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ポスト=古典主義としての現在 | 日埜直彦
Modernity, as Post-Classicism | Hino Naohiko
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) pp.40-42

すくなくとも近代の成熟期にいたるまで、近代主義には一定の規範が存在し、機能していた。しかしあらためて考えてみると、そうした近代主義の規範はおよそ信じがたいほどに古典的である。「六八年」に崩壊したものとは、最も広義に言えばこの古典性ではないだろうか。それは比喩でもなんでもなく、文字通り古典的なのである。

例えば近代主義における機能主義の規範のルーツをたどれば、ソクラテス(B.C.470─B.C.399)やプラトン(B.C.428─B.C.349)あたりの古代ギリシャの哲人たちの思想にまで行き着く。その時代にすでに、有用性にかなうもの、モノの機能にふさわしく作られているものは美しい、という主張が見られる。クセノフォーンはソクラテスが次のように語ったことを伝えている。

ものは全てその目的に見事にかなっていれば美にして善であり、まずく出来ていれば醜にして悪だからだ。(…中略…)あらゆる季節を通じて常に心地よい避難の場所であり、そして自分の財産をもっとも安全にしまっておくことの出来る家が、おそらくもっとも心地よいと共にもっとも美しい住居であろう。壁画とか漆喰装飾とかはどうやら心地よさを与えるよりもむしろ奪うほうが多いのだ★一。


機能主義的な美学は、さしたる理由もなく信じられているように近代という時代に特有のものではなく、むしろおよそ二四〇〇年前から規範として機能してきた。いかに古代の神殿が装飾的・様式的に見えたとしても、それはその機能においてふさわしいのであり、それは工場が工場の機能にふさわしく見えるのと事情はさほど変わらない。機能という概念は時代によって変遷し、それゆえそうした規範が後にたどる道筋はかならずしもストレートなものではないが、それに反するようななんらかの規範が立ったことなどないということも事実である。古典哲学における理想としての「真・善・美の一致」を背景として、その機能の真の姿を追及し、道徳的善に従うことで美に一致する、という一種の強迫観念は建築のディシプリンにおいて連綿と存在してきた。
あるいは別の例を挙げれば、近代建築の特徴とされる形態の抽象性・幾何学性について同様のことが言えるだろう。美学の歴史においてこうした意識のルーツは、ソクラテスよりさらにさかのぼるピタゴラス(B.C.6C─B.C.497)に帰される。ピタゴラスと幾何学の関係はピタゴラスの定理によってよく知られるが、そうした幾何学の研究の果てに彼は、和声における弦楽器の弦の長さの比例(ratio=理性の意味もある)関係を経由して、比例と調和に関するかなり秘教的な世界観に達していた。物質的世界の背後により抽象的な数的世界を見るピタゴラスの思想は、建築においてはウィトルウィウスの『建築書』におけるシュムメトリアの議論に反映している。オーダーにおける比例の体系が定型化し、いわゆる古典様式はその具象的意匠に関わらず、かなり厳格な幾何学的形式として整えられていった。ルネサンス期以降の西欧建築は、幾何学による建築の組織化をさらに洗練させ、単純な形式を複合することでより大規模な建築を構想し、複雑な形態を統御する原理として整えられた。建築の細部における比例関係から建築物全体を編成する比例関係に至るまで透徹する幾何学による統御がすなわち、建築的理性の実践であったのである。視覚的な水準において古典主義の建築と近代以降の建築を対照的に見ることは可能だが、古典主義の形式の水準における構想の抽象性は近代主義におけるそれと本質的に大差ない。近代建築における幾何学の適用については、《ヴィラ・ガルシュ》の立面に代表されるル・コルビュジエのトラセ・レギュラトゥール(基準線)の使用がよく知られた例になろうが、コーリン・ロウの『理想的ヴィラの数学』が示唆するように、その背景には遠くピタゴラス的な宇宙観が透けて見えている。
幾何学によって建築物を漫然たる量塊から統御された全体へと組織化する、という規範は、建築において古典性が可視的に露呈する端的な領域と言いえるかもしれない。それがモデュロールのような尺度を用いるにせよ、あるいはH・ヒッチコック+P・ジョンソン『インターナショナル・スタイル』が規定したような規則性を尺度に用いるにせよ、ことの本質はさほど変わるものではない。建築の表面がただのカーテンウォールでしかなくなったときですら、サッシュワークにおいて建築物全体を覆う幾何学的な統御を刻印することを建築家が忘れることはきわめて稀であった。幾何学あるいは比例によって、建築物をもってある充実した全体とすることは、建築においてきわめて伝統的な規範であったと言ってよいだろう。

しかしこうした例をもって、古典建築と近代建築が本質的に同じものであるとか、あるいはそれらが同じ精神の下にあると主張しようというわけではない。その精神において古典主義と近代主義は相当異なるにも関わらず、現在から見れば形式的にはそれらを一貫する規範が存在しているように見えるというだけのことだ。建築家の精神などというものは時代によってどうとでも影響を受けうるし、実際大きな振れ幅を見ることもできるだろう。しかし建築のこうした古典性は多くの場合具体的な形態へと実体化されていて、しばしば視覚的ですらあるにもかかわらず、その必然性を問い直されることもなく、建築というディシプリンを貫通しているように見える、そういうことである。
こうした形式的規範の一貫性が生じている原因を何に求めるべきだろうか。素朴に考えてみるならば、ある条件に取り囲まれて現実的に構想されねばならない建築において、目的論的な方向付けは必須であり、そうした条件にかかわらず建築が自律性を獲得しようとするならばなんらかの内的な統御の論理を構えることが必要だったということかもしれない。つまりその存立条件に沿うため、そして最低限の自律性を表明するためにそうした規律を建築は自らに課したのかもしれない。しかしもしそうであるならば、それは古典的というよりも普遍的な条件であり、時代や周囲の環境にかかわらず現在にあってもひたすら機能主義的解決を遂行し、幾何学的ゲームをパズルを解くように展開すればよいだけの話である。
しかしおそらく読者の多くは実感として、現在こうした古典的規範が建築の具体的な実践において機能しているとは思わないだろう。基本的な条件付けが変わったわけではないが、むしろおそらくどのような戦略においてそうした規範から逃れうるかが意識されているはずだ。この距離感はどのようなものだろうか。そしてまたそのことによって浮き彫りとなる現在の情景とはどのようなものだろうか。

多くの読者にとって、機能主義といっても結局のところ程度問題でしかないのではないだろうか。スタディの過程で目の前に現われる可能性のなかには、ある評価基準において興味深く、また別の評価基準において不具合があるような、そういう案がいくつも並んでいるはずだ。そうしてそれらの評価基準に対してできる限りヒエラルキーを付けず可能性を見守ること、あるいは別の言い方をするならば評価基準の一種の線形独立性に頼るのではなく、相互作用においてなんらかの極大値が現われるような組み合わせを見出すことを指向しているに違いない。あるいはまた、建築物がひとつの全体をなすなどというロマンティックな期待よりも、ローカルな固有性に形を与え、ローカルな可能性を具現化することを優先し、整然として均整のとれた幾何学を一貫させることよりも、不定形でランダムな建築の可能性について関心を寄せているのではないだろうか。
確かに近代主義者たちはイコノクラスト(偶像破壊者)として、古典性のある側面を破壊したが、そこになおある種の古典性を見ることができる。現在から見れば、近代主義者たちはやはり任意性を抑圧することで収束条件を定型化し、類型的水準を与えることに相当熱心であった。
しかしながら現在のわれわれは明らかにそうした収束条件のあり方に懐疑的であり、それが誘導する像の少し脇にあるかもしれない潜在性を追及することに目を向けているのではないだろうか。プログラムの自明性は崩壊し、そして建築物がある全体性を体現するという観念は崩壊した。プログラムはアレンジメントの問題となり、建築の幾何学は少なくとも一種の任意性の問題と見なされる。この古典性の崩壊は現在を鋭く規定するひとつの重大な切断面であり、けっして無視できない深甚な変化を引き起こしているはずだ。結局のところ近代主義者たちは形式から外れた潜在的な可能性に対して積極的ではなかったし、デタラメに表面を這い回るサッシュを作りはしなかった。そういうことは建築においてかつてなかった事態なのである。
ポストモダンとは、近代後期を意味するのか、近代と区別されるひとつの時代としてのポストモダンを意味するのか、というほとんど衒学的な問題が問われることがある。ハル・フォスターの言う「抵抗のポストモダニズム」と「反動のポストモダニズム」の区別も、形容としてははっきりしているが具体的な分別は必ずしも定かではない。しかし今ここで、ポストモダニズムを近代主義に潜伏する古典性に対する批判として考えてみると、事態は急速に明確になるように思われる。つまりポストモダニズムにおいて現在に至る重要な展開は「反=古典主義者」たちの系譜にある、と言うことができはしないだろうか。


前号(No.32)の特集「八〇年代建築/可能性としてのポストモダン」に寄せた拙論『八〇年代リヴィジョニズム』は本連載の趣旨と少なからず重なる。しかし特集の主題に合わせその視野が〈モダニズム/ポストモダニズム〉という問題圏に収束している点において、今回の連載の視野としては狭いと言わざるをえないだろう。したがってそれを側面的な議論として脇に置きつつ、本連載においてはさらに一般的な視野を展開することとする。
★一──クセノフォーン『ソークラテースの思い出』(佐々木理訳、岩波文庫、一九七四)一一一頁。

>日埜直彦(ヒノ・ナオヒコ)

1971年生
日埜建築設計事務所主宰。建築家。

>『10+1』 No.33

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