RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.35>ARTICLE

>
1:小嶋一浩┼赤松佳珠子/C┼A《東京大学先端科学技術研究センター3号館(1期)》──ヴォイドの愉悦を支える仕掛け | 今村創平
Kazuhiro Kojima+Kazuko Akamatsu/C+A, "Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo, Building No.3(first stage)": The Mechanism of Pleasure in the Void | Imamura Sohei
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.148-151

春もまだ始ったばかりの頃、東京大学の駒場リサーチキャンパスを訪れる。夕刻少し前、雲ひとつない空は蒼く高く抜けている。北側の正門から、右前方に少し進むと端正な佇まいの新しい建物が目に入る。六階建てのその建物は、ことさらその存在を主張することなく、ましてや大げさなこれ見よがしのパフォーマンスといった振舞いをせずに、しかしだからといって地味や凡庸といった形容詞は当て嵌まらずに、きりりとした風貌で建っている。正面の立面は、おおむねコンクリートの打ち放しでできており、そこに規則的に柱型が縦長に出っ張り、ステンレスの鏡面でできた窓の可動部が、パウル・クレーか何かの抽象画のように緩やかなリズムを刻んでいる。向って右側の北側の立面にも、同様にコンクリートの面にステンレス製のミラーがランダムに按配され、それが前に立つ巨木の、細かい新緑を映しだして揺れている様が、きわめて目に心地いい。
建物正面は、打ち放しコンクリートの長方形の柱が整然と並ぶ、二層分の高さを持つピロティになっており、そこを通ってガラスの扉を押して建物の中に入る。すると、目の前には幅広で緩やかな大階段が、いかにも誘いをかけるように広がっていて、そして自然と足はゆっくりとその階段を上るであろう。階段の最後のほうは、絞り込まれるように天井が一旦低くなり、最後の段を終えると、そこには柔らかな白一色の空間が広がっている。幅約一〇メートル、奥行き約一二メートルのアトリウムは、六層分の高さを持ち、この建物の高さいっぱいまで伸び、それが二つの横方向に開けられた空間に連結し、その終わりには視線は届かないのであるが、空気がそのまま空へと流れ出ていることは確かに感知できる。この気持ちのよい空間の経験。吹き抜けという言い尽くされた単語では、その魅力をまったく伝えられない空間。ヴォイドの愉悦。

この建物の正式名称は、《東京大学先端科学技術研究センター三号館(一期)》という。しかしこの文章では、以降は略して《先端研》と呼ぶこととする。大学の施設ということで、われわれはすぐに慣れ知っている教室が並んでいる建物を想像しがちであるが、この《先端研》は研究のみを行なう場なので、かなり特殊なビルディング・タイプといえる。また、名称に先端とあるように、さまざまな学問領域の文字通り先端を行く研究が行なわれ、それらは長期の活動予測が困難であり、またその分野を特定できないという性質を持つ。後で詳しく触れるが、このことはこの建物の成り立ちにおいて、決定的な意味を持った。

1── 《東京大学先端科学技術研究センター3号館(1期)》外観 筆者撮影

1── 《東京大学先端科学技術研究センター3号館(1期)》外観
筆者撮影

2──同、外観 筆者撮影

2──同、外観
筆者撮影

少し話柄を広げてしまうが、前東大総長の蓮實重彦の発言を見てみよう。

来るべき時代の大学は構築してはいけない。とりわけ、二十一世紀にありうべき「第三世代」の大学については、これを頑強な制度として構築してはならない。今必要だと思われている学問領域が三十年後には必要なくなるかもしれない。だから、学部学科といった大学の構造の上でも、物理、生物、化学といった学問分野の上でも、変化に対応しうる柔軟性を不断に維持しなければならない★一。


これは、昨今の「大学改革」問題に対してのコメントであるが、今後の教育機関というものは、堅固な存在ではなく、きわめて流動的なあり方となることを予言している。つまり《先端研》とは、そこでの活動が先端を行っているだけではなく、あり方そのものが極めて未来の施設を先取りする先端的なものとなっていると言えるのではないか。
もう少し詳しくこの《先端研》の内容を説明すると、ここで扱われている研究領域は、情報、生命、物質、環境、などのいわゆる理系分野と、社会システム、科学技術論、経済学といったいわゆる文系分野が融合した、きわめて学際的なものである。また、「どんな先端分野でも一〇年経てば先端的でなくなる。人が変わらなければ研究分野は変えられない」との認識から、ここでは教授会のすべての構成員(教授、講師等)は最長一〇年しか留まることができないとの基本ルールがある★二。話を建築のほうに戻すと、この建物の設計にあたっては、この建物が必要とするフレキシビリティを、いかに克服するかが、まず初めのテーマとなったわけである。そして、設計者は入居が予定されていた研究者からのヒアリングに、多くの時間とエネルギーを割いた。

話は前後するが、この建物の設計者はコンペにより選定された。キャンパスは、設計者小嶋一浩の師匠にあたる原広司による新たなマスタープランが策定され、すでに原本人によりいくつかの建物が完成を予定されていた。小嶋が設計者となった経緯には、原との関係が考慮されたことはなく、それはまったくの偶然であった。しかし、すでにあるマスタープランを読み解き、それに対しどう処するかということは、当然のことながら詳細に検討された。大学から示された概要では、原の建物と北側の立面位置がずれることになっていたが、それはやはり揃えるべきだと考えられた。それは、ずらしてしまうことにより伐採を避けられなかった立派な既存樹木数本を、そのまま残すことにも役立った。
一方、建物のフットプリントを変えてしまうことは、合理的と想定されていたスパンの変更を意味することになるが、それも先述の建物のフレキシビリティとの兼ね合いから、ポストテンションのプレキャスト・コンクリート工法を採用することにより一気に解決された。建物の構造はSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)とすることが与条件として示されていたのだが、PC・PCa造(プレキャスト・プレストレスト造)の採用により、実験室は一二メートルのスパンを持つことが可能となった。
もう少し詳しく構造について見てみよう。建物は南側に凹みを持った「コ」の字形を持ち、将来ほぼ対称形の二期工事が完了後、中庭を形成することになる(この二期工事の設計者は、C+Aを含め、どこが担当するかは未定のようだ)。東側と西側の両翼が実験のためのスペースとされ、北側の部分が研究室や教官室となる。それらに囲まれ、将来の中庭に面する形で、先に述べた大きなアトリウムがあり、それは東側ブロックの四、五階、北側ブロックの五、六階にそれぞれ開けられた二層分のリフレッシュコーナーに連結され、そのまま外部へと開いている。東西の実験室部分は、柱と床板と一体になった梁がプレキャストとなっており、この部分の壁およびトップフロア、そして北側部分は現場打ちコンクリートとなっている(北側部分の床もプレキャストであり、一部上記の説明からのイレギュラーもある)。つまり、なるべくスパンを飛ばしたい実験室部分はプレキャストとしているのだが、しかしすべてをプレキャストとしてしまうと、それぞれのピースを繋ぐジョイント等が煩雑になるため、必要な箇所のみをという判断が下された。このようなプレキャストと現場打ちコンクリートの併用は、一見施工が煩雑になるとも思える。しかし、そもそもSRC造が予定されており、鉄骨とプレキャスト版は製作や現場での取扱いにも類似性が認められるので、大きな問題とはされなかった。建物の東西立面には柱型が整然と並んで見え、これは意匠的にも効いているが、プレキャスト部材と現場打ち部分を面一にするのは施工上困難が伴うので、このように明快にずらしている。プレキャストは、工場生産であるため品質管理ができるというメリットもあるが、実際には現場での慎重な取扱いが必要となる。打ち放しコンクリートは、もちろん現場での施工精度が如実に反映される工法である(安藤忠雄が打ち放しコンクリートを好むのは、出来上がりの質感もさることながら、非常に緊張感をもって取り組まないとうまくいかないという、この工法の性格にもよるところが多いことは、よく知られている)。そうしたことから考えても、この建物の施工レヴェルはかなり高かったことが、実物からは見て取れる。
設備に関しても、この建物には非常に特殊な要求があった。クリーンルームを持つこと、将来的な実験内容に対応できること、いくつかの実験では大量の外気が必要とされること、などである。実験室では先に見たように、柱のない大空間を確保することにより、将来的な部屋の間仕切りの変更には対応が可能である。それに加え、建物の四カ所に縦方向の設備スペースを集約し、それが実験室であれば窓際に沿って水平に展開したあと、今度は部屋の内側に向けて延長する。プレキャストの梁は、部屋の奥行き方向だけに配されているので、設備配管とバッティングすることなく、将来的変更にも設備と構造の齟齬を生み出さないで済み、かつ天井高を確保することができる。また、実験室と廊下の間にありがちなPS・EPSがないため、この壁が自由となり、通常であれば閉じられた壁が連続するところ、実験の内容や研究者の好みによって、壁面、ガラス面等々自由に選べるものとなっている。また、中央の吹き抜け部分には、足元および天井部分にそれぞれ電動式のルーバーが設けられ、これらはセンサーにより内部の環境をベストに保つべく自動で開閉するようになっている。また、実験室で必要とされる大量の外気を直接取り込むことによって生じる結露を避けるために、外気は一旦この吹き抜けに導入され、それから実験室へと取り込まれることで問題の発生を避けている。

3──同、アトリウム 撮影=平井広行

3──同、アトリウム
撮影=平井広行

4──同、クリーンルーム 筆者撮影

4──同、クリーンルーム
筆者撮影

以上見てきたように、この《先端研》の建物では、難しい与条件を避けたり、無視することなく、却ってそれらに真正面から向き合い、構造や設備と一体になった解を導き出すという、きわめて説得力のある設計となっている。しかし、それはけっしてその結論を強調して見せることなく(例えば、いわゆるハイ・テックといわれる建築群のあり方とは非常に遠い)、さりげない佇まいを見せているところに、この設計者の知性を感じる。そして、あまり短絡的な関連付けの軽率は慎むべきであろうが、研究所、プレキャスト、サーヴド・スペースとサーヴァント・スペースといったことをテーマとした、ルイス・カーンの《ソーク研究所》との比較を試みたく思うのは、けっして私だけではないだろう。もちろん、いくつかの共通の要素はあるものの、当然《先端研》と《ソーク研究所》には相違点も多い。しかし、個別の差異は置いておいて、建築の解き方、そして最終的なあり方にはやはり共通するところがあると断定できる。

ここで、設計者が昨今用いている「黒と白の空間」という考えにも触れておきたい。これは、建物の各スペースを、対照的な性格を持った二つのカテゴリーのどちらかに属するものとして整理し、それを計画のコアとする点では、カーンの「サーヴド・スペースとサーヴァント・スペース」と共通の手法と言っていいだろう。ただし、その意味するところは少し異なり、「黒の空間」は具体的な機能や目的を持った空間、「白の空間」はそれ以外の空間として意義付けられる。これまでの機能主義的な計画学からいえば、「白の空間」はあくまでも、主の空間に対する従の空間であり、あまり大事にされてこなかったわけだが、C+Aの発想では「白の空間」は、アクティヴィティを誘発する場として、積極的な役割を期待されている。例えば、彼らが作る小学校では、「白の空間」であるフリースペースで、実に活き活きと子どもたちが走りまわっていることが観察できるであろう。
《先端研》においては、中央の大きな吹き抜けと、これに連続する空間が「白」とされている。
この「白の空間」のヴォイドは、文字通りこの建物の中心に位置し、おかしな喩えを使うとすると、実験室や研究室が動物の骨や肉であるとすると、この空間は内臓のようであり、体の頭から底まで曲がりくねりながら連続し、それらが両端で外部に繋がっている。実際この空間は、建物の中でサイズを変えながら連続し、足元と上部で外に向って開放されている。一方で、小学校などでの「白の空間」という曖昧な領域では、想定外のさまざまな活動が起きることが予想されるが、この極めて専門性の高い施設では研究者は「黒の空間」に籠りきりになり、アクティヴィティという言葉から連想されるような活発な出来事がこの空間で行なわれることは、想像しにくい。しかし、逆説的ではあるが、この積極的意味を過剰に持たされていない空間がのびやかにあることは、息が詰まりがちな研究活動において結構重要な役割を果たしているのではないだろうか。
こうした、屈曲しながら連続する空間は、小嶋が以前から進めてきたスペースブロックという概念の延長上にあることは明らかであるが、その初期の研究にあるリスボンのアルファという村落での調査が今あらためて興味を引く。街中の道や小さな広場はその大きさや高さを変えながら繋がっていて、それらは構成的には、あくまでも住居等のかたまりが作り出す余白であって、しかしその空間が極めて魅力的で、快適なのである。具体的な生活は個々の住居内で営まれているにしても、この空間があることが、彼らがこの界隈で過ごす日々の時間をどれほど豊かなものとしているか。アルファで小嶋が経験した空気が、ここで再現されているとするのは明らかに結論を急いでいることになるが、殺風景になりがちな研究所の風景に、ある清涼感をもたらしていることは確かであろう。


★一──蓮實重彦ほか『「知」的放蕩論序説』(河出書房新社、二〇〇二)。
★二──東京大学先端科学技術センター、HP「東大先端研の挑戦」の項目より。
URL=http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/general/director/acteb_review_1j.html

>今村創平(イマムラ・ソウヘイ)

1966年生
atelier imamu主宰、ブリティッシュ・コロンビア大学大学院非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、工学院大学非常勤講師、桑沢デザイン研究所非常勤講師。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>小嶋一浩(コジマ・カズヒロ)

1958年 -
建築家。C+A共同設立、東京理科大学教授、京都工芸繊維大学客員教授。

>原広司(ハラ・ヒロシ)

1936年 -
建築家。原広司+アトリエファイ建築研究所主宰。

>安藤忠雄(アンドウ・タダオ)

1941年 -
建築家。安藤忠雄建築研究所主宰。

>ルイス・カーン

1901年 - 1974年
建築家。

>ソーク研究所

カリフォルニア州ラホヤ 研究所 1965年