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時間の都市 空間の都市──時空の「現在」のエコノミー | 若林幹夫
City of Time, City of Space: Time and Space in the Economy of the "Present" | Wakabayashi Mikio
掲載『10+1』 No.12 (東京新論) pp.211-222

1 時間としての空間

人文地理学に「時間地理学(time geography)」と呼ばれる一分野がある★一。自然地理学と人文地理学を問わず一般に地理学は、土地空間上の事物や出来事の配置や関係を地図平面上の分布や配置として記述し、そこに現われる構造や関係の原理や法則を考察するのだが、時間地理学が採用する記述法は、「時間」と「地理」とが結びついた一見すると自家撞着的なその名称が示しているように、通常イメージされるであろう地理学の記述法とは異なっている。それは人間の行動を普通の地図のような二次元的な平面上の軌跡としてではなく、土地空間上の距離と方向を表示する水平面と、それに直交する時間を表示する垂直軸からなる三次元的なグラフの軌跡として記述するのである。
例えば[図1]では、「家」と「学校」という二つの「ステーション(station)」の間の一日の間の往復──時間地理学ではこれを「日パス(daily path)」と呼ぶ──が、空間的な距離の往還とそれに要する時間距離としてグラフ化されている。同じように、ある小都市で暮らす労働者の一日の活動は、[図2]のように表示することができる。同一のグラフ上に関連する活動に関わる複数の個人のパスを表示すれば、職場や店など人びとが出会い、共に在る空間を軸として、これら複数のパスは[図3]のような「バンドル(bundle=束)」を形成する。
時間地理学の創唱者であるトーシュテン・ヘーゲルストランドによれば、このようなグラフに表現される行動の「型」は、食事や睡眠などの人びとの生活上の必要や利用可能な交通機関などによる「能力の制約(capability constraints)」、商店の営業時間や学校の授業時間、交通機関の運行スケジュールやバス停の場所などによる「結合の制約(coupling constraints)」、そして、会員制クラブや女子大学、組合員でなければ職員になれない職場などのように社会的な規則や法律、習慣などによって場所へのアクセスが制限されることによる「権威の制約(authority constraints)」の、三つの制約条件によって制限される★二。そしてこれらの制約を通じて、ある個人が日常的に活動できる環境の広がりは、[図4]に示されるような時空間上の広がり──日常プリズム(daily prism)──として与えられることになる。
このような記述法を用いるならば、現代の大都市における人びとの活動は、個々人の家や職場、学校、盛り場などを「ステーション」とする個人パスとして記述することができるだろう。このとき、職場や学校、盛り場など、多くの人びとのパスが集まってバンドルを作る場が「都心空間」を構成し、都心を日中の活動の場とする通勤通学者をもつ世帯の居住する住居は、彼らが日常的に通勤通学に利用できる交通機関による「能力の制約」や「結合の制約」によって規定された、都心空間を中心として与えられる日常プリズムの限界(=都心通勤圏)を外延とする郊外の範囲内に分散するものとして、示されるだろう★三。このような広がりの中で、大量の通勤通学者たちの日パスは郊外の家と都心の職場・学校・盛り場などのステーションの間を日常的に往還するものとして、また主婦や地元の商店・企業で働く人びとの日パスは、居住地域の周辺をめぐるルーティン化された軌跡として、それぞれ描かれることになるはずだ。前回の論考で私が「共異体=共移体」という言葉で考えようとしたのは、このように膨大な数の人びとが、多くのバンドルの集中する場としての都心空間を共有しながら、それを核とするより大域的な広がりを、交通・通信メディアに媒介されながら移動し、互いに決して顔を合わせることもないかもしれず、顔を合わせたとしても多くは大都市に生きる「群衆」や「大衆」の中の一人ひとりとして、特定の人格として了解することなしに、社会的な協働の連関を作り上げている場所という、現代都市の在り方である。
限定された数の成員が、労働と消費の生活を狭い範囲の空間で行なう農村や近代以前の都市のような小規模な地域社会であれば、そこに暮らす人びとの日常プリズムの広がりの外延は、定住の領域内でほぼ重なり合った同一の外延をもつものとして記述される★四。だが、現代の大都市では人びとの日常プリズムは、バンドルの集積地である都心を交点として重なり合いながらも、居住地域は互いに重なり合わない広域に分散している。例えば「千葉都民」は、「埼玉都民」や文字通りの「東京都民」、「神奈川都民」等と都心空間を活動のバンドルとして共有しているが、「埼玉都民」や「東京都民」、「神奈川都民」の居住する郊外は、彼(=「千葉都民」)の知っている「東京(=都心)」の外側にあって、彼の経験の地平に現われることはない。彼は知識としては複数の都県にわたる「東京郊外」の広がりを知っており、そのような東京のイメージを心に抱いているとしても、その全域を彼自身の直接的な「都市の経験」としてもつことはない。数多くの人びとの日パスの「集計」として与えられる大都市の「全域」を、人は概念やイメージとして了解することはできても、それを自らの局所的な経験の地平としてもつことはないのである。
このように時間地理学的な記述は、現代の大都市における人びとの活動の構造と、そうした活動の集合体としての現代の大都市の在り方の一端を、具体的なイメージとして捉える上で有効な方法である。ある意味でそれは、近代以降の都市と社会の変容を踏まえた記述の装置であるとも言える。時間地理学的な記述が明らかにする、交通手段の差異によって生じる日常プリズムの伸縮は、機械交通の出現以降の都市や社会の在り方を強く規定するものであるからだ。例えばアンソニー・ギデンスが、時間地理学を自身の社会理論に取り入れながら、社会学は「社会(society)」という概念へのこれまでの過度の依存を脱して、社会生活がどのように時間と空間の広がりとして秩序づけられてゆくのかという「時空間の拡張(time-space distantiation)」の分析に専念すべきであるというのも、近代における機械交通メディアの出現が社会生活における時間と空間の在り方を、それ以前の社会とは構造的に異なるものへと変えていったからである★五。
例えば物件の所在が住居表示と共に、都心からの交通のアクセスと所要時間によっても示される現代の不動産広告における記述のスタイルは、私たちにとって都市とその周辺地域が、普通の地図平面上の空間の広がりとしてではなしに、時間地理学的な時空の広がりとして存在していることを如実に示している。実際、そこでは物件の「意味=価値」は、物件それ自体やその周囲の環境によってばかりでなく、その物件の所在地と都心との間の時間地理学的な関係によって示される。他の条件を捨象して単純化して言えば、地図上で表記される位置はまったく異なっていても、都心からの時間地理学的な関係が「等価」であるならば、その物件は不動産としては等価なのである。
ここでは「空間」は、交通機関というメディアを媒介とした「時間距離」に変換されており、その変換された時間─空間が社会的な協働連関の基盤を構制している。私たちの都市の「土台」に位置しているのは、かつての根源的な財としての「土地」ではなく、この「時間としての空間」なのだ★六。

1──プレッド&パーム「アメリカ女性の状況」 『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

1──プレッド&パーム「アメリカ女性の状況」
『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

2──レントルプ「個人活動プログラムの時間地理学的シミュレーション・モデル」 『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

2──レントルプ「個人活動プログラムの時間地理学的シミュレーション・モデル」
『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より


3──ヘーゲルストランド「地域科学における人間」 『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

3──ヘーゲルストランド「地域科学における人間」
『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

4──ヘーゲルストランド「地域科学における人間」 『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

4──ヘーゲルストランド「地域科学における人間」
『生活の空間 都市の時間』(荒井良雄他編訳、古今書院、1989)より

2 共在と共時性

時間地理学的な記述は、私たちが「定住」や「都市」、あるいは「都市空間」といった空間的な語彙を用いて対象化し、了解してきた社会の全域的な広がりの同一性が、複数の制約条件の下で構成される活動の「プリズム」の時空的な限界の共有や重なりに規定されているということを示唆している。単純に言えば、一定の「能力の制約」と「結合の節約」の下で大多数の人びとが日常的に往還することが可能な時間距離帯の内部領域が、ある日常生活と共に人びとが共有する定住社会の「内部」として分節されるのである(もうひとつの制約である「権威の制約」については後述する)。
この時、「内部」として分節された領域は「共時性(synchronicity)」という固有の時制をもつものとして現われる。ここで「共時性」とは、さまざまな人びとの活動が事実として「同時的(concurrent)」に生じるということではない。それは事実としての同時性、連関するさまざまな行為や出来事の同時並行性のことではなく、日常的な活動の「プリズム」が重なり合うことによって、人びとが時空の同一の広がりを彼らの日常的な活動空間──同じ「現在」に属する時空──として共有すること、そうした共有の感覚(sense)を通じて、実際には空間的に分散する人びとが、その内部で遭遇する可能性を潜在的に共有し、その可能性の共有を「都市」や「集落」のような空間的な表象を通じて了解するということである。
事実としての行為や出来事の同時性ということならば、はるかに離れた人びとの集合体の間にでも常に指摘することができる。ここで「共時性」というのは、そうした遍在する同時性の広がりの中から、他と区別された同一性と共有性をもつものとして分節された広がりの感覚なのである。例えば、人びとの日常的な生活圏(=社会A)の外側の別の「社会B」の出来事は、社会Aに生きる人びとにとっては共に生きられる現在を構成しておらず、したがって社会Bのさまざまな活動と「同時的(concurrent)」ではあっても、社会的に「共時的(synchronic)」な出来事ではない。だが、社会Aと社会Bとの間に恒常的な通商などの交流関係が生じたならば、社会Bでの出来事は、社会Aの内部の出来事ほどの強度はもたないとはいえ、社会Aの人びとにとっても共時的な出来事として現われ始める。共時的とは、さまざまな出来事の同時的な並行が、同一の「場」の内部の出来事として了解されることであり、それによって人びとが「同じ現在」の共有の感覚を、継続的にもちつづけることである。
時間地理学の「日パス」のモデルが示すように、人びとの日常的な活動は、時間の経過の中での空間的な移動として行なわれる。時空の社会的な広がりは、個々の人びとの具体的な活動を通じて日々作りだされ、再生産されてゆく。だが、共時性という時制をもつ時空は、そのような活動の加算的な和として与えられるのではない。共時性としての時空の表象は、こうした時間の経過の中での人びとの日常的な活動がその内部に位置づけられるような、行為の関係の全域的な広がりを、現実の時間の経過の外部に位置する共時的な表象として図式化したところに成立するのである。共時性とは、「事実」や具体的な「経験」の位相で見出されるものではなく、離散的で同時的な事物や出来事の集合を同一の範疇として把握するための統制的な理念であり、図式であり、表象なのだ。この意味で、共時性とは「超時間的」であり「無時間的」である。言語学的な概念を比喩として用いれば、共時的な空間の同一性の表象は共時態としてのラングに、個々の人びとの具体的な活動はパロールに、それぞれ相当するということができるだろう。この時、個々の活動の間に成立する「事実としての同時性」は、パロール的な実践の同時生起ではあっても、超時間的・無時間的な表象としての共時性ではない。
このようにして現われる時空の広がりは、人びとの集合体によって共有される共在の時空である。ここで「共在(co-existence)」という言葉が意味しているのは、例えばギデンスが物理的な場を共有する人びとが互いに身体的に現前しあう状況を指して言う「共現前(co-presence)」のことではない★七。共在とは、必ずしも実際には出会わない人びとをも含んだ人間の集合体が社会的協働連関を通じて「共に在る」状況、そうした人びとの集合体によって活動の時空が「同一のもの」として共有されることを意味している。それゆえ共現前とは、共在の特殊な在り方なのだ。例えば、部族社会や近代以前の伝統的な地域社会においては、共在する人びとの間での現前可能性(presence-availability)が高いために、共在は事実上、共現前と同一のものとして現われる。だが、現前可能性の低い現代の大都市においては、人びとは実際に出会っても群集の中で擦れ違う他者として互いに人格として現前することはないにもかかわらず、小規模な地域社会よりも多くの人びとと出会いうる潜在的な可能性──これをpresence-availabilityに対してpresence-potentialityと呼ぶことができるだろう──をもちながらこのような議論において共在している★八。
私たちは、シカゴ学派の都市社会学の継承者であるクロード・S・フィッシャーの都市下位文化をめぐる議論と、思いのほか近い場所にいる。フィッシャーにとって都市は、人びとがそれぞれ個人的に知らない人びとに取り囲まれている場所である一方で、大量、高密度、多様な人口集団を擁することによって、自分と同じ趣味や嗜好をもつ人びとと出会いうる可能性が、小規模な集落よりも高い社会である。フィッシャーによれば、人びとの間の出会いの可能性の高さが、都市においてさまざまな下位文化サブカルチユアを強化するのである★九。だが、現代の「都市的経験」における人びとの出会いの可能性の高さを理解するためには、人口集団の多様性や密度と同時に、都市における人びとの移動の強度を考慮する必要があるはずだ。共異体=共移体という言葉で意味したいことのひとつは、そういうことである。
集まりや出会いとして現象する共現前の状況は、そこに人びとが居合わせるということの事実性と、その事実の人びとによる共有のうちに根拠をもっている。それに対して共在は、事実としての共現前がなくとも、人びとが日常的な活動の可能な広がりを共有することによって、「共現前の場」を超えていま・ここを共有して〈共に在る〉と想像し、了解することのうちに、その根拠をもっている。共現前が局所的に経験可能な事実として文字通り現前(present)するのに対して、現前ではない共在は表象(represent)されることによって人びとの想像や了解の地平に挿入されるのである。
「都市」や「集落」、固有名としての地名、さらには「国家」や固有名としての国名、「世界」や「地球」などは、そのような共時性を共有する場=空間を指示する表象としての名辞である。それは「事実」として存在する事物や行為をひとつの「場」として捉える表象であり、私が繰り返し用いてきた言葉を使えば「場」としての「都市」や「集落」、あれこれの場所や国々の存在に先立つものとしての「場を占めぬもの(the atopical)」★一〇なのである。

3 「現在」としての過去

だが、実際の社会における共在の時空は、人びとが日常的に往還することが可能なプリズムの広がりによってのみ、規定されているわけではない。現実の社会における人びとの活動と、それによって共有される定住や地域社会の広がりは実際には、物理的に往還可能な広がりを規定する能力の制約と結合の制約による以上に、時間地理学で「権威の制約」と呼ばれる禁忌や規範、権力や統制を通じての時空的な行為や関係の社会的な統制や、空間に対する社会的な意味づけや価値体系によって、しばしばより強く規定されている。
ボロロ族の村落についてのレヴィ=ストロースの分析や、カビルの社会についてのピエール・ブルデューの分析が示しているように、多くの民俗社会では家や小さな集落のような空間の内部にも、男女や陰陽、火と水、昼と夜などの象徴的な対立に対応する区分や分割があり、人びとの振る舞いはそうした象徴的な構造の「アナロジーの悪魔」(ブルデュー)によって厳しく制約される★一一。そうした規範、権力、禁忌、統制の中でなされる行為を通じて空間は、単純なプリズムが示すような行動に対して等質的に広がる空間ではなく、さまざまな社会的な形象(figure)や構造(structure)をもち、社会的な意味や価値の体系をなすものとして現われる。それを越えることが社会的な価値の侵犯を意味するような境界が設けられる時、人は物理的にはそれを越えてゆくことができても、社会的にはそれを越えることは許されない。能力の統制や結合の統制は人びとが共有する社会的な時空の広がり(extention)を条件づけるものではあっても、その形や構造は、しばしばそれ以外の社会的な要因によって与えられるのである。近代以前の都市や地域社会を特徴づけてきた形象=想念とは、このような社会的な統制や価値体系を通じて構造化された共在の表象である。この形象=想念は、共時的な位相にあって人びとの共在の想像や了解を支えると同時に、都市や集落の具体的な空間の中に参照物をもち、それらを通じて表象されることを通じて、そこでの人びとの共在の在り方に「場」としての形を与え、土地空間の上に構造化するのである。
共時性というこれまで論じてきたことと一見矛盾するようだが、都市や地域社会を構造化するこの形象=想念は、しばしば「歴史的なもの」や「伝統的なもの」として現われる。例えばアンリ・ルフェーヴルが近代以前の都市を「作品」に例える時、そこで意味されているのは、都市空間が歴史の中で作られ、時の積み重ねの中で共有されることによって、集合的な存在の基盤となっているような「都市という社会」の在り方である★一二。ジョーゼフ・リクワートを始めとする多くの論者たちが繰り返し指摘してきたように、近代以前の都市は多くの場合歴史的な意味での「起源」、すなわち創建の時をもち、その時に都市としての形象=想念の原型が与えられ、その原型が時の流れを超えて保持されるものとして存在してきた★一三。また、その創建の時から現在にいたる時の流れの中で生じたさまざまな出来事は、街路や場所の名称として記憶されたり、特定の建物と結び付けられたり、像や記念碑に記されたりして、都市の「現在」を構成する要素となってきた。こうして都市の「現在」は、その起源とその後の時の流れを体現し、刻み込み、「現在」を生きる人びとにその歴史を表示する一種の記憶装置として機能する。私たちがローマやフィレンツェ、京都やボストンなどを指して「歴史的都市」と呼ぶ時、想定されているのは、その現在が「歴史的なもの」と共に在る、このような都市の在り方である。都市でなくとも、例えば書かれた歴史をもたない無文字社会であっても、定住を構造化する形象=想念は広い意味での「歴史的なもの」や「神話的なもの」、つまり世界の起源やその後の過去に由来し、保持され、繰り返されてきたものとして考えられている。運搬(trade)と語根を同じくする「伝統的(traditional)」とは、こうした時間を超えての「持ち来たり」のことに他ならない。この意味で定住とは、共時性という時制をもちながらも、その共時性のうちに起源と過去を内包し、表象する「歴史的なもの」として現われるのである。
共時性が事実としての同時性とは異なっていたように、この「歴史的なもの」もまた、事実としての「歴史」と同じではない。「歴史的なもの」もまた、「共時性としての空間」と同様に形象=想念を通じて作り上げられる図式なのであって、事実としての「歴史」のような経験的な事実ではないからだ。歴史とは、第一に過去に属する出来事であり、第二に、そうした過去に生起した行為や関係の実践の集積である。だが、人が経験的事実として対象化しうるのは、「歴史の時間」の直中で生起する個々の行為や関係、事物の個別的=局所的な現われ──これを「歴史的事実」と呼ぶことができる──なのであって、そうした行為や関係の実践の通時的な集積それ自体を、人は経験的事実として対象化することはできない。それらについては、人は文字通り「物語=歴史(histoir)」として表象を通じて了解することができるに過ぎないのである。都市や定住における「歴史的なもの」とは、都市や定住という社会の同一性をめぐる歴史についての表象なのであり、そのようなものとして都市空間に刻み込まれ、そこに生きる人びとに記憶として伝承されたものなのである★一四[図5・6]。
社会が個々の具体的な経験の断片を超えた同一性をもつものとして現われてくる時、〈共に在ること〉の表象が常に・すでに介在している。「歴史的なもの」とは、そうした個々の活動がその内部に位置づけられる時空の広がりの、通時的な変移・継続・蓄積に関する図式として与えられる形象=想念であり、表象なのだ。都市やその他の定住では、そこでの共在の在り方を構造化し意味づける形象=想念が、単に共在の共時的な広がりを与えているだけでなく、その共時的な広がりが「歴史的なもの」の下に社会的な厚みと正統性を与えられ、その正統性の下に人びとの集合体とそれらが共在する空間に同一性が与えられている。それらは「現前」の中に表象される「歴史」であり、それを通じて人びとを歴史的な過去や未来に属する人びととも共に在ることを可能にする。都市や集落の中の残された過去の痕跡、記念碑、歴史的建造物、それらをめぐる説話や伝承や記憶、あるいは前回の論考で触れた都市祭礼など、「歴史的なもの」は過去と現在を、そしてまた時に未来をも、ひとつの共時性の内部で共在することを可能にするのである★一五。やはり別の場所で述べた都市の「アウラ」とは、都市の現在に現前するこの「歴史的なもの」と関係している★一六。なぜなら、この「歴史的なもの」を通じて都市は、他の都市とは異なる固有の起源と過去とをもった独自の、ただ一度だけの歴史を体現するものとして現われ、その「歴史的なもの」の現前のうちに人びとの「現在」を包み込むからである。しかもそれは、都市の現在の中に刻み込まれ、あるいは人びとの記憶の中に伝承されたものを通じて現前するが、それ自体には決して到達することのできない位相に存在している。それはちょうど、ベンヤミンが近代における「展示的価値」の対としてあげる、あの「礼拝的価値」にも似ている。古代や中世の芸術作品が伝統連関に埋め込まれ、宗教的な儀式の中で礼拝されることによりそのアウラを、すなわち唯一無二のものとして現われるはるかな根源を表象していたように、都市は「歴史的なもの」を通じて、そのはるかな根源と結びついた唯一性をもつものとして現われるのである★一七。
ただし、都市の「現在」と「歴史的なもの」とのこのような関係は常に親和的なものではなく、時にきわめて緊張し、また微妙である。例えば革命によって街路の名が変えられ、かつての王宮が革命政府の建物となり、それまで忘れられていた過去の「英雄」の名やそれをめぐる祭礼といった「伝統」が新たに創造されたりすることがある。また、同じ現在を生きる人びとの間でも、「歴史的なもの」としての意味をもつ場所やその意味づけが、所属する階級や政治的信条によって異なることがある(王統派のパリと共和派のパリ、コミュニストのパリは同じではない)。「歴史的なもの」とは常に、「現在」の同一性をめぐる闘争の賭け金である。この意味で、都市の「現在」は、「共時性」の同一性と「歴史的なもの」とのダイナミズムの場としても存在してきたのである。それゆえ、そうした都市では現在の支配とは歴史の支配なのであり、それゆえに新たな権力は過去の権力のモニュメントを占拠し、その意味を書き換え、あるいはそれを破壊するのである。
時間地理学の通常のグラフは、あたかもカルテジアン座標のような空虚な広がりの中で、人びとが「時間」と「空間」を有限な資源として消費しているかのように、時空の中での人びとの活動を描きだす。無論それは、それがモデルである以上仕方のないことだ。だが、例えば私たちは、そのグラフの中に「現在」という共時性を生きる人びとの活動の軌跡だけでなく、より長い時間の広がりの中でそこに在りつづける「歴史的なもの」、街路や広場、建物や記念碑、樹木などを、カルテジアン座標の内部で時間軸に沿って延びた太い線や壁として描き込むことができるだろう。さらにまた、都市空間の中にそうした「場所」や「物」として場を占めるわけではない、場所をめぐる記憶や規範、イメージなどが時を超えて歴史的に受け継がれ、あるいはまた忘却されてゆく様もまた、そこに描き込むことができるだろう。都市の社会的な時空は、そのような「歴史的なもの」と「共時性としての現在」との重なり合いとして存在してきたのである。

5──都市の中の「歴史的なもの」:中世から現代にいたる都市の伝統を 表象する、ウィーンの新市庁舎のゴシック様式 ドナルド・J・オールセン『芸術作品としての都市』(芸立出版、1992)より

5──都市の中の「歴史的なもの」:中世から現代にいたる都市の伝統を
表象する、ウィーンの新市庁舎のゴシック様式
ドナルド・J・オールセン『芸術作品としての都市』(芸立出版、1992)より

6──都市の中の「歴史的なもの」:江戸と皇都東京を表象する皇居と二重橋 (Rivas-Micound, M., Zanghi, J. & Hirokawa, M. eds.,  TOKYO: insight city guides, APA Publications, 1991より)

6──都市の中の「歴史的なもの」:江戸と皇都東京を表象する皇居と二重橋
(Rivas-Micound, M., Zanghi, J. & Hirokawa, M. eds.,
TOKYO: insight city guides, APA Publications, 1991より)

4 現在性のエコノミー

だが、時間地理学の一見すると空虚で均質な広がりの中を人びとが行き来しているかのように時空的な活動を描き出すモデルは、単にモデル化のエコノミーとしてのみ理解すべきではないだろう。私たちはむしろそこに、私たちの現在における時空感覚の無意識的な位相を読み取るべきなのだ。それは科学におけるモデル化のエコノミーであると同時に、私たちの現在を規定する時空のエコノミーである。
そのエコノミーの一端については、すでに触れている。時間地理学のモデルは、徒歩交通を基本として土地空間上の広がりを「土台」とする近代以前の都市や社会を描く時よりも、さまざまな交通機関によって「能力の制約」が変化し、かつ多様化した中で人びとが忙しく活動する現代の都市や社会を描く際に、より有効な方法である。時間地理学のグラフは、そのような都市や社会に生きる私たちの「共通感覚」を、素直に描き出している。

あなたは、ある日、午前八時からと一〇時からの授業を持ち、一一時半に医者に行き、一二時半には人と昼食を共にし、午後三時に自分の子供が通っている小学校に行き、五時には夕食を準備するために家に帰っていなければならないとする。これは、順々に並んだ時刻を見ただけでもハードスケジュールであるが、もしこれらの予定が、互いにとおく離れた場所でなされなければならないとしたら、さらに予定の場所間を車ではなく徒歩で移動しなければならないとしたら、スケジュールの遂行は、あなたをよりいっそう消耗させることだろう★一八。


時間地理学的なモデルが想定する生の形とは、こうした感覚や社会的な活動の構造と共に在るものだ。ヘーゲルストランドが時間地理学の構想において試みようとしたのは、こうした構造と感覚をもつ社会における「生活の質」を、社会経済的網状モデル(socio-economic web model)の構築を通じて解析し、計画のために役立てることであった。時間地理学のモデルとは、個々人にとっての稀少な「資源」としての時空の配分の経済的モデルなのである★一九。
こうした感覚の前提にあるのは、時間を一日や一週間などの枠組みの中で有効に配分すべき稀少な資源として捉え、その配分として時空的な活動を了解するという感覚である。このような感覚は、現在の私たちにとってはきわめて普通の日常的なものである。だが、歴史的、比較社会学的に見れば、それは決して「普通」のものではない。このような感覚の根底にあるのは時間の数量性への還元であり、この数量化された時間の有限な量の配 分エコノミーとして人生や、一年、一月、一週間、一日の中の活動を捉え、それゆえ空間的な活動も、そのような有限な資源としての時間とそこでの社会的な諸制約の関数として捉える時間─空間了解である。『魏志倭人伝』の行程記述などが示すように、空間的な移動をそれに要する時間で表現することは、きわめて多くの社会で見出されることがらである。だが、人生や生活の時間をすべて数量化し、その有限な配分として思考することは、真木悠介の研究等が示すように、すぐれて近代的な現象である★二〇。
注意すべきことは、このような数量化を通じて見る時、時間と空間の広がりは、他の質的な属性がそこから捨象された、本質的に量化可能で等質な広がりであるかのように感覚され、思考されることがあることだ。数量へと還元された時間や空間は、さまざまな属性をもつ「時」や「場所」ではなく、ベンヤミンであれば「アウラ」と呼ぶであろう時空の固有性をもたない抽象化された時間や空間として現われる。「数」という表象を通じて、資源としての時間はさまざまな制約が許す限りで、例えば午前のミーティングを午後に移すことも可能であるように代替可能なものとなり、通勤時間が同じであれば地理的には異なる土地が、通勤者の居住地としては「等価」なものとして現われるのである。
前回の論考でも触れたように、鉄道や自動車などのさまざまな交通メディアの都市生活への組み込みは、こうした時空の脱アウラ化とでも呼ぶべき事態を支え、推進するものとして機能している。こうした機械的交通機関が可能にする速度と、移動する身体の周囲の環境空間からの切断は、移動の過程を目的地に到着するまでの「コスト」、できるかぎり短縮されることが望ましい余計な時間と空間として感覚させ、思考させるからだ。そして、こうしたメディアを通じて人びとの日常プリズムが拡大すればするほど、遠く離れた場所を行き来するための時間=資源の配分が、個人にとっても組織にとっても重要な社会─経済的問題として浮上してくる。鉄道のダイアグラムが象徴的に示すように、高速の機械的な交通機関は、空間の時間への変換を推進する。そして沿線や移動経路に沿った時間距離として空間を思考する時、人は時間地理学のグラフが表象するように、空間を土地空間上の「場所」の秩序とは異なる時空的な活動の広がりとして感覚し、了解するようになるのである。
時間地理学的なモデルと共鳴する私たちの現在の時空感覚としてもうひとつ指摘できるのは、都市の共時的な広がりの「歴史的なもの」からの切断である。時間地理学が主題化する時間とは、そのモデルの縦軸に示された人びとの活動と共に流れる時間、あるいは人びとがその活動の資源として配分する時間であって、「歴史的なもの」として表象される時間や、そうした歴史の時間の中にある現在という時のことではない。時間地理学のモデルには「歴史的なもの」は通常は描かれていない。それは確かにモデル化のエコノミーではあるが、同時にそれは、そのモデルが想定し、対象化する私たちの活動の広がりが、そうした「歴史的なもの」が捨象されたものとして感覚され、思考されていることの現われでもあるだろう。そこで想定され、了解されている時空はいわば過去から切り離された「現在」なのであって、「歴史的なもの」の深みはそこから消し去られている。時間地理学のモデルを流れる時間は、いわば「持続する現在の時間」なのだ。だが、私たちが道路地図や鉄道路線図、住宅地地図などを見る時に見ているのも、そのような「歴史的なもの」から切り離された「現在」の広がりである。それは、時間と空間の数量的な還元と並ぶ、現在の都市や社会におけるもうひとつの意味論的な漂泊である。
無論、現在の都市の中で「歴史的なもの」がすべて失われたわけではない。歴史的街区や史跡は、それなりに歴史のある都市には数多く存在している。だが、それらの「歴史的なもの」が現在の空間に現前するものとしてそこでの社会的な営みを捉え、意味づける力はきわめて弱い。それはむしろ「歴史」として過去に帰属するものとして位置づけられるがゆえに、現在を捉えるものとしての力を失っている。このことを象徴的に示すのは、現代の都市や社会における博物館というものの存在だろう★二一。それは「歴史」をすでに過ぎ去ったものとして現在の生の営みの空間から切り離し、そこに都市のアウラが表出される「礼拝的価値」をもつものとしてでなく、人びとの営みの連関から切り離された「展示的価値」をもつものとして、ガラスのケースの中に閉じ込める★二二。歴史の「発見」とは、歴史がいま・ここに不在であることの発見である。博物館という歴史主義の時代の産物は、「歴史」の発見を通じて現在を、「歴史的なもの」の力から切り離すことを可能にするのである。博物館とは記憶の装置だが、記憶の装置とは同時に忘却の装置でもある。博物館という記憶の装置の出現、そしてその増加は、都市の現在から「歴史的なもの」が失われつつあることに対する「反動」であると同時に、都市が歴史という意味を忘却することを肯定する身振りなのだ★二三[図7・8]。
こうして現在の大都市は、一方では「場所」から抽象された数量的な時空の広がりとして、他方では歴史的な深さや厚みを欠いた文字通りの「現在」の共有の場として、人びとの共時的な関係の広がりを存在させている★二四。都市が「象徴的秩序」の深みを欠いたこと、その存在を私たちがアレゴリカルなものとして、あるいは統計や地図のような無時間性の表象を通じて対象化することの社会学的な根拠は、この現在性のエコノミーの中に見出されるのである。

7──都市空間を「歴史的なもの」から切り離す装置:大英博物館 (『芸術作品としての都市』より)

7──都市空間を「歴史的なもの」から切り離す装置:大英博物館
(『芸術作品としての都市』より)

8──都市空間を「歴史的なもの」から切り離す装置:上野の国立博物館(TOKYO: insight city guidesより)

8──都市空間を「歴史的なもの」から切り離す装置:上野の国立博物館(TOKYO: insight city guidesより)


★一──時間地理学についての以下の説明は、荒井良雄、川口太郎、岡本耕平、神谷浩夫編訳『生活の空間  都市の時間』(古今書院、一九八九)による。
★二──時間地理学の「出発点」にあたる論文で、この方法の提唱者であるトーシュテン・ヘーゲルストランドは、能力の制約を「個人の生物学的な成り立ち、もしくは使える道具、あるいはその両方によって個人の活動が制限されるもの」、結合の制約を「個人が生産や消費や取り引きのために、他の人間や道具や物と、いつ、どこで、どれだけの時間、結びついていなければならないかを決め」るもの、権威の制約を「権威の時空間的側面に関連したもの」で、「特定の個人や集団のコントロールの下に在る事物が存在する時空間の総体」である「ドメイン(domain)」に関わるもの、と定義している(Hägerstrand, T., What about people in regional science?, Papers and Proceedings of Regional Science Association, 24, 1970.=荒井良雄訳「地域科学における人間」、荒井他編訳、前掲書、一二─一七頁)。
★三──時間地理学の日常プリズムは、通常は住居を中心とするプリズムとして与えられるだろうが、都市における人びとの空間的な活動は、住居ではなく都心をプリズムの中心として構造化されるのである。不動産広告などにおける「都心より何分」という形の表現は、このことを如実に示している。人びとは住居を選んだ後に、そこから通勤可能な職場を選ぶのではなく、とりわけ大都市では、職場に合わせて住居を選ぶのである。
★四──今日の農村では、自動車の普及によって人びとの日常プリズムの広がりは飛躍的に拡張しているが、そこでの日常プリズムの重なりが大都市のそれとは異なり、成員間でほぼ同一の外延をもつものであることに変わりはないだろう。ただしこの場合、都市においてと同じく、自動車を使用する者とそうでない者との間の能力の制約の差異がきわめて大きいものになる。
★五──Giddens, A., The Consequences of Modernity, Polity Press, 1990.=松尾精文、小幡正敏訳『近代とはいかなる時代か?──モダニティの帰結』(而立書房、一九九三)、八四頁。また、時空間の拡張については前掲書の他にGiddens, The Constitution of Society, Polity Press, 1984, ch.3. 等を参照。
★六──「根源的な財としての土地」については、若林幹夫「都市の全域性をめぐって(下)──共異体=共移体としての都市」『10+1』No.11(INAX出版、一九九七)、二三四頁を参照。
★七──Giddens, A., A Contemporary Critique of Historical Materialism vol.1, Mcmillan, 1981, p.161ff, およびThe Constitution of Society, Polity Press, 1984, p.64ff.
★八──共現前の状況における実践の相互性のことをギデンスは「社会的統合(social integration)」と呼び、共現前の条件の外側に拡張された空間における行為者や集団相互の相互性である「システム統合(system integration)」と区別している。私がいう「共在」とは、社会統合のレヴェルにとどまらず、システム統合のレヴェルにおいても成立する「共に在る」状態のことを意味している。ギデンスの「社会的なもの」と「システム」との区別は、社会学におけるミクロ理論とマクロ理論とがそれぞれ照準する水準に対応している。共現前的な状況をsocialという言葉で意味することは、この言葉が「社交界」や「団体」をもっぱら意味していた一九世紀以前的な伝統に準拠している。とはいえ、ミクロ理論とマクロ理論の接続ないしは対立の止揚という目的のための便宜的な概念の使い分けとしてはともかくとして、socialという概念をこのように限定的に用いることは、むしろ私たちの生きる社会(society)が社会的なもの(the social)であることの諸相を捉えるための可能性を、この言葉から奪っているように思われる。
★九──Fischer, C. S., The Urban Experience, Harcourt Brace & Company, 1966.=松本康、前田尚子訳『都市的体験──都市生活の社会心理学』(未來社、一九九六)、特に五五─五九頁、および第五章。
★一〇──「場を占めぬもの(the atopical)」については、若林幹夫「都市の全域性をめぐって(上)──空間と『場を占めぬもの』」『10+1』No.10(INAX出版、一九九七)、二五〇頁を参照。
★一一──Levi-Strauss, C., Tristes Tropiques, Plon, 1955.=川田順造訳『悲しき熱帯(下)』(中央公論社、一九七七)、三四─八〇頁。Bourdieu, P., Le sens pratique, Minuit, 1980.=今村仁司、福井憲彦、塚原史、港道隆訳『実践感覚2』(みすず書房、一九九〇)、九九─二三一頁。
★一二──Lefebvre, H., Le droit  la ville, Editions Anthropos, 1968.=森本和夫訳『都市への権利』(筑摩書房、一九六九)、八頁。
★一三──Rykwert, J., The Idea of a Town: The Anthropology of Urban Form in Rome and the Ancient World, Faber and Faber, 1976.=前川道郎、小野育雄訳『〈まち〉のイデア──ローマと古代世界と都市の形の人間学』(みすず書房、一九九一)。
★一四──この「歴史的なもの」を、共時性との対で「通時性(diachronicity)」と呼ぶことも可能である。ソシュールの言語学においても、通時態は個々人によって経験可能な現実ではないが、ここでは「通時性」という言葉とその字面が「歴史的なもの」のもつ表象性に対する理解を損ないかねないので、「通時性」という言葉は用いないことにした。
★一五──より厳密には、無文字社会の伝承の中の過去を表象するものと、文明以降の「歴史」を表象するものとは異なる時制をもつということができるが、ここではそうした「歴史の諸形態」をめぐる議論には立ち入らない。
★一六──若林幹夫「都市の全域性をめぐって(上)──空間と『場を占めぬもの』」『10+1』No.10(INAX出版、一九九七)、二五〇頁。
★一七──Benjamin, W., "Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit", 1936.=浅井健二郎・久保哲司訳「複製技術時代の芸術作品」浅井編、浅井・久保訳『ベンヤミン・コレクション1』(ちくま学芸文庫、一九九五)、五九三─六〇〇頁。
★一八──Pred, A. & Palm, R., "The status of American women: a time-geographic view", Lanegran, D. A. & Palm, R. eds., Invitation to Geography, McGraw-Hill, 1978.=岡本耕平訳「アメリカ女性の状況:時間地理学からの考察」(荒井他編訳、前掲★一)、二八頁。
★一九──Hägerstrand, 前掲★一、一〇頁。
★二〇──真木悠介『時間の比較社会学』(岩波書店、一九八一)。
★二一──博物館については、Anderson, B., Imagined Communities (Revised edition), Verso, 1991.=白石さや、白石隆訳『増補 想像の共同体──ナショナリズムの起源と流行』(NTT出版、一九九七)、二九三─三〇一頁、Foucault, M. "Of Other Spaces", Diacritics, 16-1, 1986. 等を参照。また、この点については筑波大学社会科学系の濱日出夫氏との対話や氏の研究にも示唆されている。
★二二──前掲★一七参照。
★二三──まさかそんな誤解はないとは思うが、私がここで述べている「歴史的なもの」の不在あるいは忘却や、「現在」の「歴史的なもの」からの切断は、例えば八束はじめが「千年王国論」で述べているような「ポスト・ヒストリー」、すなわち一部のポストモダン論でいうような「歴史の終わり」のことではまったくない(八束はじめ「千年王国論(三)──ユートピアのシミュラークルとしてのポストモダン都市」『10+1』No.6 INAX出版、一九九六、一六九頁)。
★二四──「均質空間」という概念について、このような視点から新たな光を当てることもできるだろう。

*この原稿は加筆訂正を施し、『都市のアレゴリー』として単行本化されています。

>若林幹夫(ワカバヤシ・ミキオ)

1962年生
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。社会学。

>『10+1』 No.12

特集=東京新論

>若林幹夫(ワカバヤシ・ミキオ)

1962年 -
社会学。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。

>複製技術時代の芸術

1965年11月1日

>八束はじめ(ヤツカ・ハジメ)

1948年 -
建築家。芝浦工業大学建築工学科教授、UPM主宰。

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...