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インフラ | 石川初
Infrastructure | Ishikawa Hajime
掲載『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) pp.140-141

巨大な物体

「景観」が「問題」となるとき、しばしばその議論の的となるものに、都市基盤工学的構築物──インフラの「様子」がある。近年、日本の都市の景観問題の象徴のように持ち出される、日本橋川の上空を通る首都高をはじめとする「道路」や「橋梁」はその典型である。あるいは、「親水性」や「川辺の景観」を「損ねている」防波堤や都市河川のコンクリート護岸。あるいは、街路に張り巡らされ、「空を奪っている」高架電線やコンクリートの電柱。
「良好な景観を阻害する」(とされる)こうした構造物の特徴のひとつは、その物体的規模の巨大さである。高速道路も高架鉄道も防波堤も、そのサイズにおいて、目前に身を置いた人をして途方に暮れさせるような「大きさ」をしている。そしてその大きさゆえに、無視できない「景観要素」となって視界を占めている(電柱は、個々のサイズは何とか対決できそうな大きさではあるが、その設置数の膨大さが、見るものをして「手の打ちようがない」感じを抱かしめる)。この「でかさ」がおそらく、それを敵視するにせよ、あるいはその佇まいをポジティヴに鑑賞するにせよ、人々の景観的関心を呼ぶゆえんである。

巨大な前提

このような、都市の基盤技術の一部が「物体化」し、「視覚化」したものの巨大さは、その技術が支えるシステムの規模に因っている。例えば「道路」は現在の都市の経済活動を支える「車両─道路系」という強大なシステムのハードウェアとしてある。新しく計画される道路のカーブ、幅員、駐車場のレイアウトや舗装の素材など、都市の大部分の「地面」の様子はこの「系」が律している。高架の高速道路の構造も、トンネルの形状も、全国どこへ行っても似たような「駅前広場」のロータリーのレイアウトも、「車両」が円滑に運行可能な、乾いた平坦な路面を安定して確保するという条件と、現在の車両運用のルールから逆算されたものである。このシステムは強大であって、あまりにさまざまな物事がこれを前提に作られているため、これから「外れる」ことのほうが難しい。例えば、今日、車両をまったく利用しない生活を送ることは極めて困難である。さらに、そのシステムの維持自体が強大な産業であるため、その経済的「慣性力」も強大である。
むろん、「インフラ物」の規模は、それ自体が目的として作られるわけではないし、「でかさ」が当初から目論まれるわけでもない。インフラ物を要請するのは、私たち個々の都市生活である。インフラの建設は、言ってみればいつの間にか集積した「個々の事情による問題」を、あるとき一気に解決するべく投入される、「都市計画」というよりも「都市制御」技術である。
どれほどささやかな個人住宅の建設も「水や電気やガスや物流を供給する大規模な系」を要請し、かつそれが前提になってしまう、この相互関係をそのままにする限り、インフラへの「景観的働きかけ」はえてして「埋設する」とか「落ち着いた色に彩色する」というような、表層的な「空調の屋外機だけ隠す」アプローチになる。もっとも、携帯電話の急速な普及によって公衆電話ボックスが消滅したように、技術の変革に伴う個々の生活の「モード」の変化による、景観の変化はありえないことではないけれど。


>石川初(イシカワ・ハジメ)

1964年生
株式会社ランドスケープデザイン勤務、登録ランドスケープアーキテクト(RLA)、関東学院非常勤講師。ランドスケープデザイナー。

>『10+1』 No.43

特集=都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?