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ストリートの音──「路上」を領する者たち | 増田聡
Sounds in the Street: People Territorialize the 'Street' | Satoshi Masuda
掲載『10+1』 No.34 (街路) pp.94-96

「ストリート」の観念は、ある種のポップ・ミュージックにおいてロマンティックなイメージを付与するものとして機能している。路上を彷徨い社会に牙を剥くパンク・ロッカー、不法に路上を占有し、ダンス空間へと塗り替えるヒップホップDJ。そのような「ストリートのイメージ」は、パンク・ロックやヒップホップといった、アウトサイダー性をその美学=イデオロギーの核とするジャンルの真正性を担保するものとなっている。
そのような意味空間の中では、あるアーティストが「ストリートに属している」か否かが、「ホンモノ」であるか「ニセモノ」であるかを区別する基準として機能する。都市空間の中で定住の地を持たない音楽、寝床を持たないことをそのアイデンティティとする音楽ジャンル。その種の音楽において、「ストリート」とはすなわち、文化産業の商業的回路からの離反を意味する隠喩にほかならない。ストリート=路上という場所は、反商業性を象徴する記号として、ポップ・ミュージックの意味論を構成することとなる。
しかし、「現実の路上」で鳴り響いている音が、パンクやヒップホップのイデオロギーの描き出すそれと大きく異なっていることは自明だ。渋谷や新宿で聴こえる音、それはまず交通機関が生み出す騒音であり、雑踏であり、かろうじて音楽らしきものを探してみるならば、商業空間から流れ出すCMソング——物売り唄の末裔——ばかりが耳につくのが関の山だ。しかし、その中を歩くわれわれは、のべつまくなしに耳に届く「騒音」から耳を護る術をすでに身につけている。ヘッドホン・ステレオが都市の歩行者の基本的装備となって久しいが、それに頼らずとも、われわれは都市の音を「選択的に」聴きあるいは聴き流す術をいつしか身につけているのではないだろうか。
ストリートの音とは、そのような現実の音響空間から、選択的に聴き取られた——聴き取られうる可能性を持つ——音の総体の謂いである。そこでは、けっして実際には聴こえることのないパンク・ロックやブレイクビーツが、誰かの耳の中ではイマージュとして鳴り響いているのかもしれない。隠喩としての「ストリート」がポップ・ミュージックの意味論を左右するものとなっているこんにち、けっしてそのような「幻聴」を軽んじることはできまい。
現実の路上と想像のストリートとの対立、マテリアルな音響とイマジナリーな音楽観念との相克の狭間に、「ストリートの音」は存立している。そこでは、商業資本や行政、メディアに媒介された「現実の路上音」が、「イメージとしてのストリート」のフィルターを通して「聴き取られる」。さらには、そのような「イメージとしてのストリート」を聴き取る者が、自らそれに似つかわしい音響環境——サウンドトラック——を自ら発生させる、そんな事態さえ普通になってきている。騒音計で測ってもけっして捕捉できない、イマジナリーの領域にまで至る多層化された音環境——これが、こんにちの「ストリートの音」の現実である。

第三空間の陣地戦

近代は、都市空間を仕事場や公共施設などのような目的合理性が支配する公的空間と、家庭に代表される親密性の原理に基づく私的空間とに分割していった。公的空間の音響は管理される。他方で私的空間の音響は囲い込まれ、レコードやラジオといった音楽メディアの助けを借りながら、消費者個々の創意による音響空間を形作る。
両者の狭間にある第三空間、盛り場や街路は、商業、行政(警察)、交通、歩行者などの、異なる装置=文脈が衝突する空間となる。共に音響を管理する場である公的空間と私的空間からの「残余」が溢れ出すのが第三空間であり、路上はその典型的な場所となる。
第三空間をまず領有しようとする者——それは商業だ。都市の路上を埋める音、それは遊歩者を絡めとろうと待ちかまえる蜘蛛の巣、広告の論理から発するものだ。物売り口上、より音楽的なものとしては「チンドン」などに遡ることができる、市場の喧噪の末裔。現代の路上で響きわたるそれは、スピーカー・システムを「楽器」とし、広告メッセージを飽くことなく路上に行きわたらせることになる(それが「音楽」であるかないか、はもはや重要ではない)。第三空間の商業化とは、端的には店先に並んだ商品が路上に溢れ出すのと同種の事態だ。商業空間を可能な限りじりじりと広げ、路上の遊歩者を絡めとること。物売りの声を(さまざまな規制の網の目に抵触するぎりぎりのところまで)できる限り遠くに届かせること。この論理はおそらく、古来より変わってはいない。
次に第三空間に手を伸ばすのは(広義の)行政である。行政・公的機関による音の管理——それは音響を量的な基準(デシベル値など)に基づいて抑制する規制に代表されるように、第三空間を公的空間として編制せんとする力だ。あるいはサウンド・アートやインスタレーション的な「音響デザイン」もそれに含まれよう。八九年JR新宿・渋谷駅で導入されたのを端緒に急速に広まった、鉄道駅のメロディ・ベルなどがその例だ。第三空間の猥雑さを抑圧し、整序された音環境を導入することによって公的な空間に組み入れること。あたかも官僚が自らの権益の及ぶ範囲を拡大していくようなそぶりにも似て、行政的な音環境は「クリーン」、「エコロジー」などのイメージを媒介にしつつ第三空間を冒してゆく。故にそれはマリー・シェーファー的なサウンド・デザイン思想★一と相性が良い(環境庁が「日本の音風景一〇〇選」[一九八六]といった形でサウンドスケープ思想を無邪気に称揚してしまう国である)。
各々の文脈から漏れ出る音響が混交する第三空間。ストリート・ミュージックとは、これら商業や行政に属さない者が第三空間を領有しようとする能動的試みだ。故にそれは、容易に政治的コノテーションを帯びることとなる。ジャック・アタリを参照するまでもなく★二、古来より権力は都市において音を禁じ管理し、空間を統御することに腐心した。近代に至ると、路上に代表される第三空間は音の政治=政治の音が存立可能となる唯一の空間となる。シュプレヒコールのないデモはほとんどないし、演歌師やフォーク・ゲリラ、ゲットー・ブラスター(街路で大音量の音楽をラジカセで鳴らす実践)など様態はさまざまであれ、路上の音楽実践は第三空間を美的な手段で政治化するものとして行なわれてきた(あるいは、当初は政治的意図のなかった路上演奏も、無骨な行政権力の規制との衝突を繰り返すうちに政治的意識が醸成されざるをえなかった)。都市空間における余白を音によって領有せんとするこのような陣地戦はこんにち「サウンド・デモ」として再活性化しつつあるが、これらは空間論的には暴走族のけたたましい示威行為と変わりない(両者は全く等しく行政の警戒感を呼び起こすこととなるのだから)。
そのような第三空間の暴力的な領有を、より交渉的に「柔らかく」行なうものが、自由区として開放された(=管理された)第三空間に限定された音楽的領有である。その代表的なものとして、八〇年代後期に隆盛を極めた「ホコ天」を挙げることができるだろう。しかしそのような「行政と馴れあった」第三空間の音楽化は、容易に商業的文脈への転化を呼び起こす。それは物理空間としての路上を「ストリート」という観念に変換しつつ、文化産業へと接続する作業である。ストリートは「政治化」の記憶を伴いつつ商業化されることになるのだ。冒頭で述べたような、パンク・ロックやヒップホップが持つ「ストリート性」もまた、安田昌弘が説得的に論じるように★三、この文脈のなかで理解しうる。

1——メロディ・ベルを発する駅構内のスピーカー 撮影=MDR

1——メロディ・ベルを発する駅構内のスピーカー
撮影=MDR

2——街中で大音量の音楽を鳴らす、ゲットー・ブラスター 出典=http://www.djbad.de/oldschoolarchiv/grandmasterflash/Pics/pics.html

2——街中で大音量の音楽を鳴らす、ゲットー・ブラスター
出典=http://www.djbad.de/oldschoolarchiv/grandmasterflash/Pics/pics.html

メディアに媒介される「ストリートの音」

第三空間における、音環境の商業化、公共化、政治化。この三つのベクトルはしかし、こんにちでは互いに絡まり合いつつ、もうひとつのベクトル——私的空間化——に脅かされているように思われる。そのひとつの契機は、九八年頃から路上に溢れ出した新たなフォーク歌手たち、そしてもうひとつは、九九年から本格的に普及した携帯電話の着メロサービス、である。
南田勝也は二〇〇一年に大阪の盛り場でストリート・ミュージシャンへの集中的な聞き取り調査を行なっている★四。それによれば、こんにち都市の路上で見受けられる弾き語りフォーク・ミュージシャンたちには「公の場所に対する特別な気負いの不在」が指摘され、「家では練習できないから外で演奏する」、「友達と騒ぎたいからギターを鳴らす」といった、私的空間をそのまま路上に持ち込む意識が顕著に見られる。また、アンプを用いるロックバンドなどが路上に進出し、フォークギターの音量で対抗できない状況が現われても、深刻な対立が生じることはまずないという。場所を移る、あるいは無視して演奏するなどの摩擦回避の戦略がそこではとられる。ここには第三空間を、複数の重なり合う私的空間と見なす視線がある。こんにちのストリート・ミュージシャンは、音による空間の占有というより、「ベタに路上を私的空間と見なす」地点からその音楽をつむぎ出すのだ。
さらに言えば、そのようなこんにちの「路上フォーク・ブーム」の発生には、横浜・伊勢佐木町の路上で歌っていたフォーク・デュオ、ゆずの影響が大きい。彼らが九八年「夏色」でデビューし、ヒットしたことをきっかけに、街にフォーク少年たちが溢れ出した(路上の音の記憶などすぐに忘れ去られるのが常だが、ほんの五—六年前には路上で歌うミュージシャンなどほとんど見受けられなかったのだ)。つまりこんにち、あまたの盛り場で日常的に聞かれる「路上の音楽」の多くは、Jポップ産業という商業メディア回路に媒介された「ストリートのイメージ」を、消費者が自ら再現しようとするものにすぎない。パンクやヒップホップのような「幻想的な」ストリート観念が密かに冒されていた商業の論理は、ここに至って現実の路上を全面的に領するものとなる。その「ストリート」を、浮遊する第三空間ではなく、音楽消費者各々の私的空間の集積として再構成することによって。
携帯電話着メロの現状は、そのあり方をさらに露骨に見せている。八〇年代のウォークマンの普及によって一般化された「私的空間を第三空間に持ち出す」身体性は、携帯電話の普及を媒介に、路上を私的空間へと再編する動きをより強めることとなった。PHSキャリアのアステル東京が着信メロディ呼び出しサービスを開始したのは九七年のことだが、ユーザー個々の打ち込みによってメロディを作るガジェット的な色合いの濃かった着メロは、九九年のiモードサービスの開始、同時に和音演奏可能な端末が発売されることにより、音楽産業による配信サービスの実験場として機能することとなる。音楽CDの市場規模が九九年の五五一三億円から二〇〇一年の四八二〇億円へと減少する一方で、着メロ市場は〇一年の時点で六〇〇億円の市場へと急成長している(この市場の形成には、アメリカでのナップスターをはじめとする音楽ファイル交換問題の混乱を横目で眺めていた音楽産業が、著作権情報の管理が容易な配信システムとして携帯電話に目を付け、権利処理制度などを瞬く間に整備したという事情も関与している)。かくして、携帯電話によって私的空間化された第三空間に、ウォークマンが準備した「リスニングルーム」としての路上が、その姿をあられもなく現わすこととなるのだ。
路上はメディアに媒介された音楽産業の回路となった。そこでは「ストリートの真実」を喧伝してきたパンクやヒップホップのストイックな美学も、虚しく響くばかりである。いやむしろ、路上の現実が示しているのは、「ストリートの真実」こそがその背後に潜んでいた商業の論理を覆い隠していた事態ではあるまいか。私的空間化する路上の音の現状は、音楽消費の欲望をより直截に露わにする。「ストリートの音」とは、きまぐれなフラヌールの夢、資本主義の欲望が聴覚に現象するものにほかならない。

3——着信メロディ配信サイト 出典=http://www.eggegg5.jp/~e5_15yen/

3——着信メロディ配信サイト
出典=http://www.eggegg5.jp/~e5_15yen/


★一——R・マリー・シェーファー『世界の調律——サウンドスケープとは何か』(鳥越けい子ほか訳、平凡社、一九八六)。
★二——ジャック・アタリ『ノイズ——音楽・貨幣・雑音』(金塚貞文訳、みすず書房、一九九五)。
★三——安田昌弘「ヒップホップ、近代、ストリート——パリ及び東京のヒップホップシーンに関する一考察」(『ExMusica』四号、ミュージックスケイプ、二〇〇一)五五—六五頁。
★四——南田勝也「ストリート・ミュージックの都市空間——大阪都市部のフィールドワークを元に」(『サウンドスケープ』第四巻、日本サウンドスケープ協会、二〇〇二)五四—六二頁。

>増田聡(マスダ サトシ)

1971年生
大阪市立大学文学研究科。大阪市立大学大学院文学研究科准教授/メディア論・音楽学。

>『10+1』 No.34

特集=街路

>安田昌弘(ヤスダ・マサヒロ)

1967年 -
ポピュラー音楽研究、グローバライゼーションとローカライゼーション、音楽と場所、都市空間とメディア空間の相関。