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景観の現在──グローバリゼーションのなかでの変容 | 隈研吾+今村創平 聞き手
Contemporary Landscape: Transformation in Globalization | Kuma Kengo, Imamura Sohei
掲載『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) pp.82-93

表参道の景観の場合

今村創平──ここ数年のことですが、表参道ヒルズや六本木ヒルズ、あるいは汐サイトなどができたことに代表されるように、東京各所の風景が変わってきているようです。また昨年、景観法が施行されましたが、今日はそうした都市の景観をめぐるさまざまな動きについて、建築家隈研吾さんのお考えを伺いたいと思います。
例えば日本橋の首都高をめぐる景観が、このところ話題となっています。乱暴に言えば、醜いから取っ払ってしまえという話です。そうした場合も、古い景観はすなわちよい景観なのか、あるいはよい景観といった場合、その基準がどこにあるかは明確でない。また、都市の景観が騒ぎとなるのは、高層建築物などによって都市のランドスケープのスカイラインが壊れるような場合ですね。唐突に高いビルなどが建つと、それまでのバランスを崩し、結果景観を損なうものだという意見が地域住民や文化人などから出されます。そういう問題は、どのように解決可能なのでしょうか。
まずは、隈さん自身が街並みの変貌に直接的に関与されている、表参道を含めた昨今の都市の変貌に関して思われていることを話していただければと思います。
隈研吾──おそらくその二つの話は関連していて、ここ数年の表参道に代表される現象をどうみるかというのは八〇年代末のバブルの時と、何が変わったかということが一番面白いテーマだと思います。ここ数年の東京の開発の基本的な要因となっているのはお金の流動化──グローバリゼーション、脱領域化──が徹底して、それと表参道というような具体的なアドレスが触媒反応を起こす場所がいくつかできた。お金の流動化というのは、数字のなか、コンピュータのなかの世界のもので、そもそも具体的な身体を持った自分という存在とかけ離れたものだとみんなが思っているのですが、そのヴァーチュアルな現象が実際に地面に接地して触媒反応を起こして建築という生々しい形が見えてくると、世の中が変わったということが初めて人間にわかるわけです(笑)。そういうわからせる教育的場所として、表参道は世界でも最高のテキストブックになったと思います。ファッションストリートと呼ばれているものはパリでもニューヨークでもたくさんあるけれども、そういう場所でこれだけ大規模に都市が更新されて、土地の売買が実際にここ数年で行なわれ、そこに世界的な資本が投下されて、具体的なデザインの最先端と結合した場所というのは世界でも他にない。ですから世界全体にとっても表参道は非常に面白いグローバリゼーションのテキストブックとして出現したのではないかと思うんです。
今村──バブルの時の商業施設はあくまでも国内資本によっていたのが、表参道は国際資本によるものだというような違いは、このところのグローバリゼーションの流れと関係があるわけですね。
隈──まずお金の仕組みが全然違っています。世界のマーケットの全体を見渡してみて、例えば表参道に投資するのが一番利回りがいいととか、確実だとかいうグローバルな眼で国際資本がオンタイムで見ている。バブルの時の国内資本は土地神話という一種の幻想にもとづく狭い視野でしか土地というリソースを見れなかった。そこがまず大きな違いですね。それから、もっと決定的に面白いと思うのが、デザインのマーケットが完全にグローバル化して世界のなかで誰にやらせたら面白いかというフラットな判断基準でデザイナーをチョイスしていることです。バブルの時は、そういう意味でのデザインの国際化はまだなくて、外国人建築家だということだけで価値があるようなレヴェルの低い判断基準がまかり通っていました。
今村──当時は外国人建築家の名前が欲しいだけだったので、ハリボテでよかった。ローコストでできるに越したことはなく、著名建築家のサインをすることによって価値をあげていた。ところが、このところはヘルツォークのプラダ青山にしても、伊東豊雄さんのTOD’S表参道にしても、常識的には理解しがたい坪単価の建物がつくられる(笑)。プラダの工事費を考えると、経済行為として成立しているかというのはとても不思議ですが、ユニークな建物が広告塔の役割を果たしプラダのブランドイメージを上げることによってペイしてしまう。バブルの時にこの南青山にもアルド・ロッシのデザインの建物が建てられましたが、当時は坪単価はせいぜい数割増す程度だったのが、今は根本的に違うものが建つようになった。
隈──そうですね。それはプラダの全世界の売り上げに対する付加価値だけではなくて、その土地の転売価値を含めての価値になっている。表参道が今東京のなかでワン・アンド・オンリーの用地で代わりになるものはないという前提で、看板はプラダのままで、ビルも土地もどんどん転売されるなんてことも普通に起こりうるわけです。
そういう不動産の脱領域化が日常化している。そのシステムのなかで見れば、建築物にかける値段はネグレクタブルなもので別の物差しが導入されているわけですね。例えばデザイナーの選定も、単にグローバルになったというわけではなくて、バブルの時はデザイナーが名前を冠すればいいという程度の粗雑な情報量で建築の世界は動いていたけれども、今のデザインに関するネットの速度をベースにする評価システムでは、そのデザイナーのなかでひとつのメルクマールになっていないと評価されないわけですね。デザイナーが今までの自分の作品のコピーを作るようなことをやったときには、グローバルマーケットのなかで価値がなくなるほどの精密さで評価されるようになった。情報のスピードも増して、八〇年代的な情報のシステムとは全く違う精度とスピードで評価が行なわれている。だからヘルツォークにしても自分たちの作品の流れのなかでのメルクマールな作品にしないと価値が出せない。
今村──スター建築家の建物が欲しい時にも、単に彼のスタイルがあればよいのではなく、隈さんであれば隈さんのブランドというものが欲しいにしても、作られる作品はこれまでと違った斬新なものでないとクライアントは満足しないわけですね。
隈──そうです。例えばルイ・ヴィトンは以前はピーター・マリノといういわゆるブティックの専門家にインテリアもファサードも頼んでいたわけです。しかし、日本に建築を作るにあたってまず名古屋でコンペをやり、表参道も大御所にやらせると自分のコピーを作るおそれがあるからと、現地の若い日本人建築家を中心にしてメンバーを選んで、彼らのワン・アンド・オンリーの出世作を作らせるという方針を立てたんですね。それをやった中心人物が、レム・コールハースのところにいた、エリック・カールソンです。福岡のネクサス・ワールドの仕事で日本に来ていたのですが、レムの持っている情報としてのデザインという感覚を、ファッションの世界に持ち込んだ。建築の世界で情報としてのデザインということを具体的デザインで示したのは、世界でレムが最初じゃないかと思うんですが、その下で仕事をしていたエリックがヴィトンに入って、コンペを組織した。それが今の表参道現象のデザインサイドからのひとつの着火点だと思います。それとお金サイドの着火点の両方がスパークしたものが、表参道現象で、その後世界で同時多発的に着火するわけです。
今村──単に好景気だから新しい建物ができているのではなく、アクチュアルな資本の流れと建築界の要請がちょうど噛み合ったということなのですね。
隈──そうですね。その二つの事情の背後にあるのはどちらも情報のグローバル化、情報の速度が一桁変わったという事情があるわけで、単なる商業主義としてはくくれない。

表参道 撮影=増田圭吾

表参道
撮影=増田圭吾

表参道ヒルズ 撮影=増田圭吾

表参道ヒルズ
撮影=増田圭吾

資本とグローバリズム

今村──表参道に限らず、商業ビルというのは基本としてエレヴェーション勝負です。隈さんの作品集をめくると、それぞれのエレヴェーションが際立って印象に残ります。一目見て、建物のキャラクター、魅力がダイレクトに伝わってくる。建築家がクライアントと付き合う時には、まず平面から手がけ、面積配分して、坪単価の話をして、最後にエレヴェーションをつけるといった流れが通常あります。フェリックス・クラウスというオランダの建築家と話したときも、モダニズムというのは、基本的にプランは機能主義なので、機能が成立したら、プランで窓を欲しいところには窓をつけて、そうじゃないところは壁に白く塗れば、エレヴェーションは自動的にできてしまうと言うんです。
隈──ルイ・ヴィトンのような国際的な資本と付き合うようになって、顔を持つというか、ヴィサージュを持たないと都市のなかに参加できないことに気づきました。個人が固有の顔をもって初めてソサエティに参加できるというのが都市の原理です。
八〇年代、シーザー・ペリに代表されるポストモダン的な「表層は自由になった」というロジックが登場した。それまでのモダニズムのロジックでは、構造やコンテンツが表面に表出してくる、先ほどのクラウスの議論のような、正統的なファサード観に支配されていた。モダニズムというのはル・コルビュジエが自由な表層と言いながら、プランからファサードが導かれていた。ル・コルビュジエ、ミースにおいてはまだ言葉通りではなかったわけです。八〇年代のポストモダンの時代に、本当の意味での自由な表層は可能だと宣言したわけですが、八〇年代の表層は自由であることに価値があったわけだけれども、今は自由であること自身には何も価値がない。自由さのうえで達成したあるキャラクターを持ったヴィサージュが作れているかどうかを資本が僕らに問うている。八〇年代のレヴェルは今から見るとナイーヴなレヴェルにあったわけで、表層が自由に、グラフィカルにできた、ということ自身に価値があった。今は自由の上に達成したものの強さが求められていて、その強さを出すためには、実は表層だけではなく、その構造とどう絡ませるとか、サステイナビリティといった環境の議論をどう絡ませるかとか、世の中の人々が注目しているイッシューを全部のみこんだうえで、丁寧に織り上げた織物みたいにして表層を出してこないと、それがひとつの強さをもってアピールしないという状況が来ている。要するに、周囲の環境も含めて、すべての与件にしっかりと負けたうえで、しかも自分だけのキャラクターを持てないといけない。負ける建築を経験したうえでの強さこそ、本物の強さだっていう感じかな。それが表層の自由という八〇年代的なプリミティヴな議論と今の表層の操作との根本的な違いですね。
今村──商業ビルをどういうプロセスで作るか、乾久美子さんに話を聞いたことがあります。クライアントへの対応でとても戸惑うのは、最初のプレゼンテーションから会社のトップが出席し、そのファサードが具体的にどう見えるかを目地の色から幅まで聞かれることなのだそうです。だからスケッチから始めて、少しずつ建物のイメージを詰めていくのではなく、具体的にどうなっているのかを最初から説明できなければ、すぐにあなたには頼まないというふうになるらしい。最終イメージがとにかく欲しい。設計の普通のプロセスのように、プランをつくってヴォリュームを立ち上げ、ファサードを考えてそのディテール……などとやっているうちに、資本をすごい速度で動かしている人たちは他の建築家のところに行ってしまう。一週間以内に依頼するかどうか決めるといったスピードのあるシチュエーションにおいては、その場できちんと説得しうるエレヴェーションを用意しないといけない。
隈──まさにそこのスピード勝負になってきています(笑)。大阪のルイ・ヴィトンをやったとき、パリのアルノー会長のところまでプレゼンテーションに行きました。もちろんプランもプレゼンしますが、彼らはプランといっても一階の売り場が何平米かしか見ていない(笑)。ヴィサージュみたいなところを一番注意して見ているのがわかります。僕はオニキスのパネルの実物を持って行ったわけですが、その時はそれがうまくおさまるかどうかを詰める時間がなくても、実際にオニキスとガラスを重ねた実物を持って行って、多分できるんじゃないかなと(笑)。結果はその実物の印象がよくて僕らが選ばれたんです。そのプロセスを自分で振り返ってみると、彼らの資本の速度についていくには、建築家もリスクを負わなければいけない。そこでリスクを負えるのは、日本のコンストラクションのレヴェルがあれば、ある程度あとからついてくるだろうという予想がたつからです。そういう意味での日本のシステムのアドヴァンテージはあるような気がします。でも実際にルイ・ヴィトンでいえば、オニキスとガラスの熱膨張率は違うのでそれを接着することが日本のどのガラスメーカーにもできない。フランスのガラスメーカーだけが確実な接着剤の提供をしてきたので、彼らをコラボレーターに選びました。そういう意味で彼らの資本の速度についていって、単なるグラフィカルな遊びではなくテクニカルなデプスのある提案をするにはかなりいろんなシステムと過去の蓄積とを総動員しなければならないという感じになっている。現在、日本やヨーロッパの建築家はそのシステムについていけるだけのバックにコンストラクションのシステムとか下請けのシステムを持っているんですが、アメリカの建築家のバックにあるコンストラクションシステムは少し弱いですね。
今村──アメリカではすぐに裁判になるという印象があります。お金に関しても性能に関してもあとからつじつまを合わせようということは、リスクがあってできないですね。雨が漏るとか、収まりがわからないような建築をつくるのは、後でトラブルになるから非常に怖い。
隈──アメリカ的システムはグローバリゼーションという点で一見優位に立っているように見えながら、アメリカはいろんなところでほつれを見せ始めているでしょう。車の世界でもアメリカ資本が入ったベンツなんかは非常に評判が悪い。一年間という短い単位でちゃんと利益があがっていなければならないというアメリカ流の会計システムを強要したりとか、裁判を過剰におそれるアメリカ流の防御システムがベンツをだめにしたと言われていて、逆に日本のトヨタや日産はそういうアメリカのシステムからある意味で一番自由なので、トヨタと日産が車の質も、売り上げもよくなってきているけれども、それは建築だけではなくあらゆる文化、あらゆる経済全部に言える現象だと思います。
今村──ヴィサージュという言葉は非常に印象的です。例えば槇文彦さんはスパイラルを「コラージュ」の手法で設計しています。代官山のヒルサイドテラスにおいても、三〇年にわたって洗練度やマテリアルの変化はあっても、基本的には変わることなくコラージュの表現だと思います。一方でゼネコンは、このところクラシックなまとめ方を復活したりしている。超高層ビルもかつてのニュートラルなガラスの箱ではなく、頂部があってファサードも掘りが深く石やレンガが貼られている。隈さんの場合は、JR渋谷駅や烏丸の商業ビルにしてもグラフィカルでフラットな表現を持ち、無限に反復しうるパターンがたまたまここだけ切り取られたようなエレヴェーションとなっている。それは槇さんやリチャード・マイヤーといった名人芸的なコラージュのエレヴェーションとは異なる方法なのですが、そこにはどういった都市へと向かう戦略があるのでしょうか?
隈──あの世代はコラージュと言いながら、実は名人芸であって、アートの世界でもコラージュは最後は名人芸になりますね。何かを集めるとなると微妙な切り取り方や接着のバランスということに最後はなるわけです。数寄屋的世界です。しかしその名人芸は今の都市ではもう通用しない。その名人芸では今の都市のなかではひとつの強いヴィサージュを持ちえないと思うんです。海外でその方法でやった建物はすごく弱く見える。日本人はその理由はアメリカのゼネコンの工事が悪いからだとよく言うけれど、そんなにレヴェルが急激に落ちているわけではない。日本の都市のようにある種の無菌状態にあったときに名人芸は通用するわけですが、サンフランシスコにしろ、ロサンゼルスにしろあのような力と力が生でぶつかり合うような都市の状況のなかに名人芸をもっていっても、それは通用しない。
僕は自分が一番影響を受けたのはフランク・O・ゲーリーだと思います。ゲーリーはシルエットばかりが目立つけれども、ビルバオはひとつのパネルの組み立て方がすべてという建築です。一枚一枚がベコベコだとしても、そのベコベコさをひとつに統合するメタレヴェルのシステムを持っている。それは彼が、力と力がぶつかり合い、資本と資本が都市のなかに表出して戦うようなロサンゼルス的カオティックな状況のなかから編み出したものですね。その経験が、都市のなかで力を持ちえるディテールを作ったと思うんです。
レム・コールハースとゲーリーという二人は、乱雑な都市の上に立つメタレヴェルな手法を発見した点で、今の現代的な建築界の状況をつくるうえで、非常に重要だったと思いますね。

ONE表参道 撮影=増田圭吾

ONE表参道
撮影=増田圭吾

貧困な景観のヴォキャブラリーの貧困

今村──確かにロサンゼルスにしてもヨーロッパのようなきれいな街並みがあるわけではないから、建築はキャラを立たせなければいけないわけですが、周りの状況が混乱しているからと、建物の表現をコラージュにすると結果街に埋没してしまう。だから、どう際立たせるかと考えるときには、当然周りを意識すべきです。例えば表参道で隈さんが作られた際に、建物が強く主張する一方、著書である『負ける建築』(岩波書店、二〇〇四)で主張されているように、周りに対して負ける、ということはどのように関わってくるのでしょうか?
隈──上の世代の日本の建築家は、周りに対して洗練されたものでコントラストを単純につくっていけるという、プリミティヴなエリートの図式だったと思うんですが、ロサンゼルス的な状況では、どれにコントラストをつけたらいいかすらわからない。だから、都市の荒々しさを飲み込んで、その荒さのなかから自然に立ち上がってくるスーパーディテールが必要になる。ゲーリーのもっているディテールとはそういうものだと思います。日本の建築家は結局は都市のなかでのエリートだったわけで、外に出すと、その脆弱さが見えちゃう。ゲーリーなんて、キャリアからしてエリートとは遠いわけで、その出自がそのままディテールになっているからどんな景観のなかでも強いんですよ。
僕が「負ける建築」と言った意味はそういう都市の雑多なものをしっかりと受け入れろという意味です。エリート主義的に一人だけ名人芸をやって差別化されるのではなくて、カオスを受け入れたうえで建築が作れないと、建築は本当の意味で都市のなかで残っていけないのではないかということです。
ゲーリーはロサンゼルスでサンタモニカの駐車場のようなすごい商業主義的なものをわざわざぺらぺらに作っていますが、そういう環境のなかで、エリートになりようのない「負ける建築」を作っていたのが、彼の原点だと思いますね。
今村──建築家には景観についてあまり関わりたくないという気持ちもあると思います。市民的に美しい景観が必要だというのは正しいし、否定できない。にもかかわらず建築は、現実においてはそうしたことには無力ではないか。
隈──僕は、現在の景観に関する議論のヴォキャブラリーはものすごく貧しいと思っているんです。その議論は、要するにヨーロッパの都市においてつくられた古き良き景観を保存・再生するというヴォキャブラリーに過ぎず、ロサンゼルス的なところで景観の議論をするときにその言語は通用しないわけです。一方、ロサンゼルス的なところで普通のアメリカ人が思いつく言語はヴェンチューリ的な言語で「混沌はいい」ですが(笑)、しかしそれはまたものすごくナイーヴかつプリミティヴな議論で、そんな単純な反転もまた今の景観の議論では通用しません。そういう意味で新しい景観の議論のヒントとなるのはレムがニューヨークについて論じたような議論で、都市というのをもう少し別の力の場として見て混沌のなかにロジックを探す議論ですね。
今村──景観法というのは法規であり、端的に言えば「規制」なわけです。ヴォキャブラリーが貧しいというのは、規制をかけて、スカイラインが揃ってさえすればいいということと同根ですね。また今都市を規制するというのは、小泉政権の規制緩和の流れとは逆行していますし、姉歯の問題は、国が確認審査機関であることをやめ、建築を隅々まで管理することを諦めたことの帰結です。自由の促進と「景観を守る」ために規制をかけることとは逆のヴェクトルです。それらを社会システム全体としてどう折り合いをつけるのかを考えていないと、現実的には機能しないということになるのではないでしょうか。
隈──景観法にしろ構造の話にしろ、システムは道具にすぎない。システムの上のメタレヴェルで、資本は動いているものだし、景観をコントロールするシステムは最初から脆弱かというその現象がはっきりしてきています。それを何がコントロールするのか、景観法なんて、最初から脆弱に決まっている。だから昔の日本人は作らなかったわけですよ。それでもシステムは一定の役割だけは果たしきる道具なのだから、逆にそれを僕らデザインする人間はその不完全なシステムをどういうふうに使うかということを考えなければならない。その時に僕らが勝負するのは最終的に出したソリューション──建築ならば建築物──その負け方、勝ち方で情報がイヴァリュエイトされていく。
構造と法律にしても、それですべてコントロール仕切れるものではないということが今まで以上に露骨に明らかになってきて、そのうえで構造家がどう評価されていくのか。システムへの適合性という単純な倫理性を超えたメタレヴェルにおいて、彼らが何を出したかが評価されるわけです。人間とか作品の評価システム自身が、システムの内部レヴェルにおいて評価されるわけではなくて、その裏のものすごく高速で動いている世界のなかで評価される。しかしそのレヴェルでの評価対象となっている建築家は本当に一握りかもしれなくて、その意味では完全な二層化が進行していて、不完全なシステムの下ですら評価の対象にもなっていない人たちと、メタレヴェルの完全なグローバルなハイテンションななかで評価に絶えずされている人たちとの間で二極化がおきている。
今村──日本では東京と郊外/地方との違いが加速していて、東京には自由な経済活動があって勝ち組が集まる。優秀なデザイナーが集まり、統一性はないもののそれぞれの自由を謳歌し、そこに何らかの魅力的な街ができる。一方、郊外は経済的に貧しいというだけではなく、均質的な資本、アメリカナイズされたずるずるとした資本が入ってきて、とても荒れた景観になるという二極化は避けようもなく進んでいますね。
隈──二極化自身が悲しいくらい露骨に景観に反映してしまうからその差はどんどん拡大していく。
今村──かつて田舎は素朴ながらも共同体があったから、自然の素材や共有するヴォキャブラリーによって、貧しいかもしれないけれども限られている故にある程度の統一性を持った景観を作りえたわけです。僕も今地方で民家の改修をやっているのですが、一般に現代の農家の人たちは農協のシステムのなかにあります。あるいは公共事業のばらまきでもいいですが、ここ数十年の生活はそれらによって成立していたのが、今市町村合併で小さいところは弱体化して公共事業のばらまきとかもやめるとなると、彼らを支えてきた社会システムが崩壊してしまう。そうするとコンビニができてロードサイドができる殺伐とした風景が生まれてしまう。
隈──それを考えると、そういう意味で景観法は無駄ではないですね。二極化の見捨てられつつある部分、ほとんど物理的な量で示せば九五パーセントくらいになるのかもしれませんが、その部分についてちゃんとたがをはめるシステムとしてそのシステムは完全に道具なんですね。従来は景観法がなくてもある程度自動的に景観が担保された。そういう牧歌的な時代とは全く違う荒れ果てた時代かもしれません。

隈研吾氏

隈研吾氏

景観法の価値

今村──これはいままで隈さんもいろいろな場所で書かれていますが、持ち家制度、持ち土地制度においては、私有する土地内において建築は自由に何をやってもいいという、いわゆるアメリカ的な発想を戦後の日本人はすり込まれています。最低限建築基準法は守るとしても、その枠内では何をやってもよいという価値観です。ホリエモンが、「法に穴があれば、そこを突くのはわれわれの義務だ」と言っていたのと、同じメンタリティかもしれません。その場合、土地を持っている人がそのポテンシャルを使うことをなぜ制限されなければならないのか。景観問題に限らず、共同体や社会の利益のためには規制をよしとする方向に進むのか。あるいは東京のようなところでは、グローバリズムとシンクロし、自由で奔放な振る舞いが加速していくのか。
隈──その意味では、グローバルな荒れた世界から景観を守るためのシステムというのはもっと即物的で、きびしい仕組みをすぐにも考えるべきだと思います。例えば京都では、いますごく地価が上がっている。それは京都が景観的価値を持っているわけで、だからこそそこにマンションを建てて住みたいわけです。景観を破壊する方向に向かってお金が流れるわけです。東京でいえば神楽坂のような場所も同じです。そこには魅力的な景観がある。そして、そこを破壊する方向にお金は流れていくわけです。ですから、それを縛るための景観法的な仕組みがそこを守っていかないと今の社会のお金の流通速度のなかではどうしようもないことになっていく。
今村──景観法には経済的価値があるということが明らかになればいいわけですね。商業施設にヴィサージュがあることが価値であるように、投資家に対しても、ある場所の景観を壊すことはその土地の価値をな
くすことだと明快にわからせればいいのですね。
隈──それを倫理の問題で解決しようとしているから、全然解決できない。ローカルに即物的な規制を定めないと、ローカルな景観は守りようがない。
今村──正しいとか、美しいといった尺度も曖昧なものですね。先ほどのロサンゼルスのような移民の都市で住人同士に共通価値がない場合には、インパクトのあるゲーリーの建築は受け入れやすい。日本のように同じ価値観を持っているとされる人たちが集まっているところでは、欧米のスター建築家のような振る舞いはすぐに叩かれてしまう気がする。
隈──ルールの議論とその上でプレーする皆の議論がごっちゃになっているから、わけがわからなくなっちゃっているんで、日本のワイドショーでは、そういう形でしか景観を扱かわないから、いつまでも同じことのくり返しで、ルールも先にいかないし、アートも生まれようがない。
今村──北京のプロジェクトでは、隈さんは全体のコーディネーターの役割もされていますね。
隈──もともとは香港の人たちがマスタープランをつくっていたものですが、中国のディヴェロッパーは、表参道こそが世界のなかで一番モデルになると思ったようです(笑)。香港やオーストラリアの建築家はそれまで中国で営業してきたわけですが、中国の人間が東京に来て表参道を見たときに、建築的なアヴァンギャルドと資本とのスパークした感じにインパクトを受けて、表参道のコーナーをやった僕にマスタープランを書き直してくれないかということで突然話がきました。ゲーリーの作品に僕が感じたような空気を作れる、若い、アメリカのスカイスクレイパーをデザインしているKPFとかSOMとかとは全く違う空気のものを作れる人間を探した。ロサンゼルスの荒廃のなかからゲーリーが作り出したような形で、北京のひどいチームに入ってもらって「負けて強い」建築を作ろうとしています。現状から何かを作り出していかない限りは面白いことができる可能性がないと思ったんです。北京や上海のスピード、お金の集まり方や速度は世界のなかでも特異なスピードを見せていますよね。そこにおいてはもはやジャーディー的な手法が通用しないことを中国のディヴェロッパー自身が気づいたのが僕が一番面白かったところですね。中国の商業コンサルが作る企画書を見ると、青山のプラダとか表参道の写真がどんどん使われているんです。ヨーロッパでもアメリカでもなく、日本の表参道を参照してプレゼンに使っている。それを見ているうちにここ数年で東京で起こっている現象の世界史的意味を自分なりに再発見できたという感じがありますね。でも日本人は意外と気づいていません。

プラダ ブティック青山店 撮影=増田圭吾

プラダ ブティック青山店
撮影=増田圭吾

TOD’S 表参道店 撮影=増田圭吾

TOD’S 表参道店
撮影=増田圭吾

日本の景観法論の貧しさ

今村──個別に面白い建築があることは明らかなんですが、表参道の魅力を説明するのはなかなか難しいと思っています。見事なケヤキ並木はありますが、景観の話として考えると、建物の並んでいる様がいいかというと疑問が生じる。学生に名建築が写っていない写真を見せると、みんな表参道だとはわからない(笑)。実際には本当にチグハグな街並みですが、景色として意識的には見ていないのでしょう。しかし歩くときのリズムの楽しさなのでしょうか、商業エリアとして魅力があるんでしょうね。
隈──やはり日本人はデザインは先行しているけれども、言語は遅れている。言語でいうと、未だに支配的な言語は「古いものは守る」とか「緑を植える」がいいところでしょうね。本当のデザインの先端を評価する言語は日本人にはありません。
今村──それは建築ジャーナリズムのレヴェルでもでしょうか。
隈──ジャーナリズムのレヴェルでも都市の評価軸としては、この部分はむしろ年々レヴェルが下がっている。木を植えればいいとか保存がいいというようなプリミティヴなレヴェルでしか都市を評価できていないでしょう。都市というのはさまざまなロジックが共存する複雑なものであるというのは、ヨーロッパの伝統的都市観です。アメリカはそういう意味ではまだ言語もデザインもナイーヴという状態です。日本はデザインは世界レヴェルだけれども、言語がアメリカ並みかそれ以下のナイーヴさなんです。
今村──現在の景観議論の貧しさとパラレルなんですね。単純に瓦が載っていれば景観が揃っているとか、首都高がなくなればいいという問題ではない。
隈 ──基本的にワイドショーレヴェルの議論なんです。そこのレヴェルに日本の言語の世界は足を引っ張られているんですよ。ヨーロッパの世界はワイドショーレヴェルの人は本も雑誌も読まないから全体のレヴェルがそこに引っ張られないのですが、日本は全員が一応本も新聞も読むから常にワイドショーレヴェルで景観が議論されて、全体のレヴェルが落ちてしまうんです。

今村創平氏

今村創平氏

都市と身体

10+1──素朴にお聞きしたいのですが、隈さんは東京の夜景はどのように見られていますか?  数十年前まではそれほど言われていませんでしたが、今は夜景が都市を見るときのひとつの基準となっているところがありますよね。
隈──昔の都市の評価のレヴェルで言うと、照明なんていうのは、照度を確保するものにすぎないんですよね。建築物と夜間照明みたいな感じだったのですが、今は映像的なものとファサード的なものと照明デザインとの境界が完全になくなってしまっていますから、夜景というものは、光を通じて建築のデザインの一番メインの領域になってきましたよね。そういう意味での照明的なもの、映像的なものが建築のメインのテーマになっている。そういう状況はもっとこれから建築を覆っていくような気がしますね。
今村──都市はますます身体の延長になってきている。人工的に内臓を作って、皮膚を作って、骨を作ることにより、今日人間の身体はアンドロイド化の道を進んでいる。一方で、自分の脳に入っている情報や感覚が外部に出て行くという状態がある。数年前『マイノリティ・レポート』という映画がありました。あの映画ではトム・クルーズが歩くと、彼の情報を得て広告が自動的に変わって話しかけてくるというシーンがありましたが、それは都市環境が僕自身の延長になっていくことをわかりやすく示していました。
隈──しかしその一方で京都や神楽坂に住みたいという人が多いわけですが、実はこっちも人々が求めているのは身体性と結びついたインタラクションなんですね(笑)。環境とのインタラクションといった場合、映像化みたいなものだけではなくて、自然素材を使ったりするのも結局それと同じことなんです。土が欲しいとか木が欲しいというのも、自分の体ともう少しダイレクトなコンタクトを建築と結びたいからそういうものが欲しいわけです。だから自然素材を使うことが映像化と対極にあるという人もいますが、建築物と人間がダイレクトにコミュニケーションを結ぶものとして、自然素材もあるし、映像もあるし照明もあるし、そういう状況だと思います。
今村──そうした自然素材の使い方は、隈さんと藤森照信さんとでは全然違うわけですね。
隈──藤森さんは二元論を前提にしています。世の中はどんどん技術が進んでしまっているけど、やっぱり自然素材はいいという二元論です。僕はその二元論自体が崩壊していると思うから、崩壊している状況のなかで、どんな映像とためをはっても勝負できるような自然素材の使い方を考えたいと思っているんです。
今村──中沢新一さんの『アースダイバー』(講談社、二〇〇五)という本がかなり読まれていますが、建築家が建築を考える時にゲニウス・ロキといったことはどの程度意識に上がるものなのでしょうか。ゲニウス・ロキではないにしても、その場所に固有の雰囲気、目に見えない雰囲気が存在する場合にはそれを取り込むのかどうか。
隈──中沢さんの論が面白いと思うのは、今までのゲニウス・ロキ論は、新しいテクノロジーが、ゲニウス・ロキを均質化するとか壊すという形での二元論を唱えたわけですが、中沢さんはゲニウス・ロキと今のテクノロジーと表層的な現象がすべてブンブンと共振するような形で都市というのは進化しているといって、二元論を完全に否定したんです。例えば歌舞伎町のようなところで、濃密で性的なゲニウス・ロキの上に今の表層的な文化が共振して面白い現象が起きているという指摘です。それは中沢新一という存在の面白さでもあると思うけれど(笑)、ゲニウス・ロキみたいなものをどうやってうまくピックアップして共振させて人間のコミュニケーションの表面に浮上させるかということがデザイナーに問われていることだと思います。僕がやっていることもそういう行為なのではないかと思います。そのために総動員するもののひとつのなかに、テクノロジーもあるしゲニウス・ロキもある。そういうものを総動員することで負けて、しかも強いヴィサージュみたいなものが作られていく。
例えば最近僕は宇都宮の隣の高根沢という所で、その近くでとれる大谷石だけを使って、町の顔になる建築を作ったんですが、大谷石とつきあっているうちに大谷石の洞窟のあやしさなんかがどんどん頭に浮かんできて、かなりきわどいディープなものができてしまいました。
物質のなかにひそむ記憶まで深入りしていけると、ゲニウス・ロキも、もっと奥行きが出てきておもしろくなりそうな予感があります。都市は形の集積体である前に、物質の集積体なわけだけど、今までの都市景観論はコンクリートと鉄の都市を前提としているから、物質性という部分もほとんど抜け落ちている。物質の内にひそむ記憶を、新しいテクノロジーの力で引き出すみたいなことがうまくできると、景観論は新しいフェーズに移るでしょうね。
今村──最後に、都市計画ではプランを上から見ていますが、景観やエレヴェーションでは人の目線ですね。ヨーロッパ人は神に倣って上からの視線を欲し、また一方で東京で今一番人気のヴューポイントは六本木ヒルズの展望台からの景色です。完成後二年間経ってもいまだに人波が途切れません。あの体験は上からの視点でも景観でもどちらでもなく、資本主義によるスペクタクルであって、人工が自然に転化したような、熱帯林のような光景への驚嘆を伴いますね。
隈──確かに六本木ヒルズの展望台は、あまりにも視点が高すぎてマンションは高いから嫌だというワイドショー的議論をばかばかしく見せるという点でとても面白いけれど、僕はもう少し大地に近づいて、身体に反応するものに出会った時のほうがブルブルと反応しますね。描きたくなるような場所が好きなんですよ(笑)。
東京タワーも足下にもいろんなバーができていて、足下にあの赤い光が入り込んでくると、東京タワーが一本の鉄骨のディテールと赤い光に還元されてくる。僕はそのアイレヴェル感と地面独特の感じが好きですね。
今村──東京に住んでいる人は、そんなに街を歩いていない。そうしたことが景観議論の貧しさの底にあるようですが、先ほど名前を出したフェリックス・クラウスさんという人は日本に年三回くらい来ているのですが、話を聞くと日本に滞在している間の半分くらいはブラブラ街を歩いているようなんです。彼は多くの都市計画も手がけていますが、都市を歩きまわり、そのさまざまな表情を楽しんでいるという彼には、ヨーロッパの建築家としての素養といったものを感じます。
隈──歩くと体を景観の体内に代入できるみたいな感じがあって、その作業をくり返ししていかないと、景観と人間のコミュニケーションは確かめられませんね。普通のワイドショーレヴェルの議論がどうして貧しいかというと、体を代入しないじゃないですか。テレビ的な対象と人間の距離感でしか、景観を議論しないんですよね。そういう意味でヨーロッパ人は歩行の対象として都市を捉えているから、アメリカのように車で運転する距離感で都市を見る人とは、身体の関わり方が違う。
そういう意味で、やはり日本人の都市に対する身体の使い方は独特な気がします。ある近さみたいなものがないと不安になるんですね。ほおずりして触れるほど近いところに実物があってくんくん臭いをかぎながら都市を歩いているという都市体験が、かつては確かにあった。
今村──銀座にしてもあらたまって眺めてみるとそれほどきれいな場所ではないんですね。でも自分の手の届くところ、例えばショーウィンドウを断片的に拾って見て歩く分にはそれなりに面白いわけです。そういう街のつまみ食い的な見方が身に付いていて、景色として見てはいないのですね。
隈──あれは西洋的に見たら全然きれいじゃない。
今村──だから景観といって騒いでいても、普段からわれわれがそういった視点から街を見ていなければ、議論が深まるかどうかということですね。
[二〇〇六年五月一九日]

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1966年生
atelier imamu主宰、ブリティッシュ・コロンビア大学大学院非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、工学院大学非常勤講師、桑沢デザイン研究所非常勤講師。建築家。

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1946年 -
建築史、建築家。工学院大学教授、東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。