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極環境建築における自律分散協調の自己組織的設計思想 | 池田靖史
Self-organized Design for Extreme Environmental Architecture | Yasushi Ikeda
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える, 2007年03月発行) pp.152-155

運搬・組み立てシステムとデザイン

極環境の建築では建設地への建築資材の運搬形式と現地での建設作業の簡易性が通常の建築に比べると圧倒的に重要な課題となる。過酷な極環境は資材運搬や建設作業にも困難をともなう。地球周回軌道上の宇宙ステーションを考えてみよう。
宇宙空間へロケットで打ち上げの膨大なコストを考え、可能なかぎり重量と体積を減少させることは基本的課題であるし、作業時に宇宙放射線等の危険に人間をさらすことも避けたい。宇宙空間で作業を開始してからの資材の追加や再加工等も困難であるし、組立のための一時仮設的資材や建設機械としての作業アームなどもできるだけ少なくしたい。地球軌道上以外の極環境でも同様の条件があり、運搬前の作業完成度が高いカプセルや空間ユニットを設置するタイプの極環境建築構法が多いのもこのためである。開発段階が進むにつれ資材の現地製造作業の簡易化のほうが運搬より有利と判断できれば建設資材の現地調達もありうると考えられている。
月面で長期に安全な生活をするための宇宙放射線遮蔽材には重量そのものが必要で、長距離を運搬する不合理を避け月面の土(レゴリス)を利用する月コンクリートが研究されている。製造するための機材運搬を考慮に入れても有利だからだ。ほかにも畳んで運搬時の体積を減少させる方法など極限環境に運搬する前と後の作業内容と資材の形式が非常に大きな影響因子になる。だがこれは地球上の建築でも根幹をなす技術的観点であり、デザイン理念にも深く関わる問題である。

ドッキング・モジュールのシステム性

多くの極環境は往復にも大変時間がかかり、建設プロセスも長期化する傾向にある。一方、先端的な工学分野として技術開発も盛んで計画の進行中にもさまざまな新しい要因によって当初想定外の発展や方針の修正が起きることも多い。かといって先行して現地に存在している機材や構築物の貴重性は他の場所とは比べものにならないから少しも無駄にできない。
現在の国際宇宙ステーションのような連結体は、あらかじめ製作されたドッキングモジュールの結合と分離、再結合を前提としたシステムの典型的技術と言える。このモジュールには、極環境で部分から利用しながら順次拡張していく、成長的な建設手法を追求した高いシステム性の思考が結実している。それは第一にステーション全体は中央集中化された構造をとらず、どの時点でもその構成モジュールが機能する自律的なシステムである点。第二にそれぞれのドッキングモジュールは独立しても宇宙船として最低限の機能を果たすようにデザインされた、完結したユニットによる分散的なシステムである点。第三にドッキング技術は、ユニットの構造的接合や空間的接合のみならず生命維持設備系統のように配管や配線も同時に接合してネットワークを形成していくことで、個々のモジュールの機能を連携させる協調的システムとなる点である。これは情報技術によって発展してきた自律分散協調ネットワークシステムとか生命的システムと呼ばれるシステム思想にとても類似している。
合理性の観点から設計とは、利用者の目的に適合させるための手段であることは自明である。しかし目的に流動性があったり、個人差があったりする場合にはその合理性の純化がかえって設計に脆弱性を与えてしまう危険があることは、近代合理思想からのひとつの教訓でもある。極環境では十分な経験がなく周辺環境で想定される事態に確信が持てないうえに、高い安全性と信頼性が得られなければ惨事になりやすい。曖昧な目的、想定が困難な環境変化に適合していけるしぶとさがシステムの目的になるのも当然だろう。情報技術の世界では分散的なネットワークシステムの持つ冗長性が、高い信頼性と同時に想定外の事態への適合性や順次継ぎ足して増殖させる拡張性において優れていることが認識されてきた。そして遺伝子の働きや生態的なバランスシステムのような自然界のシステムの解明がこれに同調してきたことで、その自己組織性の獲得が現代におけるシステムデザインのひとつの思想的到達点となりつつある。この問題に対する意識の高さが極環境建築の特徴である。つまり極環境の建築は、柔軟な適応性と拡張性としてのシステム的な構成原理こそが最も進んだ工学的設計理念の課題であるべきことを明確に示しているのである。

1──国際宇宙ステーションのモジュール分解図 現在の国際宇宙ステーションは日本を含む多国間で製造されながら拡張されてきており、途中から旧ソ連のMIR計画のモジュールも内部に組み込む計画変更も起きた。エネルギーから情報まで接続する高度なモジュールのドッキング機構がこれを支えている。 © NASA

1──国際宇宙ステーションのモジュール分解図
現在の国際宇宙ステーションは日本を含む多国間で製造されながら拡張されてきており、途中から旧ソ連のMIR計画のモジュールも内部に組み込む計画変更も起きた。エネルギーから情報まで接続する高度なモジュールのドッキング機構がこれを支えている。
© NASA

2、3──発展途上国のローコスト仮設建築案 南アフリカ貧困地域への仮設建築。日本から梱包用のプラスチックバンド締付機を送り、現地に安く流通しているゴムの小径木を束ねる工法を提案した。最少の運搬資材と技術でそれまでできなかった空間を可能にすることの効果とさまざまな形態に組み替えることで獲得する社会的流通性に極環境建築の着眼点がある 作成=慶應大学池田研究室+リユース構法研究会

2、3──発展途上国のローコスト仮設建築案
南アフリカ貧困地域への仮設建築。日本から梱包用のプラスチックバンド締付機を送り、現地に安く流通しているゴムの小径木を束ねる工法を提案した。最少の運搬資材と技術でそれまでできなかった空間を可能にすることの効果とさまざまな形態に組み替えることで獲得する社会的流通性に極環境建築の着眼点がある
作成=慶應大学池田研究室+リユース構法研究会

4──自然公園内の環境を傷めない歩道橋建設手法の提案 シンガポールの貴重な自然を破壊することなく建設できる歩道橋が求められたコンペ案。山頂までの仮設道路の敷設を避けて、比較的軽量小型の構造材を空中でテンセグリティ構造に「編む」ことで120mのスパンを架ける提案した。柔らかい構造だが吊り橋と違って形態に自由度があり、ここでも地形と景観に合わせてS字に曲がり将来も変形可能な点等で、極環境に類似した運搬と建設のアイディアである。 作成=慶應大学池田研究室+IKDS

4──自然公園内の環境を傷めない歩道橋建設手法の提案
シンガポールの貴重な自然を破壊することなく建設できる歩道橋が求められたコンペ案。山頂までの仮設道路の敷設を避けて、比較的軽量小型の構造材を空中でテンセグリティ構造に「編む」ことで120mのスパンを架ける提案した。柔らかい構造だが吊り橋と違って形態に自由度があり、ここでも地形と景観に合わせてS字に曲がり将来も変形可能な点等で、極環境に類似した運搬と建設のアイディアである。
作成=慶應大学池田研究室+IKDS

都市的構造体への挑戦

すべての建築には人間の知性によって捉えられた環境のシステムの思想が世界観として反映される宿命があり、自然界の持つ有機的な構造に学ぶ姿勢や、生命的なシステム性の議論もかなり古くからある。モダニズム以降も日本ではメタボリズムの都市理論があった。単体の建築よりもその集合体としての都市的な構造に、近代的な合理思想が見落とした課題が明らかだったからかもしれない。当時建築家の槇文彦が指摘した「グループフォーム」(群造形)は同一の遺伝的類似性を持つが完全に同一でもない形態の集合という都市の類型のひとつを自然発生的な集落の空間形式から読み取り、「まとまり」と「ばらつき」の中間に存在する自律/分散/協調の複雑ネットワークとしての都市的構造をそこに見抜いていた。
近代が見落としていたのは建築を単独の存在ではなく、既存の文脈の中に組み込まれた都市システムの一部と考える認識でもあった。人工物の蓄積がほとんどない極限環境に人間の居住環境を徐々に拡張していくことを使命とする極環境建築はむしろ単体建築よりも都市構造的なシステム性の構築により近く、それは同時に近代が残した課題への重要な挑戦でもある。

5──槇文彦による集合体の3つの形態 構成的造形であるコンポジショナルフォーム、全体構造を持つメガフォームとともに類似要素の群体がなす造形グループフォームがあると指摘した。 図版提供=槇文彦

5──槇文彦による集合体の3つの形態
構成的造形であるコンポジショナルフォーム、全体構造を持つメガフォームとともに類似要素の群体がなす造形グループフォームがあると指摘した。
図版提供=槇文彦

生命的なシステムの構築

自律/分散/協調のシステムは生物の群生などをコンピュータ・シミュレーションすることで徐々に解明されてきた。これが複雑システム論であり、コンピュータ・シミュレーションによる支援の見込みがあるからこそシムテムの構築に可能性を見出されている。システム性を設計に取り入れようとする潮流がアルゴリズミックデザインである。
設計のプロセスを最適状態の獲得と考えればアルゴリズムを使った自己組織的なシステムのシミュレーションが利用可能である。だが構築物が本当に自律/分散/協調の自己組織性を獲得するためにはコンピュータ上のシミュレーションだけでは不十分である。計算された結果をある空間や環境の状態に投影して固定してもその後システムが生命的な活動を開始するとは限らないからだ。システムの生命性の本質はある時点の状態ではなく、状態が移行していく仕組みにある。そのためモジュールの分割単位やその交換方法などがシステムで実現すべき適合能力に十分な可変性を持つハードウェアである必要がある。すなわちモジュールの組み替え可能性の確保が大変重要な意味を持ってくる。モジュールの組み替え可能性を高めるための要因は三つある。まず交換可能な同一性を有していることである(標準性)。当然だが標準性が高いほどモジュールは一度分解されても違う場所で再使用できる確率が高くなる。その一方でモジュールの組み合わせによってできる配列はできるだけ多様で自由度が高いほうが再使用率を高めることになる(多様性)。そして組み替え作業にかかる動力エネルギーが小さく、作業が及ぶ範囲を最小限にとどめ、短時間で分解組み立てできるものほど組み替えて再使用しやすくなる(作業性)。実際にモジュール設計をしようとするとこれらの三要素はお互いに相反しやすく、高度なバランスで達成することが求められる。
そして、高いモジュール化の達成もまだシステムには不十分であり、モジュールの組み替え流動が実際に動き出すために、もうひとつどうしても必要なのがモジュール間での情報のやり取りである。システムが適応アルゴリズムによるモジュール組み替えをするためにはその源になる情報のフィードバックが必要であり、モジュール同士が情報を比較し合ってその再配列方針を相互に決定できる能力が必要となる。すなわちそれぞれのモジュールはロボットのようにさまざまな情報の収集能力と、それを周囲のモジュールと交換する能力を持つことで初めて相互作用による自己組織能力を得ることができる。
こうしたマルチエージェントなアルゴリズムモデルを実現するロボティクスを設計行為の無人化のように捉えるのは間違いである。上記のようにハードウェアとして組み替え可能なモジュール設計、モジュールに与えられた十分な情報収集と情報交換の機能設計、その働きを人間の生活行動と結びつけるアルゴリズム設計の三つが揃って初めて自律分散協調のシステムがその自己組織的能力を発揮する。つまりこれまでよりも高次のレベルで人間による設計への思慮が必要である。だからこそ現時点では極環境のような先端分野での実験的な段階に最も期待せざるをえない。極環境建築は特殊な建築どころか、これからの建築にとって普遍的な課題を負っているのである。

6──宇宙建築技術を応用した集合住宅建設システム 既存宇宙技術の建築分野移転応用例としての高度モジュール化高層集合住宅。排水処理やエネルギー確保まで完結した住戸ユニットをドッキング技術で相互に連携させていくことで拡張的に建設可能であることを示した。自立/分散/協調のコンセプトをさまざまな環境コントロールで実現すれば、インフラ未整備な地域でも成長に合わせた建設が可能になることを提案した。 作成=慶應大学池田研究室+宇宙建築研究会

6──宇宙建築技術を応用した集合住宅建設システム
既存宇宙技術の建築分野移転応用例としての高度モジュール化高層集合住宅。排水処理やエネルギー確保まで完結した住戸ユニットをドッキング技術で相互に連携させていくことで拡張的に建設可能であることを示した。自立/分散/協調のコンセプトをさまざまな環境コントロールで実現すれば、インフラ未整備な地域でも成長に合わせた建設が可能になることを提案した。
作成=慶應大学池田研究室+宇宙建築研究会

7──多面体パネルによる宇宙ステーション建設案 ドッキングモジュール方式を超える宇宙建築の構法を目指して提案された、高度にシステム化されたユニットの提案。2種類の正多角形パネルユニットは高い組替可能性を持つだけでなく、それぞれのパネルユニット自体が連結解除と回転運動を組み合わせて自力で移動し展開していく。ロボティクスを応用して建物自体が生命のように自己組織化する建設手法の可能性。 作成=慶應大学池田研究室

7──多面体パネルによる宇宙ステーション建設案
ドッキングモジュール方式を超える宇宙建築の構法を目指して提案された、高度にシステム化されたユニットの提案。2種類の正多角形パネルユニットは高い組替可能性を持つだけでなく、それぞれのパネルユニット自体が連結解除と回転運動を組み合わせて自力で移動し展開していく。ロボティクスを応用して建物自体が生命のように自己組織化する建設手法の可能性。
作成=慶應大学池田研究室

8──NASA による移動式月面基地の提案 エイムズ宇宙センターで宇宙居住プロジェクトの指揮を執る宇宙建築家マーク・コーエンらの最新の月面基地のコンセプトは、ロボットのように自力で移動可能なモジュール群が1カ所に留まらずに移動しながら観測と探検を続けるもので、HABOTと名づけられている。 © NASA

8──NASA による移動式月面基地の提案
エイムズ宇宙センターで宇宙居住プロジェクトの指揮を執る宇宙建築家マーク・コーエンらの最新の月面基地のコンセプトは、ロボットのように自力で移動可能なモジュール群が1カ所に留まらずに移動しながら観測と探検を続けるもので、HABOTと名づけられている。
© NASA

>池田靖史(イケダヤスシ)

1961年生
IKDS代表。建築家。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える

>メタボリズム

「新陳代謝(metabolism)」を理念として1960年代に展開された建築運動...

>槇文彦(マキ・フミヒコ)

1928年 -
建築家。槇総合計画事務所代表取締役。

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...