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天空と地球と都市と私──異なるスケールを同時に受け止めることについて | 田中浩也
The Sky, the Earth, the City, and I: On Grasping Different Scales Simultaneously | Hiroya Tanaka
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) pp.66-67

GPSのアーキテクチャ

本特集号のキー・デヴァイスである「GPS」。まずはその技術的知識をおさらいしてみよう。
「GPS」は、もともと一九七三年にアメリカが軍事衛星として打ち上げた衛星の名前であった。現在では、ナブスター衛星群を利用して位置を特定する(ポジショニング)システムの総体をGPS(Global Positioning System、全地球測位システム)と呼んでいる。このシステムは「衛星群からの電波が受信できる環境」と「GPSレシーバ」(通常、受信アンテナと信号処理機能が内蔵されている)の二つが揃って機能する。GPSの衛星は、地球の回り地表高度約二万kmを、六つの軌道で約一一時間五八分かけて一周している★一。レシーバ側でそれらのうち最低四個を捕捉することができれば、衛星から発せられる無線電波の時間差を計って合成し、最終的には受信点の三次元位置を特定することができる。これは現在私たちが利用しているさまざまなテクノロジーのうち、「地球規模」と呼べる最大スケールのもののひとつと言ってよい。ただしこの場合、「地球規模」という意味を、インターネットのような不可視かつ水平的なイメージとは根本的に異なるタイプとして理解する必要があるだろう。「地上と空」を含んだ、幾何学的な構成がこの技術を直感的に理解するポイントである。このアーキテクチャはきわめて「空間的」なものである。しばしば「情報技術」という同一カテゴリのなかに括られてしまうが、中心がなく自律分散・水平的な関係に重きを置くインターネットに対して、ジオメトリックであり空間的な構造を持つGPSは、根本的に異なる系統と考えるべきであろう。敢えてGPSというアーキテクチャの「中心」を定義するとしたならば、それは「地球」である。

GPSの技術的展開

先に述べたようにGPSはもともとアメリカの軍事目的のプロジェクトから始まったものであるが、現在では衛星側、レシーバ側の両方でさまざまな技術的な展開が見られる。まずは「衛星側」の取り組みを概説してみよう。EUとロシアでは、独自の衛星を打ち上げてポジショニングを行なう計画をすでにスタートさせており、それぞれ「GALILEO」★二と「GLONASS(Global Navigation Satellite System)」という名称がつけられている。すでにGALILEOプロジェクトの最初の衛星「GIOVE-A」(Galileo In-Orbit Validation Element)がEUでは二〇〇五年末に打ち上げられており、今後も「GIOVE-B」の打ち上げが予定されている。日本では今、「準天頂衛星」を打ち上げる試みがすでに実施段階に達している。準天頂衛星は、高さ三万五八〇〇kmの円軌道に、地球の自転に合わせて一日に一周回する三機の衛星で構成される。この準天頂衛星は、「8の字」の絵を描きながら、必ず順番にひとつずつ日本上空に来るようになっており、これで「日本独自」の位置捕捉が可能になる。さらにはシュードライトと呼ばれる、GPS衛星と同様な信号を地上から送信する擬似衛星装置が設置されることが検討されており、これが実現されれば、ビルや建物の障害物による測位エラーが回避されて、たとえば建物内部、地下、電車の中、高層ビルの影といった、あらゆる「都市の場所」での位置捕捉が可能になる。

一方、「レシーバ」側の取り組みはどうだろうか。実は市販のGPS受信機を利用するだけでなく、受信機そのものを作ったり改良を加えることも、一部のハッカーの間では趣味的に行なわれるようにまでなってきている。GPSの電波は地球規模の公共無線なのであり、実は誰でもが受信に参与して加工できるという開放性がある。要するにかつての「ラジオづくり」のように、無線電波を受信することさえできれば、あとはその感度と計算アルゴリズムを自分なりに改良を加えていけるのである。その究極は、レシーバのアンテナ部とソフトウェア部を明確に切り離し、受信信号を自由に処理・加工できるようなプラットフォームを作ろうとする「ソフトウェアGPS」という研究である★三。
少し先の未来を予測するならば、GPS、GALI LEO、GLONASS、準天頂衛星といった複数の電波を切り替えるための「チューナー」を有した端末が市場に出回ることがあるかもしれない。私たちは、場所によって、状況に応じて、位置データの「選択」を行なうようになるかもしれないのだ。

「衛星受信中……」

最後は私の実体験報告である。GPS端末★四を立ち上げると、まず「衛星受信中……」の画面が数分間現われる。このモード中、私はいつも空を見上げ、天空率を目視で計算しながら、より空の開けたところへと少しずつ移動していく。視線は空と端末を往復しながらも、身体は自然とどこかへにじり寄っていく。高層ビルに電波が遮られてしまうと測位が行なえない、というクリティカルな制約があるからこそだが、私とGPSは「協同して」、都市の中で開けた空を見つけるための微調整を繰り返していく。この時間、喚起される想像力の半分は、天空や宇宙に向いていくのだが、同時にもう半分は、やや引きずられるようにして周辺の都市環境へも向かっている。たった数分の「衛星受信中……」なのだが、それは都市の地表から昼間に星を見つけようとする珍しい経験なのかもしれない。

衛星がひとつ受信できると、画面上の衛星番号が白から黒へ反転する。「黒」が四つ集まれば受信完了である。天空の人工衛星と地表上の私が、ひとつの軸(直線)で結ばれるプロセスに、周辺の都市環境が横からじわじわと影響してくるという複合的な感覚。これは、天空と地球と都市と私という異なる複数のスケールを一挙に受け止めるような、希少な経験である。GPSに捕捉された後、私は地球を引っ掻くレコード針のような存在になる。私の身体には仮想の「軸」が通っており、なぜか背筋が伸びる気すらしてしまう。
都市のグラウンディングに出かける前の「衛星受信中」のプロセス。この数分間は、私にとってスケール感覚のリブート時間あり、地表のスクラッチに向かう前の準備運動(ウォーミング・アップ)でもある。


★一──GPS衛星の数は、年々増えており、正確な数を把握することは難しい。実際、二〇〇五年一〇月一九日時点では、GPS衛星は三〇機であったが、現在でも増え続けている。
★二──三四億ユーロ(四億米ドル)をかけたGALILEOプロジェクトは、最終的には三〇機の衛星を使って、米軍が制御するGPSシステムへの欧州の依存を終わらせる計画だという。「GALILEOは文民の管理下に置かれる」という政治的なメッセージも発せられている。
★三──東京大学生産技術研究所のDinesh Manandhar博士の研究する「ソフトウェアGPS」については、次のURLを参照いただきたい。http://www.qzss.org/
★四──筆者はGARMIN社の「eTrex VISTA」という機種を携帯している。

>田中浩也(タナカ・ヒロヤ)

1975年生
慶応義塾大学環境情報学部准教授、国際メディア研究財団非常勤研究員、tEnt共同主宰。デザインエンジニア。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体

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