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地上にしか関心のなかった私にとっての「宇宙建築」 | 松村秀一
Space Architecture' to Me, Concerned with Nothing but Terrestrial Matters | Matsumura Shuichi
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) pp.66-67

1 渡辺保忠の『工業化への道』

残念ながら絶版になってしまったが、私の最初の著作に『工業化住宅・考』(学芸出版社、一九八七)という単行本がある。日本のプレハブ住宅の歴史と現実、そして将来の方向性を論じることに主眼があったが、まだ二〇歳代だったこともあり、随分と欲張って書いた部分があった。そのひとつが古代の建築生産組織に関する建築史家渡辺保忠氏の論文の紹介である。
これは私が大学院生時代に強く惹かれ、工業化という観点から建築を考えることの重要性を教えてくれたものであり、当時はどうしても自分の著作のなかで触れたい論文であった。『工業化への道』(不二サッシ、一九六二)という小冊子に載せられた論文がそれである。三冊に分かれた薄い冊子から成る『工業化への道』には価格も記されておらず、おそらくは日本初の住宅用アルミサッシを開発したばかりだった不二サッシが、営業時に配布する目的で編んだものだと想像する。三冊はそれぞれ書き手が違っており、渡辺保忠氏が一冊、他の二冊をそれぞれ藤井正一郎氏と内田祥哉氏が書き下ろしていた。
二〇年以上前の非売品的な小冊子だったので、その力の入った各論文の内容を多くの人は知らないだろうと思い、著作のなかで紹介した訳だが、刊行後に意外な人から反応があった。当時折に触れ私をしごいて下さっていた建築家の石山修武さんである。「オマエ、ただボーとしてるだけかと思ってたけど、保忠先生のあの論文読んでたのかよー」とお褒めの言葉を頂戴した。その後知ったことだが、石山さんは渡辺保忠氏の門下生。その石山さんが「保忠先生の仕事の中でも『工業化への道』は重要な仕事だぜ」とおっしゃるのだから、私も意を強くしたのをよく覚えている。
さて、その保忠先生の論文である。原始から近代までを建築生産組織という観点から明快に切って見せたその論文には、刺激的な歴史解釈が満載だったが、最初に私が惹かれたのは、登呂の遺跡に代表される原始の建築から法隆寺に代表される古代の建築への飛躍についての論考だった。
保忠先生は先ず、法隆寺金堂を部材にばらせば、木工にせよ、石の加工にせよ、彫金にせよ、焼き物にせよ、すべて登呂の原始農民の工作技能を最大に発揮させればできるものだったとする。では、なぜ法隆寺金堂と登呂の遺跡の建築群はあれほどに違うのか。この問いに対して保忠先生は「原始末期の社会では建築に結集されていなかった生産諸技術を建築に導入し、有機的に一体化し、建築の構成と表現に役立たせたところに古代の飛躍発展があった」と言い切り、その背景には二つの生産組織の変化があったと説明する。そのひとつは、民衆の労働力を大規模に動員し集中的に投入する社会機構の成立であり、いまひとつが民衆自身の持つ文化形式よりはるかに高度な建築形式の生産に民衆の労働力を結集させ役立たせた指導工人の偉大な能力であると。そしてその偉大な能力を持った指導工人こそ古代に「大工」と呼ばれた建築家であると言うのである。
建築のある種華やかな魅力に惹かれながらも、それを生産という社会的な観点から論じきることを夢見ていた修士課程の学生にとっては、メロメロになって当然の建築家理解であった。

2 宇宙開発には建築家が必要だ!

さて、その後長い間「○○の持つ文化形式よりはるかに高度な建築形式の生産に○○の労働力を結集させ役立たせる建築家」という理解から遠ざかって建築生産の問題を考えていた私だが、ある日はっきりとその理解の仕方を思い出させてくれる出来事に巡り合った。今から数年前の宇宙建築との出会いである。
当時私の研究室には何故か宇宙建築をテーマとする人が二人もいた。私の研究室のメンバーだとは言え、私自身は宇宙に関する知識も関心も無に等しく、内容的に指導するようなことはなく、ただそうした研究を行なうことを認めているというだけの立場だった。ただ、他の大学のどこでもやっていない研究に携わる人間が二人もいるのだから、他に興味のある学生でもいればと思い、内輪の研究会を立ち上げることにした。
その話をした時の二人の喜びようが並大抵のものではなかったので、最初の研究会(後に「宇宙建築研究会」という正式名称がつき、今回の執筆陣等多くの方が参加することになった)の折に、彼らに素朴な問いを投げ掛けてみた。「建築分野では宇宙建築などというテーマは殆どやっている人がいないけれど、そもそも宇宙開発では必要な分野なのだろうか?」という問いである。これに対する答えが私にあの保忠先生の建築家理解を思い出させてくれたのである。
曰く「宇宙開発分野では、建築の人には想像もつかないような先端科学技術が数多く開発されていますが、それを人類社会の役に立つかたちで統合する能力が欠けているのです。それができるのは古来『統合』を専門にしてきた建築家だけなのですよ」つまり、宇宙開発の分野でも保忠先生のいう「偉大な能力を持った指導工人」が必要だというのである。「我が意を得たり」ということで、それ以来相変わらず知識は無いままだが、「宇宙建築」というテーマに強い関心を持つようになった。

3 宇宙空間の極環境と見たこともない技術たち

いざ宇宙建築研究会を始めてみるとこれが実に面白い。先ず、地上とは違い、建築らしきものを成立させ、そこで人間が暮らせるようにするために考えるべきことが多い。砂漠地帯や南極、更には海底のような極環境で建築を考えることも似てはいるが、宇宙空間はその極めつけである。重力もなければ、空気も水もない。食糧の供給も電力の供給もない。それでいて温度や宇宙線等の環境条件は過酷そのもの。地球からの物資の運搬のコストは一キロ当たり数千万円という単位である。輸送できるものの大きさや形には大きな制限が課せられる。もちろん現地での組立てに技能を発揮してくれる職人など一人もいない。
一方で、これらの極環境に対応するための先端的な要素技術は大変な資金と能力をかけて数多く開発されている。重力発生装置、二酸化炭素を取除き酸素を供給する空気洗浄技術、水の再生利用技術、蛍光灯で栄養価の高い植物を効率的に育てる食糧生産技術、太陽光発電と燃料電池を組合わせた発電技術、宇宙空間での組立て作業を行なうロボット技術等々、建築世界にいては知る由もない面白く優れた技術は枚挙に暇がない。
私が最も惹かれている技術の一例を挙げておこう。宇宙服である。宇宙線や太陽風に容赦なくさらされ、極端な温度変化にも耐えなければならないような過酷な条件のなかで人間の生命を守る唯一の道具なのだから、宇宙服が技術の粋を集めてつくられてきたのは当然のことである。先ず、宇宙服で使用される布地。内圧による酸素の漏れと服の膨らみを防ぐためのポリウレタンでコートしたナイロンや、熱と宇宙線を遮断するためネオプレンゴムでコーティングしたナイロン層とアルミ蒸着マイラー、そしてケプラーやゴアテックス等、何と一四もの層から構成されている。手袋やヘルメット内の帽子、下着類も面白い。最新の手袋は、低温環境に耐えるために指先にヒーターが仕込まれているし、布製の帽子にはマイクロフォン、イヤフォン、電子回路などが組み込まれている。下着には細いパイプが配され、余分な体温を取り去るためにその中を常時冷却水が流れている。
さて、今や地上での建築行為は、法規さえ守っていれば殆ど何も考えなくても成立する。保忠先生のいう「偉大な能力を持った指導工人」などとは縁もゆかりもないところで職業が成立してしまっている。それに対して、宇宙空間のような極環境下で人間が暮らせる場所を成立させる建築行為を考えようとすれば、実に多くの条件をその根本から考えなければならなくなるうえ、それらに対応する科学技術の内容を知り、それらを効果的に「統合」する必要がある。初心に帰って「偉大な能力を持った指導工人」の精神を思い出すには、絶好の思考訓練の場である。
坪○万円という地上建築の日常からは想像もつかないような知的刺激に満ちた課題群、技術群がそこにはある。

>松村秀一(マツムラ・シュウイチ)

1957年生
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。建築構法、建築生産。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える

>石山修武(イシヤマ・オサム)

1944年 -
建築家。早稲田大学理工学術院教授。