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1:梅沢良三┼アーキテクト・ファイブ《IRONY SPACE》──鉄造建築「外部」からの思考 | 勝矢武之
Ryozo Umezawa+Architect 5, "IRONY SPACE" : Iron Made Architecture; Cogitation from "Outward" | Katsuya Takeyuki
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.112-115

IRONY SPACE》(二〇〇三)は、構造家、梅沢良三の住宅兼アトリエである。建築の設計はアーキテクト・ファイブが、構造の設計はもちろん梅沢氏自身が担当している。建物は地上二階・地下一階で、矩形のフロアが積層され、これを敷地形状に沿う三角形の吹抜がつなぎとめているという構成になっている。さて、シンプルな構成のこの建築が独特であるのは、《IRONY SPACE》の名前どおり、この建築の地上部分がすべて鉄で作られていることにある。この建物のために考案された厚さ一〇〇ミリの鉄製のサンドイッチ折版プレートによって、地上部分の屋根、床、壁のすべてが作られているのである。まさに鉄骨建築ならぬ鉄造建築。梅沢氏の夢の結晶である。

1──《IRONY SPACE》外観 (c)Nacása & Partners 提供=アーキテクト・ファイブ

1──《IRONY SPACE》外観
(c)Nacása & Partners
提供=アーキテクト・ファイブ

2──配置図兼1階平面図 S=1/300 提供=アーキテクト・ファイブ

2──配置図兼1階平面図 S=1/300
提供=アーキテクト・ファイブ

鉄造建築──鉄そのものの表現

梅沢氏はこの《IRONY SPACE》に至る動機として、鉄そのもので作られた空間を作りたかったことを挙げている。石や木やコンクリートはそれぞれが素材の特性を生かしたプリミティヴな建築表現を持っている。これに対し鉄は、その実用化とともに建築を根本から変えるほどの影響力を持ったにもかかわらず、これまで常に構造材としてしか用いられてこなかった。それは、構造材としては申し分のない性能を持つ鉄も、耐火性、耐候性といった点においては、十分な性能を備えているわけではなかったからである。約五〇〇度を超えると力学性能が半減するという耐火性の問題、さびやすさという耐候性の問題、金属ゆえの断熱性の低さといった問題が、鉄から外装材・仕上材としての可能性を奪ってきた。それゆえ、鉄そのもので作られた建築の表現は、これまでほとんど存在してこなかった。こうした現状に対し、鉄という素材の可能性を引き出し、鉄そのものによる建築表現の可能性を追求することが梅沢氏とアーキテクト・ファイブのコンセプトとなったのである。

だが、「鉄で作る」というこの態度に対し、ここで明確に区別しておくべきひとつの考え方がある。ミニマリズム的な本物志向がそれである。建築家はしばしば建築の各部を何で作るかを悩み、なるべく本物で作ることを望む。例えば、木目調の化粧塩ビシートよりも天然木を、あるいは天然木の練付合板よりも天然木の無垢材を、といったように。そこでは、常に本物であることが善とされている。だが、「本物である」とはそもそもどういうことだろうか。例えば建築を使う側の人間が、それぞれの部材が本物か偽物かによって一切影響を受けないとしたら、それは仮に本物であったとしても、もはや「本物である」というブランド以上のものではありえないだろう。「表面しか見えないのだから、表面だけそれらしくしておけばよいのだ」という現実的な考え方の前で、そのような単純な本物志向がどんな説得力を持ち得るのだろうか。「とにかく無垢材でなければならない」といったような原理主義的な思い込みは、建築家の判断停止を招き、無理な納まりやコストの増大を呼びこむことになりかねないのだ。

だが、梅沢氏の言う「鉄そのものの表現」は、こうした薄っぺらな本物志向とは無縁のものである。なぜならそれは「建築を鉄で作ること」ではなくて、「鉄で作ると建築がどうなるか」を考えているからだ。つまり、重要なのはどこからどこまでが鉄で作られているかということではなく、鉄で作るということを通じて建築のあり方が見直されることにある。素材への思考を通じて、工法、ディテール、精度、スケールといったさまざまな要素が既存の慣例にとらわれることなく見直され、一本の筋の通ったまったく新しい体系が生み出されていく。その体系こそが、梅沢氏の語る「鉄そのものの表現」である。お手軽な本物志向に陥ることなく、テクトニックなアプローチから素材の可能性を引き出すこと。その先に初めて本物の「建築」が姿を現わすだろう。ここでは
《IRONY SPACE》というひとつの建築を例に取り、テクトニックなアプローチが建築をどのように編み直すのかを見てみよう。

〈工法〉──施工と設計の統合

《IRONY SPACE》の地上部は三五枚のサンドイッチ折版プレートを全面防水溶接で組み上げることで作られている。従来、面として使われることがなかった鉄であるが、《IRONY SPACE》では折版をリブ代わりにして、四・五もしくは六ミリ厚の鉄板でサンドイッチしたダンボールのようなパネルを開発することで、外装材と構造材を兼ねられる面材を作り出している。また、パネルは工場で製作されるため、高い精度を可能としている。パネルの大きさをおおむね二・二×九・五メートルとすることで、地上の二層をまとめて施工可能にする一方で、普通に道路を搬送可能で、重機で組み上げ可能なサイズとしている。だが、精度の高い工場生産のパネルを前提にしたことで、必然的に各種設備の開口などの詳細な調整が設計段階で必要となり、意匠・構造・設備の一体化と、施工者と設計者の調整が必要となった。工法が、設計のプロセスの見直しを行なわせ、結果として施工と一体となった設計が行なわれることになったのだ。設計図書には、パネルの作り方までが詳細に記されている。

《ポンピドゥー・センター》(一九七七)の設計の際には、設計者は部材の一つひとつを──時間がないためにサインペンで──どんどん起こしていったという。工事が完全な分離発注であったため、設計者はほぼすべての部材の図面を起こさねばならなかったのである。だが、制度が異なる日本にあっては、設計者の実施設計図を基にして、施工者側で施工方法が検討され、施工図が起こされるため、こうしたことが起こることは少ない。施工の詳細面での検討が施工者に任されるという構図は、確かに設計者の負担を大幅に減らしてはくれる。だがこうした施工者と設計者の分離が、建築の完成度を上げる一方で、建築そのものを建築家の手から遠ざけることにもなってきたのである。

《IRONY SPACE》のように、作り方に徹底的に踏み込むことで、建築は建築家の側へと引き戻されることになる。それは建築の本来的な姿であるはずだ。そして、こうした例を小さな一品生産の特殊例と断定するのは性急すぎるというものだ。それは技術の進歩により、設計図のデータそのものをそのまま製作図として使用し、そのデータをもとにコンピュータ制御で部材を直接切り出すといった生産と流通が可能になりつつあるからだ。こうしたCADによる生産ラインの変化は、従来の大量生産=安価というプレタ・ポルテ(既製服)的な生産の考え方を覆し、建築のオートクチュール(注文服)的な生産への道を開くかもしれない。

〈精度〉──躯体と意匠の統合による精度の変更

通常、躯体工事ではしばしば数センチにわたるズレが許容されるのに対し、仕上工事は気密や水密などの要求からミリ単位のズレしか許容できない。こうした精度のズレは、建築における仕上げと躯体の分裂を助長してきた。これに対し、
《IRONY SPACE》のようにすべてを鉄で作るということは、躯体工事→仕上工事と進む建築のプロセスを一元化することにつながる。それは意匠(仕上)と構造(躯体)の間に潜む不純さを取り除く行為であると同時に、通常の躯体工事で許されている寸法の逃げを奪い取ることを意味している。

《IRONY SPACE》においては、サンドイッチ折版パネルが非常に精度の高い工場製作であるため、こうした躯体工事におけるズレを大幅に小さくすることが可能となった。三次元的に組み合うパネルが、大きなズレなく全面防水溶接で接合できたのは、こうしたパネルの精度によるところが大きい。無論、パネルの建方における誤差と、天井面の上向き溶接の困難さ、溶接の際のひずみを考えると、それが実現するまでの苦労は、想像に余りある。だが、こうした精度の変更(強要)が建築に新しい表情を持ち込むことになった。躯体精度がミリ単位であるならば、もはやサッシュと躯体の間に通常確保されるようなクリアランスは必要ないし、そもそも躯体そのものにサッシュの精度を期待することができる。それゆえ、《IRONY SPACE》においては、サッシュが鉄製であるのは言うまでもないことだが、驚くべきことにそのうちの一部はあらかじめパネルに溶接され、パネルがサッシュの一部となっているのだ。こうしたプロセスにより、建築のあらゆる部分の強度が統一され、RC造などとは違ったムラなく精度の高い建築が作り出されている。そしてこの高い精度により、シンプルな空間でありながら、凛とした静謐なたたずまいを生みだしている。進歩著しいアルミ構造にも見られる金属ならではの線の細さと高い精度は、今後の空間の印象を大きく変える可能性がある。

3──断面詳細図 S=1/20 提供=アーキテクト・ファイブ

3──断面詳細図 S=1/20
提供=アーキテクト・ファイブ

〈スケール〉──施工スケールがもたらす空間スケールの転倒

《IRONY SPACE》の内部は高い天井高と吹抜もあいまって、おおらかなスケールの空間となっている。だが、この空間感覚は九メートルを超えるパネルをカードボード模型のように一気に組み合わせたその施工方法に由来するところが大きい。在来とは異なる大きなスケールの工法を採用することで、住宅は別種のスケール感を手に入れたのである。
この正反対の例として、ユニットを徹底的に小さくすることで、別種の表現に至った二つの住宅を挙げておきたい。鉄の箱を積み上げた住宅《セル・ブリック》(建築設計=アトリエ・天工人、構造設計=佐藤淳構造設計事務所、二〇〇四)とPC版を積み上げた住宅《積層の家》(建築設計=大谷弘明、構造設計=陶器浩一、二〇〇四)である。二つの住宅はともに、人間が重機を用いることなく施工可能な家具スケールのユニットを積層することで作られている。住宅全体が物質感の強い単一のユニットによって作られることにより、従来の住宅にない密実な空間を作り出している。

4──内観 (c)Nacása & Partners 提供=アーキテクト・ファイブ

4──内観
(c)Nacása & Partners
提供=アーキテクト・ファイブ

5──断面図 S=1/300 提供=アーキテクト・ファイブ

5──断面図 S=1/300
提供=アーキテクト・ファイブ

〈技術〉──表面処理の可能性

耐火性、耐候性、断熱性といった問題にも言及しておこう。《IRONY SPACE》は比較的小規模であるため、そもそも耐火被覆を必要としない建物である。しかし、近年の法改正によって、耐火検証法が整備されたこと、また簡単に耐火塗料を内外にわたって使用可能になったことで、耐火性という問題は改善されつつある。

また、断熱については、《IRONY SPACE》ではパネル内に断熱材が吹き込まれていることで、断熱性能が確保されている。これに加えて屋根面には断熱塗料が塗布され、断熱性を高めている。断熱塗料は近年発展の著しい材料であり、鉄に限らずさまざまな部位での利用の可能性がある。

こうした耐火塗料と断熱塗料によって鉄そのものがあらわになった建築の可能性は、近年大きく広がってきた。もはや素材の性能に問題があっても、これを塗料の性能によって補い、別種の材料へと昇華させることができるのだ。つまり、単体としての材料の特性だけで、建築が考えられなくなりつつあるのだ。こうした思考は「素材は生のまま使うのが真実である」といった原理主義をただの強迫観念に変えてしまう。もしかすると近い将来、何で作られているかではなく、何が塗られているかが問題となるような、本質と表層の地位が逆転する時代が来るのかもしれない。

「外部」からの思考

本稿で見てきたように、《IRONY SPACE》は、特別な新技術が使われているわけではない。だが、コンセプトをもとに、建てることそれ自体を考えることでさまざまなアイディアと技術が組み合わさり、その結果として新しい姿が生みだされたのである。建築が現実の物質からできている以上、それは建築家のコンセプトや理想の独白(モノローグ)ではありえず、常にそれらだけでは回収できない「外部」を備えている。「外部」とはつまり、コスト、流通、技術、メンテナンス、安全性といったさまざまな現実的な側面のことであり、こうした側面があればこそ建築は現実の世界に建つことができる。テクトニックなアプローチとは、つまり現実との対話(ダイアローグ)であり、「外部」からの思考である。《IRONY SPACE》はそうした「外部」からの思考の可能性を指し示すのである。

謝辞
本稿はオープンハウス時の梅沢氏の説明をもとに書かれた。丁寧な説明をいただいた梅沢氏にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

>勝矢武之(カツヤ・タケユキ)

1976年生
日建設計勤務。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>IRONY SPACE

東京都世田谷区 住宅 2003年

>梅沢良三(ウメザワ・リョウゾウ)

1944年 -
構造家。梅沢建築構造研究所主宰。

>アーキテクト・ファイブ

1986年 -
建築設計事務所。

>ミニマリズム

1960年代のアメリカで主流を占めた美術運動。美術・建築などの芸術分野において必...