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フィットネス | 峯田建
Fitness | Mineta Ken
掲載『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) pp.114-115

多摩ニュータウンにおけるフィットネスクラブ〈気になるガラス張りの施設プロット〉

多摩ニュータウンにおけるフィットネスクラブ〈気になるガラス張りの施設プロット〉

多摩ニュータウンを歩いて隅々まで人工的に造られていることに驚くと共に、ガラス張りの施設が気になった。駅前のフィットネスクラブ、美容院、大学の講堂、住宅の出窓等、どれも中で行なわれている行為を意図的に露出させているようにみえるのは何故なのだろうか。

多摩ニュータウンは今の情報化社会、管理社会がもたらした東京郊外に拡がる巨大な住宅都市である。当然、住んでいるのは情報化社会に生きるサラリーマンとその家族であり、彼等は会社で情報を集めては社会を予測し会社の予定を立てている。会社の報告書には将来起こり得る事が実に説得力を持って書かれており、そこには予測のつかない未来は存在しないようにさえみえる。
一言で言ってしまえば、現代の情報化社会はあらゆる未来を徹底的に現在に置き換えているのである。そこでは、確実に予測できたり分析できる未来はもはや未来ではなく現在になる。そして、未来には何が起きるか分からないという感覚だけが欠け落ちる。それは、この社会の人々がこの欠け落ちた感覚を社会の構成要素に加える事を極端に嫌うからである。未来を現在に引き寄せて生きている人々にとって、現在以外のもの(予定が裏切られることや、予測外の事件、過去のしがらみ等)は煩わしさ以外の何者でもない。つまり、これらの予測不可能な要因を排除し、煩わしさから解放される事がこの社会に生きる人々が求める快適さなのである。

予測不可能で嫌われるものと言えば、雲仙の噴火や冷害等の災害が思い浮かぶ。それらが面倒なのは純粋な自然だからである。ここで言う「自然」とは「人間の手により加工されていないもの」、つまりは予測とコントロールが完全にできないものである。
人間が自然から分かれて社会を造るときに、予測不可能な自然を排除していく動きはどの社会にもある。ヨーロッパの都市では城壁で街の外周を囲い、街は全部石造りで道路も石畳で舗装し、人工物しかない世界を造り出した。そして城壁の外には半自然の田園が、一番外側には森が拡がるといった構造を成している。森というのはオオカミがいて魔女がいるところで雲仙と同様予測のつかない純自然の世界である。
このような暮らしの中の自然を段階的に排除していく構図が、まさに情報化社会、管理社会都市の基本構造なのである。それが日本の場合は、東京という大都会の形で城壁なしに際限なく拡がっている。そしてニュータウンが森に一番近いところ「東京のペリフェリー」に位置しているのである。そこでは何が起こるかと言うと、人と自然が城壁も田園も介さず直に接するため、対峙関係が強くなり、中心部より一段と自然の排除が徹底されるようになる。ニュータウンは都心部の住宅地に比べ公園緑地の占める割合が17パーセントと高く、豊かな自然に囲まれているイメージがあるが、実は自然林は皆無にちかい。本能的な不安感を解決するためであろうか、山林を全て伐採してから人工林を植え直すあたりに、徹底した自然の排除と共に森をも飼い慣らそうというニュータウンの姿勢が見てとれる。

この様に徹底的に自然を排除し、コントロール可能な人工物だけで固めたのが、今のわれわれの住んでいる社会であり、ニュータウンは特にその傾向が強いといえる。そんな社会の中に唯一持ち込まざるを得なかった自然がある。「人体」である。だからそれは最も隠さなければならないもの、また、最もコントロールしなければならないものということになる。
人体のコントロールは、先ず服を着せ、人体の自然性が歴然と分からないように暴力と性をタブーにするところから始まる。次に予定の行動に備える為、人体を「健康」という一定のニュートラルな状態に保つのであるが、ここで問題が起こる。自分では自分をコントロールできているかどうか確認することが極めて困難なのである。そこで、それを確かめるために他人の客観的な目による確認が必要となってくる。そのため、お互いに自己の行動を演出・アピールしあう現象が起こり、それが外部への露出という形で街に現われてくるのである。さらに、演出に当たっては、生身(自然)をさらすのはタブーなので、フィットネスクラブにおいては、肌色のコスチュームやストッキングが登場することになる。そして、施設は通りに面してガラス張りになり、街中には「健康」というキーワードで括られたコミュニティーがガラス張りの施設や住宅の出窓を通して到る所に存在してみえるようになるのである。

森(自然)に直に接するこの街では、予定どおりに事が運んでいること、予定どおりに事が運ぶ準備が整っていること、そしてそれを自他共に確認しあう事が重要なのである。
隅々まで人工的に造られたニュータウンの中で、ガラス張りの施設は精神安定作用を持つ。そこには、未来を手繰り寄せて現在に生きる人々の、「人体」をも人工物の中に組み入れようとする欲求が垣間見られる。

1──京王堀之内サーティクラブ

1──京王堀之内サーティクラブ

2──同 外観

2──同 外観

3──堀之内の美容院

3──堀之内の美容院

>峯田建(ミネタ・ケン)

1965年生
スタジオ・アーキファーム主宰。建築家。

>『10+1』 No.01

特集=ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容