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過防備都市1──情報社会はいかにわれわれを管理するのか | 五十嵐太郎
Fortified Cities 1: How does the Information Society Control Us? | Igarashi Taro
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) pp.217-224

二重の網目をはりめぐらす、セキュリティ・ネットワーク

全国の子持ちの皆さん! 自分の息子や娘が犯罪に巻き込まれたり、逆に犯罪を起こしたりするんじゃないか不安じゃありませんか。あたし、室井佑月は東京の治安をよくし、若者に夢を与えることを約束します。
『東京新聞』一〇月八日

 
作家の室井佑月は、「バーチャル総選挙」という新聞のコーナーにおいて、自らが立候補した場合の公約を次のように要約している。「一、国会議員の財産は一代限りに。二、一〇代のボランティアを義務化。三、警察官を大幅に増員します」。第一の公約は、治安のいい場所が高級住宅街になっていることへの疑問から導かれたものだ。第二の公約は、潜在的な犯罪者であるティーンエイジャーを災害救助や老人介護などのボランティア活動で働かせること。第三の公約では、「治安の速効回復には、やはり『警察官の増員』です」と断言する。彼女によれば、住民基本台帳ネットワークが導入されたのだから、一般の公務員を半分に減らし、警察官をもっと増やす。そして若手の自衛隊員も警察官にまわし、二四時間パトロールを各地で行なわせる。おそらく彼女は、特定の政治信条を持たないと思われるが、それだけに一般人の感覚としての治安への強い関心がうかがえるだろう。今や国民にとって、セキュリティが最大の問題なのだ。ちなみに、実際、警察庁は日本の治安回復を掲げ、二〇〇四年度から三年間で警察官を一万人増員するプログラムを発表した。
一一月の衆議院の総選挙でも、各党が政権公約/マニフェストにおいて治安の回復を挙げていた。自民党は、犯罪のない「世界一安全・安心な国」を唱え、「凶悪犯罪の激増、検挙率の著しい低下など、悪化する治安情勢に対処するため、五年で治安の危機的現況を脱出することを目標に捜査・検挙能力の強化、出入国管理体制の強化等、総合的な治安対策を緊急に実施する。また五年で不法滞在外国人(二五万人)を半減させる」という。民主党も、「犯罪に厳しく対処し、安全な地域を取り戻します」と記し、第一に「警察官の三万人増員により、落ち込んだ検挙率を回復させます」、第二に「仮釈放のない『終身刑』を創設し、凶悪犯罪の罰則を強化します」と具体的な対策を説明する。保守新党は、「世界一安心・安全な国・日本の復活を目指します」と述べて、「警察官など治安関係職員の大幅増員。外国人犯罪の防止、公園などにおける防犯基準の策定など犯罪予防のための街づくり。地方公共団体の治安補助業務を行うセキュリティーキーパー制度の創設」などを謳う。公明党は、食の安全を確保するため、トレーサビリティの拡大を唱える。
かつて世界一安全だと言われた日本。欧米が犯罪の増加に苦しんでいたにもかかわらず、一九七五年まで日本の成人犯罪は減少していた★一(ただし、少年犯罪は増加を続けていた)。当事の犯罪白書は、その理由として、島国ゆえの民族や文化の統一性、家族や企業の強い連帯性、調和を重視する伝統的な精神、銃器に対する国民的な拒否意識などを挙げている。だが、そうした「安全神話」は崩壊した。現在、犯罪は七年連続で戦後最悪の記録を更新し、昨年は二八五万件に達している。例えば、全国の侵入盗は、一九九七年に二二万件だったのが、二〇〇二年は三四万件を超え、五年間で一・五倍に急増している。国外ではテロや戦争が相次いでいるが、国内でも情勢の不安が進行している。
かくしてセキュリティの問題がメディアをにぎわせている。二〇〇三年五月、警視庁のホームページが犯罪発生マップを公開したことも、そうした状況に拍車をかけた。例えば、『週刊朝日』六月二〇日号の「東京・大阪 あなたの街の『犯罪データ』」、『SPA!』七月二九日号の「TOKYO『犯罪多発地帯』マップ」、『週刊文春』七月三一日号の「あなたの町の少年犯罪データ」、『SAPIO』八月二〇日/九月三日号の「日本の『国防&治安』あんど大革命」など、週刊誌が相次いで特集を組んでいる。おそらく売れているからだと思われるが、特に『YOMIURI WEEKLY』は、犯罪特集を繰り返し、四月二七日号の「東京二三区別データを独自集計 あなたの町の『危険度』教えます」、六月八日号の「犯罪データ首都圏版」、七月二〇日号の「狙われる住宅街 危険な町はここだ!」八月一〇日号の「あなたの子どもはここで狙われる」、一一月一六日号の「外国人犯罪マップ」というふうに、五回の特集を組んでいる。興味深いのは、いずれも場所のデータを示しており、犯罪への恐怖心と地図的な想像力が分かちがたく結びついていることだ。
メディアが煽る犯罪特集によって、仮想の内戦が演出されているかのようだ。そして不安になったわれわれは、防犯の情報を望むようになる。例えば、『読売新聞』のPR版『スクープ』二〇〇三年八月号では、トップページにおいて「読売新聞は、『治安再生』のタイトルで、安心して暮らせる社会を取り戻すためにはどうしたらよいか、いかにして自分の身を守るか、さまざまな防犯上のアドバイスを盛り込んだ記事を随時掲載しています」とアピールしていた。建築専門雑誌の『日経アーキテクチュア』でも、新規の年間購読者に「防犯設計 基本と実践」という五回の連載をまとめた『防犯の設計の基本と実践』を特典としてプレゼントしていた。今後建築家への施主からの防犯設計の要求も高まっていくだろう。
二〇〇三年、石原慎太郎都知事は、東京の治安防災担当の副知事として警視庁キャリアの竹花豊を起用した。異例の事態である。現在、犯罪に怯える都市では何が起きているのか。第一に監視カメラの増加だろう。例えば、四四人の犠牲者をだした新宿歌舞伎町の雑居ビル放火事件を受けて、二〇〇二年に五〇台の監視カメラが公共空間に設置された。警察だけではない。一般の家庭も、ホーム・セキュリティのシステムに自ら加入する。都市は防犯のための情報ネットワークを構築していく。第二、各地の自治体が、防犯のために、隣人の目を強化すべくコミュニティを再生している。犯罪発生マップの公表に衝撃を受けた世田谷区では、二四時間パトロールを開始した。警察だけに頼らず、自警団やガーディアン・エンジェルスなど、民間の自衛組織が増えている。すなわち、監視カメラという現代的な管理と、古い共同体の復活が同時進行しながら、二重の網目をはりめぐらす。今回の論考では、主に前者を論ずることとして、後者は次回の連載に委ねることにしよう。

遍在する監視カメラ

二〇〇三年七月、長崎の一二歳中学一年生による男児殺害事件では、商店街のアーケードで記録された防犯ビデオの映像が手がかりとなって、犯人が逮捕されたことが注目された。事件解決の記者会見において、警察庁長官の佐藤英彦は、「防犯カメラは目撃者のかわりになる」と語ったという。またJR日暮里駅で会社員が男性に殴られ重体になった事件でも、五〇〇本のテープを分析し、犯人を割り出した。後から調べると、たまたま犯罪者が映っていたわけだが、当然ながら、都市を行き交う犯罪者でない膨大な人間も、その情報のアーカイヴに蓄積されていたのである。すなわち、駅や商店街など、われわれはすでに都市空間のさまざまなところで映像として記録されているのだ。
新宿歌舞伎町に続き、渋谷のセンター街や池袋駅西口の繁華街でも、警察の監視カメラを取り付けることが決まり、治安という名目で公共空間に警察の目が進出している。今年度、警視庁は、事件が多発していた銀座の中央通りと外掘通りに囲まれた地区に、カメラと非常ベルと緊急通報装置を備えたスーパー防犯灯を八基設置するという(『東京新聞』八月三日)。と同時に、無人化した旧銀座八丁目交番を撤去する予定であり、街に増殖する無人サラ金と同様、有人の交番から機械の目に移行する方向性がうかがえる。スーパー防犯灯は、世田谷区などの住宅地を中心に増えていたが、都心の繁華街における導入は初の事例だという。また国会周辺にも監視カメラが設置されている。
今や日常的な都市のインフラと化したコンビニにも、警察が入り込む。名古屋市港区のサークルK土古店では、警察の予算によって店外を映すドーム型の監視カメラが配備され、所轄署へのデータ伝送を行なう。コンビニの予算ではないし、店内を映すわけではないから、万引きや強盗の対策というよりも、そこにたむろする人間の記録が目的なのだろうか。将来、愛知県警では、県内のすべてのコンビニ二五〇〇店に同じシステムを設置する予定だという。ジャーナリストの斎藤貴男によれば、「警察庁は、全国津々浦々に点在するコンビニ店舗を交番に次ぐ第二の防犯拠点とするための政策を進めてきている」★二。コンビニと交番は、いずれもネットワーク的な機構をもつが、その合体とでもいうべきか。
むろん、カメラの増加がもたらす、プライヴァシーの問題やデータの濫用は指摘されている。だが、法学者の前田雅英は、「安全で安心な街を作るためには、そのような犠牲は、合理的な範囲内であるならば甘受せざるをえない。そう考える国民が増えてきているのである。マスコミの反応も非常に好意的で、正面からの批判記事を掲げたのは雑誌二誌のみであった」という★三。なるほど、実際に事件の解決に成果をあげている。そして監視の目は一方的に押し付けられるものではなく、われわれが自ら望んでいるものかもしれない。民間でも積極的に監視カメラを導入しているからだ。ややもすると、誰かに見られていることよりも、誰にも見られていないことのほうが不安なのである。それはインターネットやケータイの普及により、つながっていることが平常となり、つながっていないことが不安になるのと似ているかもしれない。我見られるゆえに、我あり。遍在する監視カメラは、主体のあり方も変容させるだろう。
今年、JR錦糸町駅南口では、犯罪の続発が街のイメージを悪くすることを嫌い、錦糸町商店街振興組合が二一台のカメラを設置した。JR小岩駅周辺でも、地元町会と商店街が三月に六〇台のカメラを導入し、日本語・中国語・韓国語・英語の四カ国語で「防犯カメラ」と記している。その際、住民が五〇〇円のワンコインを集める運動を展開したという。JR赤羽駅前の商店街も、犯罪が増えたことから、五月にカメラを設置した。警視庁赤羽署の幹部は、その理由を「防犯カメラの影響で減った新宿の犯罪が、その外側の地域に移っているため」と指摘し、「犯罪は、防犯カメラが未整備なところに流れている」という(『読売新聞』七月二二日)。いわば、犯罪の玉突き現象である。
自治体が商店街の防犯カメラ設置に補助金をだす事例も増えている(『朝日新聞』一〇月二〇日夕刊)。例えば、東京都は「新・元気を出せ!商店街事業」によって、浅草の仲見世を含む一四の商店街に対し、防犯カメラの費用の三分の一を負担した。総額四三〇〇万円である。アーケードや共同駐車場をつくるための「商店街共同施設設置助成」でも、カメラを設備のひとつと解釈し、各地で手続きが行なわれるという。しかし、本来は振興目的の制度であるために、それが防犯のために使われることに疑問の声も出ている。もちろん、カメラによって治安が良くなれば、商店街の振興につながると考えることは可能だ。ともあれ、監視カメラは地元商店街の標準装備になりつつある。
監視カメラの市場は、世界的に拡大を続け、二〇〇三年には三五〇万台、二〇〇五年には四五〇万台に成長する見込みだ。アメリカでは、年間二〇〇億円を超える市場となり、現在一一〇〇万台が出まわっている。日本でも、三年程前から利用者の裾野が広がり、ある大手メーカーによれば、「日常監視用として、鍵を強化する感覚で注文する客が増えている」という(『朝日新聞』八月二六日)。国内メーカーは、松下電器産業が三割強でトップ、日立製作所、三菱電機、日本ビクターが一割弱で続くが、韓国のメーカーも参入している。セキュリティ産業は有望株なのだ。またコニカミノルタも、カメラの技術を生かし、監視カメラの産業に進出するという(『日本工業新聞』八月二〇日)。
都市は監視カメラ依存の社会に移行している。杉並区が実施した監視カメラに関する区民意識調査によれば、カメラが「必要でない」とはっきり答えたのは、わずか四パーセントだったという(『朝日新聞』九月二五日)。ある対談において、橋爪大三郎が「不安がまずあり、監視カメラが求められるという順番だ」と言うのに対し、小倉利丸はこう反論している。「私は逆に監視カメラこそが不安を生み出すと考える。カメラが設置されること自体、そこに不安があるというメッセージとなり、不安の原因となる。監視カメラ市場が急速に拡大している。不安が商品化され、外国人や若者を根拠なく危険視する風潮を市場やビジネスが支えてしまっているのではないか」、と★四。ある場所に監視カメラが設置されると、それは潜在的な危険があるというサインとして機能する。だからといって、監視カメラがない場所が不安を喚起しないわけではない。あそこに監視カメラが存在するのに、ここにないとすれば、その差異によって、やはり不安をかき立てるだろう。

住宅というハイテク戦場

二〇〇三年五月、ビックカメラの有楽町店では、地下のセキュリティ商品コーナーが一階に移動した。売れ筋の家電製品になったからである。専従担当者も一年前から置いたという。洗濯機や炊飯器からテレビやビデオへ、そして防犯グッズが新しい三種の神器に入ろうとしているのだ。もっとも、監視カメラなどの高額の防犯商品は、侵入盗が急増した二〇〇一年と二〇〇二年にかなり売れたことで、だいぶ普及し、現在は低額の防犯グッズが売れ筋になっているという(『日本経済新聞』一〇月五日)。
では、どのような監視カメラが商品化されているのか。例えば、テルスターの総合カタログは、表紙に「あなたは今、『不安』ではありませんか?」というメッセージを掲げ、三四頁にわたり、音声マイクも内蔵した「屋外用防滴型カメラ」や、雰囲気を損なわないタバコよりも小さい「ドーム型カメラ」など、さまざまなカメラを紹介する。そして商品の導入事例としては、店舗・事務所、家庭の室内外、文教施設、老人ホーム、物流倉庫などを挙げている。つまり、都市のあらゆる領域が想定されているのだ。「本格派防犯監視カメラ」でも、価格設定は六万円台が主流となっており、確かに家電感覚で入手できる。モニターやレコーダーを入れても、家庭で買えない金額ではない。
そのカタログで興味深いのは、「とにかくローコストに防犯したい!という方へ警戒効果抜群」の「ダミーカメラ」である。通常であれば、まがいものは別のメーカーが製造するものだが、同じメーカーがダミー商品も掲載しているのだ。これはカメラにとって録画機能は二次的なものであり、むしろその存在ゆえに、防犯効果をもつことを端的に示す。ダミーカメラは、「暗い場所でも威力を発揮するLED点滅で、威嚇効果をアピール!」、「さらに効果絶大の防犯ステッカーを付属!」と謳う。だが、一五×一五ミリの「超小型カメラ」のように、その存在を気づかれない商品もある。盗撮に悪用されることも考えられるが、高級店舗において客に配慮する使い方もあるだろう。
住宅展示場や家電の量販店では、ホームセキュリティのパンフレットも常備している。例えば、セコム・ホームカメラシステムでは、ホームモニターを留守モードに設定しておくと、センサーが感知したときに自動撮影した画像を後からチェックできる。最大で三台まで設置可能であり、外出中の不審者を記録することによって、泥棒の下見も察知できるというわけだ。センサーライトは、一定の検知エリアに人が入ると、その体温を感知し、自動的にライトを点灯させる。ほかにも、セコム・ホームセキュリティの機器リストを眺めると、シャッターの開閉異常を感知するシャッターセンサー、ガラスの破壊を感知するガラスセンサー、窓からの侵入を感知するジャロジーセンサー、室内の急激な温度上昇を感知する熱センサー(差動式)、六五度以上の室温を感知する熱センサー(定温式)、低濃度のガス漏れも感知するガスセンサー、煙を感知する煙センサーなど、目的に応じてさまざまなタイプの商品が揃う。またセコム・ホームセキュリティのシステムは、オンラインのネットワークによって、異常が発生すると、非常信号をセコム・コントロールセンターに送り、デポ(緊急発進基地)から緊急対処員が急行する。
もともとセコムは、一九六二年に設立した日本初の警備会社であり、東京オリンピックの警備を担当したことを契機に実績をあげていく★五。当初は、巡回警備や常駐警備など、人間の力によるプリミティヴな警備を行なっている。機械による警備システムは、一九六六年に開発されたが、しばらくは金融機関や公共施設、あるいは企業が主な受注先だった。しかし、現在はテレビのコマーシャルも放映しているように、家庭向けのホームセキュリティの分野が伸びている。つまり、セキュリティ産業は、オリンピックという国家的なイヴェントから民間の会社、そして個人の住宅へとターゲットを移している。そしてシステムの発達も情報化の流れと連動している。セコムのホームセキュリティは、一九九五年の六万戸から二〇〇二年の二五万戸へと四倍に急増した。さらにハイテク武装した集合住宅の開発にも取り組んでいる。
監視の対象は、外からの侵入者だけではない。例えば、松下電工のセキュリティシステムでは、カラーカメラ子器の「おすすめ設置場所」として、「小さなお子様の部屋」や「お年寄りの部屋」を挙げている。目が離せない保護すべき家族も、違う部屋からカメラの目にさらされる。東芝のホームセキュリティでは、外出時に異常を感知すると、あらかじめ登録された電話に自動通報する仕組みになっている。最大五カ所が登録可能であり、携帯電話にかかるようにしておけば、いつ、どこでも自宅の緊急事態を知ることが可能だ。また警備のセットを忘れても、携帯電話やIP電話から暗証番号を入力し、警備のセットと解除を操作できる。
ネットワークによって、住宅と接続された家族。ASSA-365というセキュリティシステムでは、防犯センサーが作動すると、指定先に自動通報した後、外部から自宅に設置したコントローラと通話可能になる。パンフレットでは、「どろぼう出ていけ!!」と叫ぶ女性の写真を掲載しているが、侵入者に対し、「肉声で威嚇」することを想定したものだ。ドコモの「FOMA」は、動画機能を活用し、携帯電話をリモコン代わりに使い、外出先から自宅の防犯カメラを操作する新サービスを導入する(『中日新聞』七月三日)。通信によってカメラの向きを上下左右に動かし、留守宅の様子を携帯電話の画面に映す。ガスの元栓の閉め忘れまで確認できる解像度をめざしているという。
将来、セキュリティのネットワークシステムは、水道、電気、ガスに続く、住宅の主要なインフラになるかもしれない。

ケータイという監視装置

現在、日本の二人に一人以上が携帯電話を使用している。二〇〇〇年一一月にJ─フォンがカメラ付き携帯の第一号機を発売して以来、機能も進化し、画質は一一万画素から一〇〇万画素に、表示は二五六色から二六万色になった。日本の携帯加入台数七七〇〇万台のうち、三〇〇〇万台がカメラ付きである。ケータイの販売数の九割がカメラ付きのディスカウント量販店もあるという。誰もがカメラを日常的に持ち歩く時代に突入した。大阪府警は、「画像一一〇番」というシステムを開設し、カメラ付きケータイで撮影した犯罪の目撃情報を収集している。街を移動する一人ひとりが、監視カメラと同化するのだ。しかし、こうした状況は治安だけに貢献しているわけではなく、一方で盗撮や裸にして撮るといった悪質ないじめの急増ももたらす。
ケータイは、緊急時の情報インフラとしても期待されている。ドコモでは、二〇〇四年一月から、災害時に携帯電話で安否確認ができる「iモード災害用伝言板サービス」を開始するという。震度六弱以上の地震が発生すると、iMenuに伝言板を設置し、自分の状態を書き込むと、遠隔地からその安否の情報を確認できる。これは輻輳と呼ばれる通信の集中により電話がつながりにくくなる現象を防ぐことも目的にしている(『朝日新聞』一〇月一九日の広告特集)。ドコモでは、品川のネットワークテクニカルオペレーションセンターで、ネットワークの状況を二四時間リアルタイムで監視し、通信をコントロールすることによって、輻輳の発生を事前に防止するという(これも通信のセキュリティ)。ちなみに、インターネットを利用した安否情報システム「IAA」(アイ・アム・アライブの略)は、阪神大震災を契機に開発されたものだが、やはり回線の混雑に強いことを特徴としている。これは世界中からアクセス可能であり、一分間に一〇〇〇万件の情報を処理する。
移動できる通信装置は、所有者の位置を確認するシステムとしても使われる。ココセコムでは、人工衛星のGPSと携帯電話の基地局を利用する測位補完システムによって、誤差の範囲は五─一〇メートル以内という位置検索システムを実現した。装置は、持ち運びの負担にならない小さなサイズだが、こうした機能を内蔵した携帯電話も用意されている。これも「地震発生!今すぐ家族の安否を確かめたい……そんな方々の不安に応えます」という触れ込みで、パンフレットが作成されている。
天災だけではない。二〇〇三年には子供の連れ去り事件が多発し、長崎の男児殺害事件は親に多くの不安をもたらした。ドコモの「いまどこサービス」は、PHSの位置情報サービスを利用したものだが、その専用小型端末として「P-doco?mini」が発売されている。これをランドセルに入れ、自宅のパソコンや携帯電話でチェックすれば、子供の居場所がわかるという仕組みだ。新潟県村上市では、全小中学生に対して民間警備会社の位置情報検索システムへの加入を斡旋し、費用の補助も行なうことを決定した(『読売新聞』一〇月二日)。警備会社と基本料金の値下げも交渉している。そして遠距離通学や帰宅が遅くなる家庭で、二〇〇─三〇〇人がシステムに加入することが想定された。
一九九〇年にジル・ドゥルーズは、新しい管理社会の状況をいち早く予言していた。「社会はもはや規律型とは言いきれないものになっているのです。(…中略…)管理社会は監禁によって機能するのではなく、不断の管理と瞬時に成り立つコミュニケーションによって動かされている」、と★六。規律型の社会は、ミッシェル・フーコーが議論したベンサムのパノプティコンのシステムによって説明される。それは空間のメタファーを活用していた。しかし、管理型の社会はそれが通用しない。また彼は、「君主型の社会には単純な力学機械を、規律型にはエネルギー論的機械を、そして管理社会にはサイバネティクスとコンピュータをそれぞれ対応させることができる」という。物理的な拘束のメカニズムではなく、絶えず接続されたコミュニケーションによって、われわれは管理される。定期的なチェックを行なう試験から、いつも見られているという平常点がゆるやかに縛るのだ。

データ化される身体

ドゥルーズは、監禁から管理への移行を指摘しつつ、以下のように対比する。「監禁は鋳型であり、個別的な鋳造作業であるわけだが、管理のほうは転調であり、刻一刻と変貌をくりかえす自己=変形型の鋳造作業に、あるいはその表面上のどの点をとるかによって網の目が変わる篩に似ている」★七。また規律が鋳造貨幣だとすれば、管理は変動相場制の数字になろう。彼は、規律社会の権力が、群れの形成と個人の形成を同時に行なったのに対し、管理社会では群れと個人の対ではなく、「分割不可能だった個人(individus)は分割によってその性質を変化させる『可分性』(dividuels)となり、群れのほうもサンプルかデータ、あるいはマーケットか『データバンク』に化けてしまう」と論じていた。個人も群れも、データとして採取される管理社会とはいかなるものなのか。
身体を情報化するバイオメトリクス(生体認証)は、今後のセキュリティを見据えるうえで、重要なテーマだろう。二〇〇二年、テロリストの侵入に怯えるアメリカでは、「国境警備強化・ビザ入国改正法」が成立した。これは二〇〇四年一〇月二六日以降、パスポートにバイオメトリクスの情報を入れないと、ビザの相互免除の対象にしないという方針を決めたものである。身体の痕跡をデータ化するバイオメトリクスは、本人をアイデンティファイするための究極のデータなのだ。
安全管理の需要が高まり、欧米に立ち遅れていたバイオメトリクス装置の開発競争は、日本でも激しくなっている(『朝日新聞』九月二日)。その国内市場も、数倍に膨れあがる見通しだ。二〇〇三年九月一日、日立製作所は、指の静脈によって、本人を認識できる新製品を発表している。血管の膨張・伸縮、あるいは指の置き方が変わっても、読み取れるというものだ。そして三菱電機は、指の内部の指紋を読みとる技術を開発している。例えば、大阪市東成区のワンルームマンションは、三年前に二五戸すべての錠を指紋認証方式に換えたという。保有者によれば、「取り換え費用はこちらもち。安心料と考えました」と語っている(『朝日新聞』六月一六日)。むろん、バイオメトリクスは、侵入目的で、指を切断したり、眼をえぐるといった新しいタイプの犯罪も誘発するだろう。
東芝やNECでは、顔の照合装置をすでに製品化した。顔認識の技術としては、アメリカのアイデンティクス社のフェイス・イットが知られているが、一分間で六〇〇〇万人のデータを照合できるという(『朝日新聞』六月一八日)。すなわち、日本人全員を登録していても、二分で特定できるわけだ。膨大なアーカイヴから検索を瞬時に行なう、コンピュータがなければ、実用不可能な技術である。人間にとって、無意味なデータの照合作業は苦痛だろう。逆に言えば、大量の情報を扱えるコンピュータの特性を考えたとき、セキュリティは、ちょうどいい使い道になるのだ。したがって、情報管理社会の到来は、その能力をもてあましたコンピュータの暇つぶしのようにさえ思えてくる。
二〇〇一年、アメリカのフロリダ州では、スーパーボウルでにぎわうスタジアムにカメラを設置し、一〇万人の観衆の顔をスキャンし、顔認識システムを使用する実験を試みた。顔の八〇カ所以上を計測し、その数値をデータベースに照らし合わせて、特定の人物を探す。スタジアムで得られたデータは、コンピュータに接続され、各種の機関がもつ犯罪者データのアーカイヴから、一九人の要注意人物がヒットした。その後、警察は市内の繁華街のカメラも、三万人の犯罪者や家出人のデータベースに繋いだという。似顔絵ではない。身体の特徴は、断片的な数字としてデータ化され、常にアーカイヴに送り込まれる。さらにワシントンの警察は、市内にある二〇〇台以上のカメラを統合するシステムを検討中だという。将来的には、自動車のナンバーを読みとり、その走行経路の追跡も可能にしたNシステムと同様のことが、人間に対しても可能になるだろう。さらにICタグ(電子荷札)があらゆる商品に搭載されれば、持ち物も特定できるはずだ。
顔認証を開発するニコンシステム第一営業部の岡田啓治は、「将来は、年齢や男女識別ソフトと組み合わせて商業施設に来る人の年齢調査、表情識別ソフトと組み合わせて広告をみた人の反応把握など、マーケティング分野への応用が可能ではないか」と語る(『AERA』八月四日)。すでにこうした状況は、近未来の監視社会を題材とした映画『マイノリティ・リポート』でも描かれていた。例えば、虹彩スキャンにより、あらゆる看板が歩行者を特定し、その人に適した情報を伝えてくれるのだ。つまり、Amazon.comのおすすめ商品のシステムを、都市の広告が行なう。ちなみに、監視カメラも防犯以外の使い方がなされている。ある企業では、カメラを社内LANでつなぎ、映像をリアルタイムで本社に送り、客の動きを解析し、商品の配置やレイアウトに反映させているという。
東浩紀は、ドゥルーズを参照しつつ、近代における規律訓練型権力が価値観の共有を基礎原理にしているのに対し、ポストモダン社会の環境管理型権力は多様な価値観の共存を認めていると指摘していた★八。杓子定規な制限を課すのではなく、フィルタリングによって、個別に異なるレヴェルの自由を与えること。後者のシステムは、群集をスキャンしつつ、個人の特定を同時に行なうテクノロジーによって支えられる。狂牛病騒ぎによって導入された食肉のトレーサビリティは、大量の流通品でありながら、個を特定できる追跡のシステムだが、これも管理型の権力と言えよう。つまり、潜在的な危険を有する家畜のように、人間が扱われることなのだ。
最後に再度、ドゥルーズの驚くほど正確な予言を引用しよう。

保護区内の動物や(エレクトロニクスの首輪をつけられた)企業内の人間など、開かれた環境における成員の位置を各瞬間ごとに知らせる管理機構を思い描くことができる。フェリックス・ガタリが空想していたのは、決められた障壁を解除するエレクトロニクスのカード(可分性)によって、各人が自分のマンションを離れ、自分の住んでいる通りや街区を離れることができるような町である。しかし決まった日や決まった時間帯には、同じカードが拒絶されることもあるというのだ。ここで重要なのは、適法の者だろうと不法の者だろうと、とにかく各個人の位置を割りだし、普遍的な転調をおこなうコンピュータなのである★九。


彼のヴィジョンは、もはや想像ではなく、現実になりつつある。そして、こう述べていた。「私たちがなにかの始まりに立ち会っている」、と。


★一──前田雅英『日本の治安は再生できるか』(ちくま新書、二〇〇三)。
★二──斎藤貴男「監視カメラと市民権」(『論座』二〇〇三年九月号、朝日新聞社)。
★三──同★一。
★四──「監視する社会」(『朝日新聞』八月二九日)。
★五──横浜国立大学大学院建築学コース+五十嵐太郎スタジオ『SECUNE』(二〇〇三)。
★六──ジル・ドゥルーズ「管理と生成変化」(『記号と事件──一九七二─一九九〇年の対話』[宮林寛訳、河出書房新社、一九九二])。
★七──ジル・ドゥルーズ「追伸──管理社会について」(『記号と事件』)。
★八──東浩紀×大澤真幸『自由を考える──九・一一以降の現代思想』(NHKブックス、二〇〇三)。
★九──同★七。

*この原稿は加筆訂正を施し、『過防備都市』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>『10+1』 No.33

特集=建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア

>東浩紀(アズマ ヒロキ)

1971年 -
哲学者、批評家/現代思想、表象文化論、情報社会論。

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...

>大澤真幸(オオサワ・マサチ)

1958年 -
社会学。京都大学大学院人間・環境学研究科。

>過防備都市

2004年7月