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「住宅」にまつわるエトセトラ──住宅環境をとりまく言葉についての八抄 | 瀬山真樹夫
Miscellany on Residences: Eight Works on Housing Environment Terms | Seyama Makio
掲載『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) pp.100-119

レンタル──住まいを借りるということ

このような話を聞いたことがある。東京では家賃が高いから、物を持っているとその分広い場所を借りなければならずランニングコストがかさむので、なによりも「物理的に多くの物を持っていること」が最大の無駄になるのだと。このことの真偽はさておき、これは東京の地価(家賃)が高いということを、印象的に語りえるエピソードであると思う。
それでは、なにも持たないで生活することは可能なのだろうか? とはいえ、なにもホームレスのような極端な例を考えようというわけではない。東京で当たり前に生活を営むにあたって、いったいどこまでがレンタルでまかなうことが可能な範囲なのかを考えてみようというわけだ。東京では住人の五八パーセントが借家に住んでいると言われているし、私たちが日常的に利用しているレンタルサービスとしては、ビデオ、CD、本、車などを挙げることができる。その他、電話回線やコンピュータのレンタルも可能であるし、寝具、冷蔵庫、炊飯器、テレビ……およそ生活に必要だと思われる物はほぼ全てがレンタルでまかなえるのである★一。そのほうがよほどランニングコストがかかるのではないかという問いはおいておくとして、このことを突き詰めて考えてみると、当然次のような疑問がわき上がってくるだろう、すなわち私たちが物を所有するということと、レンタルで済ませることの境目はどこにあるのか。
平成四年八月に施行された「借地借家法」により定められた「定期借地権」という制度がある。この制度がレンタルということを考えるに当たって重要なヒントを与えてくれるだろう。これは、地主が五〇年という期限を設けて土地を貸す制度であり、その定められた契約期間で借地関係が終了すると、その後の更新が行なわれないというところに大きな特徴がある。借主は、この借りた土地の上に建物を建てて、返すときには更地にして返すのである。この制度は一般に、保有されているが利用はされていない土地の利用を促進するためのものとして、主に宅地政策上有効な制度とされているのだが、このような政策上の問題を超えたところで、いくつかの発見を与えてくれる。それは以下のようなものだ。
私たちは借りている(他人の)土地の上に、(私の物である)建物を建てるということをいささか奇妙な事態と感じないだろうか。というのも、建物自体は私たちが普通に持っている持ち物と違って、期限がきたからそれを持ってよそに移動しますというわけにはいかないものであり、またそれら持ち物の中で最も高価な物であろうから、期限と共に壊すということにはどうしても抵抗感があるのである。しかしこのことは、私たちが建物について、それが一度建てられるとまるで何百年もそこに変わらぬ姿で建っているかのような誤認をしていることによるのである。もちろん、例外的に一〇〇年単位の時間を超えて保存されてきた歴史的建造物のような事例はあるが、実際に在来木工法の住宅の場合、その寿命は現在では三五年程度といわれている。これは、定期借地権の期限が最大で五〇年であることを考えると、その期限内に一度は建て替えを考える時期がやってくるということを意味している。つまり、レンタルしている土地の上に私の持ち物である建物を建てても、その私の持ち物のほうが、レンタルしている物よりも先に、その有効期限を迎えるということだ。もちろんここで建て替えを実行してもよいし、あるいは随時解約の権利もこの制度において保証されているのだが、いずれにせよこのことは私たちに(その善し悪しは別として)土地と建物についての根本的な発想の転換をもたらすだろう。すなわち、現在の私たちは少なくとも身の周りの生活を営むという観点からは三〇年以上のスパンでものを考える必要はないし、それは、土地と建物についても同様であるということだ(文化や環境といった観点についてはこの限りではない)。またここは、私たちが物を所有することと、レンタルで済ませることの境目が極めて見えにくくなる地点でもある。そしてこのことから、レンタルという概念が積極的な意味を帯びてくるだろう。冒頭の例に戻れば、東京で生活する私たちにとって「持たなくてよい」ということは有利な条件として働き、またさまざまなライフスタイルを可能にするのである。


★一──レンタル情報に関してはこのサイトに詳しい。URL=http://www.s-links.net/
参考URL
定期借地権:URL=http://www.teishaku.com/
借地借家法:URL=http://www.houko.com/00/01/H03/090.HTM

カスタマイズ──そこで住むということ

例えば、何か作業をするために他人のコンピュータにさわったときに、それをひどく使いづらいと感じたことはないだろうか。これは、初めてコンピュータに接する人がその使い方をわからずにとまどうということではない。そうではなく、日頃からコンピュータを(それこそ自分の手足のように)使いこなしている人が、他人のコンピュータにさわったときの話をしているのである。それは、私たちが日常的に使い慣れている道具であるはずなのに、何か自分が普段使っているそれとは微妙に、しかし決定的に異なる印象を与える道具になっているのである。
カスタマイズという言葉は、辞書で引けば「自分の好みに合わせて作り換えること」ということになるが★一、日常的に使われだしたのは、九〇年代になってパーソナル・コンピュータが普及してからである。例えばそれは「デスクトップをカスタマイズする」といったふうに用いられ、そこでは、コンピュータのデスクトップ画面の背景を変えたり、メニューバーから階層的にアプリケーションにアクセスできるようにしたりすることを指してカスタマイズと呼んでいるのである。
さて、以上のことから私たちはカスタマイズという言葉を理解するときにそれを「与えられたものを自分なりにアレンジして使うこと」と捉えてしまいがちだ。しかし、ここではそのような理解とは全く別の解釈について考えてみたい。
例えば、ワンルームマンション。同規格の個室が数十戸単位で連なる集合住宅は、その外観が与えるイメージからは一軒ごとの個性は容易に判別しがたい。しかし一軒一軒についての住まい方を観てみれば、棚の配置からカーテンの柄にいたるまで、同じ住まい方をしている家はひとつとしてなく、そこかしこに住人の判断によって作り出された住まい方の工夫を見て取ることができるだろう。ここでは確かにカスタマイズと呼ばれる事態が起こっているといえる。だがこの事態を「与えられた建物をどう使っているか」という問題のなかで判断することはできない。
なぜか。このような判断のなかでは建物と住人が切り離されて考えられていることに注意しなければならない。つまりそこでは「設計者」が「住人」に先行するかたちで現われ、そこでは設計行為はあくまでも生活者の行為を予期しながら行なわなければならないという、けっして解決することができない問題(完全な予期は不可能)に陥るのである。また、この不可能性は、それならば生活者が自由に使える箱をつくればよい、という私たちがかつてよく見てきたおきまりの退屈な解決法を生み出してきた。しかし、厳密に考えるほど「自由に使える箱」としての建物など不可能なのであり、そのようなレトリックは「そこでできないこと」の存在を都合よく隠蔽し、生活を緩やかに抑圧する。カスタマイズという概念は、このような二分法とは全く別のところで成立しているだろう。なによりもまずそこでは、建物と住人はワンセットで考える必要がある。なぜなら、建物は現在進行形で使われている物である以上、住人と独立しては考えられないし、またそうであるならば「与えられた建物をどう使っているか」という問いも成立しない。そこでは、住人の使い方が建物を生成しているともいえるわけであり、この入れ子状の関係はどちらが先とはいえないのである(ニワトリが先か、タマゴが先かという問題)。つまり住人は、与えられた建物と不可分にあるのであり、そこで生成された一回限りの関係が住宅を成立させるメカニズムのことをカスタマイズと呼ぶ。
だから冒頭の、他人のコンピュータにさわったときに感じる違和感は、「私が普段使っているコンピュータを他人がアレンジしたこと」によるものではない。それは、見かけは非常によく似ているが、実は全く異なる道具なのだといえるだろう。

1──カスタマイズの例 出典=都築響一『賃貸宇宙』(筑摩書房、2001)

1──カスタマイズの例
出典=都築響一『賃貸宇宙』(筑摩書房、2001)

2──カスタマイズの例 出典=都築響一『賃貸宇宙』(筑摩書房、2001)

2──カスタマイズの例
出典=都築響一『賃貸宇宙』(筑摩書房、2001)


★一──「カスタマイズ」という言葉は『現代用語の基礎知識』には二〇〇二年度版から登場している。それまでは、カスタムという言葉の下に「カスタムカー」という項目が追加されていたが、二〇〇二年度版からは、この項目が削除されている。

最小限住宅とFINAL HOME──「いちばん小さい」ということ

最小限住宅という言葉のうちには「住宅は、大きくなったり小さくなったりし、かつその小ささには限度がある」ということが含意されている。では、仮に最も小さい住宅なるものがあったとして、その住宅の一体何が最も小さいのだろうか。小さいのは、建築面積なのか、延べ床面積なのか、敷地面積なのか。あるいはもっと別の何かなのか。そしてそれは本当に最小限、つまり、本当にこれ以上小さくすることができないのだろうか。
というのは、われわれは知っているのである。誰かがどこかで、どれだけ小さな住宅を造り、それがその時点において「最小限住宅」と命名されようとも、その後には必ず最小限に関する記録を塗り替える記録更新者が現われ、また新たな「最小限住宅」が出現してしまうということを。 
それにしても住宅の「小ささ」は、高性能であることを表わす指標であるかのような扱われ方をされることが多い。例えば『Memo 男の部屋』の「狭小住宅のすべて。」と銘打った特集★一においては、住宅の写真に添えられるキャプション中、最も大きなポイントを与えられているものは、建物の名前でも、建築家の名前でもなく一階の床面積である。そこには、最大でも一階の床面積が一八坪強という「狭小の」住宅が並べられ、その狭い土地において建築家がいかなるアイディアを持って住宅を設計したのかということが丁寧に解説される。ちなみにこの特集中、最小の住宅は葛西潔による《I邸》で、その一階部分の床面積は五・二八坪という驚きの数字である。延べ床面積四九・八四平方メートルの建物に一家四人で暮らすという感覚は、それが成立している社会背景が変わってしまえば(たとえばアメリカに行けば)とうてい受け入れがたいものがあるのではなかろうか。しかしそれでもなお、これらの建物が「住宅」と呼ばれているという事実がここでは重要なのである。
津村耕佑によって「FINAL HOME」と命名された衣服がある。それは、全体が大きなポケットになっている服とでも呼べるようなもので、表地と裏地の間にさまざまな物(例えば防寒用の新聞紙など)を仕込むことで、使用者がその状況、用途に合わせてフレキシブルに使うことが可能な、高性能な道具として想定されている。また、津村本人はこの服について「家を着たり持ちながら生活している」「ヤドカリ」や「ネイティヴ・アメリカン」を例に挙げて、これは「究極の家」なのではないかと語っている★二。だが、この例が端的に示すように、とどのつまり「住宅」とは命名の問題にすぎない。そして、この問題の内側にいる限りにおいて、すべてのものを「住宅」と命名しうるのであった。
問題なのは、私たちがそれを「住宅」と呼ぶ限り、それがどれだけ小さかろうが、大きかろうが、移動しようが、折り畳もうが、コンピュータの画面上にあろうが、当の「住宅」という観念そのものは全く脅かされず、それどころかますます強力に対象を規定するということなのだ。そしてこの意味において、「住宅」の小ささにはきりがないのである。だからわれわれはここで問いの形式を変えてみる必要があるだろう。すなわち、私たちが現在社会的に「住宅」と呼び慣わしている対象物は、ひょっとして、すでに私たちがよく知っている「住宅」とは全く異質な何かになってしまっているのではないだろうかと。もちろん、ここであらたに「住宅」にとって代わる言葉が発明されたとして、その言葉もまた同じように対象を規定するのだから、問題は解決されたことにはならない。しかし、これは私たちがその対象に対する問いの形式を少し変えてみるだけで、私たちの環境がドラスティックに変化する可能性があるという事実を示している。また、「最小限住宅」という言葉はこのような地点においてこそ問い直される必要があるだろう。

1──5.28坪の家 出典=『Memo 男の部屋』(ワールドフォトプレス、2001年6月号)

1──5.28坪の家
出典=『Memo 男の部屋』(ワールドフォトプレス、2001年6月号)

2──FINAL HOME 写真提供=エイ・ネット

2──FINAL HOME
写真提供=エイ・ネット


★一──『Memo 男の部屋』二〇〇一年六月号「特集=狭小住宅のすべて。」(ワールドフォトプレス)。
★二──青木淳住宅論──12のダイアローグ』(INAX出版、二〇〇〇)。

シェア──他人と住むということ

シェアという単語は、名詞として使われると「分け前」や「分担」、また「共有権」や「市場独占率」などといった意味を持つが、動詞として使われると「共同で使う」、「共有する」といった意味を持つ。つまり一般的に、「シェアして住む」という言葉は、異なる人と、一軒の家を共有して住むということになる。特に、地方から上京してきて生活を送る学生同士や、海外で留学している学生同士のように、ある程度の期間が限定され、かつ同じような境遇にある者たちが、家を共有しつつ住むことのメリットは大きい。そうすることで、なによりも生活のためのイニシャルコスト、ランニングコストの大きな節約になるし、またそれ以外の面においても条件が合えば、さまざまな恩恵を被ることができるだろう。このような局面で「家を共有する」ということは、現実的な生活に有利な条件として働くことがあるのである。
ところで私たちは、同じように一軒の家に複数の者同士で住んでいる場合でも、それが家族という形態をとっていた場合、その状態を「シェアしている」と呼ぶことには抵抗があるだろう(これは、もちろん家族の定義にもよるのだが、さしあたってここでは核家族の形態をイメージしてもらえればよい)。あるいは、これが同棲だったらどうだろう。この場合はその時の状況によるともいえるが、これはつまりシェアという状況を、「一軒の家に複数の者同士で住んでいる」という条件だけからは判断しがたいということを意味している。では、私たちはそれがシェアであるのかそうでないのかを、どのように見分けているのか。そこにはどのような差があるのだろうか。
結論から言えばこの差は、そこで形成されているコミュニティが選択的に形成された物、つまりいつでも再分割可能であるかどうかということになるだろう。例えば、「roomer」という、ルームメイトを捜すことを目的としたwebサイト★一の「ルームシェア基本ガイド」には、冒頭に「親は選べませんが、シェアメイトは選べます」という言葉が記されている。つまりシェアメイトは交換可能なのであり、私たちは単に「家を共有する」ということと「共同生活を営む」ということの間に、大きな落差を見て取っている。そこでは、個人が恣意的に提示した条件に合致する他人同士が、その条件下においてのみ出会っているのであり、そこには「お互いに干渉しない」という条件も当然含まれることになるだろう。つまりシェアメイトは、お互いに「関係ない」がゆえに一緒に住めるのである。また、このようなシェアメイトの存在は、インターネットの登場で飛躍的にその数を増した。インターネット登場以前にもシェアメイトの情報を交換するメディアはあったが★二、「もし、このような条件に合う相手がいたら」というレヴェルの可能世界に潜んでいたシェアメイトが、インターネットという技術のおかげで、具体的にアクセス可能なものとして日常的に参照できるようになったのである。
付け加えると「家族」という概念は、選択、再分割不可能なものであるとは限らない。例えばそれは、近代以降の建築において(交換不可能な制度とみなされてきたがゆえに)しばしば批判の対象となってきた。その成果のひとつとして、黒沢隆による一連の「個室群住居」や山本理顕によって設計された住宅を挙げることができるだろう。そこには、明らかに家族という制度を選択可能なものとして扱うことで相対化しようという志向を見て取ることができ、またそれゆえに住居の平面形式と家族像が必要以上に分かちがたいものとして考えられてしまってもいる。しかし私たちの現実は、そのような形式的な思考をあっさりと超えたところで成立している。今、私たちが直面しているのは、どのような共同体についてもそれが「シェアしている」という言葉以上に何を言いうるのかという問いであり、この問いは新たに社会をデザインし直す動機を私たちに与えるだろう。

1──webサイト「roomer」

1──webサイト「roomer」


★一──「roomer」URL=http://www.aurora.dti.ne.jp/~s301/
★二──リクルート発行の「じゃマール」

セルフビルド──自分でつくるということ

セルフビルドという言葉は、われわれにとってどこか誘惑的な響きを持った言葉である。セルフビルド、自分の住みたい家を自分でつくること。すなわち、既存の規格や、専門的な技術を持った職人の手に頼ることなく、自らの手のみで自らが住まう環境を作り出そうというわけである。しかし、少し冷静になって考えてみれば、この考え方のうちに、われわれがどのような方法をもってしても解決することのできない矛盾が含まれているということに気がつくだろう。例えば、プレカットされた木材を居住者が自分で組み上げてつくった家は、本当にセルフビルドと呼べるのだろうか。工場で組み立てられた鉄骨を材料に使った場合はどうだろう。そこにはあらかじめ材料を加工する者の手が入り込んでいるのだから、厳密にはそれをセルフビルドと呼ぶことはできないのではないか? 仮に、丸太を木材へと自ら加工することで材料も自分でつくったとして、ではその木材を加工する道具はどこから誰の手によってもたらされたのか。あるいはその道具を使うために必要な電力はどのように供給されているのだろうか。インフラの問題はとりわけこの事態を明確なものにする。電気、ガス、水道といった諸設備とその供給源は一般に、施工者の手の届く範囲を超えたところからもたらされるからである。
このような問いは、突き詰めて考えればきりがないし、それがゆえに「突き詰めて考える」ことを禁止されている問いでもあるだろう。例えばそれは、しばしばロビンソン・クルーソーのような無人島での生活として想定されてきた。しかしそこは、自分の手ですべてを作り上げることが可能な場所がどこかにあるのではなかろうか、 というわれわれのナイーヴな妄想が生んだユートピアなのである。
例えば、日本の住宅史において、セルフビルドとして名を残している住宅をみてみると、山根鋭二の《からす城》(一九七二)、河合健二によるドラム缶住居(六〇年代)、その影響下にある石山修武の《幻庵》(一九七五)、などの作品を挙げることができるだろう。これらの作品が社会的に持ちえたインパクトに関してはここで述べるまでもないし、十分に評価する必要がある。しかし、これらの作品には多少失礼な言い方になるが、どこか「世捨て人」的なイメージがつきまとうのもまた事実である。例えば《幻庵》が『Esquire』誌上で紹介された時には「クライアントはこの住宅を建てた後に自分の会社をたたんでしまった」というコメントがつけられている★一。あるいはここに高須賀晋による《生闘学舎》(一九八〇)を加えてみれば、それらの持つユートピア志向がよりはっきりと見えてくるだろう★二。

1──河合健二《ドラム缶住居》 出典=『Esquire 日本版』(エスクァイア マガジン ジャパン、2000年6月号)

1──河合健二《ドラム缶住居》
出典=『Esquire 日本版』(エスクァイア マガジン ジャパン、2000年6月号)

2──石山修武《幻庵》 出典=『Esquire 日本版』(エスクァイア マガジン ジャパン、2000年6月号)

2──石山修武《幻庵》
出典=『Esquire 日本版』(エスクァイア マガジン ジャパン、2000年6月号)

また、セルフビルドの別の側面として「キット化」ということを考えてみても、現代では坂茂による《紙のログハウス》(一九九五)などの住宅が、被災時などのための緊急用設備として構想されていることは注目に値する。それは、近代のシステムが破綻した状態において現われるものであり、そのような状態こそがセルフビルドが可能になる条件(つまり、ある土地を先行する諸条件から自由になった場所として見立てることが可能であるということ)を用意するのだと考えることができるからである。しかし、それは錯覚である。どのような状態下にあるいかなる土地も、そこはすでに先行する諸条件によって占有されており、そしてまたこの意味において、純粋なセルフビルドは完全に不可能な試みであるほかない(だがしかし、あるいはそれであるがゆえに、近代においてセルフビルドという観念は実行力を持ったものとして機能してきた。「完全に不可能」であるがゆえにそれは、到達すべき目標となりえた)。
したがって、私たちが現在構想できるセルフビルド像は次のようなものだ。私たちは、多かれ少なかれ先行する諸条件に依存して生きざるをえないし、その条件はけっして還元可能なものではない。つまるところセルフビルドはこの条件に対する恣意的な線引きの作業にほかならず、なによりもそれは、ここではないどこかにあるユートピアの表象ではありえない。しいていうならば、それは今こここそが私たちにとってのユートピアであるということだ。

3──坂茂《紙のログハウス》 出典=「'97 アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー展  住まいのかたち」

3──坂茂《紙のログハウス》
出典=「'97 アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー展  住まいのかたち」


★一──『Esquire』二〇〇〇年六月号、「知的住宅建築のすすめ/石山修武、日本の住宅を叱る」(エスクァイア マガジン ジャパン)。
★二──この志向を、完全にネガティヴなかたちで実現したものが「サティアン」と呼ばれたオウム真理教による一連の建物群である。

デザイナーズマンション──「個性的」な建物ということ

二〇〇二年五月現在、Google★一で「デザイナーズマンション」を検索してみると約二三三〇件のヒットがあり、そのうちのほとんどは主に不動産情報を扱うwebサイトである。なかでも「お部屋探し達人」★二や「お部屋探しドットコム」★三と題された物件情報を提供するwebサイトのトップページには「ワンルーム」、「都市公団・公社」、「ペット可物件」、「マンスリー・ウイークリー」などと並んで「デザイナーズマンション」という項目が用意されており、これは、不動産業界においてはデザイナーズマンションという単語がれっきとしたジャンルとして成立しているということを示している。また前者では「デザイナーズマンションは、建築家の魂が込められている。それだけこだわりがあり、一般賃貸では考えられない間取や仕様になっている」という解説が、後者では「みんなのあこがれ!? こだわりの粋、デザイナーズマンション」という見出しが付けられることで、その物件が他のいわゆる普通のマンションとは質差を持った何かであることが強調されることになるだろう。また、このデザイナーズマンションという単語を世の中に広く普及させるのに一役買ったと思われる、マガジンハウス発行の雑誌『BRUTUS』も、その連載記事である「ブルータス不動産」★四をオンライン上のコンテンツとして提供しており、そこでは誌上で紹介された不動産物件の情報を入手できるようになっている。このサイトでは、難波和彦や谷内田章夫、梅林克といったいわゆる「建築系」の雑誌でも目にすることが多い建築家による作品が多く取り上げられている。ここではあえてデザイナーズマンションという単語を使わずに物件の紹介がなされているが、前述のサイトと同様のアプローチの下にあると考えてよいだろう。つまり一般的にはデザイナーズマンション=建築家のつくったマンションと考えられている。
デザイナーズマンションは「建築家によって設計された」、「ほかではありえない建物である」という理由から、いわゆる普通のマンションとは一線を画すものであり、それゆえ入居者はそのイメージにこそお金を払うというわけだ。また同時にそこは、建築家のつくる家は「奇抜」で「個性的」だが「住みにくい」という、私たちがよく知る紋切り型の形容詞が堂々と流通する世界でもある。例えば、冒頭に紹介したwebサイトのひとつでは、物件に対し「個性的な物件が多く、デザイナーズマンションに住んでる!って胸を張って言えます」、「デザイナーズマンションならではの不必要に広い風呂」あるいは「こちらはガチガチのデザイナーズマンションではなく、一般賃貸がかなり洒落た形になった程度。寧ろこの方が住みやすい」といった微妙なコメントが添えられることになる。私たちは、これらのコメントが、一見気が利いているようでいて、実は典型的なものでしかないことに注意する必要があるだろう。
さて、日頃からいわゆる「建築系」の雑誌を読み慣れている筆者たちにとっては、このデザイナーズマンションという単語にどうもなじみにくい印象を覚えるのもまた事実だ。というのも、それらの雑誌においてはことさら「デザイナーズマンション」などという単語を使わなくとも、そこで紹介される物件は(なによりもそれらは「物件」である以前に「作品」として紹介されるわけだが)必ず誰かによってデザインされたものであり、その意味においてデザイナーズマンションでない物件をさがすほうがよほど困難なのであるから。建物を設計する側にとってみれば、ことさらデザイナーズマンションなどという呼び名を使わなくとも、それはれっきとした固有性を持った作品なのであり、翻ってデザイナーズマンションという単語は「個性的」という形容詞のもとに、かえってそれらマンションの固有性を見えにくくしてしまうだろう。あるいはこれは、集合住宅というビルディング・タイプが持つ、同形式の住居が反復して現われるという形式がどうしても画一的なイメージを与えてしまうことに対する反動なのだろうか。いずれにせよ、装飾としての個性を貼り付ける記号としてデザイナーズマンションという単語を使う限りにおいては、それらが本質的に持っている作品同士の差は見えてくることはない。私たちはデザイナーズマンションという言葉を不動産業界における一ジャンルを超えたところでどのように使用しうるのだろうか。


★一──URL=http://www.google.co.jp/
★二──URL=http://www.heyasagase.com/index.html
★三──URL=http://www.o-heyasagashi.com/home.htm
★四──URL=http://www.brutusonline.com/brutus/regulars/rooms

緑化──自然に住むということ

先日、面白い住宅を見学する機会があった[図1・2]。それは緩やかな丘陵状の屋根を持ち、屋上が緑化されている住宅である。この住宅の見学会に行ったときに、その入り口で植物の種をいくつか手渡され、「好きなところに蒔いてください」と言われた。私は、その住宅の屋上をうろうろしながらいくつかの場所で土をほじくって種を蒔いてから帰ってきたのであった。
都市緑化は、都市の過密が進むほどに重要な問題となってきた。とりわけ建物の屋上を利用する人工地盤緑化や、室内での大規模緑化などは環境計画の問題として扱われ、そこでは自然をいかに再現できるかということに最先端の技術が投入されているだろう。しかし、よく言われることだが、自然をいかに作り出すかという問題は、初めから解決不可能な問題を抱え込んでいる。すなわち、人工的に作り出せないものこそが自然と呼ばれるという問題である。例えば、「地球に優しい住宅」という言い方が欺瞞めいているのは、住宅産業が不可避的にそのプロセスのなかに自然を収奪して開発するということを含んでいるという事実を、どこかで隠蔽しようとしているからにほかならない。ここでは、人工と自然はあくまでも背反する事象として想定されている。
 一方、自然を原生の状態に放置しその移り変わりに任せておくことだけが、生物の多様性を最大に保つ道ではなく、自然の一部に人の手を加えたほうがその多様性はむしろ増大するという仮説がある★一。このような仮説のもとでは、日本の伝統的な農耕文化のなかで形成された、田と畑と雑木林が入り交じっているいわゆる里山の風景などが、多様な生態系とその状態を定常に保つシステムとして評価されることになるだろう。例えば、現存する昆虫などの種の多くは、人手の全く入らない高山や原生林などに住むものではなく、むしろこのような環境においてこそ生育してきたということは重要な事実である。この考え方は、人為を生態系の一部とみなす考え方であり、そこでは人工/自然という二項対立は最初から問題になることはない。
この考え方に極めて似ているものにビオトープと呼ばれる考え方がある。ビオトープとは、ドイツ語のbio(生物)とtop(場所)の合成語で、多様な生き物が持続して暮らせる生息空間を意味する。この考え方は人の手を加えることで生物の多様性を維持するという意味において前述の仮説によく似ている。しかしその仮説にしても、その手の加え方次第ではその在り様はごく単純で貧しいものにしかならないことは明らかであり、そのために、護岸工事で固められた川岸を土に戻したり、河川敷に蘆を植えたりすることでビオトープを成立させるのである。
それは、何も生き物が生育できる特殊な環境を人工的に作り上げるということではない。むしろ、私たちの環境のなかで、どのような生物が生育しているのかを見定めることであり、またその生態系をどのように維持してゆくかという考え方に近い。例えば学校のプールを例に取ってみよう。多くの学校は夏の使用期間が終わった後も水を張ったままにしておくので、そこは水生生物にとっての格好の生育環境になり、秋から初夏にかけて多様な生物がその生活を営む場所となる。このようなことこそがビオトープの好例であると言えるだろう★二。またこの考え方が、いわゆる「緑化」的な発想と全く異なるのは、自然という対象を私たちの外部に作りだすのではなく、むしろ私たちの環境のなかに見出していることである。ここでは環境を保全しようとしている主体がそもそもその環境のなかに含まれているという事実が認識されている。私たちは最初から人工と自然を切り分けて考えることはできないし、また最先端の技術を導入して押し進める緑化はどこかでこの二分法を強化してしまうことになるだろう。「自然」は私たちの環境のなかに、常に私たちと同時に遍在しているのである。そういえば冒頭で見学した住宅の庭にも小さな池があり、水生生物が越冬している最中であった。

1──地を這う小林邸(屋上写真) 設計=不破博志+中西道也、2001 筆者撮影

1──地を這う小林邸(屋上写真)
設計=不破博志+中西道也、2001
筆者撮影

2──地を這う小林邸(屋上写真) 設計=不破博志+中西道也、2001 筆者撮影

2──地を這う小林邸(屋上写真)
設計=不破博志+中西道也、2001
筆者撮影


★一──池田清彦『虫の思想誌』(講談社学術文庫、一九九七)。
★二──大阪府公害監視センターは学校プールの生き物調査を行なっている。
URL=http://www.epcc.pref.osaka.jp/center/biotop/bio.htm

積層──積み重なるということ

「高層マンション」や「高層ビル」といった単語はあるが、「積層マンション」や「積層ビル」といった単語はあまり聞かないように思われる。積層という単語自体耳慣れない言葉であるが、もっぱら建築の領域では、材料の名称の一部に用いる言葉として使われてきたといえる(積層合板、免震用積層ゴムなど)。この形容詞を建物自体に適用することで、私たちはどのような視点を発見できるだろうか。
例えばこのような仮説を立ててみたい。「高層」とは、それがあらかじめそうなるべくしてそうなるように計画されたことの結果であるのに対して、「積層」はそれが予期せぬうちに結果としてそうなったことであると。それはなんというか、地層のようなものだ。地層は、それがあらかじめそうなるように計画されて作られたわけではない。広大な時間のなかでさまざまな要素が堆積し折り重なった結果、そのような姿で現われることになったのである。もちろんこれは、取り立てて特殊な事態ではない。あたりを見わたせばこのようなことは私たちの身の回りでごく当たり前に起こっており、またそれは建築においても例外ではない。
いわゆる、ペンシルビルと呼ばれる建物について考えてみる。それは、狭小の敷地に建つ細長いプロポーションを持った建物の俗称であり、これらの建物はその特徴的な形態からペンシルビルと呼ばれている。延べ床面積を一定に保ったまま、建築面積を小さくしていけば、必然的に建物は三次元方向への拡張を余儀なくされる。そこでは小さい面積の床が、縦方向に「積み重なる」ことになるのである。特に、二〜三階建てまでの専用住宅のみを建設対象とした低層住居系の地域以外の用途地域においては建物の絶対高さの制限がないことに加え、延べ面積の建築面積に対する割合である容積率に関しても、全面道路の幅などさまざまな条件において緩和されることから、例えば都心の商業地域内にある狭小の土地などでは自ずと建物は前述のような形態を取ることになり、奇妙に細長いプロポーションを持った、しかしけっして高層ではない建物がつくられることになる。この建物は確かにいわゆる高層ビルとは異なる性格を持った建物になっている。しかし、この建物をそれ自体単体のものとして取り出してみてもまだそれは「積層ビル」とは言い難い。ところが、この建物が、隣の建物と壁を共有して拡張しはじめると、途端に事態は複雑な様相を帯びてくるのである。それは異なるルールを持った建物同士の連結であり、拡張行為である。そこでは、互いに一貫しないルールを持った建物同士が、それでもひとつの建物として成立することになり、結果的にそれは、さまざまな要素が堆積してできた建物として姿を現わすことになる。また、こうしてできた建物は、あらかじめ高層化することを目的としてできた建物とは、全く異なった趣を持ったものになるだろう。この事態を形容する単語として積層という言葉を用いてみてはどうか。またこの意味においては、街中「積層ビル」だらけといえる香港の街でも、とりわけ異彩を放っていた九龍城を、その極端なモデルとして想定できるだろう。九龍城も、全く異なる建物同士が連結拡張を繰り返すことで出現した巨大な堆積体だった。つまり、「積層マンション」あるいは「積層ビル」とは「層が重なり合ってできた」建物、ではなく、「建物が」層状に重なり合ってできた建物なのである。また、このモデルは高密度化が押しすすみ、かつ有効な空地が確保できない状況においては自ずと現実的なものとなってくるモデルである。それは、たしかに即物的で野蛮な建物に違いないが、同時に奇妙な説得力に満ちているだろう。

>瀬山真樹夫(セヤマ・マキオ)

1972年生
濱菊一級建築士事務所勤務、芝浦工業大学大学非常勤講師。建築家。

>『10+1』 No.28

特集=現代住宅の条件

>狭小住宅

日本の都市の特殊な敷地条件によって余儀なくされた狭小住宅や建築物。切り売りされ細...

>青木淳(アオキ・ジュン)

1956年 -
建築家。青木淳建築計画事務所主宰。

>セルフビルド

専門家に頼らず自らの手で住居や生活空間をつくること、あるいはその姿勢。Do It...

>石山修武(イシヤマ・オサム)

1944年 -
建築家。早稲田大学理工学術院教授。

>坂茂(バン・シゲル)

1957年 -
建築家。坂茂建築設計主宰、慶応義塾大学環境情報学部教授。

>難波和彦(ナンバ・カズヒコ)

1947年 -
建築家。東京大学名誉教授。(株)難波和彦・界工作舍主宰。