RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.37>ARTICLE

>
色のショック体験 | 榑沼範久
Shock Experience of Colors | Kurenuma Norihisa
掲載『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) pp.33-34

1

ジェームズ・J・ギブソン(一九〇四─七九)はけっして〈色の知覚の生態学〉を放棄していなかったこと。それどころか、世界の表面はカラフルであり、色はわれわれが生きていくための情報であると考えていたこと。それにもかかわらず、ギブソンが視覚情報のベースを「光の配列」のみに求めるかぎり、彼の視覚論から〈色の知覚の生態学〉を構想するのは難しいこと。ジョナサン・クレーリーによる視覚の系譜学を批判的に整理しつつ、前回はそれを確認した。
今回はさらに議論のコンテクストを広げ、前回に予告したテーマ──ギブソンが生きた時代の文化的な色環境からギブソンを批判的に読む〈色の知覚の身体文化学〉──にアプローチしてみたい。ギブソンの考える視覚系──われわれの身体の外部と内部とが組み合わさって作動する視覚系──には、彼自身が関心を寄せていたように、文化的な視覚環境も組み込まれているからである。そして、そうである以上は、文化的な視覚環境の歴史的な変動が、視覚系の生態にどのような変化をもたらしているのか、それを診ることなしにわれわれ自身の視覚の生態学を十分に語ることはできないからである。
果物が熟れているか熟れていないか、花はどれで葉はどれか、動物のからだの羽根や毛皮はどれで皮膚はどれか。そうした情報をわれわれは色によっても知ることができると、ギブソンは『生態学的視覚論』のなかで述べていた。しかし、ギブソンが視覚論を展開していった時代──そして、われわれの時代──の文化的な視覚環境における色は、もはや自然の表面に認められる色にとどまることはない。すでにわれわれの視覚系は、自然色から大きく外れた人工着色環境のなかに生きているからだ。
ここで想起すべきは、ギブソン『視覚世界の知覚』(一九五〇)と同時期のオルダス・ハクスリー『知覚の扉』(一九五四)が描くメスカリン摂取による色知覚の変化や、ギブソン『知覚系としての感覚』(一九六六)と同時期のザ・ビートルズ「Lucy in the Sky with Diamonds」(一九六七)に歌われた「タンジェリン色の木」、「黄色や緑色の花」のことばかりではない。ハクスリーやジョン・レノンのような薬物体験なくして、われわれを包囲する色環境はすでに脱自然化しているのだから。ただし、人工化した色環境がすでにわれわれの視覚系の生態にとって「自然化」しているとは、言い切らないほうがよいだろう。その生態に生じている葛藤を隠蔽してしまうからである。

2

フェルナン・レジェは一九六〇年に出版されたマーシャル・マクルーハン+エドマンド・カーペンター編著『Exploration in Communication』(邦訳=『マクルーハン理論』)に収められたエッセイ「純粋な色」のなかで、建築・都市の色を脱自然化する「自由」を唱えている★一。自然から色を最高度に分離させて描いたという絵画《都会》(一九一九)を、建築・都市に適用するというのである[図1]。「色による壁の変貌は、現代建築のもっとも興味ある問題の一つである。この壁面の変貌を実現させるには、色は自由に設定されなくてはならない」。「建築の内側と外側の多色彩計画」。
そして、レジェは広告の人工色がすでに「絵画から抜け出して、道路に出て、風景を変えてしまった」と観察している。「新しい抽象的なシグナル──黄色の三角形、青の曲線、赤の長方形──が立ち並んで、自動車を運転する人に指示を与えている。色は新しいオブジェとなり、解放された色は新しい実在となった」。これは後にロバート・ヴェンチューリ+デニス・スコット・ブラウン+スティーヴン・アイゼナワー『ラスベガス』(一九七二、七七)が、建築自体よりも早く目に飛びこんでくる広告やサインに覆われたラスヴェガスの建築を、「コミュニケーションの建築」と定義したことに相当する★二。
レジェの構想は「輝く都市」(ル・コルビュジエ)ならぬ、色めく都市と呼べるだろう。そして第二次世界大戦後、特に一九五〇年代以後の無数の都市はラスヴェガスをはじめとして、いわばレジェの構想を即物的に実現した人工着色都市といえる。そこには色とりどりの広告やサイン、そして内外を人工着色された建築が建ち並び、部屋には五〇年代に開発されたイームズのカラフルなプラスチック・チェア[図2]など、人工着色された家具が配置される。そしてアメリカでは五〇年代から広まるカラーテレビ。もちろん、これはひとつの抽出=描写にすぎない。しかし、このような人工着色都市という環境こそ、ギブソンが視覚論を展開した時代、人間の視覚系に生じた歴史的な変動の、ひとつの大きな特徴ではなかったか。
ここでさらに注目したいのは、レジェが「純粋な色」のなかに記した「視覚的ショック」という言葉である。なぜならその一点は、人工着色環境に包囲された視覚系に生じる葛藤のありかを探り当てているからだ。レジェによればライト・ブルーの壁+ブラックの壁+イエローの壁といった「ダイナミックな対照におかれた三つの色で壁をこわすことができ」、ライト・イエローの壁+ブラックのピアノで「視覚的ショック」を作り出すことができるという。手法は異なるものの、その視覚的ショックはチャールズ&レイ・イームズの映像作品《カレイドスコープ・ジャズ・チェア》(一九六〇)のなか、レッド、ピンク、ブルー、スカイブルー、ブラック、ホワイト、グレー、ブラウン、イエローなどカラフルなプラスチック・チェアが、さまざまな色に変化しながら部屋のなかで増殖し、カメラに向かって次々と接近してくるときの色のショック体験についても言える★三。
「ショック体験」とはよく知られるように、ヴァルター・ベンヤミンが一九三〇年代後半のエッセイにおいて、一九世紀以後の都市経験のコアに置いた概念である。ボードレール「現代生活の画家」に登場する男=「意識をそなえた万華鏡」のショック体験を参照しながら、ベンヤミンはショック体験が「標準化」してしまった「現代」を思考する★四。そこでベンヤミンは、「交通信号を確認するために」「眼を四方八方に配って」いなければならない「今日の通行人たち」の「ショック体験」について触れるのだ。ただし、色のショック体験に相当する記述はそれにとどまる★五。テクニカラーによるディズニーのアニメーション映画は一九三〇年代前半から上映され、ミッキー・マウスも一九三五年からカラー化されたとはいえ、ベンヤミンは人工着色都市のショック体験が前景化した一九五〇年代以後に生きることなく、一九四〇年、その命は消されてしまったのだから。

1──フェルナン・レジェ《都市》1919 (フィラデルフィア美術館蔵)

1──フェルナン・レジェ《都市》1919
(フィラデルフィア美術館蔵)

2──チャールズ&レイ・イームズ 《カレイドスコープ・ジャズ・チェア》1960 出典=『EAMES FILMS──チャールズ& レイ・イームズの映像世界』(Asmik、2001)

2──チャールズ&レイ・イームズ
《カレイドスコープ・ジャズ・チェア》1960
出典=『EAMES FILMS──チャールズ&
レイ・イームズの映像世界』(Asmik、2001)

3

ギブソンが視覚論を展開していった時代──そして、われわれの時代──の視覚系は、ベンヤミンの生きた時代を超えて、色のショック体験が標準化してしまった環境に生きている。レム・コールハースならばこれを指して、「毎日われわれを爆撃する、感覚への途方もない猛攻撃」と言うだろう★六[図3]。はたして、われわれの視覚系はショック体験を生じさせる人工着色環境から、身体行為のための可能性=情報を「アフォーダンス」(ギブソン)としてピックアップすることができるのだろうか。それとも、われわれの視覚系は行為のための定位を行なうことができず、ジャン=ポール・サルトルの『嘔吐』に描かれた多彩な色のゆるやかな渦を眺める「私」のように、ただ「吐き気」に捕らえられてしまうのだろうか★七。
言うまでもなく、われわれを包囲する表面が全面的に人工着色されたとしても、色が知覚不能になるわけではない。隣接する表面の色との関係において、その表面の色が知覚される(ギブソン)とき、そのレヴェルで自然色と人工色とが区別されるわけでもない。しかしながら、素材の色から自律して人工的に着色された環境は、果物が熟れているか熟れていないかを色によって知ることができる(ギブソン)というようには、素材の情報を与えてくれない。素材に流れる時間から自律した時間が、人工色において持続しているからだ。新しく色をコーティングしなおせば、素材の変化の情報を人工色によって隠すこともできる(=人工着色環境の脱時間性)。
また、人工着色環境においては素材の色から表面の色が独立する以上(=人工着色環境の恣意性)、色によって動物の毛皮と皮膚とを区別する(ギブソン)ようには、色が素材の情報を与えてくれない。例えばメタリックシルバーの表面を持つ素材が、プラスチックであるか金属であるかは、もはや視覚的にはわからない。あるいは、同じプラスチックの素材でありながら、その色は花のようなイエローであっても、葉のようなグリーンであっても、「タンジェリン色の木」のような色であっても構わない。
したがって、ギブソンが視覚論を展開していった時代──そして、われわれの時代──の人工着色環境は、本質的にはアフォーダンスを与えない(=人工着色環境の脱アフォーダンス性)。そこでは、素材に働きかける身体行為と色の知覚とが乖離する可能性が、つねに開かれている。「コミュニケーションの建築」(『ラスベガス』)というよりは、むしろ脱コミュニケーションの建築。だからこそ、色彩人間工学や色彩心理学が色の再コミュニケーション化を図ってきたのではなかったか。アンリ・ベルクソンの言葉を接木すれば、「知覚と行動を結ぶ、神経組織の感覚─運動的均衡」★八が、人工着色環境では本質的には破れている。そして、この知覚と行動を結ぶ均衡の破れが、われわれに色のショック体験となって経験されるのである。これからの〈色の知覚の生態学〉は、色のショック体験をもたらすこの破損状態から出発して構想されなければならない。

3──Rem Koolhaas /<a href="/publish/identity/v/OMA" id="tagPos_1442_5">OMA</a>, Norman Foster, Alessandro Mendini et al., Colours. 2001.

3──Rem Koolhaas /<a href="/publish/identity/v/OMA" id="tagPos_1442_5">OMA</a>, Norman Foster, Alessandro Mendini et al., Colours. 2001.


★一──フェルナン・レジェ「純粋な色」(M・マクルーハン+E・カーペンター編著『マクルーハン理論──電子メディアの可能性』[大前正臣+後藤和彦訳、平凡社ライブラリー、二〇〇三]二五九─六五頁)。なお、ブルーノ・タウトが一九ニ〇年代、マクデブルクの街の建築を多色で彩ったことにレジェは触れていない。
★二──ロバート・ヴェンチューリ+デニス・スコット・ブラウン+スティーヴン・アイゼナワー『ラスベガス』(石井和紘+伊藤公文訳、SD選書、一九七八)三三─三五頁。
★三──ウィリアム・クラインの写真集『ニューヨーク』(一九五六)は街にあふれる広告やポスター、そしていろいろな服装をした人々が押し寄せてくるような眩暈を観る者に与えるかもしれない。しかし、こうしたモノクローム写真は色のショック体験を防御しているのではないだろうか。かたや、クライン『PARIS+KLEIN』(二〇〇二)や牛腸茂雄『見慣れた街の中で』(一九八一)のカラー写真は、都市における色のショック体験をそれぞれ抽出しているように見える。
★四──ヴァルター・ベンヤミン「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」(『ベンヤミン・コレクション1  近代の意味』[浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、一九九五]四一七─四八八頁)。強調はベンヤミンによる。
★五──その代わりベンヤミンは「色」(一九三八)のなかで、色とりどりの窓の色ガラスを撫でながら色に変身していった記憶や、チョコレートをつつむ鈴箔紙のいろいろな色が甘美に心のなかで溶けていった記憶など、「色に感応する高次の感覚」を記している。ベンヤミン「一九〇〇年頃のベルリンの幼年時代」(『ベンヤミン・コレクション3  記憶への旅』[浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、一九九七]五七九─五八〇頁)。
★六──Rem Koolhaas, 'The Future of Colours is Looking Bright' , Rem Koolhaas /OMA, Norman Foster, Alessandro Mendini et al., Colours, Birkhaüser-Pubishers for Architecture, 2001, pp.11-12. コールハースは具体的になぜ「色の未来は明るく見える」のか述べていないが、色のショック体験の標準状態を超えて「色の未来は明るく見える」としたら、ひとつの可能性としては、ベンヤミンの描く「色に感応する高次の感覚」をわれわれが色によって獲得するときのことだろう。
★七──J-P・サルトル『嘔吐』(白井浩司訳、人文書院、一九九四)三三頁。
★八──アンリ・ベルクソン『物質と記憶』(岡部聡夫訳、駿河台出版社、一九九五)一二二頁。

>榑沼範久(クレヌマ・ノリヒサ)

1968年生
横浜国立大学大学院都市イノベーション学府(建築都市文化専攻)・教育人間科学部(人間文化課程)准教授。表象文化論。

>『10+1』 No.37

特集=先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法

>ジェームズ・J・ギブソン(ジェームズ・ジェローム・ギブソン)

1904年 - 1979年
アメリカ合衆国の心理学者。

>輝く都市

1968年

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>レイ・イームズ

1912年 - 1988年
デザイナー。チャールズ&レイ・イームズ事務所主宰。

>ヴァルター・ベンヤミン

1892年 - 1940年
ドイツの文芸評論家。思想家。

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。

>アフォーダンス

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが創出した造語で生態心理学の基底的...

>ブルーノ・タウト

1880年 - 1938年
建築家、都市計画家。シャルロッテンブルグ工科大学教授。