RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.23>ARTICLE

>
美容室──身体と空間の改造 | 三浦展
Beauty Parlor: The Re-modeling of Body and Space | Atsushi Miura
掲載『10+1』 No.23 (建築写真, 2001年03月発行) pp.43-43

大正から昭和にかけて今和次郎という人物が考現学という学問を生み出した。私の尊敬する大井夏代氏は、誰に頼まれるでもないのに、毎月渋谷などの街でファッションの観測をし、ホームページに公開したりしている★一。まさに、彼女こそ現代の今和次郎だと思う。
その大井氏の調査によれば、いまや若者の八〇パーセントが茶髪だそうだ。いや、正確には茶色だけでなく、金髪、ピンク髪、緑髪、青髪など多様であることは言うまでもない。特に、原宿あたりは、極楽鳥の島に来たかと思われるほど、多様な髪の色に出会う。そういえば、去年、ロンドンから来た広告マンに、「どうだい、トーキョーのほうがロンドンよりも、金髪が多いだろう?」と聞くと、「いやあ、まったくだね」と(英語で)言っていたなあ。ピアスやタトゥーもずっと流行っているが、現代の若者は自分の身体をいじくりまわし、改造することに快感を覚えるのであろう。ま、あんまり他人の身体に関心をもちすぎて、ナイフで刺したり、筋弛緩剤を打ったり、爆弾を投げ込んだりするよりはいいけどね。
さて、カリスマ美容師なる言葉が二、三年前に流行し、高校生のあいだで美容師が人気職業ナンバーワンになっていることはよく知られている。だが、最近は、美容師という職業だけでなく、美容室という店そのものも、相当注目に値する空間になってきている。
原宿あたりを歩くと、昔ながらのシルバーメタリックとブラックのインテリアの美容室は客がほとんどいない。しかし、まるでテーマパークのように凝った内装の美容室には客が引きも切らないし、その店で働きたいという美容師もたくさんいるという。
たとえば、キャット・ストリート沿いにある、一軒家を改造した「ラルマコア」は、茶色の壁面に窓枠は黄色で、入り口横にはシュロの木があり、最初に見たときは南米料理のレストランかと思った。オーナーが沖縄出身なので、実は南米風ではなく、沖縄風らしいが、しかしもちろん純然と沖縄的なわけでもない。あえて言えば、客用の椅子が蛇皮張りなのが、沖縄風か(沖縄に行ったことがないから、よくわからないのだが……)? 屋根裏の板はむき出しになり、ドアは青いペンキで塗られている。縁側もある。なんとも不思議な要素が混ざり合っている。
裏原宿の「ストリート・セル」は柱が黄色いので、当然鉄筋造であろうと思ったが、よく見ると木造家屋の柱を塗っただけで、柱の間の壁をはずしてガラスを入れてある。見事な改造だ。
中目黒にある「ビタミン」は、三階建ての商店を改装したものらしく、外壁は真っ白に、店名は真っ赤に塗られていて、やはり白く塗られた(しかし色がはがれて「いい感じ」になった)階段を上ると、美容室がある。しかし、その店内はというと、客の座る椅子は古い床屋のものらしき黒いレザーの椅子と、ただの会議用とおぼしき黒い椅子が並べられ、美容師が座る椅子は、どうやら工場で溶接工かなにかが座りそうな、塗装のはがれた鉄の椅子なのである。
恵比寿の「#401」は、とあるビルの一室にあり、完全予約制で、椅子はひとつしかない。あたかもマッド・サイエンティストの実験室か、美術家のアトリエのような店だ。
そのほか、映画『未来世紀ブラジル』を思わせるような店、モダンな木目の壁を配した店、南欧の古いホテル風、ゴシック風、未来風などなど、実に個性的なインテリアの店が増えている。表参道の「DaB」は、オーナーが店内のワゴンからシャンプーチェア、そしてスタイリング剤まで自らデザインしたというから念には念が入っている。
美容室はサロンとも呼ばれるが、オーナーが演出した個性的なサロンで会話を楽しみながらヘアスタイルを変えるという行為は、客にとっても相当エキサイティングなものであろう。しかも美容室は、美容師と客が一対一で向き合い、客がみずからの身体の一部の改造を任せるのであり、その意味で手術室的な雰囲気もある。だから、ただ髪を切るだけでなく、まるで映画のなかにいるように、ある一定の世界観のなかで自分を変身させたいという願望も満たすことができるわけだ。
飲食店では、一九八〇年代以降、ハイテックなカフェバーから、エスニック、無国籍料理店、そしてギーガーをテーマにした「ギーガー・バー」のような店にいたるまで、実に多彩なインテリアを競う店が増え、空間プロデューサーという、いま聞くとずいぶん怪しげな職業がもてはやされた。しかし、考えてみれば美容室はヘアデザインの専門家としての美容師の美意識を表現する空間なのだから、飲食店以上に個性的な店が増えるのは当然といえば当然で、これまでの美容室にむしろ個性がなさすぎたともいえる。
髪の毛だけでなく、インテリア、家具、什器、備品、そして店内音楽にいたるまで、総合的に空間をデザインし、しかも古い空間を改造して、自分らしい空間に造りかえていくという改造欲求まで満たすことができる。映画監督のように「世界」を創造できる職業だからこそ、美容師に人気があるのであろう。

1──「ラルマコア」

1──「ラルマコア」

2──「ビタミン」 筆者撮影

2──「ビタミン」
筆者撮影


★一──http://club.pep.ne.jp/%7Esar002/teiten/index.html

参考文献
『h/c』(バウハウス、二〇〇〇)。
『Casa BRUTUS』二〇〇〇年七月一〇号(マガジンハウス)。
『Tokyo Jammin’』vol.3(レゾナンス出版、二〇〇〇)。
『Mutts』二〇〇一年一月号(マガジンハウス)。

>三浦展(ミウラ・アツシ)

1958年生
カルチャースタディーズ研究所主宰。現代文化批評、マーケティング・アナリスト。

>『10+1』 No.23

特集=建築写真

>バウハウス

1919年、ドイツのワイマール市に開校された、芸術学校。初代校長は建築家のW・グ...