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アートと建築の越境的動向 | 暮沢剛巳
Transboundary Movement of Art and Architecture | Kuresawa Takemi
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) pp.144-145

本稿が活字になる頃にはすでに開幕しているはずなのだが、「愛・地球博」(以下愛知万博)が一向に盛り上がる気配を見せない。スタジオジブリが「トトロ」の民家を再現するといった散発的なニュースこそ聞かれるものの、景気のいい話はほぼ皆無、会期が近づいていると実感するのは、時折NHKでイメージキャラクターのモリゾーとキッコロを起用したショートアニメを見かけるときくらいのものである。この現実を前に「万博の時代は終わった」という感慨に誘われるのも無理はないが、しかし意外にも、この万博というフィルターを経由することで、今日の美術や建築の動向についても見えてくるものがある。
そもそも「万博の時代」とはいつのことだったのか? 万博の歴史は一九世紀半ばの水晶宮クリスタルパレスにまで遡るが、こと日本においては、たいがいの者は大阪万博が開催された七〇年前後の状況を引き合いに出すに違いない。今となっては、それすらも三〇年以上昔の話だが、椹木野衣の『戦争と万博』(美術出版社、二〇〇五)は、現在の視点から来場者数約六四〇〇万人を記録したこの未曾有の国家的イヴェントに新たな光を当てた意欲作だ。同書が抉ってみせた問題は多岐に渡るが、全体に一貫しているのは六〇年代半ばから七〇年にかけての時期、日本のアートシーン全般に「万博芸術」と呼べる括りが存在していたのではないかという大胆な仮説である。確かに、「具体」、「実験工房」、「メタボリズム」等々の主要メンバーが一堂に会して多くのプロジェクトを実現した大阪万博は、戦後芸術の集大成といった観があり(なお森美術館で開催されている「アーキラボ──建築・都市・アートの新たな実験一九五〇—二〇〇五」展示会場には、大阪万博に関する様々な資料や映像が展示されその束の間の輝きを偲ばせてくれる)、またそこで演出された未来像は、しばしば「万博の時代」の代名詞として語られてきた。だが、当時の世界史的な状況を俯瞰すれば、アメリカやフランスがすでに積極的開催を放棄するなど、国家が率先してスペクタクルを演出する「万博の時代」は七〇年の時点で明らかに終わっていた。ではなぜ日本では万博が例外的な大成功を収めることができたのか?この「後進性」を解明するうえで、重要な意味を帯びてくるのがもう一方の核を為す「戦争」という概念だ。よく知られているように、かつて日本では日中事変の戦局悪化に伴って紀元二六〇〇年博の開催を断念した経緯があり、そのリターンマッチでもあった大阪万博は戦後復興の蓄積を上乗せした成功が至上命題であった。美術、建築、音楽、映像などの諸分野から当代きってのクリエイターが参集した大阪万博はその国家総動員体制において何やら「戦争画」を思わせるし、当時真の意味でその翼賛体制に対抗しえたのは、岡本太郎や糸井貫二(ダダカン)のようなアウトサイダーだけであった……。前著『黒い太陽と赤いカニ ──岡本太郎の日本』(中央公論新社、二〇〇三)や本誌No.36「特集=万博の遠近法」(二〇〇四)でも断片的に披露されていたこの独自の見解は、「殺す・な!」などの活動を通じてイラク戦争にも敏感に反応した著者ならではのものなのだが、会期終了後の万博公園近くで少年時代を過ごし、当時の記憶を濃密に漂わせたレトロフューチャーな世界観にこだわるヤノベケンジ、『戦争と建築』(晶文社、二〇〇三)で「現状では他に大失敗を避ける方法がない」と愛知万博における大阪万博の再現の必要性を強調した五十嵐太郎、パヴィリオンの設計者として関わることになった「みかんぐみ」の曽我部昌史など、万博に強い関心を寄せる面々がこの見解に同調している風なのは興味深い。そういえば愛知万博は、迷走の挙げ句に結局「メタボリズム」の大御所・菊竹清訓を総合プロデューサーに迎えることになった。大阪万博のレトロウィルスは、二一世紀の今も確実に残存していると言えそうだ。

1──椹木野衣『戦争と万博』

1──椹木野衣『戦争と万博』

2──『アーキラボ──建築・都市・アートの新たな実験 1950—2005』(平凡社、2004)

2──『アーキラボ──建築・都市・アートの新たな実験 1950—2005』(平凡社、2004)

万博の変質は、当然のようにそのアート編とも呼ぶべき国際展の変質とも連動している。一人のディレクターの舵取りがモノをいうドクメンタなどに比べて、国家単位での参加を基本とし、会場に各国のパヴィリオンが林立して華やかな賞レースを競うヴェネツィア・ビエンナーレのような従来の国際展は、小回りがきかず、明らかに求心力が弱まっているからだ。二〇〇一年にスタートした横浜トリエンナーレもそうした国際的趨勢から例外ではありえない。後発の宿命で、他とは異なる独自のカラーを打ち出すのに苦労している同展だが、今秋開催予定の第二回は、難航した末にアーティストの川俣正をディレクターに選出、全体の針路を委ねるという異例の体制で実施されることになった。川俣といえば、都市空間を舞台に、ときにはゆっくりときにはスピーディに、美術と建築の境界を攪乱するようなインスタレーションを制作し続けてきたアーティストである。まだ準備段階ゆえ展覧会の全貌は窺い知れないが、おそらくそのディレクションは、アートへの深い感情移入を排除した「アートレス」な感覚や、多くの人々や街をプロジェクトに巻き込み、そのプロセス全体を作品として成立させる「ワーク・イン・プログレス」の手法をフル活用したものとなるだろう。『橋を歩いていく A Walk on the Bridge』(村田真との共著、小学館、二〇〇四)や岡林洋編『川俣正──アーティストの個人的公共事業』(美術出版社、二〇〇四)などの書物を手にとって、その感覚や手法を一考する好機としたい。

再度『戦争と万博』を参照するならば、「環 境エンバイラメント」へのハイライトにも注目すべきであろう。椹木の言う「環境」は「実 験エキスペリメンタル」の次の段階として規定されており、いかにもモダンな「アヴァンギャルド」や「ダダ」よりも、さらにインターメディア的な性格の強い表現形態に対応しているのだが、とすればその射程は極めて現代的なものだとも言えるだろう。その典型が、例えばジェームス・J・ギブソンが提唱した「アフォーダンス」という概念だ。ごく大雑把に言えば、人間の周囲を包み込むすべてのモノを一種の「情報環境」に見立てる生態心理学の立場なのだが、日本におけるその第一人者と目される佐々木正人は、この概念を自在に駆使して、近年活躍が目覚しい畠山直哉の写真や塚本由晴の住宅を鮮やかに解釈してみせた。『レイアウトの法則──アートとアフォーダンス』(春秋社、二〇〇三)や『デザインの生態学──新しいデザインの教科書』(後藤武+深澤直人との共著、東京書籍、二〇〇四)で発揮されているその視点は、美術と建築の境界に介入する川俣や中村政人の仕事にも、新しい「かたち」を目指すユニヴァーサルデザインにも、さらにはサイバースペースを舞台とするメディア・アートにも応用可能なものだろう。「情報環境」に独自に介入しようとした思考の試みとしては、なぜかトイレットペーパー版まで刊行されてしまった荒川修作+マドリン・ギンズの『建築する身体──人間を超えていくために』(河本英夫訳、春秋社、二〇〇四)も挙げられるだろうが、含蓄の多い特有の言い回しを苦心の末に日本語に置き換えた訳者の導きに従うなら、彼(女)らの理論やプロジェクトを理解する手がかりとしては、行為目標としては、同じものを目指しているオートポイエーシス」のほうが適切であろうか。

3──荒川修作+マドリン・ギンズ『建築する身体──人間を超えていくために』

3──荒川修作+マドリン・ギンズ『建築する身体──人間を超えていくために』

書評を軸としてここ数年のアートと建築の越境的動向をレヴューすること。適切な書物が容易に思い浮かばないこともあって作業は当初の予想よりもはるかに難航、果たしてこの一文が与えられた課題への適切な答え足りえているか甚だ心許ないのだが、刺激的な最新動向の一例として、高橋匡太の《新宿サザンビートプロジェクト》をごく手短に紹介することによってとりあえずの結びとしたい。高橋は今までに屋内外でさまざまなライティング・プロジェクトを行ない評価を得てきた若手作家だが、今回は新宿駅南口の仮囲いをライトアップする大胆なインスタレーションを試みた。これは周辺地区の基盤整備事業の一環を成すプロジェクトで、仮囲いの壁面にはこの地域の開発の変遷を振り返ったパネルが展示されているのだが、その真上で煌々とともっている蛍光灯は、むしろ未来を照らし出すかのようだ。厳密な規則性と都市空間への寄生的な介入とが同居したこのプロジェクトに、私は万博が演出したスペクタクルとは明らかに異質な未来像を見るような思いがする。

*この原稿は加筆訂正を施し、『「風景」という虚構──美術/建築/戦争から考える』として単行本化されています。

>暮沢剛巳(クレサワ・タケミ)

1966年生
東京工科大学デザイン学部。東京工科大学デザイン学部准教授/美術批評、文化批評。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>椹木野衣(サワラギ・ノイ)

1962年 -
美術評論。多摩美術大学美術学部准教授。

>戦争と万博

2005年1月1日

>メタボリズム

「新陳代謝(metabolism)」を理念として1960年代に展開された建築運動...

>戦争と建築

2003年8月20日

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年 -
建築史。東北大学大学院工学研究科教授。

>みかんぐみ(ミカングミ)

1995年 -
建築設計事務所。

>曽我部昌史(ソガベ・マサシ)

1962年 -
建築家。みかんぐみ共同主宰、神奈川大学工学部建築学科教授。

>アフォーダンス

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが創出した造語で生態心理学の基底的...

>塚本由晴(ツカモト・ヨシハル)

1965年 -
建築家。アトリエ・ワン共同主宰、東京工業大学大学院准教授、UCLA客員准教授。

>後藤武(ゴトウ・タケシ)

1965年 -
建築家。後藤武建築設計事務所主宰。

>オートポイエーシス

自己自身の要素を自ら生み出し、自己を再生産する自己組織化型のシステム。神経生物学...