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ホームレスな家具 | 三浦展
Homeless Furniture | Atsushi Miura
掲載『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ, 2000年09月発行) pp.38-39

吉祥寺の井の頭線ガード横の築四〇年というおんぼろビルに、今、インテリア・雑貨店やカフェやブティックが入居し、非常に今的なテイストを発散している。
ここで取り上げるのは、そのうちRoundabout(ラウンダバウト)というインテリア・雑貨店。とは言ってみたものの、この店の業種・業態を何と名付ければいいか、よくわからない。商品の基本は、中古の家電、家具、雑貨である。一九六〇年代から七〇年代初頭に発売されたものを中心に、テレビ、ラジオ、カセットテープレコーダー、ポータブルプレーヤー、電話、ラジカセ、電卓、タイプライター、扇風機、アメリカ製のイス、米軍の使っていた担架などなど。Tシャツ、食器、調理用品、文具、おもちゃ、フィギュアなどもあり、中には新品も混じっている。ソファは「THE STORE」という三軒茶屋の店の製品やRoundaboutのオーナーの小林和人氏(二五歳)の自作が並ぶ。
床はコンクリート打ちっ放し、というより、Pタイルかカーペットだかをはがしたまま。壁はクロスをはがしたら、昔あったキャバレーの壁が出てきて、それもそのままにしてある。天井も梁をはがしたが、平べったい四角錐を並べたような構造が露出して、かえって面白い。商品を置く台は、古い汚れたスチール机や業務用のステンレスのもの。特に最近は業務用のものが気に入っているという。
Roundaboutに限らず、業務用の製品をインテリアに使う例は最近多く、ガス管用の亜鉛管を衣服を吊すハンガーとして使うブティックなどがある。大阪にあるオリジナル家具製作販売の店TRUCKは、Roundabout同様、古い工場を再利用したショールームに古く錆びたスチールの収納庫や石でできた流し台を置いている。レジ台は工場の作業台であり、レジ横のイスは中古のスチール製の事務用回転イスやロンドンの工場用のイスである。それらが植物と共にディスプレイされ、一種わびさび的な感性すら感じさせる驚くべき空間がそこにある。
最初から完成されたものではなく、使ううちに味が出てくるものが好き、というのがこの店のコンセプト。オリジナル家具の方もシンプルで素材感がある。そもそもTRUCKという店名自体が、あの自動車のトラックで、その由来は、誰でも知っていて、わかりやすい英語ということで選んだだけらしいが、トラックはまさに業務用の車である。
どうも、快適という観念が変わってきたのではないか。いわゆる「快適性」、「居住性」というものが、必ずしも快適とは感じられなくなっているのではないか。新しく、清潔で、小ぎれいで、ツルツル・ピカピカ、という近代的な価値観に裏打ちされた審美感、それを前提とした快適な居住感覚といったものが、もはや価値を持たなくなりつつあるのではないか。古くて、汚れていて、錆びていて、はがれていて、傷ついている、そういうものが魅力になりはじめている。しかも、木や皮のような有機物ではなく、鉄や樹脂、プラスチック、化学塗料のような無機物でも、人に使われることによって生じる傷や汚れを積極的な美として感じる感性が生まれているようである。
それは最近の中古バイクの人気についても言える。二、三年前から見かけるようになってきた中古バイクは、今や完全にバイクの主流であり、しかも車種はスーパーカブやベンリーのような業務用のバイクが目立って多い。業務用で、だからこそ油や泥で汚れているもの、洗っても洗っても落ちない汚れ、それが味として感じられるのだ。幸福な私的所有の空間としてのホームの持つお仕着せの、しかし実態のないイメージだけの浮遊した快適さではなく、むしろ反対に泥と汗で汚れた業務用の機械や道具の持つリアルな存在感に一種の快感が感じられるのだ。
それは、新しさと清潔さを価値とする近代的価値観の衰退を意味する。さらにいえば、新しさと清潔さと私有財産の拡大という価値観、幸福観を子供時代から刷り込み、再生産する装置としての郊外中流家庭(home)の衰退を意味する。すでに本誌一九号「マイ・ホーム・レス・エイジ」でも指摘したように、所有─蓄積─定住という価値観に代わって、必要最小限しか物を持たず、その場で必要なだけを消費し、できるだけ保存・蓄積せず、定住せず、そのときどきに必要な人と付き合い、つながり、仕事する、そんな放浪者という生き方のイメージが、どうやらいよいよ若者の間に本格的に広がり始めているのである。それはいわばホームレスの生き方なのであるが、考えてみればホームレスとは究極の都市的な生き方であり、「都市狩猟民族」とも言うべき生き方なのであり、さすればそれは持ち家政策によって郊外定住という形で囲い込まれた中流階級に対する大いなる皮肉であるというべきであろう。
Roundaboutの小林氏も、一人暮らしの部屋以外に、店や友人の部屋に寝泊まりすることが多いという。そういえばRoundaboutとは、ロンドンの環状交差点をいう。まさに交通と流通のメタファーである。

1──業務用テーブル、中古のプレーヤー、ラジカセなど

1──業務用テーブル、中古のプレーヤー、ラジカセなど

2──中古ヘッドホン、デジタルクロック、温風ヒーターなどが独特のセンスで並べられている

2──中古ヘッドホン、デジタルクロック、温風ヒーターなどが独特のセンスで並べられている

3──ペンキで汚れたスチール机の上にポップなオモチャが並ぶ。

3──ペンキで汚れたスチール机の上にポップなオモチャが並ぶ。

4──富士電機の扇風機 吉祥寺、Roundabout

4──富士電機の扇風機 吉祥寺、Roundabout

5──使い古され、錆びたスチール製収納庫の上に植物が置かれている

5──使い古され、錆びたスチール製収納庫の上に植物が置かれている

6──工場用の作業机とイスがレジカウンターとして使われている 大阪、TRUCK

6──工場用の作業机とイスがレジカウンターとして使われている 大阪、TRUCK

>三浦展(ミウラ・アツシ)

1958年生
カルチャースタディーズ研究所主宰。現代文化批評、マーケティング・アナリスト。

>『10+1』 No.21

特集=トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ