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棚 | 松原弘典
Shelf | Matsubara Hironori
掲載『10+1』 No.26 (都市集住スタディ, 2002年01月発行) pp.36-38

これから数回にわたる連載で、中国で進めている家具製作のプロセスを伝えていきたいと思う。今僕は中国の遼寧省瀋陽市で都市計画事務所に勤務して都市と建築の設計の実務に従事しているが、同時にまた最近こちらで、個人的に家具の製作をはじめた。とはいっても自分でデザインした家具を町工場に製作を発注して試作を重ねているような段階である。まだ自宅用にしか作っていないが、いずれは量産までしてみたいと思っている。初期投資のかからない、生産速度の速い、労働力の安価な中国では、こうした個人的な活動も日本よりもリスクを少なく試みることができる。また、インターネットの力を借りれば、将来的にはこうしてできた家具を直接日本の消費者に販売することもありうるだろう。
この家具製作にあたっては最初に以下のような目標を立てた。

一、アトリエにこもって作家のようにひとりで作るのではなく、設計+生産者として現地の技術や労働力を使いながら家具製作にとりくむこと
二、ある程度の量産、流通に耐えられる新しいモノを作ること
三、材料の調達ルート、コストをできるだけ明らかにすること

家具の製作を通して、中国での仕事の進め方、お金の流れ、物流などの仕組みを明らかにしてゆきたい。そしていずれは家具から住宅の内装や建築までスケールを上げて関わってゆきたいと思っている。ここで私が考えたいのは、中国の生産のスピードとスケールのメリットを活かして「建築生産のモデルをつくる」あるいは「ビジネスのモデルをつくる」ことでもある。この方向で話が膨らんでいけば、この連載は新しい建築生産モデル立ち上げのドキュメンテーションということになるだろう。

最初の家具──棚

最初に作るのは棚にした。これは実際今自分の住んでいる中国の八〇年代建造の七階建てアパートにはほとんど収納がないので必要に迫られているのと、自立型の棚なら単純なつくりのものができると思ったからである。本も衣類も置ける棚。簡単にばらすことも可能で部屋の大きさに合わせて展開できるものとして、鉄製の格子の架台とその上にガラスの棚板を載せる単純な構成にすることにした[図1]。実はここで使うどちらの素材も、この街ではさまざまに加工したものをよく見ることができる。鉄は多くの住居の低層部分で、一〇ミリ角の鋼材を点溶接で組み立てて窓格子にしているので(結果としてまるで鉄格子の中に住んでいるみたいになっているんだけれど)[図2]、それと同じメンバーを使えば施工はそれほど難しくないだろうし、ガラスは家具屋などでいろいろな磨きやカットの加工をしたものが出回っているから、製作には困らないだろうと判断した。これらの材料で製作上問題になる項目としては、鋼材の溶接とその後の処理と塗装、ガラスの切断と端部処理くらいが考えられる。あとは棚だから、架台の高さが均一になるように注意することくらいだろうか。

工場

どういうところで加工してもらおうかというのはしばらく考えていて、普段街を歩いているときもいろんな町工場を観察していた。いくつかに声をかけて試作したりもしたが、結局家から少し離れた、「翔字装飾」[図3]という、街中によくある電飾看板屋に頼むことにした。改革開放路線以降、中国の大都市の建物の外壁はどこもものすごい勢いで看板に埋め尽くされてきている。そのペースがコンピュータのエンドユーザーの拡大とほぼ時期が重なったために、コンピュータで図案を描いて大型プロッターでロールのポリエステルシートに直接出力して、それをそのままスチールアングルのフレームにタイコ張りしてできる看板がたくさん作られてい
る[図4]。そういう看板をつくる町工場もたくさん街中にあって、用途制限にかからないのか、この類の工場だけは僕の住んでいる住宅地のあたりでもよく見かけることができる。「翔字装飾」では図案の印刷は別のところに発注しているようだが、シートを張り込むためのアングル架台をつくるので、小さなメンバーの鋼材や溶接機械は一通りそろっている。ここの工場を選んだのは、店先に大きなガラスの板もあってその加工もできるだろうということ、そしていつも職場内が整理整頓されていて、きちんとした作業台もあったことが大きい。ほかの工場では前の道路の地べたにしゃがんでそのまま作業をしているところが多く、作業効率が低いように見えたのである。

職人

「翔字装飾」では免責人と呼ばれる社長兼経理兼営業の欧さん(四二歳)とその下に溶接工の鄭さん(三三歳)、その見習の庄さん(一九歳)の三人が働いている。あと欧さんのお母さんが、職人さんのまかないを作ったり店番をしている。夜になるとお店にはまだ結婚していない鄭さんが寝泊りしている。二人の工員の月給は、食事と寝泊りする場所がついて五〇〇元(七五〇〇円)程度。話をしてみると特に鄭さん[図5]の半生は興味深かった。彼は瀋陽から一〇〇キロほど北の康平県で生まれた。七─一二歳まで小学校に通い、小卒で一八歳までは地元で農業に従事して主に大豆ととうもろこしを作っていた。そのあと瀋陽に出てきて二三歳まで製鉄工場で働き、このときに溶接も覚えた。二三─二八歳の間は市内で羊肉販売業に転職し、そのあと大連に移って三二歳まで漁船に乗って魚を獲っていたそうだ。去年瀋陽に戻ってきてここで溶接工をやっている。彼が二三歳のころといえば一〇年前で、ちょうどこの街で重工業関係の国営企業の倒産が始まったころだから、きっと彼みたいに農村から出てきて国営企業で働いて職を失うという人は多かったのだろう。それにしても農業、工業、都市サービス業、漁業と一通りやっているとは!

材料

スチールの角鋼はこっちでは「方鋼」といって、今回使ったのは一〇ミリ角。ほかにもフラットバーや板材などいろいろなサイズの鋼材が市場に出回っている。中空の角パイプになると「方管」といって二〇ミリ角以上のサイズが一般的とのこと。塗装は刷毛塗りでなく吹き付けとし、つや消し(中国語では「唖光黒」といっていた)の黒にしたいと言ったら車の塗装用のスプレー缶を買ってきて塗っていた。塗料市場ではいろんなペンキを見て回ったが、気づいたのは液体塗料はドイツ製でロシア語のシールなどが貼ってある北方陸路経由の輸入品が多かったのに対し、スプレー塗料は圧倒的に広東省あたりの南方の国内生産ものが多かったことだろうか。今回はこれらどちらかの選択肢しかなかったが、いずれは焼付塗装のルートも確保したいと思っている。ガラスは一二ミリの普通板ガラス。できたあとにもう少し薄くてもよかったと思ったが、そのおかげでだいぶしっかりした。何かあって割れたときのことを気にしていたので最初は強化ガラスにしようと考えていたが、値段が倍になるので今回は見送り。ただ強化の加工自体は街中の工場で簡単にできるらしい。ガラスの加工は、発注後にわかったのだが翔字装飾ではなく、そこから協力会社のガラス屋に別発注されていた。ただ今回は加工といってもカットと端部の磨きぐらいで、これは端部をみる限り、ある程度の工作機械でやられていたようである。

仕事の進行、運搬

発注してからは毎日職場の帰りや昼休みに工場に顔を出して進行状況を確認した。特に溶接後のグラインダー処理がポイントだと思ったので、塗装の前に必ず確認したいと思っていた[図6]。彼らも僕がどの程度のものを考えているのかわからなかっただろうから最初は様子をうかがいながらだった。やがてこちらが言うことは伝わるようだということが僕にもわかり、向こうも僕がどのへんを気にしているかわかったようで、それからはスムースに製作は進んだ。最初は二日ほどで作るといっていたが、結局合間を利用した作業ということもあってのびのびになって五日かかった。完成したものは、途中でガラス工場に寄ってガラス板とあわせてリヤカーで自宅まで運んでもらった。

人件費で差がつく

先日こっちに企業の駐在で来ているご夫婦にこの家具のことを話したら、奥さんがこんなことを言っていた。駐在員の奥様方のなかには、こっちは縫製技術は結構しっかりしていてしかも安いので、洋服の修繕のほか、好みの布地と見本の洋服を持っていってこの通り作ってくれというと、それなりのものが安くできるというのだ。彼女が言うには、さらに間違いないのは布地の裁断まで自分でやっておいて、あと縫製するだけにしておくと手戻りがないとか。縫製、つまり人件費の部分で安くてしっかりしたものが、探せばきっとあるということなのだろうが、これが家具製作でもあてはまるかどうかはもう少し試行を必要としそうである。

1──完成品。このユニットだとd350/w800/h700、スチール架台4つとガラス板2枚で製作費用は220元(3300円)になる。

1──完成品。このユニットだとd350/w800/h700、スチール架台4つとガラス板2枚で製作費用は220元(3300円)になる。

2──市内でよく見かける住宅窓の鉄格子。角鋼のほかに丸鋼や鉄筋棒を使って作ったものもある。

2──市内でよく見かける住宅窓の鉄格子。角鋼のほかに丸鋼や鉄筋棒を使って作ったものもある。

3──翔字装飾、外観、瀋陽市和平区、間口3m奥行き6mくらいの店、裏に作業場あり。

3──翔字装飾、外観、瀋陽市和平区、間口3m奥行き6mくらいの店、裏に作業場あり。

4──市内でよく見かけるシート貼りの広告、これは高さ3m、幅30mはある。 もはや店の立面の半分を占めている。

4──市内でよく見かけるシート貼りの広告、これは高さ3m、幅30mはある。
もはや店の立面の半分を占めている。

5──溶接工の鄭樹欣。遼寧省康平県出身、33歳。

5──溶接工の鄭樹欣。遼寧省康平県出身、33歳。

6──塗装前にグラインダー処理をかけたスチール架台の端部。

6──塗装前にグラインダー処理をかけたスチール架台の端部。

今回のコスト

スチール架台:三二〇元(四八〇〇円)
・  数量:八台
・  サイズ:d340/w170/h340
・  素材:一〇ミリ角スチール角鋼、一台あたり角鋼長さ約三四〇〇ミリ、計二七・二メートル
*このうち材料代は三六元(五四〇円)程度(鋼材市場での調査ではこの断面の角鋼はメートルあたり一・三三元)

ガラス板:二〇〇元(三〇〇〇円)
・  数量:六枚
・  サイズ:d350/w800/t12
・  素材:普通板ガラス 
*このうち材料代が一枚三〇元×六=一八〇元、加工手間賃が二〇元
コスト総合計:五二〇元(七八〇〇円)
*金属加工は溶接工ひとり、雑工ひとりで作業の合間にやって五日程度
*塗装、運搬費込み

これを高いとみるか、安いとみるか?

>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

>『10+1』 No.26

特集=都市集住スタディ