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ゴースト・イン・ザ・サンプリング・マシーン | 五十嵐太郎
Ghost in the Sampling Machine | Igarashi Taro
掲載『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) pp.39-41

アジア的なシドニーの景観

今秋、「rapt!」という日本とオーストラリアの交流年にあわせた美術系のイヴェントの一環で、初めてオーストラリアを訪れた。日本国内ではいつも睡眠が不規則のため、普段から時差ぼけ状態で日々過ごしている身にとっては、長い空の旅にもかかわらず、ほとんど時差がなく現地に到着するのは、なんとも奇妙な感覚である。遠いけれども、夢から目覚めることなく、パラレルな異世界に突入したような経験というべきか。
途中、シドニーでの乗り継ぎの時間を利用して、一時間半ほど、市内を散策した。言うまでもなく、ヨーン・ウッツオンのオペラハウスを見るためである。むろん、そのシルエットが都市のアイコンになっていることは行かなくてもわかるだろう。おそらく、これは二〇世紀につくられた、もっとも有名な人工的な風景である。コンペの後、建設に関して問題が起きたことも、シドニーという都市のイメージを獲得し、世界中に認知されたことに比べれば、たいしたことではない。ともあれ、シドニー・オペラハウスは、外観だけではなく、地面との興味深い関係をとるランドスケープとして、あるいは都市を振り返るプラットフォームとしても機能している。
オペラハウスから眺めるシドニーの姿は印象深いものだった。いわゆる美しい景観ではない。世界各地からの観光客が必ず訪れるところでありながら、海沿いに高架の鉄道が走っており、香港のように高層ビルが近くに迫っている。ヨーロッパというよりもアジアの都市との親近性をもつ。だけど、活気がある。オペラハウスのあるサーキュラー・キーの背後にある最初の入植地のエリア、例えば、ジョージ・ストリートなども、歴史的な様式建築が並ぶのだが、全体的に統一感に欠けていた。本場ヨーロッパの洗練された古典主義に比べても、やや意匠のバランスが悪いことにも親近感を覚えた。やはり、アジアと同じく、西欧からの距離が反映しているからだ。

ポストモダン都市としてのメルボルン

メルボルンも風景が凸凹だった。もちろん、日本の地方都市よりも、はるかによく古い建築が残っている。古典主義、ゴシックなどの様式建築のほか、パリを思わせるパサージュの空間から豊かな装飾をもつアール・デコまで、重層的な建築の時間を都市に刻み込む。だが、スカイラインがいびつなのだ。ときどき、あいだに高層のビルが入ったり、細かったり、太かったりなど、建物の幅にもばらつきがあって、ヨーロッパの街並みとは違う感覚が混ざっている。
今回はメルボルン大学のシンポジウム”Sekai-kei and I :Looking at contemporary japan through the arts”に出席し、日本の現代建築の状況を報告するのが仕事だった。その際、一九九五年以降はポストモダンやデコンストラクティヴィズムがメディア的に葬り去られ、シンプルで透明なモダニズムへの回帰が顕著であることが、発表のポイントのひとつになっていた。しかし、それが世界的に普遍の現象ではなく、日本の特殊事情であることは、メルボルンの都市を観察しているとよくわかる。ポストモダンもディコンストラクティヴィズムも、今なお継続しているのだ。すなわち、街の新しいイメージを形成する、もっとも重要な建築になっている。
駅前の《フェデレーション・スクエア》(二〇〇一)[図1]は、まるでリベスキンドの《ユダヤ博物館》の一部を移築したかのようだ。実際、彼の事務所出身の建築家が設計し、しかもリベスキンドがコンペの審査員だったらしい。もっとも、壁を切り裂く部分に電光掲示のインフォメーションが流れている。ほかにも、デントン・コーカー・マーシャルによる《メルボルン博物館》(二〇〇〇)や《メルボルン・エキビジョン・センター》(一九九六)、筆者がもうひとつのレクチャーで訪れた《RMIT(メルボルン工科大学)八号棟》(一九九四)[図2]や《ストレー・ホール》(一九九五)など、いずれも激しく形態が傾いたり、装飾が多いデザインになっている。バブル経済と重なったために、こうした造形を不謹慎なものという烙印を押した日本とは、まるで状況が違う。メルボルンにおいて、はっきりと主張する建築がさらに増えていけば、後世にここはポストモダンの都市として記憶されるのではないか。
前述のレクチャーでは、スーパーフラットの建築についても触れたのだが、メルボルンの郊外に興味深い作品が存在していた。《パメラ・アンダーソン・ハウス》(二〇〇〇)である。大きなガラスのファサードに、ドット・パターンによって、元プレイメイトの女優の顔がプリントされているのだ。これは有名なフットボール選手の家であり、顔よりも下のボディのイメージを入れることも検討されたらしい。ストリートに向かい、クルマや通行人を誘惑する、看板女優としてのパメラ・アンダーソン。けれども、日本のスーパーフラットと比較するならば、二次元的なキャラクターではなく、実在する肉感的なモデルが使われていることに大きな違いを指摘できるだろう。

1──《フェデレーション・スクエア》

1──《フェデレーション・スクエア》

2──《RMIT8号棟》 筆者撮影

2──《RMIT8号棟》
筆者撮影

オルタナティヴ・スペースのアート

「rapt!」は、ひとつの美術館で大きな展覧会をやるのではなく、メルボルンを中心としてオーストラリアのあちこちのオルタナティヴ・スペースを活用しつつ、同時多発的に二〇組の日本からの作家が展示やレジデンスを行なう企画である。建築系では、アトリエ・ワン西沢大良によるフィールドワーク系のワークショップが開催された。全体としては、国際交流基金の企画に、住友文彦、飯田志保子、平芳幸治の三人がキュレーターとして関わり、オーストラリア側のキュレーターやスタッフと共同しながら実現に導いた。
メルボルンでは、到着直後から二日間かけて、関係者や作家らと、クルマやバスツアーで各地の会場をまわったが、越後妻有アート・トリエンナーレのように、美術をめぐりながら土地の風景を脳裏に焼きつけていく体験だった。しかも、国内でもじっくり見る機会のないアーティストの作品も含め、総じてクオリティの高い作品の展示である。若手をピックアップしながらも、充実したラインナップと言っていい。すべてをまわるのも手間がかかるが、運営する側はもっと大変な作業だろう。
惜しむらくは、メルボルンの都市に対して、どれだけのインパクトがあったのか、ということ。分散型の展示の宿命でもあるが、山間部の集落ではなく、三〇〇万人の都市に対しては、どうしても存在感が薄れてしまう。アート好き以外には、気づかれずに終わる可能性が高い。ランドマークにアート・プロジェクトを仕かけることで、「rapt!」のプログラムを広く認知させるフラグシップとする方法もあるだろう。だが、そうした都市のツボがいまいちわかりにくいのも、メルボルンの特徴だった。

ポスト・スーパーフラットのイメージ

ところで、「rapt!」のアート・ツアーに参加しながら、不思議な感覚を抱いていた。
例えば、心霊写真的な志賀理江子の作品、人魂のような光が床をさまよう木村友紀のインスタレーション、そして土地の精霊と交信するかのような高嶺格のロード・ムービー的なプロジェクトや内藤礼による古い家屋への儀式的なオープニング・イヴェント。明るいオーストラリアの日差しのなかで、ふと、ほの暗い霊が頭をもたげているような雰囲気である。高橋匡太の《Vanishing_》[図3]は、路地の奥の地下にもぐったところにあるスペースメント・ギャラリーにおけるインスタレーションだった。そこに人がいないのに、壁の向こうに人の気配を感じさせる、パフォーマーのプロジェクション自体は、以前にも試みていたが、今回は複数の映像を組み合わせることで新しい効果を生む。すなわち、同期していた身体の動きの影が、突如、微妙にズレ始めるのだ。人がいないことを知っていても、幽霊の存在を感じ、ゾッとする瞬間。壁と床に投影されていたイメージは同一のものだと思っていたところで、その安心感が裏切られ、人影が幽体離脱し、霊的なものに変身する。
CCPにて展示された田口和奈と片山博文の作品も、メディアを変換しながら、そこに不気味なズレが生じる[図4、5]。前者は、雑誌などの写真から切り取った複数のイメージを組み合わせ、どこにも存在しない肖像や静物をつくり、それを緻密な絵画として描く。だが、展示するのは絵ではなく、さらにそれを撮影した写真である。すなわち、実物→写真→絵画→写真という異なるメディアのあいだで、宙吊りになった現実。よく観察すると、日常的な風景が不気味なものであることに気づく。後者は、地下鉄の構内など、匿名性の強い室内風景を撮影した後、そのイメージをグラフィック・ソフトを用いて、精密に模倣する。遠目では写真にしか見えない。が、近距離から観察すると、コンピュータで描かれたイメージであることをはじめて理解する。その後、帰国して成田空港で同じような場面に出くわし、一瞬その風景がCGではないかと疑った。『マトリックス』的な陰謀史観。世界の見え方が変わる。スーパーリアリズムの現代版といえるかもしれないが、クールな彼の作品にも得体の知れない影がしのびこむ。
これらはデータの変換においてまぎれこむゴーストではないか。
スーパーフラットの特徴として、単に平面的な世界観だけではなく、データの透明な変換可能性と、大きさの概念がないことを挙げられる。どこまで拡大しても、くっきりとしたままの線。とすれば、そうした状況に亀裂を入れる機軸として、メディアの横断にひそむ不気味な影が注目される。現実の身体からイメージを引きはがして再構成する高橋と田口の作品は、サンプリングの彼方にゴーストを招き寄せている。正確な描写のマシーンゆえにもたらさせるもの。大きさの概念も復活するだろう。片山の作品は、写真を模写するというアウラを蒸発させる行為の果てに、逆説的に実際の作品の重要性を高めている(雑誌に作品を掲載しても意味を喪失している)。作品がどんな空間において、どんな大きさで展示されるかが重要になっているのだ。かくして「rapt!」の展示において、ポスト・スーパーフラットへのヒントをえることができたのは、大きな収穫だった。

3──高橋匡太《Vanishing_》  撮影=川口怜子

3──高橋匡太《Vanishing_》  撮影=川口怜子

4──田口和奈《三日前のことも思い出せない》2004

4──田口和奈《三日前のことも思い出せない》2004

5──片山博文《Vectorscape-128》2003  提供=『rapt!』(国際交流基金、2006)

5──片山博文《Vectorscape-128》2003  提供=『rapt!』(国際交流基金、2006)

参考文献
同展カタログ『rapt!』(国際交流基金、二〇〇六)
URL=http://rapt.jpf-sydney.org/

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>『10+1』 No.45

特集=都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?

>パサージュ

Passages。路地や横丁、街路、小路など表わすフランス語。「通過」する「以降...

>スーパーフラット

20世紀の終わりから21世紀の始まりにかけて現代美術家の村上隆が提言した、平板で...

>アトリエ・ワン

1991年 -
建築設計事務所。

>西沢大良(ニシザワ・タイラ)

1964年 -
建築家。西沢大良建築設計事務所主宰、東京芸術大学非常勤講師、東京理科大学非常勤講師。