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トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ | 塚本由晴+貝島桃代
Tokyo Recycle Projects: From Building to Using Urban Space | Tsukamoto Yoshiharu, Kaijima Momoyo
掲載『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) pp.56-64

トーキョー・リサイクル・エクスプロージョン

貝島──まず「リサイクル」と都市・東京を結びつけたところから話しましょう。私たちが一九九六年に「メイド・イン・トーキョー」で東京の面白い建物のガイドブックをつくり始めたとき、それと自分たちがしている設計とがどういう関係になっているのかを、よく聞かれました。ガイドブックというのはあくまでも観察者の立場から建物や都市を見ることですが、実際に設計をするときには都市を内側から観察するだけではなく、それらに対してある程度手を加えなくてはいけない。手を加えるというのはこういった現時点での観察のなかから何を、どの程度意味あるものとして定着していくかということですが、そうすることの先に、もしかしたら都市の未来があるのではないか。そう考えようとしたとき、東京という都市的な塊についても考えられると思ったんです。
でも大きな道路や運河を通すといったことによって都市全体をまとめ上げるような、かつての丹下健三の「東京計画」のようなやり方ではないとも思っていました。自分たちができることは何かと考えたとき、すでに身の周りにはたくさん東京の物理的な環境という材料があるのだから、新たに大きなものを作らなくても、すでに存在するモノの量や関係を上手く使いこなせないかと考えたわけですね。そのときに「リサイクル」という言葉が実感をもってでてきたんじゃないかと思うんですが。
塚本──それから、新聞やTVでいろいろリサイクルの事例が出ていて、すごく面白いのがいくつかあった。昨日までのゴミが明日には資源に変わったり、じり貧だと思われていたオールド・ビジネスがちょっとテコ入れしただけで突然ニュー・ビジネスに変身したりする。IT化も含めて、そういうことが起こることがすごく面白いと思った。建築を設計することとか都市を計画することなども──いわゆるオールド・ビジネスなのですが──それをニュー・ビジネス化できないかというのが根底にあります。
貝島──でも、そういうビジネスの話以前に、すでにあるものを用いながら違ったやり方を示すことで、それらを別の水準の問題に繋げることに関心があったわけでしょう。そうやって身の周りにあるものを凝り固まった枠組みから解放させることがやはりデザインの面白いところだと思います。
例えば山間部に畑を開墾するときのことを考えると、雑木林の斜面の木を切り、さらに土を掘り返して石ころや根っこをふるい分け、さらにこれらの石を土留めに用いることで段々畑を作っていくわけです。すでにそこにあるものの配列を替えたり、繋げ方を変えることで生産的な別の状態ができてしまう。石は平地の畑にとっては不要ですが、斜面では有用になる。これもリサイクル的ですよね。基本的にはそういう何も足さず、何も引かずに新しい状態が生まれるというのがかっこいい。
塚本──そういうことが、自分たちがもっているデザインの考え方と親和性があったということでしょう。
貝島──そう。突然リサイクルというのが出てきたわけではない。
塚本──そうですね。リサイクルということは九六年ぐらいから爆発的に言われているのだけれど、まだ黎明期なんで生真面目ですよね。特に都市空間のリサイクルという点に関してはまだまだです。だから最初は、バカらしいことも含めて盛大にやったほうがいいと思う。爆発に併せていろいろな提案をしようじゃないかというのが今回の特集の主旨なんですよ。だからなかには、「本当に都市はこうなっちゃうの?」と不安になるような案もたくさんある(笑)。けれどほんの少しでも可能性があれば、最初はアホなものも含めていろいろ出てきていいんじゃないか──ということで企画の本当の趣旨は「トーキョー・リサイクル・エクスプロージョン」なんです。

都市─建築に対するスタンス

塚本──われわれの世代は、都市空間に関しては何もないところに建築を作れないわけです。もうさんざん作られてしまったところに、さらに付け加えていこうとしている。これはもう否定しようがない。そうすると、目の前にある都市の状態を、自分たちのチャンスをあらかじめ摘み取ってしまったマイナスなものとして見てニヒルになるのか、それともここからまた別のチャンスが生まれるものとしてポジティヴに見るのかということになり、当然ですが後者を選ぶわけです。結局、ここにさらに可能性があると考えないとやっていけない。そうなると都市を丸ごと全部作りかえるということではなくて、いまあるものを受け止めたうえで、リサイクルというかたちでそれを更新していく、再生していくことが大きく見たときに自分たちのやることなのかなという気はします。
貝島──だから、街を歩いていても、「面白い」と思うことの基準が「これは使えるか、あれは使えるか」というようなこととの関係で決まってくる部分がある。それは野原の中で、「これ食べられるかな、食べられないかな」と言いながら野草を見る感じに近い。生きていくために、それを摘み取ったり、匂いを嗅いでみたり、ときには口に入れてみたり、その効果を考えながら見る。東京の空気に接して「ああ、すごいな」とワイワイ言ってる観光的な視点ではなく、日々生活している都市の使用者の立場になると、どのようにこの都市を使ったらいいかといった切実な問題が出てきて、そこにも楽しみを見出すようになるんですね。
どうサヴァイヴするか、どうすれば生きやすくなるか、そういうことを生活者として考えざるをえないでしょう。ですから、都市の使用者という立場に立った途端に、制作者とは見方が変わってくる。言い換えるとリサイクルするという仮説に立ったときに見なければいけない、あるいはおのずと見えてくる都市というものがあるのかもしれません。
塚本──それはリサイクルの文脈だけではなくて、デザインの文脈からも「使えるかどうか」というのが結構重要になってきていると思うんです。僕が見てきた建築のデザインは追体験したのを含めると、七〇年代の、建築の空間の自律性を追求しようとしたフォルマリズムと、建築の表層を記号的にいろいろ操作をすることで、逆に記号の体系が破産してしまったことを表現するようなポストモダニズム、そしてその反動のようなレイトモダニズムなんです。そういう動き(ムーヴメント)の後で、自分たちは何をやるのかというときに、たしかに東京という街は外見上は非常に混乱していて図像としての統一感はないけれど、そこで毎日けっこう楽しく生きている自分がいる。それはいったい何なのか、ということに興味をもった。そこには生活するというところからの秩序が何かしら組み立てられているはずだ。それは各人各様に生きるための環境を自由に編集することによって、意味のある環境のまとまりを形成することではないか。
そのとき、僕にとって建築のデザインは、機械論、言語論などをベースとした論からずれてきて──先ほど出た話と連続しますが──環境のなかで生存のための意味のある情報をどうやって自分のほうから見つけていくかということに絡んできた。もちろんそういった着想は、アフォーダンスとか内部観察とか生態学とか、他分野での成果に触れたからですが、都市空間のリサイクルというのはまさに使い方=有益な情報をそこに見出さない限り、起こりえないという意味ではアフォーダンスなんかにも近いところがあるかもしれない。
貝島──われわれはデザインの条件を考えるときに、どういうものと一緒にいて、どういうふうに向き合うのかという話をよくします。それは、そういう一緒にあるものとの関係によって自分の相対的な位置づけもどんどん変わってしまうということに注目するからで、同じ場所にいても、右を向いて生きるか左を向いて生きるかによって自分自身がまったく変わってしまう。この自分を自分たちが設計する建物に置きかえてもいいと思うの
だけれど、リサイクルのプロセスに関わるというのも、何かこちらまでリサイクルされると
いうか相対的に変わるような感覚がありますね。
塚本──そういうすごく相対的で流動的な関係のなかにも、そこで生きることに対して意味のあるまとまりを見出してそれを物理的な構造に定着させていくところに、建築の面白さがあるんじゃないだろうか。

貝島桃代氏

貝島桃代氏

「作り方」から「使い方」への転換

貝島──話を少し戻しましょう。某ファミリーレストランの社長の息子さんによると、ファミリーレストランというのは、ある程度店舗数がないと経営的に成立しないという流通機構の上に成立しているんだそうです。一店舗ではダメ。だから「陸続きでない北海道にはそのファミリーレストランがない」ということらしい。これはとても興味深い話で、店舗数を一〇〇店舗単位で考えるとすると、それらを繋ぐための運送システムも同時に考えなくてはならないことになります。つまり、ファミリーレストランを一店舗作るということは、一〇〇店舗を結ぶネットワークを作るという、そういう規模をデザインするということになる。そのファミリーレストランではこの物流ネットワークを、老人介護のネットワークへと読み替えようという案も出ているようです。それが本当だとすれば、ファミリーレストランがご飯を作って単身者の家庭にそれをデリバリーする、システムの「リサイクル」かもしれないと思いました。
塚本──カロリー・コントロールなんかもしてくれるわけでしょう。
貝島──そう。糖尿病とかその人の病状に合わせてメニューも決まる。現在のファミリーレストランは店舗に来て食べるのがメインだけれども、これからはその物流のネットワークがメインになってくると思うんだけれど……。
塚本──それでももちろん店舗も使うでしょう。店舗はステーションになる。それはまさにファミリー・レストランというオールド・ビジネスが老人介護というニュー・ビジネスに化ける瞬間だけれど、化ける前提に量の問題があるというのが面白い。
ITの技術がもたらした変化のひとつは、ネットワークすることで量を質に変えるということですね。もともと量をもっているものがITにサポートされることによって、別の質をもちはじめる。これは僕が昨年、大学院の学生といっしょに「インフラストラクチャー・ガイドブック」を作ったときによく出てきたのですが、例えば下水道というのはすでに引かれているけれども、その中に光ファイバーを通すことによって水の流れ道が情報の流れ道に変わる。あるいは河川敷の、これまで単なるオープンスペースだった部分に水門や河川管理施設を集中管理する情報網として設置した光ファイバーが、周辺住民に対しても開放されるようになったりする。インターネット・カーにしても、本来バラバラに走っていた車がそれぞれサーバを積み、ブレーキを踏むとかワイパーを使うことを情報としてセンターに送ることによって、気象情報や交通情報にそれを変換できたりするようになるわけですね。いちばんの例はやはり携帯電話でしょうけれど、量があるほうが可能性は広がっていく。
「インフラストラクチャー・ガイドブック」を作る過程でこうした事例を目の当たりにしたことで、建築でも、あるいは都市空間でもそういうことが起こりうるんじゃないかということになって、この「トーキョー・リサイクル」の出発点になったわけです。
ここでいう「量を質に変える」とは、そこにあるものを工場に持ち帰って砕いて、もう一回材料に分解して、さらに違う製品として出していくという意味でのリサイクルではなくて、まさにいまあるものをそのままの状態で別のステージに持っていく──別の状態を作り出す──というやり方なんです。それは建築にとってはすごく脅威でもあるわけです。壊したり、新しく建て直すことなく、まったく違う質の都市空間が作れるのであれば、建築がいままで作り上げてきた技術、設計術はどうなってしまうんだろう、どういうふうに生き延びていったらいいんだろうかと考えてしまう。けれども僕は、やはりこの「危機」が、建築デザインの考え方が変わっていくきっかけになると思う。
さらに、最初に貝島さんが言った、「メイド・イン・トーキョー」で僕たちが注目していたものも、そのほとんどが都市空間のリサイクルとしても読めることに気がついた。これも僕たちにとってリサイクルが重要に思えるようになったひとつのきっかけです。
それはどういうことかと言うと、「メイド・イン・トーキョー」で集めた建物はもともとこういうふうにしようと狙って計画されたというよりは、単に隣り合っているとか、もったいないとか、便利だからというだけの理由で、スキマとか、屋上とか、高架下のような副産物的な場所が思ってもみなかったような使い方によって見出されて、機能の複合したひとつの建物として現われてくる。そういう使い方の問題というのは、実に軽々と建築とか土木といったカテゴリーを超えてしまっている。作り方から入ると、どうしても土木や建築の区別は超えがたい境界として成立しているように見えるのだけれど、使い方から入るとそんなものは関係ないわけです。ここが非常に面白くて、使い方から考えていくことによって、作り方のほうから作り上げられてきた境界がどんどん壊れる可能性があるわけですよね。リサイクルというのは基本的にムダだと思われているものの使い方を見出すことなんですよ。そこにもクリエイティヴィティを発揮する舞台はある。

リサイクル──「回る」という魅力

貝島──リサイクルという言葉の周辺には、例えばリノベーションやリストラクチャリングという言葉もありますが、リサイクルはコミュニケーションの方法でもあると思うんです。服をリメイクするとかリノベーションするというのはもう少し技術的な印象があります。でも、リサイクルといった場合、みんなが何かできると思うんですね。そして、それがすごいのは、ひとつものを循環させることによって、いろんなところ、立場にどんどん接続していくパワーを内包している点ですね。都市空間のデザインにどういう可能性があるのかといったときに、リサイクルという視点からならば、みんながどんどんアイディアを出せる、アイディアを出せる人がいればどんな人でも関わっていくことができるわけです。コミュニケーションによって生まれる場所の広がりみたいなものが出てくるわけで、ここに空間の問題も含まれてくる。だからリサイクルはコミュニケーションのひとつの可能性として、それは同時にモノを作る側の可能性にもなってくる。だから、リノベーションといった言葉のイメージとはかなり違うという感じがします。
塚本──リサイクルは生産がどういうサイクルのなかで動いているのかという、全体を問題にせざるをえない。それはデザインにとってのコンディションを考えることになる。どういうサイクルのなかに自分のデザインが置かれ、成立しているのか、それを考えることからデザインに新しい展開が生まれてくると思う。その意味でつねに生産の仕組みを考え直すことはデザインにとって重要だと思います。生産の全体性を意識しはじめると、そこでいろいろな業種の人との接触が出てくるということでもやはり、コミュニケーションの話にもなる。
建築のプランニングが、平面の中でのモノの配列とか部屋の配列、人の動きなどを計画することだとするならば、それがどういうふうに作られているのかという視点が入ってこなくても一応議論は成立する。ところが誰かが何か建物のようなものを作りたいと思い、それが最終的な成果物として世の中にポンッと出てくるまでの全体をデザインするものだと考えると、それはプランニングという言い方よりもマネージメントと言ったほうがうまく当てはまるかもしれない。どういう企画やコンディションである人に何をデザインさせて、こういう業者を入れて、この材料を持ってきてこう作ったらこういう性格が出ると……。そういうプロダクションの多様性の広がりとともにマネージメントがデザインのほうでも大きな問題になってきた。なぜならコンディションがデザインの依って立つ場所になるわけだし、デザインの入り口にもなるわけで、プロダクションのやり方がいろいろあればあるほど、デザインの入り口は増えるわけですね。例えば、極端な話、日本で住宅といえば土の上にありますけど、それが水に浮かんでもいいんだという話になれば、ガラッと変わってしまう。そこで施工する人は大工さんではなく造船の技術者になったりするかもしれない。そうすると建物の形も変わるだろうし、そこで起こる毎日の生活も変わってくると思うんですね。
貝島──コンディションの話として、宇宙開発みたいなものに向かう方法もあるけれど、それは空間のデザインからすると、いままでのコンディションをまったく変更してしまって、新しくものを作ることが可能だと思います。だから宇宙まで行かなくても、もっと身近なところでずいぶんコンディションを変えられると思う。
塚本──宇宙は拡張するフロンティアだったわけだけれども、それに対して内省によるフロンティアもあるということでしょう。要するに自分たちの毎日の生活のなかにフロンティアがあり、うまく考え直してみればそこが開けると。
貝島──そう。いまはそういうことのほうがリアリティがある。自分にすごく影響があることを変えたいと思う。宇宙でいくら変わったとしても、毎日宇宙で暮らしているわけではないから、仮説としてそれを目指すのはいいと思うけれど、少なくとも私としては自分の生活が変わるほうがリアリティがあるし、内側から変わっていく気持ちよさってある。だからリサイクルというのは自分がいつも手にしているものが、実は違う見方になるとか、違うふうに使えてしまうとか、そこにクリエイティヴィティを実体験できる面白さ、参加的な面白さがあると思う。
塚本──先ほどのリノベーションというのは、基本的には何らかの文化的な価値が認められた建物をオリジナルを尊重して修復することだけど、リサイクルはムダなもの、価値を失ったものに、もういちど別の価値を与えることですよね。またリストラクチャリングというのは組織のあり方とか、生産システムなどのソフトウェアを、それが成立することになった初期条件にまで立ち返って現状との違いを把握し、対応するように作り替えることです。だからマネージメントの問題はリストラクチャリングにも接続しうるものです。これに近いものでほかには、エンジニアリングの垣根、例えば機械/電気/建築/土木などの区別を超えた、技術の融合や、エンジニアリングの仕切り直しをするリエンジニアリングというのもありますね。
貝島──そういえば最初、特集企画は「リサイクル/リユース/リエンジニアリング」にしようとか言ってた。
塚本──そう。それはイッセイ・ミヤケのコンセプト(笑)。でもリユースやリエンジニアリングと言うよりもリサイクルと言ったほうがいいと思う。リサイクルの魅力は「回る」というところにあるわけで。
貝島──自分の立ち位置も転倒してしまって別のところに繋がってしまう面白さですよね。

塚本由晴氏

塚本由晴氏

「東京」の可能性、「東京」への期待

貝島──この号の特集タイトルを「トーキョー・リサイクル計画」としたのは、まず東京の大きさの問題というのがあると思うんです。東京はパッと把握できない感じが圧倒的にある。外国の都市、例えばチューリッヒにしてもパリにしてもなんとなく地図でパッと見ればわかるのだけれど、少なくとも東京はその「全体像」が全然わからない。
塚本──パリだってわからないけれど、まあ、パッと見たなりの印象があるということかな?
貝島──なんとなく端から端まで行けるとか。
塚本──東京だって行こうと思えば行けるけれど?
貝島──でも、茨城のほうまで広がっているじゃないですか。私たちの感覚としては東京は「東京都」に限らなくて、この都市的な密度の広がりを東京と言っているんだと思います。量を考えるときには抽象的にもなれるじゃないですか。もちろん全体をひとつの単位として具体的にイメージするやり方もあるかもしれないけれど、一つひとつは部分であってもそれが全部右にずれるとすごいことが起きるというようなイメージのし方がある。そういう具体的な場所からちょっと距離をおいた水準で働きかけられる可能性が東京の魅力になると思うんです。コンビニにしてもゲーセンにしても、とにかく圧倒的な量がある。そこで見えてくる抽象性には、都市内での個々の場所のキャラクターを超えてしまう可能性があると思うんです。
塚本──それも可能性?
貝島──手応えと言ったほうがいいかもしれない。独特の手応えというか、距離感。
塚本──それはわかる。量の問題を通して、東京というものがもっている不気味な構造に触れられるんじゃないかという感じはある。それは必ずしも大通りの軸が通っていて、同じファサードが連続していてというような都市美観上の構造ではないし、地勢学的な構造でもない。それは全体をかろうじて不完全ながらも理解するうえでの非常に有効なパラメータになると思うんです。ただそれが何なのかははっきりわからないし、必ずしも視覚化されていないわけで、結局どこに行っても同じという感覚だけが自分たちのなかには沈潜している。そういう感覚が圧倒的な広さとか圧倒的な量ということに繋がっていると思うんです。それをうまく建築の問題にできれば建築と都市を接続できるかもしれない。「トーキョー・リサイクル計画」の「東京」にはそういう期待があるかもしれません。

石原慎太郎の「東京」

塚本──かつて「東京計画一九六〇」を提出した丹下健三の時代は、東京が視覚化されうる、あるいは空間化されうる構造のなかで考えられていた。それによって東京の全体を問題にしようとしたわけです。いまでも知事の立場というのはそういう全体を考えざるをえない。今回はスケジュールの都合がつかなくて実現しなかったけれど、石原慎太郎知事にインタヴューしてみたかったのは、いまの東京について知事と僕らでどれだけ接点があって、どれだけずれているのかということを素直に知りたかったからなんです。ずれがわかれば次にやることが見えてくるだろうし、一致するところがあれば勇気づけられることもあるかな、と。
貝島──石原さん自身も、都の施設をもっと民間に貸すなどのアイディアを出してますよね。
塚本──知事という立場からするとわりに素朴な──庭園美術館の朝香宮邸はまだ都の迎賓館だけれど、あれを一般開放して貸すとか──ことを言っている。
貝島──知事の公邸を貸すとも。
塚本──あれは「いい人」に見せるための戦略かもしれないと邪推する人もいるよ。それをやったからって都知事の役割を果たせるわけではないでしょうという感じで。
貝島──ただ、使われていない都の施設を把握して、それをどう使おうか考えようとしているわけでしょう。そこには私たちと似たような関心があるのかもしれない。鈴木俊一元都知事が、パリのグラン・プロジェの東京版みたいなかたちで大きな建築をバンバン建てようとしていたのとは対照的でしょう。その後の青島幸男さんもたしかに都市博をやめさせたわけだけれど、力を入れて取り組んだゴミ問題はなかなか都市空間の問題としては見えにくかった。じゃあ石原さんの場合は? 石原さんは東京都が所有しているもの、あるいは管理しているものにたびたび言及していたから、それならそれをどう使おうとしているのか話を聞いてみたいなと思いますね。
塚本──やはり行政レヴェルじゃないと、大環状道路を埼玉と協力して通して渋滞を緩和するとか、ディーゼルエンジン車を追い出そうとかそういう話は現実味をもってできない。僕らは設計を通して、自分たちがいま目の前にある都市から観察してきたものにどうやって力を与え人に伝えるかというところに関心がある。そのためには観察を何かに定着させなければいけないわけだけれど、現時点では個人のクライアントに頼まれた建物とか、「メイド・イン・トーキョー」が定着媒体になっている。「メイド・イン・トーキョー」は趣味のように収集しはじめたものが、突然貝島さんが展覧会に引っぱり出されて、それがインターネットにのって、今度やっと独立した書籍になって、というふうにだんだん定着媒体を移していくことによって力強くなっているなぁと思うんです。そういう意味で言うと、都知事の場合、政治という非常に強力な定着媒体をもっているはずですね。そこにはギャップがもちろんあるわけだけど、それが論理の組み立て方に影響すると思うし、あるいは力の差にもなる。
貝島──でも、都知事は適当なことは言えないわけでしょう?
塚本──もちろん。俺たちは言える?かな?(笑)。まあそれは冗談として都知事の場合、言ったことがそのまま公式発言になるから、本当に気を遣うだろうなと思う。
貝島──もちろん建築家だって緊張してないとダメだと思うけど。

トーキョー・リサイクル・ヴィジョン

塚本──今回の特集では臼井敬太郎君が「公共建築リスト一九五〇─一九六九」を作ったけれども、ああいう建物を今後どうしていくのか、それを都はどこまで考えているのだろうか?というのは、これからの建築の仕事は、そういう公共建築をどういうふうに変えていくか、リノベートしていくかということばかりになる可能性があって、そこにクリエイティヴィティを発揮していかなければならないから。一方、都のほうでは、例えば「この建物のこういうところは問題があります」、「あっちの建物はあそこに問題があります」という具合に、それぞれの建物からいろいろな相談なり悩みなりがくるのだろうけれど、それに対しては個々にその場しのぎの解決しか提示できていない。クレームを処理するだけだったら答えは何通りもあると思うんですけれど、そのなかで都市の未来に対して開かれている答えを選んでいかなくてはいけない。それはいまあるもののなかの何を評価して何を評価しないかということに直接関係してくる。いまはこれが意味があるからこういうふうに変えていこう──というような発想をもてば、それは現在の問題に答えていると同時に、将来について何か言っていることにもなるわけですね。それが積み重なっていけば都市というものはできていく。都市空間を作っていく素地が十分できている場合、いまあるもののどこを伸ばし、どこを弱めていくかということをやっていけばいいはずなんです。リノベーションはそういうことをやるいい機会なんだから、もっと戦略的に全体を見回したうえでやるべきで、そのためには、リサイクルされる建築のマッスというものを把握して、それらを組織していくことが欠かせないと思う。でも、都は現段階ではまだできていない。新聞で公開されている情報によると、やっとそれについて考えなきゃいけないと思い始めた段階みたいです。臼井君の聞き込みによると、都にはこうしたことのマネージメントの全体を掌握している人も仕組みもまだないということなので、それはぜひやってもらいたい。
今回の特集には「公共建築リスト一九五〇─一九六九」のほかに「団地再生計画」とか「河川軸都市計画」といった具体的で実践的な提案がなされているわけだから、都市政策に繋がる線はあると思います。余っている学校の校舎をどういうふうに使っていくかというのも、都市の将来の問題として戦略的に考えないと面白くならないはずだから。とにかく、「これを壊すんですか? 直すんですか? どうやって直すんですか? 誰がやるんですか?」という疑問ははっきりもったほうがいい。
貝島──作り方ではなく使い方というところから見ていったとき、うまくいけば面白いプログラムがたくさん出てくる。
塚本──そう。作り方というのはどうしても作り手=業者に独占されがちだけれど、使い方のほうはユーザーも参加できるわけでしょう。もちろん作り手だってユーザーとして参加できるわけで、そこがやはり協同できるところだと思うんですよ。例えばカモシカを保護したら今度は数が増えすぎちゃって農家が困ってるという話を聞いたことがあるけれど、要するに生態系というのは、はじめから系があって、そこに改めていろいろな動植物が参加していく、というようなものではなくて、そこに参加している動植物たちがまさに生態系を形作っているわけでしょう。変なたとえだけど日本脳炎のウイルスを撲滅して、ニホンカモシカを残そうというようなことをやるわけだけれど、それはいまそうすることで一〇年後、二〇年後の日本の生態系をデザインしていることになるわけです。それと同じことは都市空間にも言えると思うんですよ。
建築家としては、やはり空間のほうからできることを僕らなりに提案したい。いま建築のリサイクルと言ってしまうと、どうしても材料の問題とエネルギーの問題になってしまう。けれどもまったく無関係なものでも最終的にはグチャッとひとまとめに現われてくるところにある建築とか都市の空間の問題というのはやはり重要で、僕たちの仕事はそこでの構想力を示すことにあるだろう。
というのも建築や都市のプロジェクトというのは、これも変な言い方だけれど、やはり追い風を掴まなければダメなんですね。それでその追い風を人々の具体的なアクティヴィティにまでちゃんと落とし込まないといけない。プロジェクトをやるときにはそういった構想力が問われているんですね。「社会的にはこういう動きがある。じゃあ具体的にどんなアクティヴィティが発生し、それを強化する施設が発生するのか」──そういうことが筋として示せなければならない。少し具体的な話をすると、僕も参加した「河川軸都市計画」ではアクティヴィティ・シミュレーション・チャートというものを作りました。これからの都市を考えていくうえでは、当然考えなければいけないさまざまな動き、条件があるわけですが、それを河川の空間にどうやったら導入できるのか、と。その戦略を立てて、具体的に道具立てはどうで、河川空間はどのように推移していくのかということをシミュレートしようとしたわけです。そのさい考えたのは、すでに河川には河川管理施設も土木構築物も自然の地形もある、というように資源はいろいろ転がっている。けれども、それらはだいたいひとつの目的にしか使われていない。河川管理施設だったら治水と利水のためぐらいにしか使われていないんですね。それを例えばレクリエーションや教育の場として使ってもいいじゃないかと。資源をどういうアクティヴィティによって再資源化し、活性化し、再利用していくのかが、一つひとつのプログラムとしてどんどん出てきて、施設として定着されていく。これに名前をいろいろ付けて、河川軸を前提にしたときにはこんなビルディング・タイプが発生してくるだろう、というところまでやったわけです。それは例えば産業革命が起こって、いろいろなビルディング・タイプができたわけですけれど、まあもっと地味なものですが、あの感じをもう一回ということですね(笑)。そんなもの建築の問題になるのか、と言われそうだけれど、複雑な社会の動きをどうやって具体的なアクティヴィティを使った空間にまで落としていくか、それを河川をひとつの資源にしてやってみたかったわけです。
貝島──そういう資源の広がりをいろいろなかたちで東京のなかから見つけてくる。そういう具体的な資源と向きあってそれと格闘しながら、いろいろな都市空間とその使い方を提案していく。そういう具体的な資源といっしょになって考えるということが、いまとても建築的なんじゃないかと考えているわけですよね。
    [二〇〇〇年七月一四日、東京にて]

>塚本由晴(ツカモト・ヨシハル)

1965年生
アトリエ・ワン共同主宰、東京工業大学大学院准教授、UCLA客員准教授。建築家。

>貝島桃代(カイジマ・モモヨ)

1969年生
筑波大学芸術学専任講師。塚本由晴とアトリエ・ワンを共同主宰。建築家。

>『10+1』 No.21

特集=トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ

>丹下健三(タンゲ・ケンゾウ)

1913年 - 2005年
建築家。東京大学名誉教授。

>アフォーダンス

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが創出した造語で生態心理学の基底的...

>臼井敬太郎(ウスイ ケイタロウ)

1976年 -
筑波大学大学院博士課程芸術学研究科。