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36:西沢大良:建築は「規模」でできている | 磯達雄
Taira Nishizawa: Architecture is made of "Dimentions" | Iso Tatsuo
掲載『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) pp.166-167

1964年生まれ。87−93年、入江経一建築設計事務所勤務。93年、西沢大良建築設計事務所設立。
主な作品=《立川のハウス》(97年東京建築士会住宅建築賞受賞)、《熊谷のハウス》《大田のハウス》(99年東京建築士会住宅建築賞受賞)、《諏訪のハウス》《二つの会場──ICC1周年記念展覧会会場》《ショップ・エンデノイ》。98年、くまもとアートポリス デザイン・コンペティション 優秀賞受賞

奇妙な配置、断面の由来

 
「王様は裸だ」。見えない衣装をまとった「建築」という王を指さし、残酷な真実を突きつける少年。そんな偶像破壊者の役回りを西沢大良は担おうとしているのではあるまいか。そんなことを考える。
作品を住宅を中心に見てみよう。これまでにプロジェクトを含めて四件が公表されているが、外観や模型写真を見ると、同じ設計者によるものとは思えないほど異なった印象を与える。若い建築家ゆえの試行錯誤があるにせよ、この分裂ぶりは尋常ではない。しかし、説明に添えられた図面をよく見ると、いずれも配置や断面に独自性が表われていることがわかる。
独立第一作にあたる《立川のハウス》(一九九七)[図1]は扇形の敷地に建つ総二階の住宅で、弧を描いて接する前面道路に沿って建っている。壁状の建物に守られるように内側に庭がとられ、そこに一本のフライング・バットレスが出て建物を支える。建物の平面は、野球のフィールドからダイヤモンドを切り取って残りの部分を歪ませたような奇妙な形。断面も異様で、一階のリビングをボールト状のトンネルが貫通しており、そこを通ってクルマをカーポートに入れるようになっている。
いまのところ実現に至っていない次作の《熊谷のハウス》(一九九七年設計)[図2]は、模型写真からは沿道型配置の集合住宅のようにも見える戸建て住宅。中庭を囲んで配置された三つの棟は、実は半階分降りたところにある地下の内部通路でつながっている。
住宅と工場や倉庫が混じり合う準工業地域に建てられた《大田のハウス》(一九九八)[図3・4]では、敷地の北側に寄せて細長い平面の住宅を配し、隣地との緩衝ゾーンになる南側には、カーポートの上に浮かぶように花壇を設けた。パーキングスペースの特徴的な扱いは《立川のハウス》とも共通するが、ミニマルな外観に隠された断面はさらに際立っており、二階建てにもかかわらず、建物の高さはほぼ四階建てに匹敵する八メートル余り。各階の天井高は三・七メートルにも達する。床面積に対して、通常ではありえない高さの住空間がここでは実現している。窓は通常の大きさだが、これも常識ではありえない高い位置に付いていたりする。
現在のところ住宅としては最新作となる《諏訪のハウス》(一九九九)[図5]は、牧草地に囲まれた一軒家。三角屋根の載ったかわいらしい外観を装ってはいるものの、断面図を見ると真ん中にある台所だけ天井が高くて、これもまた普通ではない。
西沢の設計に見られる、一見すると奇妙な配置や断面。それはどこから現われてくるのか。何を目論んでのことなのか。それを考察する前に、まずは西沢が目論んでいないことについて考えることにしよう。

建築の根元を問う

 
《立川のハウス》の、空間に異物(ここではボールト状のトンネル)を暴力的に侵入させる手法は、篠原一男のそれを想起させる。しかし西沢は、篠原が追求したような、空間の成立について興味を示そうとしない。実際、彼の文章では「空間」という語がまず使われない。この言葉を、注意深く避けているようでもある。
「空間」は近代建築が果たした最大の発明と言ってよい。が、この概念も一世紀近くの年月を経て、建築界のジャーゴンと化したきらいがなくもない。「空間」は建築を不必要に神秘化する。同時にそれは、建築を専門としないほとんどの人にとって、いまだに「ヨクワカラナイモノ」である。そのことを西沢は知っている。
一方で、《熊谷のハウス》の分棟配置は、山本理顕の《岡山の住宅》(一九九二)を思い出させる。山本のこの住宅が発表されたころ、建築界で盛んに議論されていたのは「プログラム」や「家族論」といったテーマだ。形態と機能が一対一で結びつくことを前提として、形態を操作することにより機能を導き出す、ないしは機能を操作することで形態を導き出す。こうした手法から新しい建築が生まれるのではないか、これがプログラム主義の考え方だが、西沢はこうしたテーマにも向かおうとはしない。
たとえば《立川のハウス》について、雑誌の月評では室内に飛び出したトンネル屋根の意味が問われ、「このボールトの背を利用してストレッチをしながら音楽を聴くのはいいかもしれない」などと評者から提案されている★一。が、西沢本人は、この特殊な形態の室内で何が起こるのか、何が行なわれるかといったことに対して無関心で、自作の説明でもまったく触れていない。《大田のハウス》でも、平面図に書かれた室名を見ると、単なるnLDK型の住宅だったりする。
おそらく西沢は、家族とかそこで営まれる生活を主題とする語り口に胡散くささを感じずにいられないのだ。西沢は住宅に関してこんな発言も残している。

僕は、基本的には施主の生活にはコミットしたくない。設計者が人の生活に介入したと考えるのは、まずい傾向だと思う★二。


西沢の設計姿勢は建築というものへの根元的な問いかけを含んでいる。建築とは切っても切れないと信じられている「空間」や「機能」を、彼は慎重な手つきで剥がし取り、そこに現われたむき出しの芯を見据える。それが「規模」である。

「規模」という材料

 
建築の「規模」に着目した建築家には、ほかにレム・コールハースがいる。たとえば彼は、「サイズが大きくなるだけで、建築は善悪を超えた、道徳とは無縁の領域に突入する」と記すが★三、西沢にとっての「規模」はもっと身近かつ本質的で、それはどの建築にも、あるいは建築と普通は呼ばれないビルディングにも備わっているもの、すなわち長さや面積といった属性のことだ。彼は設計において、その「規模」だけを操作したいという。

〈幅〉と〈長さ〉と〈高さ〉を別々に扱うことで、住宅を、というよりむしろ、住宅という〈規模〉を、そのまま実現したいと考えた。いわば、もし住宅という建物に何らかの固有性があるとするなら、それは施設内容や活動形態にあるのでなく、まずもってその〈規模〉にこそあるのではないかと考えた★四。


住宅あるいは建築とは、要するに「規模」でできている。身も蓋もない言い方だが、このありふれた「規模」という材料を使うことにより、西沢は建築を共有可能な開かれたものとして再構成しようとしている。


★一──『住宅特集』一九九七年五月号「月評」(新建築社)。
★二──西沢大良「規模、配置、ヴォリューム」(青木淳『住宅論──12のダイアローグ』、INAX出版、二〇〇〇)。
★三──レム・コールハース「ビッグネス『S,M,L,XL』抜粋」松原弘典+太田佳代子訳(『TN Probe』No.2、TNプローブ/大林組、一九九五)。
★四──西沢大良「規模の材料」(『新建築』一九九八年四月号、新建築社)。

1──《立川のハウス》庭側外観 撮影=西沢大良

1──《立川のハウス》庭側外観
撮影=西沢大良

2──《熊谷のハウス》模型 中庭の俯瞰 撮影=平賀茂

2──《熊谷のハウス》模型 中庭の俯瞰
撮影=平賀茂

3──《大田のハウス》南側外観 撮影=ハイナー・シリング

3──《大田のハウス》南側外観
撮影=ハイナー・シリング

4──同、断面図 縮尺1/300

4──同、断面図 縮尺1/300

5──《諏訪のハウス》断面図 縮尺1/300

5──《諏訪のハウス》断面図 縮尺1/300

>磯達雄(イソ・タツオ)

1963年生
フリックスタジオ共同主宰。桑沢デザイン研究所、武蔵野美術大学非常勤講師。建築ライター。

>『10+1』 No.22

特集=建築2001──40のナビゲーション

>西沢大良(ニシザワ・タイラ)

1964年 -
建築家。西沢大良建築設計事務所主宰、東京芸術大学非常勤講師、東京理科大学非常勤講師。

>篠原一男(シノハラ・カズオ)

1925年 - 2006年
建築家。東京工業大学名誉教授。

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。

>青木淳(アオキ・ジュン)

1956年 -
建築家。青木淳建築計画事務所主宰。