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風景の構法──環境ノイズエレメントはどうすれば見つかるか | 宮本佳明
Scenery Construction System: How Can the Environmental Noise Element be Found? | Miyamoto Katsuhiro
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) pp.128-131

[その1]風景の意図に寄り添う──心構え編

何よりも、そのカタチをつくった人、つまりデザイナーの気持ちになってみることである。そうすれば自然とカタチが潜在的に持つ意図が見えてくる。このことは、なぜ建築家であるはずの僕が、環境ノイズエレメントなどと呼ぶものに興味を持つに至ったか、ということとも多少関係する。つまりこういうことだ。建築はすべて、構造ないしは構成を持っている。基礎があって、柱を立て、梁を渡して、下地材を流して、そこに仕上げ材を貼ってというふうに、建築は部位と部位の物理的な関係において成立している。これを広く構法という。しかし一般的な建築ではその構法なるものは不可視である。というか正確にいえば、見えないようにつくることが、どうも建築という形式の暗黙のルールになっているようだ。一方で素人がセルフビルドで建てた、いわゆるバラック建築の場合は、その構造なり構成なりが隠蔽されることは少ない。大体において、構法が恐ろしいほどよく見えている。というわけで、今から一〇年ほど前に大学で建築構法を教えていたとき、市井のバラック建築を題材にして講義を進めたことがあった。今にして思えば、それがすべての発端であった。つまり環境ノイズエレメントというプロジェクトは、バラックの構法から風景の構法への、無意識のズームアウトであったように思う。
さてここからが本題である。では、どうすれば環境ノイズエレメントは見つかるのか。そもそも、デザインとは人(の意図)と物(の理)の調停ないしは止揚のことであるから、建築家を含むデザイナー一般にとって、個々のデザインの成立の経緯が追体験的に見えやすいのは道理であろう。環境のデザインについてもおそらく同じことが言えるのではないか。ひとつの風景の背後には必ず、アホなやつ、お節介なやつ、残念なやつ、大威張りなやつ、迷っているやつらがウヨウヨしている。だから彼ら広い意味でのデザイナーの意図を丁寧に汲み取ってやることだ。そして共感してやればよい。ほとんどイタコの口寄せである。
つまり風景の意図に寄り添うことが、環境ノイズエレメントを見つけるために最も大切な心構えである。それはまた、正しく風景を供養してやることでもあるだろう。まだ手描き図面の時代、事務所のスタッフが黙々と等高線をトレースするのを背後から見て、「おおっ、写経のようだ」と感動したことを思い出す。だとすると同じように、散歩とは身体的に地形の意図を読み解く行為であり、それは経文を唱えることに喩えられるかもしれない。

バラック建築は構法が見えやすい 筆者撮影

バラック建築は構法が見えやすい 筆者撮影

[その2]風景と出会う──行動編

まずは「アレッ?♡」と思わないことには始まらない。普通ではない(unusualな)カタチに即座に反応すること。そのためには、心を常にブ〜ラブラにしておかなければならない。肩に力が入りすぎていてはいけない。それはハンター一般に共通する心得である。必要なのはむしろ動体視力である。子供のように動きながら虚心坦懐にキョロキョロする。普通ではないカタチを探すことに集中するというよりも、風景を楽しむことである。ちなみに僕自身はと言うと、ノイズを発見しようと「意図」したことは一度もない。
次に当たり前のことであるが、実りあるノイズハンティングのためには獲物との遭遇確率の向上に努めなければならない。出会いがなければ恋も始まらない。手っ取り早いのは旅行であろう。その場合、鉄道は運転席にかぶりつき、飛行機はウィンドウシート、これが鉄則である。はっきり言ってこれは、いい歳をしてかなり恥ずかしい。そもそも「風景」が好きでないととてもやっていられない所業である。いずれにせよ、全体として十分に挙動不審である。そうやって、街を歩けばかなりの確率でノイズに当たる。僕の場合、ノイズを発見する機会は、(a)徒歩を含めた移動中、(b)地図上で怪しいと睨む、(c)学生のレポートなど口コミ情報、の三つのパターンがちょうど同じくらいの割合を占めている。
さて、ここで注意しなければならないのは、何かヘンなもの=環境ノイズエレメント、ではないということである。例えば、今流行りの廃墟は何かヘンなもの(unheimlich-keit)ではあるが、環境ノイズエレメントとはみなされない。なぜなら、廃墟はそのままでは空間が書き重ねられたものではないからである。つまり、時間の経過と廃棄によって何物かが異(物)化したことは間違いないが、そこには具体的な風景の構法と呼べるものがないのだ。言い換えれば、「トレース」「切断」といった具体的、人工的な「加工」によって異物感が発生していること、それこそが環境ノイズエレメントの最大の要件である★一。

[その3]風景を解く──思索編

最後に、コレクションした異物を前にしてじっくりと考えなければならない。曲者には必ず理由があることは、経験則に則って明らかである。そこで国土地理院に出向いて旧版地図を漁ったり、国土交通省のカラー空中写真閲覧機能(http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p)を使ったりして、風景の構法を読み解いてゆく。この時点では獲った獲物が本当に美味しいものかどうかは、まだ定かではない。環境ノイズエレメントには、上物もあればスカもある。「何かヘンだ」をどう解くか。獲った獲物をどうやってさばくか。本当に美味しい環境ノイズエレメントにありつくためには、むしろさばきのほうが重要だとも言える。素材の味を活かすも殺すも、さばき方の善し悪しにかかっている。
建築を壊すことを「解体」と言うが、かつては「家を解く」という言い方があったと聞く。それは英語のdemolitionとはまったく異なる概念である。瓦を下ろし、塗り壁を土に戻し、ホゾを抜き、継手をはずして、つまり新築の工程をちょうど逆に辿って、統合体としての建築(architecture)を個々の部材に戻していく。つまり解体とdemolitionの違いは、部材の再利用を前提としているか否かということにある。風景も同じように解いてやることが可能である。具体的な構法によって立ち上げられた風景を、思考実験として意識の上で解体するのである。そのことはまた、風景の再構築の可能性を担保することになる。これら一連の作業が、環境ノイズエレメントというプロジェクトの全体像である。
以下は、風景の解き方のヒントと、それによって解題が可能になった事例の紹介である。諸兄のノイズハンティングの参考になれば幸いである。



環境ノイズエレメントの定義については、『10+1』No.29(INAX出版、二〇〇二)、「環境ノイズエレメント──風景の加工性」、同、No.37「Methodology of Cooking Urbanism──加工される都市」(二〇〇四)、『新建築』二〇〇三年八月号、一〇月号、一二月号、二〇〇四年二月号、四月号、六月号(新建築社)、連載「URBAN Studies──環境ノイズを聴く」を参照されたい。

①地図をはすに見てみる

氷川台、平和台オクタゴン(東京都練馬区)
不規則な八角形街路成立の謎が、地図を浅い角度からはすに眺めることで、突然氷解した。離れた場所にある道路同士が一本の軸線上に乗ることを発見したことにより、幹線道路と斜めに交わる過去の道路システムのレイヤーが浮かび上がった。新旧道路を交差点で直交させるために生じた一三五度の曲がりが街区を八角形に見せている。

引用出典=下:1/1万地形図  高島平、国土地理院、H11発行

引用出典=下:1/1万地形図  高島平、国土地理院、H11発行

②補助線を引いてみる

阪急箕面駅彎曲ホーム(大阪府箕面市)
駅のホームが一見、意味不明な湾曲を見せているが、これを大きな楕円形の切片と考えれば納得がいく。路面電車時代に方向転換のために終点に設けられていたループ線の名残(ゴースト)である。

写真:筆者撮影 引用出典=上(旧地図):1/2万地形図  池田、大日本帝國地理測量部、M42発行 下(新地図):1/1万地形図  箕面、国土地理院、H8発行

写真:筆者撮影 引用出典=上(旧地図):1/2万地形図  池田、大日本帝國地理測量部、M42発行 下(新地図):1/1万地形図  箕面、国土地理院、H8発行

③起伏を感じてみる

千川吹き寄せ道路(東京都豊島区)
地図からだけでは成立原因が特定できなかった事例である。現地に立ってはじめて微妙な勾配を感得することで謎が解けた。耕地整理にあたって、既存の水路を新しい道路に沿うように付け替えたところ、水勾配を確保する必要性から仕方なく道路のグリッドが歪められたものである。

8─10──引用出典=上(空撮):『空撮プロアトラス  東京23区』(アルプス社) 下:1/1万 地形図  練馬、大日本帝國陸地測量部、S7発行 左(旧地図):『長崎村物語─江戸近郊農村の伝承文化』(豊島区教育委員会、1996)

8─10──引用出典=上(空撮):『空撮プロアトラス  東京23区』(アルプス社) 下:1/1万 地形図  練馬、大日本帝國陸地測量部、S7発行 左(旧地図):『長崎村物語─江戸近郊農村の伝承文化』(豊島区教育委員会、1996)


④切り口から想像してみる

「岩す山」(岐阜県郡上市)
家、家、岩、家、家……というありえない街並みであるが、不自然な(つまりは人工的な)切断面からは過去の全体像を想像することができた。その後の文献調査の結果、近世以来数次に亘って開削された巨岩の削り残し(通称「岩す山」)であることが確認された。

ともに筆者撮影

ともに筆者撮影

⑤カタチ(だけ)に着目してみる

出島のチーズケーキハウス(長崎県長崎市)
出島は変なカタチをしている。これはクサい、と睨んで見に行った。案の定、周囲を埋め立てられた出島のRとその接線にはさまれてチーズケーキハウスが見つかった。近世と近代、二つの時間を背負ったこのチーズケーキハウスこそ、歴史の証人と呼ぶに相応しい。

13、14──写真:筆者撮影 引用出典=1/1万地形図  長崎、国土地理院、H12発行

13、14──写真:筆者撮影 引用出典=1/1万地形図  長崎、国土地理院、H12発行

>宮本佳明(ミヤモト・カツヒロ)

1961年生
宮本佳明建築設計事務所主宰、大阪市立大学大学院建築都市系専攻兼都市研究プラザ教授。建築家。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体

>セルフビルド

専門家に頼らず自らの手で住居や生活空間をつくること、あるいはその姿勢。Do It...