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モンスターは何を語っているのか? | 坂牛卓
What does the Monster Speak? | Sakaushi Taku
掲載『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32, 2007年12月25日発行) pp.106-107

世界中にデコン建築の亜流が建ち始めた。日本も例外ではない。近所の工事現場で龍が天にも昇るような完成予想パースを見た。銀座の一画で津波のようなビルに出くわし、原宿に氷山が崩壊したようなガラスのビルを見た。こうしたモンスターのような建物を見ながら、一体これらの意味するものは何か考えみた。

モダニズムは視覚の時代だった

モダニズムは視覚の時代であると言われる。建築においてはコンラット・フィードラーの助言によりアードルフ・フォン・ヒルデブラントが『造形芸術における形の問題』(一八九三)を著わし視覚に立脚した空間の重要性が謳われた★一。そして美術史上ではアロイス・リーグル、ハインリッヒ・ヴェルフリン等が視覚によって知覚されるものを批評の対象とすることを基礎とした★二。こうした視覚の確立はモダニズムというジャンルの純粋自律性を旨とする芸術運動において加速される。そして建築の固有性である三次元性が視覚性に裏づけられた時、空間概念が確立された。一方このモダニズム運動は絵画においては視覚に基づく二次元性を目指すものとなり、クレメント・グリンバーグに牽引された抽象表現主義としてアメリカ戦後美術の原動力となる。
しかしこうした視覚に裏づけられたモダニズム建築・芸術運動は二〇世紀後半に瓦解することになる。建築ではすでに二〇世紀前半にハイデガーによって指摘されていた空間から場、物、へというテーゼ★三がバシュラール、ノベルグ=シュルツ等★四によって六〇──七〇年代に建築へ翻訳されることで多くの建築が視覚性に根ざしたフォルマリズムに一定の距離をとり始めることとなる。また絵画においてもグリンバーグが提示した二次元的な視覚性はもはや効力を失いさまざまなアートが百花繚乱の状態となった。

近代を支えた三つの視覚

カリフォルニア大学バークレー校教授マーティン・ジェイは「近代性における複数の『視の制度』」と題して興味深い論考を著した。彼は近代とはある特定のひとつの視覚によって支えられてきたものではなくさまざまな視覚の錯綜の上にあるとしたうえで、概ね次の三つの視覚によって構成されていたのではないかと述べる★五。それらは(1)デカルト的遠近法主義、(2)バロック、(3)オランダ一七世紀美術の視覚である。これらのうち最初の二つは比較的頻繁に建築の議論に引き合いに出されてきたものであるが、三つ目は美術史上少なからぬ物議をかもしたスヴェトラーナ・アルパースの『描写の芸術』★六によって開拓された新たな視覚性に基づく新鮮な指摘である。アルパースは一七世紀オランダ美術に対して、それまで用いられていたイタリア美術を評価する視点から脱却して新たな評価軸を提示した。その視点をやや乱暴にまとめれば、物語性ではなく描写性(即物性)、少数の大きな対象ではなく複数の小さな対象、確固たるフレーミングではなくその曖昧性、物体の形象ではなくその表面の物質性などである。そしてそのような変化の原因として当時のオランダにおける科学的な発見発明(顕微鏡や望遠鏡などの光学的な発見発明)に基礎づけられた文化潮流を提示するのである。
ジェイによって列挙されたこうした三つの視覚はルネサンスまで含めた近代建築を一通り説明するものと言えそうである。主体の存在が疑われなかった一九世紀までの様式建築はデカルト遠近法的な視覚の所産である。またそれがオランダ美術の持つ即物性、複数性などによって瓦解したものがモダニズム的視覚であろう。さらにモダニズム建築の流れのなかに時折見られる表現主義的建築はバロック的視覚の表出である。そしてオランダ美術の持つ形象から表面の物質性へという視覚の変容は、ここ一〇年くらいのわれわれの身の回りに起こってきた視覚変動を予期したものと言えそうである。

フェルメール的視覚の意味するもの

オランダ美術の形象から表面物質への視覚変更が現代的状況を読み解くヒントであるのは、もちろん現代建築のひとつの特質である表面性との関連においてである。この特質について、例えばアリシア・インペリアルは『New Flatness: Surface Tension in Digital Architecture』★七において「ファサード」に代わり「サーフェイス/表層」を挙げ、デジタル・アーキテクチャーにおける「フラットネス」を検証した。またデイヴィッド・レザボローとモーセン・ムスタファヴィは『Surface Architecture』★八において建築表面には技術と意味の二重構造が現われることを説明している。現代建築の表面への興味はこうした設計、施工上の技術進歩にも起因するのだが、上述オランダ美術的視覚の現代における浸透を仮定しながら読み解いていくことも可能と思われる。
様式建築がファサードという概念のもとに、あるひとつのエレヴェーションに強いシンボル性を期待したのに対して、モダニズムはこうした強いファサードを消失させた。しかしそれでも尚モダニズム建築がある印象的フォルムをその建物の顔として意図的に作り上げてきたことは明らかであろう。そこではフォルムの価値を作り手受け手の双方が共有していた。しかしポストモダニズムを経過し、二〇世紀も最後の一〇年にさしかかり発生したいくつかの事件──大震災や、オウムのサティアンは、デコンもミニマリズムももはや現実に勝る訴求力を持てないことを露呈したと言われている。こうした状況のなかでわれわれは徐々にフォルムへの感覚を鈍らせてきているように思われる。言い換えれば、現代社会はフォルムをゲシュタルト的に形成する輪郭線に強い意味を見出せなくなってきているのではなかろうか。それはシンボリズム崩壊後の挙句の果ての状況かもしれない。そしてこの状況はフェルメールに代表される一七世紀オランダ美術における視覚に類似する。すなわち対象の物語性を生み出すアイコニックな輪郭線から対象の自然性を描写すべくその表面に移動したその視覚である。
そうした視覚状況において、建築の輪郭線は敷地、法律、予算といった建築に外在的な要素によって他律的に決定されるか、まったく恣意的な形態に暴走するか、そのいずれかに導かれるのである。
二〇世紀後半にハイデガー的な指摘が建築に導かれ、視覚に裏づけられた空間が瓦解し、現在は、対象のゲシュタルト的な全体形態ではなく、その輪郭線に包含された臓物への興味が浸透してきている。臓物を眺める表面視覚、それは表面への興味であると同時に輪郭への無関心の裏返しでもあると思われる。つまり冒頭記したモンスターの跋扈は一見そのフォルムに注がれたこだわりのようでありつつ、逆説的だがこの無関心の果ての姿とも見えてくるのである。

ヤン・フェルメール《デルフト眺望》(ハーグ、マウリッツハイス王立美術館)。アルパースはルネサンス絵画において枠どられたものの確固たる対象性に比べ、オランダ絵画のそれが「果てしなく続いていくかぎりない世界の断片である」と述べ、その例として《デルフト眺望》を提示している。 引用出典=スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術』

ヤン・フェルメール《デルフト眺望》(ハーグ、マウリッツハイス王立美術館)。アルパースはルネサンス絵画において枠どられたものの確固たる対象性に比べ、オランダ絵画のそれが「果てしなく続いていくかぎりない世界の断片である」と述べ、その例として《デルフト眺望》を提示している。
引用出典=スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術』



★一──アードルフ・フォン・ヒルデブラント『造形芸術における形の問題』(加藤哲弘訳、中央公論美術出版社、一九九三、原著一九八三)。
★二──アロイス・リーグル『美術様式論』(長広敏雄訳、岩崎美術社、一九七〇、原著一八九三)、ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念──近世美術における様式発展の問題』(海津忠雄訳、慶應義塾大学出版会、二〇〇〇、原著一九一五)。
★三──M・ハイデガー『存在と時間』(原佑+渡邊二郎訳、中央公論新社、二〇〇三、原著一九二七)。
★四──ガストン・バシュラール『空間の詩学』(岩村行雄訳、思潮社、一九六九、原著一九五七)、クリスチャン・ノルベルグ=シュルツ『実存・空間・建築』(加藤邦男訳、SD選書、一九七三、原著一九七一)。
★五──マーティン・ジェイ「近代性における複数の『視の制度』」(ハル・フォスター編『視覚論』榑沼範久訳、平凡社ライブラリー、二〇〇七、原著一九八八所収)。
★六──スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術──一七世紀のオランダ絵画』(幸福輝訳、ありな書房、一九九三、原著一九八三)。
★七──Alicia Imperiale, New Flatness: Surface Tension in Digital Architecture, Birkhäuser, 2000.
★八──David Leatherbarrow and Mohsen Mostafavi, Sur-face Architecture, MIT Press, 2005.

>坂牛卓(サカウシ・タク)

1959年生
信州大学工学部建築学科教授、O.F.D.A.associates共同主宰。建築家。

>『10+1』 No.49

特集=現代建築・都市問答集32

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