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箱をめぐる戦略──都市のレディ・メイド | 田中純
A Strategy for the "Box": Urban Ready-Made | Tanaka Jun
掲載『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) pp.2-10

1 断片と箱の時代

たとえば、ロンドンのウォーバーグ研究所にあるヴァールブルク・アーカイヴには、美術史家アビ・ヴァールブルクが一生の間書きためたメモや手紙、新聞の切り抜きなどを収めたカードボックスが何十個も保管されている。主著と呼べるものを残さなかったヴァールブルクの思考の全体像はこうした紙切れの類から読み取るしかない。ボックスはいちおうテーマ別になっているとはいえ、判読困難な文字で書かれたメモのかたちに断片化された彼の思想の再構成は途方もない時間を必要とするだろう。
しかし、それが断片であるからこそ、われわれにさまざまな刺激を与えるものとなっていることもまたたしかだ。ヴァールブルクは、書物というかたちにまとめることができなかった思考、未完に終わったテクストこそを通じて、二〇世紀から二一世紀へと影響力を引き継ぎ、さらにそれを増している思想家のひとりだろう。彼の死によって中断された、写真図版のモンタージュからなるプロジェクト(図像アトラス《ムネモシュネ》)もまた断片の寄せ集めにほかならなかった。
言うまでもなく、これは時代的に条件づけられたひとつの思考のスタイルである。事態の徴候を捉えた断片的記述としてのアフォリズムは、とくにニーチェ以降、体系的論述に代わる思想の表現となってきた。ただし、ここで本質的なのは作者によって選択可能な文体ではなく、後の世に残されたテクストが避けがたく帯びてしまう断片性である。ニーチェが書き残した「『私は自分の雨傘を忘れた』」という句からアクロバティックな議論を展開したジャック・デリダは、たとえばこの句のような「残留物」は、「いかなる循環行程のうちにも、その起源からはじまってその終末へとみちびくいかなる本来的な道程のうちにも、引き入れられることはない」と断言する。

その動きにはいかなる中心もない。あらゆる生きた言わんとするものから構造的に解放されているので、この残留物はつねになにものをも言わんとしないことができるし、いかなる決定可能な意味をもたないことができるし、パロディ的に意味にたわむれ、終わることなく、あらゆる文脈上の身体あるいはあらゆる限られたコードのそとに、接木によって運び去られることができる★一。


これがニーチェのテクストの、あるいはその遺稿の「全体」について言える事柄であるにせよ(もとより「接木」によって運び去られるこの「全体」はすでに輪郭を怪しくしているのだが)、「『私は自分の雨傘を忘れた』」という句の漂流物めいた性格は、それが引用符によって括られ、いわば或る得体の知れないテクストから抜き取られたかのようなものであることにより強められている。こうした断片は、あるいは他の異なる断片でもよかったかもしれない何かとして、偶然に選び出されてきたかのように見える。引用符『』は、この句が由来する不在で知りえぬテクストの残余をそれ自身の外部として囲い込んでいる。そして、断片の断片たる所以とはこのような囲い込みの効果にあるように思われる。
マルセル・デュシャンはアナイス・ニンに、決して書かれることのない書物に代わるものとして、スケッチの切り抜き、ノートの切れ端に書かれたメモなどからなるいわゆる『グリーン・ボックス』を見せ、「いまは何かを完成させるという時ではありません。いまは断片の時代なのです」と語ったという。「『私は自分の雨傘を忘れた』」の一文が採録されたニーチェのアーカイヴがどのようなものであるのかはつまびらかでないが、ヴァールブルクのカードボックスはデュシャンのこのポートフォリオを思い起こさせる。そのいずれもが「箱」に収められていることは、内容の断片性や異種混淆性と無縁ではない。そもそも先ほど述べた断片の囲い込み効果とは、断片がつねにあらかじめそれを内包する「箱」の存在を前提としているということにほかならない。テクストの断片化と箱のパラダイムは対になっている。
大小三〇個の山型の紙箱からなるフリーデンスライヒ・フンデルトワッサーの作品《マチュピチュのいただき》にはその対応関係が如実に表われている。この作品には閉じた箱が含まれており、そのなかにはパブロ・ネルーダの同名の詩が一行ずつばらばらにされ透明なプラスチックの細い切片に印刷されたものが入っている。この箱を振ると、振り出し口から一枚ずつ切片がお神籤のようにこぼれ落ちてくる。横山正はこうした箱の造りから「箱はその内部におさめるものに対して順序をつけない」★二という原理を導き出している。こうした閉ざされた箱のなかからは何がどんな順番で出てくるかわからない。箱は一切の脈絡というものを破壊し、すべてを断片化したうえで内蔵して、そのときどきに応じた新しい順列組合せを生み出す。このような箱とはまさしくつねに「ブラック・ボックス」であって、入力と出力は確認できるが、そのなかでおこなわれている操作の詳細は見えない。入力をおこなった者にさえ、その箱から何が出現するかは予測がつかない。断片を断片として成り立たせているものとはその作者ではなくむしろ──それが実体であれ、観念上のものであれ──こうした箱の存在である。
たとえば、インターネットによって相互にアクセス可能なものとされた情報の総体が形成するアーカイヴとは、巨大な規模のこうしたブラック・ボックスにほかなるまい。それが「サイバースペース」などといった空間の比喩で語られるのも、このアーカイヴがひとつの「箱」であるからだろう。そこには誰でも入力することができるし、他方では、アクセス制限によって近づけない情報を除いたとしても、膨大な量が任意に出力可能である。この「箱」は内部に収められているものに順序をつけることが原理的に言ってできない。あらゆる情報は脈絡を奪い去られ、「検索」という行為を経て、断片化された状態で出力される。しかも、この検索行為が関わりうるのは検索用データベースに収集されたデータという二次的アーカイヴどまりであって、そのもとになる原アーカイヴは規模を確定できないうえにひたすら拡大をつづけている。この巨大な「箱」を相手にした情報の探索と引用は、書物の時代の終わりや作者の死などと大袈裟に語られてきた出来事を日常的な事態にしてしまった。
そうであるかのように見える。このブラック・ボックスにはやがてあらゆる情報が蓄積され、完璧な検索システムが実現すれば、原則的にはほぼすべての情報を瞬時に取り出すことが可能になるかのように思われる。そのとき箱は世界と一体化し、箱を通して得られた知が直ちに世界についての知になりうるかのように見える。少なくともそれがこの箱をめぐる今日の支配的な幻想のひとつであることはたしかだろう。
書物の時代の終わりを生きたニーチェ、あるいはデュシャンやヴァールブルクが断片的なテクストとして、またはその集積を収めた箱として遺したものは、この巨大なブラック・ボックスに比べればごく小規模なデータベースでしかない。さらに、「『私は自分の雨傘を忘れた』」という一文、「ガラスの遅延」というデュシャンのメモ、《ムネモシュネ》の写真図版などはそれぞれ、今日のあの巨大な箱から取り出されてくる断片とは異質である。後者の断片には、「接木」によってあらゆるコードの外部へと漂流しかねない、残留物の性格が欠けている。その理由はおそらく、それを支配しているのが「生きた言わんとすること」に拘束され、ネットワークに電気的に接続されたコミュニケーションの「現在」の時間だからだ。これに対して残留物には──その作者の生死にかかわりなく──死が巣くっている。それゆえそれは地下納骨堂めいて暗号的(cryptic)なのである。
巨大な箱はすべてを断片と化して出力することにより、あらゆるものを情報化し、その意味で均質化する装置である。この装置によって、「断片の時代」が最終的に訪れたかのように見えて、そのとき逆に、断片はもはやそれ固有の強度を失っている。断片はそれぞれがつねにあらたに「接木」され、つねに異なる「箱」を囲い込む力をもはやもたない。なるほど、「『私は自分の雨傘を忘れた』」といった類のテクストは、いくらでも巨大な箱から取り出すことができるだろう。それは引用符が示すように、レディ・メイドな、ありきたりの表現にすぎないのだから。にもかかわらず、そうしたレディ・メイドがcrypticなものになりえたのだとしたら、その条件とは何だったのかと問わなければなるまい。

1──アビ・ヴァールブルクのカードボックス、 ロンドン大学ウォーバーグ研究所 出典=展覧会カタログ『記憶された身体──アビ・ヴァールブルクのイメージの宝庫』

1──アビ・ヴァールブルクのカードボックス、
ロンドン大学ウォーバーグ研究所
出典=展覧会カタログ『記憶された身体──アビ・ヴァールブルクのイメージの宝庫』

2──フリーデンスライヒ・フンデルトワッサー《マチュピチュのいただき》1966 出典=横山正『箱という劇場』

2──フリーデンスライヒ・フンデルトワッサー《マチュピチュのいただき》1966
出典=横山正『箱という劇場』

2 被いと被われたもの、そしてイメージ

デュシャンが箱をモチーフにした作品を数多く作ったことはよく知られている。横山はそうした箱からなる作品の前史に「透視図法の黄昏」を見ている。そして、透視図法が表現してきた統一ある世界が崩壊したあとの新しい「視」の世界の枠組みこそ「箱」であると言う★三。それは新しい時代の透視図法にほかならない。統一された空間のなかに一つひとつ正しく位置づけられていた物体がばらばらになったこの時代に、その断片化したもののあり方をそのまま提示する方法が「箱」であった。デュシャンの《大ガラス》が透視図法の「復権」を称した作品だったのに対して、こうした「箱」の誕生を告げたのは彼のレディ・メイドだった。

ついでにいえばデュシャンにとってのオブジェとは、つまりこの小宇宙としての箱からたまたま取り出された物体ということになるだろうか。もはや時間的にも空間的にもいっさい秩序立てて並べられる必然性を失った「もの」が、観念の箱のなかから取り出されてわれわれの現実の世界のなかに置かれる。この「たまたま取り出された」ものこそが、デュシャンのレディメイドでありオブジェなのだ。すなわち現実に箱を造らずとも、すでにオブジェを造る行為自体が箱の思想の体現となっているのである★四。

 
レディ・メイドはすでに存在する物体として「引用」されることにより、「観念の箱」をその引用符で逆に囲い込む。オブジェはこの箱を振って出てきたお神籤なのだから、選び出された理由が作家の側にあるわけではなく、それはあくまで任意の物体でなければならない。もちろん物体そのものについての意味づけは事後的にいくらでもなされうる。なぜならそれはあらゆる「接木」によって運び去られる可能性に晒されているのだから。いずれにしても、デュシャンがつくり出したものは不可視の「観念の箱」であって、眼に見えるオブジェそれ自体ではない。
横山が言う「観念の箱」はオブジェがそこから取り出されてきた小宇宙なのだが、こうした関係からすれば、われわれはオブジェを通して、その背後の「観念の箱」こそを見ているのであり、物体は逆に或る「観念の箱」のなかに収められたのだ、と見ることもできる。この「観念の箱」はたとえば展覧会ないし美術館という制度などと考えられてきた。しかし、こうした実定的制度と同定する以前に、それをまず、物体の「表象」と「現実」を切り離すことによってずれを生むと同時に、その変わらぬ現前のただなかで重ね合わせる、ガラスケースのような被いと考えてみてはどうだろうか。つまり、オブジェは観念の世界から取り出されて現実の世界に置かれたのではなく、透明な「箱」に収められることで、観念的にして現実的な、この二つの空間が極微のずれにおいて重ね合わされた場のなかに置き直されたのだ、と捉えるのである。
「観念の箱」のなかに収められたオブジェは、引用符に括られたテクスト同様、「なにものをも言わんとしないことができるし、いかなる決定可能な意味をもたないことができる」「残留物」であり、「接木」によってあらゆる文脈の外部へと連れ去られる可能性を秘めている。それは解釈と意味の戯れを果てしなく喚起するひとつの「秘密」ではあるのだが、しかし、その秘密とは、秘密が実は何もないというかたちの秘密なのだ(「真実を言うことによって、真実を言っているのだと言うことによってのみ、人はいつわることができる」★五)。デリダは言う。

書かれたものとして読解可能なこの未完の句は、つねに秘密のままにとどまることができるが、それはこの未完の句がひとつの秘密を保持しているからではなく、それがつねにひとつの秘密を欠いていてその襞=折り目のなかに隠されたひとつの真理を偽装することができるからである★六。


接木による意味の漂流とは、言い換えれば、「襞=折り目」をひたすら押し広げ、展開してゆくことである。そこではひとつの真理が探し求められるのだが、襞は無限に展開可能で、そのなかに隠されているはずの真理はいつまでたっても見つけだせない。レディ・メイドのオブジェそのものには何の秘密もない。それはあるがままにそこにある。にもかかわらず、そこには真理を隠しているかのような「襞=折り目」があって、それが解釈をかぎりなく誘発する。
レディ・メイドでは観念の箱と現実の空間とが無限小のずれを孕んだ状態で重ね合わされているのだと先ほど述べた。ひとつの真理を偽装する襞とはこのずれのことであると言ってよい。デリダはそこに隠されているかのように見えるものを「真理」と呼んだ。レディ・メイドの場合にそれは「美」にほかならないだろう。『ゲーテの「親和力」』でヴァルター・ベンヤミンは、「被いも被われた対象も美ではなく、美とはその被いのうちに存在する対象を謂う」★七と書いていた。アウラが凋落する以前の芸術における美的なるものについては、そこから仮象という被いだけを取り除くことはできない。言い換えれば、仮象という観念の箱それ自体もそこに入ったオブジェも美ではなく、美とは観念の箱のうちにあるオブジェを指す。アウラはこの「被われてあること」に宿るのだ。
では、レディ・メイドという大量生産品そのものの現前において起こっている事態は何なのか。それはもはや仮象という観念の箱のなかにやすらってはいない。かといって、この物体は剥き出しのまま、現実空間にただ投げ出されているわけでもない。レディ・メイドが収められた箱は美が秘められたかのような「襞=折り目」としてのずれを作り上げることを通して、単なる物体でもアウラをもった芸術作品でもない何かとして眼を欺き、われわれをその襞の展開へと誘うのである。
しかし、そこには秘密が欠けているのだとしたら、美が偽装されているだけなのだとしたら、この襞を押し広げることでもたらされるものは何なのだろうか。被うものと被われたものとの関係をめぐってベンヤミンは、こんな子供時代の思い出を綴っている。そのころ、箪笥の奥にしまいこまれた靴下は、一足を半分に折り、そのうち片方の上半分を裏返しにしながら、全体を巻き込むように丸めてあるため、一足一足が小さな袋のような形をしていた。幼年時代のベンヤミンは手をできるだけ深くその袋のなかに沈めてゆくのが楽しみだった。柔らかいウールのかたまりという「袋」の「中身」が手を誘惑して奥へと引き込んでいった。その中身をしっかり手に掴むと、「この遊びの第二部、思いもよらぬ種明かしの部が始まった」★八。中身をそのウールの袋から引き出してしまうと、中身は袋から抜け去って、同時に袋そのものもなくなってしまう。

こうしてわたしはあの謎めいた真理、すなわち、形式と内容、被いと被われているもの、「中身」と袋がひとつのものであるという真理を、何度繰り返して試してみても、飽きはしなかった。ひとつのもの──しかもそれは第三のもの、つまり、これら二つのものが変容して姿を現わす、あの靴下なのだった★九。


襞の展開から生み出されるのはこの「第三のもの」である。では、それはいったい何なのか。袋であると同時に中身でもあるという丸められた靴下は「夢の世界の構造」★一〇をもっている、とベンヤミンはそのプルースト論で言う。それが一挙にあの「第三のもの」に変容する。そして、この「第三のもの」とは「イメージ」にほかならない。プルーストがこうした「イメージ」を必要としたのは、或る「郷愁」を鎮めるためだった。この「郷愁」をベンヤミンは、「類似の状態において歪められた世界への郷愁」、すなわち、夢の世界における出来事の類似性に対する郷愁であると述べている。なぜなら、「夢の世界では出来事が、決して同一のものとしてではなく、似たものとして、つまり見分けがつかないほどそれ自体に似たものとして出現する」からである。このように、被いと被われているものとが変容して姿を現わす「第三のもの」とは夢の「イメージ」なのだ。
それは決して「同一(identisch)」ではなく、「見分けがつかないほどそれ自体に似たもの」であるとベンヤミンは言う。この類似性が同一性ではない以上、そこには差異がありそうなものだが、「見分けがつかない」ということは、差異がそれとしては認識されえないことを意味する。しかもそれは「それ自体」に似ているというのだ。夢のなかの出来事はただあるがままの自己同一性においてではなく、それ自体に似たものという類似性のもとに、したがってそれが同一性でないかぎりは、或る知覚しえない「歪み」のもとに立ち現われる。
レディ・メイドのオブジェとはまさにこの、歪みを抱え、それ自体に対する類似性のもとに置かれた物体ではなかっただろうか。歪みあるいはずれという襞を展開することで生み出されるものが「イメージ」なのだとしたら、レディ・メイドは、アウラ的な芸術作品のように被いと被われてあるものとの共存のなかに仮象の「美」を輝かせるのではもはやなく、観念の箱と現実との隙間を通して、この「イメージ」なるものを出現させていたのである。デュシャンの造った観念の箱は、現実の「視」の世界に夢の構造を与えていたのだ。そのときにはじめて、レディ・メイドはcrypticなものになりえたのである。
世界を秩序立てて二次元平面のなかに捕捉する透視図法が黄昏れてゆく一九一〇年代に、歪められた透視図法によって「形而上的」光景を描いたジョルジョ・デ・キリコは、一九二九年、幻想的な都市をひとりの画家が彷徨する小説『エプドメロス』を書いている。横山はこれとほとんど同じ時期に刊行されたアンドレ・ブルトンの『ナジャ』とを比較して、ともに都市のイメージを対象としたこれらふたつの小説の際立った違いに言及している。『エプドメロス』においては主人公の彷徨にもかかわらず、彼の周囲に展開する空間はつねに均質で変化がない。そこを支配するのは倦怠であり、退屈な反復である。一方の『ナジャ』は二〇世紀初めのパリの変貌、人間の主観のなかと現実の都市構造の双方における変貌を描いた都市の物語だった。

ここでも主人公は小説のはじめから終りまでひたすら彷徨をつづけるが、しかしこの背景となっている都市は『エプドメロス』のような固定し完結し秩序立った都市ではない。こまぎれになり断片と化した都市、『エプドメロス』の幻想の都市よりもはるかに具体的で地図の上に各部分をプロットしその繋がりを充分辿れるものであるにもかかわらず、なおキリコのものよりもはるかに断片的で、人間がじかにその空間の局部と交接しうる都市のイメージがここに在る。これはいくつもの絵の錯綜のなかにはじめて描かれる都市像であり、あの『エプドメロス』のモノトニイとは対照的な次元で構成された都市像である。ブルトンに要るのはもはや透視図法ではなく、瞬間、すなわち過ぎ去って行く時間を空間とともに一瞬のうちに捉える写真だったのだ★一一。

 
この時代に透視図法から箱へと視の世界の枠組みが変わったのだとしたら、その変化はこうした都市イメージの変貌にも表われている。ここでは都市がいわばひとつの「箱」になったのだ。そのとき都市はもはや透視図法によってひとつに凝固したタブローとしてではなく、カメラ(この暗い「部屋」という箱)に収集される複数の断片的な時間─空間の痕跡を通してはじめて描きだされるのである。
形而上絵画の出発点が路上に置かれた家具にあったように、キリコにとってもまた、都市とはレディ・メイドな物体をcrypticなものに化してしまう箱にほかならなかった。ただ、この箱によって視の世界に与えられた夢を物語ろうとしたときに、彼はそれをあくまで黄昏れてゆく透視図法を通じておこなうことを選んだのである。しかし、人が夢について語ることができるのは大方、『エプドメロス』の世界を覆っているような倦怠や退屈だけでしかない。ベンヤミンは『パサージュ論』で書いている。

倦怠とは、内側に華やかで多彩な絹の裏地を張った暖かい灰色の布地のようなものである。われわれは夢見るとき、この布地にくるまれている。そのときわれわれは、この裏地のアラベスク模様のうちでやすらっているのだ。しかし、くるまれて眠っている本人は外からは灰色に、そして倦怠を覚えているように見える。そして、彼が眼を覚まし、夢見たことを語ろうとすると、伝えられるのは大抵はこの倦怠だけなのである。というのも、時間の裏地を一挙に表側にかえすことなど誰にできようか。ところが夢を語るというのは、まさにそれをすることなのだ。そして、パサージュについてもそのように扱うほかない。パサージュはそのなかでわれわれが、われわれの両親の、そして祖父母の生をいまいちど夢のように生きている建築物なのだ。ちょうど胎児が母親の胎内で、動物たちの生をいまいちど生きているように。こうした空間のなかの生活は、特に何のアクセントもなく、夢のなかのできごとのように流れていく。遊歩こそはこのような半睡状態のリズムである★一二。


ガラスによって四方を閉ざされたパサージュの構造そのものが夢に似ている。それは外部をもたない内部、純粋な室内である。「パサージュは外側のない家か廊下である──夢のように」★一三。この純粋な内部を反転させること、灰色の倦怠に包まれた夢の多彩なアラベスク模様の裏地を一挙に表に返すことが夢を語ることなのだ。不可能に見えるこの裏返しこそ、幼年時代のベンヤミンが繰り返した靴下の遊びにほかならない。すなわち、夢を語ることは被いと被われたものとをあの「第三のもの」、「イメージ」に変容させる営みなのである。『パサージュ論』が扱う「一九世紀からの目覚め」★一四はこのような「イメージ」の出現としてもたらされる。つまり、「目覚め」とは覚醒した現実意識ではなく、覚醒した意識と眠り、現実と夢がともに変容したところに現われる「第三のもの」なのだ。「夢のイメージ」はそうした意味でつねに両義的である。そして、デュシャンのレディ・メイドは、観念の箱を現実空間に重ね合わせることで、物体にこうした夢のイメージの両義性を与えていたのではなかっただろうか。
『パサージュ論』という断片的テクストの集積もまた、一九世紀パリのパサージュをいわば裏返すようにして、それを夢の「イメージ」へと変容させようとした、ひとつの観念の箱である。記憶の襞=折り目を押し広げて「イメージ」を展開することは、プルーストやベンヤミンにとって、「命取りになりかねぬ遊び」だった。その追想の過程には果てしがなく、「小さいものから微細なものへ、微細なものから極微のものへと進み、こういう微小な小宇宙では、ますますすさまじい力が思い出に立ちはだかるようになる」★一五。そのような夢と記憶の解読作業を可能なかぎり遠くまで進展させるところに生み落とされていったのが、一九世紀パリの「イメージ」を捉えようとした膨大な断片だった。それは都市をいったん記憶のなかへ、ということは無意識のなかへと沈めたうえで、「類似の状態において歪められた」姿、「見分けがつかないほどそれ自体に似たもの」として再び浮かび上がらせてくる作業である。そこではパリという都市そのものが、crypticなレディ・メイドのオブジェへとメタモルフォーゼを遂げるのである。

3──マルセル・デュシャン 《折れた腕に備えて》1915 出典=http://www.theartcanvas.com/duchamp.arm.jpeg

3──マルセル・デュシャン
《折れた腕に備えて》1915
出典=http://www.theartcanvas.com/duchamp.arm.jpeg

4──ジョルジョ・デ・キリコ 《不安にさせる美神たち》1925 出典=http://www.artchive.com/artchive/D/de_chirico/muses.jpg

4──ジョルジョ・デ・キリコ
《不安にさせる美神たち》1925
出典=http://www.artchive.com/artchive/D/de_chirico/muses.jpg

5──アンドレ・ブルトン『ナジャ』より

5──アンドレ・ブルトン『ナジャ』より

3 グローバリゼーションというブラック・ボックス

ベンヤミンにとってパリが近代の社会と文化を分析する方法になりえたのは、ひとつの箱としての都市が世界を捉える枠組みを与えていたからにほかなるまい。現実の箱を観念の箱で被う入れ子の構造によって彼の都市論は、レディ・メイドな都市に内包された無数の断片を夢の「イメージ」へと向けて展開しようとしたのである。シュルレアリスム的なその手法を現代の都市論において継承しているのはまがいもなくレム・コールハースだろう。この名を挙げることは一見したところ、適切ではないように思われるかもしれない。なるほど、たとえば「Mutations」という最近のイヴェントなどにおける彼の主張は、グローバル化した資本主義の運動に敢えて身を投じて、醜悪で混沌としたアメリカの、中国の、アフリカの都市の現状を見据えよ、と説いているかのように見える。世界資本主義に「エ$」と応じてみせたうえで、錯乱のニューヨークから、錯乱の深、錯乱のラゴスへと移動しつづけるそのアイロニカルな姿勢を、一種の(ポスト)コロニアリズムとして批判することは正当であるし、必要なことにも思われる。今年三月に東京でおこなわれた彼の講演会★一六で、建築家のモラルを問う質問がなされたのも当然だろう。こうしたコールハースのどこがベンヤミンの手法に通じるというのか。
コールハースの主張に対する賛否は、その実質的な内容に比べて、いささか過剰な反応になりがちである。彼の論点として語られる、多くの都市が世界中ですでにメガロポリス級の規模に達し、きわめて速いスピードで変化を経験しているなどといったことは広く知られている事実であり、目新しい発見ではあるまい。都市が建築家のモラルや意志を超えたところで形づくられているという認識にしたところで、ユートピア的な都市計画が破綻した時代のあとを生きているわれわれにはとっくに自明なことではないだろうか。一方、珠江デルタに建造される景観を「フォトショップ的コラージュ都市」と呼び、一九六〇─七〇年代に西欧の都市計画家がかたちづくったラゴス(ナイジェリア)の都市構造が予想もつかないダイナミックな利用によって変貌しているさまをたどるコールハースの記録と分析は、いかにも現代都市の最先端の現象を取り上げているように見えるものの、そのプレゼンテーションはあくまで彼が建築家であることを前提とすることによって意味づけられる類のものだ。つまり、建築家としての審美主義がそこで──あくまで暗黙のうちに──問題になっているのだと言ってよい。もちろんそれは、アイロニカルで悪趣味な、反審美主義の姿勢をとってはいるのだが、それでも建築や都市の審美性にかかわるものであることに変わりはない。慎重に美醜の判断を回避することによって、コールハースが逆に露呈しているのはこうした隠された審美主義である。さらに言えば、反モラルないし無モラルの身ぶりによってモラルに関する議論を自分のまわりに招き寄せているのもまたコールハース自身である。建築家にモラルを求める議論など、コールハースの挑発がなければ、誰がしようと思うだろうか。ここにもコールハース自身のモラルへの、ということは、固有名をもった建築家という存在の権能への依存が転倒した形で認められる。同じ講演会シリーズでサンフォード・クウィンターは、都市を語る者はすべてペテン師だと語ったが★一七、コールハースはその意味で確信犯的な優れたペテン師であり、彼の言葉を文字通りに受け取ることはできない。
このように都市の「現状」に果敢に挑戦するかのようなコールハースのパブリックイメージにもかかわらず、メランコリーがそこにつきまとっているように見えるのは、「現状」と称されているものが、実はつねにすでに遠い過去でしかないからだ。コールハースは都市の最前線を追いかける。しかし、都市はたちどころに先へ進んでしまう。そこにあるのは典型的な近代の時間性である。現在はただちにはるかな古代に変貌する。それゆえに、(ポスト)コロニアリズムめいた彷徨も、都市を追跡するために強いられたものであることを避けられない。たとえば論文「ジャンクスペース」のテクストは『錯乱のニューヨーク』同様、産まれえなかった胎児のイメージを孕み、あまりに寓意的で、メランコリックではないか。「回顧的なマニフェスト」という時間の転倒を抱えた『錯乱のニューヨーク』が、自己意識化を先送りする原理としてのマンハッタニズムを意識化しようとする矛盾した営みに最終的に挫折したように(この書物のなかでマンハッタニズムを実践したと称するコールハース自身の一連の計画案は最も色褪せている)、都市のダイナミズムを世界各地に追うコールハースは、それらの都市で作動している原理と自分の建築デザインとの間に関連をつけることがいっこうにできていない。それを確信犯的な無縁さと見るかどうかは措くとして、余裕をもったアイロニカルな所作に見えて実は、コールハースの都市論は、都市を前にした建築家の無力を十分自覚した挫折の記録であり、その基調は土星の星のもとにある。
「グローバリゼーション」はこの寓意家が造った観念の箱に与えられた詐称まがいの名である。それが経済的・社会的分析と十分重なり合うものかどうか、そこにコールハースの関心が果たして本当にあるのかどうかは疑わしい★一八。というのも、コールハースは現実を直視せよと説いているのではなく、あれこれのレディ・メイドの都市を取りそろえて、その「イメージ」を提示することに力を注いでいるからだ。彼の分析とプレゼンテーションの魅力は、いつにかかってその最終的な産物であるアレゴリカルなイメージにこそある。自分の先を走りつづける都市に魅せられてしまった人コールハースのまなざしは、歴史の天使のまなざしとは正反対の方向を向いているようでありながら、彼が眼にしているものもやはり、膨張するメガロポリスという廃墟であり、「ジャンクスペース」という都市空間の塵芥にほかならない。
グローバリゼーションという概念は巨大なブラック・ボックスである。そこを巧みに利用してコールハースが大風呂敷で包んでみせたのは、さまざまな「変異」を示す奇妙な都市のオブジェたちだった。仰々しい挑発的な表現を取り除いたとき、そこに残るのは意外にもシンプルな、都市イメージをめぐるコールハースという蒐集家の欲望のかたちである。建築家コールハースのアリバイでしかないグローバリゼーションなどといった概念に踊らされる以前に、これら都市の変異体におけるcrypticなものを展開してみなければならない。それは同時に、あらゆるものを包括する「都市=世界」の箱をさらに包み込む観念の箱を造ることである。そのとき見出されるべきはいかにも新奇で(ポスト)コロニアリズム的な都市の相貌ではなく、慣れ親しんだ都市空間の「見分けがつかないほどそれ自体に似たもの」としてのもうひとつの顔であろう。靴下を裏返す子供の遊びを真似るようにして、巨大な箱を内部から包み直す「残留物」としての断片、都市の歪んだ細部が見つけだされなければならない。

6──『Mutations』(ACTAR)より

6──『Mutations』(ACTAR)より

7──『Mutations』(ACTAR)より

7──『Mutations』(ACTAR)より


★一──ジャック・デリダ『尖筆とエクリチュール』(白井健三郎訳、朝日出版社、一九七九)二〇六─二〇七。
★二──横山正『箱という劇場』(王国社、一九八九)三一頁。
★三──同、七九頁。
★四──同、八一─八二頁。
★五──デリダ、前掲書、二一三頁。
★六──同、二〇七頁。
★七──ヴァルター・ベンヤミン「ゲーテの『親和力』」(『ベンヤミン・コレクション1 近代の意味』浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、一九九五、一七二頁)。
★八──ヴァルター・ベンヤミン「一九九〇年頃のベルリンの幼年時代」(『ベンヤミン・コレクション3 記憶への旅』浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、一九九七、五五三頁)。
★九──同、五五五頁。
★一〇──ヴァルター・ベンヤミン「プルーストのイメージについて」(『ベンヤミン・コレクション2 エッセイの思想』浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、一九九六、四二一頁)。
★一一──横山、前掲書、二一一─二一二頁。
★一二──ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論V』(三島憲一ほか訳、岩波書店、一九九五)一四─一五頁、断片番号D2a,1。
★一三──ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論III』(三島憲一ほか訳、岩波書店、一九九四)四八頁、断片番号L1a,1。
★一四──ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論IV』(三島憲一ほか訳、岩波書店、一九九三)二三頁、断片番号N4,3。
★一五──ヴァルター・ベンヤミン「ベルリン年代記」(小寺昭次郎訳、『ヴァルター・ベンヤミン著作集12 ベルリンの幼年時代』晶文社、一九七一、一二九頁)。
★一六──二〇〇一年三月二二日、TNプローブ(東京)における講演「ショッピング/ラゴス/PRD/ローマ都市」。
★一七──二〇〇一年三月二七日、TNプローブにおける講演「アメリカとの契約──究極のアーバニズム」での発言。クウィンター自身の講演は、その後半で彼が暮らす都市ヒューストンの現状を多くの印象的なスライドで報告していた。ヒューストンの最も特徴的な光景を集約したそのイメージが興味深いものであったことは否定しないが、それが果たしてヒューストン固有のものなのか、それともスライドによるプレゼンテーションという「ペテン」の産物なのか、という疑問はつきまとう。なるほど、都市は表象を通じてしか伝えられない以上、そこにはペテンの要素がつねに残されるだろう。とするならば、その表象のメディアそのものが与える歪みに自覚的でなければならないはずだ。確信犯であるコールハースとは異なり、クウィンターの講演ではこの点が判然としないまま、分析を伴わないイメージの上演がおこなわれていたように思われてならない。
★一八──したがって、講演時にコールハースに対してなされた、深やラゴスといった都市の現地の人々とコラボレーションをしてみてはどうかという提案は、まったく常識的に正当であるがゆえに、コールハース自身の意図とは遠いところにとどまるだろう。

>田中純(タナカ・ジュン)

1960年生
東京大学大学院総合文化研究科教授。表象文化論、思想史。

>『10+1』 No.24

特集=フィールドワーク/歩行と視線

>ヴァルター・ベンヤミン

1892年 - 1940年
ドイツの文芸評論家。思想家。

>パサージュ

Passages。路地や横丁、街路、小路など表わすフランス語。「通過」する「以降...

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。

>錯乱のニューヨーク

1995年10月1日