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都市はどうなっているのか? どうなるのか? | 田島則行
How does the City Turn Out? | Tajima Noriyuki
掲載『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) pp.118-119

都市を突き動かす原動力

都市が建築家の手から離れて久しい。かつて建築家は、都市の理想を謳い、都市の輪郭を描き、都市の構造を描き、都市の立面を立ち上げ、そして都市の活動の基盤となる空間を設営した。しかしながら、都市が不動産の集積、文化の集積として脈々と受け継がれていた時代は過ぎ去り、都市はどちらかといえば、金融経済のフローの一部として利用され、そしてその価値が見失われてしまっている。ではいったい、いまの都市はどうなっているのか? そしてこれからどうなっていくのか?

土地資本主義の生け贄

そもそも、経済学的なフローとストックという二項対立図式のなかでは、都市活動や経済活動はフローとみなされ、都市・建築はストックであるというように言われている。ただし、都市の構成要素である建築が、その基盤としているのが土地であり、そしてその土地に経済的な価値が与えられ、都市資本の単位として利用されてきた経緯を考えれば、安易に都市をストックとして見なすことは、都市の原理を見えなくする。かつてのように土地に何万石といった絶対的な価値基準を与えられていた時代では、金本位制ならぬ土地本位制とでもいえる基準が存在していたのだろうが、近代化による資本主義経済に染まりゆくなかで、その土地の価値は資本としての大きな位置づけを与えられた。諸外国の資本主義とはかなり様相の異なった「土地資本」主義とでも呼べるような経済原理が、バブル経済の原動力となったことは、記憶に新しい。土地そのものは不動産であるにもかかわらず、土地という資本の価値は動産であるという矛盾に翻弄されつつも、右肩上がりに上がるその価値を絶対的なものとして信仰してしまったがために、都市は経済的価値の生け贄として捧げられ、そして、バブル経済の崩壊とともに都市は流動化(フロー)してしまった。都市は債務あるいは不良債権となってしまったのだ。

消費される都市

日本は世界で一番新築の着工数が多いという(中国でも相当多いと思うが、建築規模の違いであろうか)。そして当然ながら、取り壊される量も、おそらく、世界でも最多なのではなかろうか。そして、ヨーロッパは二〇〇年、あるいは三〇〇年という建築寿命を前提としており、都市という遺産が次の世代、あるいは次の次の世代へと受け継がれ、ストックとして活用されている。その違いは、当然ながら、日本が世界有数の地震国であり、レンガ積みのような恒久性の高い建築工法が通用しない国であったことが大きな原因となっている。地震というファクターがあったために、都市に恒久性を求めず、伊勢神宮に代表されるような、新築取り壊しを繰り返す文化を土台とした建築に対する考え方が浸透したのだ。したがって、二〇世紀に入って鉄筋コンクリートという、恒久性の比較的高い工法を手にした後でも新築の数が減らないのは、そもそも都市にストックとしての役割を果たさせるための文化的かつ社会的な視点が準備できていなかったからではないだろうか。
どちらにしても、土地資本的な考え方に立脚した経済が下火になって、建設費を担保するほどの価値が土地に見出せなくなってからは、突然のように伊勢神宮的立て替えではなく、建築という都市ストックの再生や再利用が重要なテーマとなり、リノベーションやコンバージョンが行なわれるようになった。とはいえ、寿命が短い建築を取り壊し、あるいは国の政策により容積の割増による大規模開発の奨励もあり、相変わらず、新築着工数はかなりの数に上っている。例えば、当初は志の高い都市ストックとしてデザインされていたとしても、構造や工法・技術の未熟さによって、寿命が十分でなかったり、あるいは機能主義に偏りすぎて用途を限定してしまい、汎用性に欠け、結果的に短命になってしまったりした。あるいは、ポストモダン建築が商業的な流行や廃りに価値を偏重しすぎたりしたことも、その風化を加速させているだろう。結果として、都市はつねにすごいスピードで更新されつづけている。建築寿命が長くても四〇─五〇年ぐらいであるとするならば、あと一〇年もすれば、コンクリート造が主流になってきた六〇年代─七〇年代の建築は続々と姿を消し、都市はまた一巡してしまうことになる。あまりにも増大しすぎた土地資本の価値に対して建築とその価値は相対的に過小評価され、経済原理に翻弄あるいは消費されてしまったのだ。

グローバルな位相

ストックとして維持されていかない都市、そしてフローとして流動していく都市は、滑稽な迷走のように見える。現代の都市は、かつてのように確固たるヴィジョンのもとに生成された都市とは違い、場当たり的な経済原理に翻弄されて、予想のつかない変化を繰り返し、相対的には、ただただ混迷していくだけに感じてしまう。建築が恒久的に存在するのであれば、その時代時代の理想が形として保存され、そのヴィジョンが目に見える形で残されたことであろう。しかしながら、そんな理想も、この猛烈な変化のスピードの前ではなす術がない。さらにやっかいなことに、発達した情報網によって、世界経済は加速を続けており、世界金融の大規模な経済のうねりが、ある都市のある一部の価値を大きく左右してしまうことになる。例えば、為替の落差を最大利用した資本の流出入がその経済的価値の増減(キャピタルゲイン・キャピタルロス)となり、ローカルな地場の価値は世界市場に対して相対的なものとなってしまうからだ。ある時はグローバル金融企業は東京の土地建物を買いあさり、ある時は、一気に売り払う。ローカルな位相関係に依存することなく、グローバルな位相関係に追従する金融の流れは、とどまるところを知らない。

消失した都市のモデル

いつの頃からか、都市には、その目指すべき理想が見えなくなってしまった。ディヴェロッパーは、容積の上乗せとグローバル企業の資金力を当てにしてタワーオフィスを建て続け、かと思えば、オフィススペースの供給過剰になってしまい、ついには急に方向転換をして、今ではタワーマンションが林立する都市景観ができあがってしまった。高層ビル群によって都市を通り抜ける風はせき止められ、ヒートアイランド現象が深刻な問題となり、そして、人々の賑わいは大規模商業ビルに吸収・内包され、古くからの商店街はシャッターで閉じられてしまう。街路は車で埋め尽くされ、建物と建物、広場と広場を結びつけていくような、線的あるいは空間的な繋がりはさらに薄れていく。都市はかつてはネットワークであり、その繋がり方、結びつきが連携して大きな総体を作り上げていた。しかしながら、インターネットのサイトがリンクをクリックするだけで瞬時に切り替わり、その繋がりや地理的な距離感が消失しているように、実体のある都市もまた、あたかもその地理的な繋がりを失ってしまったかのようだ。

都市はどうなっているのか? そして、どうなるのか? その疑問は、都市や建築の内側に向けられるべきものではなく、また都市と経済の関係を検証することでしか、その回答は見出せないのかもしれない。

《Esq. 南麻布》 設計:田島則行+<a href="/publish/identity/v/%E7%B4%8D%E6%9D%91%E4%BF%A1%E4%B9%8B" id="tagPos_836_0">納村信之</a>+テレデザイン 写真は元々あったフォトスタジオビルが既存不適格であったために、新築によって賃貸ビルへと変貌したケース。法改正が新築建て直しを加速させている。 撮影=野秋達也

《Esq. 南麻布》
設計:田島則行+<a href="/publish/identity/v/%E7%B4%8D%E6%9D%91%E4%BF%A1%E4%B9%8B" id="tagPos_836_0">納村信之</a>+テレデザイン
写真は元々あったフォトスタジオビルが既存不適格であったために、新築によって賃貸ビルへと変貌したケース。法改正が新築建て直しを加速させている。
撮影=野秋達也

>田島則行(タジマ・ノリユキ)

1964年生
Twlw-designおよびオープンスタジオNOPEメンバー、関東学院大学非常勤講師。建築家、アーバニスト。

>『10+1』 No.49

特集=現代建築・都市問答集32

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...

>納村信之(ノムラ・ノブユキ)

1965年 -
建築家/名古屋商科大学准教授/博士(工学)。tele-design共同主宰。