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3:アイレス・マテウス《アルカセル・ド・サルの住宅》──建築/都市の発生以前に向かって | 松田達
Aires Mateus, "House in Alca'cer do Sal": Before the Origin of Architecture/Urbanism | Matsuda Tatsu
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.140-143

ここで示したい事実はきわめて単純である。最初に結論から書いておこう。建築とは都市空間である。ポルトガルの二人組の建築家ユニット、アイレス・マテウスの試みを、一言で言えばそう集約できるかもしれない。いくつかの彼らのプロジェクトにおいて、敷地の上にはまず都市がつくられ、そこに建築的な表皮が加えられる。だから建築空間のなかに都市的空間が現われる。つまり、都市の上に建築が重ねられている。ここには都市と建築をあらかじめ別のものとする視点はない。都市と建築は事後的に発生する出来事でしかない。建築と都市が同次元で思考されており、それが事後的に分化して空間ができ上がる。だから、彼らの建築は住宅であっても都市的に見えることがある。ここで述べたいのは、アーバニズムと建築をあえて未分化の状態で取り扱っているかのように見える彼らの建築の可能性である。

アイレス・マテウス兄弟

アイレス・マテウスとは、マニュエル・アイレス・マテウスとフランシスコ・アイレス・マテウスの二人の兄弟による設計事務所の名前である。マニュエルは一九六三年、フランシスコは一九六四年にリスボンに生まれ、共にリスボン工科大学建築学科を卒業し、またゴンサロ・バーンのスタジオで働いた経験をもつ。八八年に二人でアイレス・マテウス事務所を設立し、九三年から一時期はゴンサロ・バーンと共にGBMM Arquitectos Associadosを共同設立する★一。彼らの師であり協力者であるゴンサロ・バーンは、一九四一年にポルトガルのアルコバッサに生まれ、六八年にリスボンのESBAL芸術大学で学位を取得した後、ポルトガル・国立建築工学研究所で研究しつつ、七五年から自分のプロジェクトをはじめ、九一年には自身の事務所GB Arquitectosを開いている。

ジョアン・ベロ・ロデイアによれば、ゴンサロ・バーンの特筆すべき点は瞑想の能力であるという。つまり敷地を前に深く瞑想すること。複雑な敷地のコンテクストに対し、それをどのように見るかを知ることが、どのように計画するかを知ることと結びついているという。アイレス・マテウスらが、ポルトガルという環境のなかで、このように敷地を重視する方法論の影響を受けつつ、建築的方法論を確立していったということは想像に難くない。彼らの主な活動は一九九〇年代に始まっており、《コインブラ大学キャンパスIIの学生寮》(一九九九)、《リスボン・ノヴァ大学の学長棟》(二〇〇一)という、二つの大きな大学関連施設の設計がよく知られている。しかし本稿で取り上げたいのは、彼らが二〇〇〇年以降の数年の間に発表したいくつかの住宅および住宅プロジェクトであり、そのなかに建築と都市との新しい関係の可能性を読み込んでみたいと思う。

《アレンケルの住宅》、壁の間の空間

《アレンケルの住宅》(二〇〇一)は、彼らの一連の住宅プロジェクトの原点とも言えそうな住宅作品である。敷地には過去にあった住宅の壁だけが廃墟のように取り残されており、彼らはその壁を保存しつつ、壁の内部に新しく住宅を建て、両者の外壁をすべて白く塗り直した[図1]。古い壁はロの字型とコの字型が並ぶ形で残されており、中央部で壁の一部が欠けて二つの空間が緩やかに繋がれている。ロの字型の壁の内側にはプールが壁際に配置され、大きく開かれたいくつかの開口部によって外部の景観が取り込まれている。やや大きなコの字型の壁の内側に、新しく二階建ての住宅が建てられ、それらは基本とする矩形のヴォリュームからいくつか外部に突き出したヴォリュームによって、単純なプランながら複雑な空間をコの字型の壁との間につくり出している。基本となる直方体のヴォリュームから、一階部分で二カ所、二階部分で三カ所外部にヴォリュームが突き出ている。外部の壁と住宅の壁との間の空間に身をおいたならば、自分の上部にキャンチレバーとして突き出たヴォリュームが、二つの壁の間の空間を、一階部分である程度開放しつつ、二階部分の突き出たヴォリュームが部分的に占めるという、アクロバットなヴォリューム構成の関係が成り立っていることがわかるだろう。二つの壁のあいだの空間の床にはフローリング材が張られているため、その空間は、住宅の外部でありながら、壁に囲まれた内部的な雰囲気をももつように思われる。
この住宅のなかには、さまざまな異なる二つの空間が相互に作用しているかのようにも見える。古い住宅の壁と新しい住宅の壁、ロの字型の壁とコの字型の壁、一階のヴォリュームと二階のヴォリューム、外部と内部、表と裏、そういったものが繰り返し反転しつつ、単純な仕組みから複雑な空間を生み出しているようだ。とはいえ、この住宅から感じられるもっとも重要な点は、二つの壁の間の空間が外部でも内部でもないような性格をもった空間で、抽象的な白いヴォリュームに囲まれていながら、都市的な、あたかも路地のなかにいるかのような感覚を得られる空間であるように思える点である。彼らの空間の特徴は、そこが建築空間でありながら、都市空間から切り離されて存在しているように見えるというよりは、建築空間の中にすでに都市空間が貫入していることが、ごくごく当たり前のことのように表現されていることである。外部も内部も白いその空間が、さらに外部と内部の反転を容易にする。このような建築空間のつくり方は、以後の彼らの作品において繰り返し現われるテーマである。

1──アイレス・マテウス《アレンケルの住宅》 出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

1──アイレス・マテウス《アレンケルの住宅》
出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

《ブレジョス・デ・アゼイタウンの住宅》、
内部空間に内部をつくる

セトゥバルの《ブレジョス・デ・アゼイタウンの住宅》(二〇〇三)は、ワイン蔵の改修である。家型のヴォリュームの壁だけを残し、その内側にもう一枚の新しい壁をつくり、二階の外周部に回廊をまわし、そこから内部に向かってプライヴェートな領域を成すヴォリュームをいくつも突き出させている。そのため、一階部分中央部では、二階部分のヴォリュームが上部にいくつも並ぶという不思議な空間がつくられている[図2]。まるで都市の裏側の空間であるかのようだ。これは《アレンケルの住宅》でのキャンチレバーの手法がよりラディカルに展開したものである。内部に貫入しているヴォリュームは、別の内部のヴォリュームであるため、もともとの内部が外部であるかのような知覚の反転を誘う。
アイレス・マテウスは、内部に外部を貫入させるのではなく、内部に内部を貫入させているように見える。内部と外部の中間的な領域を生み出す場合、内部と外部の境界を曖昧にする方法が一般的であろう。それは、内部と外部があらかじめ別のものであるということが大前提である。しかし、彼らの場合、内部と外部を初めから同じものであるかのように扱っており、内部に対して内部を衝突させているように見える。内部と外部の区別は、ヴォリュームを組み合わせていった結果、事後的に発生した区分にすぎないかのように思われる。そのような手法は、確かにより曖昧な内部とも外部とも言えない空間をつくり出している。
あらかじめ前提としてあった内部/外部の区分を消していくのではなく、内部しかない空間に、内部/内部という対立項をつくり出すことによって初めて生み出される外部。彼らの空間から、内部と外部の反転がより強く感じられるのは、それらが初めから内部/外部といった関係をもっているわけではなく、事後的に生み出された内部/外部であるからであるように思われる。こうやって生み出された内部/外部は、容易に外部/内部に反転する。何故ならそれらは初めからどちらも外部になりえる可能性をもっていた内部空間であったからだ。

2──同《ブレジョス・デ・アゼイタウンの住宅》 出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

2──同《ブレジョス・デ・アゼイタウンの住宅》
出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

《アルカセル・ド・サルの住宅》、建築と都市の反転

同じようなことが、建築/都市という関係についても言うことができるかもしれない。彼らの建築空間は、それが住宅という最小規模の建築であっても、都市的な空間に感じられる場合がある。これはどういうことなのだろうか? 《アルカセル・ド・サルの住宅》(二〇〇三─)[図3]のコンセプト模型がその関係をよく表わしている。《アルカセル・ド・サルの住宅》は、計画の段階であり実現されていないが、彼らの方法論をもっともよく表わしているプロジェクトであるように思われる。敷地は無限にも見える松林のなかで、彼らのコンセプトは、図示されたダイアグラムに明らかにされている。正方形に囲い込まれた空間のなかに、まずいくつかの建築物のヴォリュームが置かれる。切妻屋根、片流れ屋根、ドーム型、方形屋根のヴォリューム群が置かれた様子は、建築の内部空間というより、都市のヴォリュームであるかのように見える[図4]。
次の段階でヴォリュームとヴォイドの関係は反転され、その上に建築的な表皮が加えられる[図5]。家型のヴォリュームはヴォイドに反転し、外部と内部を繋ぐポルティコ的な空間として機能する。ここで生まれた空間は、内部と外部が互いに干渉しあうような複雑な空間であるように思われる。内部と外部を分けるのは平面的に凸凹をともなったひと続きの壁であり、その内部は壁のない連続した一室として繋がっているが、巧妙に配置された壁とヴォリュームの関係によって、部屋同士が曖昧なかたちで分節されると同時に接続されている。また、反転されてヴォイドとなった家型の空間の最頂部は、この住宅の屋根面上端の高さに到達しているため、そこに筋のような切れ目が生まれ、一筋の光が漏れるような空間となっている。
明らかにここではヴォリュームをヴォイドに反転させることによってつくられる空間の可能性が試みられている。しかし、もう少し踏み込んで言えば、このプロジェクトの発生段階において、建築と都市が未分化であるような状態にまで、思考が還元されていると言えるかもしれない。都市の上に建築が重ねられたというよりも、もともと都市空間と建築空間の区別などなかったような状態からプロジェクトが展開されているように思われる。建築/都市という区分は、むしろ、建築のなかに建築をつくることによって、事後的に生まれるような区分であると、そういうふうにも解釈できるだろう。だから、彼らのプロジェクトにおいて建築/都市という対立項は事後的に生み出されるものでしかない。あるいは、建築空間と都市空間はいつでも反転する。何故ならそれらはもともと区別がなかったからである。建築空間のなかに建築空間をつくることによって、事後的に都市空間と言えるものが生まれてくる。

3──《アルカセル・ド・サルの住宅》 出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

3──《アルカセル・ド・サルの住宅》
出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

4──《アルカセル・ド・サルの住宅》 出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

4──《アルカセル・ド・サルの住宅》
出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

5──《アルカセル・ド・サルの住宅》 出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

5──《アルカセル・ド・サルの住宅》
出典=2G Aires Mateus, N.28, Gustavo Gili, 2004.

対立項の発生以前に向かって

アイレス・マテウスらはアーバニズムを扱っているわけではない。むしろ敷地周辺のランドスケープの丹念な観察から、建築的な解を導き出していると言うことができるだろう。それはゴンサロ・バーンから引き継いだ方法論かもしれない。しかし
《アルカセル・ド・サルの住宅》プロジェクトをはじめとした彼らの試みから読み取れる可能性のひとつは、二つのものの関係が発生する以前の段階に立ち戻ることによって、既存の二つのものの関係をもう一度読み直すところにあるのではないかと思われる。内部と外部、建築と都市、ヴォイドとヴォリューム、そういった対立項が生まれる以前の段階にまでいったん戻ること。そしてその未分化な状態にまで立ち戻ることによって、既存の対立概念に対して新しい視点を生み出すこと。それによって建築、アーバニズム、ランドスケープなど、命名されることによって生まれてしまった領域の限界を、もう一度開いてやること。彼らの試みから、そういった可能性を読み取ることができるかもしれない★二。


★一──マニュエル・アイレス・マテウスは、一九九七年からリスボンのルシアダ大学教授、九八年からアウトノマ大学の教授を務め、また二〇〇一年からスイスのメンドリシオ建築学院で、二〇〇二年にはハーヴァード大学でも教鞭を執っている。フランシスコ・アイレス・マテウスは、九八年からリスボンのアウトノマ大学で助手を、二〇〇一─二年にスイスのメンドリシオ建築学院の教授を務めている。
★二──同じような可能性を、スイスの建築家ヴァレリオ・オルジアティによる《パスペルスの学校》(一九九九)などから読取ることができるかもしれない。偶然のようだが、ヴァレリオ・オルジアティも二〇〇一年からスイスのメンドリシオ建築学院で教鞭を執っている。

>松田達(マツダ・タツ)

1975年生
松田達建築設計事務所主宰、建築系ラジオ共同主宰。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険