RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.40>ARTICLE

>
ユートピアとしての平壌 | 五十嵐太郎
Utopia Pyongyang | Igarashi Taro
掲載『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) pp.23-25

過防備・景観法・北朝鮮

二〇〇五年五月、平壌を旅行した。
わずか数日の滞在だったとはいえ、興味深い経験だった。単に建築関係者で北朝鮮を訪れた人が少ないからではない。もともとは、ワールドカップの予選で日本×北朝鮮の試合が平壌で開催されることから企画されたという軽いノリで実現したものだが(結局、試合会場は変更された)、北朝鮮の都市空間は、最近の筆者の仕事とも強く連動していたのである。建築についての第一印象は、「平壌、怒濤の千里馬旅行記」(『Casa BRUTUS』二〇〇五年七月号)でまとめたので、そちらを参照していただきたい。ここではむしろ、セキュリティ空間の状況を論じた拙著『過防備都市』(中央公論新社ラクレ、二〇〇四)や、景観法をめぐる諸問題をとりあげた拙論「景観を笑う」(『新建築』二〇〇四年一二月号)との連続性において論じたい。一見、無関係に思える過防備・景観法・北朝鮮は、筆者にとって分かちがたいトリロジーとしてつながっている。
渡航前、ちゃんと日本に帰ってこれるのか? と、多くの知人から冗談半分で脅かされたが、確かに北朝鮮への旅行は、これまでにないユニークな経験だった。拉致どころか、おそらく世界でもっとも安全な旅行だからである。イラクのように明らかに危険な国でなくとも、アメリカやヨーロッパに個人旅行で出かけ、事件に巻き込まれたり、行方不明になることはありうるだろう。しかし、北朝鮮ではスリやひったくりに遭遇することも難しい。日本との緊張状態を考慮すれば、正式な入国者の身になにかあってはまずいだろう。が、ここではそもそも行動が制限され、路地裏を勝手に歩くことはありえない。市内はすべてクルマで移動し、不測の事態が起きないよう、一般市民との接触も回避させられる。筆者は取材ということもあり、アテンドがついてそうなったのだが、観光旅行で入国したとしても、自由行動がない完全なパックツアーだ。結果的に、案内役は監視をかねている。事件=イヴェントなき世界。旅行者にとっての「過防備都市」である。
平壌では、見ていい場所が厳密にコントロールされている。その風景は、すっきりとしており、「美しい」。とりわけ、ごちゃごちゃとした日本の都市に慣れていると、違いがきわだつ。平壌の都市計画は、パリのように、壮大な軸線を通しながら、モニュメントを配置する。日本のメディアでは、極端に飢えたストリート・チルドレン、あるいは金日成広場において軍人がパレードするシーンという、ほとんど二種類の風景しか放映されない。軍国主義と極貧国家。それは日本からのまなざしである。したがって、現地を訪れ、都市の表の顔を初めて知り、率直に驚いた。日本では報道されない、整えられた「美しい」都市。もっとも、北朝鮮にとって見て欲しい場所を見ているわけではあるが。帰国後、イタリアの建築雑誌『DOMUS』(NO.882)でも平壌特集を組んでいたが、ほとんど同じ場所を訪れている。同誌では、ル・コルビュジエの「輝く都市」やヒルベルザイマーの「垂直都市」など、モダニズムのユートピアが実現したものとして、郊外の風景を紹介した。
出発点において、平壌と東京は似ている。朝鮮戦争のあいだ、アメリカ軍によって四二万発の爆弾を投下され、平壌も焼野原となった。廃墟と化した都市。そこから急速な復興を遂げる。したがって、ほとんどの建築は二〇世紀後半につくられたものだ。筆者も、戦前にさかのぼるものを見かけていない。だが、戦後の民主主義と資本主義は、東京をカオスの首都に変えたのに対し、社会主義と独裁体制によって平壌は、整然とした人工的な風景を形成した。世界的に考えても、二〇世紀において、金日成と金正日というわずか二代の指導者の意志だけで、都市の姿が決定されたというのはほかに類例がないだろう(もし第二次世界大戦でドイツが勝利していれば、ヒトラーがそのようにベルリンを変えたかもしれないが)。特に金正日は、一九八〇年代に都市改造を推進しており、凱旋門、チュチェ(主体)思想塔、人民大学習堂など、主要なモニュメントの建設を発案し、コンペや助言を通じて、実際のデザインにも大きな影響を及ぼした。
一九五〇年代から金日成はチュチェ思想を唱え、ソ連や中国に対し、北朝鮮は独自の路線を掲げる。これは社会や経済のシステムだけではなく、美術や文学などの表現ジャンルにも適応されることになった。金正日は、主体思想の研究を行ない、彼が好んだ映画論や演劇論のほか、『建築芸術論』(一九九一)を発表している。平壌の白頭山建築研究院でスタッフにインタヴューを行なったのだが、プレゼンテーション・ルームの壁には金正日の言葉を掲げていた。そして設計者も質問に対し、『建築芸術論』にもとづく見解を述べていた。建築は、建築家の個性を表現する勝手な作品ではない。あくまでも、集団のために存在しており、チュチェ思想というイデオロギーを伝えるためのメディアである。
以下にその目次を部分的に抜粋しよう。

一章:建築と社会
 二、社会主義、共産主 義建築は、指導者の革 命偉業に寄与する。
 三、チュチェ建築は人民大衆中心の建築である。
二章:建築と創作
 一、チュチェ建築は革命的指導観で一貫すべきである。
 二、建築をウリ式で創造しなければならない。
 四、建築創作において、民族的特性と現代性を正確に結合しなければならない。
 五、建築の質と効率を高めなければならない。
三章:建築と形成
 一、建築は総合芸術である。
 二、建築形成において、基本は調和である。
四章:建築と指導
 二、建築創作指導において、集団性を保障しなければならない。
 三、建築創造活動に対する、党の指導を強化すべきである。

「美しい」ランドスケープ

筆者が先の日本の景観論を書いたとき、小説家のミラン・クンデラを引用しつつ(『笑いと忘却の書』)、天使の笑いと悪魔の笑いを紹介したが、平壌はまさに天使の笑いに満ちた都市だった。悪魔の笑いは、物事が秩序を失い、不条理になると引き起こされるが、厳めしい真面目さがないことで、人をほっとさせる。例えば、渋谷や新宿のように。一方、天使の笑いは、「万事がきちんと整序され、賢明に構想され、善良で意味に満ちていること」を喜ぶが、どこかひきつっている。これに限らず、クンデラの文章は、北朝鮮について記したかのように、ぴったりとあてはまるのだ。例えば、筆者が金日成広場において遭遇したマスゲームの練習風景。人間ピクセルとでもいうべき、完璧に調和のとれた人々の動き。クンデラによれば、全員が同意を示したいかのように、微笑みながら歩調を合わせる祝典は、キッチュな美の仮面である(『存在の耐えられない軽さ』)。また建設現場を視察する金親子ととりまきの写真を見ると、彼らはいつも微笑みを浮かべている。
平壌には、党創立五〇周年のモニュメントがある。幾何学式の公園の中心において、ハンマー(=労働者)、鍬(=農民)、ペン(=インテリ)を握る三つの巨大な手が起立し、それらを宙に浮いたリングが囲む。全人民を代表する三つの職業が団結するアイコンは、北朝鮮でよく使われるものだが、やはりクンデラの次の一節が写真のキャプションとして使えるくらい、よく似合う。「ガブリエル、ミシェル、ラファエルが踊り、笑っているのに、周囲の生徒たちは黙りこくったまま、無言の恐怖に陥って眺めていた。三人とも舞い上がり、螺旋を描きながら昇っていた。アハハッアハハッと上空に遠ざかってゆく笑い声。そして三人の大天使たちの光り輝く笑い声が、唖然とする生徒たちの耳に届いてきた」(『笑いと忘却の書』)。実際、クンデラは、社会主義批判により、市民権をはく奪された作家であり、状況の類似ゆえに、パラフレーズして読むことができるのだろう。
現地で、ふと思った。ここは景観論者にとってのユートピアではないか、と。無秩序な広告やどぎつい看板がない。騒音がない。電信柱がない。高架の首都高速がない。空がよく見える。無駄なものがなく、歩道が広い。ゴミが落ちていない。放置自転車を見かけない。茶髪がいない。不良がいない。浮浪者がいない。汚い店がない。風俗を乱すものがない(空港では、体制批判の書籍だけではなく、女性の水着写真があるような週刊誌の持ち込みも禁止されている)。清く正しく美しい。犯罪がなく、安全そうだ。そして建築と都市のデザインは明らかにコントロールされている。つまり、景観をひどくするとされる諸要素が、ことごとく排除されているのだ。伊藤滋の「『醜い日本の景観』リスト初公開」(『文藝春秋』二〇〇五年八月号)では、「過剰な看板広告」、「美的感覚の欠如した建造物」、「公共の秩序を乱す景観」などを槍玉に挙げているが、平壌ではすべてが浄化されている。「商店のはみ出し陳列」も「ラブホテルの奇観」もない。景観の教科書とされるヨーロッパ以上に徹底している。連日、メディアでその動向が紹介されるすぐ近くの国、北朝鮮に、お手本のような都市が存在していたのだ。しかし、多くの日本人は、そのユートピアの背後にあるものを想像し、その「美」を直視しないだろう。
北朝鮮が、外部からもたらされる異なるものを過敏に恐れるのはなぜか? これについてもミラン・クンデラの寓話が示唆に富む。「天使が初めて〈悪魔〉の笑いを聞いたとき、驚愕のあまり呆然自失した。それはある饗宴のあいだに起こり、会場には大勢ひとがいた。人々は次々と、おそるべき感染力をもった悪魔の笑いにとらえられていった。その笑いが神と神の業の威厳に向けられたものだということは、天使にはっきり理解でき、すぐに何かしなければならないこともわかっていた」(『笑いと忘却の書』)。いったん悪魔の笑いにとらえられると、すさまじい勢いで伝染してしまう。後戻りは難しい。そこで人々の気持ちが緩まないよう、天使は強い管理を求める。抑圧的にならざるをえない。
だが、これは現在の日本が進もうとしている世界ではないのか。景観法は私権を制限してでも、公共性を重視する方向性をうたうが、舵取りを間違えれば、天使が笑う国土に陥るかもしれない。しばしば景観論者は、美しい景観には美しい精神が宿るという。逆に醜い景観は、人々の荒んだ心のあらわれとみなされる。東京都知事の石原慎太郎が、街並みがゲロのようだと批判すると同時に、「心の東京革命」を推進し、少年少女の心と行動を管理すべく、不快行為防止条例を検討しているのは、けっして偶然ではない。ありえないとは思うが、もし制定されれば、電車のなかで化粧をしたり、地べたに座ったり、立ち食いしたり、そしてだらしない格好(!)も取締りの対象になるのだ。近未来SFの世界である。石原を含む保守的なナショナリストは、北朝鮮が嫌いであるにもかかわらず、打ちだす方針はそれへの同化をめざしているかのようだ。こうした皮肉な状況は、映画『猿の惑星』の衝撃的なラスト・シーンを連想させる。宇宙船が不時着した、猿が人間を支配する悪夢のような世界。しかし、自由の女神の残骸を発見し、最後に明らかになったのは、そこがじつは未来の地球だということだった。純粋な理想社会を追求した結果、ときとしてディストピアがもたらされる。

金日成広場でのマスゲーム

金日成広場でのマスゲーム

党創立50周年のモニュメント 筆者撮影

党創立50周年のモニュメント
筆者撮影

主要参考文献
・白峯『金正日伝』第一・二巻(雄山閣出版、一九六九)。
・『朝鮮における建設』(朝鮮画報社、一九九一)。

*この原稿は加筆訂正を施し、『美しい都市・醜い都市──現代景観論』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>『10+1』 No.40

特集=神経系都市論 身体・都市・クライシス

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>輝く都市

1968年