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11:イボワ:スイスの新世代建築家「IBOIS」 | 網野禎昭
IBOIS: "IBOIS" New Generation Swiss Architects | Amino Yoshiaki
掲載『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) pp.104-105

イボワ IBOIS:スイス連邦ローザンヌ工科大学木造建築講座ユリウス・ナッテラーを主幹教授として1978年に創設。欧州で唯一、木造という分野におけるアーキテクトとエンジニアの同一教育を行なう研究・教育機関として知られる。

木造というデザイン領域の展開

 
木造建築における構造デザイナー。アルティザン的ともいえる姿勢をつらぬくデザイナーたちをスイスにみることができる。ここでは、IBOIS(イボワ)と呼ばれる木構造の専門教育機関に学び、各地で木構造デザインを展開する一派を紹介する。

ジュネーヴから車でおよそ三〇分。レマン湖の北斜面に位置する小都市ローザンヌ。 チューリッヒにならび連邦工科大学がおかれているフランス語圏スイスの中心地である。この大学では建築学部とは別に、土木学部木造建築講座イボワにおいて木構造デザインの大学院教育を行なっている。二年間で木質材料学をベースとした設計手法を身につけ、木造専門の設計者として世に出る。近年、スイス国内をはじめ、欧州各地の木造建築プロジェクトにおいて、彼らの名を耳にすること度々である。

イボワの創設は約二〇年前のユリウス・ナッテラーの工科大学教授着任に端を発する。代々続くババリアの森林保護官の家庭に生まれたナッテラーは、ミュンヘン工科大で構造エンジニアの資格を取得した後、母国ドイツにおいて設計活動を開始し、ミュンヘン・オリンピック自転車競技場をはじめとする、多数の大型木構造の設計で知られている構造デザイナーである。ナッテラー自身は日本でも紹介されているのでご存じの方もいるのではないだろうか。ローザンヌでのナッテラーは、世界各国から実務経験を積んだアーキテクトとエンジニアを学生として受け入れ実践的木造教育を開始した。これがイボワ創設の経緯ということになる。

ナッテラーのもとで木造の設計を学んだ彼らをイボワ派とでも呼ぼうか。もちろん、各自異なる地域や組織のなかで活動しているので、この呼称は適切ではないのかもしれないが、彼らには設計手法の点で一貫した独特の共通点を見出すことができる。
空間と構造の統合を試みない設計者はいない。どのような建築物でも、その程度はどうであれ、アーキテクトとエンジニアが協働している。建築物の全体性を方向づける抽象度の高いコンセプトが先行検討され、具現化の過程でエンジニアが参画するというのが両者の一般的関係とタイミングであるのは言うまでもない。構造形式や素材は、空間が要求するところに従って取捨選択されてゆく。イボワの最大の特徴を言うならば、彼らの設計手法がこの一般的作法に必ずしも則っていないという点である。
極端に言えば彼らの設計の第一クライテリアは木材利用に置かれる。各部寸法、部材構成、時として平面計画のような一見素材の種別とは無関係に思われる問題までもが、木材特性との関係の上で論じられる。さらに鉄骨造とのコスト競争に勝つために経済的クライテリアも考慮しつつ、全体のシステムが決定されてゆく。いかに木材が環境上好ましい素材であると知られているとはいえ、まだまだその市場は小さく、建設機会獲得のためには、共に軽量構造として引き合いにだされる鉄骨造より安価であることが要求されるからである。
 

サイトスペシフィックな建築デザイン

 
この物質先行型の設計手法の結果として生まれる彼らの作品は共通して、素材のバラエティに欠けはするが、きわめて工学的論理性の高いものとなる。部材構成からディテールに至る、明快な存在理由とヒエラルキーが認められる。
例えば、《サン・タンカンの室内プール》[図1]の室内プールであるが、この曲面屋根の特徴は、厚み三センチ程度の板だけで建設されている点にある。一般に木造の曲面構造といえば、湾曲集成材で組み立てられているものをよく目にする。あらかじめ屋根の曲率にあわせて特注した巨大な集成材をクレーンで吊り上げて三ヒンジアーチを建設する例である。ドーム状の形をしてはいても、実際にはシェルではなく多方向アーチなのであり、それゆえ集成材も大断面となる。部材コストを上げてでも現場施工を簡略化しようという意図と見受けられる。これら多数的な傾向とは逆に、この室内プールの屋根は、まるで竹細工でも編むかのように、どこにでもあるような木の薄板を手で曲げ、重ね合わせて曲面をつくるという、インダストリーの介在度のきわめて低い単純な方法で架構されている。
現在、日本、欧州を問わず、林業界では間伐材をはじめとした低級品に分類される木材の利用方法を模索している。上質な木材を生産するために、その何倍かの木材が間伐され捨てられているのである。このプロジェクトで用いた薄板はすべてこのような安価で低質な木材である。放射状に並んだリブは、六枚の薄板を重ねてつくられている。いかに一枚一枚が低質な素材でも、複数重ねて釘で留め合わせ、繁くメッシュ状にならべることで、効率のよいシェル構造体をつくることができる。シェルであるからこそ、これらの材が活用できるのである。人手も時間もかかるのは確かであるが、構造、構法的な視点と、経済的な視点がインテグレートされた木構造システムの秀作である。

たしかにイボワをして、木造愛好家の集団との見方もできるであろう。しかし彼らのやり方は、多分にスイスという社会システムの中にあって十分に正当化されているように思う。
スイスには日本のような全国規模のインダストリーも流通網もジャーナリズムもさほど見あたらない。多言語国家ということも理由にあるのだろうか。地域性が色濃くのこった小さな社会が集まって国という全体をなしている。
建設界においても、工務店のような中小規模の総合建設業というものはほとんどなく、専門業者が分散して存在するだけである。それも都市部に限った話であり、資材搬入も困難な険しい山間部になると専門業者どころではなく、半農の職人たちがいるだけだ。スイスの設計者たちは、たとえ素材が木材であれ石であれ、地域性に応じて入手可能な労働力と素材を把握し、自ら工事に携わる全職種と個別に契約を交わし、工程管理まで行なうのが普通である。つまり自己責任でつくられる物のみが建築可能となる。
年間五〇万戸以上もの木造住宅が次々に生産されていた日本を離れ、この社会の中に身を置いてみると、時間が経つにつれ、木材のみでできる建築しかつくらないという一見偏向した姿勢が、一転して合理的で豊かなものに思えてくるのである。

1──M. Flach(ミヒャエル・フラッ)+J. Natterer(ユリウス・ナッテラー)+Y. Carduner(イヴォン・カルデュネー)《サン・カンタンの室内プール》

1──M. Flach(ミヒャエル・フラッ)+J. Natterer(ユリウス・ナッテラー)+Y. Carduner(イヴォン・カルデュネー)《サン・カンタンの室内プール》

2──D. Molard(ドミニク・モラー)+M+W. Winter(マイラ+ヴォルフガング・ヴィンター)《モンブリゾンのアトリエ》

2──D. Molard(ドミニク・モラー)+M+W. Winter(マイラ+ヴォルフガング・ヴィンター)《モンブリゾンのアトリエ》


3──M. Chabloz(マルシアル・シャブロー)+Itten+Brechbül(イッテン+ブレッヒビュル)《リス林業学校》  写真=EGE

3──M. Chabloz(マルシアル・シャブロー)+Itten+Brechbül(イッテン+ブレッヒビュル)《リス林業学校》 写真=EGE

4──Merz Kaufmann Partner(メルツ・カウフマン・パートナー)+J.Lackner(ジョセフ・ラックナー)《イェーンバッハの工場》

4──Merz Kaufmann Partner(メルツ・カウフマン・パートナー)+J.Lackner(ジョセフ・ラックナー)《イェーンバッハの工場》

>網野禎昭(アミノ・ヨシアキ)

1967年生
スイス連邦ローザンヌ工科大学助手を経て、ウィーン工科大学建築学部アシスタント・プロフェッサー。木構法。

>『10+1』 No.22

特集=建築2001──40のナビゲーション