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奇妙な天使たち──〈言葉なきもの(インファンス)〉の都市 | 田中純
Angels of the Odd: The City of "Infans" | Tanaka Jun
掲載『10+1』 No.13 (メディア都市の地政学) pp.12-24

あのころ、早くも私たちの街は慢性的な薄暮の灰色のなかにますます沈みがちになり、街を取り巻くあたりは、暗黒の湿疹、綿毛の生えた黴、鉄色の苔で覆われていった。
ブルーノ・シュルツ「魔性の訪れ」★一


1 商品フェティシズムの宇宙

クエイ兄弟の人形アニメーション映画『ストリート・オブ・クロコダイル』(一九八六)では、〈木製の食道〉と題されたプレリュードで、朽ちかけた劇場らしい場所に置かれた光学装置に老人が唾をたらすことにより、それをあたかも潤滑油としたかのように機械仕掛けが動き出し、物語が始まる。光学装置のレンズが捉えているのは古びた都市地図の一画である。地図にレンズの焦点を合わせると、その街並みがからくり仕掛けとなって、装置を覗き込む者の眼前に展開される。作動し始めたこのミニチュア都市のからくり仕掛けの内部では、一体の男の人形が手を糸に絡ませ、身動きがとれなくなっている。老人は鋏でその糸を断ち切ってやり、この人形を解放する[図1]。
自由になった人形は昼夜の区別の定かでない薄明のなかを、塵芥が堆積した〈大鰐通り〉へと迷い込む[図2]。そこは薄汚れて曇ったガラスの天井とショウ・ウィンドウに囲まれた迷宮のようなパサージュであり、シンバルを打ち鳴らす猿の玩具や電球をはじめとする機械部品の組み合わせでできた人形がショウ・ウィンドウのガラス越しに見える。ネジたちが路上で回転しながら踊るダンスを子供の人形が見つめている。店先の懐中時計にネジが数本貫入すると、時計が蓋を開き、内臓めいた肉を露わにして彼らを吐き出す。
滑車を経由して街に張り巡らされた埃だらけの糸をたどって、男は奥まった仕立屋にたどりつく[図3]。そこでは、頭の上半分が切り取られて虚ろな中身をさらけ出し、眼球をくり抜かれた人形の仕立て職人たちが男を迎える[図4]。彼らは群舞を踊るようにして、男の首をすげ替え[図5]、衣裳の型紙を取る。ひとりの仕立て職人は、恐らく第一次世界大戦後のヴェルサイユ体制下のものと思われるポーランドの国境線が糸で仮縫いされた地図上に血だらけの肉塊を広げ、それを紙で包み込む[図6・7]。仕立屋に吊り下げられた数々の巨大な解剖図のなかには、直立するペニスの図があり、別の仕立て職人はその睾丸に見立てられ、針の突き刺された生肉をまさぐっている[図8]。人形たちのそんな身振りの無言劇が次第に緩慢になった果てで、この映画の原作であるブルーノ・シュルツの「大鰐通り」から、次のようなテクストがポーランド語で朗読される[図9・10]。

1──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』1986 (発売=ダゲレオ出版)

1──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』1986
(発売=ダゲレオ出版)

2──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』1986 (発売=ダゲレオ出版)

2──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』1986
(発売=ダゲレオ出版)

3──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』1986 (発売=ダゲレオ出版)

3──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』1986
(発売=ダゲレオ出版)

4──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』1986 (発売=ダゲレオ出版)

4──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』1986
(発売=ダゲレオ出版)

5──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』1986 (発売=ダゲレオ出版)

5──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』1986
(発売=ダゲレオ出版)

6──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

6──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』


7──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

7──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

8──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

8──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

9──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

9──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

10──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

10──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

人間という材料の安価なこの街では、奔放な本能もなければ、異常なほの暗い情熱も入り込む余地はない。大鰐通りは新時代とまた大都会の腐敗を引き入れるために私たちの街が開いた租界であった。どうやら、私たちの資力はせいぜい紙製の模造品イミテーションや去年の皺だらけの古新聞からの切り抜きを貼り合わせたモンタージュ写真しか賄いきれなかったようである★二。


自伝的色彩の濃いこの作品において、シュルツが〈私たちの街〉と呼んでいるのは、彼の故郷であり、生涯ほとんどそこを離れることのなかった街ドロホビチである[図11]。ドロホビチは現在、ポーランドとの国境に近いウクライナ領内に位置する。一八九二年にシュルツが生まれたとき、ここはまだオーストリア=ハンガリー二重帝国のガリツィア地方に属し、ポーランド人、ウクライナ人、そしてシュルツが属したユダヤ人の三つの民族が共存していた。一九一八年、独立したポーランド共和国の都市となったドロホビチは、一九三九年のドイツ軍のポーランド侵攻に引き続く、赤軍のポーランド領ウクライナ占領の帰結として、ソビエト連邦に組み込まれた。シュルツはこの地がナチ・ドイツの支配下にあった一九四二年、ゲシュタポの一士官によって路上で射殺されている。
シュルツが生まれた当時約三千であった人口は、一九三一年には三万二千人に増加した。その背景にはこの街周辺における石油の発見があった。ドロホビチは石油産業の中心地、いわばガリツィアのカリフォルニアとなったのである。「大鰐クロコダイル通り」にはそれに伴う都市空間の変容が描かれている。シュルツはそうした変容を象徴する大鰐通りを、一九世紀末のゴールドラッシュで有名だったカナダ・ユーコン川流域の〈野生の土地クロンダイク〉にたとえている。この短篇の冒頭で父が広げてみせる羊皮紙の古地図上でドロホビチの街は、一軒一軒の家の軒蛇腹まで克明に描き出されていた。しかし、問題の地域だけは違っていた。

バロック風の遠近法の様式で描かれたこの地図の上で、大鰐通りの界隈は、ふつう地図で極地や存在の不確かな未踏査地方をしめす空白のまま残されていた。そこにはわずかに数本の通りが黒い線で描かれ、そばには飾らない文字で町名が書き入れてあり、ほかの文字がどれも上品な古い書体であるのと歴然と区別されていた。一見したところ、地図の製作者はこの界隈を街の一部として公認することをはばかったため、そうしたがらりと異なったぞんざいな描き方によって敬遠の意を表明したのだと思われた★三。


そこは擬似アメリカニズムに支配された無趣味な商工業地帯であり、同時に街娼が行き交う都会的な頽廃の空間である。「家も人も車もあまりに灰色で厚みがない」ように見えるこの街路では、建物から人間まですべてが粗悪品の紛い物でしかない。頽廃の気配すらもがそこではいかさまである。この地区の宿命とは、何ごともここでは結果に到達せず、何ごとも決定的帰結にはいたらないことであるとシュルツはいう。「開始されたいっさいの運動はそのまま空間に停止し、いっさいの身ぶりは時いたらぬうちに涸れてしまい、ある死点より先へ越すことができない」★四。欲望はあまりに早く沸き立つがゆえに、急速に萎えて、無力で空虚なもののままにとどまる。あらゆる可能性は高まりの緊張点を越えると、たちまちしおれて枯れ果ててしまう。
「ボール紙作りのような」建物が建ち並び、「紙粘土でこね上げた車体」の市街電車が走るこの通りは、あらかじめクエイ兄弟の作品のようなミニチュア都市であることを想定されていたように見える。シュルツが自作の挿絵として描いた街の光景もまた一様に積み木細工に似て現実感がなく、女性たちが娼婦のように大胆で挑発的であるのに対して[図12・13]、悄然と街角に佇む男たちの身体は、子供のような、そして人形のようなプロポーションに萎縮している[図14]。
「大鰐通り」を収めた作品集『肉桂色の店』の作品の多くは、奇怪な妄想を繰り広げては挫折する父ヤクブと若く健康な召使いの娘たち、特にアデラというたくましい娘とのコントラストのもとで物語られている。そのなかの三篇を費やして、父ヤクブによるマネキン人形論が展開されている。それは「創世記第二の書」として開陳されるヤクブの、形而上学的であると同時にエロティックな物質論であった。
造物主デミウルゴスによって天地創造が終わったわけではなく、物質にはわれわれを造形へと誘う誘惑の力がある、とそこで父ヤクブは主張する。物質とは「宇宙のなかでもっとも受け身な、もっとも無防備な」女性にも似た何かである。生命のない物質は存在せず、造物主の方法によらずとも、「ある種の非合法な方法、異端と犯罪の無数の方法」によって、物質からは第二の創造をおこなうことができる。
ただし、その産物は長期間存続するようなものではない。ただひとつの身ぶりのため、ひとつの言葉のために、つかの間だけ彼らには生が与えられる。それはただ一度きりの仮のものでしかない。それが人間であれば、完全な身体ではなく、顔の片側だけ、片手、片足だけで第二の創世には十分であり、ひとつひとつの身ぶりのために別々の人間が創造されればよいのである。そんな第二の造物主が偏愛するのは複雑な物質ではなく、色紙や紙粘土、安ペンキ、おが屑といった安っぽく粗末な材料である。

11──ドロホビチの市場広場、年代不詳

11──ドロホビチの市場広場、年代不詳

12──シュルツによる「大鰐通り」の挿絵

12──シュルツによる「大鰐通り」の挿絵

13──シュルツによる作品集『クレプシドラ・サナトリウム』の挿絵

13──シュルツによる作品集『クレプシドラ・サナトリウム』の挿絵

14──シュルツによる作品集『クレプシドラ・サナトリウム』の挿絵

14──シュルツによる作品集『クレプシドラ・サナトリウム』の挿絵

分かるかな──と父はきいた──色紙、紙粘土、安ペンキ、麻屑、おが屑、そういうものに弱くて、夢中になってしまうことの本当の意味が? それはつまり──父は痛々しい微笑を浮かべていった──物質そのものに寄せるわれわれの愛情だ、物質がうぶ毛におおわれ、細かな毛穴をもっていること、独特の神秘な手ごたえをもっていること、それが好きでたまらないのだ。造物主、あの巨匠、芸術家は、物質を目だたぬものにし、生命の戯れのかげにそれをひそめさせている。われわれは逆だ、われわれは彼女の不協和音を、抵抗を、不恰好ぶりを愛する。(…中略…)要するに──と父は結論した──われわれはもう一度人間を創りたいのだ、マネキン人形を手本としてあれに似せたものを★五。


父はさらに〈曖昧な世代(generatio aequivoca)〉と命名された、物質の発酵の結果生まれる半ば有機体でしかない擬似植物、擬似動物について語っている。それらは見かけ上は脊椎動物や甲殻類、節足動物に似ているが、実際には無定形で内部構造を欠いている。特定の環境下でこの擬似動植物はしばしば旺盛に繁殖するという。

この場合、特定な環境とは、数多くの生体や出来事の発散物が飽和状態を越えているような古い住居とか、人間の夢想という特定の成分を豊かに含んでいる古色蒼然とした雰囲気とか、思い出、悔恨、不毛な倦怠などの腐植土が豊富なごみの山とかを指す★六。


ベンヤミンが、夢の最良の部分は「事物のうえに堆積した灰色の埃の層」★七にあると語っていたことが思い出される。シュルツにとってはドロホビチの街こそが、夢を埃として堆積させた、擬似生物の繁殖地にほかならなかった。服地商人であったシュルツの父はすでに一九一〇年頃には破産して店を手放しており、長い間病を患ったのちの一九一五年に亡くなっている。シュルツの父が経験したのは、きわめて貧しい後進地帯であったガリツィアを襲った石油ブームによる、街の急速な資本主義的近代化に強いられた没落と敗残の過程であった。シュルツはこの都市空間の変貌を回顧的に神話化することによって、失われた父の世界を再創造しようとする。しかし、その創世記は紛い物めいた束の間の存在と灰色の埃の層しか生み出さないことを、シュルツ自身が熟知している。
羊皮紙上に浮かび上がるドロホビチの詳細なパノラマが、時代から取り残された、閉じた小宇宙的な東欧多民族社会の表象であったとすれば、そこに突然もたらされた地図上の空白地帯とは、アメリカという貌をまとった、それまでとはまったく異質な商品世界の侵入を表わすものにほかならない。大鰐通りにおいては、肉体を商品とする街娼を含めてすべてが商品、ただし旧世界の目から見れば紛い物の商品である。なぜならそれは長期間の使用に耐えるようなものではなく、モードとしての束の間の存在だからだ。モードは〈決定的帰結〉というものを知らない。次々に新しい見せかけで欲望を誘惑し、それを宙吊りにしておくことによって、終わりを無限に先送りするものこそがモードだからである。
時間が停止状態にあったともいえる旧世界への、新奇なモードとしての商品の大量の流入によって、夢幻的な商品フェティシズムが誘起される。そこに群れる品々のいかさまな粗悪さにもかかわらず、いやむしろそれゆえに、シュルツが〈物質〉と呼ぶ安っぽい素材へのフェティシズム的な偏愛が生まれる。マネキン人形論とは、商品経済のダイナミズムの前に敗れ去った服地商人自身による、商品フェティシズムという倒錯の告白なのだ。
商品フェティシズムにおいて、商品は人間と社会の生産・流通関係の産物でありながら、その社会的由来を隠蔽して一種の自然物として立ち現われる。〈曖昧な世代〉という擬似動植物の自然発生とは、そんな自然史的過程としての商品のメタモルフォーゼを物語るものにほかならない。ジョルジョ・アガンベンは、ヒエロニムス・ボッシュが『地上の快楽の園』でアダム派の教理に従って描いたとされる千年王国のヴィジョンは、一五世紀末から一六世紀にかけてのフランドルという資本主義の黎明期における商品世界のスペクタクルであったという[図15]。

四世紀後のグランヴィルのように(そしてボッシュと同時代の、商品の最初の大量な出現に直面して、事物をそのコンテクストから引き離して表象した、エンブレムや盾形の家紋に関する無数の書物の著者たちのように)ボッシュは自然を〈特製品スペシアリテ〉に変容させたのであり、彼の創り出した有機的な要素と無機的な要素が混合した怪物や幻想的な建築物は、万国博覧会で商品が演じることになる夢幻劇を予告しているように見える★八。


アガンベンによれば、ボッシュからたどられる系譜は、ポーの短篇に現われる酒樽や水筒の組み合わせでできた〈奇異の天使(The angel of the odd)〉をへて、グランヴィルにおける商品の幻像(「生命のない物体の描写における彼の巧妙な技巧は、マルクスが商品の〈神学的気まぐれ〉と呼んだものに対応している」★九とベンヤミンはいう)[図16]、あるいはカフカの「家父の気遣い」に登場する奇妙な存在オドラデクへと続く。無機物が生きて動きだし始めるというこの一連の幻想とは、資本主義社会とともに発生した商品に対する人間の〈やましい良心〉(カフカのいう〈気遣い〉)が形を変えて表われたものだとアガンベンは指摘する★一〇。シュルツのマネキン人形論とともに、人形アニメーションという技法そのものもまた、この系譜に属するものといえるだろう。
クエイ兄弟の作品には、カフカやシュルツの文学、あるいはレオシュ・ヤナーチェクの音楽といった二〇世紀東欧文化からのさまざまな影響が流れ込んでいるが、彼らがオマージュとして作品を捧げているチェコのヤン・シュワンクマイエルを代表に、人形アニメーションそれ自体が、とりわけ政治的な含意をもった寓意表現として東欧で発展した。それは二〇世紀東欧・ソ連圏の特製品スペシアリテだったといえる。もとよりそこには、例えば『ゴーレム』のような人形をめぐる神話と民俗の文化的背景が作用していようし、人形による寓意が芸術表現上の政治戦略として選択された側面もあろう。だがまた一方で、社会主義体制下に置かれたからこそ、西側の消費社会における商品経済とは異なる形で、アガンベンのいう〈やましい良心〉がそこには残され、アナクロニズムともいえる商品宇宙の夢幻性が可視的な表象を求める結果となったのではなかろうか。言い換えれば、人形アニメーションの寓意的な内容にではなく、その表現形式そのもののなかに東欧社会主義圏の社会的幻想(商品フェティシズム)が表現されていたのではないだろうか。
一方、フィラデルフィア近郊生まれの一卵性双生児であるクエイ兄弟の側には、西側大量消費社会それ自体の〈やましい良心〉を喚起するともいえる、東欧という存在に対する激しいノスタルジーが認められる。シュルレアリスムが一九世紀的なキッチュに表現の可能性を見いだしたように、クエイ兄弟が試みようとしているのは、時代遅れにも見える事物との商品フェティシズム的な関係を通じて、西側世界の表象空間ではすでに失われている、ある種の起爆力を持った形象を創り出すことではないだろうか★一一。

15──ヒエロニムス・ボッシュ 《地上の快楽の園》部分 URL=http://sunsite.unc.edu/wm/paint/auth/ bosch/delight/delightd.jpg

15──ヒエロニムス・ボッシュ
《地上の快楽の園》部分
URL=http://sunsite.unc.edu/wm/paint/auth/
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16──グランヴィル《バレーのアポカリプス》

16──グランヴィル《バレーのアポカリプス》

映画技術の倒錯した利用によって初めて可能になる人形アニメーションとは、ボッシュやカフカの幻想を文字通り眼前に表象化する技法である。映画においてはきわめてマージナルなジャンルでしかない人形アニメーションは、通常の映画のように、カメラの前で展開される運動を一秒の二四分の一で裁断して記録し、再現表象するのではなく、まったく逆に、静止画像を一秒の二四分の一という間隔で積み重ねる作業によって事後的に運動を生み出すことを基本とする。そこで先行しているもの、そして絶対的な条件でもあるものは、被写体の完全な静止状態である。さらにそれは二次元のアニメーションとは異なり、三次元空間における事物の実写であるから、逆説的なことに、映像の内部における物体の運動をリアルなものとするためには、撮影の段階において画像に入り込みかねない運動はむしろ排除されなければならない。実際には例えば『ストリート・オブ・クロコダイル』においても、実写された運動と構成された運動が映像のなかで組み合わされて用いられているが、人形アニメーション固有の魅力が、操り手の存在が完全に消えた時空で事物が自由に動き回るという錯覚にあることは紛れもない。それは映画技術によってはじめて可能になった完璧な自動人形オートマトンなのだ。
『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』(一九八四)に登場するアルチンボルトの絵画を思わせる書物人間[図17]、あるいは『ギルガメッシュ──小さな箒』(一九八五)で三輪車に乗って遊ぶ残酷な子供(それはハインリッヒ・アントン・ミュラーの人物画に似ている)[図18]、その子供に捕獲されて殺される羽根のある怪物[図19]、あるいは『失われた解剖模型のリハーサル』(一九八八)のひとつ眼の針金人形など[図20]、クエイ兄弟の人形アニメーションに登場する奇妙な天使たちはことごとく醜く歪んでおり、表情をもたない。その代わりにきわめて特徴的なのは、彼らの身ぶりである。それは単なる物理的な運動ではない。眠るようにうなだれる『ギルガメッシュ』の子供の身ぶり、身体をのけぞらせる仕立て職人の人形の身ぶり、手で糸にかすかに触れる男の人形の身ぶり、回転し転がるネジの身ぶり、でき物を撫でまわす針金人形の身ぶり……。それが何を表わすのかは不明なまま、しかし、何かがそこで表現されている。
クエイ兄弟は無機物に身ぶりを与えた。しかし、その身ぶりは解読不能である。確かにわれわれはスクリーンの上に、人間に似たあれこれの身ぶりを見つけるかもしれない。しかし、そうした類似によって、その身ぶりが何を意味しているかを知ることは決してできない。これらの人形アニメーションで生起する中心的な出来事とはこうした身ぶりにほかならないが、もっとも不可解なものもまたこれである。ベンヤミンがカフカの作品における、とくに動物たちの身ぶりについて語った言葉を借りれば★一二、クエイ兄弟の作品が与えているものとは、無機物たちの不可解な身ぶりの法典にほかならない[図21─23]。
アガンベンは、サルペトリエールの精神科医ジル・ドゥ・ラ・トゥレットによる歩行運動の科学的な分析が、一九世紀末、マイブリッジらによる人間行動の連続瞬間撮影とほぼ同じ時期におこなわれていたことに注目している[図24]。トゥレットは、チック(不随意的、突発的で反復的な運動および発声)を伴う精神障害であるトゥレット症候群の研究で知られる。アガンベンによると、トゥレット症候群のような身ぶりの異常は、トゥレットがその詳細な記述を発表した一八八五年以降、数千の症例によって確認されていたのに、二〇世紀になると、一九七〇年代に再び注目されるようになるまで、報告が激減しているという。「この消失を説明するために立てうる仮説は、運動失調、チック、そして異常肢位が時間の経過とともに標準となり、ある点を越えると、誰もが自分の身ぶりを制御しきれなくなって、逆上した状態で歩いたり身ぶり手ぶりをするようになったのだ、というものだ」★一三。西欧ブルジョアジーの身ぶりは一九世紀末に回復不能なほど失われた。アガンベンは、自分の身ぶりを失ったこの社会が、その失ったものを再獲得しようとした場こそが映画であり、しかし、彼らはそこで同時にこの喪失そのものを映画という形で記録したのだという。
アガンベンはそこでドゥルーズの〈運動─映像〉という概念に基づき、映画の本質をなすのは身ぶりの問題であると続けるのだが、ドゥルーズの映画論に従うならば、第二次世界大戦という映画的事件をへた映画の変容、つまりネオリアリスモ以後の〈時間─映像〉への転換を視野に収めないわけにはいかないだろう。そして、恐らくそこで身ぶりそのものはもはや、〈時間─映像〉としての映画と本質的な結びつきはもたないのだ。そのとき身ぶりの問題を引き受けるもののひとつが、人形アニメーションという倒錯的でマージナルなジャンルである。
しかし、このジャンルにおいて身ぶりはすでに人間自身のものではないし、人形たちの身ぶりの背後に、マリオネットの場合のように操り手の意志を透かし見ることもできない。アニメーターが手がけるのは二四分の一秒間隔の静止画像だけであって、人形の動きそのものは純粋に機械的な産物なのだから。この意味で、映像における人形の身ぶりとは、人間がそれまでまったく知らなかったような、あらゆる人間的意図や意志を欠いた純粋な身ぶりと見なされるべきであるかもしれない。ボッシュから数えて五〇〇年の夢が人形アニメーションにおいて、人形固有の身ぶりの獲得という形で実現されたといえるだろうか。
一九世紀末以降、人間における身ぶりの喪失はものの身ぶりの洗練に比例して進行する。両者の境界は次第に見極めがたいものとなっていく。〈運動─映像〉から〈時間─映像〉への映画史の転換点に位置するロッセリーニの『ドイツ零年』で、ベルリンの廃墟のなかを彷徨うエドムント少年の身ぶりは果たしていまだに人間的な身ぶりなのか、それとも自動人形の身ぶりなのか。病身の父を秘かに毒で殺したのちに、廃墟から身を投げて死んだエドムント少年の屍体は、あたかも投げ捨てられた人形のようではないだろうか[図25]。確定した行為の場をもちえない〈時間─映像〉の残酷な空間に投げ出されて、人間の身ぶりは次々と象徴的意味を剥ぎ取られ、その身ぶりの零度において、人形のあの純粋な身ぶりと出会うのかもしれない。エドムント少年の屍体が示しているものは、幼年時代の決定的な喪失を告げる、人形となった子供の身ぶりなのである。

17──ブラザーズ・クエイ 『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』

17──ブラザーズ・クエイ
『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』

18──ブラザーズ・クエイ 『ギルガメッシュ──小さな箒』

18──ブラザーズ・クエイ
『ギルガメッシュ──小さな箒』

19──ブラザーズ・クエイ 『ギルガメッシュ──小さな箒』

19──ブラザーズ・クエイ
『ギルガメッシュ──小さな箒』

20──ブラザーズ・クエイ 『失われた解剖模型のリハーサル』

20──ブラザーズ・クエイ
『失われた解剖模型のリハーサル』

21──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

21──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

22──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

22──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

23──ブラザーズ・クエイ 『ストリート・オブ・クロコダイル』

23──ブラザーズ・クエイ
『ストリート・オブ・クロコダイル』

24──マイブリッジによる連続瞬間撮影写真 http://wwwlet.leidenuniv.nl/www.let.data/ arthis/phototechn/images/611053N.jpg

24──マイブリッジによる連続瞬間撮影写真
http://wwwlet.leidenuniv.nl/www.let.data/
arthis/phototechn/images/611053N.jpg

25──ロッセリーニ『ドイツ零年』

25──ロッセリーニ『ドイツ零年』

2 幼年時代の場所

ハインリッヒ・フォン・クライストはエッセイ「マリオネット芝居について」で、マリオネットの優美さと人間の演技のわざとらしさを対比している。語り手である舞踊家はそこで、操り手に吊られているがゆえに自らは重さを持たないかのようなマリオネットの、反重力的な空間に漂う天使的な性格を賛嘆する。マリオネットという隠喩が『法律』におけるプラトンの、神によって操られる玩具としての人間という観念を表わしているのだとすれば、マリオネットのなかにはいわば、宇宙をしっかりと統合している連鎖の記憶が保たれている。それに対して、糸を切られた人形とはこうした記憶を失ってしまった、〈墜落、崩壊、徹底した歴史性〉を体現する存在である、とマッシモ・カッチャーリはいう★一四。リルケによる人形論のこんな一節がそこで引かれている。

詩人がマリオネットの支配下に陥ることはありうる。というのはマリオネットはファンタジー以外の何ものをももたないからだ。人形はファンタジーをもたず、まさにマリオネットが事物以上であるのと同様、人形は事物以下である★一五。


カフカのオドラデクは、扁平な星形をした木製の糸巻きに似て、つなぎ合わされ絡み合ったさまざまな種類と色の撚り糸がそこに巻き付いている。星の中央からは小さな横棒が突きだしており、この棒にはさらに直角にもう一本の棒がくっついている。オドラデクはこの後者の棒と星の尖端のひとつを二本の足として立つことができ、その動きは異常なほど活発で、手に取ることもできないという。平野嘉彦はオドラデクのこの〈撚り糸〉とは、マリオネットを操る糸の痕跡ではないか、と推測している。オドラデクとは「人形遣いによる支配を断ち切って、いまや自ら自在に動き回る人形」★一六であるというわけだ。しかし、操り糸を断ち切ることは人形遣いからの自由を意味するとともに、一方では、重力に囚われる堕天使として地上に縛り付けられることでもあろう。オドラデクも、そして、糸から解放されて彷徨い始める『ストリート・オブ・クロコダイル』の人形も、世俗的な時間のなかに置き去りにされ、歴史的存在となった、奇妙な堕天使たちにほかならない。
彼らの歴史性とは商品が有する歴史性である。しかし、それはもとより使用価値や交換価値においてとらえられた商品ではなく、事物性そのものにおける商品、つまり、フェティッシュとしての商品である。価値の担い手とフェティッシュという商品のこの両義性に関連して、カッチャーリはルー・アンドレアス=ザロメが論文「女性というタイプについて」で回想している、幼年時代に小箱に収集したボタンの想い出に触れている★一七。少女ルーにとってそこに集められたボタンは貴重な宝物であり、〈譲渡しえない/外部化しえない(unveräusserlich)〉より根源的な何か、具体的には母と乳母の身体の一部を代理表象していた。彼女はそれをメルヘンの世界と結びつけたり、またユングフラウ(処女)という山の名を耳にすると、この山の最奥に眠る無数のボタンを連想したという。幼いザロメにとってこのボタンと対立する存在は貨幣であり、こちらは金額に応じて分割可能で、自由に譲渡しうるものだった。カッチャーリは、このザロメの回想を受けて、ボタンを収集する空間は貨幣が行き交う交換価値の場、すなわち市場から完全に切り離されて存在するものではない、と指摘している。ボタンによって表象される幼年時代が存在するとすれば、それは貨幣の領域との関係性のなかにしかありえない。しかし、ボタンが交換過程に巻き込まれてしまっては、それは単なる交換価値に還元された商品となり、もはや真の幼年時代を表象することはない。一方、単なる無用性だけによっては、所有と交換の貨幣的領域を越えることはできない。こうして「幼年時代はそれ自身の内部空間を大都市との関係性のうちに見いださなければならない」★一八のである。
ここでいう大都市とは近代的経済合理性の支配する空間である。大都市の論理にとって、交換価値の支配を逃れる室内空間は存在しえない。この論理の逃れがたさを認識したうえで、なおも収集のための内部空間を求めるとしたら、それは純粋化された完璧な貨幣の裏面としてしかありえない、とカッチャーリはいう。それは単に、大都市という〈外部〉に対する〈内部〉なのではない。「〈収集の領域〉とは内部と外部の差異である──この両者を形而上学的に分離するとともに、同時に相互に分かちがたくしている触知不能なユートピアである」★一九。言い換えれば、ユートピアは商品の両義性のただなかにしかない、ということであろう。まさにそのような意味において、ベンヤミンは商品を、静止状態にある弁証法というユートピアの形象、すなわち両義的な〈弁証法的形象〉ないし〈夢の形象〉と呼んだのだった★二〇。
収集の領域というユートピア、そこが幼年時代の場所である。この隠された場所にルーのボタンや人形たちが、そして、あまりに小さいので「子供のように扱われる」オドラデクといった奇妙な天使たちが住む。シュルツの作品におけるドロホビチという街もまた、近代化の進む現実の都市の裏面としての、そんな幼年時代の空間にほかならない。ベンヤミンの著作の題名にならって、シュルツの作品を「一九〇〇年前後におけるガリツィアの幼年時代」と呼ぶこともできるだろう(彼らは同じ年の同じ月に数日違いで生まれている)。シュルツはある手紙で幼年時代をめぐってこう書いている。

結局のところ、私の魂にもっとも近しい芸術とは、まさしく退行であり、再訪された幼年時代なのです。成長過程を逆行し、幼年時代に再び戻る道を見つけ、その豊かさと無限性をもう一度手にしうるのであれば、そうすれば、すべての神話がわれわれに約束し誓っている〈霊の時代〉、あの〈メシアの時代〉が訪れることでしょうに。私の理想とする目標は幼年時代へと〈成熟する〉ことです。それこそ本当の成熟でしょう★二一。


シュルツが幼年時代への成熟と呼ぶその想起の試みのなかで、街路の光景はフェティッシュ的商品の両義性に浸透された、夢幻的なものとして立ち現われる。この幼年時代としての都市は記憶の古層に埋もれた太古の世界であり、だからこそそれは神話へとつながっている。しかし、太古の記憶への根源的なノスタルジーに駆られて、シュルツがそこで収集するのは、粗末なマネキン人形や曖昧な擬似生物といった〈夢のキッチュ〉(ベンヤミン)ばかりなのだ。それは眠りとともに幼年時代へと時間を遡る夢のなかで事物が帯びる歪んだ形である。ベンヤミンはオドラデクを〈忘却のなかの事物がとる形〉★二二と呼んだ。『変身』の毒虫をはじめとする、カフカの作品に登場するさまざまな動物たちは、忘却されたものが太古の世界の忘却されたものと混じり合って生み出された奇形なのだと彼はいう。忘却された幼年時代は太古の世界のなかから歪んだ形象となって出現してくる。
このことが意味するのは、幼年時代がかつてあった通りそのままに取り戻されることは決してなく、それはつねに歪められた断片の形において収集されるしかない、ということではないだろうか。歪んだ奇形の天使たちは幼年時代そのものではないし、それを再現するものでもない。彼らは幼年時代をそれ自体として体現する象徴ではなく、直接語ることのできない幼年時代をその〈歪み〉においてこそ指し示すという、寓意的性格をもったフェティッシュなのである。この〈歪み〉は幸運であれば避けることのできる障害ではなく、まったく逆に、幼年時代は〈歪み〉以外の形で自己を示すことはないのだ。
フロイトの夢解釈において、夢の顕在的内容と潜在的な夢思考の対応関係はきわめて明確に、判じ物のように解かれている。あれこれの出来事に対する主体の意識的/前意識的潜在思考は、特に性的なものであるとは限らず、また、正常な日常言語でたやすく記述できるものばかりである。言い換えれば、潜在的な夢思考に無意識的なところはない。夢の本質的な部分とはむしろ、置換や圧縮、あるいは単語・音節の表象化といったメカニズムによる心的加工の作業そのものである。そこでは、潜在思考の願望と、それとはまったく関係がなく、最初から構造的に抑圧(原抑圧)された無意識的な願望との間に短絡が生じ、その結果が夢の顕在テクストの〈歪み〉となって現われてくる。そして、フロイトが繰り返し述べるように、この無意識的な願望とは幼年時代に由来するものにほかならない。「ある正常な思考系列の異常な心的加工が起こるのは、幼児的なもの(das Infantile)に由来し、抑圧状態にある無意識的な願望がそこに転移される場合のみである」★二三。
ジジェクはフロイトによる夢分析の技法とマルクスの商品分析の技法とは根本的に同じものだという★二四。そこで重要なのは、夢や商品の形態の背後に隠された〈内容〉(潜在的夢思考/労働量こそが商品価値の根源であること)ではなく、そうした形態そのものが成立する経緯である。夢における夢作業にあたるものとは、商品においては商品形態それ自体の秘密、すなわち商品のフェティッシュ性にほかならない。夢作業による歪みを通じて幼年時代がその願望を寓意的に語っているのだとすれば、商品のフェティッシュ性を通してその存在を間接的に示しているものとは何か。ベンヤミンはそれを〈階級なき社会〉という〈根源の歴史(Urgeschichte)〉であると考えた★二五。それはいわば歴史の幼年時代である。カフカの動物たちが由来する太古の世界とは、この歴史の幼年時代にほかならない。
商品のフェティッシュ性をもっとも明らかに示す存在は物体としての貨幣である。われわれは誰もが、貨幣が他の事物と変わらない物質であることはよく知っている。にもかかわらず、われわれは貨幣が超時間的な特殊な物質でできているかのように見なしてもいる。ジジェクは貨幣のこの特殊な物質性に触れて、それは「崇高な物質、すなわち物理的な実体が崩れ去った後も残る〈破壊することのできない不変の〉物質」★二六であると述べる。貨幣という物体のなかには物体以上の何かが存在している。もとよりこうした崇高な物質性は商品経済という象徴秩序に依存しており、その支えがなくなったとき、貨幣は突如として崇高な対象から糞便にも似た何かへと転落する。
貨幣と表裏一体であるようなルーのボタンは、商品経済の象徴秩序に支えをもつことなく、しかし、幼年時代の願望と結びつくことによって、フェティッシュとしての崇高な物質性を帯びている。貨幣の側から見た場合、それは糞便にも似た存在だが、逆にボタンの側から見た貨幣はその崇高さを失ってしまうことだろう。つまり、ボタンが収集される領域とは、社会的象徴秩序の空隔であり、貨幣のフェティシズム的な崇高性が解体してしまう可能性をもった場なのである。幼年時代というユートピアへと向けた成熟が賭けているのは、転落し崩壊した糞便のような廃物と崇高な対象とのこの反転可能性ではないだろうか。
フェティッシュが母の失われたファルスの代替であるとフロイトがいうとき、フェティッシュはつねにすでに不在の何かを代理表象している。精神分析におけるファルスとは、このもっとも根源的な消失の生起する過程そのものを表わすシニフィアンにほかならない。フロイトによれば、夢のなかに現われる複雑な機械はほぼ間違いなくファルスである。新宮一成はそれを、「夢のなかの機械がファルスであるというより、機械が失われた生命の代理をなしうるという考えを、我々の夢のなかに吹き込んだものがファルスなのだ」★二七と言い換える。ファルスとは虚の現前を示す記号である。そして、そこで代理表象されている失われた対象とは新宮のいう根源的な生命そのもの、もしくは言語による象徴化を被る以前の〈言葉なきもの(infans)〉の時代、すなわち幼年時代である。フロイトが『夢解釈』でいうように、もっとも古い幼児経験はそれ自体としてはもはや所有しえず、分析における転移や夢によって代理されている。フェティッシュによって代理表象されているのは、あくまでももはや存在しないものとしての、この幼年時代にほかならない。
シュルツやカフカが描き出す奇形の天使たちとは、幼年時代を代理して立ち現われたファルス的記号としての、そんなフェティッシュ的機械ではないだろうか。ザロメにとってのボタンが母(ないし乳母)の一部であったように、オドラデクが連想させる糸巻きもまた、子供にとっては母親の手に馴染んだもの、母の身体の一部と受け取られることだろう。屋根裏にいたかと思えば階段に、廊下にいたかと思えば玄関にといった具合に居場所を変え、何カ月も姿を見せないこともあるというオドラデクは、フロイトが『快感原則の彼岸』で分析したあの子供のfort-da遊びに使われた糸巻きのように、母の消滅と再現を演じているかのようだ。ここでは語り手である家父がfort-da遊びをしているのかもしれない。その反復強迫のリズムのうちに示されているのは、家父自身のもはやない幼年時代だろうか。オドラデクが自分よりも生き延びるはずだと考えるとき、この家父を襲う苦痛とは、忘却されている何かが忘却されたまま、自らが死んでいかねばならないことの苦痛である。その何かとしての幼年時代を代理する奇妙な天使たちは、つねにすでに決定的に失われ死んだものの表象であるからこそ、曖昧な中間世界の住人としてのその歪んだ奇形的な表われによって、幼年時代の死後の生を示し続ける。『夢解釈』でフロイトはこう書いている。

もっともうまく解釈できた夢でも、しばしば一カ所は闇のなかに放置しておかざるをえない。なぜなら、そこには解きほぐされようとしない、夢思考の糸玉(Knäuel)があって、しかもその糸玉は、夢内容にも何らそれ以上の寄与をしていなかったことが分析において明らかになるからである。これがつまり、夢の臍であり、夢が未知なものに付着している場所なのである。解釈において行き着く夢思考は一般に完結しないものとしてとどまらざるをえず、そしてそれは四方八方に向かって、われわれの思考世界の網の目のような錯綜へと至らざるをえない。この編み物の比較的密集した部分から夢の願望が、ちょうど茸が菌糸体から身を起こすように立ち上がってくるのである★二八。


解きほぐしえない糸玉という、これもまた編み物をする母の営みを連想させずにはおかない表象によって、フロイトは夢解釈の構造的な内的限界である〈夢の臍〉について語っている。それが分析を通じて明らかになった潜在的な夢思考によっては汲み尽くしえない、夢内容の解釈不能な〈歪み〉にほかならないならば、われわれはこの糸玉を幼年時代と呼べはしないか。フロイトの糸玉もまた奇妙な天使のひとりなのである。フロイトはここでいわば彼自身のオドラデクに向けた〈気遣い〉を告白しているのだ。
幼年時代とは言葉なきものの時代である以上、その存在が言葉によって直接的に告げ知らされることはない。幼年時代が姿を見せるのは、例えば〈クロンダイク(Klondike)〉が〈クロコダイル(Krokodyli)〉に置換され、ドロホビチの新興商業地域が太古の沼地のジャングルと二重写しになるような瞬間だ。幼年時代の願望が転移した結果として、シュルツの描くドロホビチの街は醜く歪んでいる。言葉の代わりに記憶の迷宮のなかから立ち上がってくる奇妙な天使たちは、まさにその醜さによって、そしてそのいつまでも不可解なもののままにとどまる身ぶりの数々によって、幼年時代への──時として苦痛にも似た──〈気遣い〉を生み出しているのである。
射殺されたシュルツの屍体は友人の手で、ユダヤ人墓地の両親の墓のそばに埋葬された。しかし、ドロホビチの街にすでにシュルツの生の痕跡はほとんど残されておらず、ユダヤ人墓地すら、もはや跡形もなくなって、そこには代わりにアパートが建ち並んでいるという★二九。羊皮紙の古地図にあったあの「極地や存在の不確かな未踏査地方をしめす空白」が地図全体を浸食していく。敗残の過程は繰り返され、幼年時代の都市は崩壊し続けていく。
だからこそ、「ある種の非合法な方法、異端と犯罪の無数の方法」を駆使して、第二創世記が書き継がれなければならない。独身者シュルツの双子の息子が作り上げた人形たちの映像は、時と場所を越えて書き継がれていくそんな〈言葉なきもの〉の神話である。幼年時代(として)の街ドロホビチは、奇妙な天使たちが謎めいた身ぶりを演じるこの黙劇のなかで、二四分の一秒の正確なリズムとともに、その太古の世界を束の間蘇らせるのである。


★一──ブルーノ・シュルツ『肉桂色の店』、『集英社ギャラリー〈世界の文学〉12 ドイツIII・中欧・東欧・イタリア』(工藤幸雄訳、集英社、一九八九)所収、五四〇頁。
★二──同、五九一頁。
★三──同、五八四頁。
★四──同、五九〇頁。
★五──同、五五七頁。
★六──同、五六一頁。
★七──Walter Benjamin: Traumkitsch. In: ders.: Gesammelte Schriften, hrsg. von Rolf Tiedemann und Hermann Schweppenhäuser. Bd.II. Frankfurt a.M. 1991, S.620.
★八──Giorgio Agamben: Stanzas. Word and Phantasm in Western Culture. Trans. by Roland L. Martinez. University of Minnesota Press, Minneapolis and London 1993, p.44.
★九──ヴァルター・ベンヤミン「パリ──一九世紀の首都(フランス語草稿)」、『パサージュ論I』(今村仁司・三島憲一ほか訳、岩波書店、一九九三)三九頁。
★一〇──次を参照。Agamben, op.cit., p.51.
★一一──シュルツに対するアメリカ合衆国、カナダの作家たち(例えば、シンシア・オージック、フィリップ・ロスなど)の関心は非常に高く、ある種のシュルツ伝説を形成するほどであるという。ナチ・ドイツによる虐殺の犠牲者であることがその神話化に多大な影響を与えている。北米の作家たちにとってシュルツはいわば、文学上の失われた〈父〉なのである。こうした神話化のはらむ問題をめぐって、次を参照。David A. Goldfarb: A Living Schulz: “Noc wielkiego sezonu” (“The Night of the Great Season”). In: Prooftexts: A Journal of Jewish History, Vol.14, 1994, pp.25-47.
★一二──ベンヤミンは「カフカの全作品は身ぶりの法典である」と語っている(Walter Benjamin: Franz Kafka. In: Gesammelte Schriften, Bd.II., S.418.)。さらにそこで中心をなすのは、動物の身ぶりである。
「動物の身ぶりとしてのこうした身ぶりは、最大の不可解さを最大級の単純さに結びつける。読者はカフカの動物物語を、それが人間を扱っているのではまったくないことにそもそも気づかずに、かなり先まで読んでいくことがありうる。それから不意にある生き物の──猿や犬やあるいはもぐらといった──名前にぶつかり、愕然として顔を上げ、自分が人間の大陸からすでにはるか彼方にいることを知るのである。けれどもカフカはいつもそうなのだ。人間の身ぶりから彼は伝来の支えを取り去り、これを終わりのない熟考の対象とするのである」(Ibid., S.419f.)。
★一三──Giorgio Agamben: Infancy and History. The Destruction of Experience.  Trans. by Liz Heron. Verso, New York and London 1993, p.137.
★一四──Massimo Cacciari: Posthumous People. Vienna at the Turning Point. Trans. by Rodger Friedman. Stanford University Press, Stanford, California 1996, p.87.
★一五──ライナー・マリア・リルケ「人形についてあれこれ ロッテ・プリッツェルの蝋人形に寄せて」、『世界文学大系 リルケ』(小川正己訳、筑摩書房、一九五九)所収、四一七頁。
★一六──平野嘉彦『カフカ 身体のトポス』(講談社、一九九六)一〇八頁。
★一七──次を参照。Cacciari, op.cit., pp.81-88. および Lou Andreas-Salome: Zum Typus Weib. In: ders. : Das <Zweideutige> Lächeln der Erotik. Texte zur Psychoanalyse. Hrsg. von Inge Weber und Brigitte Rempp. Freiburg i. Br. 1990, S.87-93.
★一八──Cacciari,  op.cit., p.82.
★一九──Ibid., p.84.
★二〇──これは『パサージュ論』全体を貫くモチーフであるが、具体的には例えば次を参照。ヴァルター・ベンヤミン「パリ──一九世紀の首都(ドイツ語草稿)」、『パサージュ論I』(今村仁司・三島憲一ほか訳、岩波書店、一九九三)二一頁。
★二一──アンドレイ・プレスニェヴィッチへの手紙から。Jerzy Ficowski: Letters and Drawings of Bruno Schulz with Selected Prose. Trans. by Walter Arndt. Harper, New York 1977, p.126. ただし、引用は次に従う。Goldfarb, op.cit., p.28.
★二二──Benjamin, Franz Kafka, S.431.
★二三──Sigmund Freud: Traumdeutung. In: ders.: Studienausgabe. Bd. II. Frankfurt am Main 1994, S.567f.
★二四──次を参照。Slavoj Žižek: The Sublime Object of Ideology. Verso, New York and London 1989, pp.11-16.(邦訳=「イデオロギーの崇高な対象」、『批評空間』No.1─7.[福武書店]に掲載)。
★二五──次を参照。ベンヤミン「パリ──一九世紀の首都(ドイツ語草稿)」八頁。
★二六──Žižek, op.cit., p.18.
★二七──新宮一成『無意識の組曲 精神分析的夢幻論』(岩波書店、一九九七)二五三頁。
★二八──Freud, op.cit., S.503.
★二九──一九六五年にドロホビチを訪れたイエジ・フィツォフスキの報告。工藤幸雄「シュルツ 解説」、『集英社ギャラリー〈世界の文学〉12』所収、一〇九四頁。

*この原稿は加筆訂正を施し、『都市表象分析I』として単行本化されています。

>田中純(タナカ・ジュン)

1960年生
東京大学大学院総合文化研究科教授。表象文化論、思想史。

>『10+1』 No.13

特集=メディア都市の地政学

>パサージュ

Passages。路地や横丁、街路、小路など表わすフランス語。「通過」する「以降...

>ヴァルター・ベンヤミン

1892年 - 1940年
ドイツの文芸評論家。思想家。

>パサージュ論I

2003年6月1日