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音楽と地相性──楽器・録音をデヴァイスとして | 早川大地
Music / Land Modality: Instruments / Recordings as a Device | Hayakawa Daichi
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.120-123

人間の文化のなかでもとりわけ音楽はその土地の様相、地相性と強く結びついていることは確かである。その結びつき方にはさまざまなレヴェルがあるが、モンゴルの歌唱法であるホーミーの音色に草原の風を感じたり、スチールパンの音色にどこか南の島の晴れた空を頭に描いたりすることは誰もが経験のあることであろう。こういったことはすでに音楽の重要な楽しみのひとつでもある。
しかし、なぜわれわれがこのようなことができるのかということを説明することは決して容易ではない。それには意識、無意識を問わず日常生活、音楽教育によって積み重ねられた音楽的経験が本能的なもの以上に重要である、とは音楽心理の分野などですでに指摘されている。ここではその結びつきに対する考察をさらに進め、「楽器」それに、「録音」というものを重要な要素のひとつとして指摘したい。
音楽はメロディ、和声(の有無)、リズムスタイル、音色などの構成要素によって特徴づけ、分析される。そしてそれら音楽の構成要素は、そのデヴァイスである楽器(インストゥルメント)と不可分なものである。音色はもちろん、それがモノフォニック(単音)なものであるのか、ポリフォニック(複音)なものなのかで和声は変わってくるし、メロディのあり方、調律、音階にも影響を及ぼす。そしてその楽器の素材は、その土地の様相と密接に関係を持ちながら成立している。

1──モンゴルでのレコーディングの模様(ホーミー) 撮影=石井幸夫

1──モンゴルでのレコーディングの模様(ホーミー)
撮影=石井幸夫

楽器素材としての竹

まず楽器製作における代表的な素材である「竹」を例に挙げてみよう。竹は主に気候が温暖で湿潤な地域に植生するため、アジア、アメリカ、アフリカに自生するが、ヨーロッパにはほとんど見られない。特にアジアの温帯・熱帯地域に多く、西洋社会においてもアジア的なものの代表として認知されている。そしてアジアの楽器の多くに竹を利用するものがある。
インドにはバンスリという横笛がある。これは胴体が竹でできており、「うたくち」(息吹き込み口)に下唇をあて、穴に対して角度を調節し息を吹き込むことによって音を鳴らす楽器である。バンスリはリードがなく演奏者が直接「うたくち」に空気を当てることによって音を出すためエアリード管楽器(リードを持たない管楽器の総称)の一種になる。この発音原理はビール瓶の口のあたりを吹いて音を出す原理と同じである。同じ発音原理のものが竹が貴重な西洋に行くと、アフリカで採れ、グラナディラと呼ばれる黒く堅い木や金属でできたフルートとなる。
日本にも竹を使った楽器は多い。例えば尺八である。尺八もバンスリと同じくリードを持たないがこちらは縦笛であり、息を吹き込みやすいように、「うたくち」の部分が斜めに切り取られているのが特徴だ。中国、日本に見られる笙の類もまたリードつきの竹笛を束ねた形の楽器である。トルコ音楽の代表的楽器であるネイも尺八に似た竹の管楽器だ。
そして、とりわけ竹の楽器にユニークなものが多いのがインドネシアだ。スリンという竹の縦笛は尺八やネイ同様「うたくち」に息をあてて音を出すものだが、さらに口の部分に薄くそいだ竹を巻くことにより、息を「うたくち」によりあてやすくする工夫が見られる。
ティンクリックという楽器は、竹でできた木琴だ。竹を並べてそれぞれの長さを少しずつずらしながら切り、紐を通して、箱状の棒でできた軸につるす。この軸も竹でできている。そして、それを先端にゴムをつけた竹の棒で叩いて音を出す。ティンクリックは比較的小さいものだが、さらに巨大な竹を使ったものにジェゴクという楽器がある。こちらも同じ原理で音をだす竹の木琴だ。ジェゴクは多数で合奏してジェゴク・ガムランというジャンルを作り出す。通常ガムランといえば青銅や鉄製のにぎやかな打楽器合奏を想像するが、ジェゴク・ガムランは竹の音色を主体とした、やわらかく、かつ壮大なガムランとなる。それ以外にも、複雑に竹を組み合わせそれをゆすることによって音を出すアンクルンなど枚挙に暇がない。
このようにアジア諸国においては、竹を利用した楽器がさまざま見られるのだが、これが西洋に行くにしたがって、竹製楽器の比率は少なくなる。笛類も前述したフルートなどの金属製、もしくは竹以外の木製による楽器が多くなる。そして竹は主にリードの部分に使われるのみになるのだ(オーボエ、クラリネットなど)。
このように竹製楽器はアジアの植生と深く結びついており、やさしい「音色」は、その地域の音楽の様式に大きな影響を与えている。「アジア的なやさしい音色」と漠然と指し示したときに、この竹の存在は大きなものであると考えられる。
逆に言えば、楽器という存在を通して、聞き手はその土地の様相に触れることができ、グラウンディング・デヴァイスとしての楽器の存在というものがクローズ・アップされることになる。

2──バンスリ(上)とスリン(下) 筆者撮影

2──バンスリ(上)とスリン(下) 筆者撮影

3──ティンクリック 筆者撮影

3──ティンクリック 筆者撮影

地相から生まれる楽器

また別の例を挙げる。木の実とりわけ瓢箪を利用した楽器は西アフリカを中心に多く見られる。例えば西アフリカの伝承の語り部である「グリオ」が使う弦楽器コラは巨大な瓢箪を二つに割り、さおをつけた楽器である。音色は琴に似た響きだ。木の板を並べてそれを木のバチで叩く、木琴状のバラフォンという楽器もあるが、これもその板の下に瓢箪が並べてあり、共鳴の役割を担っている。また瓢箪そのものの中に鉄板を並べて、親指ではじく親指ピアノという楽器もある。さらに瓢箪を利用した打楽器は数多い。
これらのことから西アフリカには瓢箪が多いであろうことは容易に推測されるが、瓢箪の植生を見てみると、やはり乾燥地帯の植物で、とりわけ西アフリカの乾燥地帯に多い。瓢箪から生まれる短くアタックのはっきりした音色は、和声構造に、そしてこうして生まれた打楽器類は、アフリカ音楽の複雑なリズム構造の発達の一助になったと考えられる。
ところがブラジルにはビリンバウという一風変わった楽器がある。一メートルほどの木の棒に一本弦が張ってあり、それをカシシというマラカスのついたバチで叩くことによって音を出す。そして棒の下のほうには、瓢箪がくくりつけてあり、これを演奏者の胸の位置に押し当てることによって音を変化させるのだ。これもまた瓢箪楽器のひとつであるが、ブラジルは湿度の高い地域であり、とりわけ瓢箪が多いわけではない。しかしビリンバウはカポエイラという格闘技の伴奏に使われるものであり、本来は西アフリカから来たものなのだ。
それ以外にも、昔のバイオリンなどに使われるガット弦は羊の腸によって作られている。このガット弦はインドから北アフリカの楽器に多く、羊の飼育地域との関係が指摘できる(クラシックギターのことをガット・ギターというのも、もともとはガット弦で作られていた名残りである。今日ではナイロンで作られている)。対して、琵琶などをはじめとする絹弦の楽器は、中国を中心に各地に伝播したとされ、日本│中央アジアなどいわゆるシルクロードに多い。これらは植生(動物の生息地)→楽器→音楽という順序でもってその土地の地相が音楽に影響を与えている例である。
今までは楽器というものをグラウンディングのデヴァイスの例として挙げたが、考えをさらに進めてみよう。今日ではたいていの場合、音楽は録音物として人々の耳に届く。するとその間には録音・製作というフェーズを必ずはさむことになる。このときもまたその土地の様相が今度は録音・製作というフェーズをデヴァイスとして、音楽に影響を及ぼすことがある。今度はその例を私の実体験から挙げてみたい。

録音デヴァイスの行方

私がサウンド・プロデューサーを務める音楽ユニット「東京エスムジカ」★一は、世界各地へ出かけて行き録音を行ない、現地の民族音楽のエッセンスを取り込んで作品を創造するという活動を行なっている。しかし、ただ出かけていって録音をするというだけでは、現地のミュージシャンを東京のスタジオに呼んで録るのとなんらかわらない成果しか得られないうえに、八〇年代に巻き起こり、まさに一過性のブームとして終わってしまったワールドミュージックブームにおいて批判されたような構造、つまりトラディショナルな音楽の借り物、もしくは一方的な搾取という構造から抜け出すことができない。
そのためわれわれはあくまでも現地のスタジオ、現地のエンジニア、プロデューサーたちとともにコラボレイティヴに作業を行なうということを前提としている。これは近年、音楽機材の発達・低価格化が進んだことにより、先進国以外でもそれぞれの土地にプロフェッショナルなエンジニア、プロデューサーが育ち、スタジオが整備され始めていることにより可能になったことである。とりわけ二〇〇〇年以降はどこの国に行っても、数台のコンピュータがあれば同じことができるようになっており、世界のレコーディング技術の同時化は急速に進んでいる。
しかしレコーディングという作業はノウハウが物をいう部分も多く、それぞれが培った一種の職人芸的なものも見すごすことができない。そのため同じ機材を使ったとしても場所によってノウハウに違いが見られる。例えば、インドネシアのジャワ島でガムランのレコーディングをした際には九六khzの高音質で録音することを強く求められた(Khzとはレコーディング時の一秒毎の記録回数を表わす周波数のことで、これが高ければ高いほど音質がよいとされる)。

4、5──インドネシアでのレコーディングの模様

4、5──インドネシアでのレコーディングの模様

現在の日本のレコーディングスタジオでは、四八khzが主流であり、九六khzも十分可能だが、それだけ機材に負担のかかる作業であるため、あまり広くは行なわれていない。機材面においてやはり日本に劣るインドネシアのエンジニアがなぜそれだけの高音質を求めるのか。それはガムランという音楽それ自体にヒントがある。「ガムラン」とは基本的にはインドネシアにおける、打楽器の合奏形式を指す。それら打楽器は主には青銅や鉄でできており、音色、さらにそのレンジの大きさは格別なものである。そのため記録メディアに記載する際には細心の注意を払う必要があるのだ。また多数で演奏することが前提であり、その一団の間に介在する空気感も音楽の一部である。だからマイキングひとつとっても非常に気を遣って設置される。
ところが、モンゴルへ行くとそうではなく、今度は逆に四八khzで収録するうえに、マイキングも一台のみを設置するだけで、それほど気を遣わない。そのかわり演奏テイクの収録に十分時間をかけ、気を遣うというのが常であった。

6──モンゴルでのレコーディングの模様(馬頭琴)

6──モンゴルでのレコーディングの模様(馬頭琴)

音響を通じて地相を知る

このように音楽からその土地を理解するというメカニズムは、音楽的経験以外にも楽器、それに録音・製作という側面からも説明することができるものであり、そのことを意識することは音楽に対する理解をさらに深めることのみならず、音楽享受の一助にもなることであろう。
土地に根ざした楽器素材の例のひとつとして「竹」を挙げたが、最後に竹を媒介として音を出す試みのうえでユニークなプロジェクトをひとつ紹介したい。それは佐々木一晋氏による「Botanikwave!  プロジェクト」★二で、二〇〇五年の一一月に東京都内某所において公開実験が行なわれた。現在進行中のこのプロジェクトは生きた竹林を音響スピーカーとする試みであり、実際に野山に生えている竹に振動装置をつけることによって、その竹林自体をスピーカーとして利用してしまおうという試みである。森林に植生する樹木を切り取って加工するのではなく、すでに生えているものをそのまま使うのであるから、その音響は会場、天候、植物の生態情報、自然のコンディションによって左右されるが、そのこともまた地相性という視点から音楽を見る面白さのひとつである。将来的にはこのスピーカーから流れる音を聞くたびに、竹林の息吹を感じるような楽しみ方ができるかもしれない。

7──「Botanikwave! プロジェクト」公開実験 撮影=村松正彦

7──「Botanikwave! プロジェクト」公開実験
撮影=村松正彦



★一──「東京エスムジカ」URL=http://www.ethmusica.jp/
★二──「CYG-NET」URL=http://www.cyg-net.info/

参考文献等
●本文中で記したレコーディングの模様は『Switched-On Jour-ney』(東京エスムジカ)、さまざまな楽器は『Real Asia/Compi-lation Compiled』(by Daichi Hayakawa)で聞くことができる(ともにVictor Enertainmentより発売)。
●桜井哲男+水野信男編『諸民族の音楽を学ぶ人のために』(世界思想社、二〇〇五)。
●柘植元一『世界音楽への招待』(音楽之友社、一九九一)。
●若林忠宏『世界の民族音楽辞典』(東京堂出版、二〇〇五)。

>早川大地(ハヤカワ・ダイチ)

1977年生
東京大学学際情報学府博士課程満期退学。音楽プロデューサー。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体

>佐々木一晋(ササキ・イッシン)

1977年 -
建築意匠、環境情報科学。東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程。