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24:金石建築師:皮相な建築の深遠な意図 | 篠儀直子
King Shin Architects: Profound Contemplation of Superficial Architectures | Shinogi Naoko
掲載『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) pp.130-131

金光裕 Gene K. King:1956年生まれ。84年ヴァージニア工科大学修士課程修了後、アメリカの建築事務所、デザイン事務所などに所属。87年に短編小説『沙堡傳奇』を執筆し作家デビュー。97年に『Dialogue』誌編集長となり、98年に金石建築師を設立する。
石靜慧 Erin C. Shih:1964年生まれ。91年コロンビア大学修士課程修了。リチャード・マイヤーの事務所やS.O.M.などに所属した後、95年に台湾の建築事務所に所属。現在、淡江大学建築工学科講師を務める。

台湾建築界の新しい活力

 
戦後日本の多くの中都市がそうであったのと同様、台湾のほとんどの街は特徴をもたないまま拡大した。アーバン・デザイン、プランニング、建築デザインが、体系化され差異化されたのはようやく一九八〇年代になってのことだった。建築コードの許す最大限の床面積を提供するよう求められていたあいだ、建築家たちの使命感は剥奪され最小限に抑えられていた。台湾がポストモダニズム様式に侵略され感染したあと、建築家たちは今度は、表皮を装飾せよという使命に駆られることになり、建物のプログラムや活動に対してはますます注意を払わなくなってしまった。日本や西洋の建築家たちは台湾の建築家たちのあいだでよく知られていたが、台湾の建築家たちはというと、国際的には顔のない沈黙した群衆のままであった。
一九九七年、『建築師』の編集長をしていたとき、わたしは「若き建築家たち」の仕事についての特集号を企画し、四〇歳以下の建築家たち十数人を取り上げた。職業的実践において、ある傾向が静かに形を取り始めていることにわたしは気がついた。これらの建築家たちはみな、高度な教育を受け、スタジオ的な環境で作業し、建築デザインとインテリア・デザインの両方において質の高い仕事をしていたのだ。台湾に新しい活力を与えているこの人々のなかで、中心にあるのは金石建築師(KSA)である。
この事務所は金光裕と石靜慧によって設立された。両者とも、一九九五年に台湾へ帰国する前に、ニューヨークで一〇年にわたって活動していた。同年輩の者たちと比較すると、彼らはニューヨークの大きな事務所できちんとした職業的訓練を受けているし、また合衆国と台湾の両方で大規模なプロジェクトを引き受けてきている。こうした要素が、彼らの設計した初期のいくつかのプロジェクトにおける、質の高さと成熟ぶりに貢献しているのだ。

柔軟性の重視

 
西洋建築が台湾へ移植できるものとは彼らは信じておらず、そのかわり、台湾の建築環境がもつ強さを追求し拡張しようと意識的に試みている。クライアントたちは、最低限の予算と最短の設計・施工時間から、最大限の床面積を引き出そうとするものだと彼らはわかっている。TVBS(ケーブルテレビ・ネットワーク)スタジオの改築においては、プログラムの偶然的な解釈によってマッスの硬直性がうち破られ、採光窓とよろい戸のスクリーンが振動することで深さの感覚が作り出され、建物は情報伝達装置へと転じたのだった。よろい戸は特注で成形されたアルミニウムからできていたが、彼らはこれを、工事請負業者と協力し、追加費用を最小限に抑えて製造したのである。
台湾超能源公司(UTI)新竹工場での階段/エレヴェーターシャフトのデザインは、強化された鉄筋コンクリート構造とカーテン・ウォールのハイブリッドであり、ツリー状のライトボックスであるが、これまた彼らの革新的なアイディアと成熟したディテールをはっきりと示すものである。
柔軟性は、取り入れられねばならない特性である。クライアントは普通最終段階まで介入してこないし、労働組合は存在せず、支配的な大手企業が品質を保証してくれるということもない。けれども請負業者たちは、たいてい非常に不正確ではあるけれど、特注の製品を安く提供することに柔軟に対応している。柔軟性はまた、新しいものに対するクライアントたちの受容性にも見ることができる。KSAはいつも、外国のプロジェクトに似たデザインを提供することによってではなく、クライアントのプロジェクトに特別に言及することによってクライアントを説得している。劍度公司新竹工場と燦坤電脳(EUPA)廈門工場のデザインは、クライアントの製品からインスピレーションを得たものだ。彼らはまた、デザインの各要素に多様な意味と多様な機能をもたらそうともしている。Hi-topオフィスの内装デザインにおける動的要素は、受付デスク、ロゴ、ドア、および壁として機能する3D部品だ。彼らはその事業に特有の条件からインスピレーションを見出し、利用可能なリソースによってその解釈を伝達する。

1──台湾超能源公司(UTI)新竹工場、台湾、2000  撮影=Yu-hsien Chou

1──台湾超能源公司(UTI)新竹工場、台湾、2000

撮影=Yu-hsien Chou

2──同、南西からの眺め  撮影=Yu-hsien Chou

2──同、南西からの眺め

撮影=Yu-hsien Chou

3──同、階段 撮影=Yu-hsien Chou

3──同、階段
撮影=Yu-hsien Chou

4──《Hi-topオフィス》ロビー  撮影=R. S. Lin

4──《Hi-topオフィス》ロビー

撮影=R. S. Lin

5──同、会議室 撮影=R. S. Lin

5──同、会議室
撮影=R. S. Lin

国際的視点

 
付け加えると、金光裕は小説やエッセイの作家でもあり、文芸書をこれまでに四冊出しているのだが、彼はまた一九九七年以来『Dialogue』誌の編集長も務めている。これは英語と中国語による建築雑誌であり、台湾で刊行され国際的に流通しているものである。世界中の最新情報と批評的分析を提供することで、台湾建築の力を発見し拡大していくこともまた彼の目標であるのだ。おそらくはこのこともまた、彼らの仕事に批評精神を与え、彼らの仕事において理論と実践を結合させているのであろう。この夫婦チームが育て上げている深みと秩序をもった特質は、ただちに知覚できるようなものではないが、
台湾の建築家にあっては非常にまれな特質なのである。

>篠儀直子(シノギ・ナオコ)

翻訳者。表象文化論、アメリカ史。

>『10+1』 No.22

特集=建築2001──40のナビゲーション