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多摩ニュータウン自然地形案──地形をめぐる諸関係のダイナミクス | 木下剛+根本哲夫
Proposal for Tama New Town Geographical Features: Dynamics of Geographical Relationships | Kinoshita Takeshi, Nemoto Tetsuo
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) pp.124-127

多摩ニュータウン──自然地形案とは何か

かつて、多摩ニュータウンに「自然地形案」と呼ばれる開発計画が立案されたことがあった。多摩丘陵の自然地形の特質を住宅地の空間構成に反映させたこの計画案が立案されたのは一九六五年である。多摩ニュータウンの計画は一九六三年にスタートしたから、したがって自然地形案は多摩ニュータウンの歴史の中でごく初期の計画案ということになる。一九六〇年代といえば、地形的特質を無視した宅地造成が幅を効かせていた時代だ。そのような時代にあって何故に自然地形案は要請され、そして挫折に至ったのか。本稿は、日本最大の新都市開発事業である多摩ニュータウンの初期開発が、地形と対峙するなかで展開された、人とカネと技術をめぐる諸関係のダイナミクスについて、「自然地形案一九六五」[図1]を題材として検証してみたい。

自然地形案は、一九六二年の第一次基本計画から数えて七番目の計画案(第七次案)にあたり、立案作業は大高建築設計事務所に委託された。ちなみに第一次案から第六次案までのいわゆるマスタープランの立案は、東京都からの委託で日本都市計画学会が作業にあたり、第六次案で新住宅市街地開発事業(以下、新住事業)の都市計画決定を受けることになる。そして、この第六次基本計画、いわゆる「多摩ニュータウン開発計画一九六五」の内容の中に、自然地形案が要請された直接の契機があったのである★一。

1──自然地形案B2地区 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

1──自然地形案B2地区 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

なぜ自然地形案が要請されたのか

すなわち、「多摩ニュータウン開発計画一九六五」は、約二〇〇〇戸の既存集落の全面買収、全面造成を前提に構想されていたが、地元ニュータウン協議会から事業区域除外の申し出がなされ、このことが事業決定を不可能に至らしめたのである。生活再建措置や優先分譲等の条件では既存住民を説得しきれず、結果的に、一九六六年、谷部集落とそれに連担する山間集落を新住事業区域から除外することが決定された。これにより全面造成の根底はくつがえされ、自然地形利用による第七次案を急遽事業決定のベースとして作成する必要が生じたのである★二。
一般に多摩丘陵においては、谷部に既存集落が展開し、尾根とその斜面部分は畑や樹林地として利用されていた[図2]。このうち谷部(既存集落)を温存するということになれば、大造成は必然的に不可能となる。こうして、新住事業区域から除外された谷部の集落区域は区画整理事業により整備されることになり、尾根部を中心とした新住事業区域との線引きが非常に明快なものとなった。多摩ニュータウンを訪れてみると、谷部と尾根部のランドスケープに明らかな違いを感じるが、これは事業手法の相違に起因するものである。その意味で自然地形は、改変されたとはいえ、伝統的な土地利用というものを介して、その後のニュータウン開発の事業手法に決定的な影響を与え、ひいては今日のランドスケープを規定したと言える。

2──現存植生図 出典=宮脇昭+井手久登+亀山章『多摩ニュータウン開発地域の植生および景観管理の基礎的研究』日本住宅公団、1969

2──現存植生図 出典=宮脇昭+井手久登+亀山章『多摩ニュータウン開発地域の植生および景観管理の基礎的研究』日本住宅公団、1969

「多摩ニュータウン開発計画一九六五」は、既存集落の、新住事業区域からの除外という問題以外にも、多摩丘陵の緑を有効に生かした、良好な住環境を保障しないこと、大幅な河川改修の見通しが暗かったこと、悪質な稲城砂層の大造成に不安があること、多大な宅地造成費(切土量五㎥/㎡)等々、実施を危ぶむ内容を含んでいた★三。これらの問題をすべて解決し、早期に事業決定に踏み切るために、自然地形案は求められたと言うことができる。事業レヴェルでみるならば、この計画案は、全面買収、全面造成案では事業化できないから、という消極的な理由により要請されたというのが実態である。
この問題は、そもそも何故にニュータウンの立地選定にあたって多摩丘陵が選ばれたのかということと併せて考えてみるとよりはっきりする。すなわち、多摩丘陵は、①大規模にまとまった未利用地が豊富にあり、比較的、地価が低廉なこと。②都心から三〇—四〇キロメートル圏内にあること。③地形、地質等の自然条件からみて、居住環境の良好な市街地となりえること、の三点が立地選定の理由としてあげられている★四。これらは、用地取得費及び建設費、都心からの距離、施工の安全性からのみ計られるモノサシにほかならず、多摩丘陵の自然的環境に依拠した立地選定、新都市開発という考え方は影が薄い。

なぜ自然地形案は否定されたのか

とは言え、自然地形案が事業推進上の要請からのみ起案されたというのは一面の事実しか指摘したことにならない。当時、大高らとともに自然地形案の立案に関わった藤本は、「自然の樹林や丘陵の地形をできうる限り残し、自然と人工との新しい調和をニュータウンの住環境のテーマとした……デザインポリシー」と指摘している★五。同じく、大高のチームに参加した上野は、自然地形案における尾根筋のオープンスペースを、住宅地を構造化する媒体—ネガティヴストラクチャー—として位置づけている★六。

3──住宅地の構成 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

3──住宅地の構成 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

それでは、自然地形案の設計条件とはいかなるものであったか。すなわち、五階建集合住宅(建築物による解決でないこと)を前提条件とすること。人口密度は一六〇人/ha(中学校区一万六〇〇〇人住区)である。具体的には、尾根単位(約一〇〇ha)で一住区を構成させ、平坦地を必要とする学校、幼稚園、住区施設は谷戸を利用して最小限の造成で自然地形にはめ込み、尾根筋に緑道を連続させて住区施設への動線としたものである[図3]。住宅の構成は、緑道を軸として、プレイロットを核とする住宅群をクラスター状に配置するというもので、尾根筋の緑道からの視界の広がりと、中腹を這うサービス道路が住宅群と既存樹林を縫いながら走るパターンが設計の特徴である[図4・5]。また、「多摩ニュータウン開発計画一九六五」と比較して、宅地造成費、住宅建設費の合計が戸当たり八パーセントほど安いという結果が得られた。

4──住宅地単位の型式 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

4──住宅地単位の型式 出典=日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案1965》報告書』1977

5──自然の地形を利用した住宅 出典=同上

5──自然の地形を利用した住宅 出典=同上

ところが、自然地形案は実施に移されなかった。B1地区の実施工事にあたり、土地利用効率が悪い(密度が上げられない)という理由で、日本住宅公団住宅建設部門、いわゆる住建部門(東京支所)が難色を示したから、と言われている。これを受けて、B1地区を対象に、①自然地形案、②中造成案、③大造成案の費用分析が行なわれ[図6]、その結果、戸当たり用地費の最も安い中造成案で実施されることとなった。このような経緯を野々村らは以下のようにふり返る★七。

6──事業費の比較 出典=日本住宅公団南多摩開発局事業計画課「多摩ニュータウンの計画記録」日本住宅公団建築部調査研究課、1977

6──事業費の比較 出典=日本住宅公団南多摩開発局事業計画課「多摩ニュータウンの計画記録」日本住宅公団建築部調査研究課、1977

事業としての計画設計はやはり現実的な土地利用、それに対応した処分方法、即ちどれだけ造成宅地ができ、公共事業、関連公益事業を背負ってどの程度の処分価格として宅地がつくれるかにかかってくる。一般会計財源補給の道がある公営住宅に対し、宅地造成にかかった原価がすべて処分する土地代にはねかえる住宅公団においては、住宅建設部門への所管替え時の価格条件が住宅建設の形、密度を規制する。こうしたことは、本来ニュータウンとして一体的な、そして統一ある方針により設計されるべき各住区が、それぞれ個々の施工主体の条件及び設計時点での外部条件(住宅建設予算、戸数計画等)によりその発現される上部建築物の形態、密度に不統一が生れたり、また基本的な人口計画の変動の可能性により、当初の施設計画に破綻を生じさせるなどの危険が予想される。


また、『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案一九六五》報告書』では、以下のように述懐されている。

このとき残念なことに、最初に自然地形利用案を検討した時の情勢において要請のあった諸問題はさておき、戸当り用地費と云う計量化しやすい点に議論の中心がおかれ、住環境の良否についての検討が十分行なわれなかった。また、当時、一方では新しい開発手法と云う、未知への不安と、量産住宅の開発が進み、このニュータウンにも大量に採用したい意向があった。そして開発体制として、宅地開発部門と住宅建設部門に分かれた横割り組織にも問題がなくはなかった。


その後、B2、B3地区の基本設計へと作業が進むが、B2地区の基本設計では、B1地区における造成手法の検討の結果、多摩ニュータウンの立地条件下においてはやはり中造成案が最もコスト的に有利であるとの判断から、土工規模を二・五㎥/㎡(坪当たり八㎥)に設定した。この値は当時の事業費予算と一致していた。さらに、B3地区の基本設計では、ニュータウンセンターに隣接し、造成的にも有利な条件にあること、事業費の増大という情勢の変化により、土地の高度利用を図るために大造成手法が用いられている。自然地形案を起案したプランナーのアイディアとは裏腹に、「地形」は事業費と事業執行機関の体制の中でいわばひとつの変数としてのみ扱われる期間が長く続く。

自然地形案の再評価とその後

ところで、この自然地形案が再評価される気運が高まった時期があった。多摩ニュータウンの最高決定機関である東京都南多摩開発計画会議によって「多摩ニュータウンにおける住宅建設のあり方と地元市の行財政に関する要綱(昭四九、一〇、一四)」がまとめられ、多摩ニュータウンの基本方針が大幅に変更された時である。これを受けて、一九七四年から七五年にかけてB2地区IIエリア基本設計及びB4地区基本計画に変更が加えられ、ここで放棄されたままになっていた自然地形案の再検討が行なわれた。なかでも自然地形案に盛り込まれていた傾斜地住宅の考え方は、これまでの「造成計画および土地利用計画の通常の立案技法を根底からくつがえす可能性を秘めている」との認識から、B2地区IIエリア及びB4地区において実際に傾斜地住宅の提案が行なわれた★八。

ところで、筆者らは、傾斜地住宅が、自然地形案の実現性を保障する不可欠の要素であることに全く同意するが、自然地形案のより本質的な部分は別のところにあると考えている。それは、地形そのものがデザインの対象になりうること★九、のみならず、交通や公共サービス、住宅等の諸施設の計画を、それらに先んじて統括するまさに基幹的な構造として地形が位置づけられている点に★一〇、自然地形案の本質的な重要性を認めるものである。その意味で、自然地形案を傾斜地住宅の計画、即ち建築型式上の問題とのみ考えるのは十分な理解とは言えない。

地形に期待された構造的な意味が少なからず認識され、なおかつ事業ベースにも乗るようになるのは、多摩ニュータウンにおいては、南大沢地区等の計画・事業を待たなければならない。南大沢地区では、住宅地の景観イメージを決定づける要素として自然地形が扱われている。自然地形案が立案された当時と比較して唯一前進したと思えることは、地形が、事業レヴェルから見て、戸当たり用地費をつり上げる要因としてのみ扱われていた状態を一歩抜け出て、住宅地の付加価値、資産価値を形成し、住宅の処分価格にも反映しうる要素であるという、新たな意味を付与されるようになったことである。



★一──日本都市計画学会「多摩ニュータウン開発計画一九六五─報告書」(日本住宅公団、一九六六)。
★二──野々村宗逸+平山平+羽石善宣+元山隆+小林篤夫+春原進「建設段階に入ろうとしている多摩ニュータウン開発計画」(掲載誌及び掲載年不明)二一─二八頁。
★三──日本住宅公団南多摩開発局事業計画課「多摩ニュータウンの計画記録」(日本住宅公団建築部調査研究課、一九七七)九頁。
★四──日本住宅公団南多摩開発局『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案一九六五》報告書──自然地形を前提とした住宅地開発のモデル設計とそのコスト分析』(日本住宅公団南多摩開発局、一九七七)まえがき。
★五──藤本昌也『大地性の復権 集住空間づくりの戦略』(住まいの図書館出版局、住まい学体系〇九三、一九九八)二八─三三頁。
★六──上野泰+曽宇厚之『公共空地特論講義録(平成五年度後期・千葉大学大学院)』(「公共空地」研究会、一九九四)一一〇頁。
★七──野々村ほか前掲論文、二六頁。
★八──前掲『多摩ニュータウン開発計画《自然地形案一九六五》報告書』まえがき。
★九──拙論「理念としての原地形 地形デザインの近代」(『ランドスケープ批評宣言』所収、landscape network 901*編、INAX出版、二〇〇二)七八─八一頁。
★一〇──根本哲夫「多摩ニュータウン開発計画の『自然地形案』にみるオープンスペースの出現形態とその構造的意味」(千葉大学大学院修士論文、一九九五)。

>木下剛(キノシタ・タケシ)

1967年生
千葉大学大学院准教授。ランドスケープ・プランニング。

>根本哲夫(ネモト・テツオ)

1968年生
日建設計ランドスケープ設計室設計主管。ランドスケープ・アーキテクト。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体