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34:玉置順:白のプロポーション | 大島哲蔵
Jun Tamaki: White Proportion | Oshima Tetsuzo
掲載『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) pp.162-163

1965年生まれ。89─91年鈴木了二建築計画事務所、92─95年根岸一之建築設計事務所勤務。96年玉置アトリエ設立。主な作品=《トウフ》《ハカマ》《大阪N邸》《綾部S邸》《吹田S邸》《梅小路の住宅》(仮称)「京都市T邸」など

ネーミングの才

玉置順は京都(宇治)で生まれ育ち、九六年にそこで事務所を開設した。普通は京都人というと、気配りが周到な優男というイメージだが、彼はなかなかの偉丈夫(身長は一八〇センチメートルを超えるのではないか)で、それでもやはりつくる空間も人間も、繊細な神経に裏打ちされている。古谷誠章、鈴木了二、根岸一之というかなりキャラクターは異なるが、技量の高さでは共通している指導者のもとを渡り歩いた後に独立し、第一作《トウフ》からかなりの評判をとった。
ネーミング──京名物を連想させる──や直喩的な形が興味を引いたほか、独特のバランス感覚、念入りなプランニング(老齢者住居である)、工夫のある仕掛けなどが評価されたが、厚い壁を強調しているわりには鉄骨造を採用したハリボテであるとか、アイデア勝負に傾いているとかの批判も聞かれた。私は全体として肯定的な印象をもったが、店舗設計っぽい感じ──先程の否定的見解とも無縁ではあるまい──を受けたのも事実である。
右京区のこの辺りはまだ都市化が進んでおらず、道路を挟んで公園に面したサイトに矩形の「白いかたまり」が浮かんでいる様は、周囲に不思議な感覚を送り届ける。私の場合はル・コルビュジエが最初に描いた《暖炉》(一九一八)という作品を思い起こした。つまりグレーを主調とする画面中央の白いキューブには奇妙な存在感がある。けっして強い表現ではないのだが、空白感がありつつも名付け難いもの──コルブにとっても未だ明確ではなかった「ピュリスム」の内実──に特有の魅惑がある。この白のプレゼンテーションは、ヴォークレソン(パリの郊外)の《ヴィラ・ベスヌス》(一九二三)で実現するが、そのクライアントもまた老夫婦だった。わが国の近郊の広がりのなかで、かつてこうした白壁で表現されたヴォリュームは蔵の上階として一般的だったが、塀も植え込みもなく道端に据えられた形姿は目新しく謎めいている。
 

中心のない食物

ロラン・バルトは〈すき焼き〉に「中心のない食物」を見たが、少し別の視点から観察したなら〈豆腐〉のなかにも同じ意義を見出したはずだ。他の食材や調味料と組み合わされて、いかなる味付けにも順応するがけっして本来の食感を損なうことのないもの──そのフレキシブルでいてシンプル、マルチプルでチープな属性にこそバルトの言う「とだえることのないテキスト」が認められる。そしてそれは京都の置かれた特殊な状況──天皇(中心)の居所はあるが不在──とも一致する。空白という非在の連続が「白くてもろいヴォリューム」として「黒御影のモノリス」(天皇親政の幻影)と対照化されることは言うまでもないが、しかしここで内部の空洞に住み込むのはあくまで老夫婦である。コンクリートで堅固な防壁を築いたり、木の質感を生かした「ヒューマン」な路線に徹するか、金属とガラスのテクノロジーにルーバーを組み合わせてヴァーチュアルな余生を表現するなどの選択肢に対して、土蔵造りのような外観にミニマルなワンルームを封じ込める作戦は、位相の変換作用をもたらす。
玉置は次作の《ハカマ》でも同じような外観を採用するが、内部は全く様相を一変させる。つまりイマに高さ五メートルのハカマを着けさせたのである。この着想が単なるアイデアなのか、何らかの連想(隣の神社の神官の袴?)が働いているのかはともかく、住人にとって決定的な処置であることに変わりはない。視覚上のイメージだけではなく部屋の意義も大きく左右され、人間関係にもはね返ってくるに違いない。ここで袴は象徴であると同時に実体でもあるという困難な役割を演じる。ある意味でこのカーテン(一枚の布)は、外壁の偽の厚みと対応していて、ドレープ状になることで心理的にも近似してくる。カーテンはどこまで「柔らかな壁」を演じることができるのか? 襖とか障子、不透明ガラスの仕切りではいけない理由はどこに求められるのか。暖簾や格子で多様な距離感を演出してきた京都のことだから「結果はついてくる」のだろうか。
人間が袴を着けた場合も同じだが、それにはプロポーションを消す(一律化する)働きがある。前作も含めて、部屋や開口のプロポーションが普通ではないが、それは作家の長身(目線の高さ)に由来するのだろう。それがまた「異物」的な面白さにつながっているのだが、例えばこの建物は神社の参道入口脇に建つから「山車の収納庫」に見えたとして、肯定的な誤読なのだろうか? 作者にとって「白い壁」が単純に観者の「多様な」解読を投影するスクリーンと位置づけられているとすれば、その種のホワイトは急速に退色することを余儀なくされるだろう。その後、大阪市阿倍野区で手がけた《ラッパ》は高松伸の段階──ファサードとプランの二元論──に回帰しているが、なかなか愛すべき表情をもつ。こういう左右が建て詰まった状況で、いたずらに頑張ってみても始まらないが、それでも室内の味付けに一工夫欲しかった。そう、ラッパの複雑なパイプの曲がりを想起させるような──現状では蓄音機だろうが、もはや音のでない空箱を感じてしまう。いかにしてそれは、下町の圧倒的な「ノイズ」を切り裂いて流れるハイトーンの響きたりうるのか? 彼は古くさいシンボリズムではなく、軽快なそれをストレートに表現している。そこに良くも悪くもあっけらかんとした性格が附与され、不活性な象徴主義の世界が曲がりなりにも成立している。このような手法は《トウフ》のように高齢者問題(重たいテーマ)がからんだ場合はむしろ効果的だが、《ハカマ》では象徴性は文字通り内部化され、状況設定として理解できるが通常の家庭生活の場としてはつらいものがある。それを和風ロフトスペースの試みと見るには、条件整備が十分ではない。そして《ラッパ》ではシンボルはほとんど記号化しているのである。この場合、シンボルの空洞化をシンボライズしている──という説明は魅力的ではない。

白壁の批判力

一過性のデザインと記号化されたシンボルは相似関係にあり、それを清算するには、場所やテーマの「読み込み」を徹底させる以外にはない。打ち放しコンクリートやガラスの透明性に木製ルーバーではなく、やはり「白塗りの壁」なのだとすれば、そこにいかなる顧慮が働いているのかが問われる。ニューヨーク・ファイブにとって白い壁は、初期ル・コルビュジエの「透明な言語」に専念する意思表示だった。アルヴァロ・シザにとってそれは、独創的なヴォリューム操作を風土的表現に着地させる方法論である。玉置にとっては一般的ネオモダンを回避する手だてなのだろうが、建築の置かれた現状に対する自己批評たりえているとしても、問題はどこまで真の批判力(場所性や居住の様態、表現の可能性に対する)をもつかである。彼が品のよい自己批評に傾く理由のひとつは、三人の師匠筋から受け継いだ負の遺産に求められる。彼らはモノを編成するロジックや空間の純度において稀な力量を見せつけるのだが、自己完結的な性向が強く俗と相まみえることを潔しとしない。玉置の「白いかたまり」に、そこからの離脱の試みを読み取ることも可能だが、依然として「結晶化作用」の誘惑にさらされている。坂茂や玉置順など長身の作家には独特のプロポーション感覚や卓抜な着想で押すところがあり、文字通り「目の付けどころ」が違う。玉置についてはいまのところ、最初の全体視で概ね予想がついてしまうところがあるが、部分の主張が全体との齟齬をきたす──などの事態が立ち現われるとき、つまり彼の精神活動がより矛盾したアーティキュレーションを紡ぎ始めた際に、彼のホワイトウォールは色褪せることのない多彩な含意を表出するようになると思われる。

1──トウフ

1──トウフ

2──トウフ

2──トウフ

3──ハカマ

3──ハカマ

4──ハカマ

4──ハカマ

5──ハカマ

5──ハカマ

6──ラッパ

6──ラッパ

>大島哲蔵(オオシマ・テツゾウ)

1948年生
スクウォッター(建築情報)主宰。批評家。

>『10+1』 No.22

特集=建築2001──40のナビゲーション

>鈴木了二(スズキ・リョウジ)

1944年 -
建築家。早稲田大学教授(芸術学校校長)。鈴木了二建築計画事務所主宰。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>坂茂(バン・シゲル)

1957年 -
建築家。坂茂建築設計主宰、慶応義塾大学環境情報学部教授。