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2:《国立西洋美術館》免震レトロフィット──免震は「技法」であるべきではない | 山本想太郎
"The National Museum of Western Art", Seismic Isolation Retorofit: Seismic Isolation Must Not Be Technique | Yamamoto Sotaro
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.116-119

日本の建築家なら、だれでも一度くらいは地震のある国で設計しなければならないことを恨めしく思ったことがあるのではないだろうか。ル・コルビュジエは近代建築の原則として「自由」を提唱し、新しい技術と思想がもたらす自由は近代建築の基本概念のひとつとなったが、もちろん建築にはまだまだ多くの制約がある。構築物としての建築が地球上では重力に束縛されることと同様に、地震の発生が想定される国においては、それもまた建築に重くのしかかる。最近でこそ免震マンションのチラシが新聞に折り込まれ、ハウスメーカーが戸建の免震住宅のテレビCMを流すほど普及した「免震」。日本においては一九三二年の岡隆一による基礎免震建築に始まり、欧米ではさらに以前より長く性能的な検証と技術開発が行なわれてきている歴史がありながら、その研究はかなりの部分が技術的な側面で行なわれてきた感があり、建築における「一般ツール」にはまだまだなりえていない。しかし私自身が免震を採用した建築を設計した経験では、良くも悪くもそこには通常の設計とは明らかに異なった世界があった。建築デザインを制約するコンテクストのひとつである地震からの、建築の解放をも指向するこの技術の可能性を、ここでは論じていきたい。

技術的な硬い話にはなるが、はじめに免震技術について概説しなければならないだろう。地震に対応する建築構造上の手法を大きく分類すると「耐震」、「制震」、「免震」となる。「耐震」は、地震力によって構造体が破壊されない(難しく言うと、弾性または弾塑性にとどまる)ようにする考え方である。建築基準法にもとづいた構造設計の基本となる。あくまでも人の生命を守ることが主眼ではあるが、やはり耐震の考え方は建築寄りであると言わざるをえない。建物の中にはいろいろな物品が存在しており、地震によってそれらが転倒したり、破壊されたりすること、そしてそれによって人が傷つけられることをこの考え方ではまったく防げないからである。建築は「地震から人を守る」という機能を、この時点ではまだ獲得していない。
次に「制震」は、建物に入ってきた振動を何らかの装置で吸収する考え方である。これは特に高層建築などのために発達した技術である。超高層建築においては地震時に上階に伝わるにつれて揺れが増幅され、地震がおさまっても振り子のように揺れ続けてしまうため、最上階付近にカウンター・ウェイトを設置し、機械的にそれを揺れと反対方向に動かすことによって振動を鎮める「制震装置」が考案された。また架構に振動を吸収低減するような機構のブレース(筋交い)を入れる手法なども制震である。後述するが、免震装置の弱点として、あまり縦に細長い建物には用いられないため、近年のほとんどの超高層建築ではこの制震の考えが採用されている。
さらに進んで、建物の中に地震力を入れない、という考え方が「免震」である。建物の基礎部分あるいは下層部分に「免震装置」を設け、その上に構造体を据えることによって地震の影響をなくしてしまおうというもので、かなりのレヴェルで内部の人や物を保護することが可能となる。地面と建物が水平方向に絶縁されることによって、どんなに地面が揺れても、慣性の法則により建物は静止状態を保つ──ことが理想ではあるが、もちろん宙に浮いているわけではないのでいくばくかの振動は伝達される。すると今度は建物の動きが止まらなくなってしまうので、免震装置では必ず、変形支承(アイソレータ)と、振動を吸収し復元する機構(ダンパー)がセットになっている。代表的な支承は積層ゴム式のものであり[図1]、現時点では最も実績があり、信頼度は高い。以前米国でこの装置の変形検査をしたことがあるが、その変形追従力には目を見張るものがあった。

1──免震レトロフィット 出典=日本免震構造協会編『ディテール』133号別冊「免震建築の設計とディテール」

1──免震レトロフィット
出典=日本免震構造協会編『ディテール』133号別冊「免震建築の設計とディテール」

こうしてみると、免震は究極の地震対策であるとも思われるだろう。しかし増えてきたとはいえ、建設される建物のほとんどは免震を行なっていない。現在ではまだ、それなりに条件が整ったケースでしかなかなか採用できないのである。まず建物の規模による採用の可否がある。先述した超高層ビルのように細長い建物の場合、振動時に倒れる方向の力=引き抜き力が底部に生じるが、現状の代表的な免震装置はそれに抵抗する機構を持っていない。また逆に小さく軽い建築では免震ゴムのような装置はその物性から機能しない。前者については高層に適用しうる免震方法も考案されてはいるが現時点ではまだかなり特殊である。また後者についてはローラー支承による免震装置などが各ゼネコンやハウスメーカーによってすでに製品化されているが、小建築においてこの工法のコスト比重はやはり大きい。ではスケール的に適度な中規模建築に一般的な免震ゴム式構造を採用した場合のコストはどうか。上部構造の躯体を低減できるためあまり差がないとか、構造コストの一割程度のアップであるとかいろいろな意見はあるが、これらの多くは純粋技術的な試算であり、私の実感として、トータル・コストは確実に、目に見えて上がる。まず構造設計における解析のためのコストはやはり大きい。また構造以外の工事コストへの影響も大きい。なぜなら、地面と建物を絶縁するため、その境界部に、地震の大きさによっては数十センチにもなる変位に追従する性能をもたせる必要があるからである。設備の配管はすべて分断されてそこに変形追従性のある特殊な配管や継手が用いられるが、当然このような部品はとても高価である。建築仕上げのエクスパンションは、さらにコスト的にぶれ幅が大きい。エクスパンションは建物全周分必要で、耐久性のある材料(ステンレス)を基本とし、形状の異なる部位ごとに異なった納まりとしなければならない。そこにエレベーターなどの縦シャフトが絡むとより複雑なことになる。必要最低限の部分を既製品で処理して、後はおおらかに「免震ですよ」と見せてしまって構わない場合ならまだよいが、デザイン的に隙なく、免震の存在を意識させないようなすっきりとしたディテールを追求し始めるとその設計労力も製作コストもぐんぐん上昇する。「免震構造を採用してもコスト的には大差ない」というような話には、このような条件はまったく含まれていないのである。
反対に、免震構造を採用する場合のメリットはどうか。もちろん、地震時の人・物・建物の安全性は飛躍的に向上する。地震国であるという悪条件が、逆に建築に新たな付加価値を与える要素に転ずるのである。そしてもうひとつの大きなメリットとして、建築計画、意匠上の自由度の向上が挙げられる。免震装置の上に据えられる構造体は、地震による水平力からかなりの程度解放される。つまりは地震の起こらない国に建つ建築に近づく。細い構造メンバーや変則的な架構、耐震壁の消去など、構造的自由度は格段に上がる。また仕上げディテールへの寄与も思いのほか大きい。サッシや乾式壁装材の設計で見込まなければならない建物の層間変位条件が非常に小さくなるのである。私が設計に携わった免震建築では、各工事業者に設計層間変位値を伝えて検討してもらうことにより、サッシの見付寸法は非常に小さくなり、また乾式石張外装の目地幅をほとんどゼロに近づけることも可能となった。

国立西洋美術館》の免震レトロフィットは一九九七年に完了したものだが、その後にも、多くの現代建築に免震構造は採用されてきている。さらには《セラミックパークMINO》(磯崎アトリエ、川口衛構造設計事務所、二〇〇二)や「SFS21(やじろべえ型免震構造)」(第一工房、東京工業大学ほか。計画案)のように、免震機構自体を意匠表現として利用するものまで登場している。しかし本質的には免震は不利な条件を除去するための機能であり、《プラダ ブティック青山》ではデザイン着想を実現するための基盤として免震構造が採用されている。そしてその意味において《国立西洋美術館》における免震の、先駆けとしての成果は実に大きい。
近代建築の自由を提唱したル・コルビュジエの設計による《国立西洋美術館》は、増築に際し、現行の耐震基準によってその自由の象徴たるデザインを保てなくなる危機に晒された。そこで登場したのが「免震レトロフィット(保存改修)」の考え方である。人、建物、内容物のすべてを高度に保護しなければならないこの特別な状況は、コストや技術のハードルを乗り越えていくだけの必然性を持っていた。国内における免震レトロフィットの第一号として、これほど相応しい物件はなかったのではないだろうか。ここで用いられた積層ゴム式免震装置の基本概念はル・コルビュジエの母国フランスで生まれたものであるらしいが、それもまた象徴的である。
レトロフィットの施工プロセスの説明はここでは省略するが[図2]、この計画の重要性は既存の建物に後から免震装置を設置するという技術的な特殊性のみではない。むしろ「あるデザインの実現のため」という考えによって免震構造が採用されたことこそ特筆に値する。結果としてこの改修においては、免震装置の存在が建物の外観に影響を及ぼさないための技法が必然的に追求されたのである。先述したように免震建築におけるエクスパンションは、機能的要求が厳しいゆえに、そのまま作るとしっかりと意匠に影響してきてしまう。ここでは、私が実際に多くの事例を調査したなかでも、最も意匠・機能のバランスが優れていると思われたエクスパンションの二大ディテールが採用されている。「はねあげパネル方式」と「砂利敷き方式」である(名称は私が勝手につけたもので、正式名称ではない。またこれらの原理はここで初めて考案されたものではないと思われる)。よくあるエクスパンションの発想は「水平に動くものを上下にかわす」ものであり、階段や犬走りなどの段差がある部分では、比較的容易にシンプルなエクスパンションを作ることができる[図3]。デザイン上の意図やバリアフリーの要求によって平滑な面にエクスパンションを設けなければならない場合、この段差を薄く形成するためにステンレス板が用いられたりもしていたのだが、「はねあげパネル方式」[図4]は、通常、面一に納まっている床パネルが、地震時には押されてはねあげられることによって上下にかわすものである。この方式を発展させたものが現在ではエクスパンション・メーカーによって製品化されてもいるが、シンプルな機構ゆえに現場ごとの製作も容易である。「砂利敷き方式」[図5]は変位の逃げの部分を砂利敷きとするもので、通行する場所にはあまり適切ではないが、ほぼ完全にエクスパンションの存在が消去され、通常の雨落しや砂利敷き庭としか認識されなくなる。これらのディテールはその後の免震建築でも工夫を重ねて使用され、そのような技術の蓄積が、現在、意匠設計家にとっての免震建築の敷居を低くしているのである。

2──鉛プラグ入り積層ゴム 出典=日本免震構造協会編『ディテール』133号別冊「免震建築の設計とディテール」

2──鉛プラグ入り積層ゴム
出典=日本免震構造協会編『ディテール』133号別冊「免震建築の設計とディテール」

3──段差を利用したエクスパンション 4──はねあげパネル方式エクスパンション 5──砂利敷き方式エクスパンション 3-5 筆者作成

3──段差を利用したエクスパンション
4──はねあげパネル方式エクスパンション
5──砂利敷き方式エクスパンション
3-5 筆者作成

冒頭に述べたように、免震技術はあまりにも技術的な側面で語られ過ぎてきた。それゆえに「免震」そのものの機能はまだしも、その意匠的な得失についてはまだまだ知の蓄積が未熟である感は否めない。先述したサッシのメンバーや石目地の低減などの意匠的メリットを建築に反映していくためには、免震という構造的な情報を、意匠設計者はもちろん、それぞれの工種が理解していなければならないのである。そうでなければ、サッシ工事者は通常のサッシを使い、乾式外壁仕上げの工事者はロッキングに必要な目地幅を確保してしまうだろう。建築界全体の共通言語として免震の知が浸透していけば、コストや設備・意匠などの現在の多くの問題点はしだいに解消されていき、それは「技法」などといった特殊なものではない、透明な技術となっていく。それが、建築の進化である。そして現時点における免震という「技法」は、そのために奉じられるべきものである。

6──《国立西洋美術館》外観。 上部のヴォリュームに対して、ピロティーの柱はやはり、細い

6──《国立西洋美術館》外観。
上部のヴォリュームに対して、ピロティーの柱はやはり、細い

7──警備員さんが立っているところが、はねあげパネル式エクスパンション 6、7 筆者撮影

7──警備員さんが立っているところが、はねあげパネル式エクスパンション
6、7 筆者撮影

参考資料
・日本免震構造協会編『ディテール』一三三号別冊「免震建築の設計とディテール」(彰国社、一九九七)。
・『建築技術』二〇〇四年四月号(建築技術)。

>山本想太郎(ヤマモト・ソウタロウ)

1966年生
山本想太郎設計アトリエ主宰、東洋大学非常勤講師、明治大学兼任講師。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>国立西洋美術館

東京都台東区 美術館 1959年

>川口衛(カワグチ・マモル)

1932年 -
構造家。川口衞構造設計事務所主宰。

>プラダ ブティック青山

東京都港区 商業施設 2003年