家(または評論家)という存在は、数は多くないものの、現代においてはひとつの職能として認知されている。「批評家」(「評論家」)を...いうまでもなく、これは、《よみうり会館》(村野藤吾、一九五七)のデザインに対して同誌編集部が...

『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.77-86

[論考]

内破する万博 | 五十嵐太郎

Imploding EXPO | Igarashi Taro

戦争と万博の類似に気づいたのは、愛知万博の仕事を引き受けたときだった。 通産省(当時)が日本政府館の基本理念を作成するにあたり、河合隼雄や川勝平太など、二〇人の...有吉佐和子、山岡荘八、画家の林武、建築家の村野藤吾、映画監督の円谷英二、歌手の坂本九、女優の...

『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.155-163

[論考]

〈民俗学者〉としての藤森照信 その歩く/見る/聞く作法を考える | 菊地暁

Terunobu Fujimori as Folklorist: Regarding His 'Walk/Look/Listen' Method | Akira Kikuchi

どんな思想も文学も、目玉が死んだらおしまいだ★一。 正直に言おう。ファンである。 私は藤森照信の良き読者とはいいがたいが、愛読者であることは間違いない。『タン...一ほか著、建築知識、一九八五)は、下元連、村野藤吾、竹内芳太郎、藤島亥治郎、吉川清一、西山卯...

『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.126-133

[インタヴュー]

岸田日出刀/前川國男/丹下健三──日本における建築のモダニズム受容をめぐって | 磯崎新日埜直彦

Hideto Kishida, Kunio Maekawa and Kenzo Tange: On Adoption of Modernism-Architecture in Japan | Isozaki Arata, Hino Naohiko

一九二〇年代の建築状況 日埜直彦──今回は磯崎さんの建築家としてのキャリアの最初期について伺いたいと思っています。 すでに『建物が残った』で当時のことについて多...おくべきでしょうね。当時、デザインがうまい村野藤吾さんや吉田五十八さんや堀口捨己さんなどたく...

『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.149-158

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著書・関連書籍

村野 藤吾『村野藤吾著作集 全1巻
(鹿島出版会、2008年10月)

村野 藤吾『様式の上にあれ──村野藤吾著作選
(鹿島出版会、2008年10月1日)