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2:坂茂──可能性としての紙 | 井坂幸恵
Shigeru Ban: Paper as Possibility | Isaka Sachie
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.92-95

たとえば、かみ

五月九日の日曜の朝、「課外授業ようこそ先輩」という番組をNHKが放映していて観ることができた。今回は「紙の家で世界とつながろう!」というタイトルで建築家の坂茂を講師に迎え、小学校五年生(ぐらい)が「シェルター(避難所)」を発案自作するというワークショップだ。
坂は、まず校庭に建てた阪神淡路地震で使用したのと同じ《紙のログハウス》(一九九五)を小学生に体験させた。中が意外に広く明るいといってはしゃぐ小学生たち。同時に、震災後の生々しい記録写真を見せながら避難所暮らしの様子を聞かせて「シェルター」がどんなものなのか彼らの頭のなかにリアルなイメージを吹き込んでいく。その一日目後半は、自分たちが欲しいと思うシェルターを自由に考え、グループ毎に模型を完成させるところまででおしまい。そして約二週間後。最終日でもある二日目では、いよいよ小学生が構想したマケットをもとに、坂茂建築設計事務所がジオメトリーを整理した実物大モックアップの製作にとりかかる。主な素材である大きなダンボールのようなコアパネルが広い体育館に山のように準備されている。製作するのは、「滑り台付きのシェルター」、「見晴台付のシェルター」、「立体五角形のシェルター」、「格子窓のあるシェルター」など。原案の意図を十分活かしながらジオメトリーを整理し、部材表とその組み立て手順までが図になって貼り出されており、段取りは完璧だ。
設計に携わる者が見れば一目瞭然。この実物大モックアップ用の設計がさすが「坂流」だった。テレビの前で、ひとり「う〜む」と唸る。ひょろひょろっと心もとなげに延びていた滑り台は、螺旋状(《石神井公園の集合住宅》[一九九二]の角度を変えて全体として水平力を負担させたあのRC壁のよう)に、しっかりとした下部構造が与えられ、同時にその下部は地上にアプローチ的な待合のような場を提供している。見晴台は、片流れの単純な屋根にはしごで「よっこらしょ」と登るだけだったのに、コンタ状の段々とした屋根が形成され、滑らずに座りやすく見晴台としての場を発生させている。はしごは、高さの違うコアパネルを三角断面にした柱を片足ずつ乗せるコンパクトな階段に変身。立体五角形は、あららいつのまにこんな美しいジオメトリーに変身しちゃったの? と驚くような彫刻的なプロポーションを与えられ、内部のパーティションもそれにマッチした芸術的な自由形へ変貌。男の子たちのアイディアで、ティッシュをガラス替わりに通風とプライヴァシーを守りつつ採光する壁一面の格子窓は、壁面のデザインがちょっと《ロンシャンの教会》(一九五五)を彷彿させた(筆者の妄想?)。いずれのシェルターもクオリティのある仕上がり。中には、ハンモックが必要と、たったひとりで織り方を考案した女の子も現われた。小学生の本気な集中と展開力が画面から伝わる。わたしも小学校でマケットを作るぐらいのワークショップに参加した経験がある。でも実際にやっているこちらものめり込めるような内容に至ることは稀だった。しかし坂茂によるワークショップは、シェルター作りの面白さと「坂流」デザインの双方を堪能できる内容だった。
坂茂のPTS(ぺーパー・チューブ・ストラクチャー)を考える時、《紙の家》(一九九五)より阪神淡路地震の《紙のログハウス》をまず最初に思い出す人は少なくないだろう。ある意味でそれは、《紙のログハウス》が坂茂にとっての「プリミティヴ・ハット」のような存在と感じさせるからではないだろうか。ただ坂にとってのそれは、いわゆる「形式としての」という位置付けではない。たぶん、行動の祖型をわかりやすく示す「行動原理のイコン」のようなものなのだ。
建築家にとって、ある素材とその納まり、他の素材との関係、それによる部分と空間のやり取りを繰り返していくトライアルには終わりがない。数珠つなぎのように次から次へと連なるパースペクティヴな視界が広がっている。坂は吉松秀樹との対談でこう語っている。「少しずつ前の仕事で発見したことが次のテーマに変わっているのだと思います。それは何も同じ材料が進化して行くということばかりではなく、ある建築から得た空間体験が別の材料によって次の建築に現れるということもあります」★一。建築家のパースペクティヴは唯一ではなく多点的でいくつかが互いに重なり合っている。そして時に、スパッと切れ味のいいアングルで切り取られた断面が作品として物質化され、それらのプロセスを圧縮して提示する。ジョン・ヘイダック的幾何学操作の影響がみられる初期の住宅群や、「壁」を家具化したり無化したりカーテンにした「壁打ちのめしシリーズ」(ケーススタディ・シリーズ)、《ハノーヴァー万博日本館》(二〇〇〇)を頂点とするPTSシリーズ、そしてどんどん架構や素材が軽みを増して質的な変化を感じさせる近作群。坂のそれぞれ進行中のパースペクティヴのなかで、それらの消失点はどこへ結ばれていくのだろうか? 少なくとも坂の場合、建築だけに帰結しない。文化や思想という枠組みでもない。それはたぶん、行動する知識人としての現在進行形で推移する彼のなかのプライオリティに関わるものなのだろう。そこに、たぶん私たち自身も気がかりな、現在進行形のデザインと活動の関係が見えてくるような気がする。

1──授業中の坂茂氏と子供たち

1──授業中の坂茂氏と子供たち

2──同

2──同

「HAPTIC.」

もうひとつ。素材にまつわるデザインとして、最近みた紙の展覧会がある。創業一八九九年の紙の竹尾が七〇年代から主催する「タケオ・ペーパーショー」だ。グラフィック関係者を対象にした紙の新作発表と思いきやさに非ず。九〇年代中頃から新作展示会といった趣から、紙は媒体に徹し表現のコンセプト提案へと方向を転換している。今年四月にスパイラルで催されたタイトルは「HAPTIC.」(触覚的な、あるいは触覚を喜ばせる)と「FILING.」の二部構成。「触覚をはじめとする諸感覚の連動を意識したセンシュアスなデザインを展開」するグラフィック・デザイナーの原研哉がソフトとハードのどちらも一貫して全体を構成している。例年なら建築家やインテリア・デザイナーが会場構成を受けもつところを、今年は、新技術方面のアドヴァイザーを兼ねた太田浩史をはじめ、五人が「HAPTIC.」に出品作家として参加していた。
その「HAPTIC.」には手品のような新性能の数々が出品され、目も口もあんぐり「うひゃひゃー」と言いながら触ってまわる。まず、タイトル。大きな紙の中央に髪が三センチほど生えた原研哉の「HAPTIC.」の象徴的なタイポグラフィにぞわっと鳥肌が立つ。協力がアートネイチャーと聞いてそのナチュラルさに鬘メーカーの真骨頂をみる。均質でないのですごく生々しい、同時に生物的な美しさを湛えているのだ。二〇以上ある展示のなかで、繊細な作りと影の動きが微妙で見飽きなかったのが、プロダクト・デザイナーの山中俊治による「あめんぼう」。超撥水加工紙のあめんぼうが下の磁石に追従して水面をすいっすいっと泳ぐ。「構造色」が何だかわからず理解するのにしばらくかかったのが、製造業技術・科学哲学が専門の赤池学による構造色(タマムシ色、蝶の鱗粉色、真珠色)の文字。どうも光の反射という構造の違いで色が可変するもののよう。既成の色や顔料ではない新しい筆具だ。撥水材を施しグリッド状のエンボス加工の紙上を水滴がハラハラと転がっては留まり次第に蒸発するという「加湿器」も原研哉作。水滴がこんなふうに動くなんて発見だ。たぶんこれが二回目の参加になる坂茂は、「携帯屋根」なる薄い川蝉の羽根のようなへろんとした合羽を河童のように浮かせている。撥水加工を施した紙でできている。やっぱり紙で屋根(架構)なんだ、とほくそ笑む。太田浩史は枠なしで自立する障子。和紙を必要な厚みに漉き、格子状に大きく編んで、軽みが用の美になっている。
少し傾向が目立ったのはスキンタッチや身体系のもの。実際の医療界でも人工皮膚などの代替物質が希求されているのを肌身で感じる。津村耕佑のランプシェードは、透明な髪がシェードからボサボサ生えており、発光する白い頭部がぷかぷか浮いているよう。異形の日常化だ。伊東豊雄は柔らかなシリコーンで作った手型のドアノブで手と手を取り合う。野球観戦帰りのお父さんがまず玄関でハイタッチ!の図。パナソニック・デザイン社はもう少し硬く、でもぐにゃっとするシリコーンのリモコン。その人の手に段々馴染んでいくらしい。フランスのアーティストであるマチュー・マンシュに至っては、ふにゃふにゃの着ぐるみシリコーンウエアからケーブル状の管がデローっと出てコンセントへプラグ・インしている。
二階の「FILING.」では、織咲誠による日常のぐちゃぐちゃした机の上をステージに「混沌のマネジメントを目指したファジーな文房具」の提案。どれもが「ファイリングを哲学しその理想の形」を追求して具現化されており、コンパクトで精度の高い道具をその名の通りFILINGして展示している。小はクリップから大きくてもA4のファイル・ボックス止まり。紙を文具類に立体化したときの軽さ、しなやかさ、用途の手近さやへたりの加減までも、あらかじめ考慮に入れた小さいけど珠玉のデザイン集だ。日本人の精密さへの志向は、本の装丁や紙媒体、筆記用具などの「紙文化周辺」に突出したセンスと密度を発揮する、と感じた。

3──《はだかの家》(c)平井広行

3──《はだかの家》(c)平井広行

4──TAKEO PAPER SHOW 2<span class="__mozilla-findbar-search" style="padding: 0pt; background-color: yellow; color: black; display: inline; font-size: inherit;">0</span><span class="__mozilla-findbar-search" style="padding: 0pt; background-color: yellow; color: black; display: inline; font-size: inherit;">0</span>4 “HAPTIC.”展作品 原研哉作品 (c)KEISUKE MINODA(amana)

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“HAPTIC.”展作品 原研哉作品
(c)KEISUKE MINODA(amana)

5──同、坂茂作品 (c)KEISUKE MINODA(amana)

5──同、坂茂作品
(c)KEISUKE MINODA(amana)

6──同、マチュー・マンシュ作品

6──同、マチュー・マンシュ作品

軽やかで自由な表現を得るために

「HAPTIC.」にしても「FILING.」にしても、技術提供メーカーとの綿密でプロフェッショナルなコラボレーションによる完成度は特筆に価する。デザイナーと造り手の双方が、「展示品が『実物』であり一分の一の『オブジェ(目的物)』であってマケット(模型)ではない」ことを了解したうえで、集中を愉しんでいるように見えた。その結果、紙というマテリアリティの次元を超えて、「紙媒体」以外の新しい性能や未来技術の日常化の布石を試みる非常に洗練されたオブジェへと昇華していた。思考と皮膚感覚の濃密なマリアージュがひとつの身体に宿っていなければあり得ないデザインだ。人が載らないスケールだからなのか? 建築界における素材との関係とは圧倒的に「軽快さ」が違う。紙を取り巻くジャンル本来の軽やかさ、自由さ、扱いやすさ、身体との直々のデザインがこんなにも進化している事実に少しショックを受けた。

一転して、建築は最近頓により重くヘヴィな方向へまっしぐらだ。
実務的な話だが、例えばシックハウス対策のための給排気口のおぞましい数。もとはといえば、燃えにくく高密度高断熱を促進するサッシュと建材で造った内部環境の当然の結果だ。サッシュ屋と壁材屋が自然に空気が抜けるような汎用製品を開発して、流通させるのが筋だろう。どうして新たに法整備して、設備費がかさんで施主を泣かせるような付け焼刃的な規制を敷くのだろう? 身動きの重い建築を加速する最たるものは、二〇〇一年に基準法の旧三八条が廃止されたことだ。個別の建築プロジェクトで大臣認定を取ればがんじがらめの基準法から逸脱できる、唯一クリエイティヴな枠組みを認めたものといえる。旧三八条がなかったら、日本では新しい価値を切り開く建物はほぼすべて存在しえなかった。PTSも《横浜大さん橋国際客船ターミナル》(二〇〇二)もしかり。この廃止とその代わり「告示で使用などを一般化した上で初めて使用可能とする」基準法の改正によって、新しい試みの可能性の芽が、ほとんど不可能なまでに過剰なプロセスを要することになった。事実、これまで運用できた実績はほとんどない★二。三年前に旧三八条が廃止されて以来、新素材や工法の停滞は明らかだ(幸い、こうした現況を受けて昨年一〇月に旧三八条の概念を踏襲する個別プロジェクトごとの国土交通大臣の認定は復活した)。
今建築がかかえている重さは、意匠上の物質的な重さ軽さの問題ではない。ひとつには、建築がモノで出来あがっている即物的な側面より、それが成立する社会の制度の現われとして、もうひとつは消費社会の経済活動の対象として主に位置付けられていることにある。時事的に発生する地震や回転自動扉やシックハウスに「対応している」面構えをもつことが基準法を制定する側の目的だし、産業界にとっても建築に絡む付加要素が多くなるのは好都合だ。したがって、モノとして道具としての建築にどんな不条理でグロテスクな影響が出ても、頓着しない。実際に建つ物理的な建築を無視した手続き上の「建築行為」が重いのだ。対象が「建築行為」の面構えであったり、それに付随する装備の売り買いであれ、重層的になるのも道理だ。そうした「建築行為」を定める根源的な指向が既にマッチョなのだ。
では、どうして軽さなのか? 
思うにデザイナーにとって、デザインの上ではモノが明快にして本来のあるべき姿になればいいだけであって、それに至る関係性や手続き上のヒエラルキーを目的にしたり、それ自体に本来価値を求めることはできない。建築を建築にするための「建築行為」を軽くすれば、結果的に建築も軽やかで自由な表現を得られる。その影響たるや大である。
《紙のログハウス》が形式でなく、「行動原理のイコン」ともいえる坂茂の一連の紙管シリーズ/PTSは、こうした「建築行為」そのもののマチズモに、時速一五〇キロの剛速球で応えているように思う。
紙の理由?
フライ・オットーの言葉に明かだ。彼は建築を「最小のエネルギーと最小の建築材料で設計することが新しい軽量な構造を生み出すことにつながる」と断言する。そしてそれら全体の方向性を、「自然を理解することが自分たちのゴールだと思っています。エコロジーは来世紀の課題なのです」と。


★一──『坂茂 プロジェクツ・イン・プロセス』(TOTO出版、一九九九)。
★二──「NEWS FLASH」『建築知識』(二〇〇四年一月号、エックスナレッジ)。

>井坂幸恵(イサカ・サチエ)

1965年生
bews/ビルディング・エンバイロメント・ワークショップ主宰。東京理科大学非常勤講師。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>紙の家

山梨県南都留郡山中湖村 住宅 1995年

>坂茂(バン・シゲル)

1957年 -
建築家。坂茂建築設計主宰、慶応義塾大学環境情報学部教授。

>ジョン・ヘイダック

1929年 - 2000年
建築家。クーパー・ユニオン教授、ニュ−ヨーク・ファイブの一人。

>太田浩史(オオタ・ヒロシ)

1968年 -
建築家。東京大学生産技術研究所講師、デザイン・ヌーブ共同主宰。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>横浜大さん橋国際客船ターミナル

神奈川県横浜市 客船ターミナル 2002年

>フライ・オットー

1925年 -
建築家、構造家。