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In the Street──〈人々が交差する場・記憶が蓄積する場〉を考察する | 稲葉奈々子
In the Street: On the Places People Cross and Accumulating Memories | Nanako Inaba
掲載『10+1』 No.34 (街路) pp.89-90

巷へ

表題は「街路で」を表わす英語の表現である。「路」という日本語からは、平面を含意する「on」という前置詞が想起される。そうではなくて容量を持った空間の内を意味する「in」を用いる理由としては、「ストリートとは、単なる平面としての道を意味するのではなく、道の両側にある建物も含めた三次元を含意しているから」とされるようだ。そうであるならば、日本語では、「巷(ちまた)で」という訳語のほうがぴったりくる気がしてならない。つまり、物理的な空間だけではなく、そこで生起する人々の過去から現在まで連なる営みを含んだ概念としてのストリート=街路=巷のありかたを想定することができるだろう。ストリートという空間に刻み込まれた記憶とは、どんなかたちをしているのだろうか。

街路に蓄積する記憶(一)——排他的共同体

相互に関係のない人が行き交い、挨拶も交わさずにすれ違う。不特定多数の人が通り過ぎていく街路には、着実に記憶が蓄積されていく。路上に蓄積した記憶は、巡礼者の辿る道や、歴史的事象と結びついた街並みを残す道のように、標識化されて顕在化することもある。標識化された記憶は、その土地と結びついて、「想像の共同体」をしばしば形成する。ときに排他的なまでの共同体性を帯びることもある。共同体の記憶の保存に固執すればするほど、逆説的だが、そこに生活する人々の日常的な営為は、蓄積した記憶から乖離していく。なぜならば歴史の蓄積した街並みの保存とは、博物館化にほかならないからである。たとえば南フランスの中世の街、カルカッソンヌは、キリスト教の異端として排除されてきたカタリ派の街をそのままに保存しており、年間を通して多くの観光客が訪れる。店があり、食堂があり、伝統工芸品の作業場がある。しかし、そこに生活する人はすでにいない。共同体の記憶を保存する仕事に携わる人々が、外から通ってくるだけである。蓄積された記憶は、共同体に属さない人を排除するだけではなく、やがて、そこに生活する人すらも排除する。そして人々の営為を欠いた街路が、標識化した記憶の上に存在し続ける。カルカッソンヌに限らず、そんな場所は少なくない。人々が集まり、記憶を消費するだけの場所である。

街路に蓄積する記憶(二)
——開かれた物語のなかに空間を組み込む

「想像の共同体」を共有しない人々が集まり、行き交う場所としての街路が、そこで新たに生起した出来事の記憶を蓄積する、そういう街路も想定できるだろう。ここには消費される記憶はあらかじめ用意されていない。排他的共同体には、異なる者同士の出会いはない。それに対して、人々が行き交う巷は、異なる者同士の出会いの連続であり、そこには共有すべき既成の物語があるわけではない。それにもかかわらず、人々が集まる場として機能する街路がある。それは、街路が出来事を生起させる力を持っていることによるのではないだろうか。
人々が集まる場として機能しながら、そこに集まる人に対して物語を共有させる同化圧力が作用しないような街路とは、実は奪われたものを取り戻す場面、つまり何らかの生産の場面であることが多い。集まった多くの人が、そこにある景観を消費するだけの街路は、彼ら/彼女らが痕跡を残すことを拒む。つまり、街路そのものが変化を拒むように機能させられている。それが東京のど真ん中であったとしても、ムラ的な排他性が作用する。その機能を支えるのは、もちろん「ムラ人」と「ムラのお役人」である。
こうした排他的なムラ的街路が、一転して「巷」に転換させられることがある。集まってきた人たちが、自分たちが奪われていた何ものかを取り戻す瞬間である。景観としての街路を消費するだけであった人々が、街路に痕跡を残す瞬間でもある。そうした場面で人々が生み出す空間は、物理的には「占拠」された空間でありながら、ほかならぬ「解放」された空間でもある。誰に対しても開かれた空間であり、実際、そこをたまたま通り過ぎた多くの人は、積極的な参加者となる。
「リクレイム・ザ・ストリート」という、九○年代にイギリスで始まり、国境を越えて各地に広がった若者の運動がある。「土曜の午後のにぎわった大通り。買い物をする大勢の通行人。突然、二台の自動車が衝突して、交通をストップさせてしまう。その二台のクルマから運転手が出てきて、言い合いを始める。一方の運転手が金槌を振り上げ、相手のクルマを叩きだす。突然、何人もの人が群衆の中から出現して、自動車の上によじ登り、色とりどりのペンキをまき散らす。でこぼこになったクルマの上に巨大な横断幕が広げられ、"Reclaim the Streets——Free the City/ Kill the Car"(ストリートを取り戻そう——街を解放し/クルマをやっつけよう)というスローガンを示す。いまや、五○○人の人々が地下鉄からあふれ出し、通りを占領してしまう」(C. Aguiton, 2001)★一。「リクレイム・ザ・ストリート」は人々の日常的な営為の場としてのストリートを車から奪い返す試みであるが、奪い返すものが文字通りのストリートに限らない場合でも、出来事が生起する場は必ずストリートにある。社長の破産宣告により職を失った従業員が工場を占拠して勝手に営業する、マクドナルドで解雇されたアルバイト社員が店の入り口を封鎖して客を足止めする……。いずれも「占拠」することで、取り戻そうとしているものは、それぞれ異なる。尊厳であったり、時間であったり、空間そのものの場合もあるだろう。街路が、人の営為を含む概念であるがゆえに、そこに刻み込まれる意味、そこから読みとられる意味はさまざまである。

時間と空間から解放された「場」

人と人のつながりの概念は今日では街路という公共空間を超え、インターネットを介してサイバー空間へと拡大している。時間と空間からの解放が特徴であるがゆえに、グローバルな「場」で生起する人の出会い、集まりは、歴史性を持たない。ネットワークは個人のゆるやかな結びつきであり、それゆえに柔軟であるという特徴をもつが、そこには相互依存もなければ、集団を結びつける強力な物語も存在しない。
しかし、時間と空間から解放されたからこそ、街路は各地に出現することができる。「リクレイム・ザ・ストリート」によって取り戻された街路は、特定のローカルな街路に帰属する記憶ではないがゆえに、時間と空間の制約を超えて、ロンドンに、メルボルンに、東京に出現する。グローバルな空間は、排他的な共同体に支えられない街路を今後も世界各地に出現させるのだろうか。


★一——Christophe Aguiton, Le Monde Nous Appartient, Paris: Plon, 2001.



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1、2——ブラジル、ポルトアレグレ市のウォールペインティング。 「地球は商品ではない」というメッセージに街の中でたびたび遭遇する

1、2——ブラジル、ポルトアレグレ市のウォールペインティング。
「地球は商品ではない」というメッセージに街の中でたびたび遭遇する

3——1999年、パリでの失業者のデモの一場面。 今日の食事にも事欠くことを訴えている

3——1999年、パリでの失業者のデモの一場面。
今日の食事にも事欠くことを訴えている

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4、5——1991年1月、パリ、バスチーユ広場での 湾岸戦争反対デモの風景 すべて筆者撮影

4、5——1991年1月、パリ、バスチーユ広場での
湾岸戦争反対デモの風景
すべて筆者撮影

>稲葉奈々子(イナバナナコ)

1968年生
茨城大学人文学部助教授。社会学。

>『10+1』 No.34

特集=街路