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マイ・ホーム・レス・エイジ | 三浦展
My / Home / Less / Age | Atsushi Miura
掲載『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) pp.108-109

どうやら90年代の若者文化のなかから、従来の、いわば高度経済成長期型の価値観を軽々と超えていく新しい価値観や生き方が生まれているようである。それらの動きを総称して「ストリート的」と言ってよいであろう。
そう思った私は昨年末、この1、2年に撮りためた写真と、書きためた雑文を再構成し、『TOKYO STREET FILE』という資料を作成し、企業のマーケティング関係者などに1部3万円で売っているのであるが、存外それが好評で、発行1カ月で増刷の運びとなった(ご関心の向きはご連絡下さい。お見せします)。
その資料の中には、高円寺の古着屋、裏原宿や代官山の店、井の頭公園のフリマ、町田の高校生、スーパーカブあたりの中古バイク(「スカバイク」というらしい)に乗り銀色の半球型ヘルメットをかぶってテケテケ走っている若者、終戦直後の闇市に突如出現した今どきの「まったり」系カフェなどなど、いわゆるひとつのストリート系の店と若者が220点のカラー写真とともに紹介されている。そこに写っている若者はみんななぜか楽しそうだ。そこに私は高度成長期型の価値観の完全なる崩壊と新たな時代の感受性を見る。ひとつ時代が突き抜けたのだろう。

高度成長期型の価値観とは、家族と企業と学校が一体となったマイホーム主義である。このマイホーム主義は、政治的な意味での冷戦時代=1955年体制時代に対応していた。1955年体制は大衆消費社会を基盤とする体制であり、労働者の社会主義化を防ぐために家電、自動車、住宅等々の消費財(マイホーム、マイカー)という飴を与えて彼らを消費者化し、同時に消費財を家族同士をひとつにまとめあげる紐帯として位置付けたのであった。この体制のなかで、男性は冷戦という戦争を仕事中毒の企業戦士となって働き、女性は専業主婦&教育ママゴンとなって銃後を守り、子供はより良い学歴と企業を目指してさらに勉学に励むという拡大再生産システムが完成したのである。
マイホーム主義の中心はもちろん住宅だった。まさに55年に日本住宅公団ができ、2DKの団地が近代的な家族生活の舞台として理想化された。その舞台の上に揃えられた家電は、家事省力化という機能以上に、戦後の家族を近代的で豊かな家族たらしめるという機能を有していた。その意味では、あらかじめ家族があったから家電を買ったのではなく、家電を買ったからこそ家族たりえたのだとも言える。自動車も家電以上に戦後的な家族を象徴する商品であり、その家族の生活水準の向上と並行した買い換えを前提とした商品であった。それに乗ってどこかに行くことよりも、それぞれの家族にふさわしい格の車を買いガレージに並べることのほうが重要であった。だから課長のときはカローラで、部長になればコロナに買い換え、そしていつかはクラウンに乗る日=役員になる日を夢見たのである。
化粧品にすらこのマイホーム主義は当てはまる。55年体制のなかでは、すべての女性は山の手の中産階級の、きれいで知性も教養もある「よい奥様」、「よいお嬢様」に見えなければならなかった。だから化粧品は「銀座」をアピールした。銀座でお買い物をするような奥様、お嬢様の姿が理想の女性と家庭のイメージとして全国に広まった。夫たる男性が働いて高い給料を持ってくれば、奥様とお嬢様が良い化粧品を買え、きれいになり、男性はますます働く意欲を増すという仕組みであった。

こうして高度成長期に拡大した理想のマイホームのイメージは、しかし1973年の第一次オイルショック以後の社会経済環境の変化のなかで、次第に崩れていく。企業・産業・経済の変化と並行して、家族や学校も大きく動揺した。離婚、家庭内暴力、校内暴力など、それまでの家族や学校の体制が崩れ始めていた。そして家族や学校という集団よりも個人を重視する価値観が台頭していた。
家族や学校や企業においては、集団よりも個人を重視する価値観の台頭はあまり喜ばしいものではない。しかし消費社会そのものは個人重視の価値観の台頭を歓迎した。主要な耐久消費財の普及率がほぼ100パーセントとなった1970年代半ばにおいては、家族を単位とする消費はもはや力を失いつつあった。そこで注目されたのが、より個人的な消費である。父親の収入で家族のために買う消費ではなく、個人が個人の収入で個人のために買う消費が重要になった。アンノン族もクリスタル族もHanako族も個人が消費の主役となった時代の言葉である。
しかしその時代における個人は家族というものの枠内からはみ出ようとはしなかったし、家族というものの存在自体を根本から疑うことはなかった。つまり、所有の単位が家族から個人に分解はされたものの、家という箱のなかに保有されている物の量がトータルとして増大し、質的にも向上していることに喜びを見出す価値観は根強く残っていたのである。

それに対して1990年代以降拡大を続けているストリート文化の根底には、家族への期待が最初からあまりない。家族を主体とする消費や所有への期待もあまりない。さらに個人を主体とする消費と所有に対しても何か疲れのようなものすら感じられるのである。なぜなら、現在の若者は自分が主体として何ものかを所有するより以前に、実は生まれたときから彼らが狭苦しいマイホームのなかで客体として所有された耐久消費財であり、親によって「マイぼくちゃん」、「マイおじょうちゃん」として専有された息苦しい体験をしているからだ。彼らにとって所有の観念は、自らの欲望を解放し、自らを主体的で自由な存在にするものではなく、反対に自らを拘束し、束縛する観念として彼らを苦しめるのだ。
だから、家など買わず、冷蔵庫も洗濯機も持たず、自動車も持たず、結婚もしない、そんな生き方が求められているように思える。どこにも定住せず、いたずらに私有せず、そのとき必要な最低限の物だけを持ち歩き、そのとき必要な最小限の人間とだけつながりあいながら生きていく、そうした生き方が若者に新鮮さを持ち始めているように見える。ストリート文化の興隆と古着や中古バイクの定着はその変化の予兆であろう(ちなみに今や古着は一種のブランドであり、ある雑誌の調査では古着が人気ブランドの第3位であるという)。
青山にある人気家具店イデーは昨年末、自社および外部の若手のデザイナーを集めて「Homeless」という小さな展覧会を世田谷にあるイデーの事務所で開催した。作品は、主に移動や携帯を共通のテーマにしており、具体的にはテント、毛布、ベッド、枕、ガスボンベ式コンロと流し台、組立式テーブル、イス、CDケース等々。どれも存在感が軽い。
ホームなくしては購買契機のないはずの家具を売るイデーが、ホームレスとはいかにも皮肉な企画であるが、たとえ家具を作り・売る人間であろうと、いや、むしろ家具を作り・売る人間であればこそ、家具というものにまとわりついている家族やホームの観念の束縛から解放されたいと願うのであろう。考えてみれば、ホームレス(浮浪者)こそはまさに生存に必要な最小限のものだけを携帯しながら移動しつづけることで生存している究極の都市人間でありストリート人間である。だからもしかすると、彼らが何を食べ、何を持ち、どこに寝ているかを知れば、都市や住宅やその他さまざまなる物がこれからの時代に向かうべき方向が見えてくるはずである。家族やホームの観念の政治的・経済的・社会的意味づけの拡大とともに増殖してきた前述したような住宅、家電、自動車等々の物たちがそのことを自覚し、その束縛から自由になり、ストリートに出ようとしたとき、そこにはきっと新しいクリエイションが生まれるであろう。

撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展


撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展


撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展

撮影=三浦展

*この原稿は加筆訂正を施し、『マイホームレス・チャイルド──今どきの若者を理解するための23の視点』として単行本化されています。

>三浦展(ミウラ・アツシ)

1958年生
カルチャースタディーズ研究所主宰。現代文化批評、マーケティング・アナリスト。

>『10+1』 No.19

特集=都市/建築クロニクル 1990-2000

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