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黒の表象──黒をめぐる博物誌 | 五十嵐太郎+斉藤理
Black Symbols:An Archive of Black | Igarashi Taro, Tadashi Saito
掲載『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) pp.220-229

黒の製法

1──黒顔料の製造機械
一五二一年チェザリアーノによるウィトルウィウス解説図

「まず、黒色顔料について述べよう。(…中略…)小さい炉がつくられ、(…中略…)炉の中に松脂が置かれる。火力がこれを燃やすことによって煤を孔からラコーニクム(熱気室)の中に押し込む。それが壁と円筒天井のまわりにくっつく。そこから集められたものは一部ゴムが加えられて書写用の黒インキにつくられ、残りのものを塗装師が膠を加えて壁に使う」
ウィトルウィウス『ウィトルーウィウス建築書』

「黒にも多くの種類があることを知っておくがいい。(…中略…)葡萄の蔓を焼き、焼けきった時に水をかけ、他の黒のように練砕する。(…中略…)他の黒は巴旦杏、または桃の核を焼いて作れる。(…中略…)亜麻仁油をランプに充たしてそれをともし、錫メッキをした釜を綺麗にぬぐって、その下にランプを入れ、釜の底とランプの炎との間隔を指三本位にし、炎が底によくふれて、全体がそれに密着するようにする」
一五世紀画家チェンニーニ『芸術の書』

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負の記憶を伝える黒

2──ペスト祭における褐色の聖母像
ベルギー南西部トゥルネで行なわれるペスト(黒死病、Black death)祭の行列で、信徒は褐色の聖母を担ぐ

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3──アンゼルム・キーファー
《ザ・ハイプリーステス》(一九八五─八九)
黒い鉛製で一冊一〇〇キロ以上する本。中には髪の毛や陶器のかけらなどが挟み込まれ、荒涼とした負の歴史が綴られているかのようである

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「雨雲とは違う不気味な暗雲が、決して光を通すことのない乾いた黒のベールとなって空を覆い、やがて霧の中に広がっていく(…中略…)大英帝国は、かつては太陽の没しない国だったが、いまは太陽が昇らない国になってしまった」
ジョン・ラスキン『一九世紀の黒雲』

黒い被覆のダンディズム

「黒い燕尾服やフロックコートは、普遍的な平等の表現という、その政治的な美しさをもつだけでなく、公衆の魂の表現という、その詩的な美しさをももつことにも、篤と留意していただきたい」
シャルル・ボードレール『一八四六年のサロン』

4──『紳士服流行マガジン』から黒服の紳士(一八五一)
ときあたかも一八五一年、ファッションプレートの背景にあるのはクリスタル・パレス

「おんなはありとあらゆる色について考える。あたしは黒はすべての色にまさると主張してきた。白も同じである。この二色は絶対的な美しさがあり、完全な調和がある。舞踏会で白か黒の衣装を着たおんな……ほかの色彩をつけた女たちは消えてしまうだろう」
ココ・シャネル「黒いドレス」(一九二六)についてのコメント

「同じマークの車が同じ型だからといって、買うのを躊躇するだろうか。反対だ。類似こそは品位を保証する」、「これがシャネルとサインされたフォード車なのだ」
一九二六年のアメリカ版『ヴォーグ』誌

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象徴としての黒

5──カーバ神殿の黒い石
イスラム教徒は巡礼の際、カーバ神殿に向かい「アッラーフンマ・ラッバイカ(神の前に)」と唱えながら南東隅にはめ込まれた黒い石に接吻し、反時計回りに七周する

「天の北極上には肉眼で確認できる星は存在せず、そこは暗黒の、それゆえに神秘な黒であった。(…中略…)したがって中国では、天頂=天の北極こそ天帝の座であり、夜の色すなわち黒こそ、万物を支配する天帝の色彩であったのだ。天の北極に位相的に最も近い地上の北が、四方向のなかでも特に聖なる方向とされ、黒が配色されているのも当然であろう」    北沢方邦「宇宙論としての色彩」

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ステレオタイプとしての黒

6──ベネトンの「オール・ザ・カラーズ・イン・ザ・ワールド」
広告写真(一九九一)
オリビエーロ・トスカーニによる一連のキャンペーン用写真は、全世界で大きな論争を巻き起こし、人々の皮膚の色に対する意識の強さを裏付けた

「この地球を自滅から守るために、個人にできることはいったい何だろう? 僕にはひとつの解決方法しか考えられない。それは、皆が社会問題に取り組むことだ。だからこそベネトンの果たしている道義的責任は他を圧しているのだ」
スパイク・リー『ローリングストーン』誌インタビュー

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7──スパイク・リー『ジャングル・フィーバー』
(一九九一)
昇進を断られた主人公フィリップは、人種的差別に怒って事務所を飛び出す

「とても残念だ。君たちは私の貢献に敬意を払っていないらしい。辞表を出さざるを得ない。ここにいても私には将来はない。君たちの会社ではね。終わりだ。……みんなおれの仕事だ。おれのだ。これも、これも……」
映画『ジャングル・フィーバー』

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8──「ジョージア植民地建設論」(一七三三)の口絵
イギリス人がインディアンやアフリカ人を監督して植民地を建設する、理想化された風景

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9──アンリ・プロスト「カサブランカ拡張整備計画」(一九一五)
黒く、内部に入りくんだ地区は現地人が住むメディナ
雑然とした地区はヨーロッパ人の介入によるもの

「植民地の世界は分割された世界だ。おそらくこれを記述するときに、現地人(indigènes)の町と欧州人の町、現地人のための学校と欧州人のための学校があることなど、今さら指摘する必要もないだろう」
フランツ・ファノン『地に呪われたる者』(一九六六)

「私たちの精神のなかに、都市と森の対比的な状況をしっかりとすえて置くべきである。都市では外国の習慣が、一般的には悪い傾向にあり、アル中、売春、強盗、詐欺、ゆすり、たかりなどが日に日に拡まっている。一方森の生活では盗みをするものがいないという意味ではないが、より清らかである」
アフリカの革命家、カブラルの講演
「文化と抵抗」(一九六九)

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10──分離された白人と有色人種の水の飲み場

「白人は自分と同じ色でない人間に対しては、それが誰であろうと、自動的に紅斑反応スティグマを起す」
『マルコムX自伝』(一九六五)

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黒/白

「この白と黒の対照によって、物がどれほど浮き上がるかがはっきりと認められる。こうして控え目に、少しずつ白と黒とを君の必要とするだけ増してゆくがよい」
アルベルティ『絵画論』

「一点の翳りもない白の中に、目に見えぬ微妙な黒がかくれていて、それは常に白の構造そのものである。白は黒を敵視せぬどころか、むしろ白は白ゆえに黒を生み、黒をはぐくむと理解される。存在の瞬間から白はすでに黒へと生き始めているのだ」
谷川俊太郎「灰についての私見」

「F+W+B=一〇〇(純色量F、白色量W、黒色量B)
W・オストワルト「色の表示法」(一九二三)

11──マン・レイ「黒と白」(一九二六)
白人の女性と黒人の仮面。この写真にはネガ・バージョンもあり、鮮やかに白黒が反転する

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12──アドルフ・ロース
《ジョセフィン・ベーカー邸》(一九二八)
一九二五年、パリで開幕した「黒人レヴュー」の大スター踊り子で、スペイン人と黒人の混血ジョセフィン・ベーカーのための住宅プロジェクト

「仮装しているように見える動物として、シマウマはとらえられている。それゆえ、つねに若く見えるのである。(…中略…)どっしりと人生に腰をすえた成人にとって、笑いを誘うような目立つ縞の服を着ることは、常軌を逸した行動であり、衝撃を与えようとか違反しようという意図を示すものであろう。そのような縞模様は、若者、ピエロ、芸術家たちのためにあるのだ」
M・パストゥルー『悪魔の布──縞模様の歴史』

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13──ブルーノ・タウト
《ダーレヴィッツの自邸》(一九二七)
めずらしい四分円の平面をしたベルリン郊外の自邸を設計する際、太陽との関係を考慮して黒色と白色を効果的に使い分けている。別名を黒い家と呼ばれる

「太陽の沈む向きに面する西側の壁を雪のように白く、通りに面する東側を黒色にする。(…中略…)黒色の効果により午前中の弱い太陽熱を家の中に十分に吸収するのである」
ブルーノ・タウト『一住宅

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黒闇の空間

「濃い、たヾ一と色の闇が垂れていて、覚束ない蝋燭の火がその厚みを穿つことが出来ずに、黒い壁に行き当たったように撥ね返されているのだった。諸君はこう云う『灯に照らされた闇』の色を見たことがあるか。それは(…中略…)一と粒一と粒が虹色のかヾやきを持った、細かい灰に似た微粒子が充満しているもののように見えた」
谷崎潤一郎『陰翳礼賛』

14──ジャン・ヌーヴェル
「リヨン・オペラ座」(一九三三)
劇場内の内装は、木にしろ革にしろほとんど黒で覆われている

「黒は色を濁らせるが、暗さは濁らせないように見える。(…中略…)色をほとんど識別できない晩い時間に君の部屋のなかを眺めてみよ、それから明りを灯し、薄明りのもとで見ていたものを描いてみよ。(…中略…)だが人はそのようにして描かれた絵の色を、薄明りのもとで見ていた色とどのようにして比較するのだろうか? このような比較が、二つの色見本を私が同時に手元において並べて比較する、といった比較といかに異なっていることか!」
ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン
『色彩について』

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15──中尾寛
「スタジオ、生け花作家のための」(一九九六)

「黒は弱い色である。黒は光線に対して過敏に反応する。光の粒子を染み込ませ、あるいは細かな塵を堆積させ、その表面を微細に震わせる。黒は堅い沈黙ではなく、不断のざわめきである」
中尾寛『GA House』 47

「完全な黒は、一つの絶対であり決定でなければならない。(…中略…)われわれが通例考えるところの暗黒の世界が、夜の闇の暗さを通して想像されているものであるならば、それは絶対の黒の世界ではない。密閉空洞に実現される真正の黒は、三次元空間によって生み出されるものでありながら、完全な黒であるために、その三次元性を自ら否定するところを〈見せる〉ものでなければならないのだ」
小町谷朝生『色彩のアルケオロジー』

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黒という実体を超えて

16──マレーヴィチ「黒い正方形」(一九一三)
 
「私が一九一三年に芸術を対象的なもののバラストから解き放とうと死にものぐるいの努力で、正方形のかたちに活路を求め、白い地に黒い正方形しか描かれていない作品を発表したとき、批評家も、彼と一緒になって世間も嘆息まじりにこういったものだ──『私達が愛情を注いできたものすべてが失われてしまった。私達は砂漠にいる(…中略…)眼前にあるのは白い地の上の黒い正方形だけだ!』と」
カジミール・マレーヴィチ『無対象の世界』

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17──ミース・ファン・デル・ローエ
《ベルリン新国立ギャラリー》(一九六二─六八)
艶消しの黒に塗られた巨大な屋根は、浮揚する黒い板であり、新国立ギャラリーの屋根伏図は、まさにマレーヴィチの「黒い正方形」そのものなのである

「ミースの『黒の上の黒』美学が、モダニズム・アヴァンギャルドという伝統へとわれわれの考えを立ち返らせてくれる」
ケネス・フランプトン
「ミースの作品におけるモダニズムと伝統について」

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図版出典一覧
一──Das Marcus Vitruvius Pollio Baukunst, Leipzig, 1796, reprint Zürich & München, 1987
二──蔵持不三也『ペストの文化誌──ヨーロッパの民衆文化と疫病』(朝日新聞社、一九九五)
三──伊藤俊治『二〇世紀イメージ考古学』(朝日新聞社、一九九二)
四──ジョン・ハーヴェイ『黒服』(太田良子訳、研究社出版、一九九七)
五──野町和嘉『メッカ巡礼』(集英社、一九九七)
六──オリビエーロ・トスカーニ『広告は私たちに微笑みかける死体』
(岡元麻理恵訳、紀伊國屋書店、一九九七)
七──『ジャングル・フィーバー』
(ユニヴァーサル映画、発売元=CIC・ビクター ビデオ販売、一九九一)
八──デイヴィッド・ダビディーン『大英帝国の階級・人種・性』
(松村高夫+市橋秀夫訳、同文舘出版、一九九二)
九──The New City, Princeton Archi-Press, 1996
一〇──『STUDIO VOICE』(一九九三年三月号、INFAS)
一一──Man Ray: La Photographie a L’Envers, C. G. P, 1998
一二──Ludwig Münz&Gustav Künstler, Der Architekt Adolf Loos, Wien&München,1964
一三──Bruno Taut, Ein Wohnhaus, Stuttgart, 1927
一四──『建築文化』一九九四年八月号(彰国社)
一五──写真=新建築社写真部
一六──カジミール・マレーヴィチ『無対象の世界』(五十殿利治訳、中央公論美術出版、一九九二)
一七──Werner Blaser, Mies van der Rohe Lehre und Schule, Birkhaeuser, 1977

参考引用文献
ウィトルウィウス『ウィトルーウィウス建築書』(森田慶一訳、東海大学出版会、一九七九)
チェンニーニ『芸術の書』(中村彝訳、中央公論美術出版、一九七六)
John. D. Rosenberg ed., The Genius of John Ruskin, Boston&London, 1963
シャルル・ボードレール『ボードレール全集III』(阿部良雄訳、筑摩書房、一九八五)  
ポール・モラン『獅子座の女シャネル』(秦早穂子訳、文化出版局、一九七七)
エドモント・シャルル・ルー『シャネルの生涯とその時代』(秦早穂子訳、鎌倉書房、一九九〇)
『is』増刊号「色」(ポーラ文化研究所、一九八二)
フランツ・ファノン『地に呪われたる者』(鈴木道彦+浦野衣子訳、みすず書房、一九六九)
L・B・アルベルティ『絵画論』(三輪福松訳、中央公論美術出版、一九九二)
谷川俊太郎『定義』(思索社、一九八一)
M・パストゥルー『悪魔の布──縞模様の歴史』(松村剛+松村恵理訳、白水社、一九九三)
Bruno Taut, Ein Wohnhaus, Stuttgart, 1927
谷崎潤一郎『陰翳礼賛』(中公文庫、一九七五)
ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン『色彩について』(中村昇+瀬嶋貞徳訳、新書館、一九九七)
小町谷朝生『色彩のアルケオロジー』(勁草書房、一九八七)
カジミール・マレーヴィチ『バウハウス叢書11 無対象の世界』
(五十殿利治訳、中央公論美術出版、一九九二)
ケネス・フランプトンほか『ミース再考』(鹿島出版会、一九九二)

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>斉藤理(サイトウ・タダシ)

1972年生
上智大学、慶應義塾大学非常勤講師。建築史。

>『10+1』 No.14

特集=現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築

>ブルーノ・タウト

1880年 - 1938年
建築家、都市計画家。シャルロッテンブルグ工科大学教授。

>ジャン・ヌーヴェル

1945年 -
建築家。ジャン・ヌーヴェル・アトリエ主宰。

>ミース・ファン・デル・ローエ

1886年 - 1969年
建築家。

>ケネス・フランプトン

1930年 -
建築史。コロンビア大学終身教授。

>伊藤俊治(イトウ・トシハル)

1953年 -
美術史。多摩美術大学教授。