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視線と意匠──郊外ニュ─タウン試論 | 若林幹夫
Design and Eye | Wakabayashi Mikio
掲載『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) pp.116-123

I 現実としての模像


集合住宅の一大展示場である多摩ニュータウンのなかで、もっとも人目をひく場所の一つは、京王堀之内駅前の斜面に並んだ一群の住宅団地である。「ライブ長池」という名の全体計画に基づいて一九九○年に「街開き」が行なわれたというこの地域に立ち並ぶ、エミネンス長池、コリナス長池、コープタウン長池、ヴェルデ秋葉台といった折衷的な名を与えられた「ポストモダン」な団地群の特異な相貌は、京王堀之内駅を中心とする駅前施設、VIA長池のガウディ調のデザインと共に、初めて訪れる者に相当の驚きを与える。
何に驚くのかと言えば、第一には言うまでもなく、これまでの「団地」や「集合住宅」のイメージとは大きく異なるこれらの団地のデザインにである。パステル・カラーの積木細工のようなエミネンス長池や、和風の屋根を載せたヴェルデ秋葉台のデザインは、それ自体が充分に個性的である。
だが、こうしたデザインの個性だけによっては、この団地を訪れた時に感じる驚きをうまく説明することはできない。私の場合、これまで何度かこの場所を訪れた時に感じてきた驚きや違和感は、こうした特異なデザインそれ自体よりも、そのようなデザインが地域全体をくまなく覆ってしまっている「隙のなさ」から来ているように思われる。たとえば一戸建ての住宅ならば、いかに奇妙なデザインであってもその隣にはそれなりに普通の住宅が建っており、したがってその奇妙さは、他の住宅との「違い」によって認識される奇妙さである。ところが京王堀之内駅前地区の場合には、駅から南を見晴らして眼前に広がる丘一面に、ライブ長池のポストモダンな景観がパノラマのように広がっている。さらに、駅から斜行エレベータやエスカレータに乗って団地内に入ると、路面のタイル、階段や陸橋の手すりにいたるまで意匠を凝らしてデザインされた建築空間に取り囲まれる。文字通り、そこには「隙」がない。私たちはそこで、ちょうどテーマ・パークを訪れた時のように、トータルにデザインされた「書割り」のような場所に入り込む(ヴェルデ秋葉台とライブ長池とは意匠的に違いがあるが、両者共に高度にトータルなデザイン化がなされているという点では共通している)。通常の住宅地においては、一軒の奇妙なデザインの家は、他の多くの住宅との違いにおいて異和的な場(=ヘテロトピー)を作り出すのだが、京王堀之内駅前では、きわめて個性的なデザインの住宅が集合することで、ニュータウンの他の地域や一般の住宅地とは無論際立って異なるが、その地域全体としてはきわめて同一性と均質性の高い空間(=イゾトピー)を作り出している★一。人はそこで、マクロに見ればヘテロトピックな場所を局所的にはイゾトピックに経験するのである。
これまでこの住宅地を訪れる度に、私は自分が舞台か映画のセットに紛れ込んだような気分を味わってきた。眼前に広がるパノラマや周囲を取り囲む建築空間が、あまりに見事にデザイン化されているために、それが「本当の街」のような感じがしない。この「非現実的な感じ」にはまた、風景の「奥行き」や「厚み」のなさの感覚も伴っている。そこでは高度の意匠性をもった建築空間の「表層」の向こう側にある、言ってみれば「内面」とでも呼ぶべきものの存在がほとんど感じ取れないのである。
このことについては、もう少し説明が必要だろう。
普通の団地であっても私たちが目にするのは、建物の外壁や窓、ベランダといった建物の表層部分のみである。だが、そこに干された布団や洗濯物、ベランダに無造作に置かれたさまざまな家財道具、盆栽や花の鉢、窓ガラスに映る台所用品の影などから私たちは、その内側に暮らす人びとの息づかいのようなものを感じ取る。そこでは建物の表層──それらは大抵、ライブ長池とは比べ物にならない程に無愛想な「箱」である──に、その内側で営まれている暮らしの痕跡が滲みだしている。先に「奥行き」や「厚み」と述べたのは、風景がその表層の「見え」のなかに示すこうした人びとの営みの気配のことだ。たとえば同じ多摩ニュータウンの中でも、もっとも早い時期に建設された永山地区では、そのような非意匠的ではあっても奥行きと厚みのある風景が見られる。
ライブ長池には、そうした風景の奥行きや厚みが欠けている。なるほどそこには、出窓の内側に飾られた花やベランダに置かれた鉢や木々、ドアに取り付けられたプレートなど、そこに暮らす人びとの「個性」の主張を感じさせるものは数多く見受けられる。だが、そこからは人びとの生活の息づかいのようなものはあまり感じられない。それどころか、実のところ、皆それぞれに少しずつ異なってはいるが、それ以上に互いによく似ているそれらの物からは、とりたてて何の「個性」も感じられないのだ。そこから感じられるのは、ファッショナブルにデザインされた建物の表層の意匠性と釣り合わせようとする生活者の装いである。出窓やベランダ、ドアの周囲を飾るこれらの物は、その内側で営まれる暮らしが滲みだしたというよりも、むしろ、建物の表層に付加されたもう一つの表層、もう一つの意匠である。それらは建物のデザインが連想させる「少しおしゃれな暮らし」のイメージとは釣り合っても、その内側で現実に営まれている人びとの個々の暮らしの存在を窺わせないのである。
このような風景を、シミュラークルやシミュレーションという概念で捉えることは、必ずしも間違ってはいない。なるほどそれは、この土地に存在する必然性のない意匠の組み合わせによって作られた模像のような街並みであり、オリジナルなきコピーのような風景である。だがそれは、ディズニーランドやハウス・テンボス、あるいは同じ多摩ニュータウン内にあるサンリオ・ピューロランドと同じ意味でシミュラークルであるのではない。
私がそこを訪れる度に感じる軽い眩暈のような感覚は、そのような場所が遊園地ではなく、現実に多数の人びとが暮らす生活の場として存在していることによっている。しかも、私の数少ない経験に照らしてみても、ライブ長池のような様相や表情をもつ場所は、東京や大阪などの大都市近郊に増加しつつある。「地中海都市」風の高層集合住宅やら、イギリス田園郊外風の建売住宅地やら、色違いのパステル・カラーで彩色されたリカちゃんハウスのような家々の立ち並ぶ住宅地やら、そんな場所が大都市近郊に続々と作られているのである★二。


II 禁じられた場所


ライブ長池のような場所が次々に作られ、そこに人びとが群居しつつあるのが私たちの生きる社会の現実である。ここで行ないたいのは、ライブ長池のようなニュ ータウンの現在を代表する場所が「シミュラークル」として理解できることを確認することではない。ここで考えたいのはシミュラークルのようなそうした場所が、人びとによって生きられる現実であることの意味である。こうした問題については、住民の生活実態や生活意識に関する調査・分析を行なうのが正統的な方法ではあろう。だが、残念ながら今、私の手元にはそうした調査のデータが存在しない。そこでここでは、実際に私が体験したある出来事を手掛かりにして、このことについて考えるための補助線を引いてみることにしよう★三。それは昨冬初めのある日、ライブ長池地区を訪れた時に経験した次のような出来事である。

その日、自動車を駅前の駐車場に停めた私は、いつものようにまっすぐ団地方向に進まずに、駅前から南西にコープタウン長池の方へと丘を登る道を進んでいった。かなり急な坂道を登ってゆくと、左側に「真理学園幼稚園」という大層な名前の幼稚園があり、さらにその先に小さな階段が現われる。その階段を登ると、幼稚園を見下ろす場所にある公園に出る。この公園は、ライブ長池地域が北面を占める丘のちょうど尾根筋に位置しており、尾根沿いには舗装されない道が走っていた。
私はこの尾根道を、駅前の団地群に戻る方向に歩き始めた。左側の木の間隠れには、コープタウン長池の建物が見える。道の右側、ニュータウン地区と非ニュータウンの地域とが接する側には、コンクリートの塀があって向こう側を見ることはできないが、その向こうもまた雑木林であるらしい。丘の頂上を過ぎると木々の群れが切れて、コンクリートの土止めを施された急な斜面の上に出る。
そこで私が見たのは、コリナス長池のベランダと、そこにはためく数知れぬ洗濯物の満艦飾であった。私は、普段通りに駅から真っ直ぐに団地内に入ったのであれば決して見ることのできない団地の「裏側」に出てしまったのである。斜面を下りる階段の脇に立てられた掲示にある「関係者以外立入り禁止」という言葉がいささか気にはなったのだが、ともかくも斜面の階段を下り、私は洗濯物はためく団地のベランダ群の前に下り立った。そこから東北方向には、左側を建物、右側を急斜面にはさまれた細い道が走っている。私は左側に巨大な壁のように立つ団地のベランダを横目で見ながら、いささか早足でこの道を進んでいった。左手に目に入るものは、洗濯物だけではない。雑然と置かれた植木鉢、子供の玩具、段ボールの箱。窓越しに家の中まで目に入る。これらが眼前に迫って縦横一面に連なる風景は、はためく洗濯物のなまめかしさと共に、これまでこの団地を訪れた時には目にしたことのない風景である。
若干の後ろめたいような気分を感じながら、足早に細い道を進んでゆくと、出口が、ない。
突き当たった場所には赤錆びたフェンスが張られ、その一部がようやく人一人通れる位に破られている。向こう側の舗道を歩く主婦の目を気にしながらこの穴を通り抜けた私は、見知った団地内の街路に立っていた。穴の開いた金網を振り返ると、そこにもやはり「立入り禁止」の掲示があった。
以上が、その日の経験である。

その日図らずも私が出会うことになったコリナス長池のベランダと洗濯物、そこに置かれた雑多な物たちは、それまで普通にこの団地を訪れた際には決して目にすることができなかったものだ。一つ一つしげしげと眺めたわけではないが、ベランダの雑多な風景は、そこに暮らす個々の家族の生活の「個性」のようなものを感じさせるようにも思われた。このような個々の家族の生活の個性のようなものを、私はこれまでこの団地で感じたことがない。先にも述べたように、街路から見える出窓やベランダ、ドア周りを彩るさまざまな置物や花、植木からは、団地のデザインされた表層と拮抗しようとする、互いに似通った「装飾への意志」のようなものは感じられても、ベランダの風景から立ち上る息づかいのようなものは感じられない。この経験は、高度にデザイン化された団地の表層の裏側にある「内面」の「息づかい」の発見であったのだろうか。そのように言うことも可能である。だが、同時にここには、「表層」と「内面」、「意匠」と「息づかい」といった二項対立の概念によって語られる暮らしそのものの存立を問題にするような論点が含まれているように思われる。

III 視線の禁止・視線の内蔵


「立入り禁止」の立て札やフェンスが示しているように、ベランダに置かれた雑多な物や干された洗濯物を見る視点=場所を人が取ることが、この地区では禁止されている。
注意して欲しいのだが、ここでは他者の私的な生活の領域に外来者が入り込むことが禁止されているのではない。私があの時立っていた場所は、誰の生活領域にも属さない中性的二ユートラルな場所である。禁止されているのは、その中性的な場所に立つことによって開ける眺望なのだ。そのような視点が禁止されているがゆえに、これまで何度もこの地区を訪れながら、私はベランダにはためく洗濯物や、雑多に置かれた鉢や玩具を見ることがなかった。私がこの団地を訪れる度に感じてきた「隙の無さ」は、この地区の団地の表層を覆うさまざまなデザインだけによるのではなく、そのデザインの裏側に存在する雑多でなまめかしいものを見せる視点を取らせない、この視線の禁止にもよっていたのだ。
駅前からのパノラマ的な展望が示すように、ライブ長池では駅から丘を望む視点や、団地内の通路からの視点に対しては、いかにも「見られるべき」相貌がデザインされている。一方では前節で私が体験したような視線の禁止があり、他方には駅からの景観が示すような視点と展望の設定がある。駅からの展望や、団地内の街路や階段から見た家並みは「見せる/見られる」位置に置かれ、したがって見せ/見られるべく装飾されるのに対して、通常の団地であればいやでも目につく布団や洗濯物、物置代わりに使われるベランダ等は、私のように「立入り禁止」の場所に立つことなしには見ることができない。この視点と風景は、住民たちにも禁止されている。住民たちは、互いに他の住民のベランダを見ることができない。ベランダは同一の平面に上下左右に隣接しているので、ベランダに立つ者は、ベランダの前面の斜面やその向こうの雑木林を見ることはできても、決して他人のベランダを見ることはできないのである。また、ニュータウン地区とその外部地域との境界にあるコンクリート塀や、その塀を覆い隠す緑の木々に示されるように、ニュータウン地域の景観は背景の緑によって縁取られているが、その緑の側からニュータウン地域を見る視線は排除されている。こうしてそこには、相互に「見る/見られる」関係に置かれる場所(=団地のファサードと駅や街路)がある一方で、それと対をなすように一方的に見られるが見返す視線が禁止されている場所(=団地裏側の雑木林)や、一方的に見るが決して見られない場所(=ベランダ)もまた存在している。
このような視点の禁止と設定は、相互に独立した事柄ではない。親族関係の規則において、近親相姦の禁止と交差イトコ婚の推奨とが相関する関係にあり、特定の婚姻の組合せの禁止が婚姻関係を構造化するように、多様に取りうる視点から特定の視点を排除することと、そこから特定の視点を取り出して設定することとは相関している。特定の視線を禁止することによって、地域の内外での視線をめぐる関係──「見る/見られる」関係──が分節され、構造化されるのである★四。
このような視線の非対称な構造化は、この地区の団地の建築空間に「見える場所(=見せる場所)」と「見えない場所(=見せない場所)」という二つの領域を作り出している。団地の見える側の表層を覆った隙のないデザインは、この団地の駅や街路から見える側が「見せる側」であることを強調している。重要なことは、実際に街路や駅前に立って団地を見る者の有無にかかわらず、このような視線の構造化と、デザインによる構造の強化が、そうした視線の存在を前提にする構えのようなものをこの団地の建築空間に内蔵させてしまっているということだ。建築空間はそれ自体視線を孕むものではないが、あらかじめそこで人が取りうる視点を先取りし、それを空間の内部の構造として孕んでしまう。駅と団地との間の景観構造や、意匠を凝らした団地のデザインは、あらかじめこの団地を他者の視線の存在を前提としたものにしつらえているのである。
このような場所を生活の場とすることは、人びとに常にそのような視線の存在および不在の意識を植えつけ、それによって人びとの身体挙措を、そうした視線の存在ないし不在を意識したものへと態勢づけるだろう。団地の「表層」は人びとが他者の視線を内在化した振舞いや自己提示へと強迫される場所になり、他方、そうした視線のない領域は強迫から自由で私秘的な存在様態が許容される場所となる。建築空間によるこのような視線の内蔵によって、「見える場所」は単に「見える」だけではなく、常に他者の視線(この場合の他者とは、隣人と来訪者の双方を含んでいる)にさらされることを意識せざるをえない「見せる場所」へと転態される。視線の構造化は、そこに存在する人びとの身体を捉え、それを通じて人びとの行為を捉える。「見える」ことは「見せる」ことであり、「見えない」ことは「見せない」ことである。ベンサムの一望監視施設において「見える」ことが「見られていること」として囚人たちの身体を捉え、彼らの挙動を規律・訓練していったように、「見える/見えない」場所の構造化は、その構造のなかで人びとの身体挙措を「見せる/見せない」ものへと分節してゆくだろう★五。禁止されたベランダの前に身を置いた時、私が感じた後ろめたさや落ち着きの無さは、視線の構造化が身体を捉える意識の萌芽であったのだ。
花や置物で飾られたベランダやテラスは、彼らの暮らしがそのような不特定の他者の視線を意識したものであることを示している。他方、ベランダやテラスのような場所は、「見えない場所=見せない場所」「見えないけれども一方的に見る場所」として、「見える場所=見せる場所」には置けない物が置かれる領域となる。こうした構造の中に置かれる時、人びとの生活は、「見える=見せる生活」と「見えない=見せない生活」に分節されるのである。

IV 見せるための内面


もちろん、どのような居住環境においても、他人に見せても構わない場所と、さほど見られたくない場所とは存在する。III節で指摘したことの要点は、コリナス長池のある街区において、このような場所の分節が建築空間そのものの構造と意匠によって巧妙に構造化されていること、そのことによって、団地の表層の「見える場所」が「見せる場所」へと転態されており、それによってそこに居住する人びとの生活空間や身体挙措、生活意識も「見せること」と「見せないこと」をめぐって集合的に構造化されているであろうということだ。
とはいえ、ライブ長池におけるような視線の徹底した禁制と構造化を行なうことは、通常であれば難しい。ライブ長池の場合、急な斜面の北面に位置し、かつ南面は計画外地域であるというこの地区の地形的な特殊性が、このような視線の構造化を容易なものにしているが、この地区でも斜面を背にしない棟では、II節に述べたコリナス長池のような徹底した視線の統制はなされていない。この意味で、コリナス長池における視線の禁制と構造化は、一つの特異な例であるということができるだろう。また、先に述べたことのうち、人びとの生活空間や身体挙措の構造化に関する部分は、いまのところフィールドでの観察に基づく仮説であるにすぎない。
そこで、以下ではさらにいくつかの事例によって、ライブ長池から引き出されたニュータウンの居住空間と生活に関するこの仮説を傍証することを試みてみよう。
京王堀之内と並んで現在の多摩ニュータウンを象徴する場所に、南大沢駅近くのベルコリーヌ南大沢がある。ベルコリーヌ南大沢の場合、ライブ長池と異なりなだらかな丘の上全体を団地が覆うように建設されているので、ライブ長池のような特定の視線の徹底した排除と構造化はなされていない。だが、ここではまた別の仕方で「見ること」と「見られること」とが主題化されている。
イタリアの山岳都市をモデルにしたという尖塔様の棟やファサードによって際立った相貌を示すこの団地では、設計段階のコンセプト作りの過程で「各方向からの遠景を意識した『アイデンティティ』をもった景観、まちを通る人や車からの視線を意識した『ドラマ性』『ストーリー性』の景観をもつこと、来街者に対しても景観的もてなしを持つまちであること」が提案されたという★六。ここで提案されているのは、街の表層が他者の視線を意識したものとして作られるべきであるということ、それによって街の風景が初めから他者の視線を想定し、内蔵したものとして建設されるべきであるということだ。ベルコリーヌ南大沢で提案されたこのコンセプトは、同じ頃に開発が進められたライブ長池の建築空間を貫く構造と通底している。
建築家の田頭脩宏は、この団地を訪れた時の経験を次のように記している。

先日所用で今何かと話題の多摩ニュータウンベルコリーヌ南大沢を訪ねてみておどろいた。ところ狭しと飾られた花ばな、それも赤色系の派手なものばかり。しかも入居者達が自発的にしつらえたと思われるポット植栽、野外階段の手すりに下った吊し花籠。屋外だけではない住宅の玄関先のスペースにもさまざまなセンスのよい飾りをほどこすという心の配りようである。
路上で私達の若干のアンケートに答えてくれた美人妻(別に美人である必要もないのだが)の適切で明るい誇らしげな受け答え……多分ベルコリーヌのマスコミ紹介で自分達の住まいに対する誇りと心構えが出来、度重なるアンケート調査で受け答えの要領も洗練されてきたのであろう……まるでトレンディドラマの舞台に立つ主人公そのものである。ここの人達も、退屈だった今迄の無機的なくらしと訣別して、恰好のステージと役割りを与えられ、イキイキと生活を演じはじめている★七。

視線を排除する代わりに、どこから投げかけられる視線に対しても統一された「アイデンティティ」をもち、「ドラマ性」と「ストーリー性」をもつよう、ベルコリーヌ南大沢はその表面を隙間無く装っている。この団地の過剰に思われるほどの意匠性、街路に面した壁面やテラスに置かれた花々や緑の木々は、この地域がその設計思想において既に孕んだ視線の過剰さに対応しているのである。田頭が指摘する「美人妻」たちの応対もまた、彼女たちが自分たちの飾った花々や木々と同じように他者たちの視線に向けて自らを態勢づけていることを示している。
もう一つ、ニュータウンにおける他者の視線の内蔵とその効果を示すのは、集合住宅でも建売住宅でも見られる出窓の風景である★八。
ニュ ータウンや新しい郊外住宅地を歩くと、出窓の上に美しい花や置物、ぬいぐるみなどが置かれている風景をよく目にする。ある時気がついたのだが、そこに置かれたぬいぐるみや置物は、家の内側ではなく外側を向いている場合が多い。ぬいぐるみのトトロやミッキーマウスが、道行く私を出窓越しに見つめているのだ。このことは、出窓にそれらを置いた住民たちが、外から出窓に投げかけられる視線を無意識のうちにも知っていることを意味している。出窓は、中から外を見るための窓でも、外から中を窺うための窓でもなく、外からの視線を受け止め、受け止められた視線に居住者の「趣味」や「スタイル」を表示するためのショウ・ウィンドウなのだ。
縁側をもたない現在の住宅において、出窓はほぼ唯一残された、家の内側から外側へと張り出し、家屋の内部の空間と外部の空間の中間に位置する場所である。だが、家屋の内部と外部の間でそれらが果たす役割は、縁側と出窓とでは大きく異なっている。縁側は、そこに人が腰掛けられる場所であることによって、家屋の外部空間を内部空間へと引き込む機能をもっている。縁側に座る人は、そこから家の内部の様子を窺うこともできる。だが出窓の場合、人は決してそこに座ることができず、また現在のニュータウンの出窓の「定番」とでも言うべきレースのカーテンに遮られて、そこから内部を窺い見ることもできない。出窓は外部の視線を住居の内部に引き込まない。では何をするのかと言えば、それは外部の視線をそこで止めさせるのである。視線の止められる場所には、その出窓がつけられた建物と調和するような居住者の自己イメージや家族のイメージ、ライフ・スタイルや趣味のイメージを投影した置物や花、ぬいぐるみなどが置かれ、道行く人びとに対して自己提示と自己表出が行なわれる。
こうした出窓の風景を、「見せるための内面」と呼ぶことができるだろう。それは確かに家屋の内側に属しているが、外を向いたぬいぐるみの顔と同じく外部の視線へと方向づけられており、そのような外部からの視線に対して「あるべき自己」「あるべき家族」の姿をアピールしているのだ。これら「見せるための内面」から感じられるのは、団地のベランダや台所の窓越しに「滲み出てくる」人びとの生活の臭いのようなものではなく、そのような臭いを脱臭してつくられた暮らしの「イメージ」であり、他者に向けて行なわれる「個性」や「趣味」のパフォーマンスである。ニュータウンの出窓とは、家屋に内蔵された他者の視線の場所なのである。

V 商品としての生活


けれども、こうした郊外ニュータウンにおいて建築空間が内蔵し、人びとの身体挙措を捉えつづける視線とは、一体誰の視線なのだろうか。これまで「他者」という言葉で呼んできた、これらの視線の主とは一体誰なのか。
このことを理解するためには、そもそも集合住宅は誰のためにその表層を装うのかを考えてみればよい。集合住宅が最初に出会う他者の視線は、その住宅を購買するかもしれない不特定の消費者の視線である。「商品としての住宅・地域」と「消費者としての人びと」との出会いが、ここでは「居住空間」と「住民」との出会いに先行しているのである。このことは、住宅や地域が身に帯びるデザイン性もまた、それらがいかに居住者のために設計されたものであったとしても、そもそもの始まりにおいては「消費者」のためにデザインされた「商品」のデザイン性として現象せざるをえないことを意味している。これまで見てきたニュータウンの空間が内蔵する視線の構造は、消費者としての人びとと商品としての住宅・地区との間に孕まれる関係の構造なのである。
ニュータウンとは、大量生産された「商品」としての住宅である。勿論、買われてしまえばそれは、経済的な意味では商品ではなくなる。だが、こうした構造の中で、見事抽選に当たり、消費者から居住者となった人びとは、初めてその場所を訪れた時に「消費者」として丘の上を眺めた視線を自らの内に持ちながら、生活を始めることになるだろう。同時に彼らは、同じようにこの丘を訪れながら抽選に落ちた人びとや、さまざまな理由で購入を断念した数多くの人びとの視線、また、これから家を購入しようとするそれ以上に数多くの人びとの視線を自らの内に持ち始める。商品に向けられる消費者の視線を内蔵した建物の中で、彼らは消費者としての自らと、自らもその中に属する無数の匿名の人びとの視線に見守られながら暮らし始める★九。この視線の中で住民たちは、自らが商品としての住宅に付属するパー ツであるかのように、自らの居住空間の「見える場所=見せる場所」を、他者の視線のなかで見られるべく装ってゆく。
ニュータウンを生きること。それは、商品としての環境世界を生きることなのである。ライブ長池やベルコリーヌ南大沢に驚きの視線を向ける私たち来訪者たちの視線もまた、そのような環境世界の商品化、生活の商品化の構造に加担している。だが、そのような暮らしは、現代社会に生きる私たちの誰もが、どこかで送っている暮らしではないのだろうか。ライブ長池を、そしてベルコリーヌ南大沢を訪れる時に感じる軽い眩暈のような感覚は、商品化された環境世界を「現実」として生きる私たちの現在の一端を、一瞬垣間見たことが生じさせる軽い衝撃である。


★一──ヘテロトピーとイゾトピーの概念は、アンリ・ルフェーヴルによっている。
★二──これらはすべて、ここ一年ほどの間に私が実際に訪ねた場所である。
★三──このような考察は、より集中的になされた調査データに基づく分析に際しても有効な視点を提出するはずである。
★四──近親相姦禁忌については、クロード・レヴィ = ストロース『親族の基本構造』(馬淵東一・田島節夫監訳、番町書房、一九七七—八年)を参照せよ。
★五──ミシェル・フーコー監獄の誕生──監視と処罰』(田村俶訳、新潮社、一九七七年)を参照。
★ 六──黒沢秀行「プロジェクトをつなぐデザインのシステム」、まちをつくる集合住宅研究会編著『都市集合住宅のデザイン』(『建築文化』別冊、一九九三年)、九七頁。現在ではこの団地は、ドラマ『誰にも言えない』の舞台になった場所として知られているかもしれない。この街がめざしたという「ドラマ性」と「ストーリー性」は、現実のドラマとどのように交差したのだろうか?
★七──田頭脩宏「見えないまちから見えるまちへ──分衆のためのまちづくり」『建築とまちづくり』(No.197、一九九三年)三三頁。田頭は皮肉気味に、ベルコリーヌの「美人妻」たちの姿をマインドコントロールされた芸能人になぞらえている。
★八──『月刊アクロス』(一九九二年八月号)は、彼らの言う「第四山の手」の住宅を代表するエクステリアとして出窓を挙げている。
★九──★七の田頭の論考が示唆するところによれば、この視線にはまた「マス・メディアの視線」も含まれる。

■なお、この論考には平成五年度文部省科学研究費奨励研究(A)「郊外化と郊外文化の社会学的研究」の成果の一部が使用されている。

>若林幹夫(ワカバヤシ・ミキオ)

1962年生
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。社会学。

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1926年 - 1984年
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