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誰が何を盗むのか?──「パクリ」と類似とアイデンティティの倫理学 | 増田聡
Who Steals What?: Ethics of "Pakuri", Resemblance, and Identity | Satoshi Masuda
掲載『10+1』 No.27 (建築的/アート的) pp.24-26

例えば、日名子暁『パクリの戦後史』(ワニのNEW新書、一九九九)という書名に惹かれ読んでみるならば、こんにちのわれわれは肩すかしをくらった感を拭いきれないだろう。「暗躍する裏経済師たち」と副題が付された本書は、M資金詐欺やネズミ講など戦後の経済犯罪の数々を通史的に描いたものである。「パクリ」とはそもそも、法に抵触するすれすれのところで経済的詐欺を行なうその手口を指す用語であった。それが音楽をはじめとする文化的テクストにおける剽窃や盗作を指すものとして転用された経緯についてはつまびらかにしない(一九六〇年代にはすでに業界用語として流通していたという説もある)。
音楽における「パクリ」は、常に聴取の側から発見される現象である。「AとBは(聞こえが)似ている」という前提から、「時間的に先行するAをBはパクッた」という結論が導かれる。そこでは、実際に制作の側で剽窃行為があったか否かの検証は必ずしも満足に行なわれることはない。「パクリ」はまず第一に「聞こえ」の問題である。もちろん商業音楽の空間では、著作権をはじめとするオリジナリティの原則が経済的利潤と複雑に絡み合っているため、制作サイドから自発的に剽窃が告白されることはほとんどない(「パクリ」が指摘された後、裁判や示談を経て作曲者のクレジットが変更される例はしばしばある)。結果「パクリ」の指摘は常に聴取者による「告発」の色彩を帯びる。あたかも詐欺事件の摘発に意欲を燃やす検察官のように。だが、その検察官、聴衆という名の正義は常に万能なのだろうか? 「パクリ」非難は違法行為が生じた後に行なわれる正義の行使なのだろうか?
もちろん、それは音楽言説の構造に起因する錯覚に過ぎない。

音楽における剽窃はどのような手段によって検証されるのだろうか。日本で初めて本格的に裁判で音楽の剽窃が争われたのは、昭和四〇年の「ワン・レイニイ・ナイト・イン・トーキョー」事件(東京地裁昭和四〇年(ワ)第五二九九事件、東京高裁昭和四三年(ネ)第一一二四事件)である。当該曲の「剽窃性」(当時の法的用語では「偽作」)の有無を巡って争われた裁判では、結局原告敗訴、すなわち、剽窃の疑惑は法的に否定されたのだが、この種の問題の法的判断についていくつかのポイントを提供した。地裁判決では「音楽は旋律、和声、節奏(リズム)、形式の四要素から成るものである」、「この種の歌謡曲では旋律が重要であることはいうまでもない」とされ、証人として服部良一、諸井三郎らが、提出された譜面に基づいて両曲の類似性を「鑑定」した(証人四人の作曲家のうち、諸井三郎ただ一人が「偽作」の判断を下したという)。それに対し高裁判決では、曲のテクスチュアルな「類似性」に基づくのではなく、「剽窃」とされた曲の作曲者が原曲を耳にする機会があったか否か、との観点から法的判断が下された。すなわち、たとえ音楽テクストが類似していたとしても、流行歌では別々の作曲家が互いに無関係によく似た旋律を作曲するケースが多いことから、制作過程での剽窃行為の蓋然性が検証されるべきだ、との判例が下されたわけである。その後の剽窃裁判でもこの二つの論点が争点となる(平成一〇年の「どこまでも行こう/記念樹」事件でも同様だ)。
一方で「パクリ」言説は「作曲過程で原曲に接した蓋然性」を不問に付し、「似ている」という聴取における判断が確固としたものであればあるほど、剽窃の蓋然性が高まると想定するのだが、この「類似」を厳密に確定しようとすればするほど、どこか滑稽な事態が生じることになる。
二〇〇〇年六月二六日、音楽番組『ヘイ!ヘイ!ヘイ!』(フジテレビ)に宇多田ヒカルが出演した際、司会のダウンタウンが宇多田の「パクリ」として倉木麻衣の名を出したことに倉木の所属事務所が激怒し、フジテレビと吉本興業が謝罪するという事件があった。このようなパクリ疑惑の常として、雑誌やネット上では、「倉木はパクリだ」、「いやオリジナルである」といった相変わらずの論争が繰り広げられる光景が見られ、ついには『FLASH』二〇〇〇年七月二五日号に、宇多田と倉木の歌声を周波数分析し、双方の類似点を音響学的に検証するという記事が掲載されるに至った。同記事によれば、両者の声には八〇〇〇─一二〇〇〇Hz付近の高い周波数がよく出ている点に共通の特徴があり、これはある調査によると六〇〇〇人中四─五パーセントにしか見られないものであるという。記事は発声器官である口腔の構造が類似しているのでは、との推察を示し、宇多田・倉木の類似点が「科学的に」立証される。
音楽テクストの「類似」を検証することに同記事は一応成功している。では、そのことで倉木の「パクリ」は立証されたのだろうか? もちろん違う。倉木麻衣の口腔部は宇多田ヒカルのそれを「剽窃して」作られたものなのだろうか? そんな筈はあるまい(いや、倉木麻衣がしばしば人工的なイメージの元で語られるのは、宇多田のクローンとして彼女を見たいとする聴衆の欲望を反映しているのだろうか)。似ていることを厳密に確証すれば「パクリ」が立証される、との思考の滑稽さは明らかだ。
ウィトゲンシュタインの議論★一を引くまでもなく、「類似」の認定はあらゆる要素において可能であるが、その類似が類似として見られるのは相応の文脈を伴ってのことである。スプーンとフォークは似ている、なぜならそれは食事の際に用いられる棒状のものだから。フォークと槍は似ている、なぜならそれは何かを突き刺す時に用いるべく先端がとがっているから。しかしスプーンと槍は似ていない。われわれは共通の特性を持っている故にスプーンとフォークを「似ている」と看做すのではない。「同種の目的に用いる」文脈があってはじめて両者の「類似」が浮かび上がってくるのだ。スプーンと槍のどちらがどれだけフォークに似ているか、その共通性の度合いを「科学的に」検証するのは滑稽である。宇多田と倉木のケースはそのような原因と結果の取り違えに帰着するが、それは「パクリ」を巡る言説が原理的に抱え込むアポリアである。われわれが二つの曲の間に「類似」を見てとるのは、(例えば)「原曲」と「パクリ」といった特定の文脈関係のなかにそれらを置くためであって、その逆ではない(でなければ、演歌やブルースは「パクリ」だらけということになるだろうが、そんなことはない。これらは「様式的統一性」という文脈に置かれるゆえ「類似」を見出されるのだ)。「パクリ」とは、制作過程での行為を指し示す「剽窃」と、聴取の側から推察される「類似」との差異を曖昧にしつつ、音楽の間テクスト性をひとしなみに倫理的断罪へと接続するマジックワードなのである。
フレーズの引用やアレンジの模倣、声質の類似やアーティストイメージの模倣など、「パクリ」と名指される現象にはさまざまな水準がある。そのなかにはもちろん、制作者による意図的な剽窃も混じっているだろう。しかし現実には、「パクリ」というタームによって呼ばれるや否や、それらの間の水準差は一括され、訳知り顔に剽窃が結論される。「許されるパクリ」、「許されないパクリ」という倫理的な基準もまた、聴衆の側から恣意的に判断されるだろう。ヒップホップから発生した「元ネタへのリスペクト(尊敬)があるか否か」という観念はこの「許されるパクリ」の判断基準となるが、例えば大瀧詠一はビーチ・ボーイズをリスペクトしているがBユzにはレッド・ツェッペリンへのリスペクトはない、とする聴取者の判断★二には、アドホックな好みに基づく趣味判断以上の根拠はない。

「類似」を「パクリ」と呼び、性急に断罪せんとするこの欲望は何に起因するのか? 宮川淳は、実体の自己同一性に依拠するものとしての「再現」に対し、この自己同一性の間隙とずれとを開示する「類似」を区別した★三。それを受けて原章二は、類似したもの自体の意義を認めず、類似をオリジナルの「再現」、劣化コピーと同一視し下位に置く思考を、近代的知性の自己根拠と考え、そのルーツをデカルトとルソーに見る★四。聴取における「類似」をすぐさまオリジナルの「劣化コピー」と見なし、「剽窃」との倫理的非難を浴びせる「パクリ」言説は、このデカルト的知性のアイデンティティの防御反応にほかなるまい。
多少賢い音楽家であれば、サンプリングやリミックスといった「ポストモダン」な手法でこのデカルトの怒りを回避しようと試みるのかもしれないが、しかしそれも潔くなかろう。高度資本主義下の文化ならばもっとぬけぬけと近代を挑発して欲しいものだ。パクリを指摘する訳知り顔の言説をあざ笑い、その狭量を逆にあからさまにしてしまうような。
かつて椎名林檎の「パクリ」と非難されていたデビュー時の矢井田瞳には、そのような「パクリの訳知り顔」を逆手に取ったイメージ戦略がなされていたように思える。椎名林檎と同じレコード会社に所属する矢井田瞳のデビュー時、「椎名林檎への大阪からの回答」とのキャッチフレーズが付されていたのは有名だ。あらかじめ矢井田は椎名林檎との間テクスト性を仕掛けられて市場に登場した。彼女の「類似」は聴衆に隠されていたのではない。それは聴衆に発見され、「パクリ」との烙印を誘い出すべくあらかじめ準備されたものだ。
それをメッセージ・レヴェルで確認するように、彼女のビデオクリップには「もうひとりの私」、「複数の私」といったモチーフが頻出する。椎名の「パクリ」との印象を決定づけた「ビコーズ・アイ・ラヴ・ユー」は、「ギブス」での椎名林檎を模倣しつつ悪趣味にしたようなチープな衣装と化粧ではしゃぎ歌う矢井田を、もうひとりの矢井田が隣室から覗き見る設定となっている。アングラ文化のガジェットを実存主義的な自己表出に接合した椎名林檎のイメージ戦略を流用し、「取り替え可能なワタシ」の自己演出に奉仕するゴミへとパロディ化する矢井田の姿。それはわれわれ聴衆の日常的な音楽消費の似姿である。オリジナルの侵害に憤激するファンの非難が、実は「パクリ」と同じ欲望に動機づけられていることを矢井田はあからさまにする。彼女は鏡だ。ファンの「パクリ」非難は矢井田に届かず、ファン自身に跳ね返ってくるのだ。
「ビコーズ・アイ・ラヴ・ユー」を音楽テクストの平面で分析するならば、旋律に特徴的な増五度の音(冒頭の「♪〜いつまで〜も」の「で」の音)、主調(長調)と同主音短調が交互に現われる楽曲形式(サビは主調)、それと息継ぎを強調するミックスや声質の類似などを、椎名林檎(「正しい街」など。この曲はキーも同じである)と矢井田のこの曲との共通特性として挙げることができよう。しかし、その程度の様式上の類似が、なぜあれほどまでに激しいパクリ非難の槍玉に挙げられなければならなかったのか? それらの様式上の特性が、Jポップの聴衆たちの感受レヴェルにおいて本質的な差異化の契機を成していたためであろうか。おそらくは音楽学的な分析からはそのような結論が出てくるのであろう。
がしかし、いや、問題はおそらくまったく逆なのだ。その程度の音楽的様式の類似でしかなかったからこそ、矢井田はむしろ激しく「パクリ」との非難を受けなければならなかったのだ。逆転しているのは「ここがこのように似ているからパクリだ」、「いやそれは本質的な個性ではない」というファン対アンチの音楽学的論争のほうである。そのような争いは剽窃の有無とはほとんど関係がないにもかかわらず、矢井田を断罪すべく類似をやっきになって探し出す欲望こそが、「パクリ」と呼ばれる言説の実体を成す。
彼女はその欲望を挑発するだろう。「ビコーズ・アイ・ラヴ・ユー」の途中、矢井田のバックに映るTV画面にサブリミナル的に流れるテロップは順にこうである。「東京株価暴落」、「ストーカー増加中」、「ヒトゲノム解読完了」、「矢井田瞳デビュー」、「阪神優勝」。これが「大阪・クローン娘からの東京・椎名林檎への果たし状」でなくてなんであろう。「アタシもパクリならアンタもパクリ」。「パクリ」を論難する聴衆の欲望とは、アイデンティティを危うくする「類似」に対する自己恐怖の感情に過ぎないことを、矢井田は鮮やかに指摘するのだ。

「パクリ」の言説構造が示すのは、聴衆たちにとっての音楽が彼ら自身のアイデンティティを成す「所有物」と見なされている事態である。「音楽を『所有』するとき、私たちは、音楽を自分自身のアイデンティティの一部分とし、私たち自身についての私たちの感覚の中に音楽を組み入れる」(サイモン・フリス)★五。「パクリ」非難の倫理学は常に聴衆一人ひとりのアイデンティティの欲望と密接に関連している。音楽テクストの類似を実証的に検証する作業は、どこまでいっても「パクリ」の原理を明らかにすることはないだろう。「個性の独自性」が犯される徴候がスティグマとして認知されるや否や、あらゆる音楽実践─聴取上の間テクスト性が「パクリ」というマジックワードに回収されてしまう、ポップ音楽を巡るわれわれの言説編制のねじれの構造。これこそがまず解明されるべきなのだ。


★一──ウィトゲンシュタイン『哲学探求』(『ウィトゲンシュタイン全集8』大修館書店、一九七六)。
★二──枚挙にいとまがないが、一例として都築響一「B'zさん、アクセルの真似は短パンだけにしてね。」(『マルコポーロ』一九九四年一〇月号、文芸春秋)など。
★三──宮川淳『宮川淳著作集 I』(美術出版社、一九八〇)。
★四──原章二『《類似》の哲学』(筑摩書房、一九九六)。
★五──Simon Frith, "Towards an Aesthetic of Popular Music", in Richard Leppert & Susan McClary, eds., Music and Society, Cambridge University Press, 1987, pp.133-149.

>増田聡(マスダ サトシ)

1971年生
大阪市立大学文学研究科。大阪市立大学大学院文学研究科准教授/メディア論・音楽学。

>『10+1』 No.27

特集=建築的/アート的

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>都築響一(ツヅキ・キョウイチ)

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写真家、編集者。