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建築の技法──つくることの楽しさへ | 今村創平+南泰裕+山本想太郎
The Art of Architecture: Pleasure of Creation | Imamura Sohei, Minami Yasuhiro, Yamamoto Sotaro
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.72-87

なぜ「技法」なのか?

今村──今回の「建築の技法」という特集は、建築について語る時、建築家によるコンセプトにそのまま寄り掛かるのではなく、また建築の技術について語る時、その技術だけを取り出してきて客観的に記録にすることが目的ではありません。建築家の考えとそれを支える技術のつながりを、きちんと描写しようというのが趣旨です。最初にこの企画について編集部から相談があったときに、僕がまず思い浮かべたのは、技術やプロセスに関する情報というのは結構溢れているけれども、それらはたいてい興味を惹くエピソードに留まってしまっていて、そうしたことがどのような意味を持っているのかを、一度しっかり考えてみたいと思いました。
山本──僕が今回の特集に際して初めに作成したテキスト(八七頁「建築の技法──解題」の原案)に付けたタイトルは「リアライズの技法」でした。例えば敷地にきれいな木があるのでそれがよく見えるようにプランニングをしました、というような、建物を設計する段階でのテーマ設定を解読していくのではなく、実際に建物を現実のものとして立ち上げていくうえでのコンテクストをクローズアップして見ていきたいという思いがあります。パーソナルな問題をパーソナルに解いた部分ではなく、それなりに一般性のある部分を読解する。建物をリアライズしていく際には、もちろん特殊なことで悩むこともあるかもしれないけれど、多くの建築家が同じようなことで悩むこともあると思う。それは建築家としての知の蓄積に関わる部分で、われわれの問題意識としてその部分を語るべきではないかと思ったんです。そこで「リアライズの技法」という言葉を使いました。
南──磯崎新さんはかつて「手法」と言っていましたし、歴史的に見れば、サルトルは「方法」という言葉を意識的に使っていましたね。ほかにも、もう少し慣習的なレヴェルでは「作法」という言葉を使いますし、「処方」や「解法」という言葉もあります。そうしたなかで、今回のように、建築に即して「技法」という言葉を取り出す場合、そこにはテクニックやテクトニックに通じる、広い意味での技術的な問題が入ってくるだろうと思います。
建築をリアライズする、という問題で言えば、建築家やそれに関わる人、建築を実現していこうとする人たちには、たいていの場合、ある種の理想形としてのファーストイメージがあります。しかし、現実に落とし込んでいく過程でそれらは変形させられていく。理念が実際の社会のなかに定着化、現実化される時には、いろんな予期せぬ問題が起こって、一見、どんどん不純化していく側面があるように見えますね。
建築家としては、建築をリアライズする時に起こってくる問題に対して、どのような処方を採ることができるのかを、ある状況に即してそのつど考えるわけです。素材や構法、設備や法律など、諸々の側面からそれらの問題と向き合い、そうした異なる次元の問題を統合していく。大きく言えば、その、それぞれの次元の「個別的な解法」と、それらを一挙に統合していく「総合的な解法」の両側を視野に入れることが、「建築の技法」ということに結びついていくのではないかと思います。
今村──構造や素材のことが非常に今日的な時宜にかなったトピックであることは確かです。ですが、技術、構造に関する情報が少ないかと言えば、そういったことではありません。むしろ世界的に見ても、日本ではそれらはかなり流通しています。しかし、建築家の持っているモチヴェーションと、社会が要請するものとのつながりはなかなか見えにくい。今回このように具体的な例を取り上げ、個別に検証することで、全体の状況も浮かび上がるのではないでしょうか。
山本──ここでの「技法」は技術でも知識でもディテールでもない、それとは違ったものとして提示しています。技術や知識を切り出して語ってしまうと、それ自体が語られる対象となり、目的化してしまう。技法は建築家の総合的なソリューションを示すもので、ディテールやコストのコントロールはその部分にすぎません。
今村──技術とコンセプトのどちらか一方だけではなく、両者がつながっているところが建築のダイナミズムであり、建築のスリリングなところです。それをこの特集に期待しています。
山本──ところで、なぜ今、われわれが技法を問題視しているのかと言えば、われわれ自身、肌身で感じている危機感があるわけですね。この三人のなかでは僕は最も実務寄りのキャリアを持っていますが、そのなかで建築家の価値が危うくなる局面を何度も目撃しました。家を作るならハウスメーカー、ビルを作るならゼネコンの設計施工がある。ですが、建築家に依頼する場合はなぜそこに設計料を上乗せしなくてはならないのか。われわれはそういった目でみられることもあります。そしてそういった状況下であるにもかかわらず、すごい人数の建築家がいるわけです。結局、われわれはなにを商品として売っているのでしょうか。昨今建築ブームがあり、こんな空間が欲しい、こんな家にしたい、「〜風」の家にしたいなど、一般の方でも建築に対するイメージは持っています。そういったイメージをわれわれが再提示するとき、実はその商品価値はそれほど高くないと思うんです。むしろ最終的に建築家に頼らざるをえないのは、建築というジャンルが今まで蓄積してきた技術的な側面ではないでしょうか。われわれはそれらを自身の商品価値として保っていかなくてはいけないのではないか。簡単に言えばプロフェッショナリティの必要性です。
今村──前川國男の時代であれば、彼は技術的なアプローチにおいて先導的な役割を果たしていたと言えるでしょう。しかし今日において技術の蓄積といった側面だけでみれば、個人の設計事務所は大手にはかないません。そうであってもフリーの建築家という立場には、まだまだ可能性があると思っています。
山本──そうですね。「技法」は技術力に加えて個別のシチュエーションに対して分析力を発揮する部分も含みます。一般的な部分と特殊性のある部分を結び付けていく能力とも言えます。技法には技術が含まれますが、それが必ずしも技術寄りのものであるとは捉えていません。
南──技法というのは、その技術のパラダイムを読みとったり、技術の置かれているモードをアレンジメントすることが包含されていると思います。技術が利用されるモードというのは、やはりありますよね。たとえば、今、素晴らしい技術のように見えたとしても、後から振り返ってみると、実は固有のパラダイムのなかでしか見ていなかった、ということは多々あります。だから、さまざまな技術があることを知ったうえで、時代のパラダイムを認識しながら、いろいろな次元をオーガナイズしていくこと自体を、技法と呼ぶのかもしれない。それは建築の技法であるよりも建築家の技法と言えるのかもしれません。建築家に存在理由があるとしたらその部分でしょう。
僕は、建築家の存在理由そのものを無理に問わなくてもいい、と思っています。建築家不要論は常にありますよね。でも、逆にそうした議論がなされること自体、建築家に社会的な存在理由があることを示しているんだろうと思うんです。本当に不要であれば、そうした議論すら出てこないでしょうから。
建築家がどのような存在理由を持つかというのは、自分が決めるというよりも、社会がおのずと決めていくことだろう、と思う部分もあります。だから自分としては、プロフェッショナリティを確立すると同時に、オーガナイザーとして全体をゼネラルにまとめていく、その両方を複眼的に横断できるという特質が、建築家の存在理由なのだろうと思います。
今村──具体的な技術の話をするなかで、建築家がプロフェッショナルとしてある技術を持つべきだということは自明であるとしても、では技術をどれくらいまで持つことが妥当なのか。もしくは建築家はどこまで技術を把握しえるのか。アルミサッシにしても、シーリングにしてもそれぞれの専門家がいるほど建築技術の蓄積がある今日において、あらゆる項目の細部をすべて把握することは不可能でしょう。そうであればこそ、建築家は、技術を網羅的に熟知していることよりも、多種の技術をコントロールできること、言い換えれば自らの立ち位置に自覚的であることが大切とも言えます。であれば、技術の隅々までを知ることは根本的に無理だとしたうえでなお、超高層ビルのような規模に直面した際に、建築家はどう処することができるのか、山本さんならどう考えますか。
山本──実際に超高層を設計したことがある経験から言えば、住宅を設計していても超高層を設計していても、建築表現としてのバランスの意識は常にあります。超高層ビルでは、トイレの内装材や入り口のドアのディテールでは建築としての評価は変動しない。それよりも、カーテンウォールのサッシの形などに重きが置かれます。住宅ではサッシの型から起こすことは難しいですが、超高層ではオリジナルなサッシを作ることができるわけです。ひとつのサッシの断面が何百、何千という平米数になって現われてくる。そういった物量の表現ですね。住宅の場合には現場で作るディテールを考え、超高層の場合にはそういった部分を考える。それぞれの状況下で効果的に表現を行なうことを意識しているという点では、技術に対する距離感がそれほど変化しているとは思いません。
今村──丸の内に《パシフィック・センチュリー・プレイス》がありますね。竹中工務店は、四、五人の設計スタッフであのプロジェクトに対応したと聞いたことがありますが、そのくらいの人数でもやり方によっては超高層ビルが把握できるわけです。実際この建物はすごくスマートに解かれていて、丹下健三さんの都庁などと比べると非常にシンプルかつ明快に構想されていて、爽やかです。超高層ビルにまとわり付く胡散臭さがない。確かに、超高層ビルは多くの部分が基準階の繰り返しで作られているから、実は思ったより設計する箇所は多くない。ここで超高層ビルを挙げたのはオーバースケールしているものとしてイメージしやすいからであって、コンサートホールなどの複合施設のほうがいい例かもしれませんが、ある程度以上の高度な技術の蓄積がないと成立しない建物は、ひとりの人間ではコントロールすることができない。九・一一の後、林昌二さんが、二〇世紀のテクノロジーを象徴するのが飛行機と超高層であって、あの事件ではその二つがぶつかったのだとコメントしていました。飛行機の技術の世界では、ひとりの技術者がジャンボジェット機一機すべてを理解することは不可能なようです。ひとりで把握するには複雑すぎるメカニズムなわけです。ある程度以上のものになると、われわれの手には負えない状況が出てくる。
山本──それを理解するかというよりも、そこにアクセスする意識が持てるかどうかが重要ですね。確かに、超高層の技術すべてを理解することはできませんが、例えば超高層の設計では普通の建築を設計する時には発生しない類の外圧が発生するわけです。サッシの形を少し変えるだけで、それが何千平米となって現われてくるわけだから、そこでのコストの振れは非常に大きくなります。超高層の形態は、風、電波など普通の建築ではあまり意識されないような要素で決まってくる。ほかにも交通や生産の問題にもアクセスしていかなくてはいけない。それを理解しているかは別として、それらに関わりながら設計していかなくてはいけない。それは建築家にとっては、住宅では得られないコンテクストに関われる局面ではあります。

今村創平氏

今村創平氏

アーバニズムと建築

今村──南さんは住宅と都市という両極端にスケールの違うものを扱っていますね。住宅の設計の際ではこまごましたこと、技術的な問題にいちいち直面します。カタログから選ぶ局面も多いとはいえ、実際には実にいろいろと技術的なことをクリアしつつ設計を進めるわけです。しかし都市においてはその状況に対処しようと意気込んだとしても、大都市はもはや技術ではコントロールしきれなくなっている。われわれは自身が住んでいることもあって、都市というと自然と東京をイメージしますが、この都市では建築家として無力感を感じることが多々あるわけです。南さんはこうした問題をどう考えていますか。
南──メガロポリス、メトロポリスの全体像を把握することはできなくて、建築家がそれにどうアクションしていくかといった時、都市のなかに個別の建築をフラグメンタルに作り込んでいくしかありません。異化作用を持つものをピンポイント的に埋め込んでいくことしかできない。それはそれで非常に意義のあることだと思っています。環境系の建築も含めて、最近のサステイナビリティの文脈で語られるものなどは、実験的にやってみて結局失敗してしまう例も多いですよね。環境負荷が少ない、エネルギーコストがかからないといって始めてみても、実際の挙動を後から見てみると、まったく上手くいっていない例もときどきある。自家撞着というか、独り相撲をとっているように見えることも多いんだけれど、一方でそうした「新しい試み」への姿勢を放棄することは、職能としてできないとも思っています。
ル・コルビュジエの「輝ける都市」に対する批判は非常に多く、それらの多くは真っ当な批判です。しかし、それに対してどうしたらいいかという提案はなかなか出てこない。クリストファー・アレグザンダーが「都市はツリーではない」と言って建築家が都市を設計することを先鋭的に批判したわけですが、実際に都市領域を設計する際に、そうした批判が上手く機能するかといったら、難しい。建築家にやらせてはダメだ、建築家が都市を作るよりも、自然発生的で融和的なコミュニティがあって、インティメイトで小スケールな都市のほうがいいと批判することは簡単です。アダム・スミスの「神の見えざる手」のように、予定調和的に時間をかけて作られた、スケールの小さな親和的な空間のほうがいいという議論は常にあるわけですが、それだけを認めてしまったり、その言説だけに依拠するならば、極端に言えば、建築家を自称してはいけないという思いが僕にはあります。
失敗するかもしれないけれど、都市の全体像を把握しうる、部分的であってもコントロールしえるという思いに信を置かないことには、都市を対象化できない。それは建築に対しても同じです。単純なテクノロジー礼賛はもちろん疑うべきですが、テクノロジー批判は、自分がなにかを改変、改革しうるということを完全放棄することと隣合わせです。そうしたことに無条件に追従してしまうと、事なかれ主義や現状追認の域を出れなくなってしまう。
今村──テクノロジーは状況を改善してくれるものだと、オプティミスティックに捉えるのは、未来派のマリネッティのような考え方です。都市に限らず、技術が人間の機能を延長したり環境を良くするとして積極的に肯定する態度ですね。一時期伊東豊雄さんも、携帯電話を持つと身体が拡張されると、テクノロジーに対して期待をする発言をしていました。一方そのカウンターとして、テクノロジーとか技術が自分たちの手元にある状態を理想とするウイリアム・モリス的な思想もあります。藤森照信さんのような手法ですね。流通とか大量生産によってモノづくりが疎外されているなか、藤森さんは全部自分たちで賄える技術でやろうとしているわけです。まるで縄文人のように、そこに生えている木を材料にして自分たちで組み上げるわけです。それはモリスが提出したヴィジョンに近いと言えるでしょう。このように、最近話題のサステイナブルも、テクノロジーを積極的に用いようとする立場と、最小限にしようという二つの立場の間で揺れるわけです。
山本──現代の技術からは切り離されたいという考え方ですよね。
今村──テクノロジーを最小限にしようという考えです。テクノロジーを圧倒的に信用するという方向と、テクノロジーを悪とみなしそれに対して距離をとる、両極端の方向があるわけです。
山本──それに対して接点を持っていくこと、建築家がテクノロジーや都市にアクセスすることを拒否してしまってはいけないと思う。都市には絶対にアーバニズムが存在しているわけです。ル・コルビジエの「輝ける都市」などは特に現代のアーバニズムに大きな影響を与えているでしょう。建築家がそれにアクセスしていかなければ、誰がアクセスしていくのか。もしアーバニズムが聖域化してしまったら、それは人間の意識や社会から乖離していってしまうだけなのではないか。少なくともわれわれは職業的な責務としてアーバニズムを検証し続けなければいけない。南さんが言われたような、ピンポイントに特異なものを投げ込んでいくアクセスの仕方もひとつの方法でしょう。
南──裸の自然を都市のなかに移植していく行為も、技法という意味では広義にはテクノロジーだと思います。言い換えると、メカニカルなものによってハードに重装備するのではない、単純化された試みも、ひとつの技法なのです。
MVRDVはライトアーバニズムということを言っていて、原自然を意図的に残しておき、二期作のように数十年経ったらそこの土壌回復力を使ってなにかをやる、といったことを提案しています。こうした思考も視野に入ってくるのですが、テクノロジーの行き着く先は、僕のなかでは建築の行き着く先と重なっています。つまり、親自然的になっていくのではないかと考えています。
仮に、今までのテクノロジーに負のイメージがあったとすれば、それらはともすれば反自然的な様相を帯びるからです。例えば公害や汚染をもたらします。例を挙げれば、フロンガスは当初、無公害だと言われていた。自然に対してまったく影響を与えない、ニュートラルなガスであるはずだったのに、後になってオゾン層を破壊することがわかった。そういったトライ&エラーが繰り返されるわけですが、テクノロジーが拡張されればされるほど、自然に近付いていくということが示されれば、テクノロジーの追求と親自然的であることが、互いに背反しない方向性や考え方を示せるのでないかと思います。
今村──一見自然に見えるオランダのランドスケープは、原理的にすべて人工的なものです。最近ではこの国から多くの注目される建築家が出てきているわけですが。ほかのジャンルを見れば、素粒子物理学ではビッグバンからはじまる宇宙の生成をトレースすることが可能になっており、生物学ではタンパク質から人間を合成できるようになりつつある。最近の技術はそのように、これまで自然と思われてきたものを、実験室で人為的に生成する段階に来ている。イメージとして親自然なのかということとは別に、今までテクノロジーは「自然と対立/対置する」、「自然を補完する」、「人間の認識を投影する」と表現されるように、あくまで外部にあったわけですが、これからはそのような線引きが不可能になったり、意味を失ったりするのではないか。ただしこれはひとつの状況としては指摘できますが、われわれにとっていいことかどうかはわかりません。
山本──原生の自然を都市に入れるという手法についても言われましたが、そういったものからアーバニズムが変わっていく部分があるのでしょうね。いいことかどうかの確認も含めて、結局は体験しないと変わらない。それはモノとの関係によって生じた感覚の共有でのみ変わるものです。普通の人は想像力だけではアーバニズムを変えていくことはできない。
南──象徴的な事例を挙げれば、ドミニク・ペローの《フランス国立図書館》の森はブルゴーニュの森から原生林を直接持ってきたわけです。あれほど典型的な事例ではなくとも、東京都は屋上緑化を推進してきていますし、それに対して補助金が出たりして、緑化の動きは拡がっている。アーバニズムの文脈で言うと、ペデストリアン・デッキだって数十年前にはほとんどなかったわけです。戦後、大正人さんなどが人工地盤などの計画案を提案して、歩車分離の延長でペデストリアンを整備しようとしてきたことが、結果アーバニズムの見えがかり自体を更新させてきたという側面があります。自然を移植することに関しても、もちろん個別に見ればいろいろな事例があるのでしょうが、それが拡がっていくことで、アーバニズムの見えがかりや、全体の様相が変化していくのだろうという予感はありますね。
山本──自然に対するわれわれの感性も変わるのでしょうね。われわれのなかにはどうしても「自然万歳!」の感覚がある。だからこそ、本当に都市の中に原生の自然があるべきかについてはまだ検証されていませんよね。
南──そうですね。クリーン・エネルギーもそうですが、自然と人工、伝統的なものとテクノロジー的なものが二分法的にきちっと分節されるというのではなく、自然こそがテクノロジーに寄与する、という感覚があります。ウィンド・ファームを開発している人の話を前にテレビで見たのですが、あれはエネルギーが生産されていることが、回っているから目に見えてわかる。それが視覚化されているから、回っているのを見るだけで嬉しくなる。そんなふうにして、自然をテクノロジーによって受容し、変換していくシステムをわかりやすい形で共有できればいいんでしょうね。
山本──それをどのように体験させるのかがわれわれの職能に関わる部分でしょう。われわれが技法を駆使するということは、その技法を見せるということです。技法の結果としての表現をなにかしら見せる。見せることによって、最終的にはその技法は技法としては消えていくのかもしれません。
南──最終的には消えていくことが理想なのかもしれない。むしろ、みんなが携帯電話を持っていることのように、技法が遍在していく、ということかもしれません。善悪の彼岸においてですが、技法がいろいろなところにあることで、逆にそれが意識のなかから消える。
山本──それがある意味で技法が最も熟成した状態なのでしょう。その時にはまた新しい技法が生まれるのでしょうね。われわれが今、技法と呼んでいるものは、最終的には消えゆくものなのかもしれない。
南──あるいはどこからでも取り出せる。

南泰裕氏

南泰裕氏

制度とテクノロジー

山本──今回の特集では、僕は地震と制度の話を取り上げました。地震と制度とを比較すると、制度は所詮人間が作ったコンテクストなんです。それは拡げるとアーバニズムであるわけですが、建築家が建物を建てていく際に、少し突き詰めてその制度の言葉の端を掴む努力をした途端、その制度自体の奇妙さが露骨に出てくる局面があるんです。それは制度がある種テクノロジー的で人工的なものだからです。一方で地震はどうしようもないものです。免震を、地震を回避する技法としましたが、本当は技法といった問題ではなく、どうしたって回避する方向で努力しなくてはいけません。だから、それらのコンテクストとしての質は大きく違っています。テクノロジーを突き詰めていくと、テクノロジー自体が否定されるのかもしれないし否定された状態が次のテクノロジーになるのかもしれない。その意味で、今はテクノロジーではなく技法という概念を語らなくてはいけないと思う。
南 ──二〇世紀の建築史を大雑把にトレースしてみると、いろいろな次元で建築がソフィスティケイトされてきたわけですよね。例えば、「被覆─露出」という問題系がありますね。配管を隠してきれいに装わせる系譜と、一方でそれをあえて露出し、場合によってはそれをデザインに組み込む系譜。広く幅をとれば構造表現主義も後者に含まれます。ポンピドゥ・センターも、ハイテクスタイルのように表象として諸々のものを見せていく。その被覆か露出かという問題系が徐々にどちらでもないようになってきている気がします。だから表層がひとつの問題系として立ち上がってきているのでしょう。
もうひとつが「自立─関係」という問題系です。自立したフォトジェニックな作品として建築があるのか、都市に埋没してしまって、場所や制度を読解した都市建築として存在しているのか。今ではそういった区別自体がなくなってきている感じがあります。技法を考える時、九鬼周造の『いきの構造』ではないですが、すごく洗練されてきているという感じがあります。
今村──技術はどんどん発展し、ますます洗練されているわけですが、法規や技術を時として不都合や不具合と感じるように、われわれがそれを上手く使いこなせていないといった側面があります。そうしたことは段々と収斂され、最後には一切齟齬がなくなるのか、それとも技術が自ら暴走するのか。後者のわかりやすい例が戦争です。二〇世紀は、テクノロジーの世紀とも、戦争の世紀とも呼ばれました。原子爆弾のように、われわれに役に立つものとしてではなくて、技術そのものが達成すべきものとして目的化していく。都市が少しずつ良くなって、われわれに相応しい環境になっていくのではなく、技術自身が目的化してますますいびつな環境を作ってしまうのではないかという恐れを、一方ではどうしても拭い去れません。また使い古された例ですが、映画『二〇〇一年宇宙の旅』の冒頭で、原始人は動物の骨を用いて人を殴り殺したことによって人間になった。これは少しキリスト教の原罪的なモチーフに則しているのかもしれませんが、そこでは道具を使う、つまり人間にとっての技術の不可避性と悲しみが描写されていました。本当に技術を信用していいのかという点がどうしても引っ掛っていますね。
山本──技術がどういった方向に変わっていくかよりも、僕はむしろ変わっていかないかもしれないということに危機感を持ちます。純粋な科学技術のレヴェルならば、進歩はし続けるのかもしれませんが。引いたところから見て、アーバニズムに関するなら制度自体もいろいろと変わっているわけです。昔は斜線制度だけだったものに、総合設計制度ができて、最近では天空率が取り上げられている。いろいろとこねくり返して考えているけれど、結局根底にある考え方は、空がたくさん見えれば気持ちいいという考え方で、それ自体は近代以降まったく変わっていない。一度システムができてしまうと、そのシステムの発想を思考基盤として、改良とかいろいろなことが行なわれる、それは暴走ではなく膠着した状態なのではないでしょうか。
南──空が見えるのは単純に気持ちいいんだから、いいんじゃない?
山本──住宅地ではそう言えるのかもしれません。しかし商業地、例えばマンハッタンで両方向に超高層が林立していたとしても、あのエリアに関してはそれは問題視されない。確かにそこでも空が見えないと嫌だという人もいるかもしれません。しかし、そうした考えが絶対だとするのはおかしい。都市が批評されたり検証されたりするシステムの欠如には危機感を持ってしまいます。
今村──都市や社会制度が、テクノロジーとして自動機械のように拡大再生産される。そのシステム自身が崩せないのではないでしょうか。
山本──そう、テクノロジーは進歩はするけれど、その方向性のコントロールは実はあまり変わっていません。コンピュータの世界の「ムーアの法則」のように、シリコンチップをどんどん小さくしていかなければいけない、集積させていかなければいけないという発想などがそのいい例です。
南──現在インターネットで重要な話題のひとつに、検索の問題がありますよね。今や検索は、誰でも自動的に瞬時にできるわけですが、その検索ソフトをいろいろな人が開発をしていて、それをどれだけエレガントにするかにすごいエネルギーが注がれています。なにかを検索して何万もの検索結果が出てきた時、なにが重要でなにが重要でないのかがわからない。自分が最も知りたいと思う情報が縮約して出てくる、そのプライオリティに対応する形で情報が出てくることが重要です。情報の交通整理というか、関係のマッピングをきれいに分けることが重要になるでしょう。
建築においても、制度の問題というのは、いわば関係の調停の産物です。いろいろな立場の人間が言ったり主張したりすることを整理して、システム化しようとしているわけですよね。実際には世の中はダイナミックに動いているし、わからないことや偶発的な問題が次々と出てくるから、制度はそれになかなか追いつかない。超高層などで実験的なことをやるときには、それだけでわからない問題がたくさん出てくる。わかりやすく言えば、都市計画法、建築基準法、条例といった、ものすごく複雑で現実とは微妙にずれた制度の産物、情報の塊のようなものをエレガントにかつ速く交通整理をし、その地図を描くことができればもう少しスムーズにいくだろうということです。言ってみれば、インターネットにおける検索エンジンの建築版を作りあげることですね。それは大変でしょうが、不可能ではないと思います。

山本想太郎氏

山本想太郎氏

コミュニケーションあるいは建築家というトリックスター

山本──南さんの言われる交通整理というのは、自分の外にあるものでしょうか。誰かが交通整理してくれた結果を享受するという考え方なのでしょうか。
南──理念的にはそれがフィードバックされるのが最も良いのでしょう。
山本──そうですね。もし誰かが考えた順序でのみ検索結果が表示されるとしたら、それは自分にとって本当に欲しかった情報環境ではありません。
南 ──例えば具体的な設計作業を行なう場合、わからないことを役所に聞きにいくと、すごく待たされたりする。あるいは、その答えをもらうのに、ものすごいタイムラグがあったりします。そこにスムーズかつダイナミックに対応できるコミュニケーションの形態が確立されれば、状況は変わるのでしょう。
話がややそれるけど、実は僕は、もともと議論するのが嫌いだったんです。ミシェル・フーコーは議論が嫌いだといって、実際に図書館にこもって延々とひとりで考えていましたね。ひたすら文献を検索して本を読んでいたらしい。しかし、最近はコミュニケーションこそが大事だなと思うようになっている部分もあります。なぜ議論が嫌いだったかというと、それによってどんどん思考が不純になっていく、コミュニケーションは結局ディスコミュニケーションしか生まない、という意識が強かったからです。
けれども、ディスコミュニケーションも含めて、コミュニケーションのダイナミクスを上手く回収できるシステムを構築できれば、コミュニケーションをしないよりもすることのほうが、はるかに意義があると思うようになりました。それは建築にも射影できます。つまりスペシャリティを持つと同時に、ジェネレイターでもあるというのは、個別の特殊な知識や技能を伝達し、調整するコミュニケイターでもある、ということです。まったく異なる領域の人間とのコミュニケーションのシステムを、どのように確立できるか、その可能性をどう組み上げられるかが重要でしょう。
山本──この特集に際して、論考のためにいくつかテーマを設定して、「素材─構造」、「生産─技術」、「制度─都市」、「自然─環境」となりました。分類することが趣旨ではなく、むしろ分類しないほうが「技法」らしいのですが、わかりやすくするために挙げました。そこで実は僕はもうひとつ、「コミュニケーション」というテーマも考えていたんです。住民参加などを取り上げようとしていたのですが、最終的には削除しました。というのも、ある意味でコミュニケーションは究極の技法であると思ったからです。結局、技法を突き詰めていくと、それはコミュニケーションでしょう。素材や生産を切り離すことにも違和感がありますが、特にコミュニケーションは何からも切り離すことができないでしょう。
今村──コミュニケーションとは、いわば個別対応です。現在は昔のように技術に対して客観的な構築が可能な時代ではなくなっています。標準詳細図集というものは、建築技術のあるレヴェルを保障する役割を果たすことを期待されているわけですが、それではまったく実際の設計では足りなく、また場合によっては足枷にすらなっているというのが現状ではないでしょうか。今日風の表現をしたければ、標準詳細的な納まりを避けるというのもひとつの方法かもしれません。もちろん基本的な納まりすら知らずにやってしまったというのであれば、単に笑えない話でしょうが。今回選ばれた作品のヴァラエティを見ても、実にいろいろな解があることがわかる。これを全部マスターしたからすごい建築家になれるかと言えば、それはまったく期待できません。むしろ、各回ごとに与えられた要件、自分なりのモチヴェーションからどのように処すかが重要になりつつある時期なのでしょう。そして、その時にはコミュニケーションが重要になってきます。今までの建築家像は、自分のやり方を非常に丁寧に継続し、技能が熟していくというものでした。そういった、例えばアルヴァロ・シザのようにではなく、ヘルツォーク&ド・ムーロンやスティーヴン・ホールにおいては、各回ごとに表現の方法はまったく違うけれども、それでも彼ら独自の作法は守られている。建築家のスタンスの取り方が変わってきているのかもしれません。
南── 建築家は施工者とクライアントをつなぐ媒介という意味では、どちらとも違った立場に立つわけです。その時たまたま仕事をするコンストラクターともキャラクターが全然違う。山口昌男の言葉で言えば、ある世界と別の世界とを横断するトリックスターとして存在している。ですから、ある個別の状況、コンテクストを読み取り、組み上げる能力が要求される。もちろん、ビルディング・タイプだって違います。だからそうした能力を持つことが、建築家の存在理由なのかもしれません。
「コミュニケーション」というのは重要だとは思うのですが、一方でこの言葉は、何も語っていないのにこの言葉を出すだけで許されてしまう、免罪符のような側面もあります。「住民参加」や「コミュニケーション」という言葉は殺し文句のようなもので、正しいことを言っているようで、実はなにも言っていない場合もある。だから本当は「コミュニケーション」という言葉ではなく、もう少し違った言葉で言う必要があるのかもしれない。
例えば都市の文脈で言えば、都市のコンシェルジェ、つまり案内人はすごく重要です。アムステルダムやストラスブールに行った時に印象的だったんですが、駅や案内所に行くと、都市のどこそこに何があり、ここに行けばお得なパスが買える、ここには面白いものがあるといったことを、丁寧に教えてくれる人たちが結構いたんですね。こうした案内のできる、ある種の都市的なトランスレーターというか、細かい配慮のできる水先案内人のような人は、その都市の外部者にとってはかなり重要です。そうした行為や人や概念が、もう少し出てきてもいいんじゃないかと思いますね。

モードとしてのテクノロジー

今村──先ほどの検索の話に似ていますね。どのように水先案内を手際よく行なうかが求められている。
山本──コンシェルジェは人間だから、常に受け手とインタラクティヴな関係を保ったうえでの情報提供ができます。インターネットで検索をした時、一万件の検索結果が出てくることもけっして意味のないものではありませんね。同列に並べられた一万件の結果を拾い読み的に見ていく行為は、十分インタラクティヴな関係だと思うんです。その意味ではGoogleは情報のコンシェルジェなんでしょう。インタラクティヴな関係をなくしたうえで、誰かの意志で交通整理をやられてしまうと、先ほどのアーバニズムの問題と同じになり、それはある種の枠組みからわれわれが脱することのできない状態を生み出すのではないでしょうか。
今村──われわれが設計をする際にも、カタログから情報をどのようにチョイスするのかは非常に悩みの種であって、そこでの作業に多大な時間を費します。しかも、技術に関してはその変化のスピードに追いつくことが大変です。例えば二年間、ある分野の設計から離れてしまうと、そこで使われる素材、構法、法規に疎くなり全然通用しなくなってしまうということは現実的に多々起きます。携帯電話をイメージすればわかりやすいと思いますが、ある機種の機能を使いこなすことなく、次の新しい機種が出る。自分が思ったとおりに働く、自分が理解できるものがテクノロジーであるという認識があるとすると、今のコンピュータなどはコントロールの利かない状態で、すごい勢いでモデルチェンジを繰り返しています。同様に建築の現場でも、コントロール不能なテクノロジーの展開に振り回されているという実感があります。
山本──技術が進歩していくとき、考えられるべきはインターフェイスだと思うんです。どうやって進歩していく技術にアクセスできるか。携帯電話の機能がまったく変わってしまったとしても、なんとなくそれでなにができて、それに対して自分がどのようなアクションをすればよいかわかるようになってさえいれば、その進歩に人間はついていける。逆にそれに人間がついていけないような進歩には意味があるのかわかりません。その進歩が正しいとは言えないと思うんです。
今村──ゼネコンの手がけた建物を見ると、携帯電話を作るようにビルを作っている気がしてしまうんです。つまり、そのテクノロジーの必要性の検証なしに、売れるから、モードだからという理由でビルをデザインし、自動生産的にテクノロジーが流れていく。もう少し前の建築技術はまだ把握できる範囲で済んでいたけれど、今のようにスピードが加速されると、状況認識ができなくなる。携帯電話であればわれわれは受け手だから、どう生活のなかで使おうが日々問題なく過ぎていく。しかし作る側の立場にある建築においては、こういった携帯電話のように建物を作っていていいのかと疑問に思うわけです。
山本──僕の表参道の文章にも登場するのですが、「SIMCITY」をプログラミングしたゲームデザイナーにウィル・ライトという人がいます。彼もインターフェイスのことを考えています。講演会ではNASAとロシアの宇宙船のコックピットの写真を各々出して、ロシアのコックピットが如何に優れているかを語るんです。NASAのコックピットは先端技術の集積がそのまま形になったようなもので、一方ロシアのコックピットには未だに、丸い球体を使ってその宇宙船がどの位置にいるかがわかるような仕組みの宇宙儀があります。テクノロジーが進化しても、インターフェイスは意外と古めかしいまま残しているんです。「SIMCITY」のようなゲームのインターフェイスを作るバランス感覚、あくまでユーザーとの関係のなかで技術を投入していく感覚が現われているんでしょう。
南──それは、先ほどの制度、関係のダイナミズムに追随するということと対になっている気がします。僕は前に『住居はいかに可能か』(東京大学出版会、二〇〇二)という自著のなかで、〈静態内微動性〉という考え方を出しました。これは、動かないことのなかで微小に動くことを示す概念です。要するに、単に速さに追従し続けるのは違うのではないか、ということです。
建築は遅延の産物で、考えられ始めてから完成するまでが非常に長い。しかしだからこそ、逆に建築は、その遅延で勝負しないといけない。速さに追従することは建築的ではないと思うんです。社会が速く変化していくことは、言い換えれば社会が現象化していくということです。エフェメラルやテンポラリーということが八〇年代以降に何度か語られましたが、動かないこと、徹底的に遅延することで勝負しないと、建築は駄目なのではないか、という思いがあります。
山本──建築のライフサイクルは通常は長いですよね。ユーザーなり、住む人なりにはその長い時間のなかで建物に感応していただかなくてはいけない。現在の問題は、建築が意外とそのように捉えられていないということです。時間をかけてモノを見るという感受性が社会的に衰えてきてしまっているのではないでしょうか。それはヴァーチュアリティの問題として言われていることなのかもしれません。つまり、情報量の多いなかで、表層的な刺激の強い部分にしか反応できない状態になりつつあるのかも。
今村 ──テクノロジーは、宿命的に新しいというイメージと結びついています。映画ひとつとってみても、『マトリックス』や『イノセンス』といった最新のテクノロジーを使った映画を見ると、ストーリーや脚本はさておき、その表現には目を見張るものがある。こんなことが可能になったかと驚き、それから快感とも言える刺激を受ける。建築においても似たような状況があるでしょう。今されている議論はそれらの間にあります。今回はキャッチーなプロジェクトを多くリストアップしましたが、そうした技術を可能にしたものの基底にあるものはなにかを論じています。また新しく可能になった技術ばかりを取り挙げたけれど、反省的に見れば、そうではない、変わらない技術については今回は押さえていません。
山本──変わらない部分の知の蓄積は、われわれはすでに共通感覚として持っている。そう信じたい。それを前提として、まだそこまでにはなっていない部分をもっと共有したいという主旨なら、これでいいのかもしれません。
今村──新しい技能ばかりが話題になって、それを取り込むことに躍起になっている。少し前なら緩やかに継続していた技能が、今は断絶する傾向にあるかもしれません。
山本──部分肥大化というイメージはありますね。技法という言葉から僕が受けるのは、全中全、すべての中にすべてがあるという感覚です。そういったものではなく、純粋美術と応用美術で言えば、部分を取り上げても表現が成立つような純粋美術的な感覚が目立つ感じはしますね。

ヴィジブル/インヴィジブル、あるいはコントロール不能なもの

南 ──二〇世紀の建築には抽象化のプロセスがありましたが、そこには夾雑物が出てきて欲しくない、という思考のベクトルが働きます。配管や雨樋、室外機が出てくるのが嫌だから、それを隠したり偽装したり、それをどのように処理するのかという話が必ず出てくるわけですが、その方向が徐々に変わってきたという印象があります。免震にしてもそうだし、最近ではアーバン・ファームという話もありますが、エネルギーの文脈で見たら自律分散型の方向に向かっていて、建築が自律性をどのように持ちえるか、といった技法が検証され始めていると思うんです。つまり、建築が場所やエネルギー環境から、どのように自律できるかを追求する方向性が出てきた。
例えば免震は、大地から建築をどのように切り離すかということですよね。大地の挙動に対してどのように自律するか。ピロティというのは、場所のコンテクストから切り離された状態でいかに自由な平面を作るか、という側面があった。ピロティによる《国立西洋美術館》に、免震レトロフィットが採用されたことは非常に象徴的です。ピロティが二〇世紀的な建築の自律性を追求するものであったとしたら、免震は二一世紀的な、見えない都市の文脈において建築をコントロールしようとする技法の変遷として読み解くこともできるでしょう。
山本──免震の理想形は建物が空を飛んでいることです。ピロティも地面から切り離された形態の自由を示すものだったのですが、それが地震という条件下では、結局最も自由でなかったんですね。《国立西洋美術館》は免震レトロフィットの国内第一号なわけですが、あのタイミング(阪神大震災直後)にあれだけ条件の揃ったチャンスを建築業界が得た意味は大きかったでしょう。
南──デザインの文脈で見ると、これまでは配管、設備的なもの、ヴィジブルなものを被覆することに腐心してきたわけです。ところが今では地震という見えないもの、インヴィジブルな力の流れを被覆しようとしている。普段は見えない地震の挙動、力学的な力の流れといったものをいかに被覆するか、というところに技法がシフトしたわけですね。建築の技法論の文脈で見れば、「被覆/露出」から「ヴィジブル/インヴィジブル」へと、次元が上がったという感じがあります。
山本──われわれはなぜ設備を被覆したいんでしょうか。「サーヴド・スペース」と「サーヴァント・スペース」という分類をしたカーンの頃から、設備は切り離して隠すべきという感覚があって、われわれはその延長上にいる、むしろより隠したくなっている。隈研吾さんのルーバーの話も今回書きましたが、ルーバーはいろんなものを隠すのにひどく都合がよくて皆使っている。なぜわれわれは隠したいのでしょうか。
南──いろいろな建築家の方とお話していると、室外機をどのように隠すかといった話は必ず出てきますよね。われわれも、そうした気持ちは十分にわかる。
今村──室外機という設備機器が、われわれが満足に使える段階にまで到達していないからではないでしょうか。進化途上の技術なんでしょう。
山本──われわれがコントロールしている技術ではないということですよね。
南 ──隠せないから見えないところに置く。超越的な視点で図面を見るとあるんだけれど、見えない舞台裏を設計するように作り込んでしまう。ルイス・カーンの場合、それらを「サーヴド・スペース」と「サーヴァント・スペース」に分けるわけです。今では呼吸する壁、光天井といった言い方がかなり一般化してきましたが、空間と設備、意匠と設備とを分けるのではなく、九〇年代以降の建築の技法としては、そうした分節自体がシームレスになっていく方向性があるような気がします。あるいは環境化していくと言ってもいいかもしれない。それが、今後はより追求されるんじゃないでしょうか。
山本──隠すというのはやや短絡的な技法であるように思います。設備を隠したいのは自分がデザインのコントロールをできないからでしょう。同じように窓サッシなどの既製品はすべて隠したい。だけど、誰かがデザインして既製品を作っているわけだから、本来はそれらだってすべてコントロールできるはずなんです。しかし実際には、住宅などでは特に、コストバランスからいっても既製品に対しては従順でいるしかないことが多い。
今村──多くの建築家が住宅を手がけているのは、仕事の選択の余地がないからというやるせない側面もありますが、一方で住宅ならば自分でコントロール可能だからという意見もあります。大きな建物ではどうしても不純になってしまうけれど、住宅ならすべて自分でできる。そうした、隅々までやりたいという病にも似た衝動がどこから来ているのかが気になります。
南 ──そうですね。隠したいという欲望と隅々までやりたいという欲望です。僕はそれに関連して、住居論のなかで「すべての部位を了解しうる可能性」を指して、〈全部了解性〉という概念を出したことがあります。細やかに作り込んでいきたい、という想いは、一方で必ずありますよね。
今村──それは近代的な自我によるものという見方もあるでしょうが、それはまた日本人特有の性癖だとも思っています。京都のお寺を訪ねると、部屋の隅々の実に細かいところまでかっちり作られている。庭においても、木や石の配置から苔の生え具合まで、すべてがコントロールされている。そういったことは外国人にはちょっとない感覚でしょう。比較しやすく説明するためにヴェルサイユ宮殿の庭園を挙げましょう。そこでは隅々まで意識が貫徹しているといっても、細部にこだわっているわけではない。細部を全部作りあげる必要があるという類のものではなく、意識が貫徹されているかが問題なのです。都市を見る場合も、外国人も日本人も「東京は無秩序でカオスである」と表現しますね。カオスとは秩序がないことではあるけれど、僕は、双方は違う感じ方をしているのではないかと思っています。外国人は明確なルールがないことに対して出鱈目だと思い、対して日本人は隅々までやっていないことに座りの悪さを感じる。建築家が丁寧に最後までやり切っていない建物がたくさんできてしまっている状況に対して、上手くいっていない、恥ずかしいという感情がある。
南──日本の製品は本当に精度が高いですよね。例えば東南アジアの国に旅行に行くと、向こうではビール瓶も一つひとつの大きさがけっこう違ったりします。ただ、それは使ううえでは何の問題もない。隅々まで作ることと高い精度で作ることとは関連していると思うんですが、日本では過剰に精確になっている部分もあると思うんですよね。そうする必要のないところまでそうしてしまっている。場合によってはそれが、ディテール至上主義や旦那芸の称揚に偏ってしまう場合もあるのでしょう。
今村──今年の建築学会賞の発表に伴って、技術的に未熟なのは、建築家の職能から見ておかしいのではないかという異例のコメントが出されましたが、外国ではこのような議論はニュアンスが違うのだろうなと思いました。国によってばらつきはありますが、向こうでは現場監理はもちろん、実施設計も場合によってはやらないことが多々あるので、建築家にそれらに対する責任はありません。建築家は技術をコントロールできる、コストに収まり問題も起きないようなデザインを提案することが大切です。その技術的な裏づけを建築家がやることはそもそもないわけです。日本における建築家のポジションは違うし、日本の建築家には全部自分が知っているべきだと感じる強迫観念がある。こうしたオブセッションの存在は、良い悪いではなくスタンスとして違うのではないかと思います。例えば、ノーマン・フォスターは、現代に甦ったクリストファー・レンのごとく、ロンドンで大量のプロジェクトを抱えていますが、と同時に完成した建物の不具合により多くの裁判を起こされています。しかし、かといってそれでも彼への注文は増える一方なのです。
南──逆に全部自分でできたと思うのは幻想であり、虚構ですよね。例えば住宅であっても、全部自分がやっていると思っていても、やはりやれてはいない。
極端な対比になりますが、宮脇檀さんはOMAレム・コールハースのやっていることを見てどう思っていたのかな。宮脇さんは、亡くなるまで矩計図を手放さなかった。全部自分がやっているという思いがあったでしょうし、実際にやっていたのでしょう。その姿勢に頭が下がる一方、コールハースはディテールレスを宣言し、ディテールをどうでもいいと言ってしまう。そこはだいぶ違うのかもしれません。
今村──コールハースの場合、手放しても彼の質が保てると確信している部分がありますよね。
山本──そのような、知識や技術力に裏づけられた確信がないと意味がない。それがないのにただ手放しても、結果として本当の自由な建築表現は得られないでしょう。

ディテールの技法

今村──南さんは先日オランダに行った際に見た多くの現代建築が、ものとして見るに堪えなかったと言っていました。特に日本から行くとそうですよね。日本から外国に行って新しい建築を見たとき、日本ではまだ誰もやっていない素材の使い方や構法などがあったとしても、それが日本でできないと思うことはまずありません。それはこれまで試されなかっただけで、できないわけではない。逆に外国の人が日本の建築を見ると、自分の国では同じことはできないと感じる。オランダの建築家が日本の建物を見た時、これは自分の国ではできないと言ったりするのを耳にします。そこが外国の建築との違いですね。foaが《横浜大さん橋国際客船ターミナル》のコンペを日本で取り、あのような建物を実現できたのは非常にラッキーだったと思います。以前、外国の学生を相手に、《横浜大さん橋国際客船ターミナル》の構造を担当された横山太郎さんにレクチャーをしていただきましたが、彼らはただ呆れていました。
南──だから槇文彦さんの建築の繊細さなどは、外国で見るとものすごいですよね。
山本──海外にもあの精度で建っていますから、外国の方から見ればすごいでしょうね。
今村──槇さんの建築で、最近面白い経験をしました。一〇年くらい前に《テピア》ができた時は、結構否定的なコメントが出されました。つまりこれはディテール・フェチにすぎないという意見です。空間の豊かさになんら貢献することなく、ディテールばかりが過剰になっている。ここまでディテールにエネルギーをかけていることには意味がない。八束はじめさんは『新建築』で「旦那芸」と書きましたし、ほかの建築家もそういったテクノロジーの使い方はおかしいと発言するのをいくつか耳にしました。僕も当時はこの凝ったディテール群を見て、圧倒されるとともになぜここまでエネルギーをかけなくてはいけないかよくわかりませんでした。バブルの時代にあっては、槇さんでさえこういったところにお金をかけてしまうんだとも言われました。ところが最近また訪れて観察してみると、ディテールが過剰とは感じなくなっているんです。時代が追いついてしまって、《テピア》ぐらいのディテールの密度に感覚が慣れてしまっている自分に気付いたのです。
山本──今《テピア》を見て、それほど新鮮でなかったという感覚について言えば、《テピア》で新たに作られたようなディテールが、その後製品化されて、よく見るようになってしまったこともあるのでは。
今村──新鮮でないということではありません。代官山のヒルサイドテラスの一連の建物群を見るとよくわかるのですが、一期と最近のものとを比べると、ディテールの扱われ方がまったく違うんです。それはその各々の時代におけるディテール観を非常によく表わしていて、後からトレース可能な面白い事例です。《テピア》も当時は過剰に見えたけれど、二〇〇四年の今見ると、丁度いいくらいに感じる。そういうふうにわれわれの感覚も時間とともに変化するのです。
山本──すると僕の言った変化は今村さんの言う感覚の変化とは少し違うのかもしれないけど、《テピア》に限らず、ディテールで先鋭的なことをやった建物で作られた手法は、結構われわれの手の内に還元されてきたりしています。フォスターの作った旺文社のビルを初めて見に行った時、非常用の誘導灯が小さくてコンパクトで格好いい形だったことに驚きました。しばらくすると、今みんなが使っているような高輝度誘導灯がでてきてわれわれのツールになった。建築家が頑張って制度の辺境でできなそうなことを試みていくことによって、建築業界全体での蓄積として還元されていく部分は必ずあります。
南──今の話は、同じことを別の側面から見ているんじゃないかと思います。つまり、時代のパラダイムが変化してきたということと、製品化されて一般化されることは、同じ現象の別次元のことではないかということです。
知の蓄積や知の共有や新しい試みを、いかに共有していくかということですね。それこそが技法の輪郭なのでしょう。
山本──その時にはその技法が特殊なものに見えたとしても、それは共有されることによって、最終的には特殊であることも含めてわれわれの選択肢を広げていってくれると思うんですよ。技法の追求は思考の自由の追求と言い換えられるのかもしれません。
南 ──先ほどの「旦那芸」との差異でお話すると、山形浩生さんが訳したエリック・レイモンドの『伽藍とバザール』という本で、バザール方式ということを言ってます。つまり、Windowsの特権的なシステム管理に較べて、LinuxというOSは広くフリーで共有され、多くの人に広がることでそのシステム自体が自己改良的に良くなっていく。現実問題として、建築にもそういった側面が出てきている部分があると思います。かつての建築家は一代芸や伝統芸のようにして、ある種、秘技的に語られるものだったわけですよね。あの人から直接教わらなければわからない、といったことがあった。しかしそれは変わってきていて、いいものや使える知識はすぐに共有されるようになってきている。それこそコミュニケーション自体が技法に含まれるとしたとき、新しい試みがどのように共有され、対話を通じて応用されるかが、今後の知の蓄積に関わるのでしょう。

建築の楽しさ

今村──このところ、外国の大学院生たちとかなりの数の建物を訪ねる機会があったのですが、そのなかでも構造家の梅沢良三さんによる《IRONY SPACE》はものすごく受けが良かったのです。もちろんそれは、この特集の趣旨にあるように、技術的なことと欲しい空間が一致している明快さも理由のひとつです。しかしそれに加えて、学生たちはあの建物から作る楽しみをひしひしとリアルに感じていたのです。ほかの建物では観賞するようにしていたけれど、《IRONY SPACE》では、建物の空間の良し悪しだけではなくて、梅沢先生がどのようにご自身が入る空間を実現したかをダイレクトに感じることができる。ほかにも藤森照信さんにしても、非常に楽しそうに設計活動をしていることに対して、建築家はみなやられたと思ったわけです。最近は、コールハースやヘルツォークが模型などの設計のプロセスを大量に見せていますが、それはモノを作るという作業に対してポジティヴな価値を置いている表われでしょう。コールハースが最近行なった「コンテンツ」という展覧会も、まさに彼が彼の事務所で建築を生成している様を、ライヴ感いっぱいに見せようという試みでした。今日は技術に対して否定的なことも言いましたが、結果云々だけではなく、作ること、アイディアが形になっていくこと自体が単純に楽しい。彼らがプロセスをデモンストレーションするのは、そうしたことが改めて注目されていることの表われじゃないかという気がしています。これまでもテクノロジーそのものや建築に対して否定的な見解が披露され、二〇世紀には建築の解体だとか建築の終わりだとかさんざん語られました。しかし、南さんがプロスペクターのウェブサイトで書かれたように、そうした状況にもかかわらず建築に魅かれる人間が連綿と生まれるのは、シンプルなレヴェルにおいて作ることは非常に楽しく、それが集約されている分野が建築だということもきっと寄与しているでしょう。反動的にも聞こえるでしょうが、僕は建築とは人間の本能的な営為のひとつであって、だからなかなか建築はなくならないのだと思っています。
南──それは確かにそのとおりです。テクノロジーが遍在化して消失することによってその楽しさが増幅される。ホームページにはそういったところがあるかもしれない。あるテクノロジーが楽しさの共有を保証する。自らが参加して作る充実感を保証している。ある旦那芸的で特権的な建築家がいて、その人の所にいって学ばなくてはいけないから辛い修業に延々と耐え続けることができるというのではなく、すでに技法はある状態になってきたんでしょうね。CADやIllustratorなどはすでに誰でも使えるようになりつつある。その技法をマスターするまでの大変さがすでになくなってきている。
そうしたことを鑑みると、建築も、最初から楽しいことに参加しえる側面が出てきたのかもしれない。というか、そうした初期的な楽しさの共有が、建築の醍醐味でもあるのだから。
もちろんそこにある種のクオリティが保証されなくてはいけないからこそ、今まではそうしたことが難しかったし、それは今でも、形を変えているけど、そうなのかもしれません。参加し、表現することはある意味、誰でもできるようになってきた。けれど、それを他者が見るに耐えるものにするには、依然、時間をかけて獲得すべき技法を必要とするところがありますからね。
僕は時々、この『10+1』という雑誌について考えてみるんです。この雑誌の時代的な意味はなにか、ということを。まあそんなに大それた形で考えているわけでもないんだけど、そこには参加型という側面があるんですね。もちろん雑誌としてのクオリティは確保しなくてはいけないし、全体をオーガナイズする優れた編集者がいなくてはいけません。それに、本だって資本主義のなかの一形態だから、仮にすごいことを考えていたとしても、独りよがりで読まれなくては仕方がない。だけど、クオリティもいい、参加した人間も参加した充実感が得られる、かつ本が多くの人に読まれるとしたら素晴らしい。それはひとつの理想型ではあります。
そうした状態がたまたま上手く組み上げられたときには、もしかしたら、「自分の名前を出したい」というドミナントでうんざりするような欲望や、そうした欲望によって突き動かされている諸々の表現の状況は、きっと、それぞれのなかで溶けていくんじゃないかなあ、とも思うんです。
先日、J-WAVEを聴いていたら、平井堅がそれとつながるようなことを言っていて、いいなと思いました。アーティストとしていいものを作ろうとするけれど、ポピュラリティは水ものだから、売れたり売れなかったりする。それが売れると、それに関わったディレクターも、販売、営業の人間も、聴く人だって聴きたいと思って買うわけだから、みんながハッピーになる。最終的な理想型としては、技法が遍在するとともに消失して、参加型というかたちで、そこに参加するすべての人たちが作る楽しみを十全に共有できることがいいと思うんです。
そうしたことが、建築においてはもしかしたら可能なのかもしれない。
山本──一方で、技法が消えることで建築の楽しみが消える側面もあると思います。逆に、難しい部分にアクセスすることが楽しい、それが作る楽しみだということだってあると思う。それを意識しなくなるのではなく、難しさも含めて、それを共有していくこと、その知識や蓄積をみんなが持てる、そういった状況が理想のような気がします。
今村──ホームページの話題のように、今までは特権階級や特別なトレーニングをしないと建築の楽しみに参加できなかったのが、建設のテクノロジーではなく、環境のテクノロジーが上がることによって、みんながダイレクトにアクセスすることができるようになる。今日はインターフェイスの話もありましたが、コンピュータも以前はノウハウを持つ人間しか使えなかったブラックボックスだったものが、今ではそうではなくなった。進歩したのは誰にでも使えるようになったという点です。同じように、技術者でなくても建築に参加しやすくするといった整備ができるといいですね。
山本 ──われわれは整備する側なんでしょう。しかし、それはけっして捨て石ではなくむしろわれわれのほうが楽しいと思います。われわれはCADのソフトのプログラムをいじって、使いやすくしていかなくてはいけないポジションにいる。建築を取り囲む状況はまだインターフェイスが整った領域には達していない。あるいは永遠に整うことはないかもしれませんが。今われわれが言っているコンテクストには、まだCADソフトや、WindowsのようなOSまでもが含まれているわけです。いじって楽しんでいい対象は、つまり、とにかく全部なわけです(笑)。
今村──プロスペクターを作ったことに対する反応のなかで嬉しいのは、われわれの活動が「楽しそうですね」というものです(笑)。
南 ──プロフェッショナリティをどのように保証していくか、という問題が一方では常にありますね。楽しければいいのか、という問題です。プロフェッションとして、モノを出す以上はそれに見合ったものを出さないといけない。建築を作らないといけない。その困難なハードルをじっくりと通過、体験するからこそ、喜びも大きい、という部分は確かにある。そうしたことの先で、楽しさに参加する形態が、さまざまに構想されうるんでしょうね。
山本──楽しむ人間と楽しみを作る人間は、やっぱりいるわけです。楽しみを作る人間は、いろいろな技法を駆使して人を楽しませることも考えなくてはいけません。先ほどのウィル・ライトの話でもありますが、その感覚が絶対必要でしょう。それが技法の行き着く先だろうと思います。
[二〇〇四年五月一四日]





建築の技法──解題  プロスペクター


技法とは知の蓄積の所産であり、また蓄積されうる知恵である。建築の成り立ちにおける技法は、建築と、建築をつくる者の職能たる専門性との関わりにおいて明確に示される。今回のスタディでは建築の現実化に関わるコンテクストを論じるが、それは、特殊な状況あるいは特殊な問題設定に対する特殊な解として建物が生まれるプロセスのみを読解するものではない。リアルとの関係においてなされる明晰な分析は、記述され、一般化されることにより、建築に関わるもの、建築を学ぶものに共有されうるだろう。ここで論じられるのは、建築家の構想を実現するプロセスに影響するコンテクストと、それにアプローチしていく建築家の知恵である。
以下では、そのコンテクストの四つキーワードによる分類を試みた。これらのキーワードは必ずしもその建築の意匠的な主題を示すものではないが、リアルに結びつくあらゆる条件のうちの一部をクローズアップすることによる偏りは、その分析の一局面を明確に伝えるための便法と理解いただきたい。またキーワードにはある程度客観性を持った言葉を選定しているが、これらはもちろん完全なる他者として建築外部に存在せしめられるべきものではない。むしろ内面化したそれらに対する認識こそ、「技法」の論考によって再検証されるべきものなのである。

素材─構造

建築が外力に抗う構築物である以上、その構造体の物性から切り離しては具現化しえない。近代建築が建築史上の大きな転換点となった最大の要因は、鉄筋コンクリートと鉄骨という新たな主体構造材の登場であろう。建築を支持する新しい材料の登場は、建築のすべてに決定的な影響を及ぼすのである。例えば近年、試みとして、あるいは局所的な表現としてガラスを構造体として用いる例があるが、仮にガラスが現時点での問題点である耐火性と耐衝撃性をコストレヴェルも含めて克服したら、建築デザインの作法は一変するだろう。また近年多数試みられている建築の皮膜の新しい表現のように、素材の可能性の開拓についても同様のことが言えよう。
作品例
妹島和世梅林の家
・イェルク・ヒーバー&ユルゲン・マルクァルト《ラインバッハのガラスパヴィリオン》
鈴木了二神宮前の住宅
・ヘルツォーク&ド・ムーロン《プラダ ブティック青山
・藤森照信《一夜亭》
坂茂《紙のログハウス》《紙の家

生産─技術

建築が生産されるプロセスが、ある程度システマティックに定式化されていることは必然である。そしてそのシステムへの順応をもって専門性とする定義がなされることも多いだろう。それはもちろんリアライズの効率を大きく向上させるものだが、同時に制約もする。本論を通じて述べられる「専門性」は、その土壌である生産システムに対しても批評性を持つものであることは言うまでもない。端的な例として、フランク・ゲーリーの形態を建築化するまでの意志伝達→生産のシステムは通常とはまったく異なったものである。
また建築が大きくなり、超高層や大空間のような巨大構築物になっていくと、あるスケールを超えた途端にそれをとりまくリアライズのコンテクストの様相は大きくシフトする。例えば風や電波が超高層の形態を制御する、プレキャスト・コンクリートのユニットサイズは道路の幅で決まる、といったようにそれはテクノロジーと生産の作法が多くを占める世界であり、その究極は土木構築物である。単なる「巨大さ」の先にある「技法」を獲得するために、建築の作り手は、その巨大さ自体の意味とも対峙せざるを得ないだろう。
作品例
・foa《横浜大さん橋国際客船ターミナル》
・池原義郎《下関市地方卸売市場唐戸市場》
フランク・O・ゲーリー《グッゲンハイムハイム美術館ビルバオ》以降の作品
・梅沢良三+アーキテクト・ファイブ《IRONY SPACE》
レンゾ・ピアノメゾン・エルメス
・内藤廣《倫理研究所
・手塚建築研究所《越後松之山「森の学校」キョロロ
難波和彦箱の家83
・苫田ダム

制度─都市

共通認識としての社会、あるいは国家、さらに建築に近いものとしてはあるアーバニズムに基づいた制度、それらは常に建築の実現に大きく影響する。具体的な規制としての都市・建築・消防関連法規などが個体・集団としての建築意匠に制約を与えるのみならず、建物の「用途(=タイプ)」の定義づけなどによってそこに生じるアクティヴィティをも定式化している。これらはそもそも建築や都市の機能の向上のためにつくられたものであるが、制度とアーバニズムは相互に影響し合い、膠着状態、ひいては相互の排除に向かう傾向があるため、その辺境へのアプローチは常に必要である。そしてその結果としてそれまでにない都市景観を具現化することのみが、アーバニズムへの批評としての力を持ちうるのではないか。
作品例
・隈研吾《ONE表参道
・妹島和世+西沢立衛/SANAA《ディオール表参道
アトリエ・ワンガエ・ハウス》など超法規的小住宅
・OMA「ホイットニー美術館」増築案
・MVRDV《ハーヘンエイランド》

自然─環境

原初的な建築の最も重要な機能は自然からの人間の保護であり、現在もそれは変わらない。美術館や博物館の場合は、収蔵物の保護が重要だろう。現在、その保護のレヴェルは、当然のように単に建築の内部と外部の区画にとどまってはいない。近代以降の建築において建築費におけるコスト比率を最も大きくしたものは設備である。特に日本ではそのような技術が大きく室内の快適性に繋がるため、世界でも類を見ないほど技術が進化している。進化を続け、次々と高機能になっていくハイテクノロジー・ビルのカーテンウォールのシステムはもはや「過剰」の領域にあるものも少なくない。広域的な環境問題も含め、その「保護」の質は常に検証され続けるべき課題である。
地震に対する機能もまた、進化を続けている分野である。地震国においては上記の物性、構造、制度、生産などのすべてに影響を及ぼす要素である。地震の影響を回避する技術が、建築意匠にもたらす可能性は大きい。
作品例
・日建設計のハイテック・ペリメーター
・栗生明《平等院宝物館鳳翔館
ジャン・ヌーヴェル電通新社屋
小嶋一浩+赤松加珠子/C+A《東京大学先端科学技術研究センター三号館(一期)》
・免震建築について

以上に挙げた作品例のほとんどは、他のキーワードにおいても語られるべき「技法」を備えている。はじめに述べたようにこれらのキーワードはあくまでも便法であり、分類は「技法」の総合的な力強さの印象を弱めてしまう可能性もある。よって、各論考の中ではあまり該当するカテゴリーのみに捉われず、これらのキーワードを「技法」のパラメーターとしてとらえるくらいの姿勢で記述されることが望ましい。

>今村創平(イマムラ・ソウヘイ)

1966年生
atelier imamu主宰、ブリティッシュ・コロンビア大学大学院非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、工学院大学非常勤講師、桑沢デザイン研究所非常勤講師。建築家。

>南泰裕(ミナミ・ヤスヒロ)

1967年生
アトリエ・アンプレックス主宰、国士舘大学理工学部准教授。建築家。

>山本想太郎(ヤマモト・ソウタロウ)

1966年生
山本想太郎設計アトリエ主宰、東洋大学非常勤講師、明治大学兼任講師。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>前川國男(マエカワ・クニオ)

1905年 - 1986年
建築家。前川國男建築設計事務所設立。

>丹下健三(タンゲ・ケンゾウ)

1913年 - 2005年
建築家。東京大学名誉教授。

>林昌二(ハヤシ・ショウジ)

1928年 -
建築家。日建設計名誉顧問。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>クリストファー・アレグザンダー

1936年 -
都市計画家、建築家。環境構造センター主宰。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>藤森照信(フジモリ・テルノブ)

1946年 -
建築史、建築家。工学院大学教授、東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。

>サステイナブル

現在の環境を維持すると同時に、人や環境に対する負荷を押さえ、将来の環境や次世代の...

>ドミニク・ペロー

1953年 -
建築家。ドミニク・ペロー・アーキテクト代表。

>フランス国立図書館

フランス、パリ 図書館 1995年

>ポンピドゥ・センター

フランス、パリ 展示施設 1977年

>いきの構造

1930年11月1日

>ミシェル・フーコー

1926年 - 1984年
フランスの哲学者。

>スティーヴン・ホール

1947年 -
建築家。スティーヴン・ホール建築事務所主宰。

>住居はいかに可能か

2002年11月1日

>国立西洋美術館

東京都台東区 美術館 1959年

>隈研吾(クマ・ケンゴ)

1954年 -
建築家。東京大学教授。

>ルイス・カーン

1901年 - 1974年
建築家。

>ノーマン・フォスター

1935年 -
建築家。フォスター+パートナーズ代表。

>宮脇檀(ミヤワキ・マユミ)

1936年 - 1998年
建築家。日本大学教授。

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。

>foa(エフ・オー・アーキテクチャー)

1995年 -
建築設計事務所。

>横浜大さん橋国際客船ターミナル

神奈川県横浜市 客船ターミナル 2002年

>横山太郎(ヨコヤマ・タロウ)

1966年 -
構造家。ロウファットストラクチュア主宰、京都造形芸術大学非常勤講師。

>槇文彦(マキ・フミヒコ)

1928年 -
建築家。槇総合計画事務所代表取締役。

>八束はじめ(ヤツカ・ハジメ)

1948年 -
建築家。芝浦工業大学建築工学科教授、UPM主宰。

>代官山ヒルサイドテラス

東京都渋谷区 集合住宅 1969年

>旺文社のビル

東京都新宿区 オフィスビル 1993年

>梅沢良三(ウメザワ・リョウゾウ)

1944年 -
構造家。梅沢建築構造研究所主宰。

>IRONY SPACE

東京都世田谷区 住宅 2003年

>妹島和世(セジマ・カズヨ)

1956年 -
建築家。慶應義塾大学理工学部客員教授、SANAA共同主宰。

>梅林の家

東京都世田谷区 住宅 2003年

>鈴木了二(スズキ・リョウジ)

1944年 -
建築家。早稲田大学教授(芸術学校校長)。鈴木了二建築計画事務所主宰。

>神宮前の住宅

東京都渋谷区 住宅 2003年

>プラダ ブティック青山

東京都港区 商業施設 2003年

>坂茂(バン・シゲル)

1957年 -
建築家。坂茂建築設計主宰、慶応義塾大学環境情報学部教授。

>紙の家

山梨県南都留郡山中湖村 住宅 1995年

>フランク・O・ゲーリー(フランク・オーウェン・ゲーリー)

1929年 -
建築家。コロンビア大学教授。

>レンゾ・ピアノ

1937年 -
建築家。レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ主宰。

>メゾン・エルメス

東京都中央区 商業施設 2001年

>倫理研究所

静岡県御殿場市 研修所 2001年

>越後松之山「森の学校」キョロロ

新潟県十日町市 研修施設 2003年

>難波和彦(ナンバ・カズヒコ)

1947年 -
建築家。東京大学名誉教授。(株)難波和彦・界工作舍主宰。

>箱の家83

愛知県岩倉市 住宅 2004年

>ONE表参道

東京都港区 商業施設 2003年

>西沢立衛(ニシザワ・リュウエ)

1966年 -
建築家。西沢立衛建築設計事務所主宰。SANAA共同主宰。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA准教授。

>ディオール表参道

東京都渋谷区 商業施設 2003年

>アトリエ・ワン

1991年 -
建築設計事務所。

>ガエ・ハウス

東京都世田谷区 住宅 2003年

>平等院宝物館鳳翔館

京都府宇治市 展示施設 2001年

>ジャン・ヌーヴェル

1945年 -
建築家。ジャン・ヌーヴェル・アトリエ主宰。

>電通新社屋

東京都港区 オフィスビル 2002年

>小嶋一浩(コジマ・カズヒロ)

1958年 -
建築家。C+A共同設立、東京理科大学教授、京都工芸繊維大学客員教授。