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香水の著作権を望むのは誰だ | 増田聡
Who Wants Copyrights of Perfume? | Satoshi Masuda
掲載『10+1』 No.36 (万博の遠近法) pp.28-29

フランスのティエリー・ミュグレー・パルファン社(以下、ティエリー・ミュグレー社)は、女性用香水「エンジェル」を発売、その独自の甘い香りが評価され、一九九四年度の世界総売上高が一億フランに上るヒット商品となった。それに対しGLBモリナール社(以下、GLB社)は、似た香りを持つ「ニルマラ」を発売した。ティエリー・ミュグレー社は、これが「エンジェル」の著作権を侵害しているとしてGLB社を提訴する。香水は果たして著作権法により保護を受けるべき「著作物」にあたるのか。この裁判は一九九九年に判決が下る。
裁判所は、香水にも「創作性」があるかぎりで著作権法で保護されると判断し、「エンジェル」の著作物性を認めた。かつての裁判では、香水のフォーミュラ(配合組成)は化学物質の選択という産業技術に過ぎないとして、その著作物性を否定されたことがある(被告GLB社はそれを理由に香水の非著作物性を主張した)。だが、フォーミュラではなく香水それ自体は、人間が感覚によって知覚することができる「創作物」であり、保護を受ける著作物の範疇にある、と裁判所は判断した。その上で判決は、「ニルマラ」の発売が不正競争行為にあたるとして、GLB社に製造禁止を命じるとともに、ティエリー・ミュグレー社への損害賠償請求を認めた。嘘のような本当の話だ★一。
裁判所が、香水に著作物性を認めた理由は次の通りである。

一、香水の創作は美的探求の結果であること
二、香水の創作は、あらかじめ決められた製品の製造方法を開発することを目的とした産業上の研究の成果ではないこと
三、香水を再製できる香水のフォーミュラ(配合組成)は、音楽を再生できる楽譜と比較しうること
四、音楽も演奏されると消えてしまうという一時的な性格を持ち、かつ人によって感じ方が異なるから、香りの印象が一時的であって人によって感じ方が異なることは香水の著作物性を認めるにあたって障害ではないこと

著作権概念は、「表現」と「アイディア」の二分法を前提する。アイディアが知覚可能な形に実現されたものが表現であり、著作権の保護はその表現の部分に限定される★二。フォーミュラはアイディアであり、著作権の保護対象にならないのに対して、香水の香りは「表現」に該当し、それがありふれたものではない創作性(美的探求)の結果なのであれば、法により保護される、というわけだ。
音楽との類似性から香水の著作物性を認めることは、純粋に理論的な著作権の概念構成の上からは、(裁判所がそう判決を下した以上は)妥当な立論となるのかもしれない。しかし、文学や美術、音楽といった典型的な著作物と並列に、香水を「著作物」の範疇に加えることは、われわれの自然な直観に反することも事実だ。「創作的な表現」はひとしなみに著作権法の保護の元に置かれるべきなのだろうか。例えば無断でその香りを模倣し、複製し、展示することは禁じられるべきなのだろうか。あるいは味覚に置き換えて考えてみよう。同じ味の料理を作ることが禁じられる?  そのように考えていくと、著作権という観念がもつ、奇妙な姿が浮かび上がってくる。さまざまな記号表現に抵当権を設定し、その使用を束縛する、不気味な自己増殖的観念としての著作権の姿である。

そもそも著作権制度は、出版業の保護育成と検閲を目的とした出版特許制度から発展したものだ。一五世紀半ば、グーテンベルクによる活字印刷術の発明によって、情報が出版物の形で広く流通する契機が準備された。初期の印刷技術の水準では直ちに大量生産が可能であるわけでもなく、またそれまで手書きの写本で伝達されていた聖書などの古典的テクストの出版が主だったため、出版業から生じる利権のありかを問題にしたのは、書物の「作者」(生存する著作者によるオリジナルの著作の出版はほとんど見られなかった)ではなく、そのテクストを書物の形に整え販売する出版者たちであった。
出版特許は、領主や王の検閲を受けた書物について、特許を受けた者以外の者の印刷や出版を一定期間禁止する独占を認め、それを侵した者への罰則や損害賠償などが規定された。最初期の出版特許の例は、一五世紀後半のミラノあるいはヴェネツィアに見ることができる。一五一七年の時点で、ヴェネツィアには二四七人を下らない数の印刷業者が存在したという。イタリアで発生した出版特許は、しだいに周辺諸国へと広がってゆき、ドイツ、フランス、イギリスでも一六世紀初頭には最初期の出版特許の例が見られる。
出版特許制度は、既得権となるに従って、やがて出版者固有の財産的権利と見なされるようになっていった。出版者は、ある書物を出版することによって、同時に別の出版者が同じ書物を発行することを禁じる権利を持つことになる。裁判を通じて出版の独占権理論は発展していき、やがては所有権類似の権利としてcopyright(=出版権)が確立する。著者から原稿を買い取った出版者は、その原稿を独占的に出版する権利を獲得する、と考えられた。すなわち、出版業とは物的財としての書物を生産する産業であり、メディア(媒体)とコンテンツ(内容)は一体のものとして捉えられていた。
だが次第に、メディアとコンテンツを分離し、書物の経済的価値を後者にのみ認め、出版者よりも著者の権利保護に焦点を定める観念──現代的な著作権──が醸成されてゆく。印刷技術の発展により、初期ほど出版業が経済的リスクをともなう事業でなくなったことがひとつの要因であり、またジョン・ロック流の自然権思想の影響により、個人の精神的労働の所産としての「作品」という観念が成立してきたことがもうひとつの要因である。物理的なモノとしての出版物と、その内容(作品)は別の物として区別され、「作者」の作品に対する所有権という観念が登場し始める。
「書物」ではなく、「作品」を精神的労働の所産とし、その権利を著者に認める理論を精神的所有権論と呼ぶ。一七世紀を通じて浮上してきた精神的所有権は、一七〇九年のイギリス著作権法、アン法(Statute of Anne)によって世界で初めて法制化される。また一八世紀の哲学者たちは、出版における所有権について幾度となく論じ、精神的所有権論を洗練させていった。フィヒテは「アイディア/表現」の二分法を主張し、著作権制度において保護される対象を厳密に理論化することで、後の著作権制度の枠組みを準備することになる。
さらに、一八世紀末のフランス革命は、自然権思想とそれに由来する精神的所有権を、確固とした地位に押し上げる役回りを果たした。ロマン主義的な天才崇拝を背景に、個人の精神によって「創造された」精神的産物を保護するという理念の制度化。一七九三年、革命によって廃止されたそれまでの特権認可状に代わる著作権法を提出したラカナルは次のように宣言する。

あらゆる所有権のうちで異論をさしはさむ余地がもっとも少なく、しかも、その所有権を拡大しても共和国における平等を傷つけず、自由の名にかげりを与えないもの、それはまさしく天才の著作物の所有権である。……著作者の所有権を有効に行使することは印刷を手段とした場合にのみ可能であるが、印刷した瞬間に、その所有権は喪失してしまう可能性が生じる。しかしながら、印刷したために文学の著作物の海賊版業者を喜ばせて、著作者の著作物を公有にしてしまうことはできない★三。


出版という複製メディア産業の保護育成から出発した著作権制度は、ここに至って現代的なイデオロギーを獲得する。著作権制度の本質とは、所有できない──物理的に支配できない──記号生産物を、客体物として擬制し、これを独占の対象とするシステムであるが★四、その独占の根拠は、フランス革命時のロマン主義的観念に由来するものだ。記号への人工的な独占──著作権──を設定することは、もはや産業保護ではなく、創造性の保護の名の元に正当化される。
メディアとコンテンツが分離され、コンテンツの中でアイディアと表現が分離される。創作的な表現は、個人の人格に由来する絶対的な所有権に帰属するものであり、侵されることは許されない。現在でも、パクリや盗作、剽窃や海賊版などの「著作権侵害」が、単なる知的財産制度への抵触に過ぎないにも拘わらず、あたかも人権侵害のごとき口調で非難されがちなのは、「表現」の保護というロマン主義的な観念が著作権を領しているためにほかならない。
どの主体に、どういったやり方で独占を認めるかを実際に規定しているのは、国内著作権法およびベルヌ条約やWIPO著作権条約といったさまざまな法令であり、その複雑なメカニズムはすでに常人の理解を拒むものとなっている。しかし確かなことは、ある記号生産物を所有し、独占することを望む者が存在するからこそ、著作権制度の複雑な法システムが要請される、という事実だ。実際、「香水の著作権」裁判も、つねに模倣品に悩まされているフランスの香水産業が、コピー品を抑制する手段として著作権法に訴えたことが容れられた、という色彩が濃い。メディア産業の保護制度として出発した著作権制度は、ロマン主義的な思潮をその根拠として取り込んだ上で、現代的な文化産業の経済構造を支える利権として流用される。「創作的な表現の保護」というロジックは、やがてその起源を忘れ、自己増殖してゆくことになるだろう。
「香水の著作権」は、決して笑い話ではなく、現実である。


★一──井奈波朋子「香水の著作物性──ティエリー・ミュグレー事件」(『月刊コピライト』No.501[著作権情報センター、二〇〇三]二二─二五頁)。
★二──アイディアは著作権によっては保護されない。それは特許によって保護される。著作権と特許の違いを簡潔にまとめると次のようになる。
特許──アイディアや方法を保護、審査と登録が必要、産業に有用な技術や発明を対象とする。
著作権──表現を保護、創作の瞬間に権利が発生(無方式主義)、文化的・芸術的創作物を対象とする。
★三──宮澤溥明『著作権の誕生──フランス著作権史』(太田出版、一九九八)一五─一六頁。
★四──名和小太郎『ディジタル著作権』(みすず書房、二〇〇四)七頁。

>増田聡(マスダ サトシ)

1971年生
大阪市立大学文学研究科。大阪市立大学大学院文学研究科准教授/メディア論・音楽学。

>『10+1』 No.36

特集=万博の遠近法