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ポスト郵便都市(ポスト・シティ)──手紙の来歴、手紙の行方 | 田中純
Post-PostCity: History of the Letter, Destiny of the Letter | Tanaka Jun
掲載『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) pp.18-29

1 啓蒙都市とグラフ理論

トポロジーの一分野をなすグラフ理論が生み出されたきっかけの一つが、〈ケーニヒスベルクの七つの橋〉の問題である。それは一八世紀、東プロイセンの町ケーニヒスベルク(現在のロシアのカリーニングラード)の中心部、プレーゲル川の川中島とその周辺にあった[図1]のような七つの橋を、いずれも一回だけ通って周遊できるか、というものであった。この問題は一七三六年にレオンハルト・オイラーの論文によって解決されたが、その際にはまず、川の実際の形や島の位置などの情報が捨象され、この空間の構造は[図2]のように点と線だけからなる一種の回路として表わされた。こうした抽象化によって得られた、有限個の点とそれらを結ぶ有限個の線からなる図形をグラフ(回路グラフ)と呼ぶ。〈七つの橋〉の問題はこのようにして、[図2]のグラフが一筆書きできるかどうかという可否に帰着することになる。オイラーの証明によれば、一つの頂点に集まる辺の数が奇数である奇頂点がゼロないし二個の場合にのみ、グラフは一筆書きできるのであり、従って、奇頂点を四個持つケーニヒスベルクの橋のグラフは一筆書きできない。

1──1760年頃のケーニヒスベルクの市街地図。①〜⑤は1755年以降、カントの移り住んだ住居を示す。 エンゲルハルト・ヴァイグル(三島憲一・宮田敦子訳)「ケーニヒスベルク──啓蒙のメタ批判」、『思想』1995年9月号(岩波書店)より

1──1760年頃のケーニヒスベルクの市街地図。①〜⑤は1755年以降、カントの移り住んだ住居を示す。
エンゲルハルト・ヴァイグル(三島憲一・宮田敦子訳)「ケーニヒスベルク──啓蒙のメタ批判」、『思想』1995年9月号(岩波書店)より

2──グラフ化された〈ケーニヒスベルクの7つの橋〉

2──グラフ化された〈ケーニヒスベルクの7つの橋〉

このような一筆書きの問題をはじめとして、二つの都市の間を結ぶ最短の経路を求める最短経路問題(地図上の都市を点、道を辺と考える)、あるいは郵便配達夫がすべての道を最低一回以上通って、郵便局に帰って来る最短経路を求める郵便配達夫問題などはみな、グラフ理論の問題として定式化される。「四色問題」の名で知られる平面地図の塗り分けも、国を点、境界線を辺と考えることによって、グラフ理論の対象になる。パーツの結合関係のみが意味を持つ電気回路もまたグラフに置き換えることが可能であり、この電気回路をプリント基板上に設計する場合、素子を点、配線を辺と考えて、何層の基板が必要であるかがグラフ理論を用いて導き出せる。同様にコンピュータ・ネットワークは、計算機を点、回線を辺と見なせばグラフ化され、データ通信の効率性や事故が起こった場合の予備経路を確保する安全対策などの面においてグラフ理論が応用されている。
ケーニヒスベルクの町がオイラーによって回路グラフに置換されたとき、この都市はトポロジー的なネットワークの関係秩序によってのみ支配される抽象的な空間へと移しかえられたのであり、そこにおいて大地の広がりはこのトポロジー的秩序が投影される面にすぎないものと化している。そして、このようなグラフとしての都市の表象において中心をなす関心は、〈郵便配達夫問題〉に代表されるように、情報の完全で無駄のない伝達経路の確定であった。グラフ理論の発端が一八世紀のケーニヒスベルクという都市の構造にあったことはおそらく偶然ではない。この町は当時、ポーランドやリトアニア、イギリス、デンマークなどとの活発な貿易によって栄えた大都市であり、一七二〇年代の人口は、ベルリンが二万五千人程度であったのに対して、ケーニヒスベルクは約四万人であった。この町に生まれ、生涯のほとんどをここで過ごしたイマニュエル・カントとともに、ケーニヒスベルクは啓蒙の中心都市の一つになっていく。〈七つの橋〉の周辺はカントの規則正しい散策の巡回路であった。
この啓蒙の世紀における市民的公共性の制度化をめぐって、ユルゲン・ハーバーマスは手紙というメディアがになった役割の重要性を指摘している。手紙はそこで、公共圏に対して補完的に形成される市民の私生活圏の、さらに最奥をなす小家族的親密さの空間を相互に連結するとともに、そのようにして形づくられる人間関係のネットワークのなかにおいて、市民的主体性を発見するための媒体となった。一八世紀の手紙は公開されることを予定して書かれており、他人の手紙を借り出したり、書き写したりされたばかりではなく、はじめから印刷を予定した手紙もあった。市民的主体性は公共圏へとあらかじめ媒介されていたのである。

小家族的親密さの圏内では、私人たちは彼らの経済活動という私生活圏からも独立なものとして自己を理解する──それはまさに、相互に〈純粋に人間的な〉関係に入りうる人間たちとしての自己理解である。その関係の文学形式は、当時においては手紙の交換であった。一八世紀が手紙の世紀となったのは、偶然ではない。個人は手紙を書きながら、自己をその主体性において展開する。近代的な郵便通信の初期においては、手紙は主としてニュースの輸送手段であったが、それがやがて学問的交信や家族的挨拶の役にも立つようになった。(…中略…)日記は発送者あての手紙となり、自己について語ることは、見知らぬ受信者あてのモノローグとなる。いずれも小家族的に親密な人間関係のなかで発見された主体性の実験である★一。


このようなネットワークの形成は、手紙輸送が公衆一般に利用できる定期的な便宜となってはじめて可能である。しかし、それは同時に、厳密な意味で〈郵便〉と呼ばれうるこうした公共的手紙輸送のシステムが制度として自律し、発送者や受信者が誰であるかという条件とは無関係に作動しはじめたことを意味している。そこにおいて発送者と受信者はもはや特権的な個人ではなく、住所・氏名というアドレスによって特定されるだけの抽象的な点にすぎない。ハーバーマスのいう市民的主体性は、トポロジー的なこの抽象化の産物であるとともに、それを隠蔽する自己イメージでもある。忘れられてはならないが、郵便システムは郵送料(郵便税)という形で国庫へ財を回収する装置であった(プロイセンはオーストリアとの七年戦争における戦費の多くを郵便税から得たという)。
いずれにしても、〈ケーニヒスベルクの七つの橋〉とは、郵便空間へとトポロジー的に変換された都市表象の問題だった。こうしたトポロジー変換が、さまざまなネットワークの集積としての都市という表象をはじめて可能にするのであり、それに依拠してこそ、近代的な意味における都市計画もまた構想される。都市はもはや境界によって囲い込まれた土地ではなく、諸関係のダイアグラムであり、都市という場所はすでに自らの場所性をそこで喪失している。クリストファー・アレグザンダーが「都市はツリーではない」で分析した近代都市計画のツリー的な階層秩序と、それに対置されるセミラティス構造とは、都市を構成する要素の集合の包含関係をグラフ化して得られる二つの異なるダイアグラムである[図3]。ツリー構造とは、そのどの辺も他の辺と交わることがない〈平面回路グラフ〉であるのに対して、セミラティス構造を平面上で表わそうとするといずれかの辺は必ず交わらざるをえない。つまり、それは非平面的な回路グラフである。
しかし、こうした違いがそこに存在するにせよ、セミラティス構造の多様性はグラフ理論によって分析しうる相対的なものであるにすぎない。確かに「都市はツリーではない」。だが、否定判断でしかないこの命題形式が語っているように、都市をセミラティスと断定することもまたそこで避けられている。ツリーといい、セミラティスといっても、それらはいずれもグラフによる都市表象にほかならない点で同じ次元に置かれている。アレグザンダーの論文タイトルが暗示しているのは、ツリーやセミラティスといったグラフ構造は、それをどのように複雑化したところで都市ではなく、都市の表象にはなりえないという事態であるように思われる。グラフ化され、モデル化されるのはいつも、この不可能性に対する仮の解答ばかりなのだ。
レヴィ=ストロースは、ある種族の成員が描き出した村落の空間構造に二つのまったく異なる類型が存在することに注目している。いずれも村全体を円で表わしているが、そのうちの一つは北西から南東に向かう直線で二分されることによって、二つの半族が分割されて配置された図であった。しかし、この村落分布図に激しく反対した者たちが描いたもう一つの図は、これとは対照的に、中心部に半族の首長たちの小屋があって、その周囲には何もない場所が広がるという同心円構造だった。前者が〈高くにいる者〉という半族の者によって描かれたのに対して、後者のような図を描いたのは〈地上にいる者〉という別の半族の者だけであったという[図4]。

ここで記述された形態は、必然的に二つの異なる構造に関係しているわけではないのである。それらはまた、単一のモデルによって定式化するにはあまりに複雑な組織を記述する二つの仕方に対応するという場合もありうる。つまり、その組織があまりに複雑であるため、この社会の構造内に占める位置に応じて各半族の成員は、二つのうちのいずれかの仕方で概念化をおこなう傾向をもつことになるのである。というのは、双分組織のごとく均斉のとれた(少なくとも外見上は)タイプの社会構造においてさえ、半族と半族との関係は決してそう考えられがちであるほどに静的でも相互的でもないからである★二。


レヴィ=ストロースはこうした組織において双分制と三分制とが切り離しがたく混合していることを理由とし、同心円的双分制の構造を直径的構造と三分制の構造との媒介と見なすことによって、この二つの空間表象の共存を形式的に説明している。しかし、われわれにとってここで重要なのは、所属する集団によって社会空間の表象が異なる点であり、その表象の非対称性である。レヴィ=ストロースによれば、このような二つの表象が現われるのは彼らの社会組織があまりに複雑であるからだが、では、モデルを複雑化すれば、社会組織が十全に表象できるのかといえば、もとよりそうではない。問題なのは村落の客観的な空間構成ではないのだから。ジジェクはこの二つの相対的な知覚への分裂が示唆しているものは一つの常数の存在、といっても実際の建物の配置などではなく、この村の住人たちが象徴的な秩序に統合できない外傷的な核の存在、彼らの共同体が静的で調和した全体になることを妨げている社会関係の不安定性であるという。「立地図の二つの知覚はまさしく、この外傷的な敵対関係に対処し、その傷を安定した象徴的構造という偽装によって癒そうとする、二つの互いに相いれない試みなのである」★三。シニフィアンの連鎖によって形成される象徴秩序はそれ自体グラフ構造的なものだが、このグラフはグラフ化し得ない要素を残さざるをえない★四。
これは言い換えれば、二つの空間表象の差異そのものとして、社会組織内部の敵対関係が表現されているということであろう。この外傷的な常数は、双分組織のシステムを要求すると同時に、しかし、それによって完全に癒されることはなく、半族同士の非対称的な空間把握の差異のうちにその存在をネガティヴに表わしている。とするならば、われわれはツリーでもセミラティスでも、あれこれの複雑化されたグラフ構造でもなく、そのようなグラフ構造によって秩序づけられることに抵抗する常数として、都市の外傷を仮定することができるかもしれない。それは実体的な場所ではなく、われわれの属する社会体の表象としての都市が決して一つに収斂することなく抱えつづける差異それ自体である。都市の外傷とはいわば都市表象における階級闘争のしるしである。そして、われわれが〈非都市〉と呼んできたものは、社会的空間としての都市に内在する敵対関係、この外傷的な点にほかならなかったことになろう。

3──セミラティス構造(左)とツリー構造

3──セミラティス構造(左)とツリー構造


4──ウィンネバゴ族の2種類の村落平面図 レヴィ=ストロース『構造人類 学』(みすず書房、1972)より

4──ウィンネバゴ族の2種類の村落平面図
レヴィ=ストロース『構造人類
学』(みすず書房、1972)より

2 郵便空間のアンチノミー

それは例えば郵便空間がグラフとして成立してしまうことを妨げる何ものかである。郵便空間によって編成される市民社会の私生活圏と公共圏のネットワークそのものに、このような外傷がすでに内在している。フレドリック・ジェイムソンがいう、ブルジョア市民のプライヴァシーが生み出す二律背反あるいはパラドクスに、そうした事態が示されている★五。ハーバーマスは、カントにおける世界市民的状態の成立がこの二律背反に依拠していることを指摘している。

私的悪徳を公的美徳へ転化させる社会的前提条件のもとでは、世界市民的状態は、ひいては政治の倫理への包摂は、経験的に表象することができるのである。それは〈現象的公共体(respublica phaenomenon)〉として〈叡知的公共体(respublica noumenon)〉を具現することができ、同じ経験地盤の上で感性的衝動に生きる商品所有者としての私人の立法と、精神的に自由な人間の立法という二つの異質的立法を調和させ、しかも一方が他方を害することがないように想定することができる。というのは、社会的領域におけると同様に世界一般についても、現象的なものと叡知的なものとの関係は、純粋理性の第三アンチノミーの解決に従えば、いかなる作用もその叡知的原因に関しては自由なものと考えられ、しかもその経験的現象に注目すれば同時に必然的なもの──すなわち感性的世界におけるすべての出来事の全面的に因果的な連関の一環として考えられざるをえない、という形をとるからである★六。


純粋理性の第三アンチノミーとは、次のテーゼとアンチテーゼからなる。

テーゼ    : 「自然法則に従う原因性は、世界の現象がすべてそれから導かれうる唯一の原因性ではない。現象を説明するためには、そのほかになお自由による原因性をも想定する必要がある」。
アンチテーゼ:「およそ自由というものは存在しない。世界における一切のものは自然法則によってのみ生起する」。

これは〈数学的アンチノミー〉と呼ばれる第一、第二のアンチノミーに対して、第四のアンチノミーとともに〈力学的アンチノミー〉と呼ばれる。数学的アンチノミーがテーゼ、アンチテーゼの双方を偽とすることによって解決されたのに対し、力学的アンチノミーではこの両方が真とされて解決される。なぜなら、ここで論じられている自由は、可能な経験の対象、つまり世界の一部としてはとらえられない、異なる存在論的系列である叡知的なものの次元に属しているからである。
カント的世界市民の〈世界〉を成立させているものは、因果連鎖を宙づりにしてしまう自由という叡知的行為、この例外の存在である。ここでは世界の現象の系列に、その系列には含まれえないものが否定判断の形でつけ加えられており、アンチテーゼにおける「およそ自由というものは存在しない」という文は、そのようなものとして機能している。自由とは現象的な世界の内的な限界にほかならない。「この否定判断によって、自由を思い描くことの不可能性そのものが概念化され、現象の系列は、開集合ではなくなり閉集合となる。なぜなら、このとき現象の系列は──否定の形式でではあるが──その系列から排除されているものを含むことになるからである。つまりそれは一切のものを含むことになるのだ」(ジョーン・コプチェク)★七。〈すべて〉としての世界が措定されるのはこのように、そこから逃れる〈例外〉によってなのである。
古典的推理小説の密室とは、この力学的アンチノミーの世界の空間的表象であったことをわれわれはすでに見ている★八。推理小説に具現された私人のファンタスムにおいて密室は、不可能な殺人という、因果律を逃れる例外的で外傷的な出来事の痕跡である屍体を抱え、閉ざされていながら無限の探索へと向けて開かれた奥深い空間であった。密室殺人という幻想のシナリオは、私生活圏が単に公共圏という世界から切り離されて閉ざされた空間なのではなく、それ自体として〈すべて〉を含んだ世界であるという事態を示している。
それなくしては〈現象的公共体〉が世界市民的状態へといたることのない〈叡知的公共体〉は、カント的な自由な主体が手紙によって相互に連結されたところに形成される。このカント的主体はパトローギッシュな社会的慣習や規則に対する例外としての内的な自由を得ていると同時に、あらゆるパトローギッシュな関心とは無縁な、ア・プリオリな形式である定言的命法という道徳律に従っている。しかしジジェクは、快、不快といったパトローギッシュな触発の要因をすべて排除するこの放棄の身ぶりそのもののなかに、「サドとともにあるカント」(ラカン)の道徳的主体における猥褻な〈剰余享楽〉があるという★九。そこで隠蔽されているのは超自我の「享楽せよ」という命令にほかならない。世界市民的主体はこの剰余享楽の具現化としての〈対象a〉と相関的である。カント的啓蒙の自由な主体、小家族的親密さの圏内で「経済活動という私生活圏からも独立なものとして自己を理解する」主体とは、欲望の対象aとの幻想の関係にとらわれた分割された主体なのである。
このことが意味しているのは、公共圏へと媒介された主体間の郵便空間が、透明なコミュニケーションを実現する完全で自己完結的なネットワークでは決してなく、その背後につねにこの剰余享楽という残余を産出しているという事態ではないだろうか。形式化されグラフ化されたネットワークを行き交う手紙は、このトポロジー的空間の表面に沿って行き着くところまで行き着くと、グラフという形式そのものを汚染するような非形式的な剰余享楽の染みに変容してしまうのである。古典的推理小説、ポーの「盗まれた手紙」をめぐるラカンの分析が、まさにこうした手紙の変容を取り上げていた★一〇。盗まれることによって手紙は、メビウスの帯のような郵便空間グラフの、その裏面へと入り込む。ラカンは、この盗まれた手紙とは、それに接することによって登場人物が主体の分割を蒙る〈対象a〉にほかならないと指摘している★一一。確かにその手紙は秘密を伝達するシニフィアンである。問題の手紙はS侯爵からの伝言を王妃に伝達する。だが、大臣に盗まれ、状差しのなかに紙屑のように差し挟まれた手紙は、もはやそうした機能性においてではなく、シニフィエをもたない純粋なシニフィアン、シニフィアン連鎖の残り滓として、登場人物たちの欲望の対象=原因であるような空虚な記号と化している。警察の徹底的な家宅捜索がどうしても発見できないこの手紙は、ありえない場所に唐突に出現する密室殺人の屍体に似ている。なぜならこの屍体もまた、容疑者となる人物たちの無意識の欲望の対象=原因にほかならないのだから。
ラカンの「『盗まれた手紙』のセミネール」を締めくくる「手紙はつねにその宛先に届く」という言葉に対しては、「手紙[文字]は必ずしもつねに宛先に届くわけではない。そしてそれが手紙[文字]の構造に属している以上、それが真に宛先に届くことは決してなく、届くときも、〈届かないこともありうる〉というその性質が、それを一個の内的な漂流で悩ませている」★一二というジャック・デリダの批判がある。その批判は〈盗まれた手紙〉というファルス的シニフィアン、〈現実的なもの〉という象徴秩序の〈穴〉をふさぐシニフィアンを、ラカンが分割不可能なものと見なしている点に向けられている。対象aはさまざまな現われ方をするにせよ、手紙が分割不能であるならば、それが立ち現われる場である〈現実的なもの〉自体は一つと見なされてしまうことになろう。東浩紀が述べるように、「郵便制度全体を見渡し、そのシステムの必然的な不完全性から、〈配達がうまく行かない手紙が少なくとも一つはある(=真偽が決定できない命題が少なくとも一つはある)〉という命題を導き出すゲーデル=ラカン的論理」★一三は確かに否定神学的なものに見える。
「少なくとも一つの例外がある」という命題によって、全体という普遍性を成立させるこの論理は、カントの力学的アンチノミーの形式にほかならないが、それをラカン自身は一九七二─七三年のセミネール『アンコール』で、男性的な形式として示している[図5]★一四。性差はそこにおいて、主体を実定的に記述するものではなく、分割された主体のその分割の二つの様式として、つまり、言語および理性がアンチノミーという形で躓く、その失敗の様式の差異として把握される。こうした意味で、カントがアンチノミーの二つのタイプ(力学的アンチノミーと数学的アンチノミー)の差異を明らかにしたとき、「性差がはじめて哲学的言説のなかに書き込まれた」★一五と述べることができるのだ。
その名も「ラブ・レター(Une lettre d'âour)」★一六と題されたラカンのセミネールで示されたこの性別化の定式においては、男性の側が∃x Φx, ∀x Φxと表記される。Φは無制限でとりとめのない享楽をファルスに結びつける機能=関数、ファルス関数を示す。ファルス関数は象徴的去勢と相関的である。この定式はそれぞれ、〈ファルス関数に従わないxが少なくとも一つ存在する〉、および〈すべてのxはファルス関数のもとに包摂される〉と読まれる。この〈男性的〉アンチノミーは、力学的アンチノミー同様、〈例外〉を通じて構成される普遍性のパラドクスを示している。カントの定言的命法の背後で働いているものはこの〈例外〉の論理であり、例外を創出する禁止ゆえに、超自我にはファルス関数を逃れる猥雑な剰余享楽が蓄えられることになる。
これに対し女性の側は∃x Φx, ∀x Φxと書かれ、それぞれ〈ファルス関数に従わないxは存在しない〉、および〈すべてのxがファルス関数に包摂されるわけではない〉と読まれる。コプチェクによれば、ここで示されているラカンのいわゆる〈非全体(すべてではない pas-tout)〉のパラドクスは、カントの数学的アンチノミーに対応している。数学的アンチノミーとは、「世界は時間的な始まりと空間的な限界を有する」というテーゼと「世界は時間的にも空間的にも無限である」というアンチテーゼからなる純粋理性の第一アンチノミーのように、その両者が前提としている〈すべて〉としての世界の存在が否定されるために、テーゼ、アンチテーゼの双方が偽とされるものである。それは帰結として、われわれの直観に与えられる対象で現象の領域に属さないものは存在しないにもかかわらず、この領域が決して〈すべて〉ではなく、完結していないという事態を示すことになる。このような意味で、〈女性においてすべてがファルス関数に包摂されるわけではない〉という命題は、〈女性は非全体である〉という無限判断として理解されなければならない。一方、〈女性においてファルス関数に従わないものは何もない〉のであるとすれば、例外は存在しない。しかし、まさに例外が存在しえないからこそ、そこには限界がありえず、女性の〈全体〉について判断を下すことは不可能になる。いずれにしても、ここでは〈すべて〉の存在が否定される。男性的アンチノミーが〈例外〉を伴う〈不完全性〉の障害であるのに対して、女性的アンチノミーは境界を欠いた〈非全体〉の表層における〈矛盾(非一貫性)〉の障害なのである。
郵便制度には二つの異なる障害がありうる。ラブ・レターは二つの理由によって届かない。「性的関係は、二つの理由により失敗に終わる。二つの理由とは、それが不可能であるということ[女性の宇宙]と、それが禁止されているということ[男性の宇宙]である。この二つの失敗が合体したところで、決して全体を作るにはいたらない」★一七。少なくとも一つの不可能性(手紙の紛失=外傷的去勢)から、不完全なシステム〈全体〉(郵便制度全体=全体としての象徴秩序)を想定する論理が男性的=力学的アンチノミーのものであるとすれば、女性的=数学的アンチノミーの郵便空間においては、送り届けられない手紙は存在しないにもかかわらず、すべての手紙が届くわけではない。この後者の郵便事情は、東が次のように分析しているデリダのそれにむしろ近いのではないだろうか。「手紙が行方不明になるのは、郵便制度が全体として不完全だからではない。より細部において一回一回のシニフィアンの送り返しの脆弱さが、手紙を行方不明にする。行方不明の手紙は、その可能性において無数にあることだろう。そして、その送り返しの脆弱さこそが、デリダが〈エクリチュール〉と呼んでいたものに他ならない」★一八。
東によれば、デリダにおいて、このネットワークの非一貫性に由来する行方不明の郵便物というデッド・ストックの空間とは、決して実体的に想定される対象ではなく、情報来歴の異なる速度ないしリズムの衝突、ずれにほかならない★一九。それは非全体的な女性的=数学的アンチノミーの空間の、限界のない表層における無数の断層のようなものだろうか。グラフ構造が二種類のアンチノミーに応じて、二つの異なった仕方で破綻するのだとすれば、すでに確認した古典的推理小説の空間とフィルム・ノワールの空間の差異を、このグラフ構造の機能不全の異なる様態として理解できるかもしれない★二〇。それぞれは一八世紀に成立した近代的市民社会における私生活圏と公共圏の分割の不完全性と、現在のわれわれが置かれた社会空間の非一貫性に対応する。東にならっていえば、この現在において非都市とは、もとより実体的な場所として現前するものではなく、単一の全体としてのネットワークの不完全性でもなくて、さまざまなネット(さまざまなグラフ)が重ね合わされた空間である都市の、そのネットとネットの綻びの部分、例えば写真に撮影された都市をはじめとする、メディアとメディアの継ぎ目におけるずれとしてのみ立ち現われるのである。それはランドスケープ、メディアスケープ、ネットスケープのリズムの衝突、ないしはずれそのものでしかありえない。

5──ジャック・ラカン『アンコール』より

5──ジャック・ラカン『アンコール』より

3 インターネットの神学

電子メディアのネットワーク、とりわけインターネットは、こうした衝突とずれの様相を変容させ始めている。確かにホスト・コンピュータのような絶対的な中心を欠いた分散環境ネットワークが全体を形成しているにせよ、接続された個々のコンピュータのIPアドレス(論理アドレス)は階層的に管理されているのであり、規模の巨大さを別とすれば、インターネットそれ自体は比較的単純なグラフの構造にとどまっているように見える。だが一方で、きわめて隔たった距離を可能な限り短時間で接続し、できるだけ多数の人々に大量の情報を送り届けるという効率的な伝達のために最適化されたこのネットワークは、地理的距離や位置関係をまったく捨象することを可能とした完全にトポロジー的なグラフであり、さらに伝達速度の高速化やネットを構成するノードの莫大な数という量的なモメントが、グラフ構造の質そのものを変えているのだ。
松浦寿輝は論文「帝国の表象」でカフカのテクスト「皇帝の綸旨」をとりあげ、インターネットに代表される〈情報ネットワークの帝国〉の陰画をそこに見取っている★二一。カフカのこのテクストで示されているのは、瀕死の皇帝から名もない臣民である〈きみ〉へと向けられた綸旨という情報の伝達をめぐる物語だが、そこにおいてこの綸旨を携えた皇帝の使者は決して〈きみ〉のもとへ到着することがない。カフカの帝国は古代的な帝国の空間イメージのような〈全体〉も〈中心〉も欠いている点で、現代の情報空間の構造に接近しつつ、そこにおける情報伝達は瞬時性ではなく、無限の遅延へと向かっている。その伝言はいわば電子メールの対極に位置する。皇帝の遺言がたどるこの過程のように、一見したところ、カフカの作品において通信の時間は果てしなく繰り延べられて、メッセージは「隣り村」にさえ届かない。アキレスと亀のパラドクス同様に無限分割されたその行程は、欲望の充足を際限なく遅延させる。
カフカのテクストが「着信の果てしない遅れと、永遠の黄昏の光を浴びて窓辺で待ち続ける夢見る者のじりじりするような思い」★二二によって作り出される〈甘美な快楽のたゆたい〉を与えられているとすれば、情報ネットワークの〈帝国〉における、松浦のいう〈情報論的な早漏〉による快楽の不在は転じて、死の欲動に伴う享楽をこの帝国に導き入れることになる。ネットワークを通じた瞬時的な欲望の充足可能性が、欲望の論理そのものを破綻させ、死の欲動との直面を招きかねないことは、この連載においてすでに指摘した★二三。松浦が述べているように、皇帝が望んだ情報の伝達経路とは〈クラインの壺のようなトポロジカルな通信チューブ〉★二四による、皇帝という〈中心〉と〈きみ〉が位置する帝国の外部との短絡的な回路である。それは中心そのものの無効化を伴うものであるわけだが、この〈トポロジカルな通信チューブ〉による短絡こそ、電子メディアが可能とした情報伝達の奇妙な回路であって、それが極大化する情報来歴の速度のずれが、欲望と快楽の論理を崩壊させていく。私的な秘められた夢想が公的な権力、法の中心と短絡する。その結果、公共圏と私生活圏との境界がなくなり、法は猥褻な私的享楽によって浸透される。女性的=数学的アンチノミーの〈すべてではない〉矛盾した空間こそ、このカフカ的世界のトポロジーにほかならない。
〈ケーニヒスベルクの七つの橋〉というグラフが、一八世紀における啓蒙の主体を形成した手紙ネットワークのトポロジー的表現であったように、論理アドレスから構成されるインターネットのグラフは、電子メールによってもたらされつつある主体、新たな私生活圏と公共圏のトポロジー、そしてそのトポロジーの矛盾における享楽の噴出を示すものであるのかもしれない。フロイトが今日のメディア環境のなかに置かれて、手書きではなく電子メールで通信していたとしたら、という仮定のもとで精神分析のアルシーヴが被る変容を、〈回顧的なSF〉として空想するデリダは、次のように述べている。
「電子メールは今日、ファックス以上に、人間性の公共圏および私生活圏全体を変容させる過程にあり、なかでも私的なもの、(私的あるいは公的に)秘密のものと、公共的なものあるいは現象的なもの(le phénoménal)との間の境界を変容させつつある。それは日常的で限定された意味における単なる技術ではない。空前のリズムでほぼ同時的に、アルシーヴの生産・印刷・保存、そして破壊の手段としてのこうした可能性は、法的、政治的な変容の数々を避けがたく伴わずにはいないにちがいない」★二五。
コンピュータ・ディスプレイの、文字が漂って浮かんでいるような液体的な表面を思い浮かべながら、「基礎のないアルシーヴ、基底材(subjectile)のないアルシーヴは可能だろうか」★二六とデリダは問いかける。電子メールの基底材とは何か。電子メールは、ポーの物語の手紙のように、盗まれうるものだろうか。それは分割可能だろうか、分割不能だろうか。電子メールのアルシーヴは破壊のあとに何を残すことができるのか。
インターネットを今までの郵便制度から根本的に分かつ特徴は、それがまったく異なるテクノロジー的物質性において作動していること、つまり、ほかのシステムでは容易に伝達できないバイナリー・データを直接送受信できることであり、インターネットとはいわば、新プラトン主義的な意味におけるコンピュータ・システムの〈流出(Emanation)〉なのだ、とフリードリヒ・キットラーはいう★二七。新しいハードウェア、ソフトウェアが登場するたびに生じる無数のトラブルに対処するため、コンピュータはバグの報告やアップデータなどの情報による修正を絶えず求めている。インターネットという郵便制度の拡大・変容を必要としているのは、基底材としてのコンピュータそれ自体である。コンピュータというメディアがあまりに複雑であり、そこに投下される資本に応じて産業分野としての成長の速度が著しいため、この基底材の不安定性と事故の可能性は決して解消されることがない。郵便制度そのものに基底材としてのメディアの構造が写像され、このメディアの維持が郵便システムの最大の関心事になるという転倒がここにはある。手紙が手紙についてしか語らないという自己言及的な閉塞性。従来の郵便制度のメタファーに依存した電子メールによるテキスト・データのやり取りなど、この新たな郵便システムにあっては、例外的で寄生的な営みでしかないのかもしれない。
インターネットとはコンピュータの自己増殖にほかならず、それを介したコミュニケーションがつねに私とあなたとコンピュータという三極構造のなかで展開され、ここではもはや単に効率的な伝達の可能性ではなく、コンピュータというメディアそのものへの意味を欠いた惑溺(即自充足的な官能)こそが生産されているのだとすれば、われわれは伝えるべきものを何ももたないにもかかわらず、伝達の身ぶりをひたすら空しく強迫的に繰り返しているだけであることになろう。逆説的ながら、迅速な情報伝達のために最適化されたコンピュータ・ネットワークが、従来の意味でのコミュニケーションを不可能にしてしまうのである。いや、むしろ、コンピュータがそのようにコミュニケーションを妨害するほどの即自充足的な官能の装置と化してしまうところに、われわれの共同体内部の調停不可能な亀裂(敵対関係)が表われているのだと述べるべきかもしれない。〈享楽の肉化〉としてのコンピュータとはすなわち、この失敗した象徴化のポジティヴな対象化にほかならない。最高度に複雑なグラフ構造を極小化して内包したコンピュータが、逆に形式を欠いた内容の不活性な現前として立ち現われる。コンピュータの〈流出〉としてのインターネットによって、われわれは無限の交信可能性に向けて開かれるどころか、逆に享楽のどろどろとした海に包み込まれ閉ざされてしまう。公共的コミュニケーションのかつてない可能性が、しかし同時に、完全な精神病的自閉状態なのである。
このようにして、インターネットは郵便空間であるとともに、自らを送付し受信して増殖するコンピュータという〈手紙〉そのものでもあるのだ。それはもはやポーの盗まれた手紙のように欲望の論理に従って循環する対象aではなく、物質化した享楽としての、シニフィアンの次元に還元することができない前言説的な文字=手紙(lettre)である。われわれのコミュニケーションの基底材とは、主体であると同時に客体、メディアであると同時にその伝達内容であり、しかし、純粋にはそのどちらでもないこの文字=手紙にほかならない。
「基底材を猛り狂わせる」アントナン・アルトーをめぐってデリダは、アルトーにとって「基底材が形象化しているのは〈他者〉だ、あるいはむしろ、対戦者となった〈他者〉、仮定上の敵対者だ、ありとあらゆる悪魔の手先たち、男女の淫夢精たちが棲みついている場だ」★二八と述べる。〈情報ネットワークの帝国〉という郵便空間に宿る新プラトン主義的な神学性に対する抵抗がもし試みられるとすれば、それは基底材という〈他者〉の場、この贋の身体において、「テクストを描き、デッサンを書き、そのデッサンが〈文字どおりに〉聞き届けられることを要求する」★二九錯乱したマルチメディア的実践の暴力を行使したアルトー、基底材の上の形象を「測深し、刈り込み、掻き削り、やすりをかけ、縫い合わせ、縫い目をほどき、八つ裂きにし、細かく切り刻み、傷をはぎ合わせる」★三〇アルトーの、自分の身体を盗んだ〈神〉あるいは〈デミウルゴス〉に対するグノーシス派的な、しかし、徹底して唯物論的で残酷な闘争にも似た、コンピュータという屍肉に対する苛酷な介入にならざるをえないように思われる。圧倒的な近さにおいて執拗に現前しつづけるこの屍肉という〈手紙〉の代わりに、いつのまにか盗まれ、あるいは行方不明の郵便物と化して、デッド・ストックの空間に入り込んでしまっているのは、実はおそらく、われわれの〈身体〉そのものなのであるから。

6──アントナン・アルトーのデッサン 《存在の機械あるいは斜めに見るべきデッサン》 (1946年1月) (宇野邦一『アルトー』白水社、1997より)

6──アントナン・アルトーのデッサン
《存在の機械あるいは斜めに見るべきデッサン》
(1946年1月)
(宇野邦一『アルトー』白水社、1997より)


★一──ユルゲン・ハーバーマス(細谷貞雄・山田正行訳)『公共性の構造転換(第二版)』(未來社、一九九四年)、六九─七〇頁。
★二──クロード・レヴィ=ストロース(荒川幾男ほか訳)『構造人類学』(みすず書房、一九七二年)、一五〇─一五一頁。
★三──Slavoj Žižek: I Hear You with My Eyes; or, The Invisible Master, In: Renata Salecl and Slavoj Žižek (eds.): Gaze and Voice as Love Objects. Duke University Press, Durham and London 1996, p.114.
★四──『夢解釈』でジークムント・フロイトが自己分析を行なっている〈イルマの注射の夢〉では、その最後にトリメチルアミンの化学式が太字で印刷されてフロイトの眼前に立ち現われる[図7]。ラカンが述べるように、フロイトが覗き込むイルマの喉の奥に見出された、襞状の奇妙な白灰色のかさぶたが、あらゆる言葉を沈黙させてしまう〈現実的なもの〉の肉化であったとすれば、トリメチルアミンの化学構造式は、三つ組が反復されるこの夢の構造(象徴的なもの)を表わすグラフにほかならない。フロイトによる夢の解釈の企ては、まさにこの化学式という〈言葉〉による啓示、「言葉以外にお前の求める夢の意味への問いの答えはない」という啓示によって開始される。精神分析のこの原光景に現われたグラフ構造は、しかし、セミネールにおけるラカンの図のAZ(フランス語の窒素azoteの略)が暗示するように、実は頭を欠いている(azephal)のである。次を参照。Sigmund Freud: Die Traumdeutung. In: ders.: Studienausgabe, Bd.II. Frankfurt 1982, S.126f. Jacques Lacan: Le rêve de l'injection d'Irma. In: Le Séminaire, Livre II (1954-1955): Le Moi dans la théorie de Freud et dans la technique de la psychoanalyse. Seuil, Paris 1978, p.186, 189-191, 202.

7──ジャック・ラカン「イルマの注射の夢」のセミネールより

7──ジャック・ラカン「イルマの注射の夢」のセミネールより

★五──フレドリック・ジェイムソン(後藤和彦訳)「匿名者たちのデモグラフィ」、『Anyone』(NTT出版、一九九七年)所収、四四頁。および拙論「逆説都市──室内の幻像からノワールの宇宙へ」、『10+1』No. 9(INAX出版、一九九七年)所収、一四頁。
★六──ハーバーマス、前掲書、一五三─一五四頁。
★七──ジョーン・コプチェク(鈴木英明訳)「性と理性の安楽死」、『批評空間』第八号(太田出版、一九九六年)、一〇七頁。
★八──拙論「逆説都市」、一七─一八頁参照。そこでは密室パラドクスが〈数学的アンチノミー〉と見なされているが、〈例外〉による〈全体〉の構成という論理によれば、むしろ〈力学的アンチノミー〉と呼ばれるべきであった。
★九──次を参照。Slavoj Žižek: The Sublime Object of Ideology. Verso, London 1989, pp.81-82.
★一〇──Jacques Lacan: Le Séminaire sur "La lettre volée". In: Ecrits. Seuil, Paris 1966.
★一一──Ibid., p.10.
★一二──ジャック・デリダ(清水正・豊崎光一訳)「真実の配達人」、『現代思想』第一〇巻三号(青土社、一九八二年)所収、一〇五頁。
★一三──東浩紀「二つの手紙、二つの脱構築──デリダ試論II」、『批評空間』第七号(太田出版、一九九五年)、九四頁。
★一四──Jacques Lacan: Le Séminaire, Livre XX (1972-1973): Encore. Seuil, Paris 1975. なお、以下の記述はコプチェクの前掲論文に多くを負っている。
★一五──Slavoj Žižek: Tarrying with the Negative: Kant, Hegel, and the Critique of Ideology. Duke University Press, Durham 1993. p.56.
★一六──âmourという綴りにはamour(愛)とâme(魂)の二つの意味が重ねられている。
★一七──コプチェク、前掲論文、一一一頁。
★一八──東、前掲論文、九四頁。
★一九──次を参照。東浩紀「幽霊、リズム、亡霊化──デリダ試論III」、『批評空間』第一一号(太田出版、一九九六年)、一一一─一三六頁。
★二〇──拙論「逆説都市」参照。
★二一──松浦寿輝「帝国の表象」、山内昌之ほか編『帝国とは何か』(岩波書店、一九九七年)所収。
★二二──同、五九頁。
★二三──拙論「コンピュータの屍肉──サイバースペースの〈生ける死者〉たち」、『10+1』No. 8(INAX出版、一九九七年)所収、二一─二二頁参照。
★二四──松浦、前掲論文、五四頁。
★二五──Jacques Derrida: Mal d'Archive. Galilée, Paris 1995, p.35.
★二六──Ibid., p.47.
★二七──Friedrich A. Kittler: Internet: Postsystem, Emanation und Stadt. Telepolis EJournal(TPJ)によるインタビュー。
http://www.lrz-muenchen.de/~MLM/telepolis/deutsch/ejournal/kittler.htm
★二八──ジャック・デリダ(松浦寿輝訳)「基底材を猛り狂わせる」、アルトー/デリダ『デッサンと肖像』(みすず書房、一九九二年)所収、一〇〇頁。
★二九──松浦寿輝『折口信夫論』(太田出版、一九九五年)、八一頁。
★三〇──アントナン・アルトー「言語が去って十年が過ぎた、……」(一九四七年執筆、『ルナパーク』五号、一九七九年一〇月)、八頁。ただし、引用は松浦『折口信夫論』による。

*この原稿は加筆訂正を施し、『都市表象分析I』として単行本化されています。

>田中純(タナカ・ジュン)

1960年生
東京大学大学院総合文化研究科教授。表象文化論、思想史。

>『10+1』 No.10

特集=ル・コルビュジエを発見する

>クリストファー・アレグザンダー

1936年 -
都市計画家、建築家。環境構造センター主宰。

>フレドリック・ジェイムソン

1934年 -
文芸評論家。デューク大学で教える。

>東浩紀(アズマ ヒロキ)

1971年 -
哲学者、批評家/現代思想、表象文化論、情報社会論。

>松浦寿輝(マツウラ・ヒサキ)

1954年 -
フランス文学者/詩人/映画批評家/小説家。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(表象文化論コース)・教養学部超域文化科学科教授。

>鈴木英明(スズキ・ヒデアキ)

1962年 -
英文学。海王義塾大学大学院博士課程。

>フリードリヒ・A・キットラー

1943年 -
メディア評論家。