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表参道 | 平井太郎
Omote-sando | Taro Hirai
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) pp.144-145

表参道の土地が動いているという。
たしかに地価公示で標準地番号「渋谷五ノ六」は、二〇〇一年から全国トップクラスの上昇率を刻んできており、地価下げ止まりの象徴としてしばしば言及される。メガブランドストアの出店ラッシュとあいまって、ミニバブルの到来がささやかれる昨今である。
たとえば「香港系資本が神宮前界隈の土地を買い漁っている」という噂がある。事実として確かめようがないが、メガブランドストアの動きにしても、本質的に異なるとは言い切れない。新しい金融手法で土地が動かされているように見えても、そこで動いているのは、あくまでモノであり、モノに付着した幻想にすぎないからである。
しかもそのモノや情報の動かし方すら、確乎たるものではない。メガブランドストア・ブームに先鞭をつけた「エスキス表参道」も、リニューアルから四年足らずで収益力に陰りが見えつつある。これに対して「ルイ・ヴィトン館」などは、設計やデザインに建築家を起用しはじめた。表参道という土地と根柢からむきあうことで、恒久的なビジネスモデルを模索しようというのである。もっとも欅並木などの表面的な引用は、新しいモデルの成立を保証しはしない。
さらにそうした曖昧さは許されなくなってきている。たとえば「表参道ヒルズ」。ここでも、欅並木というコンテクストがしばしば言及される。しかもオブジェとして引用されるたんなるモノではない。欅並木を生み育ててきた、この土地の共同体的な関係性の証として位置づけられている。
とは言え、そうした言説は根本的な危うさを孕んでいる。このプロジェクトをめぐって、どれだけ複雑なコンフリクトが渦巻いてきたかを想い出すだけでよい。とりわけ記憶に新しいのが、神宮前小学校との合築プランの頓挫である。複合開発という森ビルのビジネスモデルにとっては、敷地と容積の制限は致命的な痛手にほかならない。
設計デザインを担当する安藤忠雄は、地下三〇メートルまで掘り下げるプランでそれに応じた。同時に彼は地下の利用を、欅並木を守り育ててきた共同体的な関係性へのオマージュと意味づけた。こうした言説は、「原宿表参道欅会」による現実の修景事業や、かつてこの界隈に暮らした人々の証言などが貼り付くことによって、さらに鞏固になってゆく。
だが逆の見方をすると、安藤のレトリックは、表参道という土地に共同体としての性格を要求することでもある。ここには今までにない、資本と土地の関係が兆している。安藤を介した資本のレトリックによって、この土地での生のかたちが、共同体という不明瞭なモデルにむかって、ひた押しにされているからである。
そうして滑り出したプロジェクトの劈頭、思わぬ事故があったという。
掘削のプロセスで石垣が露出し、三カ月以上、工期が遅れたのである。それは表参道が、明治神宮への参道でしかなかった時代の遺産である。その存在は皮肉にも、土地の共同性の証とされた欅並木が、参道の神木以外の何ものでもなく、だからこそ今まで手がつけられてこなかったのだと気づかせるものであろう。
この石垣はさらに、地下水脈の圧力を再認識させることになった。表参道の地下には浮力一〇トンもの水脈が流れている。石垣などを掘り返せば、周辺の地盤がそれだけ浮いてくる。そこで一〇〇本以上のアンカーボルトを打ち込みながら、最終的には七トンの建築を載せてバランスを取るように再計算されたという。
かつて周辺の村を潤したはずの水脈だが、ここでは共同体を彷彿させる一切の規範も叙情も排除されている。土地は共同体としか抽象できないものではない。一〇トン対七トンのように、資本と同じ尺度の抽象量として扱うことも可能なのである。
資本がある土地を通過するとき、このように一切の意味や修飾が殺ぎ落とされることがある。たとえば廃屋などである。しかも廃棄された土地こそが、不動産として「動いている」。その土地を利用したビジネスではなく、土地の存在自体が価値と直接結びついているからだ。廃棄された土地ほど、ビジネスや共同体といった媒介項が見えにくいだけに、値付けのしようがない。
表参道でも路地裏の廃屋がどんどん増えている。インディーズ系のブティックなどのインキュベータとして、かねてから注目されていた。その状況にはいくつもの矛盾を指摘できる。欅並木を守っているという人々が、次々と追い立てを食っているのだから。ただある予兆を読み取るならば、有用でない廃墟に眼をむける必要がある。無人駐車場すら閉鎖された空地。表通りにつながる廃屋。表参道界隈にもすでに、廃棄された土地が滲み出してきている。
そうした土地の廃棄が「香港系の資本」の手になるかどうかはわからない。だが曖昧な虚飾をまとったメガブランドストアではなく、そここそがバブルを予感させるものであり、われわれを根源的に不安にさせる即物的な土地なのである。

撮影=蔵真墨

撮影=蔵真墨

>平井太郎(ヒライタロウ)

日本学術振興会特別研究員。社会学・相関社会科学。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間

>安藤忠雄(アンドウ・タダオ)

1941年 -
建築家。安藤忠雄建築研究所主宰。